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■オープニング本文 あなたの大切な思い出。 あなたが口にした言葉。 あなたが記録した経歴。 果たして。 それら個人情報は、確実に守られているだろうか? その日も受付の所には、陰鬱な様子の開拓者がやってきていた。 「最近、誰かに見られているような気がするんです」 「あなた疲れてるのよ」 お決まりのセリフであしらう。 ここ最近、自意識過剰にも程がある男性陣の悩みを聞かされ続けている。 男性開拓者たちが、同じことを口にするのだ。 『最近、誰かに見られている気が……』 『ちょっと席を外したら、食べかけのお煎餅がなくなってて……』 『相談室に早く来すぎたので居眠りしていたら、気づいたら上半身裸になってて……』 厳しい戦いの中に身を置く開拓者は、常に強いストレスに晒されている。 だから被害妄想にとりつかれたり、疲労で数分前の行動を忘れてしまったり、寝ている間に悲鳴をあげたり唸っていたり、なんてことも珍しくはない。これは本格的にギルド施設内に癒しの空間でも作らないと、開拓者たちがヒキコモリに陥るんじゃないかと考え始めていた、そんな時だ。 「失礼、少しよろしいでしょうか」 現れたのは開拓者の狩野 柚子平(iz0216)だった。 一介の開拓者ではあるが、母国五行において陰陽術の研究機関である封陣院の分室長を若くして勤め、陰陽寮の副寮長でもある。早い話がエリート中のエリートである。ついでにお金持ちで、よくギルドに依頼も出してくれる。 大事な常連だ。 「いらっしゃいませ、狩野様。本日は新しいご依頼でしょうか? いつもの皆さんをお呼びになりますか?」 「まぁ依頼は依頼なんですが、いつものと少し違いまして」 すると柚子平の後ろに額にハチマキ、両手にのぼりを持った、ここ連日悩み事相談にきていた男性開拓者の皆さんが現れた。彼らはやせ細り、柚子平の衣服や腕にすがりついている。 「か、狩野さま?」 「私は生成姫の件で手が離せないので、どなたかにお願いをと思いまして」 後ろの男性陣が揺すぶる。 「柚子平さん! もったいぶらないで!」 「早く! 早く退治依頼を! 俺、夜も眠れません!」 「お金無いんです! あなたしかいないんです! あなたも被害者でしょ!」 「お願いです! 一生、恩にきます! だから提出! 早く提出してください!」 ……何があったんだろう。 若干引いている受付嬢は、仕方がないので、柚子平の肩にいる人妖の樹里ちゃんに助けをこう。 「教えてくれる?」 樹里は数枚の紙を受付にみせた。 「最近ねー、ギルドの女の人たちに、こういうのが出回ってるみたい」 その紙には『史上の傑作「開拓男子」創刊間近!』という見出しとともに『身近な王子様を探そう!』という煽り文句がつけられ、膨大な数の男性開拓者の名前が記載されていた。 何十人どころではない。何百人だ。 「……ナニコレ」 「実際に内容をみた方が早いかも。他の人のだと怒られるから、ゆずのを見てー」 人妖樹里が差し出した紙には、主人である狩野柚子平の姿絵が書かれている。 色付きで金箔がついている。絵巻にしては豪華だ。 普通の立ち姿だけではない。後ろ姿、悩み込む姿、無精ひげの寝起き姿、艶かしい禊の後の水が滴る姿など、実写さながらの細かい描き方は、作者が優れた絵かきであることを証明している。 驚くべきは姿絵と一緒に、個人情報が細部に至るまで記載されていたことだ。 名前、ふりがな、相性、身長、体重、職業、肩書き、経歴、装備、口癖、よく出かけるお店と目撃スポット、お揃いになれる小物、食事の好み、ティータイムに好む茶菓子は何か。 その項目は、軽く百を超えていた。 「お見合い?」 「ちがうよー、ここ読んでみて。ゆずの項目の下のほう」 そこには『薔薇会編集部あっしーのコーナー』と記されている。 【ここがツボ!】 乙女の皆に、二十代担当のあっしーが紹介する陰陽師は『狩野柚子平』さん! あのミステリアスな空気に、通り過ぎた時の流し目……ああん私も射抜かれたい! ただの開拓者と違って本国で本職を複数持っているのも高評価。陰陽師ならばいつかは入りたい陰陽寮の玄武寮副寮長! 入学すれば遭遇率は高くなるかも? 封陣院の分室長で、今をときめく出世頭! しかも未婚だから誰にでも恋人や奥さんになれる機会があるかも! 恋せよ乙女! 当たって砕ける価値がある! 【彼の好みってな〜に?】 近しい人でも余り長くは会えないみたい。他の開拓者と違って、よく話してる女の子情報もないから、好みの髪の色や瞳の色、肌の色なんかは薔薇会でも手に入らないの。 ああ、でも諦めちゃダメ! どうやら彼は■■な女の子に優しいみたい! 条件が揃うと頭を撫でてもらえるかもよ! きゃー! つまり■■■の■■とか、■じ■■の■■■になって、彼に■■を■えてください、って■■めば、もしかしたら■■関係から始まる■■■■……なんてことも! いやー萌えちゃう! あっしーも試してみる! 部分的に黒く塗りつぶされている。 なんて書いてあったんだろう。 「樹里ちゃん?」 「つまりねー、男の人みんなの個人情報が出回って一冊に編集されているみたいなの。