【紅蓮の酒場】謳う麗人
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや易
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/10/02 22:34



■オープニング本文

 窓から見上げた天儀本島の蒼穹。
 本日もまた盛況のまま何事も過ぎていきますように。
 そんな店主の妹のささやかな願いは、余りにも儚いものだった。

 神楽の都の片隅に、自家製の酒が評判を呼び始めた酒場があった。
 看板娘として店を切り盛りする紅蓮と蒼美姉妹が注視する方向に、馴染みの顔ぶれに混じって見慣れぬ旅装束に身を包んだ若者の姿がある。金髪に碧眼。男性の衣装と中性的な美貌を持っていたが、体の丸みが女であることを物語っていた。長髪を肩で緩やかに纏め、傷や日焼け一つ無い象牙の肌と皸一つ見当たらぬ指先が、違和感を益々与えている。加えて、十歳にも満たない外見の少女が寄り添っていた。
 きっと良い家の令嬢か何かだろう。
 と。思いたいのだが、既に耳に届いている隣の家で起こった事件から、一体何者だという視線を集めて止まない。既に店内は人でごった返し、出入り口の外からも無数の目が覗き込んでいる。
 蒼美が見守る中、姉の紅蓮は注文の皿を置いた。
「お待たせいたしました。旬の味覚、茸と青菜の卵とじです」
 薄皮一枚を隔てて半熟のとろとろ卵の中に、秘伝のタレで味付けられた茸と青菜が詰まっている。光り輝く金色の卵には赤く色づけた酸味のソースを軽く塗り、皿は食用に漬け込んだ花びらで飾ってある。女性に好まれそうな一皿だ。
 蒼美は知っている。
 ヤツの噂を耳にしたその日から、必ずこの日がやってくることを。
 そして姉の紅蓮が、昨晩からタレを仕込んで迎え撃つ準備をしていたことを。
 光り輝く黄金の食材。白い湯気が周囲の食欲をそそる。
「それでは、噂の卵とじ。一口いただくよ」
 男装の麗人は優雅な手つきで、持参の銀食器を操った。
 桜色の唇に運ばれる渾身の一作。
 皆が息を呑んだ、刹那。

「運命に導かれて出会った、素朴な美少女。
 誘うような足取りは、愛くるしい子兎のようにボクを魅了する。
 森と大地の祝福を受けた華奢な肢体を、組み敷くのは実り豊かな黄金の海。
 覆い隠された美貌を暴く刹那の興奮、秘密の逢瀬に高鳴る鼓動。
 金髪に添えられた野花の芳香、薄く塗られた紅の誘惑。
 その全てが、愛しい君をひきたてる。
 ボクは、ボクは君を抱きしめてしまいたいっ!」

 居酒屋内部がどよめく。唖然とする初見の見物客。
 盛り上がる憂汰をほったらかして、少女が帽子を持って見物料の回収をしてまわっている。 
「姉君に泣かれましゅよ。憂汰様。また美少女でしゅか?」
 間違いなく見世物だった。
 そして冷静におひねりを集めて回る少女に感心させられる。
「黙りたまえ。姉のことは金をせびりにいく時だけで充分だ。しかし、やっと望みのものに巡りあえた気がするよ」
 使用人らしき少女と会話を交わす。
 金髪碧眼の変人にして自己愛の塊は、くるりと振り向いてのたまった。
「気に入ったよ。さあ愛しい人、虹にも均しきボクの囀る声は全て君のものだ。ボクのためだけに、その腕を振るっておくれ」
 紅蓮の手の甲に口付けた。かくして騒動は一気に、斜め上へと発展していく。


 助けてください、と蒼美が懇願しに訪れたのは開拓者ギルドだった。
 曰く、流れの旅人に付きまとわれて姉が心底困っているらしい。
 他の客を締め出し、激しい営業妨害になっているとか。
 しかもその旅人、男装しているが女性であり、同性が好みらしい。厄介なことに元々教養人で、美食を求めて使用人とふたりで旅をしてきたらしいのだが、入る店入る店、全て完膚なきまでに論破して叩き潰して去っていく‥‥という自覚なき悪質な武勇伝を持っていた。
 中にはごろつきを雇って追い払おうとした店もあったそうだが、使用人の少女が外見に反して異常に強いらしい。力に訴えることが難しく、散々抗議した蒼美に、憂汰という旅人がこう言った。

