【陰陽寮】妖花に桃ノ宴
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: やや難
参加人数: 30人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/03/19 22:04



■オープニング本文

 視界に広がるのは、薄紅に咲く桃の花。
 満開の花は、ここにあらざる夢景色。
「さ、桜?」
「桃の花ですよ、蘆屋さん」
 封陣院の分室長にして玄武寮副寮長を務める狩野 柚子平(iz0216)は、驚いている寮長に声をかけた。近くの枝を手折って「飾りにどうぞ」と差し出す。
 傍目にはこの上なく見栄えがする光景に対し、玄武寮寮長こと蘆屋 東雲(iz0218)は不審な眼差しを向けていた。桃の枝を受け取って……益々眉間に皺を寄せた。
「……コレ、本物じゃないでしょう?」
「おや鋭い」
「それは瘴気の花よ!」
 にょ、と副寮長の肩に現れたのは人妖の樹里だった。
 にこにこしながら「あたしと一緒なの」と同じ偽りの桃の花を髪に飾ってみせる。
 見た目は紛れもなく美しい薄紅の桃の花。
 ただし感じるものは禍々しい瘴気に他ならない。
「瘴気の花?」
「人魂の延長……という辺りで納得して頂けますか? 造花みたいなものですよ。昔、仕事で女性相手に花を用意するのがうっとおしくなって、てっとり早くできないかと作った術です。一日で符に戻りますし、人体にはほぼ無害ですよ」
 なんという無駄な技術。
「それで、この異様な桃の花の量はなんなのです? まさか全て瘴気の花とかいいませんよね?」
「先日、あなたと霧雨君に言われて、無い頭を絞って取り寄せた本物ですよ。九割は」
 寮長は目を点にした。
 去る二月某日、彼女は副寮長に文句を言った。
『たまには寮の為に何かして下さい。3寮合同の宴だって、北面の騒ぎで延期になっているのに』
「……では、これ全部、寮生の宴のために?」
 じーんと感動していたが、
「うちの予算が余ってましたし、丁度良いかと思いまして」
 余韻吹き飛ぶ。
「まぁこの際宜しいです……で、九割というのは?」
「霧雨君と桂銅さんに協力して頂いて、先ほどの術で『瘴気の花』を一定量隠しました。あなたにはバレてしまいましたが、寮生の皆さんが探すのは、いい訓練になると思いませんか?」
 珍しく先生っぽい。


 そんな裏話はさておいて。


 後日、青龍寮、朱雀寮、玄武寮に所属する者達に『3寮合同のお花見会』の案内が届けられた。
 出席できるのは、陰陽寮生のみ。
 北面の騒ぎで延期になっていた合同新年会に代わる催しだという。

 玄武寮は現在、庭や廊下は勿論、研究室に至るまで、膨大な桃の花で埋め尽くされているという。
 桃の花がない場所などない。
 そこは華やかなに彩られた夢と現の空間。
 食堂の者達は休日である為、食事や弁当は台所を借りて自炊という話だが、普段は決して会うこと無い他寮生達と触れあえる宴は、そうそう無い。皆、それぞれの思いを抱えて、施設内地図と簡単なコメントに目を通す。
 まず、予約制の小さな研究室。
 次に、徹夜組用の男女別臨時仮眠室。
 図書館兼談話室の『香蘭』。
 保健室『群雲』。
 中庭『花梨の石庭』。
 食堂『華宝』。
 購買『夜舞』。
 寮長と副寮長の応接室と研究室、などなど。
 ただし案内状の末文には、気になる一文があった。

『瘴気の花を見つけた者は、枝を持って、玄武寮の寮長か副寮長のもとへ届けるように』


■参加者一覧
/ 俳沢折々(ia0401) / 玉櫛・静音(ia0872) / 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 喪越(ia1670) / 四方山 連徳(ia1719) / 八嶋 双伍(ia2195) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 樹咲 未久(ia5571) / ワーレンベルギア(ia8611) / ゼタル・マグスレード(ia9253) / 劫光(ia9510) / 宿奈 芳純(ia9695) / 尾花 紫乃(ia9951) / ネネ(ib0892) / 无(ib1198) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 羊飼い(ib1762) / 晴雨萌楽(ib1999) / 寿々丸(ib3788) / 常磐(ib3792) / リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386) / 緋那岐(ib5664) / 十河 緋雨(ib6688) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001) / シャンピニオン(ib7037) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / セレネー・アルジェント(ib7040


