【希儀】潜む闇と彩る船
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/09/30 18:49



■オープニング本文

●希望の名を授かりし儀
 武天の砂浜に漂着した一隻の飛空船――それは、どこの国のものともつかぬ調度品を積んだ古い大型船であった。
「結局どこからの船なんだろう」
 船着場、飛空船を率いて周辺空域を護衛するコクリ・コクル(iz0150)はひょいと首をもたげた。波が打ちつけるたび波止場には滴が飛び、かもめがみゃあみゃあと遊んでいる。
「一応秘密なんだよね……うーん?」
 コクリの手元には、やれ宝船だの呪いの幽霊船だのと書きたてられた怪しげな瓦版があった。やはり、これだけの大事件だ。隠しきれるものではないらしい。
「おい、誰かいるか!」
 タラップを駆け上がり、ゼロが、姿を現した。
「こいつはどうもでかいヤマだ」
「どうしたんですか?」
「西に未知の儀がある! 新大陸だよ!」
 思わず立ち上がり、コクリは息を飲んだ。開拓者ギルドにおいては、朝廷文武百官と各国王の連名のもとに新大陸探索の命が下されていた。天儀暦1012年、夏も暮れのことであった。


●出港準備と開拓船
 武天の海岸に漂着した難破船の内部資料から判明した、嵐の門の位置と新たな儀の存在は、たちまち天儀全域に広まった。これにより各国からも開拓船が供与されることになった訳だが、万屋から許可の出た飛空船の整備や準備の人手は圧倒的に足りない。
 こうして万屋黒蘭が、多数の開拓者を雇い入れることになった。

 あなたもまた、そんなひとり。

 整然と並べられた船は、どこもかしこも雇われた職人や開拓者で溢れている。例えば力仕事だけでも様々な種類があった。開拓船に運び込まれる食料などの物資、生活用品はまだ沢山倉庫に積まれていたし、装甲強化に船体整備も必要不可欠だ。
「出港の準備を手伝うって、結局何をすればいいの?」
 正確には、どこから手伝えばいいのか、といった所だろうか。
「そうですね。今後、船団の編成や航行計画の策定も必要になってきますが、出港準備が終わらなければ次の作業には移れません。ただでさえ、迷惑な輩が毎回やってきますから、作業は遅れています。ほら」
 案内人が指差した先には、何やら交渉に明け暮れている者や追い出されている者すらいた。
「彼らは?」
「商人や詐欺師、密航を試みようという輩ですね。困った方々です」
 ただでさえ忙しい所に、無駄な物資を売りつけに来た商人達や不法侵入者は日常茶飯事ということなのだろう。新しい儀の開拓は、秦やジルベリア、アル=カマルなどがそうであったように、様々な新文化を天儀へもたらしてくれる可能性が高く、新しいビジネスチャンスと捉えている者も多い。

「皆さんに担当してもらう船はこちらです。本日搬入されたばかりの、まだ整備を始める前の小型飛空船が数船ありますので、不審者がいないかの確認と……あとは錆びた外壁の塗り直しをお願いします」

 国名さえ消さなければ、好きな風に描いていいらしい。


■参加者一覧
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
珠々(ia5322
10歳・女・シ
からす(ia6525
13歳・女・弓
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
マックス・ボードマン(ib5426
36歳・男・砲
フレス(ib6696
11歳・女・ジ
戸隠 菫(ib9794
19歳・女・武
獅子ヶ谷 仁(ib9818
20歳・男・武
緋乃宮 白月(ib9855
15歳・男・泰


