【白原祭】白螺鈿の氷宴
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 37人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/29 16:41



■オープニング本文

 白原祭の季節になると、星の数の白い花が白原川を埋め尽くす。
 蝉の鳴き声も心を躍らせ、彼方此方で氷菓子が売れていく。
「ハッパラ、ハスヲ、ミナモニナガセ‥‥」
 威勢のいい掛け声と花笠太鼓の勇壮な祭の音色。
 夏の花で華やかに彩られた山車を先頭に、艶やかな衣装と純白の花をあしらった花笠を手にした踊り手が、白螺鈿の大通りを舞台に群舞を繰り広げていく。いかに美しく華やかに飾るかが、この大行列の重要なところでもある。
 人の賑わう大通りの空には、色鮮やかに煌めく吹き流しが風に揺れている。巨大な鞠に人の背丈ほどの長さのある短冊が無数に付いており、じっと目を凝らすと、吹き流しの短冊には様々な願い事が書いてあった。

 ここは五行東方、白螺鈿。
 五行国家有数の穀倉地帯として成長した街だ。
 水田改革で培った土木技術を用いて、彩陣の経路とは別に渡鳥山脈を越えた鬼灯までの整地された山道を一昨年12月1日に開通。結陣との最短貿易陸路成立に伴い、移住者も増え、ここ一帯の中で最も大きな町に発展した。
 今は急成長を遂げたとはいえ、元々娯楽が少ない田舎の町だったこの地域では、お墓参りの際、久しぶりに集まる親戚と共に盛大に宴を執り行うようになり、いつしかそれはお祭り騒ぎへと変化していった。
 賑やかな『白原祭』の決まり事はたったひとつ。

『祭の参加者は、白い蓮の切り花を一輪、身につけて過ごすこと』

 手に持ったり、ポケットにいれたり、髪飾りにしたり。
 身につけた蓮の花は一年間の身の汚れ、病や怪我、不運などを吸い取り、持ち主を清らかにしてくれると信じられていた。その為、一日の最期は、母なる白原川に、蓮の花を流す。
 白原川は『白螺鈿』の街開発と共に年々汚れている為、泳いだり魚を釣ったりすることはできない。しかし祭の時期になると、川は一面、白い花で満たされ続け、ほんのりと花香る幻想的な景色になることで広く知られていた。

 そして今年も8月10日から25日にかけて白原祭が開かれる。

 + + +

「どなたかーどなたか、この日の昼間、お暇な方はいませんかー!」

 ギルドの受付が慌てた様子で人を呼び集めている。
 話を聞いてみると、どうやら祭のために送った警備の人間達が集団で食中毒になったらしい。
 流石は夏。
 物が傷みやすい時期だ。
「昼間のお仕事の後は遊んでて下さってかまいません! 人が沢山押し掛けていて、本当に人がいるんですぅぅぅぅ」
 情けない声で泣きつく受付。

 蓮の花で真っ白になった白原川には観光客がごったがえし、昼間は花で飾った山車の大行列を一目見ようと沢山の人間が行き交っている。祭が恙なく進むように昼間の警備の仕事をしてくれれば、夕方から深夜にかけて好き放題に遊んでいていいと言う。
「昨年末に新しい山道が開通して、今年は沢山の人がきているとか」
 正に猫の手も借りたい忙しさ。

「夜間にどんな楽しみがあるのかな。見所は?」
 曰く、昼間は切り花で満ちている白原川には、ぽつりぽつりと陽炎の羽根のように薄く切り出された蓮の花型蝋燭『花蝋燭』が水面に浮かび、満天の星空の下で、優しく燃えながら香木の香りを人々のもとに運んでくれる。幻想的な光景は滅多に見られる物ではない。
 あちらこちらに灯した篝火で明るい、眠らぬ街。
 大通りでは昼間の花車に代わり、緻密な氷像の芸術が大通りを通り抜けてゆく。
 昼も夜も一向に減ることのない人混みの中、縁日で小魚を掬ったり、射的や軽食の屋台を遊び回れるという。

