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■オープニング本文 稲穂も実る、秋がきた。 そんな黄金の海を一望できる田畑を抜けて、寂れた社にむかう。 そこには麗しき菊の花が咲き乱れていた。 菊という植物は、育てるのにとても苦労する花である事を知る者は少ない。 毎日毎日、まるで恋人に愛を囁くように、尽くして尽くして尽くし続けて大輪の花を作り上げるのである。この際、日光の当たる側面がどーとか、曇りの日の扱いがどーとか、そういった面倒くさい小話はどうでもよろしい。 五行結陣の外れにある小さな社は、一見寂れているが、秋になると数千鉢で参拝道の両脇を彩り、菊の花を絵の具に見立て、花だけで作り上げる絵画『大風景花壇』が観客の目を喜ばせる……はずである。 「なんだって、おやっさんが腰を痛めた!?」 何しろご隠居たちの趣味と言っても過言ではない菊である。 重労働な割に、ご年配の庭師が多い訳で、花の絵画を手がけるはずの庭師が階段からおっこちてお医者様のお世話になったりするのも、至極当たり前の光景といえよう。 しかし。 そういった事故で困るのが、主催者側である。 菊祭開始まであと数日という時に、肝心の庭師が動けない。となると代理が必要になるが、責任が重すぎたりする立場に尻込みする若手は多い。 「どーするんですか!! 今年の花壇!」 「ええい、沈まれ! 儂とてただ黙っていた訳ではないわ! こんな場合に備えて、芸術家をお呼びした! 先生! どうぞ!」 「せ、先生?」 とてつもない不穏な空気の果てから現れたるは、ジルベリアの男性礼服に身を包んだ金髪の女性だった。 「ごきげんよう、諸君!」 太陽に愛された金糸の髪。深い海のような碧眼。 長い睫毛に桜の花びらのような唇。極寒の風土が慈しんだ陶器の肌は、透き通るように白い。すらりと均衡のとれた芸術的な肢体を、選び抜かれた装飾品と男性礼服が覆い隠す姿は、どことなく禁欲的な風情の中に色香を漂わせる。 先生と呼ばれた女性は「ふっ」と微笑み、右手を悩ましげに額に当て、左手を天井に高く掲げ、悩ましげな表情で叫んだ。 「マーヴェラス!」 すると後方から、似たような格好をしているが脇腹の肉なども含めて贅肉に愛されたご婦人が、ひーひーふーふー言いながら輝く汗をキラキラさせて、横並びに立ちはだかり、よく分からないポーズを取ったまま、もぐもぐ言ってる。 「まーべらす!」 「素晴らしいぞマツヨくん! やっと手足にキレがでてきたじゃないか!」 なんか言ってる。 なんか言ってるよ。 呆然とする庭師たちを放置して、なにやら背中に百合を背負った煌く一行が菊を一本手折る。 「うんうん、芳しい。まさに僕を彩るに相応しい花だ!」 「……って、あああ! 俺が丹精こめて作った出品用の枝垂れ菊がぁぁぁ!」 「やれやれ、偉大なる芸術の前では多少の犠牲はつきものというものだよ、花は咲き、散るものだ。風流を学び給え、若人よ」 この時点で、庭師その一の傑作がこの世から消え去った。 運命とは時に残酷である。 「改めて自己紹介しよう。僕は憂汰、流離いの麗人だ! 今回の菊祭、ぼくが大成させてみせるから大船に乗ったつもりでいたまえ! ハーハッハッハ!」 その後も菊を人間に飾り付けて「これぞ美の化身誕生だよ!」とか喚き出すので、庭師たちは顔を見合わせてギルドに駆け込んだ。 「真の芸術家を探しています!」 「は? お引き取りください」 受付はにべもない。というか要求的に、どこかの路上で見つけてくれ、という気分になる。しかし庭師の一行が泣いて拝むので、一通りの話を聞くことにしたらしい。 その数時間後。 「……つまり。菊祭の風景花壇を担当する庭師が腰を痛めて役を降りたが、代役は一風変わった芸術を愛する人間で、奇異な行動が目立ち、風景花壇がまともに仕上がりそうにないから、美意識に優れた開拓者を雇って、なんとか菊祭の風景花壇をまともなものに仕上げたい、と?」 こうしてギルドに詐欺みたいな依頼が出た。 『菊花だけで絵画を描く自信のある方を大募集!』 まさか現場に対抗意識を激しく燃やす憂汰さんがいることなど露知らず。 |
