画壇の陰鬱
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/15 21:47



■オープニング本文

 晴れ渡る空。かわらぬ人々。
 宿に戻った娘が見たのは、なげっぱなしの荷物だった。
 手にしていた手紙が滑り落ちる。

 置き手紙には一言。
『アヤカシを、観察しにいってきまぁす。真麗亜より』
「おねぇさまぁぁぁあぁぁぁぁ」
 響く絶叫。

 共に旅をしていた姉が居なくなったので、連れ戻して欲しい。
 寿々という黒髪の娘は、淀んだ空気を背負いながら淡々と話を始めた。
「早急にお姉さまを連れ戻してはいただけませんか」
 義理の姉は、ちょっと変わった画家らしい。
 曰く、世に跋扈するアヤカシを、美女や美男子、美少年や美少女、果てはマニア向けに筋肉質な男性とか、豊満な女性とか、要は魅惑的な姿で描いて、同じ嗜好を持つ人間相手に売りさばいているらしい。
 ただでさえ異色の画家であったが、新しい発想を求めてアヤカシ討伐に向かう開拓者に、ひょいひょいと同行してしまうらしい。身の危険など顧みない。新しい美、それこそが真麗亜の生き甲斐だという。
 時々、目的以外、なぁんにも見えなくなる。
 そもそも実家を飛び出して画家になった。
 今回も、妹を置いて勝手に飛び出していった。
 いつもは追いかけるのだが、今回はそうも行かないらしい。
「お姉さまには旦那様の紫暗様がいらっしゃるのですが、今回、護衛付で行商に混じっていらっしゃっているんです。一刻も早く連れ戻さなければなりません。今回の件を知られる前に」
「そんなに急ぐ理由は?」
「実は、身重なんです。お姉さま」
 驚愕の事実が飛び出した。
「危険です、と何度説得しても聞き入れませんでした。大事にならないように気をつけていたのですが、手紙を受け取りに行った僅かな時間を狙うように消えてしまいまして。これでもしお姉さまに何かあったら」
「何かあったら?」
「影に日向にお姉さまをお守りする、それがお傍にいる私の誓いです。果たされぬ時は‥‥」
 じっと懐剣を見た。
 死んで詫びます、とでも言い出しそうな気配だった。
「と、と、とりあえず。単にお姉さんを連れ戻せばよいのでしょう? 容姿を教えてもらってもいい?」
 金髪に碧眼の、細身の女性だという。容姿の違いに首をかしげた。血のつながりは無いが、大切な方です。寿々は短く言う。
「ひとつご注意を。お姉さまは護身術を身につけておられますので、目的を阻む相手は誰であろうと倒してしまわれます。三本矢をへし折る程度は朝飯前で」
 うそーん、と言っていても話はすすまない。
 妊婦に激しい運動は禁物だ。
「旦那様を宿に近づけさせないよう、私は色々と策を講じます。お姉さまを無傷で保護し、身なりを整えさせて、夜、割烹『夢幻』へお連れください。そうですね、旦那様の為にめかしこんでいると柄にも無い話でもしてみましょう。ともかく宜しくお願い致します」
「えーと、寿々さん? お姉さんに、なんていえばいい?」
「そうですね。放浪中の妹君や兄君の件もありますし。これ以上、実家の負担を増やすと‥‥旦那様達が過労死しますよ。とお伝えください」
 どうやら忙しないお宅の様であった。
 同行したというアヤカシ退治の資料を見ると、廃屋に巣くった女の幽霊一体。他の開拓者たちとやらに退治は任せておいて平気らしいが、どうやって引き剥がして連れ帰るかが、果てしなく頭痛の種であった。


■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029
23歳・女・巫
滋藤 御門(ia0167
17歳・男・陰
雪ノ下 真沙羅(ia0224
18歳・女・志
劉 天藍(ia0293
20歳・男・陰
星乙女 セリア(ia1066
19歳・女・サ
弖志峰 直羽(ia1884
23歳・男・巫
橘 琉架(ia2058
25歳・女・志
珠々(ia5322
10歳・女・シ
リン・ヴィタメール(ib0231
21歳・女・吟