 こうして開拓者は急いで白原祭へ出かけることになった。


 + + +


 その頃、静かな空気を纏う女性が白螺鈿にある封陣院分室を訪ねていた。
「こんにちは、狩野様」
「蘆屋さん?」
 鳩が豆鉄砲くらったような表情で蘆屋 東雲(iz0218)を出迎えたのは、ここの分室長である狩野 柚子平(iz0216)である。二人は五行結陣で、玄武寮の寮長と副寮長という立場にあるが、この施設においては二人の上下関係は逆転する。陰陽師の装束でなく着物を纏った蘆屋は、ぷっと笑った。
「ヒドイお顔。おヒゲを生やされた姿なんて初めて見ましたわ」
 は、と我に返った柚子平が顎をさする。
「私も一応、男ですからね。こればっかりは……ああ、冷茶をお出ししますよ、どうぞ。一昨日からこのままなので着替えてきます。樹里ー!」
 人妖樹里が蘆屋を客間に通し、蓮の氷像が浮いた冷茶と餡菓子を差し出した。室内には氷柱が置かれており、とても快適だった。
「まぁ素敵。蓮なのね。自分で作ったの?」
「んーん、近くの氷屋さんに頼んで木型を彫ってもらったの。素敵でしょ」
 和やかに話していると、着替えた柚子平が戻ってきた。髪を梳き、ヒゲを剃り上げ、薄化粧を施した涼しげな横顔は、先ほどのむさ苦しい男とは似ても似つかない。
「お見苦しい姿をお見せしました。道中大変でしたでしょう」
「いいえ、それほどでも。街の入口まではグライダーで来たのです。龍だと宿は一杯でしょうから……すごい人ですね。子供の頃を思い出します。あ、こちらを忘れていました。お願いされたイサナの件と……霧雨さんからの預かりものです」
 蘆屋が二通の封書を手渡す。
 開封した柚子平の表情が、微かに変化した。
「霧雨さん、最近玄武寮にも顔をださないんですよ。どうしてでしょう」
「さあ私には……蘆屋寮長。霧雨くん、暫く休みが欲しいそうですよ。とりあえずほっときましょうか。さて、折角いらしたんです。街をご案内しますよ。四つ角の甘味処、お好きでしょう? 道もよく見えますし。樹里も書斎にこれを置いたら支度をしてきなさい」
 人妖が「お祭りー!」と叫んで書斎に向かう。
 ばさ、と机に封書を投げると、一枚だけ落ちた。霧雨の手紙だった。
「あれ? ……書いてあること、全然違うじゃない」 
 樹里は首をかしげて悩みこんだが、主人の意図が分からず「ま、いっか」と呟いて書類を戻し、書斎を去っていった。


■参加者一覧
/ 鈴梅雛(ia0116) / 劉 天藍(ia0293) / 柚乃(ia0638) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / 水鏡 雪彼(ia1207) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / フェルル=グライフ(ia4572) / スワンレイク(ia5416) / 輝血(ia5431) / 神咲 六花(ia8361) / 和奏(ia8807) / ユリア・ソル(ia9996) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 明王院 未楡(ib0349) / 萌月 鈴音(ib0395) / ニクス・ソル(ib0444) / 劉 那蝣竪(ib0462) / 天霧 那流(ib0755) / 透歌(ib0847) / 无(ib1198) / 真名(ib1222) / テーゼ・アーデンハイト(ib2078) / 蓮 神音(ib2662) / 杉野 九寿重(ib3226) / 叢雲 怜(ib5488) / 計都・デルタエッジ(ib5504) / ローゼリア(ib5674) / ジャリード(ib6682) / サミラ=マクトゥーム(ib6837) / 刃兼(ib7876) / 鍔樹(ib9058) / 音羽屋 烏水(ib9423) / マルセール(ib9563


