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■オープニング本文 秋。それは美食の秋である。 毎年実り豊かな季節になると、老人は背中に籠を担いで裏山に登っていた。熟した果物、生い茂る山菜に茸、山の珍味が食卓を潤してくれるからに他ならない。老人は今夜の夕餉は何にしようかと考え、いつの間にか栗の木が立ち並ぶ斜面へ足を運んでいた。 子供の頃から遊んだ栗の木々には、丸々と肥えた栗の堅果が実っている。 「今夜は栗ご飯にしようかのー、どれ」 籠をおろして棒を手に取り、いざ収穫作業へ移ろう……と、曲がった背筋を伸ばした時に悲劇は起きた。 「うぎゃあ!」 耳を劈く悲鳴。 前もって断っておくが、決してぎっくり腰ではない。 老人は背中に激痛を感じた。剣山でも刺さったのではないかと錯覚するような鋭い痛みである。手にしていた棒を思わず落とし、上着を脱ぐと……何故かクリのイガイガが刺さっていた。 老人は考える。 ……もしや注意を怠っている間に、頭上から落ちてきたのか? いいやそんなはずはない。都合の良さそうな勘違いを二秒で打ち消す。刺さっている位置と痛みから考えて、真横に投げられたものだ。老人は子供の悪戯だろうと考えて周囲を見回した。しかし誰の気配もない。なにしろ裏山は老人の私有地だ。仮に他人がいようものなら、それは十中八九、山菜泥棒である。 「気のせいか」 老人は再び棒を持った。 気味が悪いので手早く栗を回収してしまいたい。 けれど老人の願いは届かなかった。 「ぎゃあ! 痛い痛い痛い! やめんかァァァ!!」 再び驚異的な力で放たれた栗のイガイガが、背中に刺さり始めたのである。 もはや疑いようもない。これは意図的な嫌がらせだ。 冗談抜きで痛い。 老人は大きな籠に身を隠し、栗を投げてくる者の正体を暴こうと様子を伺う。 「なんじゃ、ありゃあ」 そこに人間はいなかった。 ただしやけに動きの素早い栗の木が、自らの実をもぎ取って投げていた。 後日、ギルドへ老婆が訪ねていた。 「植物がアヤカシ化する、というのは珍しい話ではありませんが……」 「何とかしてくださいな」 彼女の夫……もとい、汚染された栗の木を発見した老人は医者に運び込まれた。 散々栗を投げられたからではない。勿論、背中に刺が刺さって大変なことになってはいたが、素人知識で栗の木を焼こうとしたところ、栗が弾けて大変なことになったらしい。 何日か様子を調べたところ、どうやら山菜泥棒達が、根こそぎ化け栗の餌食になっているらしい。太く肥えた根のあたりに、干からびた人の屍が何体か発見されているという。 「お金はありませんが、退治してくだされば、栗料理をご馳走します!」 「報酬は現物支給、と」 割に合わなそうな仕事だなぁ、と受付はぼんやり考えた。 |
■参加者一覧
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
乃木亜(ia1245)
20歳・女・志
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
各務原 義視(ia4917)
19歳・男・陰
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
岩宿 太郎(ib0852)
30歳・男・志
呂宇子(ib9059)
18歳・女・陰
緋乃宮 白月(ib9855)
15歳・男・泰 |
