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■オープニング本文 おまえは私に、瓜二つ。 この体は、私の人生を費やした結晶。 ねぇ、私。 おまえに私の全てをあげよう。 過去も、未来も、なにもかもを。だからどうか…… 毎日同じ夢をみる。 夢の中にしか、あの人は生きていないから。 『そのままでいいのか?』 ……誰? 『誰でもよいだろう。可哀想に。人は身勝手だね。主人が恋しいか?』 もういい、もう遅いんだ、捨て置いてくれ、何も考えたくない…… 『そうはいかないさ』 ……なぜ? 『さあイサナ。望みを叶える時間だよ』 桜が芽吹いてきたな、と。 封陣院の分室長こと狩野 柚子平(iz0216)は、道を歩きながら空を見上げる。 ここは五行の結陣の外れ。 玄武寮を出て目指す先は、己が抱える研究室のひとつだ。 月に二度も寄りつかない場所ではあるが、今日は特別な目的がある。 実は何かと危険な目にあう友人、御彩・霧雨(iz0164)に、イサナという亡き陰陽師が作った特別仕様の人妖を預けようと考えていたからだ。 研究が終わり、用済みになった。破棄するには惜しい傑作でもある。 だから信頼できる預け先として親友を選んだ。絶対に悪いようにはしないだろうし、玄武寮にも置いておける。何より護衛が必要な友人を守るのに最適な朋友だ。 何しろ火焔を操る攻撃特化型だ。 「新しい名前は、どうしますかね。寮生に考えてもらいましょうか……いつまでもイサナと呼ぶ訳にもいきませんし」 人妖イサナを創りあげた陰陽師のイサナという女性。 元々陰陽寮の卒業生の一人である。 十人並みの容姿はさておき、成績は非常に優秀で、将来の活躍を期待されていた。しかしながら誰一人として友を作らず、唯一の身内であった両親の他界後、ある日消息が分からなくなり、行方知れずになった。残された彼女の部屋からは、妖しげな研究資料の断片が見つかっている。 親の死を境にイサナは、人の生死を問い続けていた。 人が死んだらどうなるのか、もしや自分の魂は汚れていて、死後にアヤカシに変わってしまうのではないか、未来永劫ありのままの自分を留める術はないのだろうか……と。 狂気に近い、生への執着。 それはある形で具現化されることになる。 昨年11月下旬。 玄武寮が優秀な卒業生を呼び戻す中で、陰陽師イサナも対象になった。 所在を探り当てたが、なんと本人と姿形そっくりの特殊な人妖がイサナの家に暮らしていた。 玄武寮が開拓者を送り込んだ所、人妖は遺言に従って本人に成り代わり、イサナの病死後、地下にイサナの遺体を保管し、延々と死者蘇生について研究していたことが分かった。 主人を蘇らせたかったのだろう。 というのが、現場を見た者の結論である。 幸いにも説得に応じ、危険視された人妖は封陣院に保管された。 特別仕様なので所定の検査や研究対象になることは避けられなかった。 だが用済みになった時は、然るべき者に管理を委任すれば有益な存在になる。 新しい主人を得て、新しい名と共に、新たな道を歩むはずだった…… 「か、狩野さまぁぁぁ!」 研究所に向かう途中で、煤だらけの研究員と遭遇した。 襤褸の身なりで、必死に何かを伝えようとしていた。 話を聞くこと数分後。 「暴走した?」 人妖イサナが研究所に火を放ったと言った。 「そんな莫迦な、イサナの最終調整は私がやったのですよ」 「それが……実は班長が『若造の腕は信用できるか』と勝手に弄りまして。我々も苦言を呈したのですが、防げず。申し訳ございません」 平伏して謝る研究員。 柚子平は怒らなかった。 「……いえ、あなた方では逆らえないでしょう。監督不足だった私の責任です。それで?」 「イサナは近くにいた研究員数名を殺害しました。私は他の者を逃がすのに精一杯で……真っ先に逃げた班長は重度の火傷を負われていますが、生きておられます」 殺害、という言葉に柳眉を顰める。 穏便に済む話では無くなった。 「火傷が治ったら責任をとらせて首にしましょう。あなた、証言台に立ちなさい。後任まで臨時班長をやってもらいます。