■リプレイ本文

 幾千万の花蝋燭の明かりが水面を照らす。
 川辺にいたフェルル=グライフ(ia4572)は、傍らの酒々井 統真(ia0893)をジト目で見つめる。
「統真さん、ここでは『雪若』って呼ばれてモテモテだそうですね?」
 雪若は、所謂『福男』である。 
 毎年豪雪となる白螺鈿では、大屋敷並の高さまで雪を盛って坂を造り、その上から半裸になった未婚の男を投げ飛ばして、何処まで転がれるかを競う祭がある。大抵は雪まみれになり、時に風邪をひくが、最も遠くまで転がった者が、その年の『雪若』要するに福男として扱われる。
 本年の雪若にあたる酒々井は、グライフの声に慌てた。
「……じ、地元の面々にばれないよう深編笠被ってきたし、それぞれ相手もいるだろうし……多分ばれないと、思いたい」
 雪若に触れると望みが叶う。
 この話は今も多くの者が信じており、酒々井は面が割れると人の波にさらわれる。
「大体、今日に限って言えば福はフェルルにだけ、だぞ」
 ぷ、とグライフが吹き出した。必死に弁解する酒々井の横顔を見上げる。
「分かってます。それに『触れたら叶う』んじゃつまらないです。私なら統真さんと一緒に色んな事を叶えていきたいですっ!」
 ただ傍らにいるだけで幸せをくれる人。
 呆気にとられた酒々井の手を引いて川縁を走り出す。
「みてください! 花蝋燭の光が星になって空に流れていくように見えません?」 
 まるで川の先と星空が繋がっているようですよ、と。
 はしゃぐグライフの様子を眺めながら酒々井は今日一日汚れを吸った蓮の花を、白原川に流した。
「……の前に、こういう時間がとれてよかった。来いよ、フェルル。地元民しか知らない絶景、みせてやるよ」


 丹精込めて作った花蝋燭を水面に流すと、水面の波と星屑の炎に溶けていく。
「この花蝋燭の中には、私達が彩を施したものもあるのね」
 緋神 那蝣竪(ib0462)の囁くような声を、劉 天藍(ia0293)は黙って聞いていた。
 やがて「俺は」と意を決したように劉が立ち止まる。
「今まで恋愛とかあまり考えて来なくて……生まれのせいかもしれないけど、先日はすまな……いや、そういう意味じゃなくて。つまり…ええと。鈍くてゴメン」
 参ったなと首に手を当てる。触れれば散らせるだけのような、隣の花を見下ろした。
「那蝣竪さん。正直、俺のどこが良いか分からないけど」
「……そうね、貴方の何処をと問われれば、貴方のそういう所かしらね」
 不器用だが真摯な言葉に心惹かれたと、微笑む緋神をみて、ひとつの決意が固まった。
「那蝣竪さんが許してくれるなら……来年も、この白原祭に一緒に来てくれますか」
「言ったでしょう? 答えはもう決まってるの。貴方がそう望んでくれるのなら、何処へだって」
 重なる影を、月が照らした。


 白く美しい蓮の代わりに、炎を灯した花蝋燭を水面に浮かべた輝血(ia5431)は膝を抱えて、水面の向こうへと花蝋燭を押しやる。
「汚れを吸い取って流してくれる、か。あたしの汚れなんて、どれだけ吸いとってもなくならないだろうね」
 重く深い闇を内包する自嘲気味な呟き。
 隣の御樹青嵐(ia1669)が遠ざかる炎を眺めていた。
「流しきれないものは、背負えばいいと思います。一緒に背負ってくれる人を見つければいいだけです。背負いたがっている人もきっといますしね」
「一緒に背負いたがってる人、か……それって、青嵐のこと?」
 悪戯っぽく見上げる。
 御樹は答えず、明るい町並みを示しながら輝血の手を取った。
「屋台の方にいきませんか? 美味しいものを食べるのもまた勉強です」
「そう言うと思った。折角のお祭りだからね、青嵐は奢りで宜しくね」
 管狐の白嵐と人妖の文目にも花を飾って、人の波へと戻っていく。