■リプレイ本文

 案内役は十人にひと通りの説明を行うと、調査組と塗装組に分かれて仕事をするように告げて去っていく。何か必要なものがあれば、中央広場に取りに来てくれという。

「侵入者、か」
 話を聞いていたマックス・ボードマン(ib5426)は「やれやれ」と首を鳴らした。
「誰よりも早く新しい儀を目にしたい、って気持ちは分かるがね。アルカマルの時に不審船扱いされた事は知ってるだろうに……どんな場所かハッキリしないうちは、よしにしとくべきだろうに」
 溜息を零すボードマンが色々と想像を働かせる。
 小言を聞いていた獅子ヶ谷 仁(ib9818)は、からからと笑った。
「確かに、そうだな。でも、どんな土地なのか考えるだけでも楽しいから……焦がれる気持ちは分からないでもないぜ」
 獅子ヶ谷は青い空を見上げた。
「行けるのはもっと先になるだろうが……開拓の第一歩になるこの船が、十二分に活躍出来るように願いを込めるべきだよな。俺もあっちで整備を精一杯手伝うぜ! じゃ、後でな!」
 獅子ヶ谷の背中を眺めたボードマンは、調査組を振り返る。
「さてどうする?」
「どうもしないわ。仕事をするだけよ。……けど、すごい数ね」
 つんとすましていた胡蝶(ia1199)が振り返る先に、船が延々と並んでいる。
 相槌をうつ琥龍 蒼羅(ib0214)が、ずらりと並ぶ飛空船を眺めて途方にくれた。
「流石にこれだけの数の船となると準備にも時間が掛かるか。やるべき事は山積みだな。先ずは今できることを確実に、だ。さて、何処からどうするかな」
 アヤカシ等がいた場合や、複数人が潜伏していた場合を考慮し、単独は避けたほうがいいだろうという話になった為、胡蝶が琥龍に声をかけた。
「あら、予定でないのなら、同行する? 一応、アヤカシなり、手に余る相手が出た時は他の開拓者に協力を求めると思うから、都合さえ良ければ、だけど」
「断る理由は無いな、よろしく頼む」
「胡蝶さん。琥龍さん。よかったら、僕も同行させてもらえないでしょうか?」
「ええ、良いわよ。よろしくお願いするわ」
 胡蝶達の快諾を聞いた緋乃宮 白月(ib9855)が、ぱっと顔を輝かせる。
「ありがとうございます! 準備が順調に進めるように、不審者探索をがんばります。迅鷹の黒陽を紹介しますね。黒陽ー! おいでー!」
「決まったらしいな。よろしく」
「せやなー。こっちは人妖の雪華や」
「ああ、短い間だけど、宜しく。うちは猫又の沙門」
 こうしてボードマンは、からす(ia6525)と八十神 蔵人(ia1422)の三人で動くことになった。
 八十神は「万が一に備えておいたほうがええやろ」と人妖雪華に呼子笛を渡した。
 持ってきてない者にも呼子笛を渡しておく。
 猫又の沙門を連れた、からすは慣れたもので、懐中時計ド・マリニーを手に、係りの者から船体図を貰いに出かけた。

 一方、獅子ヶ谷が塗装の道具を持って持ち場へ走っていくと、既に仲間達は担当の場所で忙しく働いていた。隣の船の戸隠 菫(ib9794)が一人で唸っている。
「……アヤカシはともかく、あちらの住民に対しては平和的に接触したいのよね。どんな絵にしようかな」
 戸隠は平和的な接触に向いたデザインに頭を悩ませる。
 同じ塗装組のフレス(ib6696)は珠々(ia5322)と一緒に道具を運び始めていた。
「新しい儀か〜、どんなところかとっても興味深いんだよ。それを探るお手伝いできたらそれはとっても嬉しいことだと思うんだよ。ね、珠姉さま、どんなのにする?」
「それがですね」
 うつむいていた珠々は、拳に力をこめて力説した。
「自慢ではありませんが……実は私、絵に自信がありません!」
「ね、姉さま?」
 半ば開き直った珠々がフレスに迫る。
「絵心というものは皆無です。皆無ですとも! 笑ってください。さあ!」
「笑ったりしないよ。一緒に頑張れば、素敵なものが出来上がると思うんだよ」
「そうですね……気は心と言う奴です。丁寧にやれば、究極的には『図形』ですからちゃんとできあがるはず。そうです、丁寧に仕上げれば良いのです!」
 自暴自棄から我を取り戻した珠々が、絵筆をとった。