■リプレイ本文

 久々の暖かい陽光が心地よい。
 乳白や薄紅の花が視界に広がる、此処は玄武寮。
 八嶋 双伍(ia2195)は桃の花で飾られた回廊を散歩しながら眩しげに目を細めた。
「綺麗ですね……素晴らしい」
 玄武寮の寮生達は、普段の質素で無骨な屋内の大変化に驚いていた。
 セレネー・アルジェント(ib7040)が花に触れる。
「三寮合同の桃花見宴、妖花探しつき……という辺りが陰陽寮らしいですね」
 同じくどこか楽しげなリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は近くの一枝を手折って桃花の香りを胸いっぱいに吸いこむ。
「副寮長ってば、やることが派手ねぇ。本物でも偽物でも……春の色よ、悪くはないわ」
「もう春なんですね……でも、食堂はお休みなんですね」
 深い溜息。
 しょげていたワーレンベルギア(ia8611)も桃の花に季節を想う。
「お花見は自炊でしたっけ……た、たまには何か作りましょうか? おはぎ?」
 はーい、と急に手を挙げたのはネネ(ib0892)だ。
「みんなでお料理を作りたいです。手巻きクレープとか!」
 食堂のおちゃめオバちゃんに助けて欲しい所だが、生憎と滅多にない休暇中だ。
「手伝うよ!」
 とシャンピニオン(ib7037)も手を挙げる。
 実は作ろうとしていた品目が同じで、シャンピニオンは食堂のおねーさん達が休暇に入る前に、作り方のコツを聞き出していた。まかせてよ、と自信に溢れる姿が頼もしい。

 続々と食堂『華宝』の台所に寮生が集まっていく。
 ちなみに十河 緋雨(ib6688)は「ホント〜に珍しくゆっぴー副寮長がいるのでお話聞きにいってきます〜」と廊下の果てに消えたのでいない。
 緋那岐(ib5664)も台所に立った。
 沢山のお客様を考え、鶯形の練りきり和菓子を作ることにしていた。
「形はこんなかな。滅多にない機会だし、挨拶はきちんとしたいよなぁ。3寮合同か……これで後、白虎寮が解禁されれば四寮が揃うんだなぁ」
 緋那岐の呟きを拾った御彩・霧雨(iz0164)は「確かになぁ」と相づちをうつ。
 そこへ自家製の桃花酒を取りに行っていた常磐(ib3792)と寿々丸(ib3788)が戻ってきた。
 手には手折った桃の枝。常磐が霧雨に差し出す。
「招待状にあった奴……これだと思うけど……確認宜しく……お、願い、します」
「え、おれ? というか、もう目星つけちゃったのか、いいけど、んじゃ失礼」
 霧雨は常磐から枝を受け取る。手を止めた緋那岐が歩み寄ってきた。
「なるほどねぇ。瘴気の花、つーから、人混みに紛れた擬態アヤカシを探す、みたいな感じかと思ってた。折って持ってくればいいのかね?」
 霧雨と緋那岐の会話を遠巻きに見ていたワーレンベルギアが首を傾げた。
「み、見た感じでは、どれが瘴気の花かわかりませんけれど……何か違いはあるのでしょうか? 散り際が違うとか……さ、触れば、わかる、でしょうか?」
「ま、見てろって」
 霧雨は小刀を軽く一閃させた。
 一本の枝には樹液が滲み、もう一本は見慣れない符を挟んだ枝に戻っていた。
「こいつは……柚子平が仕込んだ奴だな。90番の鉢あたりか」
「え、御彩は分かるのか?」
「今回のは差し木と同じやり方だからな。本物の枝を途中で切り落として、切り込みを入れて、この符を挟んで、術を発動させる。だから枝の根本を折っても符本体は破損しないから元には戻らない。切り込みの入れ方で、三人が仕込んだ符を区別できるように……っと、本人が来たな」
 玄武寮の寮長、蘆屋 東雲(iz0218)。
 そして副寮長の狩野 柚子平(iz0216)の二人だ。
 霧雨が枝を渡して常磐が見つけたことを告げると副寮長は『紺碧の勾玉』を一つ、霧雨に手渡した。霧雨はそのまま常磐に手渡す。
 様子を見ていた寿々丸が我に返って寮長の元に駆け寄っていく。
「は! 寮長殿、これはどうでございましょう〜? 確認宜しくお願いしまする」
 お辞儀ひとつして三本の枝を差し出したが、残念ながら全部外れた。
 本物の桃の枝だ。
 近くのリオーレ・アズィーズ(ib7038)は難しそうな顔のまま符を凝視する。
「……どのようにして瘴気の花を長時間保っているのです? 人魂は一分も持ちませんし」
 ある野望の為に頭を悩ませていたアズィーズに対して、霧雨は手を振る。
「人魂と一緒にしたらダメだって。あれは命令が複雑すぎるんだ。俺も今回教えてもらって驚いたんだが、この術はそもそも行程が……」
「そこまでですよ、霧雨君」
「痛てェ! どつきやがったな。何するんだ!」
「こっちの台詞です。小手先芸でも、この術の権利は私にあるんですよ、無断で広めないでくださいよ。それとも君に賠償金どっさり乗せましょうか?」
「ああ!? 先生なら寮生の疑問に答えるべきだろうが」
「君は雑用のはずですが? こういうのは教えるより研究課題向きです。第一、研究というのは多額の資金が必要です。新しい術の考案と資産を生み出す権利問題は、我々陰陽師には死活問題なんですよ。だからいつまでたっても君は文無しだと……」
 延々と揉める副寮長と雑用係。
 そう容易く教えてはくれないようだ。
 喧しい食堂の中で寿々丸はそわそわしていた。
「もうじきですかな? 他寮の方々とご一緒とは、楽しみですぞ!」
 同じ陰陽寮と言えども、普段は会う機会がない。玄武寮の寮生達は出迎えに向かう。
「始まりですね。瘴気の花を見つけられるかは、最後まで運次第といきましょう」
 楽しそうな八嶋が後を追った。