■リプレイ本文

「旦那様の足止めはお願いしますね。僕達はアヤカシ退治の廃屋へ急ぎ向かいます」
 滋藤 御門(ia0167)が、労りの眼差しで劉 天藍(ia0293)と星乙女 セリア(ia1066)の無事を願った。妻が戻るまで、二人は旦那様を足止めせねばならない。
「あんたも頑張ってくれ。画家さんの熱中してしまう気持ちは分からなくもないが、妊婦なら放っておけないよな。いこうか寿々さんセリアちゃ、セリア、ちゃん?」
 繊細な顔立ちの美少女は、普段のお淑やかさなど感じさせず、屈伸運動に勤しんでいた。
「足をひきつらせない為には、準備運動が必要です!」
 輝かしい笑顔。
「それにしても美男美女アヤカシを描く絵師さん。後で私が描いて貰うなら、男を取って喰うあだるてぃーな女郎蜘蛛なんて、格好良いですね‥‥っは!」
 痛い視線に我に返る星乙女。芸術への熱意に理解を示しながらも、おろおろと身重を心配する。決して好奇心だけではないことを訴えた。
「‥‥それではお姉様を宜しくお願いします。参りましょう」
 寿々が劉と星乙女を連れて行く。
 残された者達は、地図を取り出す。
 その横で二人を見送った橘 琉架(ia2058)があきれ果てていた。
「世の中には、変わった人もいるものねえ。しかも身重? 今一番大事な時期じゃないの」
「そうです。身重な体で飛び出しなんて、全くこれだからお金持ちの道楽好きは」
 万木・朱璃(ia0029)もため息を零す。そして沸々と沸き上がる苛立ちは、万木の想像を豊かに飛躍させていく。きっと旦那様はこういう人で、などと広がる想像。
 とはいえ、呆れている者ばかりでもなかった。
「お、お子様がおなかにいる身でアヤカシと‥‥だなんて、そ、そんなにアヤカシがお好きな方なんでしょうか」
 雪ノ下 真沙羅(ia0224)の疑問は、至極まっとうなものだった。アヤカシはどれだけ弱くても一般人ならば命を落とす危険もある。腹の子の安全より芸術なのだろうか。
 そんな疑問を、斜めに解釈する者もいた。
「画家の人というのは、きっと常に新しい素材を求めてやまないのですね。シノビが常に新しい‥‥を探すのと同じですね。実に職業的美意識にあふれた方と推察します」
 珠々(ia5322)の双眸が怪しくきらめく。
「かんにんなぁ。ぎょうさん、時間もろて。かぁいらしい直羽お姉さま、きゃはったわ」
 上機嫌のリン・ヴィタメール(ib0231)が現れた。
 数十分ほど前に、弖志峰 直羽(ia1884)とヴィタメールは二人揃って小部屋に消えた。『お化粧、私にお任せでもよろしおすえ?』と、妖艶な頬笑みを浮かべていたのは何人か見ている。
「どう? 奥様の創作意欲を刺激できる感じになったかしら?」
 低い声がオネェ言葉で何か言っている。ヴィタメールより頭一つ飛び出た長身が、ジルベリア風の淑女の格好をしていた。驚くべきは施された華麗な化粧に、朱色の唇。ピンハネしまくっていた髪は、しっかり纏められて、簪までさしてあった。
「良い出来ですやろ。これなら負けるはずがない」
「女装 してみることにしました」
 ノリノリだった。

