鬼灯祭〜迷える蕎麦人〜
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 2人
リプレイ完成日時: 2012/01/06 23:01



■オープニング本文

 しんしんと、降りそそぐ白い雪。 
 渡鳥金山の高嶺に、うっすらと雪化粧。 
 吐息が白く曇る頃になると、人々はにわかに活気づく。 
「今年もこの時期がきたねぇ。さぁ、みんな。鬼灯籠をめいっぱい飾ろうじゃないか」 

 ここは五行結陣が東方、山麓の田舎里。 
 かの名を『鬼灯』と人は呼ぶ。 

 かつて人々は里の裏山……渡鳥金山を『しでのやま』と呼んでいた。 
 要は『死者がこえていく山』すなわち『あの世』を意味する。所々魔の森の侵食を受ける山脈は常人達から恐れられ、行商人や旅人が山を越えていく『山渡り』は命がけと言われている。 
 そんな過酷な場所だからか。 

 鬼灯の里では、山で命果てた者を「鬼になった」とよく例えた。 
 アヤカシの鬼という意味ではなく、飢えた死者の魂という意味である。供え物をして供養してくれるのを待っているとされ『餓鬼』の字をあてた。鬼は常に飢えている。食べ物を見つけても火に変わる……そんな哀れな鬼の供養に、現世で炎を燃やせば、あの世で炎は食べ物にかわるだろう、という眉唾な話が広まった。 
 人々は供養の為、提灯に火を灯して供物とし、鬼面を被って来たる鬼をやり過ごす。 

 そんな土地の風習は、いつしか鬼と共に宴を楽しむ祭、へと変化を遂げた。 
 厳しい冬ごもりの前に、鬼に怯えず皆一緒に昼夜を騒ごうではないか。
 里の人々は、鬼面の描かれた提灯『鬼灯籠』を飾りに飾った。 
 出かける者は、大人も子供も、赤か黒の鬼面を被る。 
 誰が鬼か、誰が人か。 
 祭の間は、区別もつかぬ。 
 さあ……飲んで食べて、歌って踊れ。鬼灯祭が始まった。 

 + + + 

 ……何故、私は此処にいるのだろう?

 確かギルドで鬼灯祭の警備の仕事を受けた。
 それは間違いない。
 お祭りの最終日は暇が貰えるとも聞いた。
 うん、確かだ。

『な、腹減ってないか? タダで極上蕎麦を食わせてやろうか?』

 思えば、あんな不審な笑顔を警戒しなかった自分が悪いのかも知れない。
 祭の音。賑わう人。
 心も足取りも浮かれた夜。
 人手が足りないから手伝ってくれと言われて来た。必ずしもタダな蕎麦を目的にした訳ではないが、労働の対価に名物の山菜蕎麦くらい御馳走して貰ったって罰は当たらない、そういった考えが全くちらつかなかったといえば嘘になる。

 いやうん、そんなことはどうでもいいのだ。

 目の前に広がる人の顔。
 人、人、人。
 只今、見せ物状態で雛壇にあげられている、我々犠牲者。

「それでは、いざ蕎麦の戦いを始めたいと思います!」

 与えられた箸。渡された椀。待機する監視員。
 盛られる蕎麦。隣に何百杯分もある。

「では始め!」

 さぁ、胃袋の限界に挑め。


■参加者一覧
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
和奏(ia8807
17歳・男・志
オドゥノール(ib0479
15歳・女・騎
東雲 雪(ib4105
17歳・女・陰
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ


■リプレイ本文

 開始寸前、ルオウ(ia2445)は司会相手に食ってかかっていた。
「なんだこれ? や! 待てよ、なんだこの人の群れっつーか大会とか聞いてねーっ!」
 ごもっともだ。
 ルオウは切々と何かを訴え始めた。
「いいかぁ、オレはなあ、なんか色々あって壮絶な警備の末に血まみれになったし」
 警備に来る前から血塗れだったじゃん、と同僚達のつっこみ。
「最後の一日はゆっくり寝ようかな〜、とか思っていたけど、極上の蕎麦おごって貰えるって聞いてすんげー喜んできたっつーのに」
 祭放棄宣言に加えて、タダメシにつられた事実を赤裸々に告白する。
 しかし語りながら、ちらちら気にしていた観客は、様々な声援を送ってくる。
『あれ? なんか俺……今、応援されてる? みんな俺を待ってる、のか?』
 観客の期待は、明らかに何処か歪んでいたが『誰かに求められている!』という現実が、正しい認識能力を狂わせる。
 此処は里の舞台。
 集ったのは選ばれし者達(犠牲者)だ!
 心の奥底から沸き上がる魂の衝動に、ルオウは両手を天に突き上げた。
「ウオオォォォォオ! やるぜっ! 大食い王に、俺はなる! 俺はサムライのルオウ! よろしくなっ!」
 熱狂する会場。
 ルオウは、睡眠の欲求と騙されたことへの怒りは忘れたらしい。