■リプレイ本文 開拓者達は現在、山の頂上から栗林に向けて道を下っている。 決して道に迷ったわけではない。 斜面において頭上から栗を避けるのは難しく、自分たちが坂の上から仕掛けたほうが優位に違いない……という乃木亜(ia1245)の提案である。 人妖の小梅に強請られて依頼を受けた各務原 義視(ia4917)は、肩で「栗ご飯〜」と鼻歌を歌う人妖に「そういう動機で仕事して良いの……?」と溜息を零していた。 そして栗を食べたい(未来の信者の)皆さんの為に、アヤカシを退治しなければと意気込んでいるエルディン・バウアー(ib0066)は、岩宿 太郎(ib0852)の隣で歌っていた。 「大きな栗の木の下で〜、太郎殿と私〜、仲良く栗退治〜」 陽気な歌声に身を任せる後ろ姿は、遠足に向かう子供のような永遠の無邪気さを感じさせる。 「私たちで、見事、迷える栗を撃退したいところですね」 そこで「ふ、分かってるさ」と意味深に微笑んだ喪越(ia1670)は、双眸を輝かせる。 「任せなって、俺は期待に応える男!」 ただし美女限定らしい。 からくりの綾音の隣で、キョロキョロと周囲を見回す。 「とゆーわけで、パッツンパッツンの金髪美女はいずこ?」 「主の脳内のお花畑にいらっしゃるのではないかと」 綾音の指摘が辛辣だ。 数少ない余計な願望のない面々を代表し、真亡・雫(ia0432)が拳を握る。 「みなさん! これ以上犠牲者を出さないよう、きちんと退治しましょう!」 連れてきた人妖の刻無にも「よろしくね」と声をかけている。 彼は栗退治一行の良心となるに違いない。 呂宇子(ib9059)と緋乃宮 白月(ib9855)は真面目に森を捜索していた。 やがて「あれじゃない?」と呂宇子の白い指が指し示したのは、見るものを呆然とさせ、戦意を削ぐ大きな幹だった。 枝もたわわに実る栗。 確かに美味しそうな栗の木だ。 だかしかし、その根元には、山菜泥棒の末に餌食になった屍が見え隠れする。 侮れない。奴はアヤカシなのだ。 例え厳しい残暑の中でくたびれたオッサンがごとく、枝を伸ばしてボリボリと幹をひっかく加齢臭漂いそうなユニークな姿が、木とか倒すべきアヤカシとかいう問題よりも、どことなく哀愁や親しみやすさを感じさせてくれるとしても……傍若無人な樹木を討ち滅ぼさねばならない。 皆を地面に縫い付けた衝撃を経て、乃木亜はかろうじて正気に戻った。 「栗の木のアヤカシ……ですか。何故か、緊張感がないですね」 「そうですね」 真亡が幹の根元に目を凝らす。犠牲者の屍が、枯れ木のように積まれていた。所謂、残飯置き場といえよう。念のために心眼を使う。反応から、間違いないと見てよさそうだ。 その時だった。 木が真亡達の存在に気づいたのか、おもむろに己の栗をむしり、緋乃宮達に向かって投げ始めた。 空を飛ぶ栗、否、イガイガが八人を襲う! 「きます! 早く逃げ……痛い!」 豪速ではないにしろ、かなりの力で投げられているので、掠っても痛いが、まともに当たると心底痛い。各々が近くの木々の陰に逃げ込み、呂宇子がそっと様子を伺う。 「ってゆーか目も耳もないのに、的確に当ててくるわね、あーもう! 誰から行くの?」 標的が姿を消すと攻撃が止む。 悩んだエルディンは、依頼人のお爺さんの事を思い出した。 「燃やしても30秒で元に戻ると言っていましたね……ならば! 私のファイヤーボールで栗の木を全焼させ、30秒の間に皆でボコるというのは如何でしょう!」 「いいねそれ!」 岩宿たちがはやし立てる。 ここで火に油な決定が下された。 喪越の隣にいた綾音が「主、本当に一緒に燃やされるおつもりですか? 