■参加者一覧
露草(ia1350)
17歳・女・陰
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
からす(ia6525)
13歳・女・弓
村雨 紫狼(ia9073)
27歳・男・サ
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
罔象(ib5429)
15歳・女・砲 |
■リプレイ本文 詐欺同然に、六人は憂汰と面会した。 「アーッハッハッハ! よく来たな諸君! 恐れを知らぬ挑戦者たちよ! 君たちの熱い魂に敬意を抱きつつ、僕は決して手加減はしない! それが僕の正義! 僕にできる唯一にして最上の礼儀というものさ! この至高の芸術を前に、賛美し、ひれ伏せ! そして超えていけるかは、君たち次第というものだ!」 なんか言ってる。 なんか言ってるよ。 そこで御樹青嵐(ia1669)は、何かを悟り抜いた眼差しで微笑んだ。 「我が終生の好敵手、憂汰さんは相変わらずのようで安心致します。その美的感覚の違い……今回こそ思い知らせて差し上げましょう」 燃え上がる灼熱の魂。なにやら強烈な対抗心を感じる。 一体彼に、何があったのだろう。 「憂汰さんって、時々カリスマの塊ですよね」 全く動じない露草(ia1350)が真顔で呟く。人々が別な意味で目を奪われるマツヨに関しては「すごいなぁ」とだけ呟いていた。 変わり者の陰陽師達には、この程度の奇異など通じないのだろうか。 からす(ia6525)も全く動じていない者たちの一人である。 「ふむ、そうだね。美を追求するのはとても良い事だ。もっとも、価値観と感性はヒトによるがな。彼女は彼女で幸せなのだろう……だが他者がそれに美を見出すかは全く別だ」 どこまでも冷静だった。 そんな動じない面々とは対照的に、庭師たちの脅威を目の当たりにした村雨 紫狼(ia9073)が「なんだあの残念美人は?!」と狼狽えている。隣の助手、もといマツヨの存在感に、圧倒的なプレッシャーを感じているらしい。しきりに「ミートボールだろ!」と連呼していた。 ハッド(ib0295)は「憂汰?」と言いつつ、一度直視して、視線をそらした。 ついでに村雨の影に隠れる。憂汰の隣にいる『でっかい何か』が心の傷を抉る様な気がしたからだ。 「まぁた厄介ごとを……コホン、とにかくがんばるのじゃ〜」 石段の高いところにいる憂汰が優美に微笑む。 「君たちに僕が超えられるかな!?」 「ふ、愚問ですよ」 御樹は石段を一歩一歩踏みしめ、上段で変な姿勢をしている憂汰に近づいた。 「憂汰さん。今度こそ美的感覚に置いて、どちらが優れているか……はっきりさせる日がきたようですね」 「やはり来たね、望むところだよ!」 御樹は主催者に十五メートル四方の花壇を要求する。宣言通り、憂汰を圧倒する気なのだろう。もしや憂汰と同類の残念人種なのかと、庭師たちの不安を煽っていたこと本人は知らない。 露草は、からすを振り返る。 「私たちも始めます?」 「勿論。実は、芸術は好きなんだ。見た者誰もが虜になるものを求めるのが、鑑賞としての芸術だと思う。つまり……芸術家は自らの芸術の犠牲となるべし、ということだね」 謎めいたセリフを残し、からすも最大サイズの花壇を要求する。紙と筆記用具を持ち出し、菊祭に使われる菊の種類を見せてもらえるように案内を頼んでいた。