 予定の時間が来て、青龍寮から九名が宴に訪れた。
「いざ玄武寮調査! 未知の領域へひゃっはー!」
 特攻する羊飼い(ib1762)は、モユラ(ib1999)と花化粧を施した玄武寮内を見回しながら、懐の案内図を探る。
「玄武の桃は中々リッパだねぇ。いいねいいね。青龍の皆でお花見も久しぶり。本当は、みんなで勉強ができたらもっといいんだけど……青龍も早く授業再開するとイイねぇ」
「桃李成蹊ってやつー? なんとゆー虚構の空間。てか国王様いないですぅ、紫の雲を避けてやがるですの」
 本日不在の王様は公務が忙しいことを、後々身を持って知る……のはさておき。
 寮内は花で溢れていた。
 ここは学舎というより花御殿。
「これは中々に美しい風景ですね」
 感心する御樹青嵐(ia1669)の隣でゼタル・マグスレード(ia9253)が頷く。
「見事だ。三寮が一堂に会するも稀有ならば、満開の桃花に囲まれるも実に妙なる宴。正に桃源郷、これほどの華を用意して下さった玄武寮の関係諸氏には感謝せねばなるまい」
 のほほんと微笑む樹咲 未久(ia5571)は、桃の花散る回廊を進んでいく。
「偽りの桃の花が混ざっているらしいですが……とても綺麗ですねぇ」
「ええ」
 相づちを打った宿奈 芳純(ia9695)は生け花の素材に適した花はないかと目を配る。
「今宵の拙者は飢えているでござるー! 詰まるところ、お腹減ったでござる!」
 欲望に忠実な四方山 連徳(ia1719)が後に続く。
 无(ib1198)は「花ねぇ」と呟きながら、いい酒が呑めそうだと期待していた。此処で酒が飲めるか玄武寮生に聞いてみると、常磐が「自家製の桃花酒を用意したから、呑んでいってくれ」とどこか誇らしげに呟く。
 露草(ia1350)は玄武寮の出迎えの後、まだ言い争ってる副寮長と雑用係の所へ歩み寄り「すいませーん、終わったら瘴気回収でお花喰べてみてもいいですか?」と好奇心溢れるキラキラした眼差しで問いかけていた。


 これも一つの春の匂いなのだろう。
 俳沢折々(ia0401)がひらりと舞う桃の花びらに手を伸ばした。
「おー、見事な桃の花だね。玄武って名前の印象から、もっとこう無骨な印象があったけど……うん、なかなかどうして、風情があって良い感じ」
 華やかさに見惚れる者は多い。
「俺には似合わねぇファンシーな色だが、桃の花は嫌いじゃねぇよ」
 フッ、と気取った喪越(ia1670)が花の小枝を手折る。花より髪型が目立っている。
 ところで尾花朔(ib1268)は傍らの二人を振り返った。
「玄武寮、は初めてですね、お二人ともご一緒に色々回りませんか? こう、危険な場所はそれぞれが止めると言うことで」
 悪戯っぽい微笑みに、泉宮 紫乃(ia9951)は頬を染めて喜んだ。真名(ib1222)も「いいわよ」と笑って答えつつ、その表情はどこか複雑そうである。
 花の小径を歩きながら、クラリッサ・ヴェルト(ib7001)は珍しく年相応の表情で「綺麗だね」とはしゃいでいた。
 道の果てには、出迎えに現れた玄武寮の面々がいる。
「わぁ……あ、母さーん!」
 母さんんんん??
 走り出したクラリッサ。仰天した面々。そして事情を知る劫光(ia9510)は笑った。
「よぉ、リーゼロッテ。呑みに来たぜ」
「いらっしゃい。我らが玄武寮へようこそ、なんてね。派手でしょ? 期間限定なのよ」
「ヴェルトさん、朱雀寮にお身内がいらっしゃったんですか。と、皆さん初めまして、同じ玄武寮の八嶋双伍と申します」
「初めまして、クラリッサです」
「朱雀寮の劫光だ。よろしくな。各寮の陰陽師が一同に介するってのも面白いもんだ」
 八嶋達の挨拶に続いて、ネネやシャンピニオン達も朗らかに声をかける。普段から口数の少ないワーレンベルギアなどは本当に一言だったりもするが、どうやら引き合う何かを感じ取るらしく、朱雀寮の瀬崎 静乃(ia4468)達と淡々と話した。
「……朱雀寮二年、瀬崎なの。宜しくお願いします」
「朱雀寮二年。玉櫛・静音と申します」
「朱雀寮の真名。よろしくね」
 緋那岐が「料理は期待してくれ」を伝えると、平野 譲治(ia5226)が飛び上がった。
「おおおおっしっ! 遊ぶなりよーっ! そして食べるなりよー!」
 平野が競うように走っていく。


