【陰陽寮】道端の受難?
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 易しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/04/30 00:43



■オープニング本文

 春、それは恋の季節である。

「結婚してください!」
 おつき合いしてください、をすっ飛ばして一人の陰陽師が声を張り上げた。
 視線の先には、玄武寮の寮長を務める蘆屋 東雲(iz0218)がいる。
 またか。
 そういった目で蘆屋は振り返った。

 男と蘆屋はかつて同じ職場に勤めていた。
 職場恋愛というなら珍しくもない話なのだが、男は思いこむとまっすぐ突っ走る性格で、小さな親切を好意と勘違いし、蘆屋にまとわりつくようになった。その情熱……執拗さは、勝手に家まで追いかけてくるほどである。そして玄関に贈り物の攻撃。
 恐怖、極まる。
 しかし蘆屋は玄武寮に寮長として赴任した。
 安住の地を得た訳だが、どうやら突き止められてしまったらしい。

「何度も申し上げましたけれど」
 連日の研究で疲れも相当溜まっており、練力も使いはしたどころか、体力も気力もない状態だが、人格者として名高い蘆屋寮長は、心底めんどくさいと思いながらも無理矢理に笑顔を作って、丁寧に断る。
「お気持ちは嬉しいのですが、私は貴方の思いに応えることはできません」
 しかぁし。
 花束を手にした男はくじけない。
「何故ですか! 靴底をあげて貴方より背も高くしました、減量も成功しましたし、給料のいい職にありつきました! まさかあれですか、事務の子と話したからですか!? 確かに可愛いなと思いましたが気の迷いです! 決して年下の女性を思ったりしません!」
 うざい。
 果てしなく……ウザい。
 女性が出す『私、※※な人が好きなんです』という発言が断り文句だと理解していない部類だ。
 顔に出さない蘆屋寮長も、纏う空気が重い。
 とっとと寮に逃げ込むつもりが、行く手を塞がれていたので、どうにもならない。
「なんで俺じゃだめなんですか!」
 そこで蘆屋は、適当に嘘をついた。
「既におつき合いしている方がいます」
 男が硬直した。
「その方は私にはもったいないほど素敵な方ですが、事情があって交際は秘密にしています」
 適当に個人名をあげて飛び火しても困るので、つらつらと適当な特徴をあげた。
「禁断の恋!?」
 あ、花束がへし折れた。
 そんな大騒ぎを陰陽寮の門前でしているので、他の職員や生徒達も集まってきた。

「おはよーっす、蘆屋寮長。ご希望のお菓子が手に入ったんで、部屋でこっそり食べませんか」
 玄武寮の雑用係、御彩・霧雨(iz0164)が爽やかに通り過ぎていく。
「ども。昨日は遅くまで付き合ってくれてありがとうございました。約束通り、夜は料亭で」
 ぺこ、と頭を下げる符術の講師、桂銅。身なりが整ってから男前と評判だ。
 そして真打ち。
「おやおや、寮の前で賑やかですね。少し出かけてきますが、夕方に秘密の相談がありますので」
 玄武寮の副寮長、狩野 柚子平(iz0216)が優雅に去っていく。

 勘違い加速。

「ちくしょおおおおお! 男は顔じゃねぇ!」
 ぺしーん、と花束を扉に投げつけた。
「ああもう、早く帰りなさい!」

「俺、分かったよ。東雲」
 男は突然馴れ馴れしく近づいた。
 蘆屋寮長は術で制止しようとしたが、練力がすっからかんだった。
「東雲……君を殺して俺も死ぬ。大丈夫、痛くないよ。来世で一緒になろう」
 ホロホロと涙がこぼれている。
 こいつはマジだ。
「は、はなしなさい! 触らないで!」
 男の腕力にはかなわない。羽交い締めにされた。
「その前に決闘だあああああ! 東雲に手を出した奴、全員出てこぉぉぉい!」
 男は殺す気満々で符を構えた。

 さて。
 一部始終をみていた……そこのアナタ。
 どうしますか?


