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■オープニング本文 ここに一人の奥方がいらっしゃる。 名前は恵(iz0226)。姓は如彩、旧姓は榛葉という。 彼女は五行の東地域にある白螺鈿から、遙々神楽の都へやってきた。 何故かというと、噂に聞く『からくり』を買い入れる為である。 からくりとは 心を持った不思議な人形たちを意味する。 外見は人と殆ど変わらないが、肌は冷たい陶器のような質感で、関節部が球体などで構成されており、どの個体も身体の一部に刺青のような模様が入っていた。 そして一度目覚めさせると、主人に忠誠と献身の限りを尽くすという。 人間と変わらぬ思考力や感情を備え、コアとでも呼ぶべき宝珠を持ち、それが破壊されない限りは、いかなる損傷も修復が可能だと言われている。 味覚を持たないわけではないが食事は不要で、痛みも感じない。 必要なのは休息だけ。 そんな『からくり』の話を聞いた恵は、自分にとって理想的な傍仕えになると判断した。 絶対的な信頼が置けて、コストもかからない。 豪商でもある恵は大金を叩いて『からくり』を買い入れた。 が、問題はその後だった。 「……どーしよう」 からくりは万能ではない。 まず、眠っているからくりには、首輪や腕輪など、何らかの拘束具を身体の一部に装着しており、この拘束具外すことで起動するらしい。確かに拘束具には小さな鍵穴があり、ここに鍵を差し込んで廻すことで拘束具が外れるであろうことは分かった。 だがしかし。 『からくりは目覚めて最初に見た人間を主人と思いこむんでさぁ。雛のすり込みみたいなもんです。あ、そうそう……最初は頭がカラッポなんで、常識も何にも分かりゃしません。早くて一ヶ月、遅くとも四ヶ月くらいの教育は必要になりますぜ』 まるで子育てだ。 こうして買い入れてすぐ持ち帰る訳にはいかなくなった。 かといって。 目覚めさせた後の教育をしくじると、後が厄介になりそうな気もする。 そこで恵は考えた。 借宿の傍では近く祭もあると聞いた。 同じように、からくりを抱えて目覚めさせる前の者を集めてみれば、教育もうまくいくかもしれないと。 |
■参加者一覧
斑鳩(ia1002)
19歳・女・巫
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
ネネ(ib0892)
15歳・女・陰
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
シャンピニオン(ib7037)
14歳・女・陰
三条院真尋(ib7824)
28歳・男・砂
大城・博志(ib7903)
30歳・男・魔 |
■リプレイ本文 宿へ到着した三条院真尋(ib7824)は、恵(iz0226)を見かけて声をかけた。 「恵さん、お誘い感謝よ。そして……皆さんと一緒に試行錯誤できる機会があって嬉しいわ。宜しくね」 後方から慌ただしい足音が響く。 「おまたせしましたぁ。からくりは……もう届いてますね。えと、依頼人さんは」 到着した礼野 真夢紀(ia1144)も、恵へ挨拶をする。 傍らの斑鳩(ia1002)は、機能停止中のからくり達を見下ろした。 「からくりさんって不思議ですよねぇ。細部の違いこそあれ、人間そっくりですし」 「……これが『からくり』ですか。古代の技術には驚かされますね」 フレイア(ib0257)も斑鳩の後ろから覗き込む。 三条院がからくりに触れた。 冷えた陶器に似た固い質感だ。 「からくりって性別はどこで見分けるのかしら。やっぱり顔立ちや胸? この子、中性的な顔立ちで胸も……迷うわね」 悩む三条院。 