【玄武】進級&編入試験
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや難
参加人数: 16人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/17 01:23



■オープニング本文

【このシナリオは陰陽寮用シナリオです】

 此処は五行の首都、結陣。
 五行の陰陽四寮ではこの時期、進級試験と編入試験が行われる。
 陰陽四寮は国営の教育施設である。陰陽四寮出身の陰陽師で名を馳せた者はかなり多い。
 かの五行王の架茂 天禅(iz0021)も陰陽四寮の出身である。
 一方で厳しい規律と入寮試験、高額な学費などから、通える者は限られていた。
 寮は四つ。

 火行を司る、四神が朱雀を奉る寮。朱雀寮。
 水行を司る、四神が玄武を奉る寮。玄武寮。
 金行を司る、四神が白虎を奉る寮。白虎寮。
 木行を司る、四神が青龍を奉る寮。青龍寮。

 そして現在多忙を極める蘆屋 東雲(iz0218)が務めているのが『玄武寮』である。
 現在の玄武寮は『在寮生の進級試験』と『他寮生の編入試験』に大忙しだった。
 来月になれば入寮試験もまっている。

 休んでいる暇など無い。

 書類の束を抱えた玄武寮の寮長こと蘆屋東雲が、玄武寮の廊下を急いでいた。
「編入生との面談は今日でしたか」
 偶然、角ではち合わせた副寮長の狩野 柚子平(iz0216)が声をかける。
「ええ。一年生の進級試験は桂さんに任せてあります」
「そうですか。では私も実技試験の方に顔を出しますかね。……たしか冬のアレを作らせると言っていましたし」
 意味ありげに笑って寮長の後ろ姿を見送った。


 一方、玄武寮の一年生たちは、年に一度の進級試験に胃が痛くなっていた。
 初めての進級試験だ。担当官は昨年末から玄武寮の符術講師となった桂銅(カツラアカガネ)で、今年は筆記試験を数問にして、実技試験に重点を置くと言う。

「これから実技試験を始める」

 符術講師の桂銅が玄武寮の寮生一同の前に現れた。傍らで副寮長が様子を見ている。
 銅は二枚の符を掲げた。どちらの符にも玄武の黒い文様が描かれていた。
「注目。これは片方が良品、もう片方は不良品だ」
 見た目では区別できない。
 銅は傍らの副寮長に「頼む」と言って一枚を渡した。
 副寮長が符を持って念じると、玄武の文様が光輝き、ボッと火がついて燃え尽きた。寮生の一人が「発火符ですか?」と尋ねたが「違いますよ」と副寮長が答える。銅が肩を竦めた。
「今、狩野副寮長に実演してもらった符は、不良品だ」
 不良品の基準が分からない。
 発火符としては十分な性能だと、誰の目からも明らかだった。
 銅は残るもう一枚を副寮長に手渡す。再び念じると、今度は玄武の黒い文様が金色に光輝き……燃え尽きなかった。金色に輝いたまま何も起こらない。
「こっちは良品だ」
 ……不良品の間違いではないのだろうか?
 不審顔の寮生たち。符術講師の桂銅と玄武寮副寮長の狩野柚子平が笑った。
「そこのアナタ。コレを持ってみなさい」
 無造作に一名が選ばれて、光輝く符を受け取る。
「……え。あつ、い?」
 薄くて軽い符は、かなりの熱を帯びていた。
 部屋が騒がしくなる。
 符術講師の銅は「静かにー」と間延びした声を発した。
「この符は、俺が寒い冬に開発したもんだ。発火符と違って、燃え尽きない。約一時間くらい、熱を持ち続ける。いわゆる『簡易懐炉』ってとこだな。一定以上の練力を持った術者なら、極寒の冬でも丸一日は軽くのりきれる。なあ副寮長」
 銅が副寮長に話をふる。
「ええ、効力は折り紙付きですよ。今年、私も買わせて頂いたくらいです。……6000文きっちり取られましたが」
「ばーか、俺の符、タダで手に入ると思うなよ」
 副寮長は約一ヶ月程度の生活費を丸々取られたらしい。
 しかし重い防寒具いらずだ。