 水面に広がる無数の花。
 花蝋燭の花芯で燃える炎は、水面を泳ぐ蛍のようにも見える。
「天儀の風習は美を感じさせるものが多いな」
「蓮は穢れを清めるのね。本当にそうだと良いのだけど」
 ユリア・ヴァル(ia9996)は花の花弁にくちづけした。愛する人、ニクス(ib0444)の加護になって欲しいと思ったからだ。感嘆から始まる他愛のない話は、昔話を招き寄せる。共に競った学び舎の思い出を懐古せずにはいられない。
「あの頃からニクスは苦労性だったのよね。お人よしだと思うわ」
「当時は色々苦労したものだが……それも今は懐かしい大事な思い出だ。そして……今の状況は思いもしなかったな。おいで、ユリア」
 寄り添うぬくもりに心地よさを覚えながら、瞳を見つめる。
 誰よりも勝気で、誰よりも寂しがり屋の、最愛の恋人が囁く声に耳を傾けた。
「私ね。昔は『誰かと生きる』なんて考えた事もなかった。でも今は私の全てに誓うわ」
 一途な誓い。
「ずっと、共に君と共にある事を誓うよ、ユリア」
 お互いに愛を誓う言葉は、他の誰にも……聞かせはしない。

 昨年と同じ赤波組へお世話になった无(ib1198)は、白原川が近づいてくると酒を切り上げ「またあとで」と声を投げて、花車を下りた。人ごみをかきわけ、屋台で串焼きを手に入れると、尾無狐とともに白原川へと向かう。
 白原側は、数多の花蝋燭や切花で満ちていた。
「蓮の花を流す、弔いからでしたね。死者への手向けという意味も在り、穢れを持って行ってもらう意味もある……一緒に私の持っているもやもやも流れるといいのですが……」
 今日一日身につけていた切花を水面に流すと、眺めの良さそうな場所で酒盛りを始めた。

 一人有意義な時間を過ごす者もいれば、物思いにふける者もいる。
 髪に白蓮を飾り、真新しい浴衣に身を包んだ天霧 那流(ib0755)は『昨年は一人身の会で来ていたのに』と思いつつ、時の流れの速さを感じていた。膝を抱えて花蝋燭を浮かべ、流れていく様を見守りながら「会いたい」と一言呟いた。

 仕事を終えたマルセール(ib9563)は一人、休息地と涼を求めて川辺へ来ていた。
「人は……こういうものに想いや願いを込めるのか。それにしても」
 時々周囲を見回しては、探す容姿を見つけ出せずに、ため息を零す。
 道中で買い込んできた花蝋燭に炎を灯した。ふわりと香る香木の匂い。マルセールの花蝋燭もまた、無数に輝く茜色の蛍火の中へ吸い寄せられるように遠ざかる。
「不思議と身体が清められるような、そんな気がしてくる……心地よさ、かな。私は……私の願いが叶ったらそのとき、再びここに居るだろうか」
 ゆらめく炎を、じっと見つめた。

 柚乃(ia0638)はからくりの天澪を連れていた。
 お揃いの浴衣に、髪飾りにさした蓮の花。大勢の中でも、はぐれないように手をつないで。
「おはな……いっぱい。ヒトが……たくさんいるね」
「天澪は見たコトないものね。だから、連れてきてあげたの。気に入った?」
 瞳を輝かせる天澪が、主人の袖をひいて川岸へと歩いていく。

 蓮の花を模して造られた花蝋燭は、花弁が陽炎の羽のように薄く透き通っている。
 礼野 真夢紀(ia1144)は、からくりのしらさぎに持たせて花芯に炎を灯した。
「マユキ、これなに? キレイ」
「亡くなった方に捧げる花なんですよ」
 無垢なからくりに由来を説明して、自分の真似をするように伝えると、見よう見まねで両手を合わせ、なむなむと手を合わせる。そんな二人を優しい眼差しで眺める明王院 未楡(ib0349)も、アヤカシ被害で命を落とした知人の為に祈りを捧げる。
「皆様の想いを受け継ぎ、残された人達と共に明日を歩み続けます。どうか……心安らかに眠りについて下さいね」
 瞼の裏に浮かんでは消える懐かしい顔。
 微笑みなのが、せめてもの慰めだ。
「それじゃ、まゆちゃん。屋台で晩御飯を仕入れたら、広場へ遊びに行きましょう」
 からくりの浴衣の着崩れを直していた礼野が明王院の呼び声の方へ走り出すと、しらさぎが「マユキ、マユキ」と袖をひいて、賑やかな大通りの方を指差した。
「リカのゴシュジンサマです」
 巨大な氷像を乗せた花車の行列。
 その中に、見覚えのある顔をみつけて手を振った。


