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■オープニング本文 ●救出された娘 昨年、神楽の都は冥越八禍衆「生成姫」勢力の襲撃を受けた。 なんとか炎鬼と鷲頭獅子の軍を全滅させたものの、妖刀「飢羅」に逃げられてしまう。この時、妖刀は寄生していた娘を神楽の都に捨てていった。保護された娘は志士のひとり。弱りきっており、その後、懇々と眠り続けていた。 「お、目を冷ましたか。樹里、牛乳でも温めてきてくれよ」 「ホットミルクっていいなさいよ」 「……ここ、は?」 目を覚ました娘の為に、人妖が土間に向かう。 その日、番を任されていた陰陽師の御彩・霧雨(iz0164)は、ここが神楽の都の開拓者ギルドであることを告げた。 「わたし、どのくらい眠っていたの?」 「へ? えーっと一ヶ月半かそのくらいじゃないか?」 しばらく状況を飲み込めないでいた娘も、神楽の都襲撃の一件や北面の状況をきいて飛び起きた。既に全身が衰えていた為、歩けなくなっていた。それでも地を這うように前へ進む。 「とめなければ、飢羅と話していた白琵琶があそこに行ったはずなのよ!」 白琵琶姫。 それは白い靄に紛れ、配下の楽師と共に現れる亡霊だ。 大アヤカシ「生成姫」の腹心でもある。 空を飛び、痛みを感じず、能力を封じる力を持つだけでなく、霧の中で魅了した能力者から力を奪い取り、瞬く間に回復する。 古文書に『陰陽師喰い』すなわち能力者を捕食する鬼女として、その名を知ることできるが、ある時撃退に成功し、重傷を追わせた記録以後、行方がわからなくなっていた。 研究者の間では、生成姫と各有力アヤカシを繋ぐ、連絡役と考えられている。 「と、とりあえず人を呼んでくるからまってろって」 戻ってきた人妖が「なにしてんの」と二人に声をかけた。 ●靄の中の白琵琶姫と楽師たち ひゅーひゅー、と文字通り虫の息の若者がいた。 此処は北面「新庄寺館」……既に弓弦童子一派の襲撃により、陥落した場所であるが、突然、琵琶の音色と共に周辺六十メートル範囲が真っ白な靄に包まれた。 現れたのは弓弦童子ではない。 「全く……人が手薄になり、疲弊した五行やギルドを襲撃すれば我らの勝利は動かぬ……と分かっていて、こんな場所へ我らを送り込み、無駄な雑務をお命じになるとは。姫様に戦う気はおありなのでしょうか?」 人型のアヤカシだった。 横笛を持っている透けた男の問いかけに答えたのは、十二単を纏った美しい乙女だった。少女と美女の狭間を輝く、儚さがあった。屍の山に降り立っても、眉一つ動かさない。 「賢くなったが、まだまだ頭が足りぬのぅ」 「白琵琶様はご存じなので?」 ころころと鈴のような笑い声が零れた。 「戦う気などない。遊んでおられるのよ。本気になれば造作もない事は、冥越で実証しているではないか。我らアヤカシに怯え暮らし、些細な事で諍いを生み、己が身可愛さに子供すら売る……命短い人を飼い嬲る楽しみをまだ知らぬな」 白い靄の中から、次々と亡霊の楽師達が現れる。 周囲の屍を漁り始めた。 「……嬲って喰った方が美味いこと位は存じておりますが」 楽師の言葉に応じながら、白琵琶と呼ばれた乙女も周囲を見て回る。 「その程度か? そもそもな。真の策士というのは、一手で十の効果を引き出す者よ。姫様の思惑を見通せぬ者に片腕など務まらぬ……と、まぁ、どちらかと言えば阿呆の小太刀に言ってやりたいが」 楽師達が顔を見合わせた。 「……配下を全滅させて、宿り身まで捨て、錆びた挙げ句、のこのこと帰ってきたアレですか」 白琵琶姫の唇から苦笑が零れた。 「手厳しいのぅ。アレでも、夢魔共があちらこちらで集めた死体や瘴気を喰わせている分、進歩はあるのだぞ? 平民ばかりで質は悪いがな。第一、先日の神楽の都襲撃を派手にやってくれたおかげで……我ら白琵琶衆は動き回れるほど力を蓄えられたのだ」 「して、今集めているコレはどうするのですか? 弓弦様に献上を?」 ぐぇ、と楽師の足下から声があがった。 瀕死で動けぬ若者の怪我を、楽器で抉る。 取り残された者だ。いっそ死んだ方が楽だったに違いない。 「阿呆め。何の為に、武人ばかり生かしたまま集めたと思っている。これを喰わせて妖刀に知恵をつけさせる為に決まっておろう。より多くの戦術を学習させねば、宝の持ち腐れだ。そろそろ錆びも取れる頃だろう」 白琵琶姫が男の顔を見聞してから、術をかけた。 苦悶の表情が消え、立ち上がる。白琵琶姫にぴったりと寄り添った。 「ははぁ、なるほど。戦場ほど、適した餌の集まる場所はございませんしな」 「そうだ。単なる虐殺を好む弓弦や羅刹など放っておけ」 白琵琶姫と楽師達の後ろには、屍同然の者達が群を成していた。 満足げに笑って踵を返す。 「神楽の都襲撃の一件で、妖刀飢羅の訓練だけでなく敵地の調査ができたのだぞ? 更に開拓者を足止めし、開拓者の力を消耗させ、目隠しの役割を果たす影で我らは力を吸い取り復活した。弓弦への義理立ても済んだ。おかげで共闘の名の下で弓弦の縄張りへの出入りが自由になった。今、戦いを楽しむ連中がうっかり見逃し、捨て置いた瀕死のゴミを丁寧に掃除して回る我らを……誰が気にとめる?」 人と弓弦。 どちらが勝とうが負けようが関係ない。 そう、我々には。 「我らの主人は、生成姫様のみ。姫様の為に、残りを補充するぞ。宮野庄へ参ろう」 ●北面「宮野庄」を守れ! 救出された娘の証言を元に、開拓者ギルドは現地に使者を送った。 その後、現地からの報告があった。 白琵琶姫の軍と思われる白い靄と屍の隊列は、布都川周辺から森を通って北之庄館を過ぎ、新庄寺館を通り、朝日山城と朽木の辺りまで南下していることが分かった。弓弦童子達が進軍を続ける影で、徐々に武装した屍の数を増やして移動している。 その隊列が向かう先には、宮野庄が佇んでいた。 「……白琵琶姫達は、このまま宮野庄を襲う気でしょう。その前に、止めねばなりません」 時間を逆算すると。 急いで駆けつければ、宮野庄から三キロ手前の平野で奴らを止めることが出来る。娘から白琵琶姫達の思惑や能力を聞いた霧雨は、急いでギルドに残っていた人員や負傷して戻ってきていた開拓者達をかき集め、現地へ向かった。 このまま連中の思い通りにさせてはならない。 |
