恵の調査書と誘拐事件
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/07/14 00:00



■オープニング本文

 五行の東地域は山脈に囲まれた湿地帯で、国内最大の穀物地帯として誉れ高い。
 が、いつしか魔の森が北と南から浸食を始めた。
 平穏を求めた人々は必然的に東区の中心に集まり、結陣行きの道には渡鳥山脈の横断を選ぶことになる。
 人口が集中する過程で発展した里。

 それが『白螺鈿』と呼ばれる大きな街だ。

 白螺鈿の名は元来の地名ではなく、数十年もの時間をかけて定着した呼称に過ぎない。現在の大地主である如彩家一族が彩陣から移住してきた際に『螺鈿のように輝ける里に生まれ変わろう』との期待をこめて名付けられた。
 期待の通りの里に造りかえる改革は決して容易ではない。
 数多くの反発が生まれては、結託した旧家と共に力技で沈められてきた。当然ながら『白螺鈿』が『白原平野』と呼ばれていた時代から存在する旧家の多くは、今も白螺鈿の街で静かに息づいている。

 如彩家長男の妻、恵の生家もそんな旧家の一つだった。


 榛葉家の書斎で仕事を終えた恵は、棚から書類の束を持ち出した。
 それは昨年末。
 恵が調べた如彩一家の身辺調査書類で、夫の兄弟達の状況が記載されていた。
 夫の名前は誉(ほまれ)といい、如彩の長男で、熾烈な後継者争いの真っ直中にいた。
 四兄弟の中で最も優れた者が後を継ぐ。
 しかし次男は後継者争いから離脱し、恵の頭を悩ませていた最有力候補の四男も消えた。

 四男は、夫の腹違いの弟。
 虎司馬が急死したのは、まだ桜が咲かない寒い日のことだった。

 故あって義弟の結婚式を中止した翌日、花婿は遺体で発見された。恵は遺体を見ていない。遺体を見たのは、夫の誉と、死んだ義弟の実の兄弟と……余命幾ばくもない義理の父。
 わずか三人だけだ。
 血塗れの書斎で発見された遺体は、首と胴体が離れていたというから、死化粧も意味をなさない有様だったに違いない。
 故人と同じ顔をした、封陣院の分室長だという陰陽師は、一家と同心に『病死として扱うように』告げたという。明らかに他殺にも関わらず『他の誰にも事実を口外してはならない』とも。

 しかし。

 そんな凄惨な状況を平然と許容できるほど、夫は精神が強靱ではない。
 どちらかと言えば、細い方だ。
 誉が妻にこの秘密を打ち明けたのも、仕事と私生活に異変が生じたからだった。恵も義弟が死んだのは、きっと自決で、自分が追いつめたせいだろうかと思っていただけに、ほっとする反面……夫の滅入った様子には困り果てた。
 結婚して一年未満。
 恵は、一回りも歳が違う夫の前で無邪気な乙女のように甘える生活に……終止符を打たねばならない状況を察し始めていた。
 今でさえ自分の商いの利益を、さりげなく夫に回している状況である。誉は昔ながらの義理堅い気性で真面目すぎる。旧家の叱責や嫌味も真に受ける為、自分よりも他者の都合を優先する。
 そうして心身を病んでいた。
 腹違いとはいえ、四男を頼れる弟して評価していた分、残虐な殺され方をした弟の死が、相当な悪影響を及ぼしているのは明らかだった。
 本音を言えば、夫の誉は地主に向かないのだろう。
 後継者争いで勝ってほしいと思う反面、自尊心と義務感を傷つけないように、さりげなく肩書きから解放してやるべきだと薄々気づいている。

 だから悩む。

 次男は失態、四男は他界。
 夫を思うなら、三男が後継者になるように仕向けなくてはならない。
 しかし問題の三男がどうにも……後継者争いに本気を出していない。恵の調査では三男は、可もなく不可もなく、つまり兄弟間の中で一切目立たない動き方をしていた。絶妙な手腕で中間を渡り歩いていたのである。
 これは果たして偶然か、意図的か。
 目論見が掴めない。

 もう一つ、恵が気になっている問題がある。
 調査書によると、他界した四男の虎司馬は『雲』という組織に出入りしていた。この組織、実態を把握できていないが、かなり大きな組織であるらしい。闇市は勿論、人身売買まで広く扱っていることが確認されている。

 裏組織を駆逐しようと四兄弟で力を合わせていたはずなのに、何故?