 蒸し暑い夏の宵に、刹那の幻として人々を楽しませる氷の芸術。
 巨大な氷像を乗せた荷車の行列は花々で美しく飾られ、白螺鈿の大通りから小道を通り、沢山の観光客に夏の涼を届けてくれる。
 仕事を終えた計都・デルタエッジ(ib5504)と叢雲 怜(ib5488)は、既に確保していた大通りの席で有意義な時間を堪能していた。食事も飲み物も事前に発注しておいた。
「ほら。怜く〜ん、あ〜ん」
 叢雲を膝に乗せて抱きしめている計都が、人目も気にせず愛情を注ぐ。頬を染めて動揺続きの叢雲も悪い気はしない。柔らかい腕の中から一矢報いる機会を伺う。
「お、俺もお返しに、計都姉に、してあげるのだよ! あ、あーん!」
「うふふ〜、美味しいですよ〜」
「よかったのだ。あ、計都姉みてみて! お魚さんなのだよ。どの氷像も綺麗だよね〜」
 職人達の芸術に夢中な叢雲を見た計都は、隙を伺って頬にキスした。
「はわ?!」
 柔らかく触れた唇の感触。仰天した叢雲が、益々顔を赤くして身を小さくした。
「うふふ〜、怜くんったら本当に可愛いんですから〜」
 むぎゅーっと抱き締めて、熱を分け合う。
 今宵は、幸せなひとときになりそうだ。


 世界各国を飛び回る開拓者は、多くの文化や習慣、そして祭に遭遇する。
「……華やか、だな」
「故郷の祭りじゃ氷像花車なんてねえからな。ほぃ、警備お疲れさん!」
 道端で観覧席を確保した刃兼(ib7876)の呟きに、昔なじみの鍔樹(ib9058)が笑って答えた。仕入れたつまみを口に放り込み、幼馴染にも朱塗りの盃を投げて渡す。
「……んで。なんか難しい顔してんな、刃兼。仕事のことかァ?」
 鍔樹が酒瓶を二つ取り出し『どっち飲む?』と暗に伝えながら尋ねると、刃兼は片方の酒瓶を指で示しつつ「ああ、まぁな」と生返事を返す。刃兼の瞳は、華やかな行列だけでなく、笑顔に彩られた住民の姿にも注目し、どこか虚ろに目を配っていた。
 鍔樹が首をかしげる。
「何の悩みかイマイチ分からねぇが、開拓者になったことに後悔はないんだろ? 俺ら、開拓者になんねーで陽州に居続ける道もあったんだからさ。つーか、ハレの日にケの日のことを考えるのは、無粋だろーよ。今考えて、すぐどうにかなるモンでもなさそうだし?」
 鋭い指摘に刃兼は苦笑を零した。よく見ている。
「……鍔樹の言う通り、今考えて答えの出ることでもなさそうだ、な。酒をくれるか?」
「ほれ一献。あ、代金はそっち持ちで頼まァな」
「…………って、オイコラちょっと待て。俺の奢りか!」
 とくとく注がれる杯の中に、花車から撒かれた花弁が一枚、ひらりと舞い降りた。


 毎年異なる氷像は、地域の者が知恵を絞った努力の結晶だ。
 氷像が積まれた花車に乗っているジャリード(ib6682)は、過酷な日中の仕事の疲れを微塵も感じさせず、無言のまま観客に手を振り続けていた。ジャリードは決して不本意な訳ではない。その証拠に、大事なターバンに、これでもかと花を飾っている。
「……昨年の印象を超える案を出せなかったのが、悔しいな」
 若干の悔しさを滲ませつつも、祭男の精神は健在である。
 時折ひょっと身を隠すと、同じ花車でくたびれている恵と誉夫婦を気遣っていた。激しい体重の増減を繰り返す恵は、あんまり体力がないからだ。彼女の世話係である、からくりの梨花も付き添っていたが、まだ教育が完璧ではないので、こういった時の対処法はまるでなっていなかった。
「そういえば梨花。紫陽花は元気か?」
「はいです。今日はお屋敷が手薄になるので、お屋敷まもってるですよ」
 そうか、と呟いたジャリードは、冷えた冷茶を皆に運んでくると場を離れた。