■参加者一覧
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
寿々丸(ib3788
10歳・男・陰
常磐(ib3792
12歳・男・陰
十河 緋雨(ib6688
24歳・女・陰
リオーレ・アズィーズ(ib7038
22歳・女・陰
セレネー・アルジェント(ib7040
24歳・女・陰


■リプレイ本文

 本日晴れ。
 にも関わらず、カンタータ(ia0489)はずぶ濡れで路を歩いていた。
 何故なら、超局所的な豪雨により、近くの河川が氾濫した為である。
 何故、超局所的な豪雨が発生したのか常人には知る由もないが、世の中には狐の嫁入りという、晴なのに雨が降るという素敵な現象も実在するので、きっと自然の悪戯である。
 それは兎も角、カンタータは心底疲れ果てていた。
 教室での自主訓練用に活性化していた結界呪符「白」を使いまくった所為である。かくして河川の氾濫による被害は最小限になったが、随分壮絶な連続使用に、練力は空っぽ。
 既に気力と足下が危うい。
「ボク達は、今日も教室の警備に忙しいというのに〜」
 青龍寮で立てこもりでもやっているのか、教室の死守に熱意を燃やすカンタータ。
 早く青龍寮にいきたいのに、何故か授業料の返還が玄武寮の事務局から行われるという事で立ち寄る羽目になっていた。職務怠慢を何処かに叫びたいが、二万文は大金なので、受け取って帰りたい。
 そして寮門前で大騒ぎを目撃し、陰鬱な気配を感じ取った。
「むぅ、面倒な状況に立ち会ってましたね」


 玄武寮を目指す寿々丸(ib3788)と常磐(ib3792)は軽い疲労を抱えつつも、やり遂げた表情で路を歩いていた。二人で修行をかねて、遺跡の探検を重ねた為である。
『常磐殿、もっと奥まで参りましょうぞ!』
『あんまり急ぐなよ。ん……そうだな、もうちょっと足を延ばしてみるか』
 かくして気づいたら練力がすっからかんだった。
 玄武寮、というより陰陽寮は陰陽術に関する実技授業もある為、今日が符術の授業とかだったらどうしようかと、ぼんやり考えつつ現在に至る。しかし心配をしていたら空腹でお腹が鳴りだした。
「……常磐殿〜」
 じ、と捨てられた子犬のような眼差しで親友を見る。
「……分かった。寮でおやつ作ってやるよ。勉強には甘いものがいいし、ついでに桜の蒸しパンとかも」
「楽しみでございま……何でございましょうな? 見世物でございましょうか?」
 寿々丸の示す先では、人だかりができている。人の壁で奥まで見えない。
「寮の敷地内で見世物?」
 珍しいな、と常磐が思った。元々外部の人間は滅多に入れない施設である。
「大道芸ならば、寿々も見とうございまする〜っ!」
「大道芸? ……そんなに見たいのか? なら、行ってみるか」
 飛んで跳ねても奥が見えない。
 仕方がないので寿々丸と常磐は、更に身を屈めて、人の足を潜るように前に進んだ。
 しかし常磐が寿々丸の袖を引く。
「おい、寿々待て。何か大道芸っぽい感じがしないぞ?」
 なんか不穏な罵声が聞こえてくる。
「りょ、寮長殿ぉおお!?」
 目の前で蘆屋 東雲(iz0218)が捕虜になっていた。


 多くの者が心配したり面倒くさそうに見守るなか、十河 緋雨(ib6688)だけは野望に燃えていた。
 そう、燃え上がるのは記者の魂。
 自分に火の粉が降りかからなければ、厄介事が三度の飯よりも好きなのが記者という生き物である。
 十河は打ち震えた。
『あああ、なんということでしょう!』
 普通の人は慌てるが、十河は感激に震える。
『このよ〜なオイシイ場面に出会ってしまうとはっ!』
 口に出したら何かを失いそうな台詞の数々が脳裏を駆けめぐった。そして寮長に何かあれば、自分たちの進級があぶないとか、色々な重大問題は、ちーっとも考えていない。
 そしてこの状況を駆使して、いかに個人情報を引き出すかに情熱を燃え上がらせる。
『ふむふむ。今月の瓦版の一面は決まりですね! 蘆屋寮長といえば、寮生時代のロマンスに黒歴史をもっているようですけれど、これは就職後ですから小ネタ程度なのかしら』
 まずはこの状況を書きとめるところから始めた十河であった。