元々造られた『からくり』に性差など無意味に等しいので、大人や子供、男性や女性を模して造られているに過ぎない。 所有者の意志一つだ。 今日初めてじっくりと『からくり』を見る者が多い。 シャンピニオン(ib7037)は「今日は僕たちが出会った記念日だね!」と眠る『からくり』に語りかける。 「出会いは正に運命、だよね! 目覚めさせる王子様は僕だけどね!」 そしてネネ(ib0892)は「大きいお人形さん」と呟き、喜びにぷるぷる震えていた。 今日から労苦を共にする朋友になる……はずだ。 教育が上手くいけば、の話だが。 大城・博志(ib7903)も「入手まで大変だったなぁ」と試練に挑み続けた日々を思いつつ、喜びに浸っていた。 依頼人と知人関係にあるエラト(ib5623)は、挨拶もそこそこにからくりの運搬を手伝う。 そして斑鳩達の会話を聞いて「そういえば」と何かを思いだした。 「からくりは、一番最初に見た相手を主人と認識するとか。恵さん。ついたて等、視界を遮る物の用意をお願いできますか?」 「ええ。みんな中に入って」 恵達は借りた大広間へと向かう。 大広間に並べられたからくり達を前に、三条院は「そういえば」と仲間を見た。 「起動する前に一つ。皆さん名前もうお決まりかしら」 ネネが「お名前はリュリュです!」と手を挙げた。 「ある地域の言葉で月を意味する『リュンヌ』が元ですが、発音的しにくいから愛称で!」 三条院が「月の呼称は素敵ね」と返すと、ネネは照れた。 「ありがとうございます。お淑やか系になるといいなぁ……とは思うのですけども、こればかりはどきどきです。……えーと、おはようございまーす」 恐る恐る拘束具に鍵を差し込む。 輝く銀髪に紫の瞳をしたからくりが、ネネを凝視した。 「おは、よ。ごしゅじん、さま、の、なまえ、は? わたし、の、しごと、は?」 お淑やかを望んでみたが……気が強く育ちそうな気がしたネネだった。 斑鳩は鍵を握りしめて、からくりの傍らに座った。 んー、と唸りながら天井を見上げる。 「命名が最大の問題ですね」 斑鳩は何故か、周囲から『命名センスがない』と言われているらしい。他人に指摘されると、気になってしまうのが人の性だ。 斑鳩は必死に考えた。 時々からくりを一瞥する。 親近感を覚えて選んだ個体は、自分によく似ている気がした。 「……この子、なんか他人という気がしませんね! んー……、名前……、からくり……、からくり……、かたくり……、あさつき……、やまいも……、ぜんまい……、わらび……」 空腹なのだろうか。 「はっ! ひらめきました、この子の名前はわらび! わらびちゃんにしましょう! 我ながら美味しそうで素敵な名前です!」 迷いはない。 斑鳩は、拘束具に鍵を差し込んだ。 目覚めたからくりに「おはようございます、わらびちゃん」と輝く笑顔を向けた。 エラトが拘束具を外すと、からくりはエラトだけを見ていた。 「お、なまえ、を。ごしゅじん、さま」 「私の名前はエラトです」 「ごしゅじん、さま、は……えらと、さま、ですか?」 「はい、そうです。そして……今日から、貴方の名前は『庚』です」 「わたし、の、なまえ、は、かのえ」 頭が前に傾く。頷いた。 無機質な表情に、笑みが浮かんだ気がした。 深呼吸した礼野は、固く冷たいからくりの手を握る。 そのまま拘束具に鍵を差し込んだ。 音をたてて動き出す。 上体を起こし、手を握る礼野を虚ろに見た。 「ごしゅじん、さま? はじめ、まして……ごしゅじん、さま!」 白い兎を彷彿とさせるからくりが、首を傾けて主人を見つめる。 礼野は一瞬だけ戸惑った顔をした。 だが純粋な好意を向ける存在に語りかけていく。 