他は?」 「は、はい! ありがとうございます! えっと……イサナは研究室にあった製造中の人妖を十体全て解放。何故か人妖たちは命令に従っています。瀕死の所員何名かを人質に、複数の資料を丸焼きにして……グライダーで逃走しました。研究所には立てこもった人妖が暴れています」 柚子平は天井を仰ぐ。 「……火焔の人妖作りは、完全に白紙ですね」 もはや一刻の猶予もない。 「やむを得ません。あなた、今すぐ陰陽寮とギルドまで走りなさい。人手が必要です。誰か引っ張ってきて、状況を説明し、全人妖を討伐、研究所を制圧しておきなさい」 「狩野様はどちらへ?」 「イサナは逃げたのでしょう? 暴走し、人を殺した。もはや保護は不可能です。賞金首の手続きをしてきます。発見次第、抹殺しなければなりません」 突然の異変。 主人を失った、人妖の暴走。 火焔の人妖が運ぶ悲劇の歯車は、今まさに始まったばかりだった。 |
■参加者一覧
露草(ia1350)
17歳・女・陰
八嶋 双伍(ia2195)
23歳・男・陰
東雲 雪(ib4105)
17歳・女・陰
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰
シャンピニオン(ib7037)
14歳・女・陰 |
■リプレイ本文 イサナの指名手配を行う為に消えた狩野 柚子平(iz0216)にかわって。 脱出に成功した研究員は陰陽寮とギルドから、緊急で六名を連れてきた。 玄武寮生の八嶋 双伍(ia2195)は燃える研究所を眺めて言葉を失った。 ……結局、こうなるのですか。 話せば理解し合える相手だった。なんとか救出できたのに、彼女は新しい居場所を捨てた。何があったかなんて分からない。けれどこうなってしまえば、狩る側と狩られる側に別れてしまう。それでも一度は繋がった命を、正直……散らせたくない。 「イサナさん、ここにはいないんですよね。今は目の前の惨事を何とかしましょうか」 八嶋は炎龍の燭陰に待機を命じた。 シャンピニオン(ib7037)も甲龍のショコラにお留守番と、窓割りを言いつけた。 「うん……今は、研究所を制圧して、怪我人を助けるのが先決、だよね……」 まだ生存者がいるかもしれない。救出したら搬送する必要がある。 共に研究員から事情を聞いていたリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は溜息を零した。 「どこにでもいるのねぇ、勝手な事するバカって。まぁ、ここで研究されていた人妖は興味深いわ」 そう、興味深い。 いわばイサナの試作品。人妖の新しい可能性を探った品だ。研究を嗜む玄武寮の陰陽師としては、何体か解体してみたい、という知的好奇心が浮かんでは消える。 『わー…なんかマッドっぽいですよ、ご主人様』 ふふふ、と妖しい笑みを浮かべるヴェルトを遠巻きに観察する羽妖精のギンコは、短いつき合いながら主人の嗜好を、的確に察知する間柄になっているらしい。いつか自分も解体されたりしないだろうか。そんな恐怖感を滲ませながら呟くと「やーねぇ、そんなことないわよ」と陽気な声が戻ってきた。一緒に来なさいね、と念を押され、熱いけれど頑張ると応えた。 人に作られた仮初めの命でも、無用になれば廃棄される。 障害でしかないなら、確かに排除するまでだ。 そう思う一方で、可哀想な気もする。 東雲 雪(ib4105)は頭を振った。 「何はともあれ研究所と共に心中なんてまっぴらなのです。速攻で突入して速攻解決なのですよ。さぁ、がんばるのですよ。紫焔は僕のお手伝いなのですよ」 鬼火玉が頷くような仕草をして傍らに並んだ。 そこへ緋那岐(ib5664)が忍犬の疾風と共に遅れて到着した。 煙の吸引や熱で喉を傷め易いからと、石清水などを用意していたのだった。酷くなるとしばらく声が出なくなる恐れもある。 「ともかく、手がかりを抹消されるわけにはいかないし、迅速に対処だな」 「そうね、時間がないわ。玄関、裏口の二班に分かれて突入、時間重視で制圧しましょう」 ヴェルトの提案に皆が頷いた。施設の構造図は頭に叩き込んだ。 