事前に紙などで設計図を組み立て、菊の花弁をよく観察するのが大事である。 一番小さい花壇を所望した露草は「芸術は理解される事『も』大事だと思うんです!」と力説しつつ「ちっちゃい子が喜んでくれたらそれでもう」という独り言とともに頬が緩みきっていた。 大丈夫なのだろうか。 一方のハッドは五行の地形や各都市の有名な建物などを調べに出かけるつもりで手配を始める。まずはモチーフを決定し、絵に起こし、色の配分を決めなければならない。 ところで様々な菊の花を集めるよう頼んだり、意欲的に取り組んでいた罔象(ib5429)は憂汰の方を眺め、その隣にいる巨体に……何かを思い出せるような気がしていた。 「あ、思い出しました! 美肉の会の……マツヨさん、でしたか」 「まっマツヨじゃとぉ〜!?」 罔象の声を雑踏の中から拾い上げ、全身でカタカタ震えているハッドが焦っている。それを見た罔象が「ほらあそこですよ」と丁寧に指を指す。潮の満ち干きが如く、真っ青になるハッドが、震えながら「ほ、ほう、そうか、幻覚ではなかったのか」と虚勢を張っていた。 「ま、マママ、マツヨは、ど、どうしたものかの〜、て、テテテキトーに流しておくかの〜、……でもう、ううう、運命とか言いだされると重いの〜」 息が詰まるような口づけと、強制的な永久就職をさせられそうになった事件を思い出す。 「重いどころか、しっかり恐怖してるじゃないですか」 「ミヅハたん、どったの?」 村雨がにょっきり顔を出す。 そこで視界の全てを凌駕する巨体女子マツヨが、以前宗教じみた暴食の会の頭をやっていて、ハッドの怯えようは言葉のあやによる結婚未遂のせいなのだと、淡々と教えた。 村雨が唸る。 「うーん、素晴らしきムダ食いの会つーか、事件のその後が気になる、つーか……人さまの容姿にケチつける気はねーが、悪い奴なら放っておけねー気もするぜ」 「悪いというか、なんというか。でも確か」 今はお尋ね者になっていたはず、という情報を交えて、罔象は二人に内緒話を始めた。 それから短くも忙しい日々が過ぎていった。 皆、与えられた花壇につきっきりで、時々休憩所で、からすがお茶や茶菓子を用意して、作業する皆のために振舞っていた。 皆のお披露目を行うのは、菊祭開催前日となった。 マツヨの襲撃にあわぬよう、容姿を隠す格好をしているハッドの芸術は、歴代の物にのっとり、十五メートル四方の花壇に、五行の特徴と建築を詰め込んだ。 「見るがよいぞ! まぁいわゆるモザイク画じゃな」 聳える雪山に白菊、紅葉の森に赤菊、水の流れには薄紫菊、大地の実りには黄菊を用いて、平原には薄黄と黄色や赤を組み合わせて絵画のような濃淡を出すように心がけられている。羽ばたく鳳と知望院建築が小さな箱庭のなかで調和している。 そしてハッドは必要以上に喋らなかった。 我が身可愛さである。 御樹の花壇は十五メートル四方の大きさをしていた。 「私が描くのは『深淵たる空の光景』です」 まず目に飛び込んでくるのは、黄色い大輪の菊で象られた中央の月と、鮮やかな赤菊を用いた太陽の絵柄だった。 夜明けから真夜中の空を描こうとしているのか、曇りない白菊と星に見立てた黄色の菊が散りばめられた薄紫の菊が反面ずつ描かれ、色が移り変わっていく様が表現されている。 「ここで描かれるものは、素晴らしく輝かしき未来……祝福ともに、その世界はあるべきだと示すでしょう」 彩の移り変わりは昼と夜、闇と光、通り過ぎた過去と光り輝く未来なのだと……悦に入っている。 からすの花壇も十五メートル四方の大きさをしていた。 「私の芸術はシンプルイズベスト……『誰もが思い描き、納得するもの』といったところかな」 中央に同色の大菊を集めて、巨大な大輪の大菊を描いた。