 ところで巴 渓(ia1334)は腕を組んで黄昏ていた。
「……鬼灯の伝承。死者を恐れ忌み嫌うではなく、炎を灯し共に生きる、か」
 深い台詞と共に瞼を閉じ、天を仰ぎ……ちら、と薄目をあけてみる。
「なんて気取ってみても状況は変わらんか!」
 変わりません。
「確かに祭の警備仕事は疲れるし腹も減るが……何だ、この状況は」
 暫く押し問答をしていて、仕方がないからと薬味に『大根おろし』と『塩』を要求した。

 東雲 雪(ib4105)は膝を折った。大地に両手をつき、ぶるぶると震える。
「騙された……簡単な仕事のはずだったのですよ!」
 さーせん。
 しかし壇上にあがってしまいましたよ、さぁどうする?
「でも、タダでそば食べられるなら幸運なのです。無理しない程度に食べるのですよ!」
 ぎらりと瞳を煌めかせて、自分の席に着席する。意外と逞しかった。

 壇上で無駄に輝くフランヴェル・ギーベリ(ib5897)は説明を受けながら、盆の上に陳列された9杯の椀を見下ろし、謎めいた笑みを浮かべる。
「九杯か……一桁っていいよね、美味しい盛りだ」
『いえ、あくまでそれは御盆の限界でして、限界まで食べていただきますよ?』
 司会、突っ込む。
 積み上げられた無限に等しい『わんこそば』を眺めて一瞬硬直したギーベリだったが、反対側から壇上へ登ってくる盛り係の姿を見つけて双眸を見開いた。
「わんこそば対決、面白い趣向じゃないか! 折角だし、優勝を目指して頑張るよ!」
 さっきの動揺はどこへ消えた。
 内心びしびし指摘する司会や観客はさておき、ギーベリには負けられない戦いになっていた。
 何故なら意中のあの子が傍らに近づいてきたからだ。
「フランさん、がんばって!」
 冷やかしをかねて応援に来たリィムナ・ピサレットの甘い囁きと可憐な微笑みに、ギーベリの心臓の鼓動が早くなる。心の中で思った。
『……愛しのリィムナ!』
 愛し?
 あぁ、可愛い子って意味か。
『……何度口説いても、躱されてきた可哀想なボク』
 いやいやいや、相手は十歳ですよ!
 その前に色々大丈夫ですか、おねーさん。
『優勝賞金あげればボクの子猫ちゃんに……ぶふぅ!』
 めくるめく妄想。
 だらだら零れる鼻血を白い手拭いでフキフキしたギーベリは『カッ!』と司会を見た。
「もうね、限界突破して優勝するしかないじゃないか! そこの君、厠の位置はどこだね」
 表情と発言は凛々しくて大真面目なのだが、脳内の危ない妄想が不穏な予感を煽る。

 ところでオドゥノール(ib0479)は冷や汗を流していた。
 蕎麦を食べる。
 それは別に構わない。
 むしろ美味しいお蕎麦は食べたいと願っていた。
 誘いが騙しを交えていたとしても、そこは騎士の広い精神で許容しよう。
 だがしかし!
 こんな公衆の面前で、しかもどれだけ多く食べられるかを競うなど……どう考えてもみっともない姿しか想像できない。仮にも騎士、そして花も恥じらう乙女の年頃であるオドゥノールは、どうすれば綺麗に食べられるのかを真剣に悩んでいた。
 お行儀こそ騎士の命!(極論)
 くるりと踵を返し、準備をしている盛り係のフレスに握手をした後、ギーベリ同様に厠の位置を探す。