■参加者一覧 / 朝比奈 空(ia0086) / 音有・兵真(ia0221) / 鷲尾天斗(ia0371) / 柚乃(ia0638) / 葛城雪那(ia0702) / 鬼啼里 鎮璃(ia0871) / 酒々井 統真(ia0893) / 霧崎 灯華(ia1054) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / 大蔵南洋(ia1246) / 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 羅轟(ia1687) / 四方山 連徳(ia1719) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 九法 慧介(ia2194) / 秋桜(ia2482) / 黎乃壬弥(ia3249) / フェルル=グライフ(ia4572) / 平野 譲治(ia5226) / ペケ(ia5365) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / 鬼灯 恵那(ia6686) / 只木 岑(ia6834) / 咲人(ia8945) / 静人(ia8946) / 霧咲 水奏(ia9145) / 郁磨(ia9365) / 桂 紅鈴(ia9618) / コルリス・フェネストラ(ia9657) / 明日香 飛鳥(ia9679) / フェンリエッタ(ib0018) / シャンテ・ラインハルト(ib0069) / ジークリンデ(ib0258) / 明王院 浄炎(ib0347) / 萌月 鈴音(ib0395) / 不破 颯(ib0495) / 天霧 那流(ib0755) / 四方山 揺徳(ib0906) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 朽葉・生(ib2229) / 蓮 神音(ib2662) / 牧羊犬(ib3162) / 東鬼 護刃(ib3264) / 鳳珠(ib3369) / リーン・スール(ib3626) / 針野(ib3728) / 長谷部 円秀 (ib4529) / エラト(ib5623) / ローゼリア(ib5674) / 蓮 蒼馬(ib5707) / 熾弦(ib7860) / 刃兼(ib7876) / 一之瀬 戦(ib8291) |
■リプレイ本文 ●北面の地と屍の行進 此処は朽木と宮野庄の狭間。 周囲は20cmの積雪に伴い足場が悪く、気温はマイナス10度に達していた。 吹雪に混じって靄の固まりが移動している。後ろに連なるのは、50体の屍人と30体の食人鬼。 これらの相手を名乗り出たのは20名の開拓者だった。 二十名の中で装備に支障がなかったのは、只木 岑(ia6834)と柚乃(ia0638)、萌月 鈴音(ib0395)と刃兼(ib7876)の四名のみ。加えて礼野 真夢紀(ia1144)と明王院 浄炎(ib0347)、ペケ(ia5365)と朽葉・生(ib2229)、霧崎 灯華(ia1054)の五人は防寒対策こそしていたが北面の寒さが上回り、行動や集中力に支障が現れていた。残る十一名は、集中力の激減や俊敏が失われるだけに留まらず、刻々と体力を奪われ、凍傷を負う中での厳しい戦いを強いられることになった。 北面の冬を肌身で体感しながら、東鬼 護刃(ib3264)は徐々に迫る屍軍に双眸を細めた。 「……眠ることもできぬ哀れな死人たち、か。わしの術で屠ってやろう。まずは足止めてやるかの」 頼むぞ、と朽葉に声を投げて。 向かう先は、白い霧と屍の境目。 割り込んだ己の周囲に真空の刃を飛ばし、取り囲む敵を切り裂く。対象の距離、僅か十メートル。 合図と共に状況を察した朽葉が動く。まず靄と屍を分離することが先決だ。 アイアンウォールで壁を生み出し、行進を阻む。 明王院は壁で分断された屍人の列に突進した。 雄叫びをあげながら屍に向かう姿は、自暴自棄になったのかと思わせるほど捨て身に見えた。 が、大量に群がったのを確認すると、足を構え、自分を中心とする円形範囲内の敵全員に激しい衝撃波を浴びせた。刃で刺されても、噛みつかれても、そのまま前進して衝撃波を放ち続け、屍の群を分断する。 強い意志の光を宿した男の眼光が狙いを定める。 「尊厳奪われし者達を、鎮魂の祈りもて天に還さん! 参る!」 仲間よ、我に続け。 力強い声は勢いを加速させる。 武者震いをした鬼灯 恵那(ia6686)は、歓喜に震えた。彼らに遠慮はいらない。 気合いと共に全身の力で敵を割る。 「ふふ、こんなにたくさん。アヤカシなら気兼ねなく斬れるねー?」 歌うような口調のまま大地を蹴る。怪我など気にせず突っ込んでいく。 「じゃ、楽しませてもらおうかな」 回転しながら殲刀を大きく振り回す……と、そこで力の消耗が激しく、回転が上手くいかなかったことに気づいた。 転職故の弊害。それは本来の倍の力を消費することにある。 