 一方、星乙女たちの表情が、硬くこわばっていく。
 異彩を放つ一行が、劉と星乙女のいる橋を渡るべく接近していた。依頼人の隣で優雅に歩く黒髪の青年が『旦那様』とみて間違いはない。だが物々しい護衛を引き連れていた。
「護衛と一緒、とは、確かに俺も聞いていたけど、あれはないよな」
 アレにすがりつくのか、と劉の頬に冷や汗がたれる。
 行商人だ。道中の安全確保の為に、開拓者でも雇ったのだろう。
「ちなみにセリアちゃん。今の季節、水、寒いけど大丈夫か?」
「やるしかありません!」
 意を決して星乙女が川へ飛び込む。
「はぁ‥‥誰かぁ! 妹があぁぁぁ!」
 羞恥心を記憶の彼方に吹っ飛ばし、劉が大騒ぎを始めた。生真面目と噂の旦那様が走り寄ってくる。劉が絶望に満ちた迫真の演技をみせた。橋の真下で、星乙女が溺れている。
「助けて下さい! 妹が落ちてしまって! 俺、泳げないんですよ〜ぉ!」
「由良さん、まだ待ち合わせには時間がありますね」
 旦那様は、もの凄い勢いで護衛その一を振り返った。急な話に驚く護衛。
「え? ええ勿論だけど。ちょ、ちょっと待って紫暗君! ダメよ!」
「何故止めるんですか! このままではあの女性が!」
「バカを言わないで。あなた『沈む』わよ!」
 間。
 ばさばさばさ、と着物の下から何かが落ちた。川の中へ飛び込む旦那様。
 地面に広がる砂袋。あっけに取られた劉が謎の砂袋について問うた。霧句という護衛の少年曰く、旦那様は常に己を厳しく律しているという。
 奥さんが三本矢を折る猛者なら、旦那も旦那だ。
「大丈夫ですか。しっかりして下さい」
「あ、ありがとうございます。足が滑ってしまって。私、泳げなくて」
 きらきらきら。
 薄幸の美少女、星乙女セリア。旦那様の裾を掴んで離さない。
「セリア。大丈夫か? ありがとう御座います。この近くに私達の宿がありますので、そこへいらしてください。このままお返しする訳には参りません」
 ずぶ濡れの旦那様に劉もすがりついた。