「本題に入るぞ。今回、みんなに未完成の符を仕上げてもらう」

 銅は三枚の符を掲げた。
「一人三枚渡す。これは殆ど完成しているが、最後に瘴封宝珠を置いて、一定量の瘴気を込めなければならない。力が足りなければ発動しないし、力を込めすぎれば発動した瞬間に燃え尽きる。微妙な力加減が必要だ」
 寮生達に符を三枚ずつ配って、瘴封宝珠を貸し出した。
「一枚成功したら10点。合計30点だ。二年に進級できた奴には、祝い代わりにこの符を与える」

 はじめ、と手を叩いた。玄武寮試験が始まる。


 + + +


■【筆記試験−陰陽師中級問題−】■

 回答を○か×で答えなさい。(1問10点/合計30点)
【1】術「瘴気回収」で場の瘴気を祓うことは可能か?
【2】術「傀儡操術」で死体や屍人をコントロール可能か?
【3】術「呪声」や「悲恋姫」で無機物もダメージを受けるか?(想定アヤカシ:岩人形)

■【実技試験−玄武寮進級試験−】■

 未完成の玄武符「黒天ノ光」を完成させる。
 使用可能枚数は1人3枚。1枚成功につき10点の成績を加算する。
(※5/10/15/20/25/30から数字を一つ選択)


 筆記試験30点、実技試験30点、過去一年の成績を40点とし、
 合計60点以上で二年生への進級を認める。



■【面接試験−玄武寮編入希望者対象問題−】■

 他寮より玄武寮へ編入を望む者には、玄武寮の寮長による面接が実施される。

 持ち時間は一人5分間。
 面接官は、筆記試験の答案用紙を持って面接に望むため、
 自己紹介は不要である。

 受験者は、玄武寮に入寮を認められた暁には、
 いかなる研究生活を送り、どのような貢献をしていきたいのか?
 将来の展望を語るべし。


■参加者一覧
/ 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 八嶋 双伍(ia2195) / 神咲 六花(ia8361) / ワーレンベルギア(ia8611) / ゼタル・マグスレード(ia9253) / ネネ(ib0892) / 寿々丸(ib3788) / 常磐(ib3792) / 東雲 雪(ib4105) / リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386) / 緋那岐(ib5664) / 十河 緋雨(ib6688) / シャンピニオン(ib7037) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / セレネー・アルジェント(ib7040


■リプレイ本文

 玄武寮の寮生達は、三枚の未完成な符と瘴封宝珠を手に、無駄話をやめて真剣な表情になった。一枚を創りあげるだけでも、相当な難関だ。三枚を仕上げて、符術の講師である桂銅の所へ持っていく。隣で副寮長の狩野 柚子平(iz0216)が様子をみていた。

 まず八嶋 双伍(ia2195)が仕上げた三枚を手に、銅の所へ向かった。
 この一年、決して怠けてはいない。大分マシになったはずだと思いつつも、進級には多少の不安がちらつく。全て失敗すれば、筆記で点数を稼がなければならない。無事に進級できるよう、精一杯に頑張った。二年の授業は受けたいし……そして懐炉の符は欲しい。
「あちっ!」
 銅の声で我に返る。一枚目は手に持てぬ高熱を放ち、端がぶすぶす焦げている。失敗だ。
 二枚目を持って念を込める。すると符は金色の光を放ち、温もりを持った。
「成功、ですか?」
「んー……いや。惜しい、かな。力の込め方は悪くない。手に持てるし、一見申し分ないが……足りないな。こいつだと一時間も持たない。正規品としては不合格だが、合格水準にはある、ってとこだ。10点はやれないが5点はやってもいい」
 そして三枚目は力が足りなすぎて、符は輝くことはなかった。
 八嶋の実技試験は5点である。筆記の重要性が増した。