一旦、東鬼が鬼灯を救い出した。 そしてもつれ合う集団の狭間から、鬼灯に梵露丸が投げ渡される。屍人に覆われて見えなくなっていく仲間に一声感謝を投げて、鬼灯は再び、斬るために戻った。多少の無茶を覚悟で屠る者達の為に、進行方向には柚乃が待機している。 「下級アヤカシとはいえ、数が多いので……油断は禁物です。さあ行って!」 柚乃は屍人から離れた後方で、活発に動き回りながら、怪我を負った者や動きが鈍る者達を中心に、回復し続けた。 平野 譲治(ia5226)は五感の吹雪の中でも「全力で戦うなりよっ!」と叫んだ。 余りにも寒い為か、平野が召還したのは炎を操る式である。火の輪は大きく燃え上がり、目標に向かう。前衛を援護する形で確実に一体ずつ落とすことを心がけた。 「ふむ、きいているようなのだ。このまま、いけるなりかねっ! 逃がさないなりよ!」 問題は、冷えていく自分の体だ。 同じく凍える四方山 連徳(ia1719)は、震えながら、仲間のいない場所を目指した。 「久々のお仕事でござる! ぱぱっと片付けて、白ピャー姫だか白ビヨーン姫だかの討伐に加わるでござる。なによりアヤカシに知り合いなんていないでござる!」 超きっぱり宣言して「汚物は消毒でござる!」と隷役させた火炎獣で容赦なく焼いた。 その堂々とした潔さには、ある意味で感心させられる。 「汚物は消毒ねぇ」 一方の霧崎は笑っていた。どう接するかは人それぞれ。 「ま、……宴は楽しくないとね! 次の相手はどっちかしら!」 霧崎は純粋に大量の敵を捌くのが楽しいらしく、呪声を放ち続けた。味方を巻き込まない範囲を気にし、効率的な仕留め方を意識していた事は、時間短縮に貢献したと言えよう。 戦い慣れてきた開拓者に取って、これほど楽な敵はそうはいない。 もっとも。 それは敵が縁もゆかりもない赤の他人であった時に、初めて成立する話だ。 ペケは屍達を見回した。顔から感情が消えていく。 「……その無念、私が引き継ます。……私は、落ちこぼれでも、シノビの端くれですので」 二体同時に襲ってきても、ペケの表情は揺るがなかった。 押し殺した決意もあれば、殺しきれない怒りもある。 「ふざけたことを」 慌てていた所為か、防寒に加えて色々と技術の準備を忘れた長谷部 円秀(ib4529)だったが、神布を拳に巻きつけ、淡々と屍を殴り続けた。 静かな表情の裏で燃え上がる、汚された死者の誇りに対する怒り。 確実に殲滅し、手向けに変えてみせる。 「戦で犠牲になった人達が……更にアヤカシに利用されるなんて……絶対に許せません」 萌月が抜刀した。 霧から分断された屍人を貫いていく。まずは足、そして胴、確実に倒すと心に決めた。 「今度こそ……静かに休んで下さい」 敵を倒すのではない。 共に北面を守った彼らに、安らぎを与えるために。 「飢羅の時みたいに裏がありそうな気もするけど、まず何とか食い止めないとね」 警戒ばかりしていても仕方がないと、天霧 那流(ib0755)は太刀を構えた。 寒さで体がこわばり、凍傷を負うのも時間の問題だが、無茶をしなければ傍の仲間が助けてくれるという確信があった。 決して取りこぼさぬよう、着実に仕留めていく。 次々と屍を切り裂き、或いは砕く中で、石動 神音(ib2662)は決定的な一打が打てずにいた。寒いし集中力は鈍るが、石動の攻撃力は一撃で屍人を葬るには余りある威力を備えていた。散々死闘をくぐり抜けてきた身だ。屍人が怖いわけでもない。 共に笑った。 アヤカシを倒そうと手を握った。 記憶に残る温かい面影が重なってしまう。 「神音! 後ろ!」 「あ……」 蓮 蒼馬(ib5707)の声に振り返る。石動は大刀を振り上げる大男を見上げた。 この首の角度を覚えている。 逆行で顔はよく見えなかった。 頭を鷲掴みにする大きな手は『若いのに偉いな』と褒めてくれた。 まだ覚えている。 覚えている。覚えているのに。 ぐちょッ、と鈍い音がした。目の前で首が潰れて吹っ飛んでいく。 蓮が蹴った。 「……感じないか? 死して尚アヤカシに利用されようとしているあの者達の無念を。今の俺達に出来ることは、この手でその魂を天に還してやる事だけだ」 間欠泉のように吹き上げた黒い血は、とても冷たい。 生きている人間のものではない。 自分たちしかいないのだ。 石動は決意を新たにして、今度は本気で殴りに向かった。 ●霧の罠 不気味な霧の中に身を隠す白琵琶姫に挑んだのは、十九名の開拓者だった。 こちらも寒さを気にもとめずに動けたのは、僅か四名。集中力の低下がやむを得なかったのは六名で、残る四名はアヤカシだけでなく寒さとも戦う羽目になっていた。 无(ib1198)は魂喰で靄の消滅を試みるが範囲が広すぎる。地道に削るしかないらしい。 フィン・ファルスト(ib0979)とローゼリア(ib5674)は捕虜救出までは霧の外を飛び回って様子を見た。 「捕虜がいる、か」 熾弦(ib7860)は考える。襲撃を警戒した盾には間違いないが、数が多い。 諦めるのは速いが、全員を助けられる保証はない。 視界が悪い上にこの毒霧、と考えて、多少無謀でも靄の中心に向かうべきだと判断した。 寒さに震えながら、秋桜(ia2482)は目を細める。 「弓弦童子と並び称される、冥越八禍衆の大アヤカシ、生成姫……表舞台に現れず裏で糸を引くやり口は最悪ですね。弓弦童子のように、馬鹿みたいにお山の大将やってくれる相手の方が、余程可愛らしいものですよ」 全くだ。 「やっぱ生成姫は配下まで含めてとことん鬱陶しいな」 嫌そうな顔をした酒々井 統真(ia0893)がぼやく。 「靄の中の状況はわからねぇが、怯んでたって状況が良くなるわけじゃねぇ。