 
 不審者の対応を任されたからす達は黒い金属で作られた懐中時計「ド・マリニー」を取り出した。反応がある以上、ここには精霊力か瘴気があるという事だ。どのみち一隻ごとに確認はしなければならない。
 そして踏み入って早々に、箱の中に隠れた行商人を発見した。からす達が説得にあたる。
 ……どちらかというと、半ば脅しではあるが。
 そして如何なる人間であろうと、不法侵入者に聞く耳は持たない。
「悪いが文句だったら万屋に言ってくれ。外の奴に、こいつを引き渡してくる」
 ボードマンが侵入者の首根っこを掴んで連れて行く。
「ああ、頼む」
 念の為、からすは精神を研ぎ澄まして弦を掻き鳴らした。その共振音の微妙な差異が、アヤカシの存在を知らせる。しかし存在を感知した方向には、何もない空間があるだけだ。
「こうなると……単純に船内に潜むだけじゃないだろうね。壁の中とか、どこかの空間」
 からすが考え込んだ。
 やがて「まかせいやー」と八十神が何もない場所に歩いていく。
 八十神は通風孔や隙間に、なんと縄で縛った人妖の雪華を押し込んだ。
「ほら、いったいった。小型のアヤカシとかおるかもしれんから、がんばれよー」
「ふぐぅ……仕事とは言え何故こんな目に〜!」
 文句を言いながら主人の命令を従順に遂行する。すると……闇の中で何かが動いた。
「何かな、ネズミとか蛇か……なんか、ぶにょって、い、いやー食われるー! あだっ!」
 狭い中で頭をぶつけた雪華が呼子笛を鳴らすと、八十神が渾身の力で縄をひっぱった。
 すぽん、という音がして、謎の粘液にまみれた人妖が、地面に落ちる。
「いたい! ぬるぬるする……開拓者の憧れで、引く手数多の人妖に対して何この扱い!」
 文句を並べている間に、通風孔からアヤカシが現れた。
 一抱えほどもある粘泥だ。
「沙門、船体破損を禁ず。どい……」
 からすの言葉が途切れた。
「あかん! 前!」
 手短な獲物のからすを狙い、素早く飛びかかる粘泥を、咄嗟に弾き返す。べちゃりと軌道をそらされた粘泥は、再び通風孔に戻ろうとしていた。丁度戻ってきたボードマンが銃弾を打ち込んだ。狭い空間で集中攻撃を受けた粘泥は、瘴気にかえった。
「丁度よかったか。しかし、アヤカシも新しい儀に興味があるのかね? 普通に考えれば人間の集まるところ、アヤカシありってところなんだろうが」
 ボードマンが首をかしげ、からすは弓の汚れを拭いた。
「今のように知恵もない喋れもしない奴では、なんとも判断が難しいね。せめて人語を解する程度のアヤカシなら、別な方法もあるけれど」
「やれやれ、まだ魔神も倒してないのに気の早いやっちゃ」
 重い腰を上げて、三人は次の船に向かう。


 一方、戸隠は、黙々と船体に塗る色の配色を決めた図案と本体を見比べていた。
 からくりには船首へ掲げるお守り代わりの彫り物を頼んである。
「んー、どうしよう。やっぱり鳩はいるよね」
 飛空船の全面を純白に塗り、船の層の境目にはオリーブ、つまり復元された美術品のモチーフを使う。船首に向かって飛ぶ鳩の群れは欠かせない。
「後はそうだね、船の国名はオリーブの輪っかで囲んでしまおうか。どう思う、桐ー?」
 からくりの穂高桐を呼びつける。
 桐はこくこく頷くだけだが、戸隠には意味が通じているらしい。
「そう? じゃ、桐。これに塗るの手伝って。図案は大よそこんな感じなの」
 普段から口数の少ない桐は、暫く主人を凝視した後に、何もなかったかのように持ち場に戻って船首の彫像を彫り始める。傍目には意味不明な沈黙だが、戸隠には意味が分かるようだ。
「えー、なに、その嫌そうな態度は……わかったよ、あたしだけでやるから」
 ぷりぷり怒りながら塗装に戻る。主人の頼みを引き受けなかったからくりは、主人の描いた彫像のデザインを元に木材を彫りながら、時々頭飾りや首飾りを勝手に追加していた。
 どうやら細工の部分に、桐のこだわりがあるらしい。