 三寮が揃ったのはいいが、宴の料理は自炊である。
 面倒がる者もいれば、嬉々として手料理に取り組む者もいる。台所には緋那岐を筆頭に玄武寮の面々が仕込みに励んでいたが、料理に自信のある他寮生達も次々に増えていった。

 料理は実に様々だ。
 常磐が花見の御重にと作った料理は、春の炊き込みご飯、うど、薩摩芋、椎茸の天ぷら、コハダの酢の物と菜の花の辛子醤油和え。
 ワーレンベルギアはおはぎ、緋那岐は鶯形の練りきり和菓子。
 ネネが作ったのは薄紅のクレープだった。ちなみにクレープの皮を焼いているのはアルジェントである。ネネはこってりしぼった白いクリームに、苺ジャムやベリージャム、紫蘇の赤を足した梅ジャムをのせて、綺麗に巻いた。仕上げは、綺麗に洗った桃の花びらに卵白で粉砂糖を宝石のように散らした花びらの砂糖漬け。
「春だし、こういうのって綺麗でいいですよね」
 ネネが隣のシャンピニオンに話しかける。シャンピニオンの作ったクレープの方には、苺のスライスといった季節の果物が主体で、この他には白玉や粒餡、うぐいす餡、梅餡などが色鮮やかにくるまれていた。
「ねー? 皆、よろこんでくれるといいなぁ。あ、先に副寮長に差し入れてくるね! さっきお部屋に戻るの見たし。もし樹里ちゃんが居たら、このあいだ雪だるま作り手伝ってくれたお礼も言いたいから」
 シャンピニオンはジャムまみれの割烹着を脱ぎ、食品を乗せた盆を持って走っていく。
「いってらっしゃい」
 アズィーズは後で図書館の一角で行う陰陽術やアヤカシクイズの景品に、手作りクッキーを焼いていた。どうみてもクッキーが見覚えのあるアヤカシの形にしか見えないのは、ウケ狙いなのか、無意識なのかは分からない。
「凄い量ですね」
「ホワイトデーは、三倍返しと相場が決まっていますので」
「なるほど。お菓子は充分みたいですし、私はジルベリア料理に戻りますね」
 アルジェントはオードブルを作るため、ゆで卵の潰し作業に戻った。
 一方、食堂『華宝』の入り口が混んでいたので、先に寮長の所へ行って瘴気の花を届けた四方山は「得したでござるー」とか言いながら、梵露丸握って戻ってきた。初めての玄武寮だ。うっかり裏口から台所に入り、周囲を見回して食料庫に手を伸ばす。
「生米うめえ! 味噌うめえ! 砂糖あめえ!」
「どなた!? お腹壊しますよ!」
 原料を生でむさぼる四方山に気づいたアルジェント絶叫。
 とりあえず料理は別にあるので野性的な状況を止めようとするのだが、威嚇して手に負えない。そこへ「任せてください」と、台所にいた同じ青龍寮の御樹が颯爽と現れた。
「それ」
 ぱく、と降ってきたおかずを食べる四方山。
「はい次」
 たしっ、と魚を受け取る四方山。
「こっちですよ、それ」
 ばく、と食いつく四方山。
 手持ちの総菜や菓子を次々投げながら四方山を席へ誘導していく。見事だ。
 ところで。
 おでこが赤く腫れていた樹咲は鍋を抱えて台所に現れた。
「折角の宴ですので、これも混ぜていただいてよろしいですか?」
 中身は海老つくねと蕪の煮物、生姜あんかけ。樹咲の義弟の作だ。
 つくってきて下さったんですか、と話しかけるアズィーズに対して、樹咲は微妙な笑みを浮かべた。作ろうとして失敗して、顔面に鍋の蓋が直撃した話は胸の内に仕舞っておく。


 茜に色づく西空は、星の輝く夜を運ぶ。
 玄武寮の中に飾られた石灯籠に、発火符で火を灯していく様子は陰陽師ならではだ。
 宴までの時間、料理を手伝っている者以外は、自由気ままに瘴気の花を探したり、玄武寮の中を探検していた。知らぬ顔も、同じ桃の樹を眺めたり、二言三言言葉を交わす内に長話に興じる。