いくぞ」 酒々井が目で合図をすると、巫女や吟遊詩人達が動き出した。 この過酷な環境下で、惑わされたり操られたら、致命的だと言ってもいい。 「どんな手を使ってきても、私たちが絶対に止めてみせます」 フェルル=グライフ(ia4572)は酒々井に寄り添った。 霧の中でも、決してこの手を離さない。 酒々井が咆吼を試みる直前に、霊援の支援を確実に行うためだ。 「弓弦童子もですが、音楽を操るアヤカシにはやはり人の心をかき乱し、相争わせる……そう言った敵が多いのですね。私の旋律でどれだけのお力となれるか、分かりませんが」 シャンテ・ラインハルト(ib0069)は、ビロードのような美しい音色を奏で、仲間全員に精霊の加護を授けていく。 小隊【華夜楼】の弖志峰 直羽(ia1884)は霧突入前、拠点の仲間達に加護結界付与した。 「美人と噂の生成さんヒャホーゥ! とか思ったら部下かぁ……まあやるこた変わらんし、良いんだけどねぇ。んじゃ、白琵琶さんをなんとかしますか」 不破 颯(ib0495)が矢を構えた状態で「誰からいく?」とでもいいたげに周囲を見た。 「さァて、手柄首でもかき取りに行くかァ」 鷲尾天斗(ia0371)は心底楽しそうに口元をつり上げて、歩き出した。 ●亡霊楽師たち 白琵琶姫殲滅班と共に、亡霊の楽師達の相手と捕虜救出を引き受けた者達は十七名いた。 こちらの十一名は万全の状態で戦域に入り、三名が装備より寒さが上回っていたが、行動にさほどの支障はなく、残る三名が凍傷と毒に蝕まれながらの戦いになった。 「亡くなった人をアヤカシにして操り、瀕死の怪我人を人質にするなんて許せません!」 最初は霧が晴れるのを待った菊池 志郎(ia5584)だったが、全く晴れる気配がない。 「生成姫配下が弓弦童子の影で勢力拡大、ね。冥越八禍衆も一枚岩ではないと見える。まあ、それは『好き勝手に動く』という事だからそれも厄介なわけだが。さて」 私は自分の仕事をしよう、と呟いたからす(ia6525)は、ド・マリニーを確認する。 「妖刀の経験値の為に屍人とか、捕虜とか、ひどい! ……悩んでいても仕方ないっ、今は、目の前の敵に集中するさー!」 針野(ib3728)は厄介なアヤカシを送り込んでくる生成姫への怒りに燃えながら、精神を研ぎ澄まして弦を掻き鳴らし、その共振音の微妙な差異からアヤカシの存在を察知する。この世にはアヤカシを探る術は色々あるが、この広大な霧は、毒を帯びた薄い瘴気だ。生命や瘴気だけを察知する類は、意味をなさない。 探るのは、明確に動くアヤカシの個体。 「見つけたアァァァ! 逃がさないんよ!」 「北北西、四十五度、二十メートル!」 針野の叫び声と射撃に従い、からすも矢に音を込めて敵を射る。 「その身に刻むといい」 『ぎえええ!』 楽師が砕けた。 どうやら多彩な技を繰り出す割に、耐久力は低いようだ。 最も、何度攻撃されても蚊に刺された程度ならば、こんな霧の中に隠れてはいないだろうが。 「一撃ずつ確実に射抜いていくんよ」 一方楽師に襲われたフェンリエッタ(ib0018)は、決して怯まなかった。 「……もう誰の血も流させはしない!」 破邪の剣が雷を帯びた。 かっ、と見開かれた翡翠色の瞳は楽師を睨み付ける。 「負けない。決して! こんな靄など、私達が吹き飛ばしてあげましょう!」 抜刀、一閃。 雷の刃が楽師の胴を薙ぐ。そこへ霧咲 水奏(ia9145)の援護が降りそそぐ。 「まずは一体。合戦の影に蠢く者、放ってはおけませぬ!」 霧咲が上空に向けてバーストアローを放ったが、霧は決して晴れなかった。確かに当たった場所の霧は無くなるのだが、まるで意志を持つ生き物のように、穴を塞いでしまう。 「きりがありませぬな。一体に絞って露の影から目を離さぬように追いまするよ」 「後ろ!」 フェンリエッタの叫び。 振り向いた先に迫る楽師。 その後方から胡蝶(ia1199)の放った2体の式が、霧咲へ接触寸前に、楽師の亡霊を食いちぎる。 危なかった。 「ふー……、陰陽師喰いとは聞き捨てならなかったけど、霧の動きでバレバレってね。次にいくわよ、次。もし大怪我しても、恋慈手の準備してきたから大丈夫よ」 胡蝶の頼もしい一言。 二人の消耗がさほどではないと分かると、周囲を見回す。 「ごほっ……毒が洒落にならないけど、相手に不足はないわ。さぁ、喰われる恐怖、その身で味わいなさい!」 順調に保護した瀕死の捕虜は、菊池と四方山 揺徳(ib0906)とエラト(ib5623)の元へ運ぶ。 本当は霧の外へ運びたいが、範囲が広すぎた。 仲間を助け、時に駆けつけられるギリギリの距離を見極める。 菊池は基本的に回復に徹していたが、近づく敵には刀を振るってカマイタチを浴びせた。これ以上、捕虜を増やされては困る。 そんな菊池を、四方山とエラトが支えた。 「鬼ごっこのごとく逃げ回りつつ支援でござる! 寄ってきたらマジ逃げるでござるよ!」 と言いつつも。 暖かい舞で精霊の加護を与え、防御力を高める。仲間への抵抗力を与え続けたエラト。凍傷を負いながらエラトが奏でる安らぎをもたらす子守唄は、時に錯乱状態に陥れられた霧咲達を正気に戻した。 とはいえ。 解毒ができる者は白琵琶班にいる為、時間との勝負には違いなかった。 ●ありえた過去 屍人は確実に数を減らしていた。 しばらくして。 凍傷を負い、体力の低下が激しい仲間達に、礼野は柚乃同様に閃癒を施した。 そして今だ割り切れぬ者達を一喝した 「もう死んでますもの。知ってる顔だったら、顔を見たら消滅させないと。妖刀の経験値になりたいなんて人、まゆの知り合いには誰もいなかったもの!」 