【陰陽寮】玄武寮入寮式
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 16人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/01 14:28



■オープニング本文

【このシナリオは玄武寮専用シナリオです。一年生、二年生含め、玄武寮に所属している方々の参加が対象です。】

●陰陽寮入寮式

 先月行われた合同入寮式から一カ月。
 初夏と言うにはもう遅い七月半ば、合格者達は通知を受け取り結陣にある知望院に集められた。
 待つのは五行が王の架茂 天禅(iz0021)。
 そして居並ぶ五行の重臣達。
 陰陽寮へ入寮するに当たっての儀式、言わば入寮式であった。
「……先ずはこの場にいる者達。自ら望み陰陽寮に入寮を果たした事に対し我は祝辞を贈る。おめでとう」
 それぞれに、ではあるが緊張の面持ちで式に臨む寮生達の思いなど意にも留めず、殆どなんの前置きも無しに壇上に上がった架茂は、並ぶ寮生達を見下ろしながら続ける。
「面倒な挨拶や、形式ばった説教は好かんので言う事は一つだ。陰陽寮に入寮した以上、皆、等しく五行に属する寮生である。生まれも育ちも経歴も種族も関係ない。ただこれからの三年は純粋に力を、知恵を養い蓄え鍛えよ。そして寮を巣立って後、五行の為、我の為に捧げよ。それが陰陽師の道を選びしお前達の使命だ。励め。以上」
 聞く者の反応など全く意にも気にもせず、言いたいことだけを言って彼は身を翻した。
 来賓の挨拶もない、寮生達の誓いの言葉もない。
 それが五行『陰陽寮』の入寮式であった。
 王の退場をまで身動き一つなく控えていた陰陽師の一人が前に進み出てこれからの予定を皆に告げた。
「王の挨拶は以上とです。以降はそれぞれが属する寮の予定に従って赴き、入寮式に臨んで下さい。その仔細については実際に確認して貰うと同時、必要な手続き等は全てそちらにて行いますので遅参はない様に…。
 王がおっしゃったとおり、ここから先、皆さんは生まれも経歴も種族も関係ない陰陽寮生です。これからの三年間が皆さんにとって掛け替えのない時間になる事と、これからの五行を支える重要な存在になって貰える事も祈念して式典は閉じます。それでは、解散」


●蛍火の歓迎会
「玄武寮へようこそ皆さん」
 玄武寮の入寮式で現れたのは、凛と背筋を伸ばした女性だ。
「改めまして、玄武寮の寮長、蘆屋 東雲(iz0218)です。今後、皆さんの良き理解者となれるよう精進していきたいと思います。研究や悩み事があれば、いつもでも応接室を訪ねてください」
 笑顔のたえない挨拶をすませ、寮長は副寮長の狩野 柚子平(iz0216)を初め、寮内を支える職員達を順に紹介していった。
 そして手渡されたのは、一枚の案内状。
 施設内地図と、簡単なコメントが記されていた。
 まず、予約制の小さな研究室。次に、徹夜組用の男女別臨時仮眠室。図書館兼談話室の『香蘭』。保健室『群雲』。中庭『花梨の石庭』。食堂『華宝』。購買『夜舞』。寮長と副寮長の応接室と研究室、などなど。
「今頃、食堂で在寮生達が歓迎会の準備をして……」

「寮長」

 符術の講師カツラアカガネが寮長と新入生を呼び止める。
「あら。どうかされました?」
「食堂に誰もいない……入寮式は今日、ですよね」
 在寮生たちは一体どこへ消えたのか。
 おかしい、と悩み始めたところで、寮長が我に返った。
「そういえば私、さきほど忙しくて、代わりにお使いに出したのでしたっけ」
 曰く。
 結陣の東の寺にアヤカシが出た。
 其処は四季折々の祭をする事で名が知れているが、アヤカシが多く出没することでも知られており、何かしらアヤカシ絡みの問題が起きると、一部の敷地を借りている玄武寮が世話を焼いていた。昨年の秋は菊祭の頃にもアヤカシ退治でひと騒ぎあったほどだ。
 今は薄緑に輝く蛍が、天を舞う頃。
 東の寺は『蛍火祭』で賑わっていたが、度々行方不明者が出没したので解決を依頼された。
「所謂、吸血霧ですよ。目玉の核を持ち、虚空を漂い、霧のような体に獲物を押し込んで吸血、捕食する。痛覚を持っている様子がないので、捕食の本能に従い、延々追い回してくるタイプです」
 寮長が猫くらいの大きさだと説明をした所で、何かを思いついた。
「先輩の様子、見に行ってみます? お料理持って」
 今頃先輩達は、人妖の樹里と一緒に現地に着いた頃だから、と。