「青龍は休講中ですが朱雀、玄武ではどのように過ごされてます?」
「うちは寮長が課題を」
「玄武寮……ですか? 講師の方がいらっしゃったり、単位に変換される事件の解決を任されたり……アヤカシ退治をかねた実技授業では、一癖あるものが多い……でしょうか」
 无の問いかけに、俳沢とワーレンベルギアが答える。寮ごとに授業や教育方針は異なるものだ。
「後で研究室や書庫にお邪魔したいのですが」
「私も図書館が気になるな〜」
「えっと……図書館と研究室の場所は……、あの、呼んでる……みたいですよ?」
 ワーレンベルギアが无の袖を引いて、廊下の果てを指さした。

 同じ頃、早々に瘴気の花を寮長に届けた宿奈は生け花に勤しんでいた。
『宴の記念に。もしよろしければ、他所にも飾って宜しいでしょうか』
『ええどうぞ』
 かくして桃花を使った生け花に挑戦中だ。竹筒を花器の代わりとし、椿を真に添え、脇を花桃がついた若木の小枝を少し撓めて固め、それを後ろから支えるように雪柳を配し。
「なかなかですね、さて、次を……誰か呼びましたか?」
 遠くに走る人影。どうやら気のせいではないらしい。

 宿奈からそう遠くない場所で、羊飼いとモユラは二人で一時間ほど瘴気の花を探していた。
『あー、消える花なんて見つけたら確実におもちゃにしますよーぅ、ねー?』
『手分けして探そっか。あたいはこっち、あなたはこっちーてな感じで……木に登って調べたら、怒られるかなァ』
 ぽりぽり頬を掻きながら歩き回った。あれこれ手折ってみると、モユラは一輪だけ瘴気の花を見つけた。玄武寮の寮長から、ご褒美として貰ったのは梵露丸だ。
「うらやましーですのー、もゆえもん」
「まァさ、二つ目さがそーよ。いくつかあるみたいだしさ、あたいも手伝うし……ん?」
 遠くで青龍寮の寮生を呼び集める声が聞こえた。


 賑やかだった玄武寮の中を走り回っていた霧雨は、青龍寮の寮生を捜していた。
 それぞれに急いで玄武寮の寮長室へ向かうように告げた。辿り着いた応接室にひとり、またひとりと集う仲間達。痛い沈黙の中で、御樹が一歩進み出る。
「……あの、我々が何か?」
 不安そうな表情で互いを見る青龍寮の所属者たち。対して玄武寮の副寮長は、寮長の所へ大きな葛籠を運んできた。葛籠の蓋を開けると、沢山の小包が入っている。
「これは、青龍寮の皆さんが昨年、寮入学や進級の際に納めた授業料の二万文です」
 皆の目が点になった。何故、玄武寮にそんな大金があるのか。
「先ほど、架茂王様の使いが書状を持ってこられました」
 小包を近くにいた露草に手渡す。
「青龍寮の皆さんに、お返しするようにと」
 玄武寮の寮長は、玄武の宴に来ていた青龍寮生全員に二万文を返金した。
「本来、昨年の青龍寮は架茂王様が直々に教鞭を執られるはずでした。しかし御公務がお忙しいまま、年が明けたのはご存じの通りです。上層会議の結果、多忙な架茂王様に講師までさせるわけには行かない、と。北面の件も、まだ落ち着いたとは言い難い情勢ですし……ただでさえ、五行は大アヤカシの脅威にさらされる土地。我が玄武寮の副寮長ですら東の封陣院分室を預かる身という事で不在がちですので、推して知るべきでしょうね。なんにせよ、年度内の青龍寮の授業は不可能との判断で、返金が決まりました」
「じゃあ……まさか、私たち追い出されるんですか?」
「詳しい事はまだ。ですが五行の未来を担う優秀な若い芽を、腐らせるようなことは我々がさせません。寮長の兼任や他寮編入も視野に入れ、朱雀寮の各務寮長と相談して参ります。結論が出たら皆さんに知らせます。以上です」
 まさか他の寮長から重大な話をきかされるとは。
 二万文を受け取り玄武寮長室を出ていく者達に「そうそう」と副寮長は声をかける。
「花見に来なかった他の青龍寮の寮生にお会いしたら、返金の話を教えてあげてください」