花弁の輪郭は微妙に色の違う大菊で陰影を表し、複雑な花弁の構造は櫓に登って幾度も調整を施した熱の入れようだ。完成した特大の大菊の外周を彩るのは、抽象化された菊花の文様に他ならない。文様は何一つとして同じものはない。大きいものは大菊中菊、小さいものは中菊小菊で、奇ばかりが芸術ではないという証明を目指した。 「説明なんて、いらないだろう? ここは菊祭だからね」 からすは満足げに絵画を示す。 村雨の花壇は、縦長だった。 「俺の題材は『見返り美人』だな!」 着飾った美女が振り返る様なので、滑らかな曲線が難しい。 結い上げた髪は薄紅の菊、飾るかんざしも勿論小さな菊で描く。 メインは厚物の紫、白、黄の菊に、装飾用に管物の小ぶりな菊を使う。目鼻口といった細かい造形は困難なので、抽象的で印象を重視した表現になった。 背景には黄色の菊、着物は薄紫の菊、肌には白菊がのっぺりと映える。 「憂汰が人物画だって聞いてたんで対抗してみたぜ!」 「ふ。よくぞ言った! これが僕の芸術だよ、諸君!」 憂汰の風景花壇を眺めた罔象達は、石畳に縫い付けられたように動かなくなった。 まず人物画の足元を彩るのは、大輪に咲く白い菊だ。 芍薬も恥じるのではないかというほど見事な一輪が規則的に並べられ、大きなシャコ貝を描いている。薄紫の菊で表現された波立つ海。沖へ辿りついた貝から真珠の代わりに誕生したのは、四肢の丸みが、ふくよか極まりない金髪のマツヨ裸婦像だ。風になびく麗しの金髪を金色の小菊で描ききっている繊細さは、女性ならではの感性と言わざるを得ない。隣に赤菊を主体に描かれた衣を両手に、貝に立つマツヨを迎えているのは、憂汰自身に違いない。 「なんという作品でしょう。マツヨさんを主体に女神の誕生を描くとは、流石です」 御樹は感心していた。 「え、ええええ!」 驚愕する外周。平然とする極一部。御樹の分析はさらに続く。 「そこには美と呼ばれるものの多様性を表現してると思われます。もともと古来の地母神はふくよかさこそ美であること考えれば、それを主題に据える事実に正しきものです!」 贅肉に愛されしマツヨを、次世代の美の女神に見立てて中心に据えた風景花壇は、圧倒的な存在感を放っている。 大作にもかかわらず、微塵も美しいと思えない不可思議にして醜悪な一作だ。 偉大なる菊花の素晴らしさが霞んでいく。 御樹が、視線を斜め下に落とした。 「……まぁ、それはそれとしてちょっと距離置きたいのは事実ですが」 あ、御樹の本音が出た。 「負けません、ええ負けませんとも!」 露草の花壇は……なぜか巨大になっていた。 「私の作品は『えんじぇる・うさうさ』改め『えんじぇる・ぬいぬい』です!」 幕下から現れたるは、翼を持つウサギぬいぐるみや熊ぬいぐるみ型に仕立てられた大輪の菊だった。ぽわぽわした黄色い菊でウサギを描き、ぽわぽわした白い菊で翼を型どり、赤い小菊が襟首のリボンを演出する。暗褐色に近い濃い赤菊でクマぬいぐるみを型どり、こちらも白い菊による翼が欠かせない。隙間や背景には、茎の背丈が少し短く、花芯が黄色いが外周は白いという、愛らしいぽわぽわな小菊で埋め尽くし、図を引き立たせている。 六人の中で最も小さい花壇を頼んだはずなのに、絵を作るうちに最大の大きさへ。 芸術爆誕。 「りったいかん抜群、うふふ、うふふ……モフモフ」 解説を放棄して、うっとり自分の絵に魅入る露草。子連れが喜びそうな一作となった。 密かに菊の品種にこだわった罔象の芸術は、まさに『秋』を描いている。 「ご覧下さい、これぞ『秋』の風景花壇!」 大輪の菊を敷き詰め、紅葉の山をかたどる。近くにはススキに見立てたやや薄い黄色がかった白い菊を配し、薄が並ぶ光景に見える様工夫されている。