 食堂に用意されたままの食事を包み直して、いざ蛍火の闇へ。


■参加者一覧
/ 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 八嶋 双伍(ia2195) / ワーレンベルギア(ia8611) / ゼタル・マグスレード(ia9253) / ネネ(ib0892) / 寿々丸(ib3788) / 常磐(ib3792) / リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386) / 緋那岐(ib5664) / 十河 緋雨(ib6688) / シャンピニオン(ib7037) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / セレネー・アルジェント(ib7040) / 土御門 高明(ib7197) / エリアエル・サンドラ(ib9144


■リプレイ本文

 暑い日差しを落とした太陽が傾き、茜色の空が鳶色に変化していく。
 空を見上げた八嶋 双伍(ia2195)は物思いに耽ってみた。
「……もう一年だなんて、早いものです」
 面白い人や悲しい人、色々な人に会った。今年も色々な人に会うに違いない。
 そう思うと胸が踊った。
 今年の転寮生と入寮生に向き合い、握手をしていく。
「ともあれ入寮おめでとうございます。この一年が良きものでありますように。……では、退治頑張りますか」
 そうだ。
 歓迎会の前に退治である。十河 緋雨(ib6688)が首をかしげる。
「あのお寺はいいトコなんですけど、何かあるんですかね」
 問題の寺が見えてきた所で、リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)が叫んだ。
「去年といい今年といい、祭のたびに出てくるんじゃないわよォォォ!」
 魂の怒号はアヤカシへの怒りだ。
 一方で退治失敗を想像して、向き合いたくない恐怖に震えているものがいる。
「歓迎会の日に、傷だらけで説教なんて御免だ」
 憂鬱な顔の常磐(ib3792)に「共にがんばりまするぞ!」と寿々丸(ib3788)が元気づけた。
 ワーレンベルギア(ia8611)がため息を零す。
「入寮式も、アヤカシには関係ないのですね……」
「アヤカシは此方の都合などおかまいなしだからな」
 転寮生のゼタル・マグスレード(ia9253)が冷静に答えた。
 気が重そうな者たちに対して、同じ転寮生の御樹青嵐(ia1669)は涼しげな顔をしている。
「刺激的な歓迎会です」
 歓迎される側の転寮生も、アヤカシ退治にかり出す寮長がひどい。
 と何人かが思っていたが、聞かれると問題なので黙った。
「露草さん、ゼタルさん。共に青龍寮からの転寮生としての実力お見せしましょう」
 露草(ia1350)が「はい」と潔く答え、マグスレードは「ふむ、そうだな。入寮して間もなく慌ただしいが……実践的で良いのではないか」と肯定的に捉えている。
 入寮生の土御門 高明(ib7197)も涼しい顔で「風流な宵です」と景色を眺めており、同じ入寮生のエリアエル・サンドラ(ib9144)は先輩たちに囲まれて騒いでいた。
「皆で協力し合えばきっと大丈夫! 頑張ろうね!」
「がんばって課題クリアですよー!」
 シャンピニオン(ib7037)とネネ(ib0892)の励ましに「はいなのじゃ」と頬を染める。
「シャニ姉との再会と入寮を楽しみにしておった。と、他の先輩方も宜しくなのじゃ」
 にこにこと様子を見守るセレネー・アルジェント(ib7040)と勇ましい掛け声を繰り返すリオーレ・アズィーズ(ib7038)が傍にいる。
 歓待される側の転寮生と新入生ですら嫌な顔一つしない。
 その為、流石に二年生はくじけている場合ではない。気合を入れ直した常磐が、近づく森と川を前に、敵はどこかと視線で探す。
「そう言えば、吸血霧とは初めて戦うな。なぁ、寿々?」
「吸血霧……でするか。どのようなものか」
 行灯に火打石で炎を灯す。
 ワーレンベルギアもまた「念の為に」と『蚊遣り豚』と『松明』を持っていた。
「夜光虫だと……錬力に不安もありますし、あ、明るい方が、アヤカシにも他の人にもわかりやすいというか……さ、最悪多く来すぎたら、他の方達のところまで連れてくれば効率もいいかも」
 相当数が発生していると聞いている。
 ヴェルトが「そうねぇ」と森や川を眺めた。
「ちょっと数が多いのが厄介だけど、こっちも数いるんだから、何とかなるでしょ」
「ただじゃあ宴会はできないってコトか。んじゃ、さくっといこうぜ。二手に分かれるか」
 緋那岐(ib5664)が手を叩くと、手早く相談して担当を決めていく。
 森側は、八嶋とワーレンベルギア、寿々丸と常磐、露草と御樹とマグスレード。
 開けた川沿いはヴェルトと緋那岐、十河、ネネとシャンピニオン、サンドラ、アズィーズとアルジェントに決まった。
「じゃー、私はここにいるわ! いってらっしゃーい」
 人妖の樹里が出発地点で留守番をして、寮長達を待つという。