 同じ花車をひく牛の背中には、三味線に蓮の花を括りつけて、陽気に演奏する音羽屋 烏水(ib9423)の姿があった。歓声の中で目を閉じると思い出す風景がある。花車の行列に加わり、白原川の近くを通った時に感じた香木の匂い、花蝋燭と蓮切花が川を彩り、まるで星空を写し取ったかのような光の洪水。
「やはり祭りは心躍るものじゃな」
 祭囃子に合わせて三味線を奏でていて、ふと覚えのある顔に気付く。
 以前、共に奏でた相手だ。
「良い夜を!」
 手元にあった蓮の花を投げた。一期一会、心に残る日になるように、と。


 音羽屋から投げ放たれた蓮の花を受け取って、目を白黒させたのは黒猫の面を被っていたフェンリエッタ(ib0018)だった。着ている物は浴衣だ。行列をちょっとだけ見ようとお面をずらしただけだったのに、偶然にも顔見知りに出会った。
 折角だから、もらった蓮の花はお面に飾る。
 今宵は賑わいに紛れて、一人の時間を楽しむ日だ。
 大通りから脇道を通って、屋台が立ち並ぶ小道を歩く。カラコロと下駄の音を響かせながら、足を止めたのは飴細工の屋台。職人の指先から生まれる飴菓子が、まるで別の生き物のようにも思える。
「あ、えっと、向日葵と朝顔……できますか?」
 幼い子供時代に戻ったような胸の高鳴り。フェンリエッタの為だけに描かれた甘い芸術を購入すると、再び美味しそうな匂いにつられて歩き出した。


 昨年のように切花を流した和奏(ia8807)は、果てしなく夜店の中を歩いていた。職人の技の鑑賞は、ついつい見入ってしまう。特に飴細工屋で色鮮やかな飴が、客の注文通りに描かれていくのを惚れ惚れと眺めた。
「そういえば……昔も飴を買っていただいた記憶があるのに、食べた記憶がないのは何故だろう?」
 首をかしげた後、『和奏』の文字に固まった翡翠色の飴を片手に、次の店へ向かう。


 街の端から端まで続く屋台の列を、駆け回っていたのが萌月 鈴音(ib0395)と鈴梅雛(ia0116)だった。
「鬼灯のお祭りには……行った事がありますけど……白原祭は初めてです」
「お祭りは楽しまないと。いきましょう、鈴音ちゃん」
 背中に隠れる萌月の手を握った鈴梅は、持ち前の土地勘を利用して、人通りの少ない道を選びながら、目的の屋台を回って両手にいっぱいの食べ物を抱えていく。
「色々な屋台が沢山で、目移りしますね。鈴音ちゃん、この先の角に美味しいお店があるんです。そこで少し休んだら、もう少し見てまわりましょう」
 しかし丁度、氷像行列が通るところで、茶屋は人で溢れていた。
「おや。覚えのある顔が」
 低い声音に振り返ると、妙齢の女性を連れた柚子平が店内にいた。手招きされて幸いにも相席を許された二人が、お互いに連れの紹介を経て、お品書きを手にする。
 鈴梅は控えめに頭を垂れ、萌月は人妖の姿がないことに気付く。そこへ「氷像がくるよー!」と興奮気味の人妖樹里が飛び込んできた。萌月は樹里に飴細工をひとつ差し出す。
「へ? あたしに?」
「この前の……お詫びと言う事では……無いですけど……よかったら」
「わあ! ありがとう! ゆずったら、さっぱり屋台の方にいかないんだもの。嬉しい!」
 飴細工を持って飛び回る人妖の後ろで、氷像の行列が通っていく。