 そんな出場者達の片隅で、和奏(ia8807)が淑やかに口元を抑えながら一言。
「……わんこ蕎麦対決? いぬさんとは特に関りはないのですね」
 しょんぼり呟いた。

 和奏は優雅な仕草で着席し、時に声援に手を振って応える余裕すら匂わしながら漆塗りの椀を見聞しつつ、両手を合わせて、ぺこりんと頭を垂れた。
「いただきます」
 和奏に食べ物をかっ喰らう習慣はない。
 普通の蕎麦より量の少ない蕎麦を、そっと持ち上げて口に運ぶ。
 繊細な噛みごたえ、なめらかな舌触り、口から喉を通り、鼻腔に突き抜ける香ばしい蕎麦の香りは、紛れもなく極上の蕎麦である。全てを口に納めて量の少なさにしょんぼりすると。
「あいよ、次!」
 ぬかりなく放り込まれる蕎麦に、びくんと肩を奮わせて「え、え、え?」と困惑する。
 一杯食べて終わりではない。
 どこまでも続く蕎麦の追加、他の者が倒れるまで終わらない、限界に挑む勝負。
 それこそがわんこ蕎麦の戦いだ!

 巴は淡々と箸を口に運ぶ。口に広がる芳醇な蕎麦の香り。
 見苦しい展開は避けられない、しかし硬派で通してる印象をおかしなものにするわけにはいかない!
「うーんまあ、食い物を粗末にする食い方は好きじゃない」
 正しい。
 良識的な意見でちょっとホッとした。
「しかし色んな所で戦があって……人心にも不安の影が落ちている。彼らを励ます意味でも、俺たちが馬鹿をやってやるさ!」
 最初の正論、十秒で失踪。
 結局、見苦しい展開を嬉々として受け入れた巴は、謎の笑みと共に箸を進める。
 椀の汁は飲まない。蕎麦は噛まずに飲み込む(体に悪いから良い子のみんなは真似をしてはいけない! 悪い子も真似は厳禁です!)……そして、狙うは後半、勝負に変化が訪れる時だ!

 熱狂的な観衆を己を讃える存在と受け取ったルオウは調子に乗っていた。
「血が足りねえ……俺の魂が蕎麦を求める! じゃんじゃん持ってこぉい!」
 戦略なんてもはや関係ない。
 目の前には蕎麦、大食いを早食いと錯覚しながら、誰よりも目立つために猛烈な速さで流し込む。
 あ、汁が飛び散った。

 延々と考え続けたオドゥノールは、できるだけ空気を呑まないようにしてよく噛んで食べはじめた。啜りこむ時には汁をできるだけ吸わないように心がける。
 逸れ即ち、誰かさんと同じ蕎麦本体のみを食べる戦術だ!
 しかしオドゥノールはきちんと咀嚼しているので、喰ってる感覚が残る。満腹は早いかもしれない。
 何分、観衆の前だ。選ばれし勇者(犠牲者)としては、きちんと観衆に味を伝えなくてはならないと考えたのだろう。最期まで死守したいお行儀の為に、物凄く咀嚼してから飲み込んで……凛々しい表情を皆にむけた。
「とても上手い蕎麦だ」
 さいですか。
「……蕎麦の香りがまずご馳走としてあって、そこに薬味が加わる事で一味違ってくる。さらに出汁。様々な材料を用いての出汁はソレ単体でも美味ながら、組みあわせた時、蕎麦の香味を邪魔することなく引き立てる。それがいい。それでいい。……お代わり、いただけるだろうか?」
「えっと。オド姉さま、もう入ってるよ」
 輝かしいフレスの笑顔。
 超語っていた間に、フレスはきちんと仕事をこなしていた。

「美味しいものは全部いただくのですよ! ん〜、美味しいのです!」
 東雲は評論も早食いもせず、ただ蕎麦を堪能していた。
 蕎麦は真後ろでつきたてを茹でているので、コシもあって非常に美味しい。
「具がほっとんどないですが……まぁ許してやるのです」
 わんこそばの大食いで、具がてんこもりだったら、挑戦者は間違いなく泣く。