 ところで川沿いに発生している吸血霧とはなんだろう?
 猫ほどの大きさで霧状の姿をとり、煙に似た形のない瘴気の身体で相手を押し包んで捕食を試みる。ただし、霧で霞んだ中央に本体とも言うべき目玉が浮かんでおり、物理攻撃は通用する……というのが、世間一般の認識である。

 瘴索結界で接近に警戒したヴェルトは、群れが近づくのに気づいて仲間に声をかける。
 そして蛇神で巨大な蛇の式を二体召還した。
「あまり大きいと蛍も全滅しちゃいそうだけど、悲恋姫とかトルネードキリクみたいなの使わなければ大丈夫そうねー。いっくわよー!」
 白い指先が標的を示し、二体の蛇は巨大な口で吸血霧を飲み込んだ。
 蛇の口の中で、瘴気の身体が霧散する。
 たった一瞬でノルマの二体を消滅させてしまった。
「吸血霧程度には、もったいなかったかしら?」
 ふふ、と笑ったヴェルトは、赤い唇を舐めて次の獲物を探して視線を彷徨わせた。
 人魂で周囲の様子を探っていた緋那岐は、夜光虫を虚空に飛ばす。
「こっちはセオリーでいくか」
 斬撃符を発動させると、かまいたちに似た式が吸血霧に襲いかかり、すれ違いざまに切り裂いた。
 核をぱっくりと二等分して、瘴気は大地に降り注ぐ。
 十河も同じように夜光虫で周囲を照らしていた。
「吸血霧を退治して、蛍観賞しましょ〜」
 十河の斬撃符は吸血霧の核をかすった……だけだったのだが、どうやら吸血霧は耐久性が余りないようで、二体とも弾けた。
 苦戦を強いられていたのは土御門だった。彼の術よりも吸血霧の回避能力が遥かに上回り、ことごとく失敗した。八発目の斬撃符がようやく命中し、なんとか核が割れた。
「先輩方が楽に倒しているかと思えば……まだ私一人では手に余る」
 ここへ来る前『一人一体は必ず倒してくださいね』と寮長に言われていたことを思い出して苦笑がこぼれた。入寮したてだ。力不足は理解している。拡散されると厄介な相手を、片付けていくには方法は柔軟に変えるべきだ。同士打ちを恐れていた土御門は、敵を誘導して全員で殲滅する方向を選んだ。

 ところでネネとシャンピニオン、アズィーズとアルジェント、そしてサンドラは9体の群れに遭遇していた。ネネが瘴索結界と治癒符に徹する。
「我は吸血霧一体を撃破だったか……むむむ、我に出来るかの?」
「エリちゃんならできる、きっとできるよ!」
「シャニ姉……う、うむ、頑張る」
「シャニ姉? お姉ちゃん、て呼ばれるなんて初めて……僕がしっかりしてなきゃ!」
 死角に地縛霊を仕掛けたシャンピニオンは、同時に一体の吸血霧を目指して斬撃符を放った。
 目玉を直撃した一撃により、吸血霧は音を立てて弾ける。
「まずは一体!」
 アズィーズは吸血霧に二発の砕魂符を放った。
 ともに直撃し、吸血霧は砕け散る。
「こちらも二体」
 アルジェントは標的が重なる瞬間を狙って、氷龍を放つ。
 すると吸血霧の核は一瞬で凍り、二体とも割れ爆ぜた。
 サンドラの斬撃符は微傷が多く、吸血霧には最初逃げられた。
 しかし再び放った二発が直撃して、吸血霧の核は弾けた。
「なんとか一匹なのじゃぁ……」
 へたりと地面に膝をついたが、ゆっくりもしていられない。
 まだ三体残っている。頑張らねば、と気合を入れ直したところで、目の前の三体が割れた。
「あ、れ?」
「他の所の様子を見に行こうよ!」
 元気な声。余裕のあるシャンピニオン達の背中が、少し眩しい。
 賑やかなアルジェント達の後方を歩いていたネネは一瞬だけ立ち止まり「そういえば何かに似てるんですよね、この霧」と呟いて、うぅーんと唸った。