ほら、開拓者って恋愛する暇もないくらい忙しかったり、隠れファンもいたりして、あの人を目指して開拓者になった、なんて話もよく聞くじゃない?」 ここ最近、一部の女性開拓者たちの中で有名な『薔薇会』という謎の組織があるらしい。薔薇会は開拓者ギルドに登録するめぼしい男性たちの情報を根こそぎ集め、一冊に纏めているようなのだ。 それは基本情報から恥ずかしい秘密まで、そう余すところなく書かれている。 薔薇会は個人情報を集めるだけにあきたらず、男性たちの不意をつき、食べかけの食品から衣料品なども盗み出し、冊子「開拓男子」創刊記念の景品にしようとしている。 困り果てたのが、標的の男性開拓者たちだった。 息もつけない謎の監視生活。誰にだって隠したい秘密がある。 時には奥方に殺されてしまうかもしれない……なんとしてでも創刊を止めなければ! 「居場所は私が潜入してみつけたの。神楽の都の、ここ、ボッロイ屋敷だけど高い塀に囲まれて隠れ家になってるみたい。毎晩明かりがついててね、徹夜で作業してるの。6人の女性が薔薇会編集者っぽいけど、全員開拓者の魔術師じゃないかなぁ。装備品、みたことあるし。あと出資者がいるみたい」 受付はピーチクパーチクやかましい被害者の会に不憫そうな眼差しを向け、薔薇会討伐の依頼を張り出したのだった。 一方、薔薇会は大変な賑わいだった。 「アーッハッハ! 諸君! あと少しだ! もうじき僕の出資した成果が報われる! 全開拓者の乙女に夢を届けよう! がんばってくれたまえ!」 「はい! 憂汰さま! おまかせください!」 ……何処かで見覚えのある人が混じってますよ? |
■参加者一覧
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
荒屋敷(ia3801)
17歳・男・サ
ガルフ・ガルグウォード(ia5417)
20歳・男・シ
鶯実(ia6377)
17歳・男・シ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
谷 松之助(ia7271)
10歳・男・志
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
雅楽川 陽向(ib3352)
15歳・女・陰
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰
ジャリード(ib6682)
20歳・男・砂
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
月島 祐希(ib9270)
16歳・男・魔
八甲田・獅緒(ib9764)
10歳・女・武 |
■リプレイ本文 狩野 柚子平(iz0216)から詳しい話を聞く、疎い方々がいる一方。 適切に状況を理解し、鬼気迫る表情を崩さない者たちがいた。 同様に、個人情報を奪われた者たちだ! 「かのような不逞の輩に個人情報盗まれるとは……この青嵐、一生の不覚と言わざるおえません。この失点、何としても取り戻します!」 苦悩の表情で闘志を燃やす陰陽師、御樹青嵐(ia1669)、隣のジャリード(ib6682)は「今まさに、頭痛が痛い」と呟いて、疑惑の広告を懐から取り出した。 先日見つけた開拓男子の名簿には、何故か自分や友人の名前まで載っていた。 酒を片手に弱音を吐いている場合ではない。 証拠隠滅を行わなければ自尊心と身の危険と名誉に関わる。 からくりの忠作を従えた谷 松之助(ia7271)は「プライバシーは守らねばならぬ……っ!」と、見事に焦っていた。顔面蒼白な彼の秘密は、よほど恥ずかしい内容である可能性が高い。 蓮 蒼馬(ib5707)も顔色が悪い。 「どうやって調べたのか知らんが、他の者はともかく娘に知られるのは非常にまずい」 なりふり構ってはいられない。 養い親としての威厳が左右される緊急事態だ。ジャリードが肩を叩く。 「そちらも大変だな」 「ああ、娘に俺自身の過去はいつか話すつもりではいるが、こんな形では知られたくない。それにあの人への思いは、誰にも触れて欲しくない物だからな……だが何よりアル=カマルだ。娘に知られたら殺されかねん!」 親って大変だなぁ、とジャリード達が見守る。 鶯実(ia6377)も怪しげな名簿に名前が載っていた一人だが、全く焦っていない。秘密云々より、自分という開拓者に気づかれることなく情報を集め、私物を強奪したと思しき薔薇会の手腕に感心させられていた為だ。 この点は、騒ぎに通りかかった以心 伝助(ia9077)も同じらしく、情報屋の端くれとして薔薇会の脅威の情報収集能力に、強い関心をひかれるらしい。 隣で犠牲者の月島 祐希(ib9270)が叫ぶ。 「何で俺がこんなものの標的に!?」 「ま、任せるでやんす」 「伝助……!」 月島が以心を振り向く。 その顔は男の友情に歓喜するというより、新たに弱みを握られたり、借りができるのでは、という恐怖心も混ざっていた。 しかし癪だろうが恥だろうが出版阻止が優先である。 同じ薔薇会被害者の会である弖志峰 直羽は「世の中には凄い事を考え付く人もいるねぇ」と呟いていた。何が書かれているのか考えたくもない。