「ああ、そうだな」 刃兼は柄を握りしめて、容赦なく屍人を切り倒す。 「恨むならば恨んでくれ」 哀しい声がした。 一気に群がられても、噛まれても。 心は静かだった。倒すべき相手は、かつて傍らで戦った者達だ。 崩れた容貌に刃を奮いながら、心は記憶の果てを辿る。 戦場で背を預けた相手だろうか、励まし合った若者だろうか、野営地で食卓を囲んで談笑をした者は何人いただろう。もう殆ど忘れてしまったが、彼らが人々を守ろうとしたのは紛れもない事実。 「……もし俺自身が同じ状態になったなら、斬り滅ぼして欲しいと……思う、だろうな」 この屍の列にいたのは自分だったかも知れない。 痛みがないのが、せめてもの救いだ。 九法 慧介(ia2194)は指先から感覚が消え、殲刀を上手く握れなくなっていることに気づいた。 回復手の姿を探したが、ここからは少しばかり遠い。 道を造ることを決めた。 「斬るべきなら、俺は斬る!」 風の刃が一直線上の敵を薙いだ。 20メートルの道を駆けながら、自分に大丈夫だと言い聞かせた。 一方、風の刃で行動力を削ぐ東鬼が、冷静に周囲を観察する。 「瘴気となりて消えるまでは油断せず、逃さずに始末付けようかの。向こうはどうじゃ?」 声を投げた相手は、空から矢を射る仲間の一人。 只木は龍に跨り、遙か上空から様子を眺めていた。時々、危険な状態の仲間を見つけては、急接近して射る。全体を見るという目的以外に、只木にとっては大事な事があった。 遠距離故に、屍人達の顔がおぼろげにしか分からず、見ない振りをすることができる。 それは利口な判断であると共に、人間の心の弱さでもあった。 ●霧に潜む者 外と異なり靄の中は、不気味なほどに静かだった。 捕虜救出は進んでいるが楽師に会えども、白琵琶姫の姿はない。 毒霧で呼吸が苦しくなっていく中で、ジークリンデ(ib0258)は5メートルの距離で移動を推奨し、定期的に呼子笛を鳴らして合図を送った。音が聞こえなくなると相棒の管狐のムニンを呼びだして早耳を試みた。が、程度の差こそあれ、霧が瘴気である上、多くの仲間達が周囲にいた為、識別するのは困難だった。 小隊【華夜楼】の露草(ia1350)や御樹青嵐(ia1669)は人魂を飛ばそうと試みたが、僅か数秒で符に戻る。何度か試して、人魂が攻撃に弱いことを思い出した。この毒霧の中では、侵食が速すぎて機能しない。瘴気回収もキリがなかった。 濃度が濃すぎる。 仕方がないので、露草は耳を澄ました。 靄に入って、四十歩ほど歩いた辺りで、酒々井の指示に従い、グライフが力を貸す。 「私の想いも一緒に……絶対に成功させましょう」 触れた相手に直接精霊力を付与する霊援を確認してから、酒々井は咆吼をあげた。 びりびりと大気に響く。 『……先ほどからやかましいのぅ』 可憐な声が響いた。 さあぁぁ、と中央の濃霧が薄まっていく。 5メートル先まで何も見えなかった先刻と違い、20メートル先まで見通せた。毒霧は相変わらずグライフ達を蝕んでいたが、突然広がった視界の中に虚ろな眼差しの捕虜達がいた。中央は筒状に霧が柱を成していた。 「……あそこに?」 『あまり近づくと、死者がでるぞ? そおれ』 筒状の霧から発せられた形のない刃が生存者を裂いた。一人が呻いて崩れ落ちた。慌てて鳳珠(ib3369)が走り、息があることを確認して解術の法を試みる。 朝比奈 空(ia0086)は見える範囲にいる生存者の様子を伺った。数が足りない。 とすれば残る一人は、白琵琶の傍のはず。 正気を失った、いきた人間たち。彼らを相手にしていても埒があかないと判断し、朝比奈は白琵琶姫がいると思しき霧の柱に向かって、灰色の光球を出現させる。 「……あまり調子に乗らない事です」 押し殺した声に殺意が滲む。 球体が灰へと変わっても、相手は怯える気配をみせない。 ところで真逆の反応を示した鷲尾は、捕虜の断末魔を涼しげに聞き流し、嘲笑した。 「怨嗟の声? 断末魔? 笑わせるんじゃネェよ! この程度の声なんぞオレにとっては子守唄に等しい!」 躊躇い無く宝珠銃「皇帝」を撃ち込むが……目立った反応がない。何故? 一方その頃、発砲音を襲撃の合図と受け取った上空のファルストは、オウガバトル発動し、霧の中心に向けて、なんと龍から飛び降りた! 「燃えろあたしの魂、輝け蜻蛉切! 万魔を討ち、絶望を払う為に!!」 「まだいけませんわ! こいつらは真っ向勝負ができる相手ではございませんの!」 同じく上空のローゼリアが大声を上げたが時既に遅し。 『ほほぅ? 人間にしては身の程をわきまえておるではないか』 靄の中に届く声。 その時、ファルストの龍がローゼリアの視界から消えた。 飛び込んだファルストは確かに瘴気を裂いていたが、全く手応えがなかった。 何かが変だと感じた時には、霧の上空にいた自分の感覚が鈍り、致命的なミスを犯したことに気づく。彼女は約60メートル上空から飛んだ。いかに志体持ちと言えども、この高さから安全な着地は不可能だ。均衡を崩したファルストの姿は、人形のように落ちていく。このままでは地面……最悪仲間に激突し、共に即死だ。 『殺すには惜しい体だ。娘、私の力となれ』 突然、筒状の霧がファルストを包み込む。急激に吸い上げられる力。 だが、この瞬間を待っていた者もいた。 時は少しばかり巻き戻る。 別方向にいた秋桜は息を潜めていた。 攻撃できないのではない、攻撃しないのである。 緊迫した空気の中で恐れて動かぬ者……を演出しながら、好機が訪れるのを待っていた。 目先の事には気を取られぬように耐える。様子を伺い、ファルストが襲われた時に大地を蹴った。風神で霧を払い、夜で時を止める。