 一方、他寮の人間は何も知らされていないので、長閑に過ごしていた。

「うーんうーん、届かないよう、霧雨おにーさん呼んでくればよかったぁ」
 ぴょんぴょん飛び跳ねるシャンピニオンの後ろから、白く骨張った指先が伸びた。「これですね?」と確認して、ぱきん、と手折る。シャンピニオンが振り返った先には、枝を持った尾花と泉宮、真名がいた。朱雀寮の者達だ。
 微笑んで「どうぞ」と盆に添える。
「ありがとう! ありがとうお兄さん! 後でお菓子もっていくね!」
 遠ざかる少女に手を振りながら真名は「良かったの?」と肘で尾花の脇をつついた。
「気づきました? でも先に見つけたのは、あの子ですから。流石に大人げないことはしませんよ。なにより私は今、充分幸せですから。幸運をお裾分けするのも悪くないです」
 泉宮を見つめる柔らかい眼差しに、真名は肩をすくめた。
 そして「人と逢うから」と告げて二人の元から遠ざかる。
 残された尾花と泉宮は、瘴気の花を探して回廊を歩いた。見事な花化粧を施した寮内に、うっかり妖花探しを忘れて魅入ってしまう。鉢に躓いてしまうのは致し方ない。
「えっと、あの……手を、繋いでも良いですか?」
「もちろん。もう一年ですね、紫乃さん。ずっとご一緒して良いでしょうか?」
 手の甲に口付ける。
 想いが通じあってから半年。この一瞬が愛おしい。
「喜んで。本当に夢のようです。この景色も、朔さんが隣にいてくださる事も。それで、えっと……その…………お、お願いしたら、私にも花を手折ってくださいますか?」
 ぼっ、と顔を赤くした。それは恋する乙女の小さなヤキモチかもしれない。
 本当は、自分で手折れる高さではあるけれど。
「どれが宜しいですか?」
 泉宮は23と記された立て札の木のひと枝を指さした。軽やかに飛んで、花を手折り、愛する者に届ける。幸いにもこの枝は瘴気の花だった。梵露丸と引き替えた後、二人は宴会の料理を手伝うべく台所へ向かった。


 宴が始まった頃、クラリッサは図書館にも桃の花が飾られていることに驚きつつ、数分もすると椅子に腰掛けて熟読体勢に入った。宴への期待と同じくらい、今日しか読めない玄武寮の書庫が気になる。そんな後ろ姿を遠巻きに見守るのはリーゼロッテだ。暇つぶしに通りがかった霧雨に声をかける。
「あら、霧雨さん。それ、副寮長が持ってた本じゃない?」
「物覚えがいいなー。そ、おかげで可哀想な俺はこき使われてるって訳だ」
「こんな時まで雑用なの? 大変ねぇ、ちゃんと給金もらいなさいよ」
「ほっとけ。で、娘さん連れて宴会の方にはいかないのか?」
「あらやだ……まぁ、年は知ってるんだったわね、残念」
 思えば、寮の出迎えで皆の視線を浴びていた。うっかり思い出して「失敗したわ」とぼやいたが「どーかしたか?」と呑気に問う声に「何でもないわよ」とそっぽ向いた。
「あーして見てると、入寮直後を思い出すな。ネネと此処にいたろ?」
「……いたの?」
「ひっでぇな」
「声かけてくれればよかったのに。そうね、うちは割と放任主義だったはずなんだけど……私にはもったいない位、できた娘だわ。没頭すると時間を忘れるのは悪い癖だけどね」
「子供は親の背を見て育つって、言うしな。じゃ、後でな」
 霧雨と他愛もない話に興じたリーゼロッテは立ち上がってクラリッサに声をかけた。
 一緒に自前の弁当を持って、庭に腰掛ける。
「夢中になって時間を忘れちゃう癖、直さないとダメよ。で、どうだった?」
 数少ない、母子の時間。
「朱雀寮とは内容が違うなーって。それでね……ねぇ、母さん。頑張るよ……私」
 頑張るよ、頑張るから、だからね、と。
 背伸びをする娘の頭を撫で、リーゼロッテは囁く。
「進級できたら……お祝いも用意してあるのよ。だから、頑張りなさい」
 花梨の石庭は花びらで埋まっていた。
 薄紅の花を愛でながら、母と子は静かに月を見上げた。


 賑やかな宴会場の中心では劫光と无達の呑み比べが始まっていた。取り囲む喪越や平野達は囃し立てる。美味い料理に酒があれば、当然そこには人の輪が出来る。
 しだいに宴会芸は熾烈な戦いをみせていた。