 珠々とフレスは、船底から船べりにかけて青一色に仕上げていた。
「珠姉さまぁ。船底あたりは青色に塗って、いざというときのための迷彩の効果狙って行ってもいいかなと思うんだよ」
「下から見た迷彩効果……野鳥とかときどきこういうのいますね。そうしましょう」
 苦労して青を済ませた後は、船の絵柄、つまりお楽しみタイムである。
 飛空船の明るい壁面に、猫や犬を描くことになった。
 愛嬌に溢れるデフォルメわんこにゃんこを描く珠々の隣で、フレスは劇画的なわんこやにゃんこの笑顔を描いていた。見る人々が和んでくれるように、こだわる。黒猫、白猫、三毛猫、垂れ耳わんこに立ち耳わんこ。
 同じように描いても、二つとして同じものはない。
「ファイー、その子の首輪は青なんだよ」
「んもう、わかってますわ。きゃ! あー、羽が汚れてしまいます」
 ぶつぶつ文句を言う羽妖精も、塗り作業に没頭すると……どこか楽しげに見える。
 一方の珠々は、忍犬の風巻を口笛で呼び寄せると、きらりと瞳を輝かせた。
「さぁシマキちゃん、そのにくきゅーを、芸術に差し出すのです!」
「……わふ?」
 描くのが苦手なら、すたんぷにすればいいじゃない。
 忍犬を抱え上げた珠々は、犬の肉球に色をつけ、ぽってんぽってん、絵をつける。猫の肉球は梅の花的に丸く、犬の肉球は縦長に仕上げて。色鮮やかな配色に、踊るような肉球印は、まるで犬猫が遊び回った足跡だ。
 唯一の欠点は、長時間作業すると、忍犬の体重に腕がぷるぷるし始めること。
 楽しげな様子にフレスが気づいた。
「わぁ! 珠姉さまのにくきゅー模様も、とっても可愛らしくて楽しくなってしまうんだよ。こんなの思いつける珠姉さまとっても凄いと思うんだよ!」
「そ、そうですか?」
 褒められると、やっぱり嬉しい。少しばかり得意げになったのが運の尽き。うっかり猫の絵に、犬の肉球をつけてしまう。
「ぬ、塗って隠して、押し直せばよいのです! ……次は猫に犬の肉球をつけたりしないように気をつけねば」
 時々小さな失敗を交えつつ、色塗りは進んでいく。


 ところで獅子ヶ谷は、隣の戸隠の担当する飛空船や、向かいの珠々とフレスが担当する船の手伝いもしていたので、自分の船の作業が遅れていた。
「足場の悪いところがあれば、言ってくれ。力仕事やら荷物の運び込みも任せろって。実家の漁の仕事やら僧修行やらで慣れてるからな」
「ごめんなさい。ありがとう、助かるわ」
 輝く笑顔で梯子や塗装材の詰まった缶等を運んだ。
 やっと自分の担当船を作業する頃には陽が高く登っている。
「昼はやっぱ、高いところかな」
 まだ未整備の飛空船の上へあがり、整備中の船が並ぶ広場を一望しつつ、自前のおにぎりにかじりつく。
「今日は一段と気分がいいぜ。あーあ、釣りに行きたいなぁ」
 そう言って寝転んだ。
 視界を埋め尽くす青い空。ふと頭の中に浮かぶのは、飛空船の完成した姿だ。
「青……空に溶け込むような青い背景に、流線形な魚を描くのも良いな。カッコ良く!」
 獅子ヶ谷の担当する飛空船も、どうやら色と図案が決まったらしい。