逆にエルディン・バウアーは、仕事帰りで以心に泣きつき前後に揺さぶる。 「え、エルディンさん、吐く!」 「もし出回ったら信者から白い目が……助けて下さい! 伝助殿!」 クールビューティーな神父様には、人に言えない秘密がいっぱいあるらしい。 お願いを通り過ぎて、懇願の域に達している。 「俺が力になってやっから任せろって!」 白い歯が輝く荒屋敷(ia3801)のいい笑顔。事態をお祭り騒ぎだと思っていた。 だが、そんな気配は微塵も見せない。 物事の成り行きは、静かに楽しむに限る。 ハッド(ib0295)は「うむっ天気は快晴!」と清々しい朝を満喫していた。薔薇会の話を聞いても「ほ〜腐女子の集まりのよ〜じゃの」とにやにや笑う。 完全に他人事である。 ガルフ・ガルグウォード(ia5417)は被害者の会の必死さを眺めて、もしも自分がその標的だったらどうなるのか、少し妄想の翼を羽ばたかせた。 「秘密か。俺だったら例えば……動物とかもふもふする時思わず『にゃ〜っ』って声出ちゃうのは公にされたくない、かも」 漏れてる、心の声が漏れている。 たった今、彼の秘密がここにいる17名に知れ渡った! しかしガルグウォードは気づいていない。むしろ自分の身に置き換えた妄想により、必死さを理解して「守ろう、何としてでも!」と決意する。 幸いにも開拓男子に己の名前を見つけなかった真亡・雫(ia0432)は「やっぱり男らしい人が狙われるのかな」と人妖に問うていた。人妖刻無は主人の生命が危機的状況に脅かされるわけではないと分かった途端「さーあ」と適当な相槌をうっている。 女性代表のからす(ia6525)が首をかしげる。 「へぇ、萌本か。そんなものがあるのだね。女性達にとっては恋愛や妄想に事欠かない必需品になるのかな」 雅楽川 陽向(ib3352)は、龍の琴とお喋りしている。 「なぁ、琴。萌って……アレなんかな? うちの耳さわらせて、ちゅうて、突撃してくる若もんに、思わず笑顔で斬撃符かましとうなる嫌悪感?」 似ているような、そうでないような。 玄武寮の先生を見かけて走ってきて、気づいたら仕事を受けることになっていた。成り行きはエルレーン(ib7455)と八甲田・獅緒(ib9764)も同じで『いかがわしい雑誌が出版される』ことと『放置すると男性犠牲者が増える』という事だけを理解した。 「も、もえほん? が、どういう本かわかりませんけど、困っているようですし、発行は止めないとですぅ。がんばりましょぅ、エルレーンさん」 「か……かぁいそうだもんね、おとこのひとたちが!」 お手伝いを頑張る宣言をした二人。 遠巻きに眺めた八甲田の相棒の獅土は「俺はどんなものか知っているが言わないようにするんだぞ、と」と呟いていた。 からすが両手を叩く。 「お喋りはそのへんにしておこう。悩んでいても仕方がない。女性にとっても、明日は我が身と言える。これほどの詳細だ。ギルドに内通者がいる可能性があるし、開拓者の個人情報が流出している事実は、彼女達が思っているより由々しき事態だ。悪党がこれを利用しない訳がない。私はギルドで情報収集し、内通者について洗い出すことで、一斉検挙できる様にしておく。問題の薔薇会は男性諸君に任せたい。いかがかな?」 淡々と分析するからすが、頼もしく輝いた。 かくして速やかに作戦が考えられた。 薔薇会の協力者と偽り、アレな情報と書状を渡し、おびき出す。 協力者を誰にするか、で揉める前に、男性陣を待っていたのは……囮役の男を選ぶ籤だった。 『腐のつく女性は、男同士の恋愛に目がない』 その恐るべき情報を口にしたのは誰だったのだろうか。 今はもう思い出せない。 兎も角、獲物役を籤で決めると決まった。 「最終的には原稿を奪還すればいい、すべて利用じゃな。強いてゆ〜ならば、吾輩にとってマツヨや■■こ等ディープでドロドロな世界の後では、薔薇会の女子など子猫ちゃんに過ぎぬの。皆の者、男になるのだ。では、籤といこうかの」 ハッドの言葉に、渋々集う男たち。 鶯実は「籤は男性のみの人数分でいいですかね」と淡々と籤を作る。 その全く怯まない心構えは、ある意味で大物だ。 ガルグウォードは諸々が健全志向で疎かった為、深く考えずに「役者の真似事か〜」などと言いつつ、鶯実の作る籤に色を塗っては筒に挿す。 また度重なる女装や友人による抱きつきの接触、そして毎回誰かさんと怪しい美辞麗句を競い合っている御樹は、余り抵抗がないのか「これも刊行を阻止するためです。一口乗りましょう」と平然としていた。 無言のジャリードは『自分が犠牲になることで、仲間の行動が上手く行くなら……!』と悲壮な決意で悟りを開いていた。故郷アルカマルの方角を向いて祈りを捧げている。 蓮は魂の底から「ハズレを引け」と念じ続ける。 隣の真亡は冷静に分析していたが、声が小さい。 「皆で籤……引き。それは別名、生贄っていうんじゃ……いえその。一応、僕も引きますけど」 そっと目を逸らす。 「籤に当たったら、まあ演技するけど……死ぬほど恥ずかしいんじゃ」 月島は『仲間の誰かと愛を囁く』という状況を想像しようとして……想像できなかった。 「……大変だね、おとこのひとたち」 エルレーン達女性陣は、生ぬるい眼差しで成り行きを見守る。 