 一方の森では、常磐と寿々丸が吸血霧に襲われていた。
 足に痛みを感じた。
 と思ったら、ふくらはぎの裏に黒い霧がふよふよと張り付いていた……というわけである。
 呪縛符で動きを止め、大きく飛び退き、寿々丸が白い壁を召喚する。
「歓迎会の日に、こんな事するなんてな!」
「と、と、と、常盤殿! ち、ち、ち、血が! 今治しまするぞ!」
 わたわたと慌てた寿々丸が、治癒符を貼った。
 その間に、常磐が幽霊系の式を召喚し、呪わしい声を響かせた。
 不意打ちをしてきた吸血霧が砕け散る。
「やりましたな! 頑張りまするぞ!」
「ああ、とっとと済ませるぞ。食事が不味くなる」
 常磐が視線を投げた先に、血の匂いに誘われたのか、三体の吸血霧が蠢いていた。

 ところで露草は、明らかに大きさのおかしい巨大な秋刀魚を手にしていた。
「はあああああああああ!」
 べちーん。
 緊張感のない音を立てて、魚の面積にぶち当たった吸血霧は、核ごと吹っ飛んだ。
 樹に衝突するまでもなく粉々に砕け散る。
 大地に降り注ぐ片鱗を満足げに眺めて、額に輝く汗を拭う。
 その様子を眺めていた御樹とマグスレードが、足に治癒符を貼った後に拍手を送った。
「お見事です、露草さん」
「ところで今日は鮪じゃないんだな?」
「え? 鮪? 森の中だと小回りが効いたほうがいいですから、秋刀魚にしてみました。しなりますよ。ふん!」
 ぐにょん、と捌いたら美味しそうな巨大な秋刀魚だ。
 しかし食べてはいけない。
 マグスレードが吸血霧を探しながら、ふと考える。
「素人や駆け出しには、少々核が捉えにくい相手だが……」
 黒い霧を切り裂き、貫いたところで、吸血霧には効果がなかった。
 露草は勿論、マグスレードや御樹にとっては、実力的に大した脅威ではなかった。
 だがそれは暗闇の中で気づくことができれば、という前提であり、三人ともうっかり吸われてから気づいた、というおまけつきだ。
 蚊や虻のような感覚だ。
 今は治癒符で出血を止めて、近づいてきた吸血霧を片っ端から打っている。
 露草ひとりで。
「では、森の木陰で引き続きがんばってきましょうか!」
 露草は何度も魚を振り回しながら歩いていく。足取りはとても楽しそうだった。

 その頃、ワーレンベルギアは吸血霧に雷を落としていた。
「火炎獣でまとめて……という事も考えましたが、火事になりそうですね」
「ええ。火消しが大変ですので、そのまま雷だとありがたいです」
 八嶋が冷静に返事をする。
 八嶋は蛇神で巨大な蛇の式を2体召還し、確実に一匹ずつ喰らわせていた。
「昨年の雪虫もどきに比べれば、まだ楽かもしれませんね」
 肩を横切る薄緑に輝く蛍を眺めて、八嶋の目元が微かに弧を描いた。


 一通り倒した者たちが最初の集合地点に戻ってくると、そこには玄武寮の寮長達がいた。
「あ、寮長ー! 樹里ちゃーん!」
 手を振ったネネたち。
 シャンピニオンは、ぺちぺちと両手についた砂を落としながら仲間に声を投げる。
「ふーおしまいかな。一つ一つはそんなに強くなかったけど、数いると本当に大変なんだよねー」
 ギルドには一人では手に負えない大物の退治依頼が持ち込まれてくる。
 そういったものをよく見る反面、小物の掃除にはあまり出くわす機会は少ない。
 だが、こうした小さくとも数の多い脅威が街の暮らしを脅かす原因になる。
 退屈でも大切な作業だ。