「つぎは誰なり〜??」
「はいはーい!」
 平野のかけ声に、上機嫌の露草が化粧道具を握りしめて現れる。長い髪を一つに纏め、白騎士の格好という、所謂男装をしている。
「じゃじゃじゃじゃーん!」
 しゅぱーんっ!
 襖の向こうから現れたのは、女装した二人の男。
 今宵の宴を盛り上げたい……そんな健気な男達の思いは斜め上へと昇華されている。
 まず髪も化粧も弄られたマグスレードは白い鳳が前後に刺繍された非常に高級感溢れる上品な泰服を纏っていた。股の付け根まで入った深めのスリットが、無駄に白い肌と足を強調する。
「それとですね、すね毛の処理もばっちりです!」
 露草がゼタルの旗袍の裾を少しぴらっ、と持ち上げて誇らしげなガッツポーズをする。
 下着のちら見な夢を抱えた男達の一部が「あれは違うあれは違う」と念仏を唱えていた。ちなみにギリギリ見えない龍が描かれた褌は、彼が残した最期の自尊心に違いない。
「ふ、此処は似合わないのを笑う所だぞ? な?」
「……まぁ、私は慣れてますので」
 一方、白拍子の姿勢をとった御樹は、先ほど台所で着ていたオカンな割烹着を脱ぎ捨て、華やかに生まれ変わった。頭には白鳥の羽が優雅に広がる緑色のつばの帽子をかぶり、白を貴重としたワンピースと狙ったような巫女袴を纏い、ちらちら見えるか見えない下着は紐仕様な上にレースが施された情熱の赤色という、うっかり想像したくない徹底ぶりだ。
 ちなみに鶴を象る面で、本人の数少ない自尊心保護を保証したい。三人は周囲を巻き込んで竜巻的な踊りを披露すると、御樹は女装したまま割烹着を着て料理に戻り、マグスレードは女装したまま露草を抱き上げていた。

「他寮の生徒も居るから何時もより賑やかだな……けど、誰かいないような」
 首を捻る常磐。宴会の片隅では寿々丸と常磐が霧雨と話していた。
「むむ、そういえば。御彩殿、今日は樹里殿はおらぬのですか?」
 寿々丸の耳が寂しそうにぺしょーんと垂れる。
「使いに出てるんだよ。もうじき戻ってくると思うぜ?」
 丁度その頃、玄武寮に戻ってきた人妖の樹里はシャンピニオンの所にいた。
「ちゃんと人数分の料理は作ったし、来たら渡せばいい。で、御彩はコレ、呑むか?」
「おう! さんきゅーな!」
 常磐の桃花酒を煽る。

 向かいの席の玉櫛は、すすめられる酒を「そう言われるなら」と片っ端から飲んでいた。
 酔うに従って呂律が怪しくなり、楚々とした空気が、記憶の彼方に吹っ飛んでいく。
「きゃははははは! へんなかおー!」
 とても楽しそうだ。
 しかし被害は甚大だ。
 目の前にいる者を、手当たり次第に捕まえて愚痴を零す。
「だーかーらねー……兄さんはぁー、静音に冷たい訳なのですよぅ……昔はよく抱っこしてくれたりしたのにぃ……うええええん」
 人違いです。
 愚痴られ、揺さぶられ。
 と格好の標的になっているのは瀬崎だ。瀬崎は玉櫛の隣で酒を飲むフリをしながら食事をしていたが、玉櫛が酔って絡み酒になったあたりで介抱係になった。適度に相づちをうちながら、困るどころか狼狽えもしない。大物です……、とワーレンベルギア達が賞賛の眼差しを送る。
 酔いつぶれた玉櫛達の体に毛布を掛けて。
 寝息を確認してから、近くを通りかかった料理を運ぶネネに声をかける。
「……烏龍茶をもう一杯貰えるかな? 氷もお願い」
「はーい、ただいま」
 こうして。
 しがみつかれて食べられなかった遠い皿の料理を食べる好機が到来したのであった。


 夜も更けてくると「帰る前に」と最期の散歩に出る者は多い。
 アルジェント達、瘴気の花を見つけても料理で動けなかった者達が寮長の元へ向かう。
 回廊を歩いていて、偶然出会った緋那岐と俳沢は同じ道を歩きながら花を見た。
「ところで瘴気の花は見つけた?」
「さっぱり」
「俺も。三本折って心折れたクチ。なんつーか、枝を折るのにはちょいと躊躇するっつーか、ほら、コレだ! って思ったのをバキッと折るだろ? ……何この覚悟」
 くすくす笑う。
「じゃ、俺むこうだから。楽しんでってくれよ」
「ありがとう」
 軽く手を振って回廊を曲がる。
 夜の夢も彩りそうな桃の花路に、橙の灯りが幻想的だ。
「ふふ、梅と桜に見せ場を奪われるがちな桃の花も、沢山飾ると見栄えがするね」
 妖花は悉く外れたが、歌の材料になりそうなものを探すのも悪くない。俳沢はワーレンベルギアに教えられた図書室の香蘭に来ていた。「おじゃましまーす」と室内を覗き込む。整然と並ぶ本棚の間を歩きながら、八嶋に声をかける。
「あの、ここの図書委員ってだぁれ? わたし図書委員だから興味あって」
「朱雀寮では分担制なのですね。玄武寮は週交代ですから、寮生は一通りやってますよ」
「しゅ、週交代? ……短いんだね」
 戸惑う俳沢に、八嶋が肩をすくめる。
「昔は年単位だったそうですが、玄武寮は研究に没頭する気質の方が多くて。端的に言えば『研究にかまけて係をサボる』方が多かったそうです。困った卒業生がいたものです」
「それは……確かに死活問題だよね」
「今は昔とは違うと思いますが、何事も連帯責任だとか。ところで何かお探しですか?」
 八嶋と暫く蔵書の違いについて話していた俳沢は、ふと図書館の壁に貼られた緋那岐の文字を見て、色紙に筆を走らせる。八嶋が色紙を受け取り、隣に飾った。