依頼書の情報を分析しますに、命の危険すら伴う行為のようですが」と危険性を加味して進言した。 ギルドで散々「燃やすのは危険です」と指摘を受けていた。 だか。 そんな忠告、しったこっちゃぁない。 「フッ、綾音。言っただろ。漢には期待には応えなくちゃならねぇ時がある。それがたとえ茨の道だとしても。――それに、いざってぇ時は綾音がどうにかしてくれるんだろ?」 「主……」 なんだか即席の主従劇が始まっている。 そこで主人の心構えを悟った綾音は「貸しは大きいですよ? 利子はトイチでお願い致します」と図々しさに拍車をかけていた。悲痛な声で「せめて普通金利で勘弁して下さい!」と泣きつく喪越の様子から見るに、ノリがいいのか、マジなのか判断しにくい。 聖なる光に包まれることで防御力を増したエルディンは、支援を申し出た乃木亜の手をそっと握って心から感謝の意をのべる。 そして標的を目指して行進を開始した。 「ささ、乃木亜殿、太郎殿、こちらも参りますよ! さあ悪しき栗よ! 神の威光の前に悔い改め、懺悔しなさい! ほう、そんな栗なぞ持ち出して……やる気ですね、やれるものならやってみなさい!」 喋らない栗の木相手に説教する神父、推定二十八歳。 その後ろを楽しげに追いかける岩宿とは対照的に、乃木亜は狼狽え始めた。 「え、え、え、こんなに近づくんですか?」 「何をおっしゃいます! トゲトゲを恐れてはアヤカシ退治なんて出来ません! ……あと、それほど飛行力はありませんから、確実に近づかないと」 戸惑いの色を浮かべる乃木亜は、エルディンから十メートルほど離れているか否かという距離を保ち、心穏やかな舞によって精霊の力を借り、エルディンの知覚力を高めることにした。 念の為、ミヅチの藍玉は更に十メートル後方に控えさせておく。 岩宿は呑気にエルディンを応援していた。 「エルディンさん頑張って! 各務原さんがバリア張ってくれるから安全面も心配ないよ!」 「私任せですか!?」 突拍子もない岩宿の言葉に、役割を振られた各務原が困惑する。 しかし栗の木を全焼させて身動きがとれない間に倒す、という案には共感したのか「分かりました、任されました」と素早く支援姿勢に切り替える。 それまで前衛として勇ましく壁役を努めようとしていた真亡は、二人が火を放とうとしているのを確認して、速やかに後方へ走り出した。 「それでは参りますよ! ファイヤーボール!」 エルディンの火の玉が、容赦なく栗の木に打ち込まれる。 「では、火炎獣ファイヤー!」 喪越が召喚した狼は炎を幹に吐きつけた。 そして此処からが……悪夢の始まりだった。 早速、パチィィィンと栗が弾けた。 それまで鈍器を振り回していた、からくりの綾音が「お任せを。主を危機より守るのは私達からくりの十八番で御座います」と頼もしい言葉とともに腕を振るう。 パカン、と打ち返すイイ音がして、ザクッ、と喪越の顎に刺さった。酷い。 「へぶしっ!」 「ああああ、喪越さんが!」 「緋乃宮さん、よそ見している場合じゃありませんよ!」 ポンポンパキパキ音がする。近寄れない。 轟々と燃え盛る炎に、うねうねとしなる幹は炎に悶えているようにも見える。 だが次の瞬間、徐々に燃えつつある栗の木が、炭化を始めている栗の堅果をもぎ取って投げ放ち始めた! 「あつ! 痛い!」 文字通り火の玉である。しかしながら岩宿に衝突して落ち、ブスブス燃え尽きる火の玉の中から現れたのは。イガイガに栗の実が詰まった、美しく姿を残す鑑賞炭だった。なんだかこのままお店で売れそうな予感がする……とか言ってる場合ではない。 