「さて、皆さん。お掃除はすみましたか?」

 全員が戻ってきて数を報告したところで、寮長から宴会の許可が下りた。
 八嶋たちが敷物を手に、眺めが良くて広い場所を確保していく。
「ふむ、蛍灯の下で宴とは、何よりの報酬だ」
 マグスレードの言葉に「ええ本当に」と相槌を打つアルジェントがいた。
 アヤカシが一掃された途端、蛍たちも安心したのか、徐々に数を増していった。
 花見とは違った風情がある。
 薄緑に輝く、無数の蛍火。
 美しい蛍は夏の風物詩だとアルジェントは思う。
 この蛍を楽しみたい人たちが、祭の開催を待ち望んでいる。
 それを考えると、退治できてよかったと思えた。
「さて新入生、転入生の方々、宜しくお願いします。これはほんの気持ちですが」 
 アルジェントの差し入れはジャムや果物で飾ったふわふわの焼き菓子だ。
 宴会と聞いて万歳三唱していたネネは、自作した瑞々しい桃の寒天を切り分けていく。
 アズィーズは冷えた葛きりに黒蜜をそそぎ、新入生と転寮生から振舞い始めた。
「新しい人たちが増えて、玄武寮もますます賑やかですね。また一年、楽しい時が過ごせそうです」
「だなぁ」
 緋那岐は串に刺して炙った団子に甘しょっぱいタレを添えて順番に配る。
「ま、よろしくってコトで」 
 そこで緋那岐が我に返った。
「あれ? 一人足りなくない?」
 不在の十河はというと、討伐終了のお知らせとともに寺の取材に出かけていった。
 暑いのに取材魂は旺盛である。しばらくは帰ってこれまい。
「ま、そのうち戻ってくるよな。はいこれ、露草……だっけ? 隣の人は」
「きゃー! えーんかい! えーんかい! あ、青嵐さんのご飯は絶品なんですよ!」
 高揚した気持ちを抱え、露草はご飯を待っていた。
 隣人の手料理を賞賛しているが、自分は全く作っていないらしい。
 所謂食べる専門家なのだろう。
 御樹は「なんだか気恥ずかしいですね。たいしたものではありませんが」と前置きしつつも手料理差し入れた。旬の枝豆に、梅醤に胡瓜、葱、紫蘇を添えた冷奴、夏野菜の一夜漬け、そしてお酒が苦手な者用にと、手作り水羊羹が重箱から顔を出す。
「改めまして、青龍寮より転寮となりました。どうぞよろしくお願いいたします」
 マグスレードも盃を酌み交わしつつ挨拶に回る。
 多彩な食事に喜んでいたシャンピニオンが惣菜を一つつまんで、口へ放り込む。
「美味しそうな料理いっぱーい! 頑張った後は、ちょっと沢山食べてもいいよね」
 ワーレンベルギアはもとより、蛍を見ながら美味しい料理が食べられればいいな、と考えていたので、願いが叶って幸せそうな顔をしていた。
 その隣でヴェルトが蛍を見上げて艶やかに笑う。
「私ね。天儀に来てから『風流っていいなー』って思うようになったわよ」
 遠いジルベリアとは異なる環境。慣れない四季。しかし時を重ねれば見方も変わっていく。
 薄緑に輝く蛍を見上げて「綺麗じゃなー」とサンドラは頬を緩める。じー、っともの欲しげに見てアルジェントから分けてもらった菓子を口に含み、満面の笑顔を浮かべる。
「ごきげんですね?」
「嬉しいのじゃ、このように大勢と共に過ごすのも久しぶりなのでの」
 土御門は玄武寮の慌ただしさを肌で感じながらも、無事入寮でき、こうして食卓を囲みながら朱塗りの盃を傾けて「過ぎたるは尚、及ばざるが如し」と呟いた。
 丁度胃袋が膨らんできた頃、常磐がふいに川を下り、桶に水を組んできた。
「寿々、樹里……線香花火するか? 持って来たけど」
「線香花火! やりたいでする!」
 それまで寿々丸の頭にいた人妖の樹里が「やーるー!」と飛び立った瞬間、寿々丸の頭を蹴っていた。「ぶっ」と一言呻いて倒れた寿々丸を「おぃ大丈夫か?」と常磐が助け起こす。
「大丈夫でございまする」
 常磐たちは樹里と一緒に少し離れた場所でロウソクを立て始めた。
 蘆屋寮長に「ゴミは持って帰ってくださいよー」と釘を刺されつつ、炎を灯す。
 宴会の席から離れた場所で、緑の蛍火に混じって、緋色の炎がパチパチと音を立てて点滅し始めた。

 蛍が舞う夏の夜。
 こうして蛍火の歓迎会は、賑やかに幕を閉じた。