 リオーレ・アズィーズ(ib7038)は玄武寮の寮生らしさを遺憾なく発揮していた。
 近寄りがたい目つきをしている。単純な寝不足だ。
「ああ、術者との連結をきって愛玩動物らしい判断力を人魂に付与するには、どうしたらいいのでしょう……試作するどころか力つきてしまうなんて」
 現在、自立可能な判断力、つまり一定の自我を付与できたものといえば『人妖』が揚げられるが、人魂などの術に自我の付与が成功した例はない。せいぜい何処を調べてこいとか、敵を攻撃して戻ってこいとか、一般の術者には簡易命令に従わせる程度が限界である。
「命じるだけでは操り人形と変わりませんし」
 なにより虚しい。
「ペットが遊んでほしい時に相手をする暇がなく、寂しい思いさせる事も、ご飯の時間に帰れずにひもじい思いをさせる事もない……私達の様な人間にとって最良のペット術を開発したいというのに、道のりは長いですね」
 人妖は高位の陰陽師にしか構成することができない。
 愛玩用人魂を手軽に作りたい。そんな切なる願望と飽くなき探求心が、アズィーズをいつか天才となんとかは紙一重の極みまで押し上げる……かどうかは神のみぞ知る。
「術が完成したら『愛慕』と名付けましょうか……あら?」
 留まるところを知らない妄想から現実に戻る頃、玄武寮の異変に気づいた。


 同じ玄武寮のセレネー・アルジェント(ib7040)も負けず劣らず顔色が悪い。
 そう、今の今まで彼女は『薄くて高い本』の戦に出かけていた。
 何しろ薄くて高い本を愛する御婦人ならば必ず一度は味わうという徹夜の後だった、徹夜で友人の『薄くて高い本』作りを術を駆使しながら手伝い、そのまま搬入をして、売り子までやってきた。
 アルジェントの心、いや、魂は満たされていた。
 この上なく極上の……大手の『薄くて高い本』を手に入れたので尚更、隠すべき性癖と、果てのない妄想と、枯れることのない情熱の狭間に身を任せて真っ白に……のはずだったのだが、会場にアヤカシが湧いたので一人で退治を余儀なくされた。売り物を盗まれないように人魂併用という高度な働きぶりに、練力も気力も空っぽである。
「ふー、早く仮眠室で休みながら順番に読みたいですね……ん?」
 その野望は、はた迷惑な男の騒ぎにより阻まれることになる。


 そして時は進み出す。

「その前に決闘だあああああ! 東雲に手を出した奴、全員出てこぉぉぉい!」 
 男は殺す気満々で符を構えた。 

「大変なことになって参りました! 果たして寮長の命運はどうなるのでしょうか〜〜!」
 十河、只今実況中!
 余りにも大声で実況するので、寮長に『早く助けなさい』とばかりに睨まれたことを、十河の背中は気づかない! 単位危うし!
 カンタータは溜息を零した。
「……東雲さんに絡んでいる男の人、性質悪そうですねー」
 他寮の事なので興味は薄いが、自分は玄武寮長から二万文を受け取らなくては青龍寮へ帰れない。仕方がない……とカンタータは傍観を決め込んだ。
 事態が収まるのを待つべし。
 近くで衝撃の光景を見た、常磐が冷静に分析する。
 練力が空らしい寮長が面倒事に巻き込まれている。しかも男は変だし気持ちが悪い。
「常磐殿、お救いしましょう。か弱き女子は守るもの! 姉様もそう言っておりまする!」
「か弱いかは兎も角……女性は丁寧に扱う様に。それが家の家訓なんだよな、やるか」
 ひそひそひそ。
 寿々丸と常磐が、寮長救出作戦の相談を始めた。