 大通りも屋台が並ぶ裏道も、人で溢れていたこの日。
 小さな悲鳴が聞こえて、弖志峰 直羽(ia1884)は振り返った。同じ小花の腕輪をしている水鏡 雪彼(ia1207)が抱きつき、足元を見て表情を曇らせている。下駄の鼻緒が切れていた。
「どうしよう、直羽ちゃん……雪彼、直せないの。まだお祭り見たいのに」
「何処か落ち着ける場所で直そうか。とりあえず背中貸すよ」
「おんぶ……いいの? ありがとう、直羽ちゃん」
 優しい気遣いに甘えておぶさる。意外と鍛えられた広い背中に驚きつつも、水鏡は胸の高鳴りとくすぐったさを覚えていた。後ろからでは顔が見えないけれども、優しさのお礼がしたくなる。少し齧った果実飴を差し出した。
「半分こしよ……直羽ちゃん、美味しい?」
「う、うん、ありがとう」
「よかった。美味しいね、直羽ちゃん……直羽ちゃん?」
 二人で食べた果実飴。真っ赤に染まった耳と頬。
 どこかぎこちない二人の会話を、祭りの騒がしさが消していく。


「姉さんはやくー! サーミラー!」
 真名(ib1222)のはしゃぐ声がする。
 見失わぬように追いかけるのは、サミラ=マクトゥーム(ib6837)とアルーシュ・リトナ(ib0119)だった。サミラは時々着なれない浴衣が気崩れていないかを気にしていた。
「ちゃんと着こなせてる、かな。少しだけ心配、かも」
 三者三様の浴衣姿だ。乱れを気にするサミラに「ちゃんと着こなせてますよ」と自信を持たせるリトナ。先ゆく真名に負けじと、焼き物に氷菓子を手にした後は、飴細工の店に二人を連れて行く。
「おじさん、似合いそうなお花の飴を作って下さいな」
 三人で飴細工を手にしたら、氷像が見えそうな穴場を目指さねばならない。街を知り尽くすリトナはちょっとした案内役だ。裏道を抜けて、坂を上がり。
 高い場所から行列を見下ろしたサミラはしみじみと呟く。
「この国は本当に多彩な文化で溢れてる、ね……去年祭に参加した時は天儀に来たばかりで、右も左もわからなくて、この祭で同郷の仲間に出会えたのは嬉しかった……今思うと、花車の辺りでアルーシュ達を見かけたかも。縁って本当に不思議、だね。一年、本当に色んな事があった、真名達に出会えたし、さ」
「恥ずかしいセリフ禁止」
 真名がサミラの口の中に焼肉の串焼きを押し込む。
「姉さんも。はい、あーん! 来年も、また来たいわね」
 目を輝かせるサミラと、寄り添ってくる真名の姿を見た後は、氷像も一層輝いて見えたような気がした。


 祭という賑やかな場所は、年頃の乙女たちにとっては晴れ舞台だ。
 ローゼリア(ib5674)の浴衣は鮮やかな橙生地に薔薇模様が散りばめられたもので、白い帯が清楚な印象を与えていた。結い上げた髪を枝垂桜の簪で飾り、雪駄が敷石の上で音を立てていた。
 一方の杉野 九寿重(ib3226)は大人びた紺生地に秋刀魚模様が静かに愛らしさを引き立て、赤茶の帯が印象に残る浴衣だった。折角だからと梳いた髪には珊瑚の髪留めを飾り、ローゼリアとお揃いの雪駄を選んだ。もちろん右手に団扇がかかせない。
 氷像の鑑賞に屋台巡り。
 一通り遊んだ後は、約束の時刻だからと白原川へ向かう。
 お互いに、髪飾りと合わせて飾った、蓮の切花。これを流さねば意味がない。
「九寿重。今日一日、お疲れ様でしたわ。待ち合わせはここでしたわよね」
「そのはずです。この花が身の汚れを清めてくれますかね……それにしても」
 待ち人きたらず。
 杉野はきょろきょろと周囲を見回す。その傍らで、ローゼリアは川の光に見とれていた。