『ボクより彼女に相応しい人がいるというのなら、ボク達は立ち去ろう』

 即ち。
 自分より遥かに優れた論評を行える者がいるのなら、穏便に消えてやるというのだ。
「各地を旅する開拓者なら、彼女の興味をひける食材なんかを知っているかもしれませんし。私達なんかよりも遥かに知識人でしょう? 奇妙な詩人を追い払ってください。お願いします!」
「この忙しい時に‥‥不味いもの食わせたらどうなんだ」
「他のお店同様に、使用人さんに破壊されそうな気がします。ボクの口を汚した罰だ、とかなんとかで破壊を命じるようで」
「しゃーねぇなぁ」
 はた迷惑な旅人を追い出せるか否かは、受けた開拓者次第であった。


■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029
23歳・女・巫
鷺ノ宮 月夜(ia0073
20歳・女・巫
橘 琉璃(ia0472
25歳・男・巫
阿羅々木・弥一郎(ia1014
32歳・男・泰
華美羅(ia1119
18歳・女・巫
乃木亜(ia1245
20歳・女・志
露草(ia1350
17歳・女・陰
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
 鈴 (ia2835
13歳・男・志
慄罹(ia3634
31歳・男・志


■リプレイ本文

 店の掃除から戻ってきた露草(ia1350)は使用人から話を聞いていた。
「旅をしながら美味しい物、ですか。いいですねぇ。あ、でも道中アヤカシにはお気をつけて。最近物騒ですから‥‥はい、温かいお茶をどうぞ。まぁおひとつ」
 お疲れもとれますよ、という気遣いに、ほろりと少女が泣いている。
「お気遣い痛みいりましゅ」
 皆さんもどうぞ、と露草は遠くに腰を下ろしている仲間にお茶を届けた。
 茶柱に微笑んでいた鷺ノ宮 月夜(ia0073)は、ぼそりと本音を口にした。
「彼らの論。相手の想いを掴めないのでは、相手を称えることも出来ません。お店に被害が及ばぬように追い払いましょう。堂々と、お題目勝負で互いの自論を競い、勝つことで」
 意外と手厳しい一言だ。
「そして今回も、地酒を頂きたいものです」
 真の目的は別にあるような気がしないでもない。
 御樹青嵐(ia1669)も短く唸った。
「困った性癖持った輩のようだな。どんな趣味していようが勝手だが‥‥人様に迷惑かけるとなると」
 慄罹(ia3634)が力強く同意した。
「べっぴん姉妹の旨い飯、独り占めしようなんて許せん」
 彼は、憂汰の姉を探して廻ってたようだが結局見つからなかった。
 先程、憂汰と世間話に興じた阿羅々木・弥一郎(ia1014)によると、激務の末、実家を旦那と子供に託し、姉も護衛を連れて家出中らしく、簡単には捕まらないだろうということだった。
 万木・朱璃(ia0029)は円卓に肘をついて溜息を零す。
「珍妙な人たちが現れたものですねぇ‥‥美味しいものが食べたいなら、うちにきてくれればいいのに。飯処瑠璃屋は営業中ですよー」
 さり気なく周囲の人にも聞こえるように呟く。
 鈴(ia2835)は蒼美の手伝いで走り回っている。
「こ、今回は宜しくお願いします。弥一郎兄様、朱璃姉様、少々厨房にいってまいります」

 所変わって厨房の中は、人数分の料理に紅蓮が走り回っていた。不憫に思った一部の開拓者が調理の手伝いを申し出ていた。
「災難でしたね? 手ごわそうな相手のようですが。なに、皆で穏便に帰ってもらえるよう力を貸しますよ」
 橘 琉璃(ia0472)が憔悴しきっている紅蓮に、そう声をかけた。