 ワーレンベルギア(ia8611)は周囲をきょろきょろと見回した。同級生と比べると、力には余り自信がない。少し強めに込めるくらいが丁度良いのかもしれない、と考えた。
「……き、緊張しますね。……うまくできているでしょうか……?」
「そりゃー、やってみないと分からないな」
 符術の講師、桂銅がワーレンベルギアの持ってきた符に力を込める。すると一枚目の符は、所謂『惜しい』符となった。効果時間が一時間持たない正規品にできない類だが、センスは悪くない、という状態だ。ワーレンベルギアは一枚目の符で、5点獲得した。
 祈るような気持ちで残りを眺める。二枚目の符が金色に輝いた。
 申し分ない温もりを放ち、符は何処も焦げていない。銅が「ピュゥ」と口笛を吹いた。
「文句無しの出来だな。おめでとう、成功だ」
 わぁ、と歓声があがった。
 ワーレンベルギアの頬が嬉しさで薄紅に染まる。
 しかし喜んだのも束の間で、三枚目はひどい高熱を放って、ぶすぶすと焦げていた。
 ワーレンベルギアの実技試験は15点である。

 ネネ(ib0892)はとても落ち着きがなかった。
 図書館に通ったし、勉強も頑張った。試験が終われば、食堂のおばちゃんたちに、美味しい物を目一杯食べさせてもらえる。ご褒美が待っているのだ。だから気合いを入れ直す。
「……そうして、実力を、手に入れるんです。桂先生、御願いします!」
 ずびし、と渡された符の束に戸惑う。桂銅はネネの気迫にたじろぎつつ念を込めた。
 一枚目。輝いたが、全く熱を発しない。失敗した。
 二枚目。銅が「あちぃ!」と叫んで符を放り出した。端がぶすぶす焦げていた。失敗だ。
 拝み倒したい三枚目は、所謂『惜しい』符だった。効果が正規品ほど持続しない。
 ネネの実技試験は5点となった。

 寿々丸(ib3788)は緊張した面もちで、符の上に瘴封宝珠を置いた。
「一年の成果でするか……力の限り、頑張りまする!」
 握り拳の決意の所為か、一枚目は『惜しい』符ができあがった。一枚目から5点とは幸先が良い。しかし喜びも束の間、二枚目は光って終了。三枚目は、ぼひゅっ、と音を立てて燃え上がってしまった。きっと気合いが入りすぎたに違いない。
 寿々丸の実技試験は5点となった。

 常磐(ib3792)は一度手を止めて、ぼんやりと窓の外を眺めた。青く澄んだ空がみえる。鳥のさえずりが聞こえ、木々には緑が茂っていた。もう試験の時期なんだなぁ、と頭の片隅で考える。
「少しは、前に進んでるよな……」
 きっと前に進んでいる。そう信じたい。
 緊張した表情で符の上に瘴封宝珠を置くと、力を込めた。初めての作業でコツが掴めないが、一枚目はこれと決めた量にして、二枚目と三枚目は瘴気の量を加減した。すると。
「うお!」
 符術の講師、桂銅が驚きの声を発した。なんと常磐は一枚目にして、正規品と寸分違わぬ成功品を創りあげていたのである。周囲が歓声を贈った。だが一方の常磐は青ざめた。
 直感の一枚目が文句なしに成功した。つまり二枚目と三枚目は……失敗する。
「……うーん、まだ不安定ってとこかな」
 銅の声に、常磐が顔を覆う。二枚目は光もせず、三枚目は燃え上がった。最初の直感と手応えを信じていれば……、と後悔しつつ、常磐は実技試験が10点になった事を悟った。

 東雲 雪(ib4105)は荒い息をしていた。肩が激しく揺れる。そう、実は滑り込みで試験開始時間に間に合ったので、試験がどーたら以前に、空気が欲しい状態だった。
「あ、あっぶなー……危うく試験に遅れるとこだったのですよ。ま、間に合って良かったです。さ、実技試験、実技試験」
 雪は手早く創りあげた符を提出した。陰陽術には自信がある。それ相応の成果が出せるように技術を磨いてきた。だがしかし、目の前で成果と成績が分かるというのは緊張する。
 一枚目の符は、輝いた。だがしかし、いつまで経っても熱をもたない。失敗だ。
 自信が少し揺らぐ。食い入るように見つめた二枚目は『惜しい』符となり、5点を得た。
 そして最期の三枚目は、成功した。金色に輝き、熱を発している。
「惜しかったのですよー、でも幸先がいいのですよ」
 雪の実技試験は15点となった。