 一方のアルジェントは疲れた顔で溜息を零した。
「寮長も隅におけませんわね。美形なら応援したい気持ちにもなるのですけど……これがいわゆる付きまとい、と」
 割と男前や綺麗どころが揃った玄武寮の講師達を思い浮かべたアルジェントは「誰と合わせても萌えませんわ」と平均的すぎる狂気の男への興味を失った。
 どうにか助け出すのが先決だと、考えていると。
「お姉さま!?」
 現れたのは玄武寮生のアズィーズだった。
「関係ない奴はひっこんでろ!」
「引っ込んでろですって! これだから暴力的で頭の足りない男は嫌ですわ! 関係大いにありましてよ、そう、何故なら私がお姉さまを慕う者! 出てこいと言うから出たのですわ! 汚らしい手でお姉さまに触らないでくださいまし!」

 時が止まった。

「……は?」
「そう、これでも故郷に帰れば婚約者の在る身! 其れを慮って二人の関係を秘して頂くお姉さまの愛は痛いほど身にしみておりますわ……ですが、お姉さまの命が危機に晒されるとあっては話は別です! そう、愛ゆえに!」
 そこでアルジェントが「実は彼女、女性しか愛せないのですよ、御存じありませんでしたか?」と言葉を添えながら、哀れげな視線を投げた。
「何故、彼女の恋人が男性だとばかり思っていたのです? ねぇ、東雲お姉様?」
 寮長、言語を失う。

 そしてこんなオイシイ話題を十河が逃すはずもない。
「大変です〜! 寮長に同性の恋人出現という、玄武寮始まって以来の珍事〜! 犯人さぁぁぁん〜〜、是非お名前を〜〜! 年齢とご職業と出身寮と、蘆屋寮長との馴れ初めを御願いしまぁぁぁす! 貴方の愛を遺しましょぉぉぉぉう!」
 ああああ、睨まれてる!
 超、睨まれてるよ!
 さりげなく「遺す」と言っちゃってる十河よ!
 実況もいいが、君の単位の命運が危ういぞ! と教えてやる親切な者がいない。

「仕方ありません。かくなる上は、これで頭をすぱーんと一発撃ったら気絶しませんか」
 疲労極まるカンタータは、短銃に火薬を詰め始めた。猟奇的な運命を感じる。
「ふー、やれやれですね。米神に突きつけてみましょうか」
 超今更だが、十河もピストル「スレッジハンマー」を持ち出し、符の束を打ち抜く準備を始めた。命中率的な問題は考えてはいけない。今は緊急事態であり、指の一本や二本が消し飛ぼうが、男は自業自得である。そして猟奇的な運命が濃厚になってきた。
 男よ、全力で逃げたほうがいい。
 その刹那。

「母上殿っ、此処におられましたか!」
 人塵から、ぴょん、と飛び出した寿々丸は、愛らしさと無邪気さ全開で寮長に向かっていく。
 流石の相手も寿々丸の示す『母上』が『蘆屋』と気づいて、思考が停止していた。
「母上殿! 寿々はお腹が空きました故、早く帰りましょうぞ」
「こんな所で何してんだよ。母さん。寿々がずっと探してたんだ。怪我してないか?」
 寿々丸と常磐、衝撃の一言で東雲寮長の元に到着。
「こ、子供!? え、両方とも!? しかも獣人!?」
「う? 母上殿に御用でございまするか?」
 寿々丸と常磐が玄武寮生だと知らない面々……知っている者も含めて周囲は大混乱だ。

 母上って言ってる! 間違いないぞ!
 え、隠し子!?
 蘆屋寮長って独身じゃなかったのか!?
 二人とも毛の色が違うわよ! もしや内縁の夫が二人いるとか!?
 じゃああの彼女は何者だ!?
 考えて見ろよ、旦那が二人居るなら、女房がいたって不思議じゃないぜ!
 最近、多いものね、同性愛に異種族愛……
 おぃおぃ寮長何歳だよ、子持ちに見えねぇ!
 実は年齢偽証!? ありうる!
 いやでも玄武寮の寮長だぞ、見かけなんてどうとでも陰陽術で……