 そこで恵は内密に開拓者のシノビを雇い、密偵を差し向けた。
 すると、虎司馬が誰かの暗殺を依頼していた、という報告を受けた。物騒極まりない。
 しかし。
 問題の虎司馬は惨殺された。
 それが何を示すのか、恵には不可解でよく分からなかった。
 少なくとも依頼主が消えたのだから、暗殺については誰が標的であろうと、ご破算に違いない。
 そう踏んで、一度は考えるのをやめた。
 ところが、今度は三男が『雲』に出入りしていると報告を受けた。
 誰かを捜している様子だというが、放置はできない。
 動き方を考えていた矢先。

 問題の三男、幸弥が……誘拐されてしまったのである。


「だからね、幸弥の命が惜しければ100万文用意しろ、という手紙が夫の所に届いたの。指定の空き家に、一週間後の牛の刻、夫か次男に持たせて来いって。お金の重量が半端ないから、何人か運び人は許容範囲だとは思うけど」

 恵は開拓者ギルドに来ていた。
 あれこれ自分の悩みも呟いていたので話が脱線したが、今回は誘拐の件が主題だ。
 要求の100万文。
 町人の年収が7万8000文と考えると、かなりの大金である。
 しかし手渡し場所の指定はともかく、長男の誉か、次男の神楽で、と人物を指定するとは珍妙な手紙だ。
 二人ともどちらがいくか結論がでないらしい。
「でね、その屋敷って誰も住んでない屋敷なのは確かなんだけど、前の権利者は虎司馬なのよ」
「は?」

 恵曰く、約百メートル四方を、二十の土蔵が取り囲むその屋敷は昨年の調査書にある、虎司馬が取得していた物件の一つらしい。しかし虎司馬は死んだ。では如彩家の物件ではないのかと思ったが、別人に譲渡されたらしい。今の持ち主はというと……恵の部屋に忍び込み、昨年末に盗人として投獄された女中のキヨだったのだ。

「……何がどうなってる?」
「わかんないから話してるんじゃない。ともかく、普通の誘拐じゃない気がするのよね。あと『雲』とかに街の状況ついては……私が雇ってる『紫陽花』が詳しいから、そっちに聞いてね」
「はじめまして。紫陽花です。シノビの技、つかえます」
 ぺこん、と頭を垂れる利発そうな娘が現れた。
 挨拶を済ませると、恵に傅く。
 恵が誇らしげに話す。
「かわいいでしょ、紫陽花はすごく有能なのよ。白螺鈿の傍で農民を襲っていた豚鬼を、一撃で仕留めたの。元々流れの開拓者でね、仕えるべき主人を捜す旅の最中だっていうから、私の家に迎えたの。ねー」
 いいこ、と恵が紫陽花の頭を撫でる。
 頬を染める横顔も、やはり隙がないのはシノビだからだろうか。


 こうして恵は、運び人の警護と幸弥奪還を依頼した。


■参加者一覧
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
フィーナ・ウェンカー(ib0389
20歳・女・魔
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
桂杏(ib4111
21歳・女・シ
ジャリード(ib6682
20歳・男・砂
フレス(ib6696
11歳・女・ジ