ガルグウォードが籤の筒を差し出し、全員に一本ずつ掴むように指示した。 「さあ! 泣いても笑っても一度っきりだ! いくぜ!」 覚悟を決めた男たちが一斉に棒を引き抜く! 色がついていた選ばれし者(生贄)は果たして誰なのか!? 色付きは荒屋敷と谷、以心と蓮! ……ん? 「って、おい! 何故四人も当たりがあるんだ!」 「表口と裏口で囮をやったほうが薔薇会が気づくかな、って思って」 そこで荒屋敷が突然苦しげに呻き、爽やかな笑顔を向け「ゴメン、俺今日、高熱があってさ!」と逃走を図ろうとした。尊い犠牲者を逃がしてなるものかと男性陣が捕獲する。荒屋敷に逃げられた場合、残る男性陣から欠員を出さなくてはならない。 「娘に、見られたら、俺は、俺は!」 蓮の願い、神に通じず。 知られた場合の娘の反応(妄想)で頭がいっぱいだ。 犠牲者その三になった谷は、棒を握り締めたまま硬直していた。からくりが囁く。 「あの……松之助殿、あまり意味がないのでは?」 「創刊が止められれば、わ、我はかまわぬ!」 構わないのかよ。 我が身を犠牲にしてでも隠したい秘密が何なのか、気になってくるのは必然だ。 そして男女の恋愛事すら不得手な自覚がある以心は、運命の悪戯による悪夢の決定を目で認識しつつも、頭が拒絶していた。 かくして。 むさ苦しい男四人が互いに愛を囁く、と言う悪夢が確定した。 ガルグウォードは皆から集めた代替案と共に、薔薇会への書状を書き上げる。 『薔薇会御中 我等開拓者、「開拓男子」の創刊を阻止するべく 本日、昼頃に参上仕る候 原稿を渡し降参に応じるならば 【薔薇会宅にて開拓男子との交流の一時】 (手料理もあるよ!)を確約 以上、返答を待つ 平和的解決を望む 開拓者一同』 几帳面に書状を折々しながら、虚ろに考える。 「なんつーか……徹夜明けの睡魔と闘って頂き、心も揺さぶれたらな、いいよな」 「まずは調査ですね。刻無、頼むね」 手始めに真亡の人妖の刻無が人魂で屋敷へ潜入させた。他にも人魂を放つ。 しかし十分と経たずに人妖は捕獲された。 「あなた、真亡様の人妖ちゃんね。丁度いいわ。ご主人様について教えて?」 捕まった人妖の刻無は「一応マスターには何も話しちゃダメって言われてるからダメだよ」とぷるぷる首を左右に振ったが、ちらりと机の上を一瞥して……考えを改めた。 「ね……あれって、六辻屋の新作和菓子?」 「へ? あ、うん。今朝行列に並んで勝ち取った奴だけど」 「おいしーい甘味、いっぱいくれるなら……何か話しても良いよ?」 人妖は取引を開始した。 情報の為に供物を差し出すと、重い口は軽快に動く。 「わぁい。えっとー、マスターは〜考え込むと耳飾りを指で撫でる癖があるとか〜、仕事で女装経験あるとか〜」 一方、御樹の人魂で状況を聞かされた真亡は泣いていた。 「……っと、言っているようですが」 「うわあぁぁぁあ! 刻無ーっ!」 もはや一刻の猶予もない。 とりあえず書状配達役も籤引きになった。 男性陣から書状を託された八甲田が、薔薇会へ接触を試みる。 最初は不審がられたものの、名簿になかった仲間の情報……つまり、以心や荒屋敷の個人情報を手土産にしてみたら、あっさり協力者として認められた。 「丁度これから集めなきゃね、って話してた人たちだわ! ありがとう!」 「あの、ここへ来る途中で、皆さんにって預かった書状ですぅ、な、中身は分からないんですけどぉ、よ、読んだほうがいいかもしれないですぅ。それと……さっき、この二人が、お、お、男の人と抱き合ってましたぁ……裏路地と表で」 頬を赤く染めて俯く。 「なぁんですってぇ!」 「新情報よ! 新情報だわ!」 「これは衆道の気配はぷんぷんなのですわ!」 「ごめん、この書状まかせた! 二手に分かれるわよ!」 六人の女性編集者のうち、四名が現場を放り出し、八甲田を引きずって出かけた。 一方、太陽が燦々と輝く裏路地で、男たちの汗と涙の寸劇が繰り広げられていた。 「どうして愛藍傘を?」 「無いと困るだろ……色々と」 「人目っすか。どうすればいいんすかね、これから……」 「俺は前に一度経験があるから、リードするよ。まあなんだ……耐えてくれ」 実際やるときついんだよな、と言葉なく疲れた愚痴が溢れる。 「汗臭い男で、すいやせん。……えっと、遠巻きにも恋人に見えるようにするには、手を繋ぐべきなんすかね」 「肩を抱いて見つめ合うのは、必要かな」 困惑と悟りの中にいる彼らの会話は疑問符に満ちていた。 が、これら会話が微妙に聞き取れない遠距離において、腐のつく女性達には格好の餌食と言わざるを得ない。手探りで演技を開始する二人の様子が、彼女達には次のように見えて(聞こえて)いた。 時を少しばかり巻き戻してみよう。 「どうして、愛藍傘を?」 太陽に愛された深紅の髪が暗く陰る。 純粋な青い瞳が少しばかり怯えの色を含んで、傍らの長身を見上げた。同じく戦場をくぐり抜けてきたにも関わらず、頭一つ分以上も違う身長差と体格差が劣等感を煽る。 「無いと困るだろ……色々と」 太陽に透ける青い髪。漆黒の双眸。涼しげな眼差しがとらえて離さないのは、以心だけだ。掲げられた傘が、外界から二人を隔離する。以心の象牙の肌を焼かないようにという気遣いだろうか。