早駆で一気に間合いをつめた。あえて仲間は救わない。目指すはファルストを襲った霧の真下。見慣れぬ人影。 最期の捕虜だ。 速やかに縄で縛って脱出を試み得る! 一方、ファルストには命の危険が迫っていた。 悲鳴で霧の球体を確認したコルリス・フェネストラ(ia9657)が「翔!」と力を込めた矢を放つと、死の抱擁からは解き放たれたが……それは落下再開を意味する。約十メートルから落下したファルストは疲弊した状態で全身を強く打ち、グライフに助け出された。 「あいつはひきつける! フェルル、熾弦、救出を頼む!」 「はい、統真さん! ご武運を!」 「任せて! さぁ、立って!」 熾弦はファルストを抱え、解毒を試みながら月歩で退却を始めた。フェルルが手伝う。まずは毒霧から抜け出さねばならない。 これで障害はない……はずだった。 ●白い霧の恐怖 ところで小隊【黒鉄】は全く霧には近づかなかった。 霧の外で羅轟(ia1687)と咲人(ia8945)が咆吼でおびき出した楽師を狙うという方法をとっていた。 咲人は衝撃波を発生させ、力任せに楽師の防御姿勢を突き崩す。 「この前、神楽を荒らしてくれた礼だ!! 舐めた真似をしやがって!」 開戦前に暴走禁止と言ったのに、と何処かじっとり見つめる静人(ia8946)は運び出された捕虜の回復に徹している。そして咲人に、毒の影響が出ていないか気にしていた。 因みにヴォトカを撒いて周囲の炎上を試みた郁磨(ia9365)や桂 紅鈴(ia9618)がいたが、辺り一面積雪している上にマイナス十度で吹雪、という有様だ。さっぱり燃えなかった。 「やっぱり火遁の威力がちょっと上がる程度にゃ〜」 桂が地団駄を踏む。 郁磨がへらりと笑う。 「この気温に吹雪じゃ、しょ〜がないかもね〜。でも……」 スッと冷える眼光は、霧の中へ戻ろうとする楽師に注がれる。 「敵を逃がしはしないよ。此れ以上の狼藉は許さない……精霊の怒りを喰らい、果てろ」 容赦なくエルファイヤーを叩き込んだ。霧の傍にいた明日香 飛鳥(ia9679)が弓を構えて仲間を振り返る。 「次が来るぞ!」 「……さぁ二体目だ……粉砕……するぞ!」 楽師に猿叫を浴びせた声の主は小隊【黒鉄】を率いる羅轟である。 唯一、甲龍にのっていた羅轟が引きずり出した亡霊楽師は、当然のことながら高い高度を維持している。羅轟を追って降りてきているのを見て、桂と明日香が顔を見合わせた。 「咲人さん、ごめんにゃ!」 「ギャッ」 桂は咲人を踏み台にして、跳躍した。火遁を打った。 「咲人、踏ん張れ」 「ギャッ」 明日香も咲人を踏み台にして跳躍した。桂を援護した。 そして咲人が文句を言う暇もなく、楽師が襲いかかってくる。 扱いがヒドい。 「ギャアアア!」 三連続で叫ばされる不憫な男、咲人。 仕方がないので、明日香は矢に精霊力を集め、超高速の一撃を放つ。敵の軌道が逸れた。 「さてさて、相手は楽師のアヤカシ、負けない様にがんばるのです」 仲間の錯乱を防ぐ為、リーン・スール(ib3626)が精霊力を高める曲を奏でた。仲間達の体が淡く輝く。再び射程から遠ざかる亡霊楽師を、牧羊犬(ib3162)の鞭が絡め取った。 「亡霊、と一口に言っても、半ば透けていて空を飛んでいるだけ、というこういった見かけだけの敵の場合は助かりまするな。白琵琶に挑まれた方々のように、物理が効かないとなると、この手は通じませぬゆえ……は!」 ぐん、と鞭をひき、捕らえた亡霊を仲間の傍へ引きずり降ろす。呪声を食らった一之瀬 戦(ib8291)。意識が飛びかけたが、静人とスールの支援で踏みとどまる。 「耳痛ェからさっさと沈めっ! 黒鉄隊士、一之瀬戦が相手してやらぁっ!」 大鎌で渾身の一撃を叩き込む。 そう、この時までは、よかったのだ。何事もなく敵を沈黙させられると思った。 問題は、単身で踏み込み敵を誘い出す危険な役目を帯びた咲人と羅轟。咲人の解毒は、なんとかなった。けれど……次の獲物を探しに霧へ入った時のこと。 龍が、命じたとおりに動かない。 益々奥へ飛んでいく。 「……おい? どうした太白、何を」 言葉が途切れた。力が抜けていく。羅轟の視界は白に包まれた。 その頃、霧の外では咲人が連れだした三体目を潰していた。 桂が異変に気づいた。 「…………あれ? 羅轟さん、まだ戻ってこないにゃ?」 イヤな予感がしたが、どうすることもできない。 唯一、龍に乗っていた羅轟は霧の果てに浚われてしまった。咲人達は救出へと向かう。 ●奪われた者の逆襲 鷲尾と酒々井と朝比奈が突進して勝負に出る。 酒々井達が白梅香で攻撃を挑み、後方からの援護射撃はフェネストラと不破の二人が、常時ラインハルトが抵抗を促し、鳳珠が負傷者を庇う。暫く持てば増援が戻ってくる。小隊【華夜楼】も加勢した、その時。 『この白琵琶に挑んだことを褒めてやろうぞ。それなりに腕に覚えのある者が多いようだが、貴様らのような小動物に、妖刀裂雷が討たれたことが不憫でならぬ』 余裕を滲ませる態度。 霧が半ば、人型を成す。その手には琵琶がある。 「随分な自信ですね。痛い目をみますよ」 朝比奈が睨み付ける。 『ほほぅ、是非見てみたいものだ。貴様らの真の敵を教えてやろうか』 「まことの敵?」 秋桜が戻ってきた。 『人の言葉ではキセイガイネンというのかな?』 疲弊の色すら滲ませない白琵琶姫が片手をあげると、周囲の霧の中から幾つもの球体が現れる。 指を一振りすると、球体が割れて中身がおちた。 ファルストの駿龍バックス、羅轟と甲龍太白、ローゼリアと駿龍ガイエル。 いずれも戦いの中で霧に呑まれた者ばかり。 『例えば、こんな風にな? 