■リプレイ本文

 開拓者と恵(iz0226)は応接室で待機していた。
 やがて恵の夫の如彩誉と次男の神楽が現れた。問題の三男は誘拐され、四男は他界している。
「恵、すまない。待たせたかな」
「いいの。あ、今回の誘拐で奪還を御願いした皆さんよ。何人か見覚えあるでしょう」
 恵が順番に紹介していく。
「こんにちは。お邪魔しております、錬金術師のフィーナです。皆様、よしなに」
 最期に挨拶したフィーナ・ウェンカー(ib0389)は依頼人を振り返った。
「それでは恵さん、身代金の受け渡しですが……皆さんと話し合いましたが、神楽さんに頼んでも宜しいでしょうか。いかがでしょう、神楽さん」
 こんな時でも女物を纏う神楽が、仕事の時より幾分か化粧の薄い顔で頷いた。
「わかったわ」
「誉さんは恵さんと共に待機をお願いします。恵さんの警護には紫陽花さんに当たって頂きます。それと……取引で不在の間に、誉さんに何かあっても困りますので、こちらからも護衛を残しておきます」
 ウェンカーが視線で示したのは、ジャリード(ib6682)とフレス(ib6696)だった。
 フレスが恵の手を握り、恵と誉を真剣に見つめる。
「恵姉さま、護衛頑張るから。紫陽花姉さまも宜しくなんだよ」
 にぱ、と微笑みかけながらヴィヌ・イシュタルで好印象を意識する。
 紫陽花と仲良くなりたいらしい。
 一方のジャリードは誉達に挨拶を済ませると、恵を見ては「……立派になって」と呟いていた。まるで親のような気分らしい。

 そして何故か筆談のジークリンデ(ib0258)が誉に、幸弥についてではなく、四男の遺体状態について熱心に尋ねた始めたので「弟の病死が、幸弥の誘拐に何の関係が?」と厳しい目つきで問い返された。
 如彩家は四男の惨殺事件を封陣院分室長に委任していたし、表向きは病死とするように強く口止めをされていた。他殺と知っているのは極一部の人間だ。誉も妻の恵にうち明けた程度に過ぎない。恵が開拓者達にうち明けたのは、何か解決に繋がればという思いであり、誉にできる話ではない。
 誉にしてみれば、どこから情報が漏れたのか。
 何故今、病死になっている弟の遺体状態について尋ねるのか。
 不信感しか募らない。
 諦めたジークリンデは恵に、以前投獄されたキヨのその後を尋ねたが「知らないわ」という言葉が返った。実際に面会にいく必要があるかもしれない。

 隣で桂杏(ib4111)が紫陽花の顔色を窺う。
「紫陽花さん、でしたか。よろしければ雲についてお教え願えませんでしょうか?」
 通称『雲』と呼ばれる裏組織について、気になる者は多い。
 桂杏は生前の虎司馬と雲の関係、幸弥と雲の接近についての心当たりを。フレスは街との関係が気になり、ジャリードは簡単に接触できる組織なのかどうかと、こちらの情報はどの程度掴まれているかを尋ね、フィーナは根城や拠点、商いを行っている場所や出入りをしている人物、などを尋ねた。

「虎司馬氏については、私が雇われてから彼が亡くなるまで、期間が短かったので詳しく存じません。ですが男性の仲介人を通して度々組織に接触していた事は確認しております。幸弥氏と雲の接触には、目的は不明ですが……今や雲の闇市は金を積めば大抵の物を調達しますので、街中に塒があり、若者や富裕層など、特定の分野に働きかける売人の姿も確認されています。気楽に接触しようと思えばできますね。情報や物のやりとりは、金と信用が全てでした。出入りの人物は莫大で……」