露草(ia1350)とシャンピニオンが正面から踏入り、残るヴェルトと雪、緋那岐と八嶋は裏口から突入する。雪は露草達に声を投げた。 「裏口班は倉庫と大部屋で時間切れの気がするのです。引き返す時間も考慮なのですよ」 「では、参りましょうか。さ、口を布で覆って。とにかく突き進むしかありません」 覚悟を決めた露草とシャンピニオンは頭から井戸水をかぶると正面へ向かった。 「まずは人妖の注意を逸らさないと……ショコラ御願い!」 シャンピニオンの声と共に甲龍が牙を立てた刹那、玄関は大爆発を引き起こした。 ショコラが一撃で重傷に陥り、露草とシャンピニオンは熱風に耐える。 気づかれたのかと露草とシャンピニオンが焦ったが、実際は違った。 今の爆発は、異国でもバックドラフトと呼ばれる現象である。密閉された研究所は辺りが火の海だった。玄関や事務室は不完全燃焼によって火の勢いが衰えているように見えたが、それは可燃性の一酸化炭素ガスが溜まった状態に他ならず、窓やドアを開いて急激な空気を取り入れた為に、引火したのだ。天儀国内でも普段ほとんど換気が行われない土蔵などで火災が発生した場合などに、この現象がよく生じている。 今の衝撃で玄関と事務室にいた人妖は吹き飛んだが、ショコラがいなければ、二人は重傷に陥っていただろう。露草とシャンピニオンはよく分からないまま、ひとまずショコラに治癒符を施した後、研究所の中に身を屈めて踏み込んだ。 幸い、玄関と事務室に人影はない。 ところで裏口班では、雪が大活躍していた。 「突入前には取り合えず全身に水を被っておくのですよ。少しでも体温上昇は食い止めないと。それとみんな何かで口と鼻も保護しておくのです。ボクは陰陽覆で覆うのですよ」 濡れた布で息がしにくい。ふごふごと話しながら「あ、そうそう。ちょっと待つのですよ」と裏口に手をかけようとした八嶋とヴェルトを雪が止めた。 「扉開ける前に、窓を術か石で叩き割った方が良いかもなのです。無造作に扉を開けたら炎に包まれたなんて話を良く聞くのですよ。なんでかは知らないですけど」 よりよい判断である。 とはいえ、そう扉を破るのに適した術を持ち合わせて居なかった。しかし「不用意に近づくとあぶないのですよ」と雪がいうので、時間を優先したヴェルトが「どいて」とアークブラストを叩き込んだ。閃光と共に電撃が奔り、扉を破壊し、倉庫内を迸る。一瞬炎がヴェルト達の方向に吹き上がったが、誰も近づかなかったので無事だった。 ちなみに緋那岐が人魂で建物の様子を探ろうとしたが、火に当たると悉く符が燃えた。煙も充満する室内なので、なかなか思い通りに動かせないようだ。 「えーいままよ、なのです。さあ、いざ突入なのですよ」 倉庫内にいた人妖が、扉の破片で胴を貫かれたまま、壁に打ち付けられている。まだ生きていたが虫の息だ。八嶋は眉をしかめたが、刀を握ると一閃させる。ヴェルトもまた瘴刃を施した霊剣で、人妖を貫いた。 人の手で作られたヒトガタは、主人を得ることなく、瘴気に還った。 ……熱い。部屋中が燃えている。 長期戦は危険だと判断したシャンピニオンが呪縛符で班長室を彷徨っていた人妖の動きを鈍らせた。露草は槍の刺突に霊青打を付与し、頭を狙う。露草は、人妖たちの苦しみが少しでも短く済むようにしたかった。制御が聞かないアヤカシ同然の個体といえど、やはり人の面影を残す容姿は……胸が痛んだ。 「露草おねーさん、どうする? 此処、調べてからいく?」 「人命が優先です。裏口の四人も心配ですから、余裕があったら戻ってきましょう。生き残りがいるとすれば厠、給湯室、中庭あたりかもしれない……覗いていたら給湯室の窓から逃がすようにしましょう。手伝ってください」 露草は背中に庇ったシャンピニオンに微笑みかける。 「大丈夫ですよ。なにかあっても私がついてます、無事に帰します。寮は違いますけど」 先輩だから。 倉庫から研究室に向かった四人は、幾度となく咳込みながら奥へ進む。 扉をあけると周囲が燃えている。 炎に巻かれているのは大型の障害物だった。 その障害物の影から顔を出すのは、人のようでいて、人でないもの。