 やがて乃木亜(ia1245)が戻ってきた。
「円卓の水拭き終わりました。それにしても、お店の都合を考えず、占領して自分のために料理を作れなんて、無頓着な辺り身分の高い方なのでしょうか? そういう方々は、理解しがたい趣味を持っているんですねぇ」
 偏見が一つ出来上がった。他のまともな身分の高い人には迷惑な話である。傍若無人な振る舞いに呆れた乃木亜が、穏便な追い出しを決意し、拳を握る。
 逆に、惹きつけられる者もいるらしい。
「育ちが良く、同性好きな、男装の令嬢。浪漫に満ち溢れています。とても強い使用人の少女と言うのも素敵極まりないです。その上、美味しい食事と、成功すればお酒まで味わえるなんて。たまらない」
 華美羅(ia1119)が、頬を薄紅に染めた。
「しかしあの人たちを見ていると、勝手に色々妄想してしまいますねぇ」
 待ち時間中、観察をしていたのは万木だった。
「きっと、どっかのお偉いさんで、道楽で勝手に旅していたりするんですよね。家のことは姉とかに全部押し付けて。自分は好き勝手やってはぁれむとか作ってたりするんです。そうに違いありません」
 全く根拠はないが、聞いている者に『あぁそれっぽい』と思わせる妙な説得力に満ちていた。阿羅々木が「あ、それ俺も思った」と同意する。似たような印象を抱いたらしい。
「雰囲気っつーか身なりっつーか、貴人さんみてぇな感じだよなぁ。根拠はねーけど。ちーと世間話させてもらったが、実家に金をせびって遊び歩いてる時点でタダもんじゃねーな」
 世間様では『ろくでなしの放蕩娘』の烙印を押される。そんなダメッぷりに感心してしまう。気ままな生活が許される身分が、羨ましいやら情けないやら。
「とりあえずタダメ‥‥じゃない、試食をさせてもらわないことにゃ何とも言えねーんで、お題の五目御飯よろしく。あ、できたら大盛りで」
 弥一郎が蒼美に山盛り御飯を請求した。


 かくして『変な人たちを打ち負かそう大作戦』が幕を上げた。
 不敵な笑みを浮かべる憂汰に続き、開拓者もまた椅子に腰を下ろす。
 静かに睨み合う一同の目の前に、五目御飯とお吸い物が並んでゆく。何の変哲もない混ぜ飯と吸い物が、果たして一体、どんな代物に変じるのか。観客が固唾をのんで見守る中で、皆の箸が虚空を踊る。

 それは、憂汰が食べ物を乙女に例えた後のことだった。
「間違っています!」
 乃木亜が立ち上がり、ビシィッと人差し指を突きつけた。
「五目ご飯は男性に例えるべきです! それも危険な香りのする美形な俺様です」
 明らかに個人の趣味が飛び出した。観客が急変した展開に注目する。
「お吸い物は、お麩が入ってることからもわかる様に、線が細くて無垢な青年で。秋の香り強い五目ご飯を食べてからお吸い物を口にすると、違った風味を感じる事が出来ます。まるで無垢なお吸い物が、力強い五目ご飯に惹かれ、染まっていく様に」
 この娘、ガチだ。
 暗号じみたその一言を理解した観客は、きっと同じ眷属に違いない。世の中は広くて狭くて、浅い上に時々底なしの沼である。
「今回のお料理のテーマは、牛蒡や人参などが入ってアクの強い五目ご飯と、さっぱりとしたお吸い物の組み合わせ。つまり、攻めの五目ご飯と、受けのお吸い物なんです!」
 言い切った。
 この娘、見事に言い切った。自信満々に胸を張っている。
 深淵を覗き込む時、深淵もまたこちらを見ている訳だが、覗き込まれた気がした観客は要注意だ。目を丸くした憂汰、呆然と凝視する仲間と観客。我に返った乃木亜が羞恥心で頬を染め、すごすごと引き下がっていく。そのまま柱の影で丸くなった。
「そうか。それもいいな」
 にやりと笑った憂汰の隣で、使用人の少女が落ち込んでいる。
 首を傾げた者に、阿羅々木が耳打ちした。
「元々同性が好みらしーけど、憂汰姐さん、旅の途中で中世的な少年とかもいけるようになったんだそうだ。頭抱えてるお付きの人には可哀想だが、気が合うんじゃねーかな」
 守備範囲が広くなった人間相手には、新しい発見にすぎなかったようだ。

 隣の席に座っていた鈴が、目を瞑って味をかみしめる。
「この五目御飯‥‥香ばしい香りの中にゴボウや茸といった具財の香りが更に食欲を誘ってくれます。香りに負ける事の無いしっかりした味‥‥醤油に負ける事の無く鶏モモ肉などの旨みがご飯に沁みこんでいます。喧嘩すること無くお互いの味を引き出しています。それに比べて」
 くわっ、と双眸を見開き、乃木亜同様に立ち上がり、人差し指を突きつけた。
「あなたは一方的な感情を押し付けて、自分の事しか考えてないじゃないですか! あなたのやってる事は、五目御飯に何も考えず醤油をドバドバかけてるのと同じですよ!」
 観客が「いいぞー兄ちゃん、よくいった」等とヤジを飛ばす。片隅で賭博が始まっているので、純粋に応援しているとは言い難いのが難点だ。