山火事万歳な栗の木の炎は、勢いを増していく! 「あれが全部燃えて落ちるまで待つ!?」 「一旦、退避しましょう!」 「きゃあああああ!」 「いけない! 乃木亜さん!」 降り注ぐ火の玉な栗から乃木亜を救う為、各務原は渾身の力を持って結界呪符「白」で壁を出現させる。栗の集中砲火から救い出された乃木亜に「大丈夫ですか」と声を投げた。 「大丈夫です! さ、エルディンさんと岩宿さんも……」 二人の姿は無かった。 うっかり、取り残してしまった。 事実に気づいて硬直していた各務原が「あ……、見なかったことにしよう、うん」と爽やかに現実を否定する。人間、本当に想定外の物事に出会うと、その事実を否定するらしい。 いいのだろうか。 この際、いいことにしておこう。 オロオロして戻ろうとする乃木亜に対して、駆け寄った真亡は、まぶたを閉じて首を横に振った。 「いけません、危険です!」 「でも……た、助けないんですか!?」 壁一枚むこうは、火とイガイガの雨が舞う。間違いなく踏み込めば当たる。 「あ。ええっと、その……尊い犠牲ですが、彼らの志を継いで、僕たちは必ずあのアヤカシを倒さなければなりません。そのための後退です。心を鬼にしないと」 気まずそうに視線を逸らし、素敵な言い訳で追求をかわす。 言葉は魔法である。緋乃宮は、迅鷹の黒陽とともに素早く栗の射程外に脱出した。 すっかり傍観を決め込んだ呂宇子が、行く末を見守る。 「わーお、近付けば投げてくるわ、燃やせばハジケるわ……面倒なアヤカシもいたもんねえ。私、痛めつけて喜ぶ趣味も、痛めつけられて楽しい趣味も持ち合わせてないわよう?」 とかなんとか言ってる間に、イガイガが四方八方に弾けて飛んできた。 呂宇子は甲龍を振り返った。 「ナギ! 盾になって支援して! 翼畳んで目もつぶって! 被弾面積が少なくなるわ。大丈夫よ、どうせあっちは大して動かないから」 動く盾大作戦で身の安全を確保し「どうしようかしらね」と、悩み始めた。 ナギがなんだか痛がっている。 一方、取り残された二人は、火とイガイガの洗礼を浴びていた。 ザクザクザクザク! 「痛ぁっ! ぐあぁぁぁ………、聖職者としての苦行だと思えばっ!」 「エルディンさん、今助ける! うおおぉぉおぉ!」 岩宿が自らの身を呈してエルディンの盾となり、槍串団子を構え、鍛え抜かれた動きで火の玉とかしたイガイガを刺し貫く! その神業にして流麗な動きが、彼を有能な開拓者としての資質を誇示していた! ……のだが、降り注ぐイガイガの数を百と数えるなら、槍が貫けるのは僅か一個。 ザクザクザクザク! 「って、俺けっこー薄着、いってぇぇぇぇ!! へぶし、へぶし、へぶし!」 例えるならば。 それは狩猟用の散弾銃相手に、その辺で拾った木の棒で挑むような愚かさと勇気を内包する試みであり、圧倒的にして物理的な原則に基づき、数の暴力が勝利した。 恐るべき攻撃力を発揮する栗の木! ここぞとばかりに己の身を小さくするエルディン! 救うと言った手前、逃げるわけにはいかない岩宿! べちべちべちべちザクザクザクザク! 全身火傷に針山という明らかに重症な有様を見上げたエルディンが叫ぶ。 「おお、太郎殿! あ、痛ぁ! なんという自己犠牲の心! 誰もが見捨てても、神だけは見捨てません! そう! 神は今、貴方の魂に試練を与えつつ、その善なる行いを、しかと見ているのです! そして救われる私は、あなたの勇姿を神教会で語り継ぎましょう!」 とってもイイ話に聞こえるが、要は『骨は拾うから守れ』というものだった。 むごい。 