 別の意味で遅刻しかけた緋那岐(ib5664)は、ぜーぜーと息を吐きながらも深呼吸を繰り返し、無心になれるよう目を瞑って念じた。今は実技試験が重要だ。そして三枚の符を仕上げると、符術の講師の桂銅に提出した。
 一枚目は光り輝き熱を持った。しかし、正規品と違って効力が持続しなかった。『惜しい』符である。つまり5点だ。
 二枚目は、完璧な符を仕上げて見せた。少しずつ瘴気を調節した甲斐があったというものだ。だがしかし、三枚目は高熱を放ち、符の端がぶすぶすと焦げてゆく。失敗だ。
 緋那岐の実技試験は15点となった。

 そして十河 緋雨(ib6688)は散々悩んで、悩みすぎて。
「うーん、一日の練力使用量、二日目、三日目……妥当なのはこのくらい、かな」
 うっかり普段の『練力』を込める要領で『瘴気』を込めてしまった。
 未完成の符の上に置かれたのは『練力宝珠』ではなく『瘴封宝珠』である。
 そしてこの試験は『練力』を込めるのではなく『瘴気』を込める試験に他ならない。
 十河の一度思いこむと疑わない気質は、ここでも遺憾なく発揮されてしまい、符術の講師と副寮長の言葉を曲解してしまった為に、瘴気を込める量が全く足りなかった。
 一枚目、二枚目、三枚目……と符は輝いただけで、熱を持つことすらなく終了した。
 十河の実技試験は0点である。後が無くなり、成績の危険を感じた十河だった。

 シャンピニオン(ib7037)は妙に口数が多くなっていた。
 符を一から作るのではなく仕上げるだけだ。とても簡単そうに思える。しかし、仲間の中で一枚以上、完成させた者はいない。むしろ『惜しい』符を作るか、失敗するか、二つに一つだ。その上、全滅……という光景を目撃してしまうと、心臓によろしくない。
 しかし符の鬼才と誉れ高い桂銅の符については『流石だなぁ』とぼんやり考えていた。
 中身がアレな噂は、この際、横に置いておく。
「最初は……ちょっと加減して、中くらいで瘴気を込めてみようかな」
 シャンピニオンは、しっかりと瘴気を込めて、提出した。
 一枚目。符は輝いたが、熱を持つことなく終了した。失敗である。
 二枚目。符は金色に輝き、高い熱を発したが……手で持てない高熱になり、端がぶすぶす焦げ始めた。失敗した。
 祈るような三枚目で、完璧な符を仕上げることに成功した。
「やったあ! 10点〜〜……夏に向けて冷気を保存できる符とかも作れたらいいねぇ」
 じ、と熱い符を眺める。冬に欲しかった。むしろ夏は冷たくなって欲しい。必要は発明の母なのだと、ぼんやり悟ったシャンピニオンがいた。

 そして全く同じ事を考えていたのが、リオーレ・アズィーズ(ib7038)である。
「これから先の気候を考えると、出来れば暖かい符ではなく涼しい符の方が良かったのですが……は!」
 そこでアズィーズは考える。
 欲しいなら作ればいい。しかし、自分が作るには年単位で時間がかかるだろう。
 構造の勉強だってまだなのだ。だが目の前に、符術『だけ』は有能な講師がいる。そして講師の弱みを知っている今……相手に開発させた方が手っ取り早い、というものだ。
 後で恋人の話をネタに、涼しい符の開発を促そう、と考えつつ、符を仕上げて提出する。
 一枚目。符は見た目は正規品と変わらなかったが、効果が持続しなかった。惜しい。
 二枚目。やはり込める量を調整した所為だろうか。今度は完璧な符を仕上げて見せた。
 そして三枚目は……ぶすぶすと焦げていく。失敗した。
 アズィーズの実技試験は15点となった。

 セレネー・アルジェント(ib7040)は符術の講師である桂銅が創り出した符を眺めながら、様々な願望に浸っていた。
「アカガネさんの開発した符、素晴らしいですわね。次は是非、涼しい符を私も開発してみたく。さあ試験、試験」
 新しい符を作り出せれば、それは充分に一つの研究に値する。涼しい符、名前を付けるとしたら『青光符』だろうか。既に人魂という術があることだし、暗闇でも本が読める視力を付与できる符を作り出せたら、自分にとっては正にこの世の春、憂鬱な夜が本の楽園に変わる……などなど、正に願望を叶える為の研究が、いくつも脳裏をよぎった。
 そして気合いの一枚目。アルジェントの情熱の固まりは、華々しく燃えた。失敗だ。
 二枚目は見た目こそ正規品と変わらなかったが、効果が持続しなかった。惜しい。
 三枚目は、光り輝いただけで熱を発しなかった。
 アルジェントの実技試験は5点となった。

 そしてリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は……ひじょーに遅れて、実技試験の会場に駆け込んできた。
 どうやら筆記試験の会場と、間違えたらしい。いつまで経っても誰も来ないので、不審に思い、改めて試験の案内を見直して……筆記試験と実技試験の場所が『真逆』であることに気づいた。注意力の欠如を恨みながら全力で走ってきたと、そういう経緯である。
『さぁて、留年しちゃわないように頑張りますか』
 などと、数分前まで気合い込めて席に座っていたのに、完全に出鼻を挫かれている。
 筆記試験と実技試験の会場を見間違えてしまった事には変わりないが、ヴェルトは無事に試験を受けることができた。遅刻した代償は、減点2点である。
 ヴェルトも焦ったのだろう。一枚目と二枚目は、跡形もなく燃え尽きた。
 三枚目は効力が持続しない所謂『惜しい』符となり、5点を獲得したが……遅刻の減点で、実技試験の成績は実質3点となった。ぐったりと机に突っ伏す。
「……凄く、疲れたわ。流石に符の製作は難しいわねぇ……でもこれ、応用すれば簡易水枕とか氷枕も作れるんじゃないかしら。これからの季節だとむしろそっちが良かったわね」
 苦笑を零しながらも、シャンピニオン達と同じく、新しい符を考えたりする所は誰よりも真面目である。

 符術の講師、桂銅が手を叩く。
「よし。みんな終わったな。実技はなかなか好成績だが……瘴気の力が足りなくても、力を込めすぎてもだめだ……ってのが、結構、答えを言ってるようなもんだったか。まあいい。次は筆記試験だ。進級したら、こいつを進級祝いに贈るとしよう」
 玄武寮の寮生達は、ぞろぞろと会場を後にする。


 余談であるが。
 試験場所の見間違いをしたのは、実はヴェルトだけではなく、緋那岐も一度見間違ったらしい。実技試験の開始一時間前に気づいて、慌てて全力で走ったそうだ。
「もう、なんで教えてくれないのよ」
 筆記試験会場までの移動中、ヴェルトが緋那岐と話していた。
「いや、こっちもやばかったんだって。俺もうっかりするところだった。寮の掲示板と、告知用紙の掲載順序が逆なのは、ひっかけなのかと思ったくらいで……いや、これは誰かの陰謀だ!」
 まさかそんな所で、普段の注意力を試されてるなんて誰も思わない。
 それはさておき。
 試験の告知を作成した奴は表に出ろ、とか。放課後職員室へこい、とか。色々思ったのは胸にしまいつつ、緋那岐は輝く汗を拭う。
「いやー、これで進級できなかったら、人間やめようと思った。……いや、冗談だって」
「間に合ったからいいじゃない。ほんと……二時間前に戻りたいわ」
 この後も、ヴェルトは別の意味で、遅刻の減点に悩まされることになる。
 ところで。
 寿々丸は耳がぺっとりと垂れ下がり「はふ、試験は緊張しまする〜」と呻きながら足取りが重かった。
「けど、去年よりは気が楽だな」
 首を軽く鳴らす。親友の言葉に驚き、感心するような眼差しをした寿々丸は拳を握った。
「でも、常磐殿と一緒に二年生になりまするぞっ。頑張りまする!」
「そうだな。俺も一緒に二年になりたい。頑張ろうな」
 試験が終わったらお茶にしたいな、なんて頭の片隅で考えていた。
 同じように、試験が終わったらお茶や会食を提案していたのがアルジェントである。
「……では、試験の後にご予定がない方は、是非食堂へ。それにしても二年生、ですか。この一年の評価を受ける時。更なる研究を目指す為。何とか進級したい所ですわね」
 同じ寮生達の話を小耳に話しながら、アルジェントはアズィーズに話しかける。
 アズィーズは……気合いが入っていた。
「そうです! 愛慕(仮名)製作のためにも、こころゆくまでレアリティの高い陰陽術資料を濫読して堪能するのためにも、ここで立ち止まっている訳には行きません、がんばりましょう。目指せ、自立型人魂と書物に囲まれた楽園生活!」
 夢はおっきく。
 語るだけなら自由だ。
 賑やかな声を聞きつつ、八嶋 双伍がぼんやりと庭を眺める。
「……あれから、もう1年ですか。色々な事件があって、忙しくも楽しい毎日でしたね」
 あっという間に通り過ぎた一年だった。そう思い返しつつも、頭の片隅で暴走したとされる人妖イサナを、早くなんとかしてやりたいという思いがよぎる。
 やがて筆記試験の会場にたどり着いた。
 不安そうな顔をするワーレンベルギアや、筆記試験を失敗すると後がない十河などは取材云々を考えている余裕もなくなり、顔色が優れない者もいたが、こうしてシャンピニオンやネネ達の筆記試験は静かに始まった。