 その頃、胡蝶達は昼休憩返上で人間の不審者に手を焼いていた。
「お、俺はもう、これしかないんだ、ここで一発どかんと儲ける、向こうの美術品を持ち帰ってひと儲けするんだ! だ、だめだというなら、ここで死ぬぞぉぉぉぉ!」
「ああもう、早まらないで!」
 小型飛空船の甲板で、身投げを止める胡蝶たち。
 正直に言えば、アヤカシ退治の方が楽だ。
「今じゃなくたっていいでしょ。安全が確認されれば、アルカマルみたいに交流は始まるわけだし、お、大人しく諦めて船を下りるなら、今なら手荒な真似はしないわよ!」
「そうです! 大人しく船を降りましょう!」
 緋乃宮も声を投げる。
 迅鷹の飄霖を肩に乗せた琥龍は、出入り業者の名簿片手に、事態が収集されるのを達観した眼差しで待っている。三十分近く寸劇のような会話が続いた後、胡蝶が大龍符で行商人を脅かし、ジライヤのゴエモンを呼び出してキャッチさせた。
「うおぉぉぉ、放せ! 俺はひと儲けするんだぁぁぁ、ぉぶ!」
 聞き分けのない男を軽く杖で殴る。
 緋乃宮が近くの荷車に気絶した男を乗せ「僕、おいてきますね!」と不法侵入者を運んでいった。
「大丈夫か、お嬢」
「……疲れたわ。全く、こういう時は強面のサムライの方が便利ね」
 琥龍が無表情で拍手を送る。
「いや、なかなか見事だった。ほかの連中も、同様に穏便に済ませられれば最良だが……なかなかそうはいかないか。必要であれば実力行使もやむを得んだろう」
「少しは説得手伝ってよ」
「人には得手不得手というものがあるし、俺はああいう輩の説得には不向きだ。この通り愛想がないからな。それに心眼でちゃんと仕事はしていたぞ。隣の船に反応がある」
 琥龍が指し示した隣の船は、他の船と同様に静まり返っている。
「……また、さっきみたいなのじゃないでしょうね」
「俺には区別はできない。その為の瘴索結界だろう、うまく使い分けていかねばな」
 どこか楽しそうな琥龍に、胡蝶が悩んだ末、船外から瘴索結界を試みる。
 反応があった。
「ふふ、何か居るわね。人じゃない……私の相手だわ!」
 船内の不審者が人間でなかった事を喜ぶ、なんて事は滅多にない。
 面倒くさい人間相手に溜まったストレスを、遠慮なくぶつける事ができそうな存在だ。
 胡蝶の足取りも軽くなる。
「ふん、アヤカシの分際で無賃乗船とはね。覚悟なさい! 今いってやるから!」
「志体持ちの可能性もあるが……」
「もちろんだわ! お尋ね者って可能性もあるからね。どのみち私たちの仕事よ!」
 胡蝶の背中が使命感に燃えている。
 遠くから緋乃宮が走って戻ってくるのが見えた。
 琥龍は斬竜刀から魔刀に持ち替え、緋乃宮と合流した後に胡蝶を追って船に入った。