 周囲の誤解、超加速。

 寿々丸は尻尾をぱたぱたさせて寮長にしがみつく。
「母上殿と父上殿は、とても仲良しでございまする。でするな? 母上殿」
 ここで男を睨んだ常磐が、更に畳みかけた。
「で。まだ人妻に何か用か? お前の今の様子、恥ずかしい上に痛々しい。今の状況見て……迷惑かけてるとか思わないのか? 本気で嫌がってるだろ……お前、最低過ぎる」
 寮長に浮気や子持ち疑惑どころか、年齢詐称と、多夫多妻疑惑が持ち上がった。
「……く、俺一人のものにならないなら、だったら」
 無理心中は止めようとアルジェントが古銭を構える。
 男は東雲寮長の両手を握り。
「間男の一人にしてください!」
 男の決意は斜めに向かった。
 そして、ぷっつりキレた東雲寮長に、拳骨で殴り倒されたのであった。


 騒ぎが収まった玄武寮ではカンタータが青龍寮の昨年の授業料返金を受けていた。
「確かに二万文受け取りました。それでは」
 玄武寮の門を出て、青龍寮を目指す。
 門前の騒動はイイ土産話になりそうだ。
「授業料の返還も受けたことですし、教室についたら仮眠室で6時間くらい寝ないといけませんねー。教室警備は今日も大忙しですよ」


 御茶を手にしたアルジェントが「大変な騒ぎでしたわね」と呟く。
「最終は『ちかーん!』とか全員でボコるしかないかと思ってました」
 撲殺の方がマシだったような気がしないでもない。
 アズィーズも湯飲みを片手に「そうですね。でもそれより」と明後日の方向を見る。
「……なんとなく、東雲寮長を世間が見る目がえらい事になりそうな気がしますが……」
 カンタータに授業料返金を終えて戻ってくるであろう寮長。
 その不遇を案じるアズィーズだが、自らもその一柱であることを分かっているのだろうか。
「菓子が焼けたぞ。寮長もすぐにくるみたいだ」
「常磐殿! ……おや? 十河殿は?」
 寮仲間でお菓子を摘んだ寿々丸が約一名の姿が無いことに首を傾げると、常磐が「門前にいたぞ」と言いながら、できたての桜クッキーと抹茶クッキーを持ってきた。
 どうやら玄武寮瓦版のネタ収集に熱くなる余り、寮長による1単位没収の危機に見舞われそうになった為、現在「先ほどの騒ぎですか? ええ、玄武寮のどっきり小芝居がありました」等と寮長の名声を守る作業に出かけている。面白がるのも程々にしたい。
「あら、いい匂いがしますね」
 噂の人光臨。
 寮長が戻ってきて皆の輪に入った。

 どうやら例の男は門番によって同心の元へしょっぴかれていったらしい。
 多分、色々終わった。職歴とか人生とか。
 ちなみに、今後寮長に付きまとわれても困る、と判断したアルジェントが男を洗脳している。
 あえて美形男性絵が貴方に似ていると言いつつ、同じ職場の男性が忘れられない事務の女性にお会いしたと嘘八百を並べ、誰か一人を愛するならそちらが良い……と誘導しきった。事務女性の命運が気になるが、補導されたなら大丈夫だろう、多分。

「はー、疲れました」
 黒々していた寮長の気配が、何かをやり遂げたような爽やかさを纏っている。
「常磐殿の菓子が焼けたところでございまするぞ! 是非ご賞味くだされ。お怪我ありませぬか」
「ええ」
「安心致しました。寮長殿も女子ですからな。困った事がありましたら、寿々たちを呼んでくだされ。ですよな、常磐殿」 
「だな。はい、玉露。……寮長も練力が尽きたら普通の女性……だろ。気を付けた方が良い」
 練力枯渇は陰陽師には大敵。
 皆に心配されつつ、問題も恙なく終わり。
「は! 私、大事な研究があったのでした! 仮眠室をお借りしますね」
 いそいそと『薄くて高い本』の袋を抱えたアルジェントが、爽やかな笑顔で遠ざかる。

 本日も玄武寮の日々は長閑に過ぎていく。