それとも他人の目に触れさせたくないという独占欲だろうか。真っ直ぐに見つめられた熱い視線に居た堪れなくなり、羞恥心で以心の頬が赤く染まった。 「人目っすか。どうすればいいんすかね、これから……」 初心な以心の声が掠れる。 経験がない、と遠まわしに伝えたことを、蓮は気がついたのだろうか。 「俺は前に一度経験があるから、リードするよ。まあなんだ……耐えてくれ」 唇が音もなく何かを囁いた。最初は痛いかもしれないけれど、と言ったに違いない。 蓮が白い肩に手を伸ばすと「汗臭い男で、すいやせん」と以心は益々体を縮こませたものの、少しばかり勇気が出たのか、そろそろと片手を伸ばして服の裾を握り締めた。ちらちらと蓮の手を盗み見ている。鍛え抜かれた、骨ばった指先に……視線が向いてしまう。 「えっと、遠巻きにも恋人に見えるようにするには、手を繋ぐべきなんすかね」 いじましい問いかけに蓮が微笑んだような気がした。 「肩を抱いて見つめ合うのは、必要かな」 逞しい腕が細い体を抱き寄せた。 愛藍傘には二人だけ。交錯する視線が、時を止めていく。 以上、邪な妄想の翼が羽ばたいた『歪んだ視界』である。 物陰では、びったんびったん壁を叩いて悶絶する女性魔術師が二人ほどいた。 「……って感じなんじゃないの!? もえーっ!」 「これから家にいくのかしら? それとも一緒にお風呂なのかしら?? どちらにせよホモォおいしいです!! もっとくっつけ! 泣き顔を煽って傷口舐めるのもいいね! 今夜の喘ぎ声がききたい! 転職して人魂を習得しとくんだったぁぁぁ!」 釣れている。 完全に釣れている。 薔薇会の女性二人が、まだ演じてもいない以心と蓮に釘付けである。 そんな悶絶する女性たちの捕獲役は月島達だった。 「うう、ミズキが傍に居るのに……変なこと覚えさせちまったらどうしよう」 強烈な不安が胸を占めていたが、嘆いている暇はない。 誘き出された編集者を逃がさないよう、アイヴィーバインドで捕え始めた。 借りた荒縄で縛り上げる。手が足りないので、からくりのミズキに監視を頼んだ。 「いいかミズキ、女性を怪我させちゃ駄目だぞ。優しく捕まえるんだからな」 「……わかった。優しく、する」 からくりのミズキが頷く。 一方、荒屋敷と谷の二人組はというと。 女性の足音を察知した時から、即物的(偽)カップルに変化していた。 「松之助、何も言わず俺に抱かれてくれ!」 荒屋敷は、谷を壁に追い詰めた。 逃げ場はない。 というか、逃げていては何も始まらない。 「こ、こんな所で、か? し、しかし汝と我は、まだ出会って一日しか」 「だって明日には戦地へいっちまうんだろ!? もう会えないかもしれないじゃねえか……っ!」 突然、何かの物語が始まった。 谷も荒屋敷に合わせた台詞を考え出す。 「そ、それはその、我は……我も汝と共にいたいが、避けられぬ運命なのだ!」 きゅ、と着物を掴んでみる。 谷にはこれが限界だった。そこで荒屋敷は谷の手を掴み、頭の中で自分に言い聞かせ始めた。 俺は縋る男、そして相手は男だけど女、相手は女。 思い出せ! いつものナンパを! 「松之助!」 力任せに小柄な体を抱き寄せる。 しかし固い。女の子と違って肉が固い。骨が当たる。流石は鍛えられた志士の体……とか感心している場合ではない。再び、理性を呼び覚ました荒屋敷は、背中に突き刺さる視線に気づかぬふりを続け、女性陣をひきとめておく為に精一杯、悩んだ。 どうすれば、どうすればいい? 男が好きな男は一体、何を考えるんだ!? 縁のない分野の発想に悩む荒屋敷は、谷を抱き寄せた状態で尻に手を伸ばした。 固い尻の感触に、魂の涙が止まらない。 「固い、な」 やっぱり女の子がいいなぁ、と。 今すぐ此処を離れてカワイイ女子をナンパしたい衝動に駆られる荒屋敷。 「し、仕方がないではないか! わ、我も男なのだぞ!?」 想定外の状況に目を白黒させて文句を言いつつ、谷は任務を果たすべく荒屋敷にしがみつく。 「俺たち、当分離れられない、な。……よ、夜明けのない夜のようだぜ」 お互いに鳥肌が立っている。 だが、覗き見している腐のつく女性魔術師二名は、今にも鼻血を吹きそうな勢いで悶絶し、目を爛々と光らせていた。 ちなみに。 彼女たちの歪んだ眼差しに、どう写ったか、というと。 「ヤッバぃ、身長差イイ! 小麦色の肌には白い肌が映えるってことなんですか! どうなんですか! 月夜に浮かび上がる白い肢体ってことですか!」 「ねぇさん落ち着いて! ばれちゃうじゃない! これはアレですか、お持ち帰りですか!? お部屋じゃなくて野外な気配が濃厚ですか! 赤目の攻様、がんばって!」 君達は何を言っているんだ? と、物陰の鶯実やジャリード達が胸中で問う。 しかし後方の気配に気づかない腐のつく乙女たちの暴走は続く。 「野獣と誘い受けね! って、会って一日とか言ってる! 一目惚れなの!? 出会った瞬間に恋に落ちた奇跡とかですか! 受けの恥じらいイイ!」 「ねぇさん、彼ら明日から仕事っぽいよ? これは今夜が熱いわ!」 「離れたくない……分かるわ、その寂しさ!」 「離したくない……分かるよ、浮気が怖いよね!」 「体に刻み付けるのよ! 首筋に赤く残る鬱血痕、戦場でも疼くカラダ、頭を占める彼の声が、苦境を乗り越える力になるのよ! 