我らが人しか襲わぬとでも思っている辺り、実に愚かしい。確かに人ほど美味くはないし、あえて食う気もせぬが……力を備えた生物であれば、我らを癒すことに支障はない。かつて身一つで戦った陰陽師どもの方が遙かに利口ぞ。汝らは誰ぞに警告されなかったのか? あぁ人の命は短いものな、伝わる前に死んだかや?』 げらげらと嗤う。 『おぉ、龍共を操ったまま貴様らを襲わせても面白かろう。次はそうしよう』 日々開拓者を支える朋友の存在。 朋友達は、開拓者と同じように練力を持っている。開拓者達の行動や戦術に幅を与えるが、行動が制限されることと、人より抵抗力が遙かに劣ることを忘れてはならない。 白琵琶姫は瀕死の駿龍ガイエルの傍に降りた。 身動きしないローゼリアの髪を掴む。 『存外、間抜けの集まりだな。目に見えるモノに依存し、自ら『思いこみ』に支配される貴様らを操るなど造作もないこと。さて、この娘のように、次にしなびたい奴はだれだ?』 「それは誰のことですの?」 炸裂音が轟く。 敵の頭が吹っ飛んだ。 超至近距離で発砲したのは、ローゼリア本人。 「飲み込まれる直前に梵露丸を投げてくださる方がいて、命拾いしましたわ。全く。はいえな姫とでも改名した方がお似合いでしてよ?」 疲れた顔で身を起こす。瀕死の朋友に謝罪を一声投げると、巫女に託して戦場に降り立つ。 やったかと思われたが、敵は未だ健在だった。 ここからが正念場だ。 ●陥れられた白琵琶 白琵琶姫との交戦はひどく長引いていた。 一度与えたダメージが零に巻き戻ってしまったこともそうだが、人型を狙ってもいまいち効果があるのか分からない。 何より極寒と猛毒が開拓者の体を蝕む。 それでもジークリンデは四発のブリザーストームを叩き込み、その隙に間合いをつめた无は八握剣を取り、琵琶の弦を破壊する! 朝比奈は幾度か頭を破壊したが、どうやら腕や足と対して変わらないらしい。ならば粉々にしてみようと鷲尾が秋水を打ち込んだ。 「俺の糧になれやァ! 所詮この世は弱肉強食だ!」 『ならば言葉を返そう。この世は弱肉強食、貴様らは餌に過ぎぬとな』 「莫迦な、目の前から消……がっ!」 一方、小隊【華夜楼】の音有・兵真(ia0221)は一旦交代して御樹の治癒符を受けていた。 「痛っ、刀の次は琵琶か。無機物が多いのは道具だからか?」 しかし无が琵琶を破壊しても、魅了が止まっただけだった。 あれは本体ではないらしい。 「次々と問題を起こしてくれますが、譲るわけには参りません。はい、傷はこれで」 「長引いたら逃げられるぞ。どうする」 黎乃壬弥(ia3249)が声を投げると、御樹は暫く悩んだ。 「小太刀への……妖刀飢羅への対抗心を利用するというのはどうでしょう。話を聞く限り、協力的ではない気も致しますので、会話を操作して情報を引きずり出せれば、或いは」 激戦の影で相談することしばし。 前衛と前に出てきた弖志峰が敵を嘲笑する。 「姫様は、飢羅の育成に随分期待して力を入れてるみたいだね。君達はさしずめ働き蟻な訳だ、御苦労さん?」 『……言ってくれるな。では逆に問おう。母を愛さぬ子がおるのか? ん? おお、そういえば人間とは軽薄で恩知らずな生き物であったな。我らが『母』に対する絶対の忠誠心など想像も出来まい。老い衰える親御と、それを邪魔者扱いし、嗜虐する人間を私は腐るほど知っているぞ。生みの親への感謝も忘れ、働き蟻の役目も果たせぬ者が多い人間の、なんと愚かで哀れなことよ。貴様ら人間は虫にも劣るな』 白琵琶姫の嘲笑が響く。 弖志峰が会話で注意を引いている隙に、御樹と露草が斬撃符を、音有は気功掌で攻撃を試みた。 しかしそれは、全て囮。 黎乃が動く。息がかかるほどの間合いにまで踏み込みながら……何故か黎乃は攻撃をやめた。刀の代わりにつきだした手が目指すのは、人型をした白琵琶姫の胸や尻や太股である。手はすり抜けた。 執拗な嫌がらせを試みた黎乃を、白琵琶姫は目を点にして観察していた。 『人とは、時に不可解な生き物だな。私を捕まえたいのか? それとも私に欲情したか?』 黎乃は急激な目眩を覚えた。 全身から根こそぎ何かが奪われていく! 『無意味な。私が夢魔でなくて残念だったな。連中であれば肉欲を煽る姿で貴様を食ってくれたろうに。せめて我が一部になることを光栄に思うがよいぞ』 白琵琶は黎乃の力を吸い上げ、禍々しい輝きを取り戻していく。 仲間を目で捕らえた黎乃が、叫んだ言葉は。 「俺ごと殺れ!」 半ば実体化した白琵琶にしがみついた黎乃。 音有を先頭に、酒々井や秋桜達が白琵琶姫に向かって攻撃の雨を浴びせた。フェネストラや不破の矢が飛ぶ。死の抱擁から解き放たれた黎乃は虫の息だったが、優秀な回復手が複数傍にいたことが死の淵から黎乃救った。御樹と音有が黎乃を抱えて離脱する。 『ぐ、仲間の死も厭わぬ作戦とはやるではないか。危うく核が傷付くところであったわ。……私は少々貴様らを見くびり過ぎていたようだ』 「核?」 露草が目を凝らす。胴の位置で、目のようなモノが一瞬見えた。 白琵琶姫が損傷を受けた体を修復するたびに、霧が薄くなっていく。 秋桜は眉をひそめた。 「まさか白琵琶姫の人型は殻? 本体は体内に隠れたアレなのでしょうか?」 「吸血霧のような? 幽霊ではないと?」 朝比奈達の議論を、敵は楽しそうに眺めている。 『目が良いな。確かに私が何百年も昔、下等だった頃は、体液や精気を啜る霧として恐れられたぞ。時を経て、人型を纏ってからは亡霊を統べる姫と呼ばれておる。思念を取り込んで肥大化する怨霊共と私では性質が異なるがな? 人は見目で判断する生き物らしい』 弖志峰は苦笑いを零した。 