 旦那様の捕獲が成功していた頃、連れ戻し班は全速力で走っていた。
「走るのは得意です」
 なんて大法螺を吹いていた万木は「抜群のうそをついてすいませんでした」と息も絶え絶えに大地に崩れた。魂を削るかのごとく走り続け、一番に到着したのは珠々だ。
 現場に到着すると、緊迫した空気が漂っている。アヤカシはまだ退治していないらしい。
 こちらの標的は、目の前にいた!
「『おねぇさまぁぁあ!』」
 珠々は依頼人の声をまねた。似た背格好だったのだ。遠目からは別人だとは分かるまい。
「『いきなり割り込んでごめんなさい。お義姉様、実家の負担を増やさないでください!』」
 びくーん、と金髪の後ろ姿が硬直する。別の開拓者達が、やっと保護者がきたか、とでも言わんばかりの笑顔をつくり「後は任せたぜ!」と叫んで、廃屋へ突入する。
 あっちはあっちで、忙しそうだ。
「あら? ‥‥あなた誰?」
「『お姉さま。この期に及んで、しらばっくれないでください』」
「ははぁ。あの子がよこしたのね。天儀の開拓者は優秀だもの。でも残念、あなたはあの子によく似てるけど、違う子だわ。この私が、命を預けた子を見間違うはずがないもの」
 にんまり、わらって。
「おっじゃまーっ!」
 気を取られた隙に逃走を試みた!
「ま、真麗亜様! 妹様が心配なされていますし、だ、旦那様がもうすぐ帰って来られて」
 逃走失敗。雪ノ下達も到着した。行く手を阻み、たどたどしい言葉で必死に訴える。
「歌は春風とともに。
 最初はゆっくり微かに、そして。
 微風が鼻をくすぐるような。
 さざ波が踵を優しく包むような」
 ヴィタメールの声が響く。真麗亜の注意がこちらに向いた。
「アヤカシの擬人化画、とっても興味がありますワ」
 口調まで教育されている誰かさんは、扇を片手に華麗に前へと進み出た。
「芸術家ってな、流石目の付け処が違うね、いえ、違いますわね。その腕、追っかけてるアヤカシよりも、私の為にふるってくれないかしら!」
 俺を描け。
 女物で全身を包んだ弖志峰は、胸を張って宣言した。
「あら、珍しいモノ発見」
 びみょーに興味を引いたのは確かなようだ。道中にヴィタメールは言っていた。
『要は、アヤカシ以上にモデルとして魅力的な何かがあればいいんやもん。お姉さまと妹、或いはお兄さまと弟の新しい関係とか、どうですやろな?』
 弖志峰は期待に応えた。この女装でドン引きさせた時は、仲間に隙を狙ってもらう、と考えが行き着いている辺りが清々しい。ヴィタメールが「おねぇさま」と寄り添う。
 アヤカシ退治に来ている別の開拓者達が何か言った。
「誰! いま、ある意味アヤカシだとか言ったのわぁぁ! 酷い、酷いわ」
 弖志峰が隅でのの字を書き始めた。
 だが、面白くない人間は他にもいる。
「わかりました。大丈夫、私、芸術のためならば脱ぐのもやぶさかではありません! さぁ、私をモデルに絵を描けばよいのです!」
 万木が出血大サービスで一枚脱いだ。
 男性陣は目を閉じられたし。だが万木に此処まで身を投げさせた原因、それは!
『女装した直羽さんが選ばれたりした日には、大切なものがボロボロになりそうな気が』
 女としての譲れぬ境界。
 仮に負けたら直羽の食事代は五割り増しにしてやるそうな。
「って、何で皆様までそんなコトをー!」
 雪ノ下が真っ赤になって顔を覆う。至極まっとうな抗議だ。話が斜めにずれていく。
 対して拝み倒し続けていたのは滋藤だった。
「力尽くはしたくないんです。お願いです。お腹の子に何かあっては大変ですから」
 弖志峰は、男の尊厳を捨てた。万木は脱いだ。
 体を張っている先輩の為にも、ここは一つ何とかしなければ、と考えて考えて出た結論は、やはり己の一部を犠牲にすることだった。
「分かりました。では、代わりに式神でモデルのアヤカシの代用にならないでしょうか? 氷柱と雷閃と蛇神は用意してきたのですが」
 アヤカシを式とする陰陽師の技。ぐりん、と金髪の頭が振り返った。
「アヤカシを愛する、乙女がごとき陰陽師。美女と野獣、イイわぁ!」
 傍観を決め込んでいた橘が素早く接近、真麗亜の荷物を奪い取って、絵を盗み見た。
「へえ。さすが画家、上手ねえ‥‥書くならこんな寒空では、なくて室内で、どう? ここだと土で、汚れるし。室内なら、あんなポーズとか指定出来ると思うんだけど、後妹さんが、これ以上実家に負担かけると、やばいと言ってなかったかしら?」
 絵の道具は全て、橘の手の中。
 捕獲完了。悪あがきをあきらめた身重の画家は、肩を落とした。

 さて旦那の足止めはというと。
 宴会騒ぎに発展。妹の命の恩人に乾杯。劉は自分の気の弱さを嘆き、将来の心配等の苦労語りでひきとめていた。旦那様も愚痴が多い。
「ところで、妹をどう思いますか? 嫁の貰い手を探して」
「いやだ、お兄さま」
 星乙女が律儀に真っ赤になって、劉を突き飛ばした。
 旦那様の隣でお酌を続ける。旦那様は『私にはもったいない』等と型にはまった返事を返す。そんな星乙女との様子をみた護衛の少女が、反対側に座って身を寄せる。
「紫暗おにぃーちゃん。寒くない? 恵流がぁ、あっためてあげる」
「結構です」
 にべもない。劉の隣にいた護衛の弓使いが笑った。
「あは、また奥さんに拗ねられないように必死ね」
「また? 奥様と不仲なんですか?」
「此処だけの話、奥さん双子でね。よく入れ替わるの。傭兵だった頃の旦那様が求婚した時、間違って妹に告白しちゃったから、彼、しばらく手も握ってもらえなかったのよ」
 護衛が笑って旦那様を見た。劉も旦那様を見た。
 もしや奥さんが家飛び出して変な芸術に目覚めたのは、旦那のせいじゃないんだろうか、という疑問が脳裏をかすめていく。そこへ依頼人が近づく。
「走ってきた珠々さんから今連絡がきました。順調です」
「分かった。ついでに寿々ちゃん。ここの宿代は宜しく、必要経費で」
 依頼人が固まった。今月の私のお小遣いが、と茫然自失で呟いていた依頼人の台詞を、劉は聞かなかったことにした。