しばらくして葉っぱが燃え尽き、幹が炭化し、イガイガが徹底的に岩宿に刺さった頃、幹が再生を試み、全く攻撃をしなくなったのを見計らって、尊い生贄を捧げた仲間たちが戻ってきた。 多少のヤケドと栗が幾つか刺さっているエルディン。 完全に丸焦げとなり、生ける針山となっている岩宿。 「大丈夫ですか!」 「大丈夫じゃないですよね!」 愚問だ。今にも息絶えそうな様子の岩宿を見た乃木亜が、せっせと人妖の刻無たちとともにイガイガを引き抜き、閃癒などで皆の怪我を癒そうと試みる。 呂宇子が膝をついて叱咤した。 「しっかりしなさい! 大丈夫だから!」 図らずも乃木亜のやわらかい太腿に頭を預けるというウラヤマしい状況に置かれた岩宿は、ぷるぷるしながらエルディンを目で探した。 「え、える、でぃん、さん……ぶ、無事?」 「お陰様で。これでまた布教ができます」 問題は布教なのか。 「よかっ、た。き、今日は……焼き栗、パーティーで、う、ウッハウハじゃ……! そ、そう思って、いた、時期が……お、俺にも、ありました」 かっくり。 岩宿、自己犠牲の果てに燃え尽きる。 天へ召される事を呂宇子が許さなかった。怪我が治りつつある岩宿に「しっかりしなさいなァァァ!」と愛のこもった平手打ちをかまし、天へ導かれかけていた岩宿を覚醒させる。 「いたい!」 「ハイ、もうじき終わるよ。おにーさん、これで納得いくまでリトライできるね?」 神風恩寵で回復を手伝う、人妖の刻無。無表情の訴えが怖い。 「時間なさそうだし? ね、マスター」 そこで、みんな我に返った。 すっかり忘れていたが栗の木が再生を始めている。 このままでは捨て身の苦労が水の泡だ! 治療をしつつ、乃木亜が叫ぶ。 「木に緑が……なんて速さで再生を。こうなったら早く退治してしまいましょう!」 ミヅチの藍玉に、他の栗の木へ炎が燃え移らないように、消火の支持を出す。 先刻、動く盾大作戦により甲龍ナギは忍耐の中でも痛みを訴えて鳴いた。イガイガの攻撃力を思い知った呂宇子は、オニオコゼ型の魂喰を出現させて手早く放っていく。 「ほーら、瘴気印の栗の木よ、たらふく食べてらっしゃいな」 「黒陽、僕らも行こう!」 緋乃宮は傾斜を瞬時に移動し、クリの攻撃に身構え、黒陽と一時的に同化しつつ、拳に気を凝縮させて宿し、鋭い突きを放つ! 今が好機だと分かっていても、真亡はげんなり顔で「見かけどーり体力が高いと、根気比べになりそうですよね……いえ、戦いますけど」とぼそぼそ独り言をこぼしつつ、刻無を怪我人の治療に残して走っていく。 一方、綾音の滅茶苦茶な腕前により、幾度もイガイガが刺さって流血止まらなかった喪越はといえば「当てる相手が間違ってるから!」と散々文句を言いまくった効果なのか、ようやく折り合いがついたらしい。 からくりの綾音が肩を竦めた。 「仕方ありませんね。主の不真面目な真似やらイガグリが愉快でしたが、真面目にお仕事しましょうか。主、『壁』の召喚と囮をお願い致します。私は弓での狙撃を試みてみます」 「あいあいさー! ってさらっと何言ってんの!」 ところで負傷から立ち直った岩宿は、暫く栗が無抵抗になった事実に勝機を見出した。 全力で攻撃を始めるのは今しかない。しかし地面は落ちたイガイガだらけだ。 うっかり足を滑らせて転がる。 すると再び全身にイガイガが突き刺さる! 「せっかく治したのに! なにやってるんですか!」 「うおお何のこれしき! さんざイガイガまみれにしやがった恨みを返してくれる! 目には目を、歯には歯を、イガにはイガを!」 何か吹っ切れた岩宿は……何故か丸まった。 