「はじめまして、しらさぎ。あたしの名前は礼野 真夢紀。これからよろしくね。まゆの事は『真夢紀』って呼んで頂戴」 「はい、まゆき」 赤い瞳のからくりは、素直に首を縦に振った。 フレイアは「さて」と呟き、ヴェールで顔を覆った金髪のからくりを見下ろす。 故人の様な装いをさせているが、これには、からくりに影武者をかねた護衛になってもらいたい、というフレイアなりの理由があった。 だが教育しなければ護衛にならない。 「どちらにせよ……立派な淑女に育てて差し上げねばなりませんね」 拘束具に鍵を差し込んだ。 動き出したからくりが、球体関節を動かして起きあがると、もがき始めた。 視界が悪い為だろう。 ヴェールを剥ぎ取ると、氷蒼色の瞳があった。 「わたし、の、ごしゅじん、さま、は、あなた、ですか?」 「いけませんよ。ヴァナディース。あなたはヴェールを身に纏って暮らすのです」 「これ、まとう……きる、くらす。はい。ごしゅじん、さま。わたし、の、なまえ、は」 「ヴァナディースです。発音できるようになりましょうね。私の名はフレイア。私のことは『マスター』とお呼びなさい。あなたには言葉遣い、社会の一般教育、対処法、淑女としての優雅さに、知識や作法はもちろん、護身術まで全て体得して頂きます」 「……わたしは、ヴぁなデぃーす、なのです、ね。ごしゅじんさま、は、ますたぁ」 頭を抱えるフレイアは「最初はこんなものなのでしょうね」と呟きを零す。 ヴァナディースには、厳しい教育が待っていそうだ。 シャンピニオンは精悍な顔立ちをした、壮年の男性型からくりの隣に座った。 自分よりも背が高く、オールバックに流した銀髪は、記憶の中の父親を彷彿とさせる。拘束具から解放されたからくりは「ごしゅじん、の、おなまえ、は?」と渋い声で訊ねてきた。 「おはよう、そして初めまして。僕はシャンピニオン。まずは、君に名前を贈らせて? フェンネル。未知数の君に捧げる名前。これからはずっと一緒だよ」 「わたし、の、な、は、ふぇんねる」 辿々しい言葉遣いも、やがて滑らかになる日が来る。 まだ見ぬ未来が楽しみだった。 皆が起動する様子を見守り続けた三条院の番が来た。 金髪に紫の瞳。からくりに贈る名前を決めて、緊張しながら鍵を差し込み拘束具を外す。 「お、なまえ、を。ごしゅじん、さま」 「私は三条院真尋よ。あなたの名前は、香流にするわ」 「ごしゅじん、さま、は、さんじょういんまひろ、さま。わたし、の、なまえが、かおる」 「そうよ。響きが気に入ってるの。水の流れのようにしなやかにあるがままに。でもその香は残る、そういう子になるように。私の目指す生き方でもあるわね。これから宜しくね」 名は体を現す。 願いを込めて与えられた名前を反芻しながら、からくりは三条院の手を握った。 真剣な表情の大城は、延々と何かを呟いていた。 「何となく背徳感を覚えるのは気のせいだろうか? コレはアレか? 傀儡に魂を込めるという行為に対して抱くアレなのか? いやいや、そんな事より、名前だ」 そして唸ったまま、からくりの拘束具を外す。 目覚めたからくりは身を起こし、大城を主人として認識した。 「ごしゅじん、さま。お、なまえ、を」 「こうなったら、皐月だ!」 大声を上げた。からくりは叫び声から分析する。 「ごしゅじん、さま、は、さつき、さま、ですか?」 「……へ? いやいやいや、違う、違うぞ! 俺は大城博志だ! 名前を皐月だ!」 「おおしろひろし、さま? さつき、は、べつのなまえ、ですか?」 「違うんだって! わああああ、しくじったのか!? 皐月はお前の名前だってば!」 慌てる大城。 何故、主人が慌てているのか。