 曰く、ここ数年で影響力が増している。
 フィーナは恵を一瞥した。
「……では、恵さんの所で捕まったキヨさんは? 何か雲と関係がありますか?」
 キヨの持ち物となった屋敷での身代金受け渡しだ。
 関係ない訳がない。
「キヨとカヨの姉妹は元々『雲』の商品だったようです。女衒が雲所属だったことは確認が取れました。廓に売買予定だった所を、虎司馬氏が横槍で買われた。そして何故か屋敷の外に部屋を買い与え、生活費を渡し、普通の生活を与えた。彼の家に勤務していた奉公人達の間では美談です」
 話を聞いたフィーナが天井を仰ぐ。
「ねぇ……紫陽花さん。それらの情報、どのように入手されたのです?」
「え?」
「いえ、大したことではありませんけどね。私、他職の技にはさほど明るくありませんが……素晴らしい手際ですし、不謹慎かもしれませんが、どのような特別な技を使われたのか、少しばかり後学の為にも興味がございまして。ギルドでは転職もできますでしょう?」
 にこにこと向上心を見せつけながら、ウェンカーの瞳は笑っていなかった。
 便乗してフレスが紫陽花に煌めく眼差しを向けた。
「紫陽花姉さま、かっこいい! 紫陽花姉さま、若くて腕がいいから、何処で腕を磨いたかとっても気になるんだよ」
 ここでもヴィヌ・イシュタルを最大限に活用したので邪険にはされなかったが、流石に事件についてより紫陽花に強い興味を示したことには、不思議そうな顔を返された。
「私は先生から学んで……今回の調査も、友達に手伝ってもらったりしたから全て一人というわけでは……、技の為だけに転職を希望する人は……そんなに多いものなのですか?」
 紫陽花はギルド経由の仕事より、行き着いた街で仕事を探すことが多かったらしい。
 短期間で二度も三度も転職する人間の話を聞いて、なにやら思案していた。

 紫陽花を質問責めにしている面々を後目に、顔色が優れない神楽が気になった蓮 神音(ib2662)は、猫又を調査に走らせてから、神楽に深々と頭を下げた。
「例の調査の件、今まで報告しないでごめんなさい。幸弥さんを取り戻したらちゃんと報告するよ。その為にも協力して。前にも言ったよね。神音は二人に死んでほしくない。だからこの身に変えてもきっと守り抜くよ!」
「ありがとう。頼りにしてるわ。……情けないとこみせちゃって、ごめんなさいね」
 窶れた顔の神楽が微笑み、蓮の頬を撫でた。
「ううん。幸弥さんは、神音たちが、何があってもきっと助け出すよ! 信じて!」
 力強く訴えた。

 ジャリードはバダドサイトで周辺を見に出かけるという。
 見送りついでに恵達の元を離れたフレスは「色々と難しいことになっているし気になることも多いけど、まずは無事にこの誘拐事件を解決すること考えていきたいんだよ。……虎司馬兄さまって本当に亡くなったのかなぁ」等と呟いていた。
「さて、私のオモチャのために頑張るとしますか。雲のことはさておき、現地の調査でも致しましょう」
「フィーナ姉さまや桂杏姉さまも出かけるの? 気をつけてね」
「ええ。……必要悪だ、などと思いたくはありませんが、地主という地位に就く方にとっては、……は居てくれると便利な時もあるのでしょうね」
 桂杏が、後ろの廊下を振り返り、溜息を零す。
 意味深な呟きを零して出かけた。
「不可解な事件ですね。さて、真実を突き止めに参りましょう」
 ジークリンデは筆談で如彩兄弟の各家人に聞き込みに出かけたが、誘拐されたのは出先であり、誘拐された後は誰も幸弥の姿を見ていないという。

 一方、ウェンカーは、ふらりと指定された屋敷の所へ来ていた。
 部分的にムスタシュィルを展開し、侵入した人物がいるかを確認し始めた。
 桂杏も同じ屋敷に来ていた。人の気配や出入り有無が気になっている。出入り口付近では潜伏に最新の注意を払った。
 空き家なのに、複数の人の気配がした。
 同じく屋敷の偵察に来ていた猫又が桂杏と手分けして出入り口を窺った。明日の朝まで張り込みだ。