 橘の番になった。
「滑らかな肌。赤い唇。
 茶色の髪の線が細い娘が、金の衣を纏っている。
 沢山の人々の中から、出会うのを待っている。
 朝の透き通った時に、出会い抱きしめたなら、ふわふわと夢のような気持ちになるでしょう」
 前もって「あんまり得意じゃ無いのですが、まあ無難な感じで‥‥」と一言断りをいれながら、聞き手によからぬ想像をかき立ててしまう文句の羅列である。

 しかし世の中には上には上がいる。
 華美羅が五目御飯とお吸い物をかみ締め、恍惚とした表情で語り出す。
「蟲惑的に香り立ち、愛の篭ったお汁を満たしたその身体。
 魅惑の肉体に口付け、熱いお汁を吸い上げれば、舌に絡みつくような快感が広がって。
 さらに口に含んでゆっくりと飲み込めば、お汁が喉を通り抜け、私の身体も火照って来ます。
 官能的な舌触りの柔肌を口に含めば、今度は熱いお汁がじんわりと広がって来て。
 舌の上でその柔肌を転がせば、私の舌をさらに楽しませてくれる。
 思わず、恍惚の吐息が熱く漏れ出します」
 打ち震える華美羅。
 ぼーっ、と聞き惚れるおっちゃん達。
 別に変な発言はしていないのだが、独特の表現と無駄な丁寧さが醸し出す色香に圧倒される。言葉の裏を探って想像してしまうのが、男達や大人の哀しい宿命である。感受性の高い若者には要耳栓だ。

 隣の慄罹が立ち上がる。
「んまいっ以上! ってもおまえさんは納得しないんだろうな‥‥あ〜こほん。華美羅が吸い物担当なので俺は」
 茶碗を持って高く掲げ、芝居がかった口調で、慄罹は五目御飯を見つめた。
「おぉこの五目飯‥‥まず口に広がるはだしを吸ったおあげさん。噛めば噛む程旨味が増して心ときめく香ばしさ‥‥次に感ずる味覚めは山の恵みのきのこかな。食感残したその強さーけれど主張は致しません。旨味を閉じ込め控えるは鶏もも肉か、ここにあり。適度に残した自身の力。五目の主役になりにけり。残るは大地に恵まれし根菜二つ人参・牛蒡。薬になりうるこの野菜ー体に良いは必至なり。そんな食材集まりて、ここに奏でし調和、個々では叶わぬその味を作りし人よ、ありがとう‥‥お粗末」
 若干無理に綴った気がしないでもないが、感謝の心意気が素晴らしい。

 まだ多少怪しい空気に満ちていた店内だったが、露草の論評が全ての空気を覆す。
「ふっくらと炊き上げられたご飯は、まるでおふとん。
 くるまれた具材は、クマの力強さの鳥腿、兎のような彩の人参、猫のしなやかさのごぼう、犬の如く味を忠実に下支えする油揚げで基本を押さえつつ、金魚のように技ありな季節の味・茸を組み込む幸せもふもふ空間‥‥味の和みの調和ですね」
 可憐な微笑み。一気に和み空間が生まれた。
「皆さん。ぬいぐるみの中味を、ご存知ですか? ええ、綿です。一杯の、それ自体はほわほわしているだけの、綿。しかしこの綿こそが肝心で、これが無くてはどんなかわいいぬいぐるみもただの袋ッ! そう、白兎のような麩を生かす綿は、この出汁の効いたお吸い物そのものなのです!」
 もはや論評の精度の問題ではない。個人の趣味という話でもない。心癒される時間だ。

 ここから一気に雰囲気が変化していく。
「それは言うならば木彫りの像」
 御樹が朗々と告げた一言が、知性と教養を観客に求めた。
「その素朴な味わいの中に精緻な技巧が生かされ見るものすべてに癒しとぬくもりを与える。それを手に取ればどうだろう、その滑らかで柔らかな手触りはすべての五感を通じ私を桃源へと誘う」
 観客がどよめいた。これは思わぬ強敵の出現か。
「その余韻さめやらぬうちに吸い物を口にすればどうだ、穏やかな日差しを浴びた紅葉の森を歩くがごとし、鮮烈で色どりでありながら、優しさと温かさを兼ね備えた風景が私のすべてを包み込む」
 静かに響く動揺と歓声。ここにきて漸く、普通の文学的論評を耳にした気がする。
「そこにあるのは夏の苛烈さを鎮め冬の冷徹に備える秋の赦し。まさにここにあるのは全てに赦しを与える優しさの味だろう」
 鳴り響いた拍手に、憂汰が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「君、やるね」
「手加減はせぬ。全力をもって応じようぞ」