 一日があっという間に過ぎていく。
 朝、皆で別れた集合地点に戻ると、何人かが手を振っていた。
「おつかれさまでーす」
「お疲れ様ー、一日目から大変ね。そっちは進んだー? って、あら?」
胡蝶や琥龍、緋乃宮が三人揃って戻ってきたが、からすは一人で戻ってきた。
「ん? 他の二人はじきに戻るから心配ないさ。沙門は……まぁそのうち戻るから」
 一時間ほど前、事件は起きた。
『からすちゃん、大変や』
『どしたの?』
『挟まってもうた。ああっ! スルーはよして! からすちゃーん』
 つまり自力で出て来い、と放置したわけだ。ちなみに体が挟まった猫又を唯一助けようと引っ張り続けているのが八十神の人妖である。容赦ない主人の扱いに、何か思うことでもあったに違いない。
 そこへボードマンと八十神が戻ってきた。
「待たせたかな」
「人間の阿呆は置いてきたで。初日からこの調子やと、本番まできりがないからなー」
 八十神は、正面出入り口の柱に衣服を剥いた不法侵入者な男たちを柱に縛り、更に『餌を与えないでください』の板を首から下げさせて、みせしめにしたという。
 ついでに関係者と不審者の判断がしやすくなるようにと、此処へ出入りする人間に身分証明になる品物と合言葉の設定を提案したそうだ。
「つまりや! 例えば身分照明を、誰かから奪っただけでは役に立たないつーわけや! あとは一般人は二人で行動してもらうとかな。アヤカシが出た時に、一人じゃ助けも呼ばれへんやろ」
 何十人、何百人と忙しく働く場所で合言葉は現実的ではないが、身分証明がわりの腕章は急いで作られることになったそうだ。
 ボードマンは肩を竦めた。
「急ごしらえではあるが、ね。細部まで分かっていないと、良い様に言いくるめられる気がするんで、明日は提案した案件の話で、少し抜けようと考えている」
 開拓者以外で、既に整備作業に携わっている人員についてや、出航までのタイムスケジュール、乗船が決まっている客人などの一般人の有無、通常業務外で出入りする者たちがいつどのくらいあるのか、知っていて損な話はない。

「みんな大変だったのね。こっちはいい出来よ」
 薄暗くなってしまったが、仲間が塗った小型飛空船のお披露目会が始まった。
 まずは戸隠からだ。
「私の主題は『平和の使者、あるいは平和への道標』かな。……ちょっと目立ちすぎるかなあ。でも、いいよね、象徴なんだから目立つくらいでも。そして、平和を取り戻すための助力が必要なら共に戦う覚悟もあるし。そのメッセージを塗装で示せたら素敵だな、と思うんだ」
 何人か人手を借りても、一日一隻が精一杯。
 ここで仕事をする数日間、戸隠たちは其々の願いを込めて飛空船を塗り直す。
 隣の獅子ヶ谷が「俺の主題も『平和』になるかな」と胸を張った。今日できなかった部分は、明日しっかりと仕上げていく。
 お向かいの珠々達は、塗り終えた飛空船を誇らしげに披露する。
「私たちの主題は『可愛らしさで世界交流』です」
「そうなんだよ! 可愛らしさは世界共通と信じてる。この絵を見た人たちが和んで、楽しくなれるような……そんな絵になってたらいいなって思ったんだよ! ね、珠姉さま」「ええ。可愛さは正義と、里の師匠の一人が言っていました! ……時々毛玉に埋もれていた師匠でしたが」
 ふとフレスが周囲を見回した。
「でも、これに渋いおじ様系の開拓者乗ることもあるんだよねぇ……まぁいっか!」
「ふむふむ。しかし、この絵におじさんたちが、ふっと口元を緩ませたり、おじさんたちの無意識の威圧感とかが減ったりしたら、もうけ、という考え方もあるのでは?」
 珠々達がおじさま談義をしていると。
 丁度、猫又の沙門と人妖の雪華も戻ってきた。しかし雪華は主人に「うわ、お前埃くさっ、こっちくんな」と言われ、散々なことになっている。
 八十神は仲間を振り返った。
「さ、仕事が終わった後の楽しみに、酒と西瓜を冷やしておいたんや。残暑の最終出荷品やで、英気を養おうや。明日も忙しいんや、息抜きも大事やで」
 広場で配られる夕飯を受け取り、今宵は小さな打ち上げ会。
 獅子ヶ谷が盃を掲げた。
「いつか新しい土地に行ける、ワクワクするな! 皆で整備した飛空船が、新儀で活躍出来るように! かんぱーい!」

 少し肌寒い秋風の夜。
 忙しい日々は、こうして過ぎていった。