全く分かっていない、からくりがいた。 開拓者達のからくりが目覚める様子を食い入るように見つめていた恵は、やっと自分が購入した女性型からくりに近づいた。三条院が、悩む恵に声をかけた。 「恵さん。その子のお名前はどうなさるの?」 「そうね。梨花、って呼ぼうかな」 八人を見て学んだ理想の手順で、恵はからくりを目覚めさせたのだった。 恵の梨花を含め、目覚めたばかりのからくり九体。 彼らを連れて夜の祭に出かける事になった。 このまま外に連れ出すのは心配だと、早速教育を始める者もいれば、別の楽しみを見いだす者も多い。 シャンピニオンが手を叩く。 「さ、フェンネル。まずは君に似合う服を選ばなくちゃ! ね、ネネちゃん。真尋お……」 持参した狩衣や執事服を引きずってきたシャンピニオンが見たものは、大量の荷物を抱えて現れたネネの姿だった。 「そうです! まずはリュリュ達に綺麗なお洋服を着せねばなりません! ということでお洋服をしこたま持って来ました! 真尋さんも香流さんに使ってください。恵さんも梨花さんのお着替えにいかがですか?」 ああ、重かった、重かったですとも、潰れかけるぐらいには。 そんな言葉が聞こえてくる気がするくらい、ネネの表情は輝いていた。私はやり遂げた、という達成感を漂わせながら、畳の上に衣類や装飾品を並べていく。 総数25点。 どう考えても余るが、選ぶ楽しさは格別だ。 「バラージドレスとかもありますよー、おわったら、お祭り参りましょう!」 拳を握って叫ぶネネの声に、シャンピニオンが飛び上がる。 「さーんせーい。恵お姉様や、真尋おねにーさまもアドバイスしてよ! で、服が決まったら、皆でお祭りへいこうね!」 「了解。こっちが終わったらね。それにいても……」 三条院は持参したドレスで次々と着せ替えながら、たえず香流に話かける。 「こっちは微妙かしら。さっきの色は悪くないのよね。そうそう、私の相棒だもの。後で一般基礎常識から基礎の家事、特に裁縫。経理から接客までびっしり勉強よ。お洒落もしてもらわなきゃね」 こちらも特訓をする気満々だ。 初日で何処まで覚えるかというと、残念な話になる。 同じく、しらさぎ着せ替え中の礼野は一つずつ教えていた。 「いいですか。これはエプロンドレスとカチューシャです。手を通して、こうやって」 「ごしゅじんさま、できました」 できた? できた? ほめて? ほめて? ……とでも言わんばかりの眼差しを向けてくるので、流石に礼野も笑ってしまった。 「それとね、しらさぎ。お祭りでは、知らない人についていってはいけません」 子供をたしなめるような教え。 なにしろ目覚めてまもないからくりは、主人を誤認することもあるのだから。 からくり達は、起動直後のぎこちなさを除けば、大凡三歳から四歳程度の自我を保有しているらしい。 人間の三歳から四歳といえば、二つの物の大きさを見比べるとか、四角形、三角形、円という幾何図形を見分ける力が備わる頃で、形よりも色に反応したり、数を唱えることはできても正確な容量を把握できない。試しに文字を書かせれば、見事なまでにカガミ文字……つまり反転させて書くからくりが、大半を占める結果になった。 要するに、フレイア達が望んだ複雑な教育などは、まだ不可能。 それでも学習能力が高いからくりは、約四ヶ月で成人同様になるというから驚きだ。 祭囃子が聞こえる。 斑鳩が真剣な表情で水面を睨む。 わらびは斑鳩と水面の様子を交互に見ていた。 「お祭りといえば金魚すくい! こう見ても私はですね、金魚すくいが得意なのですよ! 今日はその腕前をわらびちゃんに見せてあげましょう!」 宣言直後。 薄い和紙の上でビチビチ跳ねる金魚を器に次々移していく。 