 そして筆記試験で全問正解を果たしたのは、八嶋 双伍とリーゼロッテ・ヴェルト、シャンピニオンとセレネー・アルジェントの僅か四名だけであった。
 皆が悩まされたのは第三問目で、単なる無機物には勿論のこと効果はないのだが、一見無機物に見える或いは無機物が元となるアヤカシ、今回の試験では『岩人形』が想定されたが、試験後、実際に囚われの岩人形……曰く、研究が終了して処分する予定だったアヤカシのいる隔離施設に連れて行かれた玄武寮の寮生達は、目の前で岩人形には効果があることを見ることになった。
 第一問と第二問は、共に『×』であり、第三問だけを間違った玄武寮の寮生はネネと寿々丸、常磐と雪、緋那岐と十河、アズィーズの7名で、ワーレンベルギアは第二問目のみ正解という結果になった。
 玄武寮の進級試験は終了した。
 結果は実技試験と筆記試験、そして過去一年間の授業成績を加算して発表されるという。


 時は少しばかり巻き戻り。
 玄武寮の寮生達が進級試験に呻き声をあげている頃、編入生の試験を担当していたのは寮長の蘆屋 東雲(iz0218)であった。


「どうぞ」
 促されて入室したのは、青龍寮の二年生、露草(ia1350)である。
 露草が着席した後に、寮長は二枚の書類を持ち出した。
 一枚は青龍寮在籍地の成績、もう一枚は、希望者が受けた『玄武寮の進級試験』である。編入生は筆記試験が免除されていたが、今年の編入生は全員筆記を受けていた。
 寮長が書類から目を離す。
「露草さん……で間違いありませんね。第三問以外は正解でしたよ。論述で純粋な無機物には効果がないことは理解しているようですから、後一歩といったところでしょうか。成績に直せば30点中25点。二年生の筆記試験進級水準を満たしていますね」
 ごきゅん、と露草が息を呑む。
「それでは面接を始めましょうか。あなたの考えを聞かせてください」
 露草が寮長を見据えて告げた。
「私が行いたいのは『符の強化』です。異素材を使う事に寄る丈夫さ、文字の保持、また持ち歩きの利便性を。現在の符は隠し持つに最適ですが、さらにその上をまた異素材によるなんらかの素質変化が無いか。『使える』ものを作り出したく思います。使用というだけではなく、便利なものという意味で」
「ふむ……符の延長線上で、実用性のある新しい呪具を、といった所でしょうかね」
 寮長がさらさらと文字を書いていく。後日連絡すると言われ、試験は終わった。