愛よ! まさに愛なのよ!」 「惹かれあう眼差し、求めずにはいられない情熱の炎……愛の前に、性別なんて添え物なのね! ああもぅ、明けない夜にいっちゃってください!」 好き放題に妄想の翼を羽ばたかせている。 様子を遠巻きに見守っていた八甲田は、顔を真っ赤にしていた。 「はわ!? お二人ともなんてことを……はわわ!? な、何も見えないですぅ!?」 『これ以上見ないほうがきっといいんだぞ、と』 土偶ゴーレムの獅土が、獅緒の目を塞いでいた。 ともかく合計四名が釣れた今、屋敷の中には二人しか残っていないはずだ。 「急ごうぜ! まだ二人いるはずだ」 囮役に敬礼したガルグウォードは、忍眼で罠を警戒する。 エルレーンは気持ちを切り替え、もふらのもふもふと共に潜入を試みた。 「さあ、もふもふ! しっかり情報を探ってくるんだよぅ」 「めんどくさいもふ〜、別にこんなのどうでもいいもふよ〜」 「うるっさい! さあ、おしごとおしごと!」 エルレーンの横を通り抜け、以心の柴丸が自慢の嗅覚で墨汁の匂いを探す。 ハッドは……緊急用に待機という名目で、近場の木々から傍観していた。 ご主人様不在の猫又沙門は、男性たちを影で支援すべく縁の下から潜り込んでいく。 女性開拓者の邪魔と証拠品の押収、出資者の情報を掴むのが使命! 相棒の黒楼丸に裏口の見張りを任せた鶯実は、高い塀から超越聴覚を使って、残る女性の居場所を探る。 管狐の白嵐を連れた御樹は、人魂で偵察を終えると、ジルベリア式の女装姿で潜入を試みた。傍らのジャリードはもはや友の勇姿(女装)に何も言わない。外からバタドサイトで見た時の光景からして、この辺に作業現場があるはずなのだが…… 「どうするの、この話。もうお昼になっちゃう!」 角の部屋から声がする。 「ちいぃ、バレてたなんて! 今すぐ原稿を持って逃げるしかないわ!」 「だ、だけど交流会」 「見え透いた餌につられてどーすんのよ! 男の言葉責めにでもあいたいの!?」 「憧れの彼とデートにお食事、ハーレムの上に言葉責め……イイ!」 「このおバカ! ドMも程々にしなさいよ!」 麩越しに様子を伺いながら、御樹達が悩む。 情報は目と鼻の先にあるのに、踏み入るかどうか躊躇う。 そこへエルレーンが庭方面から現れた。まずは普通の説得を試みる。 「誰!?」 「や、やっぱり、その……こういうのよくないよぉ。投降してよ、ね?」 「く、刺客ね! ここまで完璧になった開拓男子を、手放すわけにはいかないわ!」 女性魔術師が魔導書「形成」を持ち出した。 本気で応戦する気らしい。 そこへ雅楽川が現れて、庭から「まつんや! 早まったらあかん!」と叫んだ。 「あんたも誰よ!」 「雅楽川や! 薔薇さん、完璧な個人情報ちゅうけど、甘いで!」 「なんですって!?」 「巻物やったら、相棒の姿もいるんちゃうん? 開拓者にとっては、相棒も家族やん。人生を共にする片割れやん? もしも、あんさんが開拓男子の誰かと恋人になったら、時々顔を合わすんやで? そんで、家族になったら、毎日顔をあわすんやで? 家族には、気に入られとる方がええ!」 話はナナメ上に走り始めた。 「せやから絶っっっ対、朋友の情報も網羅するべきや! なぁ、琴」 庭に降り立った龍が首を縦に振りながら、同意するように鳴いた。 「よって、その原稿は完璧やない! 朋友の情報も網羅せな、うちは開拓男子の本に価値を見いだせへん! 朋友情報を充実させて、すべての死角を埋めてこそ、男を攻略する解体書としての、絶対の価値が生まれるんやぁぁぁ!」 雅楽川の力説に、隠れている男性陣が呆然と立ち尽くした。 どう考えても薔薇会の魂を焚きつけている。 そして先程まで交流会という餌に釣られかけていた女性魔術師の方は……がっくりと床に膝をつき「完敗だわ、そうよ、この本は不完全なのよ」と呟き出した。 魔術師は傍らの一冊を握りしめて立ち上がり、乙女走りで逃走を図る! 「ちょぉぉぉっと! イルザリア! どこいくのよ!」 「その子の言う通り、不完全な萌本に価値はない! どうせ新しく作るでしょ!? つまり用済みの不良品! でも私は……私が集めた情報を持って王子様に会いにいくわ! また連絡するからー!」 「裏切り者ぉぉぉ!」 女性魔術師、残り一名。 「あっちは任せろ! そっちは任せるぜ! 追え、白雪!」 逃げ出した女性魔術師を捕獲する為、迅鷹の白雪椰を連れたガルグウォードが走っていく。向かう先には、からすの猫又沙門が女性を転ばせる為に待機していたし、八甲田と月島、そして演技から解放された四人が待っているはずだ。 「く、一体何人で乗り込んできたっていうわけ!? けどね、私は負けないわ」 エルレーンと雅楽川に挑む女性魔術師。 頃合だ。 シュパーン、と後方の襖を開け放った御樹とジャリード。 左右からは真亡と鶯実が現れて、逃げ道を塞ぐ。 白嵐と合体した御樹は、呪縛符で魔術師を拘束した。 「もう諦めなさい」 「……もはや、逃げ場はないぞ」 女装の格好と脅す発言からして、魔術師と男性陣、どっちが悪役で変態か判断が難しい。 鶯実は「いやぁ、今回も綺麗な女性が多くて、俺は嬉しいですよ」と朗らかに語りかけたかと思いきや、手裏剣を指先で弄びながら艶然と微笑んだ。 