「伝承はあくまで受け継がれた知恵、語り伝えられた見解の一つにすぎない……成る程、俺達は最初からお前の腹の中か。やっぱりな。無差別の毒霧の中で捕虜を毒に犯さなかったり、あれこれ識別してた段階で……薄々コレも本体の一部じゃないかとは思ったさ」 『賢い者は好ましいぞ。それでこそ私の食事になる価値がある』 「いくら情報操作に長けた美人でも、アヤカシに食われる趣味はないぜ!」 『その賞賛恐悦至極、と言いたいところだが……生憎と人の世の情報操作は私の担当外でな。いかに私でも奴には劣るが、貴様のように賢い者を食い続ければ届くかもしれんの』 …………なんだって? 『と、思ったが、私より貴様を食うのに適任な奴が来たのでな。やめておくとしよう』 「むこうから何か来ます!」 鳳珠の叫び。 なんと妖刀だった。開拓者達に動揺と戦慄が走った。 片方を消耗させたとはいえ、現状のままでは上級アヤカシ2体を前に、勝機はない。 『白琵琶に問う。汝は消耗しているか?』 『力はある癖に、相変わらず知恵が足りんな。飢羅、加勢せよ。私が指示をしてやる』 毒霧が晴れていく。 残らず白琵琶に集まっていく。 妖刀は沈黙の後に、具現化した白琵琶の手に納まった。膨大な触手で全身を覆っていく。 『さて人間共よ。遊びは終わりだ。貴様らを残らず食……、ん?』 白琵琶姫の声が途切れた。 首を傾げる。 『おい飢羅。何のつもりだ。私が指示すると言っ、ぎゃッ!』 白琵琶姫は突然もがき始めた。既に全身が妖刀に覆われている。 何が起こった? 『何のつもり? それは勿論、命令に従うのよ。姫様は、我に言われた。今頃、憤った人間達に白琵琶が囲まれている頃だろう。様子を伺い、白琵琶が疲弊した頃を見計らい……白琵琶を食って森に戻れ、と』 激昂したのは白琵琶だ。 『ふざけるな! 裂雷たちと肩を並べた私を食らえだと!? そのような戯れ言をおっしゃるはずがない! 裂雷なき今、私が……』 『姫様は封印の裏切りを問うておいでだ。誰ぞと結託して森の主に成り代わろうとしたのは真か? 白琵琶よ、賢いのは汝だけではない。それにな、人間を百人食らうより、何百年もの時を経た汝を食った方が、手っ取り早いではないか』 『私は……裏切ってなど……がっ』 『真偽は、お前を食って判断し、報告する。我の一部となり、再び生成姫様にお仕えせよ』 「共食いする気か」 吐き気で口を押さえた弖志峰は、そこで我に返った。 疲弊した白琵琶姫を、妖刀飢羅が食う。 逸れ即ち。 「壬弥さん! あれヤバイ!」 「おいおいおい、人間食うより状況が悪化すんじゃねーか!」 「妖刀と白琵琶を引き剥がすぞ! 強化されてたまるか! 手に負えなくなる!」 酒々井達は叫んだ。 駆けつけた朽葉がサンダーヘヴンレイで妖刀飢羅と白琵琶姫を分断した。 屍の討伐が済んだらしい。開拓者の人数は二倍以上にふくれあがった。 本体が露出し、弱っている今こそ好機! 「白琵琶だけを狙え! 確実に落とすんだ!」 核に亀裂が走る。 いける。 急激に弱体化した白琵琶姫に集中砲火を試みた。 パァン、と硝子玉が砕けるような音が響く。 『ひ……ひめ、さま』 それは母を探す子供の声に似ていた。 五行の空へのばされた白い手は、ざぁっと砂が崩れるように散り、大地へと還っていく。そして生成姫の命令通りに白琵琶を食えなかった妖刀飢羅は再び、空の果てへ逃げ去った。 開拓者達は、疲れた体を抱え、その場に座り込んだ。 ●雪の餞 静かになった白の平原に、雪の花が落ちていく。 真紅の血と踏み荒らされた痕跡が埋まっていく中で、巫女や陰陽師達は負傷者の回復の為に走り回った。外見的に消耗が見られない者でも重傷を負っている場合があり、まず毒の汚染を解決すると、帰還できる程度に体力を回復させ、次々に帰還させる。回復させる端から酷い凍傷を負う者も半数近くいた為、防寒対策の重要さを身にしみて味わう者もいたらしい。 多くが帰還する中で、一部の者が戦場に残っていた。 小隊【黒鉄】の咲人と静人、明日香やリーンを筆頭に、九法や長谷部、蓮や石動達も寒さに震えながらも、賢明に作業を続けている。武人の亡骸を見つけては一カ所に運び、横たえて胸のうえに手を組ませる。厚さ20cmという雪をどけて土を掘るだけの体力は残っていなかったが、遺体が所有していた武器や武具を墓標の代わりに地面へ突き刺す。 やがて雪が溶けて春が来たら。 彼らの骸もまた、大地へと還る。 九法は凍傷を負った手に息を吐きかけながら、遺体の列を眺める。 柚乃が近づいた。 「お疲れさま……これ、柚茶。どうぞ、あったかいし……どうしたの?」 「ありがとう。まぁ、彼らに限って言えば、死後も弄ばれるなんて嫌だろうなって……せめて」 楽にしてあげられただろうか、と。 零れる涙が凍って睫毛が白くなっていた石動が連にしがみついた。声を上げて泣いた。 「よしよし……これで良かったんだ。少なくとも……彼らの誇りは守られたんだからな」 さぞ無念だったろう。 アヤカシから人を守る為に北面へ来て、命果てるまで戦って。 挙げ句、襲う側に回るなど。 蓮が「彼らの無念を、必ず晴らそうな」と声をかけると「うん」と石動が答える。 長谷部は布きれで折った蓮の花を、年若い遺体の手に握らせた。 「……生成姫とか言いましたか、連中の頭は。死者の誇りを踏みにじる卑劣さ、許し難い」 このままにしておくものか。 長谷部の瞳は憎悪に燃えていた。必ずや仇を討つ。 オカリナの鎮魂歌に我に返ったエラトは、彼らの遺体が悪用されぬよう、ここからアヤカシが発生しないようにと、精霊の聖歌で周囲の瘴気浄化を試みる。 おやすみ、我が友よ。 響く音色。祈りの沈黙。 雪の花は、しんしんと北面の大地に積もっていく。 |