斑鳩がからくりにも道具を持たせてみたが、びっちょり水に浸すのでサッパリ掬えない。そこで「この道具で金魚を掬って」という言葉を斑鳩の命令と判断したからくりは、椀の方で掬いだした。 「わ、わらびちゃん、それはだめですって! は! えと、この子金魚すくいは初めてで」 外見的には成人。それも姉妹のように見える為、斑鳩は幼児同様の振る舞いをする朋友を延々と他人の目から庇う場面に遭遇する羽目になった。 それでも大量の戦利品にご満悦の斑鳩を見て、わらびは服の裾をひく。 「ごしゅじんさま」 「……ん? なんですか、わらびちゃん」 「それは、りょうり、ですか?」 それ、とは斑鳩が獲得した金魚だ。 斑鳩は手に飴細工の他、焼き芋やスルメ、鰹のたたきを食べていた。目の前で鰹が捌かれる様子を見たので、金魚も食用と判断したらしい。 「ちょ、わらびちゃん。誤解ですよ!? 私はそんなにいやしんぼうに見えますかっ!」 からくりは『いやしんぼう』の意味が分からず、首を傾げた。 箸が落ちる。 陶器質の指故か、箸をうまく操れない。最終的には鷲掴みにしてしまう。 しらさぎが箸を棒扱いするするのを窘めて、礼野は根気強く食事の方法を教えた。 からくりは食物を必要としない。 しらさぎも「しょくじは、ふようです」と礼野に告げたが、将来的に人の生活に混ざるには『食べるふり』が正確にできなくてはお話にならない。 「まゆの真似をして。お箸はこう動かすの。そうそう……上手よ、しらさぎ」 礼野含め、開拓者達が、からくりを観察していて分かったことがある。 からくり達は一定の五感を保有しているが、それは人間とは全く異なるものだった。 まず肉の体を持たないからくりに、人間の味蕾に相当する知覚細胞は存在しない。 よって味覚の閾値を推し量る構造が異なるらしい。 口に物を入れて、糖分や塩分濃度、といった物質の情報を得ることはできても「おいしい」とか「にがい」という人間独特の感性は、教え込まなければ表現できない。 そして熱気や冷気を感じても、程度の判断ができなかった。 偶然、店員が躓いた際、からくりは熱湯を浴びたにも関わらず平然としていた。 痛覚が存在しない。 挙げ句の果てに、飲み込んだ物質は体内で消滅させる仕組みになっているらしく、うっかり箸置きを飲み込んだのを見て吐かせようとしたが「しょうめつしました。ごめんなさい」と落ち込んでいた。 飲み込んだ物体は、戻らないと考えた方がいい。 「じゃ、次のお店ね。手だけは離しちゃ駄目よ」 「はい、まゆき」 左右をきょろきょろと見回しながら、しらさぎは主人の手を握った。 フレイアは容姿を隠したヴァナディースを連れ歩いていた。 まずヴァナディースに『おつかい』をさせたかったが、残念ながらまだ数字を覚えることは勿論、足し算と引き算ができなかった。仕方が無いので、異国人を装い、お店で挨拶をして、物を買う作業を見せて教え込むことにした。 「マスターフれイア」 「結構。さて、散々喋らせた分、言葉が滑らかになってきましたね」 褒められたヴァナディースが、嬉しそうに微笑んだ気がした。 もっとも著しい成長を見せているからくりはエラトの庚だ。 庚は屋台に貼られた紙をじっと眺め、やがて人差し指と中指を立てて話しかけた。 「あか……あめざいく、2、これ、ください」 一人で『おつかい』を成功させると、飴細工とお釣りを受け取って、エラトに渡した。 起動後、文字を書かせるとカガミ文字になる事を察したエラトは、まず『ひらがな』を完全に見て判別させる事に重点を置いた。数字は、数えられなくとも、一から十の文字が読めればいい。色は原色を十色ほど教え込んだ。 かくして庚は、尤も速い速度で学習中だ。 