虚空に浮かぶ人妖だった。 爆音に気づいたのだろう。奥にいた2体が、人を引きずりながら近づいてくる。 遺体なのか、生きているのか、……判別ができない。 「大業は使えませんね、あちらは私が。雪さん、援護をお願いします」 「あー、熱いのですよ。許せないのです」 八嶋が雪を伴い、侵入口からみて右奥2体の排除へ走る。 一方、緋那岐が幾度目かの人魂を飛ばすと、死角に一体の人妖が立っていた。それだけでは無い、奥にイサナを模して作られたらしい大型の人妖が2体いる。だが気を取られている内に小型人妖の方が、扉越しで此方へ向かって手を伸ばし…… 「うあ、やべぇ!」 「きゃあ!」 緋那岐が咄嗟の判断でヴェルトの胴を抱え、羽妖精の羽根をひっつかんで、忍犬と共に倉庫に飛び退く。それまで扉があった場所の空間が、ぐにゃりと歪んだ。扉が破壊され、死角が取り払われる。 攻めてくる! 「後ろに、でかいのが2体いるぞ!」 「例の自己修復持ちと呪声持ちって訳ね。だったら自己修復する前に蒸発させるまでよ! 時間がないから賭けるわ! 手前の小さい方、頼むわよ!」 「へいへい。視界が悪いうえに、向こうは暗視が使えるってか。ならば先手必勝、疾風!」 ピュィッ! 口笛を吹くと、扉に迫っていた小型の人妖に、忍犬が正面から飛びかかる。注意が向いている隙に、緋那岐が呪縛符を放った。 「いけ!」 ヴェルトは地を蹴って、研究室に再び飛び込んだ。忍犬に引きずり倒された人妖を一瞥し、遠方で雪たちが2体目の排除に向かうのを瞬時に音で確認すると、奥の二体を視界にとらえる。どっちかなんて迷っている暇はない。 「ギンコ、援護して!」 『私の魅力に人妖もメロメロにー』 効果が見られない。 『ダメですご主人様ぁ!』 「無理そうなら早々に諦めて普通に攻撃しなさい。悪いけど、ゆっくり遊んでいる暇はないのよ!」 人質がいないことを確認し、アークブラストを二発続けて叩き込む。 左側の人妖が瘴気に還った。 残るは右の一体のみ! しかしそこでヴェルトの脳裏に、呪わしい声が響き渡った。一か八かの賭けには勝ったが、二体一は分が悪い。ヴェルトの足下がふらついた刹那、特別製の人妖は、身体が隠れるほどの激しい炎を身に纏い、高速回転しようとしていた。 その瞬間、人妖とヴェルトの間には黒い壁が出現した。緋那岐の結界呪符だった。 そしてヴェルトの死角。 行く手を阻まれた人妖は、何故か巨大鮪を投げつけられて壁に衝突した。身を起こそうとした人妖は、目の前に巨大な蛇の式を見あげ……ばっくりと噛みちぎられたのだった。 「間に合ってよかった! 中庭にいた人達は、給湯室から逃がしたよ! ね、露草お姉さん」 「はい。皆さん、お怪我ありませんか!」 砕魚符を投げ放ったのは露草である。既に廊下を彷徨いていた人妖も、シャンピニオンが呪縛符で動きを封じ、露草が霊青打を付与した槍で破壊した。 ヴェルトが治癒符を貼ってもらい、歩み寄る。 「ごほっ、なんとかね。そっちも終わった?」 「はい。ですが、雪さんが治癒符を施した生存者も危険な状態です。私達もこのままだと」 蛇神は八嶋だった。これで研究所内を彷徨いていた人妖10体は破壊した。 大声を張り上げても、お互いの距離感がいまいちよく分からない。 刻一刻と視界は悪化し、呼吸が苦しくなっていた。 「生存者を優先して運びだそうよ。できれば亡くなった人も」 「こっちも終わった。賛成だな。手分けしようぜ」 シャンピニオンの声に、緋那岐が一声投げて、雪がずるずる引っ張っている男を背負いに行った。 「この人、御願いするのですよ、う、ごほっ」 咳が止まらない。 長居は危険だ。 「……火の海っぽいので消火活動は無意味っぽいのですね」 きっと朽ちるのが早いと雪は判断していた。 こうなれば大事そうなものを直感で持ち出すしかない。 ヴェルトも頷く。 「同感ね。火を消すのは無理そうだから、取り合えず焼け残ってる中で重要そうな研究資料なり成果を確保しましょうか。ギンコも手伝いなさい。ありそうなのは……班長室かしらねぇ」 『私、何が重要なのか……あんまり判らないんですけど』 「説明してる時間もないから、勘で頑張りなさい」 『間違ってても怒らないでくださいね!?』 