「これ以上、みなさんの体調に影響するほどの行為を続けるのであれば、敵とみなさせてもらいますよ?」 絶体絶命だ。 果たして魔術師の反応は如何に!? 「オウズチ、さま? 青嵐様の術に縛られ、ジャリード様にまで見つめられるアタシ……く、高身長担当のアドリアーナ、我が人生に一片の悔いなし!!」 この状況すら、彼女にはご褒美に過ぎなかったようだ。 魔術師六名の捕獲が完了した今、残るは本の回収と出資者を捕まえるだけだ。 しかし家中を探しても人の気配はない。 出資者に逃げられたらしい。所々から薫る香水に覚えのある御樹は、打ち震えていた。 「……終生の好敵手たる彼女に出し抜かれるとは、不覚!」 「そんなことより探してください」 依頼仲間とは言え、己の秘密を知られる訳にはいかない。 乱雑に散らばった原稿の数々をかき集めながら、一刻も早く闇に葬るべく精を出す。 しかし餌食になった男性陣と違い、同情心から手伝っている女性達は……所謂、薔薇会の予備軍のような存在である。 気づくと一枚の原版を握りしめて熟読をしている。 例えば人妖の刻無は、興味本位で開拓男子の原稿を覗いてみた。 ジャリードの項目だった。 【誰にも言えない彼の秘密】 実はね! 彼ってばすっごい甘党なの! アル=カマル風のお茶をしてたのを見て隣で同じのを頼んだんだけど、一口食べてショック! 甘すぎて頭痛くなるかと思っちゃった! 彼に手作りを考えるなら、おまじないの香水を入れるより、砂糖壷ひとつ全部入れちゃったほうが効くかも知れないよ! 「……こういうのばっかりとか?」 次のページを捲る。谷 松之助の名前があった。 【誰にも言えない彼の秘密】 彼の凛々しい横顔も、あどけなく崩れる時……それが寝顔! 母性をくすぐる至福の目撃チャンスよね! だけど寝つきが悪い時、彼はからくりの忠作に子守唄を歌わせているらしいのよ! つまり彼の特別な人になれば、膝枕の役目はアナタのもの! そこまで目を通した所で、谷本人が背後から取り上げる! 「読んではならぬ! ならぬぞぉぉぉ!」 「……あの時の松之助殿は疲れておられたのか、よく眠っておりました」 「読むな、忠作よ。汝も手伝え。全て燃やす。絶対に創刊を阻止するぞ」 「某は別に良いような気もしますが……いえ、松之助殿の仰せのままに」 こんなものは、まだ序の口。 他にも顔を真っ赤にしているエルレーンが発見したのは、蓮 蒼馬の記録だった。 【誰にも言えない彼の秘密】 一人の娘を養う家庭的な男性といえば彼! 空白の妻の座を目指すあなたに朗報よ! なぁんと、彼はアル=カマルで多くの女性を口説いたようなの! 集団デートなんてお手の物。場数を踏んだ男の中の男なのよ! さらりと薔薇を贈るキザさが、たまらなく似合う彼は、まさか百戦錬磨の元暗殺者だなんて普段の様子からは分からない! 危険な恋があなたを待っているに違いないわ! 彼にはどうやら思い人がいるらしいの、その特徴さえおさえる事ができれば……続報が待たれるわよ! 次のページを捲る。エルディンの名前があった。 しかも肉感を感じる姿絵つきだ。酔いつぶれたと思しきエルディンの服……つまり禁欲的なカソックを男性開拓者が脱がせている。秘密項目には、ステディ(?)との人目に晒せないような衆道疑惑が乱舞していた。 ……蓮達の萌え演技どころではない。 これは彼らの名誉に関わる。 「は、はうぅ! や、やっぱりこんなやらしい雑誌はつくらせちゃだめなの! 燃やそう! 燃やしちゃおう! 目に焼きついたけど!」 ぽーい、と炎の中に投げ入れる。 次も探す。仲間のために。だけど、見ずにはいられない。 八甲田もまた興味を惹かれて一冊を手にとった。そして見た。 開かれた項は、鶯実の名前があった。 【誰にも言えない彼の秘密】 彼にはとっておきスポットがあるんだそうよ! とても静かで誰も知らない、そんな場所でお酒を飲む横顔がシビレルゥ! 凛々しい横顔、澄んだ眼差し、この情報を手に入れたアナタは、特別な彼を独り占めできちゃう幸運な女の子! いざ偶然を装って声をかけにいくべきよ! そしてめくるめく大人の夜へ…… 「はや、これって結局どういう本なのでしょうかぁ? ふぇぇ!? こ、これはっ!」 今、すぐ傍にいる男性陣に目がいってしまう。ドキドキしながら手が止まらない。 次のページを捲る。月島 祐希の名前があった。 【誰にも言えない彼の秘密】 いつもそっけない態度のカレも、相棒のからくりには優しいらしいの。 心許せる相手には優しいってことなのかしら。 それにね、酒に酔うと本物の猫の如く人に擦り寄って甘える姿が、超キュート! 彼は秘密にしているみたいだけど、そんな秘密も今や私たちとの共有の秘密よね! 自宅で焼き魚をツマミにマタタビ酒で一杯やるのが一番幸せって情報が入った今、如何においしいお魚を焼けるかが重要よ! そして恋人になった暁には、はいあーん、なんて至福の時間も! これは蜜月のヨ・カ・ン! 次のページを捲る。御樹青嵐の名前があった。 【誰にも言えない彼の秘密】 カレの魅力は何と言ってもそのギャップ! 冷静でともすれば冷たそうな美貌だけど、その内面は超熱血! その火を吹く氷ともいえる眼差しにキュンキュンしちゃう! あとカレ……女装が激似合いなんだって(爆)ワクテカしちゃうよね! 