 約束の夜が来た。
 紫陽花とともに居残ったジャリードとフレスは、広い居間で時間を潰していた。
 外の見回りは、蓮の猫又がしている。
 フレスはジャリードから毒味の上で貰った飴箱を片手に、恵と紫陽花にべったりで、ジャリードは誉の話し相手を務めていた。誉にはジャリードが恵経由でムーンメダリオンを渡していたからか、昨日より幾分か落ち着きを見せていた。
 が、時々懐中時計を眺めている。
 恵の世話係であり傀儡の梨花がお茶を運んできた時に、さりげなく尋ねた。
「仕事か、何かだろうか」
「いや、こんな状態では仕事も手につかないさ。ただ……最近は物騒だから、それぞれに専属の護衛を一人、雇ってみようか……という話をしていたんだ。しかし開拓者を雇い続けるのは、資金面の問題が付きまとう。ごろつきは信用ならない。からくりは妻が試したが、高額で教育の手間がかかる。悩んでいたら、紫陽花が『自分と同郷で仕える主人を捜している友人を紹介しましょうか』と言ってくれたんだ」
 ジャリードは紫陽花を一瞥した。
 昨日今日と。
 長時間、フレスのヴィヌ・イシュタルを使われた紫陽花は、まるで姉妹のような接し方になっていた。
 長閑な光景を眺めて、誉が微かに微笑む。
「紫陽花には妻も信頼を置いているし、私も腕は勿論、金や名誉に全く囚われない誠実さには一目置いている。本当なら今日、紫陽花の紹介で相手と会う段取りをしていたんだが……幸弥が誘拐されて大騒ぎになってしまったし、昼夜関係なく働かせた紫陽花が、あんなに楽しそうなんだ。面会の約束を破った非礼は……待遇に変えることにするさ」
 要するに、私兵を雇う予定で段取りをしていたが、誘拐事件発生と仲介の紫陽花がフレスにべったりで予定が狂い、二人で会う約束が反故になってしまった、と。
 負担になる行動や発言は避けようと考えていたジャリードは、少し考えて助言した。
「その同郷とやらを好待遇で迎える、ということだろうか」
「まあ、大した額は出せないが」
「……それは結局、資金の問題に行き着くのではないか? ご存じかどうか知らないが、ギルドには無報酬でも危険な仕事を引き受ける、奇特な輩もいる。ダメ元で相談してみてはどうだろうか」
 そんな話をしながら部屋の片隅では、フレスと紫陽花が模擬戦でもするように剣戟の練習をしていた。職が違うと詳しいことまでは分からないが、確かに隙はつきにくい。
「紫陽花姉さま、つよーい」
 周囲に気を配りつつ、平和な時間が過ぎていった。