 一部の者が己の存在意義を見失いかけ、いたたまれない姿を元に戻し、やんちゃな妊婦に説教を言い聞かせた後のこと。
「い、一応着付けの手順だけは一通り覚えていますので‥‥そこそこ、お手伝いできるかも、知れません。お化粧とかは‥‥お任せしたい、ですが」
 雪ノ下がおずおずと進み出た。自らは体格の所為で着崩れがちではあったが、意外と手早く器用なのは女の子故だろう。ふすま越しに、男性陣も手伝いを試みた。
「お腹は締め付けない方が良いですし、着物の場合は間に布を挟んで緩めに帯を巻けば宜しいかとは。打掛風にわざと上を着崩しておくのもおすすめで‥‥いえ、なんでも」
 女物の着物を知り尽くしている滋藤が、自らの発言で少々物思いに耽った。
「動かないでね。紅は、女の命だわ。あと、旦那さんからの簪とか、ある?」
 薄化粧を施す橘の真剣な眼差し。くるくると回るように動き回り、珠々も姿を確認する。
「これなら、旦那さんも文句はいわはらんね」
 ヴィタメールが襖の向こうをにんまりと見た。

 旦那様御一行も割烹『夢幻』に辿り着いた。
 引き合わせた際、旦那様は予定通り『妻が着飾っていた』ことを疑う様子はなかった。
「お久しぶりです、真麗亜さん。随分と旅行が長かったですね、その体で」
「うぅ、だからこうして出迎えたじゃないの。不満?」
「えぇ勿論。でも、嬉しいです」

「奥さんに惚れ直す旦那さんは、いい酒の肴です。まま、皆さんも甘酒を一杯」
 珠々が甘酒を勧める。無表情だが楽しそうだ。滋藤がにっこりと微笑む。
「本当に。あれは素敵ですよ、旦那様とお幸せに」
「旦那さん、意外と立場が強いんですね」
 虐げられる旦那を想像していた万木が意外そうに呟いた。依頼人が相づちをうつ。
「あぁ教育係が妹君に同行中の間だけ、家は旦那様の天下です。本当に最近の話ですが」
「先刻の話だと、相当苦労してる風だったな。でも綺麗な奥さんで幸せ者ですね‥‥多分」
 劉が夫妻の様子を眺めている。語尾がびみょーに聞こえないのは気のせいだ。
「後で真麗亜様の惚気話を聞かせて頂きたいです。仲睦まじい夫婦の話は私としても嬉しいのです。私も、いつか良い旦那様が欲しいなぁ」
 ぽわん、と夢見る星乙女。
「真麗亜サンがアヤカシ擬人化絵を書くようになったきっかけとか、色々話を聞きたいな」
 無邪気な弖志峰。
 求婚失敗騒動を聞きかじっていた劉は、明後日の方向をながめて黙っておくことにした。
「お腹の中に子供がいるんですよね‥‥羨ましいです。私はもうずっと彼氏なんていませんから‥‥何時かいい人出来たらいいなぁ」
 万木も羨ましげに様子を見守る。
「後でおなかの子に口笛を聞かせてあげたいわ」
 ヴィタメールも楽しげに呟いた。

 その夜。
「お義姉さま。それは?」
「開拓者達に聞いてみたの。良い名はなぁい? って。どう紫暗」
「それで候補が『紫』、『紫羅』、『麗夢』、『世羅』、『美芹』、『日向』、『美青』、『紫苑』というわけですね。お互いの名前も一字。ここはやはり父親の偉大さを」
「母か父かでこだわると、二人ともまた喧嘩するんじゃない?」
「僕も由良さんに賛成。ねーちゃんは?」
「右に同じ。霧句、醤油取って。和斗尊君、味噌」
「恵流はこっちがいーけどぉ、二人で決めるしかないよ」
 護衛達の暢気な会話の末に、画家と行商人は顔を合わせた。
「では」
「それじゃ」

 日向。
 太陽と豊穣。明るい陽の世界へ向かうことを願って。