「上出来ですよ。日常の生活に不都合がないようにしませんとね」 庚は「がんばります」と答えて、エラトの真似をして飴細工を口にいれた。 一方ネネは、三条院やシャンピニオン、恵と一緒に祭を巡っていた。 ネネは気が強そうなリュリュに「今日は遊びがお仕事です!」と告げた。 「人がたくさんいるところに行くのも大事なお勉強です。ギルドでお仕事するなら、人になれておくべきですし。あと、ぜひ楽しいというものを学習して……」 リュリュには難しい単語が乱舞していたので「あれも、ひと?」と様々な獣人や修羅、エルフを指さしていた。更に「ぎるどは、なに?」とか「あれもぎるど?」と似た建造物を指さすので、ネネは物を教える難しさを思い知った。 今は子育てをする全世界の母親が眩しく見える。 からくり達を観察しながらの食事を終えた後、シャンピニオンは皆を射的に誘った。 「ネネちゃん! 真尋おねにーさま! 恵おねーさま! みんなで競争しようよ!」 腹ごなしにと挑んでみるが、慣れない射的は当たらなかった。 「うーん……なかなか当たらないよぅ。難しいね、フェンネル。真尋おねにーさまは」 ぱこん! 百発百中だったのは砂迅騎の三条院である。本職の腕には、やはり勝てない。 からくり達の味覚を一緒に鍛えるという意味で、三条院が当てたのは全てお菓子だった。 皆で食べ歩きながらも、生真面目に護衛をしようとするフェンネルを見て、シャンピニオンは「大袈裟」だと笑った。手を差し出して「並んで一緒に歩きたいな」と言うと、戸惑っていたフェンネルも手を重ねた。 人よりも遙かに低い体温だが、安心感があった。 「あら、どうしたの。香流」 「おしゃれの、べんきょう、です」 起動直後の命令を覚えているらしい。 歩きながら小物の店を必死にみていたのだった。 大城は皐月を連れ歩いたが、大城の解説は正確とは言い難いものが多かった。他人、それも三歳か四歳の子供に教えて分かる内容でなければならない。うっかり難しい単語を使うと、尋問攻撃が始まってしまう。 子育ては難しい。 「……皐月、何が一番気になった?」 皐月が「ごしゅじんさま、あれはなんですか」と指を差す。 「ごしゅじんさま、なんども、あれをみていますが、なかに、はいりません」 「げっ」 遊郭に消えていく、飾り立てた遊女達だ。 からくりは主人に忠誠を誓い献身をつくす。幼児同然で、雛鳥状態の今、主人の言動と行動に、尤も皐月の注意が向いていた。祭の中で知らず邪念と共に着飾った女性に目が行っていたらしい。 大城は胸中で『言えネェ!』と絶叫しつつ、皐月の両肩を掴んだ。 「……皐月。あれは綺麗に飾るのが仕事のおねーさんだ! 綺麗なものに人は心惹かれる。綺麗とは芸術だ。あの女性たちは、外見の美しさを芸術に高めた人達だ!」 皐月が考えること数秒。 「ごしゅじんさまも、きれー、がすき。さつきも、きれー、がんばります」 乗り切った危機に安心しながら、今後の教育が不安になった大城がいた。 祭日を境に。 開拓者たちを観察しながら、恵の梨花教育は順調に進んだ。 覚えることはまだ沢山あったが、僅か数日で十二歳前後の少女位に成長した。 「みなさん、もーかえっちゃう、ですか?」 「梨花。みんな仕事があるのよ。それに私達だって白螺鈿に帰らなきゃいけないわ」 梨花にとって、まだ見ぬ土地だ。 恵は開拓者たちを振り返った。 「ありがとう! ここまで上手くいくと思わなかったわ」 「どういたしまして」 「みんなのからくりは、梨花にとっては兄弟姉妹機も同然ね。また会えると嬉しいわ」 こうして。 からくりを教育する短い日々は終わった。 その後、彼らのからくりがどう育つかは、本人達のみぞ知る。 |