 一方、無数の人影蠢く屋敷では、神楽達が誘拐犯と退治していた。
「100万文、持ってきたわ。私の家族を……弟をかえして頂戴。ちゃんと連れてきてるんでしょうね?」
 神楽はウェンカーに言われたとおり、幸弥が連れてこられているかの確認を促した。
 桂杏はまずは穏やかな交渉を心がけるよう伝えていたし、ウェンカーも可憐な娘を装い大人しくしていた。蓮とジークリンデも、小間使いのように、お金を運び込んでいる。要求の100万文は、金や銀などで纏めず、全て少額貨幣である。数えるのが果てしなく億劫な身代金だが、この辺の発案はジークリンデだ。
「いるぜ。今はまだ、な。会わせてやってもいい」
 随分と余裕がある。
「その前に、だ。後ろの女達は……普通の女か?」
 桂杏達の心臓が跳ねた。
 もしや屋敷に内通者でもいるのだろうか、と様々な考えを働かせたが、神楽が言葉を選ぶ。
「ええそうよ。私好みの男の子やお店の子じゃ、護衛を連れてきたと思うでしょう? 私に敵意はないわ。弟をかえして欲しいだけ。この子達は奉公に来たばかりの優しい子達なの、乱暴はしないと約束して」
 男達は笑った。
「できねぇ相談だなぁ。生娘は高値で売れるんだ。ついでに……あんたは帰れないのさ」
 その時、桂杏が蓮の手を掴み、視線を送った。
 後方を一瞥する。
 蓮が後方に注意を向けた刹那、二本の刀を持った男が、音も立てずに降りてきた。
 刹那。
 渾身の一撃を打ち込まれた刀の男は、襖をまっぷたつに折りながら部屋の果てで倒れ伏した。
 間違いなく背骨が折れた手応えがした。
 立ち上がって襲ってくることは無い。
「神楽さんには指一本触れさせないよ!」
 蓮が吼えた。
 小柄な少女の恐るべき拳に、男達が呆然としている。
「可能な限り死者は出さない方向で行きましょう。死人からは情報を引き出せません」
 ウェンカーは恐ろしい言葉を並べ、ジークリンデは凍てついた瞳を向けた。
「要求に応じた相手を死角から狙うとは、随分と卑怯なやり方ですこと。それでしたら私にも考えがございましてよ」
 ジークリンデによる四連続のアムルリープは、瞬く間に屈強そうな男達を無効化した。
 三十秒しかもたないとはいえ、ごろつき相手ならば時間は充分。
 眠りについた無骨な男達を突破した桂杏の動きに、後方で安心しきっていた男達は対応しきれない。
 戦意を喪失させるには充分だった。
「普通の女じゃねぇ!」
「こんなに開拓者がいるなんて聞いてねぇぞ! 長男の女の所だけなんじゃ」
「ど、ど、どうします? これじゃ順番になんて浚ってけませんぜ。兄弟連中を順番に集めて搬送するなんてとても」
「カネは後だ! 先に例のボーズを連れて逃……」
「何処へ逃げようと言うのです? この私から逃げられると思うのですか? 愚かな」
 逃走しようとする男二人を、アイヴィーバインドで縛りあげた。
 二十秒とかからずに制圧した。
 その部屋だけは。
 意識を失った男達を桂杏が縛り上げる。
「土蔵が立ち並んでおり、人も物も隠し放題な屋敷。残党もいるはず。急いで幸弥さんを探してください。ここは私が」
 蓮やウェンカー達は、囚われの幸弥を探し始めた。


「……助かった」
「無事で良かったよぉ!」
 縄を解かれた如彩幸弥に飛びつく蓮。
 ジークリンデが「失礼いたします」と傍らに腰掛け、手を翳した。
「はい。大抵の傷や痣は元通りだと思いますが、不都合はございませんか?」
 ジークリンデのレ・リカルで負傷を元通りにして貰った幸弥は、憔悴した顔を皆に向けて、気丈に立ち上がり、背筋をのばして「ありがとう」と言った。
 食事も満足に与えられなかったのか、足下がおぼつかない。
「なぜ、雲の所へ出入りなどされたのです?」
 桂杏が問いかけた。
「雲に出入りするキヨちゃんを見つけて、後を追ったんだ。彼女は罪を犯して投獄されたけど、虎司馬兄さんが生前に多額の保釈金を払って、お姉さんの所に帰した。兄さんは、二人にとても目をかけてたんだ。けど、もう虎司馬兄さんはいないし、普通の生活に戻って欲しくて、説得できればと思ったけど、僕は隠れるのが下手で……」
「見つかって、縛られた?」
「うん。潜り込んで連れ戻すのは専門の人間に任せるべきだとは思ったけど……罪を犯してお金の力で無罪放免になった人間に、世間は厳しいかなと思って。でもやっぱり、キヨちゃんを探し出す前に失敗した……ダメだね、迷惑かけて。心配かけてごめん」

 こうして誘拐された幸弥は帰ってきた。
 事件の翌日、ウェンカーが妹キヨと姉カヨの長屋を尋ねたが、どうやら一昨日の夜に引き払っており、姉妹の行方は分からないということだった。