 二人目の御樹青嵐(ia1669)は待合室から青龍寮の方向を眺めていた。
 多少の心残りはあるが、上を目指す以上、立ち止まることはできない。心機一転して新たな場所で学び直そうと決意を固めていた。
 露草と入れ替わるように面接室に入ると、やはり青龍寮在籍時の成績と希望で受けた筆記試験の成績について話があった。
 露草と同じく第三問以外は正解である。
 そして玄武寮で行っていきたい研究議題について問われた。
「術式の複合による相乗効果、複数の術士の協力による他種または同種の術の連携による効果についての研究。直接的な術式の複合効果を中心に、戦闘もしくはその他の状況下における術使用の組み立て方、いわば戦術論といった領域に踏み込んでの研究となります。当面は陰陽師の術の連携を主と考えますが将来的には他の職の方のスキルとの組み合わせも視野に収めより効率的な術式の運営を目指していきます」 
 息継ぎしないで話しきった。やり遂げた。
 寮長が難しい顔をしている。
「……戦いの中に身を置く陰陽師達向けの研究、という所でしょうか。研究過程は勿論、なかなか使い所が難しい内容になりそうですね。白虎寮が現役なら、きっとそちらの寮長が『是非に』と言いそうです」
 ぱたん、と書類を閉じた。
「陰陽寮で学ぶ間に、複数の術者による複合術を創り出すのは、まず不可能でしょう。もっと高度な技術を習得する必要があります。それこそ人妖の形成が易々とできるくらいに」
 寮長は眼鏡を外した。
「ですから複合術を陰陽寮の卒業研究にするのは、余りオススメできません。道のりが長すぎる。大きな目標を掲げるのは勿論、方向性は悪くありませんが、……もっと足下の、手が届く所から探っていった方が……実現の可能性は探れるでしょうね。例えば、既存の陰陽術は効果が短いもの、持続できない術も多い。術者同士の複合術研究を始める前に、まずは術者一人で出来る、複合術の基盤となる成功例を作るのが先になるでしょう」
 寮長は眼鏡を磨いてかけ直した。
「それでも、複数の術者や他職との複合術を編み出そうという考え方には、目を見張るものがあります。実現できれば国家や外交にも有益な研究になるでしょう。しかし……あなたの目指す場所は、とても遠い。大きな目標を叶える為には、果てのない石段を一歩ずつ上がる、地道な努力と覚悟が必要です」
 御樹は「覚悟は、しています」と答えた。寮長が微笑む。結果は後日のようだ。


 三人目は青龍寮のゼタル・マグスレード(ia9253)である。
 マグスレートは希望試験も満点という成果を叩き出した。
 研究議題について尋ねられると、マグスレードは姿勢を正した。
「アヤカシの生態と分類、歴史との相関について。多種多様且つ環境に合わせ進化適合、特化さえするアヤカシへの興味は予てより尽きず。そ起源とは、瘴気とは、人間等生物との関係は如何なるものか。各地のアヤカシを系統立てると共に、魔の森を繁茂させる大アヤカシとの繋がりや指令系統、生息範囲などを整理、歴史や土地との関係性も含め調査・研究をしたい。魔の森を祓おうとする国の動きがある今、将来的に冥越八禍衆をはじめ、強大な力を持つアヤカシへの備えとなればと考える」
 淡々と話した。寮長が唸る。
「……近い将来、必要とされる研究には違いないでしょうね」
 意味深な呟きを残して「結果は後日伝えます」と寮長は告げた。


 そして数日後。
 玄武寮の掲示板は勿論、各寮生宛に、進級試験や編入試験の結果が通知された。



■陰陽寮『玄武寮』進級試験〜成績別合格者一覧〜■ 

 【主席合格者】シャンピニオン/80点 

 【2】八嶋 双伍/75点 
 【2】東雲 雪/75点 
 【2】緋那岐/75点 
 【2】リオーレ・アズィーズ/75点 
 【2】セレネー・アルジェント/75点 
 【7】リーゼロッテ・ヴェルト/73点
 【8】常磐/70点 
 【9】寿々丸/65点 
 【9】ネネ/65点 
 【9】ワーレンベルギア/65点 
 【10】十河 緋雨/60点

 以上、十二名の者に、実り豊かな一年であることを願う。

※新学期の授業料納付については、追って告知する。


■編入合格者 
※以下に記載する者は、将来性が有望視され、他寮からの編入資格を特別許可されるものである。

 【1】ゼタル・マグスレード
 【2】露草
 【3】御樹青嵐


■留年した者への告知

 進級試験を受けなかった者、成績が足りなかった者は、進級資格を有さない。

 従って、資格を満たすまで一年間の在籍猶予を与える。

 事務所へ次年度の授業料二万文を納付し、勉学に励むべし。また半年の期限内に授業料の納付が認められない者は、入寮資格が取り消されるので注意されたし。