『春告げる皆待ちわびし時の声』緋那岐
『桃林の薫真似るか黒の花』俳沢折々


「うぅ、寮長の絶対零度の微笑みが怖かったですよぅ〜」
 十河が青い顔で花の回廊を歩いている。
 最初は寮長に蘆屋家は名門なのか、等々尋ねていたが、寮生時代の浪漫を尋ねた途端、空気が重くなった。微笑んでいるのに、肌に寒気を覚える始末なので、早々に退却である。
「銅さん、霧雨さん、寮長、さて、次はゆっぴー副寮長〜〜お?」
 十河が悶絶している人影に気づいた。
 時は少しばかり巻き戻り。
「うおおお、偶然と奇跡にせんきゅー!」
 瘴気の花を探していた喪越は、語呂というより好みで樹を選んで花を手折った。寮長に届けた所、1本が正解だった。玄武寮の講師、桂銅が隠したものらしい。かくして梵露丸を受け取った後は鰻登りのテンションで女性達を口説いて回った。
「こんばんはセニョリータ。桃色の花には桃色の景色がよく合う……てアレェ、いねぇ!」
 宴会での酒池肉林云々など、ビンタすれすれの発言が、女性達を遠ざけていた。残念!
 自分で招いた切ない状態を嘆きながら購買『夜舞』へ向かう。
 先客がいた。
 平野である。なんだか青い顔で黒い何かを頬張っていた。
「よぉ、アミーゴ。しけたツラしてどーしたんだァ? 亀煎餅でも食ったかー?」
「に、苦いなり、好奇心は命取りなりよ!」
「は?」
「おや、にーさん見ない顔だね。他寮の人かね。いやね、体にはイイから食べてみるかい? って渡しただけだよ。にーさんも食べるかい? 体にいいし、美肌と美顔効果もあるし」
「セイセイセイ! その黒いプルプルしたヤバそうな物体は一体なんだー!」
「亀苓膏(きれいこう)って言って分かるかね? 亀の甲羅の粉末とドブクリョウや仙草なんかの生薬を煮出して薬膳料理にした、まぁ亀の寒天デザートだね。さ、記念に一口」
 亀キタァァァ!
 亀料理の歓迎を受けた二人は、その後口直し品を求めて購買で山ほど食品を買っていた。
「……超苦い亀なデザートを食す勇者現る、と……」
 物陰で十河が様子を書きとめていた。
 玄武寮瓦版に、後日悶絶する二人の姿絵がのることになる。


 ところで真名は花の回廊でぼーっと佇んでいた。
 宴の間から楽しそうな声が聞こえてくるし、お腹もすいているが、足が運びにくい。
 親友とかつての思い人が寄り添う姿は微笑ましい。けれど、どこか割り切れない所がまだあったのかも知れないと、複雑な感覚に戸惑っていた。これが失恋の痛みなのだろう。
「……呑むか?」
 劫光だった。常磐から貰った桃花酒を手にしている。
「……ありがと……美味しいね、これ」
「だろ? 自家製らしいぜ。後で作った本人に言ってやれよ。うまそうなつまみもあった」
「……ん、落ち着いたら行く」
 甘くとろりと喉を焼く、桃の花香る酒。
「……あれ? お、おかしいな、泣き上戸じゃないはずなんだけど、やだね、あはは」
 つぅ、と零れた涙は静かに真名の頬を伝う。
 劫光は何も言わなかった。ただ頭を撫でて背を向けると桃の花を見上げる。あれこれ聞かずに黙って隣にいてくれるのは、劫光なりの気遣いだ。真名は泣いているのか笑っているのかわからない表情で、酒を飲みながら、時々劫光の背を借りた。
 涙も甘い痛みも。
 やがて時間が全てをさらっていくのだろう。

 遠くから楽器の音が聞こえてくる。
「歡言しては〜春酒を酌みぃ〜我が園中の蔬を摘むぅ〜」
 胡で陽気に歌う羊飼いと、半ばやけ酒のように大量の酒をあおるモユラがいた。


 羽目を外して騒いだ春の宴。
 はじめまして。
 今年も宜しく。
 桃色の酒で赤らんだ顔も、今宵は愛嬌。
 妖花と桃の宴は、様々な想いをのせて夜遅くまで続いたようだ。