地面はススキの海に見立てたやや黄色がかった細い菊でしきつめ、菊の細い白を川の清流の流れに見立て菊の地面の間を通る、菊の清流を差し込んでいき地面の『ススキ』にアクセントをつける。空を描く菊を秋の陽に見立て、その周囲の空を二種の菊で組み合わせて濃淡のある雲を表現し、秋の空に斑雲を表す菊を配置する。 「それで、こちらの菊はですね、取り寄せるのに苦労した……」 事細やかに菊の品種と作者を紹介していたので、解説は類を見ないほど長くなった。 ああ……日が、暮れてゆく。 大賞に選ばれたのは、物陰で菊の品種にも徹底的にこだわった罔象の作品『秋』だった。 大人の事情により、各種菊の名前が伏せられてしまったのが切ない。 「菊祭は例年『風景花壇』が呼び物ですので」 抽象画や人物画、ごっちゃり五行の建造物や観光名所をよくばった作品より、すっきりと秋モチーフの一作にしたようだ。 そして特別賞として、露草の作品とからすの作品が選ばれた。 「我々は菊祭の伝統を大事にしてきましたが、年々来場者が減り、高齢化が進んでいまして……こうして歳関係なく子供の目も楽しませられる作品は、賛否が別れますが、我々は子供のいるご家庭が喜んでくれそうだと考えました。今後の主題自由化の第一歩となると考えています。そして……あえて菊を描いた作品は、中心の菊も素晴らしいですが、細部の抽象化図形に考えさせられました。地元の商店が、是非包み紙や染物に図形を使いたいそうです」 相応に理由が述べられた後、憂汰はがっくり膝をついた。 「ふ、負けたよ。諸君。僕の完敗さ」 それまで項垂れていた憂汰は、心の傷を縫い直したのか、すらりと立ち上がり、己の金髪を指に絡ませ、悩ましげな表情で「ふふふ」と微笑んだ。足を交差させ、体をひねり、敢えて見返り姿を選ぶ、わけのわからない姿勢をとっているが……今更、彼女の奇行には深く突っ込むまい。 「罔象君。君に『お菊の庭の師』という称号を与えようじゃないか」 神々しさもなければ、有り難くもない上に、なんだか何処かの怪談話を彷彿とさせるような傍迷惑な称号が与えられた。自分に酔っている憂汰は、白い絹の手袋をそっと外し、まるで長年の旧友との別れを惜しむような、固くしっとりとした握手を贈った。 「ではサラバだ諸君! 君達の行く末に栄光あれ!」 この人は最後まで、我が道を往く。 呆然とする者たちを残し、嵐の麗人は高笑いとともに去っていった。 台風のような憂汰が退却し、菊祭の会場は歪んだ熱狂から目覚め、からすが統率役となって淡々と作業に徹した。忙しくとも充実した時間が過ぎていく。からすは各絵画の周囲に柵を儲け、子供たちが手折ったりしない様に細心の注意を払った。 「この菊自体が、既に芸術なのだ」 菊を育てた出品者たちの胸を打つ言葉だった。 祭の休憩小屋などにも気を使い、暇を見つけて描いた、他の風景花壇の設計図を寄贈した。また今回のような事態にならないように、との配慮だった。 そして最終日、菊祭は無事に産声を挙げた。 少しおめかしした露草が、御樹やからすの腕をひく。 「さぁ、せっかくですし、お土産話をたぁんと仕入れて帰るようにしましょう。何があるか楽しみです! 知ってます? ここって、菊づくしのお膳があるんですよ」 からんころんと下駄の音を響かせて、三人は祭の中へ消えていった。 ところで三名ほど姿がない。 実はハッドと村雨、罔象の三人は、憂汰が去ったその日に、後を追いかけていた。 憂汰に付き従うマツヨを捕獲する為である。 ハッドの自己犠牲により、罔象と村雨がマツヨを捕獲した。お尋ね者は牢屋に入ったが、その首にかけられた賞金は三分割され、謝礼に見合わない労力に、力尽きたハッドの姿を……罔象と村雨は、敬礼を持って良しとした。 呼吸困難で医者に運び込まれ、燃え尽きた若者に何があったのか? それは多分、知らない方が幸せである。 |