彼女がいるって噂だけど、そんなものは略奪愛よ! 次のページを捲る。弖志峰 直羽の名前があった。 が、こちらはジャリードや御樹に抱きついて餌付けされてる姿絵も鮮明に描かれており、禁断の三角関係と称されていた。募る片思いを応援するか、異性愛に目覚めさせるのが、云々と。 読み進めるうちに顔が赤くなり、硬直した。 だが手は別な生き物のように驚異的な勢いで次を捲る。 「は! 一体何をしてる!?」 「ふぇ!? え、えっと、萌本か確認を、その」 「……今見たことは忘れるべきなんだぞ、と。うん、それがいい! 教育的指導!」 慌てて土偶ゴーレムの獅土が萌本を奪い、燃やしている焚き火へと放り投げる。 一方で心身共に疲れ果てている御樹と以心は、書類探しを仲間に任せ、食べかけの食料品や盗まれた衣類回収に徹した。高価な品々は本人に返すにしろ、湿気った煎餅など返しても困るに違いない。 そして押収した巻物や冊子が偽物か確認していた月島は、その緻密な情報に溜息を零す。 「ここまで仕上げた努力は認めるが……努力の方向を間違えたな」 「うーん。趣味は良いけど……他に迷惑を掛けるようなことはダメだよね」 餌食になりかけていた真亡が呟く。 そんな二人の元へ唐突に現れた雅楽川は、優しく微笑んだ。 そっと肩を叩き、二人の手元に巻物と製本前の冊子を渡す。 「あんさんら……あんじょう強う生きてや」 その言葉と眼差しは、雅楽川が……全てに目を通した事実を暗に伝えていた。 遠ざかる背中を呆然と見送るものの「琴、うちら、なんも見とらんな」という悟りを開いた者の言葉が聞こえてくる。 「し、知られた……うぅ、都会こわい……神楽こわい……!」 ファイヤーボールで燃やす為、ぶるぶる震えながら月島たちは萌本を運び出す。 焚き火の傍らでは、たった一人、寝返った女性魔術師イルザリアがハーレムを築いていた。 ガルグウォードが甲斐甲斐しく世話をやく。 「努力した分のご褒美位は……な? よき夢を、お姫様」 右も左も、名のある男たちだ。 ちやほやされて嬉しくない女性はいない。 女性の腕には、猫又の博嗣と沙門が抱かれてモフモフされていた。 谷が肩もみをし、荒屋敷は「徹夜で大変だったろ、これで報われるか?」などと言いつつ密着して手足のマッサージをしている。 衆道疑惑は晴れたようだ。彼の表情がまんざらでもない事を伝えている。 黙々とアル=カマル風の料理を作るジャリードは、命じられるまま別の衣装に着替えていたし、以心と蓮は日替わり一日デートを約束させられていた。 「ずるいー!」 捕まって縛られて、ぶーぶー言ってる女性たちに、蓮は一輪ずつ薔薇を手渡す。 「まぁまぁ。入手した情報、自分達で独占した方がライバルが減っていいんじゃないか?」 そう。 次こそ! と朋友情報込の萌本『開拓男子』を刊行されては困る。 ハッドは気品のある仕草と笑顔で、資金源を聞き出そうと接待している。 そして鶯実は、消えた出資者が気になっていた。 「まさか俺の尾行をまかれるとは……本当に諦めているのであればいいのですが」 からすと二人係で追いかけたが、高笑いを残して逃げられた。 御樹が肩を鳴らす。 「どうでしょうかね。香水で出資者の見当はついてますが……彼女は住所不定ですし、侍女の方は化け物並みの術者なので、捕獲は困難と言わざるを得ません」 実態を知る者の溜息。 マッサージから戻った谷に、からくりが囁く。 「松之助殿、何か不穏な空気がいたします」 「あちらの彼女のことか?」 庭の片隅で仲間の男性たちを観察し、つい先ほど仕入れた情報と比較して赤くなっているエルレーンがいた。純粋な彼女に、どうやら悪い影響を与えてしまったらしい。 近づくと独り言が聞こえてくる。 「……はぅ……あ、あっちの人は、……ちょっとやらしいシュミのある人で……あ、あの人とあの人は、お、男どうしだけど、恋人疑惑が……うわあぁ!」 変なものに目覚めないでください。お願いします。 全身全霊で祈りながら、下手に何かを刺激しないように、見なかったふりをする谷がいた。 「違います。なにかもっと……いえ、やめておきます」 全てを浄化の炎に委ねる男たち。 その影で全項目を熟読したからすが、そっと一冊の完品を懐に忍ばせていたことに……男たちは、誰も気づくことはなかった。 「からすちゃん。それ、どないするん?」 「なに、証拠品さ。ギルドに提出して、再発防止対策に努めてもらわないとね」 「なーんや。それなら……、……全部に目を通してた気がするんやけど、気のせいかいな」 「……気のせいさ」 萌本「開拓男子」……それは男たちの全てを網羅した伝説の逸品だ。 残念ながら刊行前に、大半が燃やされてしまった。はずだが、何故か数冊が戦火を生き残った……という噂が闇の市場に流れた。マニア垂涎の傑作を求めて、時に数万文の値で競売にかけられたが、大半は偽物で、本物を目にした者はいない。 噂話も含めて、一連の騒動をハッドは物語にしたためた。 時同じくして。 ギルドで働く受付女性達の間で『究極の秘伝書』なる品物が受け継がれているとの噂が飛び交ったが……真相は職員にならなければ分からない。 開拓者たちは噂の詳細を知る事はできないのだった。 |