人使いならぬ羽妖精使いが荒い。主人の命令に従って飛んでいく。 八嶋や緋那岐、露草やシャンピニオンが生存者を運び出す。 制圧は恙なく行われた。そして生存者を運び出す。 重度の火傷を負った者や、瀕死だった者も、治癒符といった回復手のおかげで命を救われた。僅かな資料を回収し、皆が見守る中で……為す術もなく、研究所は炎に飲み込まれていった。 負傷者を運び、制圧を終えた後日、六名は封陣院の分室長である狩野柚子平に呼び出された。陰陽寮から少し離れた柚子平の自宅へ向かう途中、露草は憂鬱な顔をしていた。 「うちで待ってる人妖の子がいるんです。……知ったら悲しみますね、きっと」 秘密にしてね、と管狐のチェシャに囁く。 一方の雪は先ほどの人妖たちを思い出していた。 「何か良く分からないですけど……まぁ、可哀想っちゃ可哀想な気もするのですよ」 イサナが何処にいるのかわからない。 置き去りにされた不完全な人妖たちは、もしも今日の事件が起こらなければ新しい主人を得ていたに違いない。少なくとも、アヤカシとして葬られるのではなく、人の役にたっただろうに。 緋那岐はイサナが逃げた理由を考えていた。 「何があったのか分からないが、俺達が到着したときには逃亡済みだった。必要な物は入手、もうそこには用はないってコトかね」 シャンピニオンは俯いた。 「イサナさんも、その意志を継いだ人妖のイサナさんも、こんな事をしたかった訳じゃない筈なのに……どうしてこんな事になっちゃうんだろう。友達になれたかもしれないのに」 玄武寮の陰陽師に預けられるはずだったと、研究員から聞いた。 ここで。 この庭で。 新しい日々があったはずなのに。 八嶋も悲しそうな眼差しをしたが、そっと目をそらす。 「仕方ありませんね。……考えようによっては、どのみち『イサナさん』は居なくなっていたわけですし。どうせ終わるのならば派手に……という事にしておきましょう」 「でも、何かあったのかもしれないし」 「実際何があったのかは分かりませんが……」 「ちょっと、着いたわよ。副寮長? ヴェルトです、失礼していいかしら」 玄武寮の副寮長、狩野柚子平の自宅は、豪奢な割に、驚くほどものがなかった。 生活感がまるでない。 どこか歪だったが、六人は客間に通されて、事件の顛末を報告した。 そして回収した資料を手渡し、不審な点を報告すると、副寮長は悩み込んだ。 「……私は判断を早まったかもしれません」 「え?」 火急の事態だったので詳しく確認を取らなかったが、どうやら例の研究員はイサナが直接手を下した場面を見ていないのだという。 曰く、勝手な班長に苦言を呈し、止めようとしたが振り払われて頭を打った。目が覚めると、周囲は火の海で、他の研究員は死んでいた。 しかし運び出された遺体を調べた医者によると、何者かに背後から鋭利なもので刺されたことが直接の死因らしいという。イサナが火を放って焼死する前に、失血死していたのだ。 イサナは炎を使えるが、剣術が秀でていた記録はない。 研究員は皆が陰陽師で、刀を持っていた者もいない。 刺し傷に合う凶器も、見つかっていない。 「別な者がいた、と?」 「ええ、恐らく。主人無しのはぐれ人妖。イサナを危険な存在と判断して賞金首の手続きを行いましたが……研究員の直接の死因は、イサナの所為ではなかった」 少なくとも今は、容疑者に過ぎない。 「実際に何があったのか聞ければいいのですが……行方知れずですし。我々にできる選択は二つ。イサナが本当の犠牲者を出す前に、証拠を掴んで誤解を解くか。誰かに破壊される前に、見つけだして破壊するか」 難しいことになりましたと、副寮長は呟いた。 仮説だけで賞金首から外すことはできない。 イサナが無実の罪ならば『証拠』がいる。 接触が難しくなった今、何があったのか知ることは困難だ。 そして、この世には賞金首狩りが沢山いる。 見つけだして破壊を目論む者は増えていくだろう。懐柔して手に入れたい者だって。 深まる謎。 時間との熾烈な戦いが、始まろうとしていた。 |