 月夜の番になり「私の論評‥‥と言うよりも歌‥‥でも無く、何でしょうね」と若干自信なさげな台詞が聞こえてきたが、その言葉とは裏腹に、難解な表現が唇から零れる。
「秋の日暮れ。
 賑わう喧騒と祭囃子が聴こえる。
 響く太鼓に負けじと、露店の主が呼びかける。
 紅い風車を回して、駆けて行く子供たちの興味は先に。
 奥まで往けば、小さな爆ぜる篝火。
 音頭をとりて輪となし、楽しく踊る」
 一口の混ぜ御飯から物語が紡がれる。唖然とする観客を置いて、お吸い物論が続く。
「祭りは静まり、
 朝露の滴りが、辺りに波紋を広げ、
 波間に揺れる葉は、光に融ける。
 優しく差し込む、朝陽の中へと」
 おぉぉ、と観客がどよめく。
 五目御飯と味付けを祭と掛けて、牛蒡を太鼓。鳥を露店。風車を人参。子供をきのこ。油揚げを篝火。で表していたらしい。お吸い物で綺麗に締めくくるのも高得点だ。憂汰が強敵の出現を確信し、観客の優勝予想賭博が加熱していく。

「腹が減っては戦は出来ません。んー‥普通に美味しいですねぇ」
 万木は綺麗に平らげて、にっこりと微笑みかけた。同じく料理を嗜む者としての最高の賛辞と思った言葉を告げる。
「とても美味しいです。おかわりいただけますか?」
 小難しい言葉は不要。客の笑顔こそ最高の報酬。よって『美味しかった』という単純な意思表示こそが最も嬉しいと判断したのだ。一瞬、盛大な反応をするという手段も思いついたらしいが、変人の仲間入りだと考え、脳裏から選択肢を振り払っていた。

 戦いは何処に行ったんだ。
 観客が美食論の成り行きを心配そうに見守る中、一人の男が散々おかわりを繰り返してから口を開いた。

「ところでよう、姐さんがえらく感動したのはよーくわかったけどもだ。アンタ、作ってくれた紅蓮ちゃんに一番大事な言葉は言ってやったのかい? 万の美辞麗句よりも何よりも、たった一言、最大の賛辞は伝えたのかい? 料理人を口説こうとしたら難しい講釈は要らねぇんだ。心からこう言えば良いのさ」
 満足げな笑みを浮かべた阿羅々木は厨房の入り口に立つ作り手を振り返る。
「ごちそうさん。すっげぇ美味かったよ」
 紅蓮と蒼美が笑顔を返した。くるりと憂汰をふり返る。
「ごちそうさま、も、美味しかった、も言えねぇやつは他人の作ってくれたメシを食う資格なんて無ぇんだぜ? 料理にかけた手間や細かい工夫を分かってやるのはその後さ」
 きらりと光る八重歯がにくい。観客には近場の若い娘も混じっているのだが『阿羅々木さん格好いイイー!』とか『阿羅々木さんこっちみてぇー!』と言った黄色い台詞が飛ぶ。
 罪作りな男である。
「ふ、ここはボクの負けのようだね」
 憂汰が立ち上がった。紅蓮と蒼美に相変わらず、訳の分からない賛辞を伝えた後『ごちそうさま』と一言告げてウインクした。やがて外套を纏い、仮面を被って出入り口に向かっていく。
「諸君、とても有意義な時間だった。いずれまた対決の時を楽しみにしているよ!」
 高飛車な笑い声をあげながら、去っていく。使用人の少女は、懐からごっそり迷惑料を紅蓮達に手渡し「食事代でしゅ」と告げて、後を追いかけてゆく。
 二度とくんな、と紅蓮達が笑顔で毒づいた。

 こうして奇怪な論評対決は幕を閉じた。
 怪しげな未練あり、達成感あり、やっとありついた大吟醸の原酒と料理に舌鼓をうつ者もいたが、結局の所、美食の評価なぞ様々で、大事なのは感謝の心だ。
 何はともあれ、一風変わった変な人たちを追い出す仕事は成功したようである。