 ところで杉野とローゼリアが待つ、姿なき待ち人というのが、胡蝶(ia1199)とスワンレイク(ia5416)と透歌(ib0847)の三人であった。
 時は少しばかり巻き戻り。
 もふらの昼寝の頭に蓮の花を飾ったスワンレイクと、髪飾りがわりに頭に蓮の花を飾っている透歌の二人は、胡蝶の『己との戦い』が長引きそうな事を察して、飴細工を買いに来ていた。
「こちらにも飴細工があるんですのね。もふらちゃんのお顔の飴はあるんでしょうか……」
 そわそわしているスワンレイクを見た屋台のおっちゃんが、ちょいちょいと素早い動きでもふらの顔を作り上げる。
「なんて可愛らしい! では、わたくしの昼寝ちゃんをつくってくださいな」
「くねくね作って、すごいですね! あの、あの、蝶とか白鳥をつくってくれますか?」
「あいよー、順番な。ちょい待ってな」
 希望通りの飴が仕上がっていくのを、輝く眼差しで見つめる二人。
 胡蝶はというと、水面の金魚を睨んで叫んでいた。
「もう! これ本当に掬えるの? 詐欺に思えてきたわ」
 金魚掬いで、ことごとく和紙が敗れる。隣で連れの女の子に、と華麗に掬い上げる若者がいたりするので、なおさら苛立ちが高まり、集中力の邪魔をする。
「胡ー蝶ーさん、えい」
 呼び声に振り向いた胡蝶の口に、白い蝶をかたどった薄荷風味の飴が突っ込まれる。
「疲れた時は甘いものです。違う味も買ってきました」
 上機嫌の透歌は他にも色々な種類の飴を作ってもらったらしい。一人では食べきれない量の食べ物を抱えている。そしてスワンレイクは、お面や景品から飴に至るまで、もふら尽くしだった。
「なんで、もふらだけなの」
「何をおっしゃいます! こういうところに意外とレアなグッズがあるのですわ!」
 情熱を切々と語るスワンレイクに「まあいいけど」と呟きながら、胡蝶がはたりと我に返る。
 杉野達との待ち合わせを思い出したのだ。
 今から走ってギリギリ間に合うか否か。
「やば……ちょっと、おじさん! 私これから白原川いかなきゃいけないんだけど、何時までいるの!?」
「焦らんたって、金魚は逃げねーよ」
 カラカラと笑う老人に、さりげなく再戦を宣言した胡蝶は、悔し紛れに氷菓子を買って川へと走り出した。


 賑やかな屋台を梯子する者が多い中、神咲 六花(ia8361)は蓮 神音(ib2662)がお腹を壊さないかが心配だった。焼きそば、焼肉、焼き玉蜀黍に焼きたてホクホクの馬鈴薯。
「そんなに食べ過ぎて、大丈夫かい?」
 目を細めつつ髪をくしゃりと撫でる。頬袋いっぱいに食べ物を詰め込んだ神咲のお姫様は、食べきれない量を猫又にお裾分けしながら、底なしの胃袋を発揮していた。
 輪投げや射的で狙うのも、勿論お菓子や愛らしい飾りだ。
「はい、これはお姫様に」
「ありがと、六花にーさま! にーさまは、楽しかった?」
 取れなかった景品を贈って、白原川が見える場所まで歩いてきた。神咲は蓮の花を手にとって、川縁に向かって手を引きながら、傍らの少女に微笑んだ。
「楽しかった。この一年、神音と一緒に過ごせて幸せだったよ。また来年もこようね」
「神音もね。今年も六花にーさまとお祭りに来れて嬉しーよ」
 そこで蓮は少しだけ言い淀み、伺うように囁いた。
「ねぇにーさま。もし神音が罪を犯しても……にーさまは神音を好きでいてくれる?」
「神音の事は何があっても離さないし、ずっと好きだよ」
 揺るぎない返事に、蓮は抱きついた。


 凍れる芸術と、白螺鈿の人々の祈りを乗せた蓮の花。
 白原祭の賑わいは、眠らぬ街の呼び名にふさわしく、今年も華やかに過ぎていく。