その両手には、武器ではなく焙烙玉があった。 「来い、ほかみぃぃぃぃ!」 呼ばれた甲龍が主人を探す。主人を見つけて甲龍は考えた。 栗が食べられると教えられていた。だから来た。 ところが目の前にはアヤカシがいて、しかもお食事の気配は皆無だ。 よって詐欺罪に問われるべき主人は、少しばかり痛い目を見るべきだ。 甲龍は尻尾で主人をひっぱたき、渾身の力で投げ放った。 「ひょえァァァ!」 飛ばされつつも喪越の火炎獣に目をつけ、焙烙玉を放る。 パアァァァァァァン! 弾けた。 そりゃあ弾ける。だって焙烙玉だもの。そして、木よりも深く負傷した。 岩宿、本日二度目の三途の川を目撃。 エルディンはというと、もふらのパウロに後を任せ、自分は安全な場所で転がっていた。 「うう……神よ、あなたは試練は痛すぎです。少し手加減してください……」 「手伝いなさぁぁぁい!」 呂宇子の大龍符が飛んでくる。 各務原の肩から舞い降りた人妖の小梅が「全く何やってるんですかねー」と、遠巻きに漫才を眺めながら、神風恩寵で怪我人の回復に向かった。 「手早く済ませましょう」 既に栗の木は、完全に再生しつつある。短期決戦が重要だと判断した各務原は、己の生命を削って術効力を増幅し、怨霊系の高位式神を召喚し、死に至る呪いを送り込んだ。 オォオォオォオオォオォ! 軋む栗の木が大きくウネっている。 こうして栗は、砕け散った。 栗の木を倒した後も、率先して働き続けたのは乃木亜や岩宿、真亡だ。 乃木亜は他にアヤカシがいないか周囲を探る。 「栗の木アヤカシは倒れました。ですが、来年また第二、第三の栗の木が現れないとも限りませんから、今の内に芽を摘んでおきましょう」 「想像はできてたけど、やっぱコレ食べちゃダメだよね〜」 岩宿は足のつま先で炭化した栗を蹴り飛ばす。 「何か色々イガとか飛び散ったし、お掃除して帰ろっか……」 真亡は栗林を歩き回りながら空を見上げた。 「これが終わったら、皆と一緒にご飯ですね。何とも迷惑なアヤカシでした……爺さんはお大事に、ですね。流石に、お腹空きました」 腹の虫に赤面する。 依頼を終えて山を降りた真亡達は、報酬の栗料理を堪能していた。 呂宇子が幸せそうな表情でお膳に手をつける。 「ん〜、ほどよい旨み。栗の入った茶碗蒸しとか好きよ。自分で作ると必ず『す』が入ってダメになるのよねえ……うん? まさかこの栗って、アヤカシの木から収穫したものじゃ……ない、わよね?」 「ないない」 老婆が笑って鍋をかき混ぜている。各務原は「栗ご飯〜」とねだる小梅に、根こそぎ自分の分の栗を持って行かれていた。彼の口に入るのは、栗風味の米だ。岩宿は、やっとありついた秋の味覚に歓喜し、乃木亜は、暫く栗は見たくないと思いつつ、栗ご飯より山菜料理に舌鼓を打っていた。後ろの藍玉は、山菜より魚の方がいいのか、微妙な顔をしながら栗をもそもそ食べている。 エルディンは、栗を楽しむもふらのパウロに抱きつき、もふもふタイムを満喫中だ。 「ああ、パウロのもふ毛で癒されます……」 ザク。 痛い。なんか覚えのある痛みだ。必死に毛をかき分けてみると、イガイガがもふ毛に絡まって、毛の下に潜り込んでいた。 「毛に埋もれて栗のトゲが残ってる!?」 エルディンは栗御膳より別の使命に目覚めた。 パウロの毛並みの下に潜む、静かなる刺客を徹底して探さねばならない。 喪越の手当をしている綾音が部屋の片隅にいて、心身に様々な怪我を負った仲間たちをぐるりと見回した緋乃宮は「焼き栗の逆襲は恐ろしいですね……」と言いながら、焼き栗を割ったのだった。 |