 優雅さではギーベリも負けていない。
 初めて堪能する蕎麦を、まずは一口食べてみる。
 しっかりとしたコシと噛みごたえ。ふわりと漂う蕎麦の香り。
「ふむ、美味しいね。これは幾らでも入る味だよ。どんどん盛ってくれたまえ! ハハッ」
 上品に唇についた汁を小指で拭い、椀を差し出す。
 いつも逃げられている可愛い子が、隣で蕎麦を盛ってくれる。ギーベリの心は薔薇色だった。
 ところで蕎麦を盛っているピサレットは、何を考えたのか、そっと近寄った。
「フランさん、あたしの為にがんばってくれる?」
 甘い吐息。囁く声。
 脳裏に駆けめぐる煩悩。
「もちろんだとも!」
「ね、優勝して賞金くれたら……何してもいいよ? 今夜はメイド服がいい? それとも……は・だ・か?」
 からーん、とギーベリの箸が落ちた。
 何してもいいよ?
 何してもいいよ??
 何してもいいよ!?
 今夜はハダカで!!
「リィムナとの甘いひととき……まかせたまえ! ボクはへこたれないさ! 喉まで詰まろうが大丈夫さ!」
 言い切った。
 自他共に認める変た(雑音)が言い切りました。
 劣情を煽る恐るべきピサレットは箸を拾い上げて「はい!」と差し出し、「ありがとう!」とどさくさに紛れて抱きつこうとするギーベリの鼻に、箸の反対を突き刺した。
 ギーベリは耐えた。なんだか詩人のような表情で心頭滅却していた。
 鼻に箸。
 四つ角がボクを犯す。
 愛しい子。
 艶やかな肌が近い。
 リィムナの囁きは、ボクを妄想に駆り立てる。
 これは愛、これは愛、これは裸体、これは愛の夜の為に!

 そして静かなる戦いの時間は過ぎていく。

 異常な速さで食べ続けたルオウは、見るからに腹が膨れていた。
 しかし吐き気を覚えた所で、盛り係の攻撃は止まらない。
 ちゅるちゅると口の中に蕎麦を流し込んでいるが、目が死んだ魚のようだ。最初の勢いは消え失せている。既に豪快な言葉を失った。
『や、やばい……意識が飛びそうだ』
 蕎麦を食って失神寸前、という珍しい現象を体感しながら、頭の中は霧がかかっていた。
 蕎麦は美味しい。確かに美味しいが、あきた。
 マジであきた。
 あとは意地だ。
『……今、俺は何やってんだろう……もうわからない、ワカラナイ……ゴメン、エリナ』
 戦死寸前の兵士状態で、過去の人生が走馬燈の様に思い出される。
 そこで「はっ!」と我に返った!
 ちゅるりん、と蕎麦をすすり上げると次の蕎麦が追加される。容赦がない。
『そうだっ! 俺はまだエリナに何も告げてないじゃんか!』
 妄想でした。
 突然、謎のやる気を出したルオウは、目の前の敵(蕎麦です)を睨み付ける!
「……俺、必ず帰るから、帰ったら……伝えたい事があるんだ」
 どう考えても死亡予告にしか聞こえない。

 四十五杯食べた和奏は、常人には真似できない速さで蓋を閉めた。
「ごちそうさまでした。賞金も気にはなりますが……満腹ですので投了しますね」
 吐いたりするのはせっかく作ってくださった方にも失礼ですし……と、満腹までタダソバを味わえたのが何より幸せそうである。
 和奏、四十五杯で脱落。
 戦う気のない東雲は二十九杯で蓋を閉めた。美味しく蕎麦を食べられればそれでいい。
 一方、巴はお茶などの水分を一切とらなかった為、途中で何度か喉に詰まっていた。

 脱落者が続出し、巴とルオウが限界に近づいた頃。
 それは会場の片隅で転がる賭博の賽子の様に、オドゥノールとギーベリに幸運の女神が舞い降りた!

 オドゥノールは吼えた。
「負けられない! 必ず食べて魅せる!」
 吐くかもしれない。
 いや、間違いなく吐く。
 しかしお行儀の悪いことは絶対に自分が自分を許せない。
 幸いにも厠の位置は確認してある。同じ挑戦者達の椀の数を気にしながら食べ続けた。

 一方、冷や汗を流しながらも貴族の気品を見失うまいと無理矢理に作った笑顔で微笑むギーベリは、正に勇者(犠牲者)であった。流石のピサレットも、限界に挑んで勝利を手にしようとしているギーベリの様子を伺うべく顔を近づけてみると、ギーベリは念仏のように己の理性を保つ言葉を呟いていた。
「幼女……メイド服……幼女……はだか」
 どんびきですよ、おねえさん。
 色々台無しである。
 ルオウと同じく意識は朦朧としていたが、走馬燈の代わりに姿を現したのは、あられもない姿のピサレットの幻(妄想です)だった。
「あぁボクを手招きしてる……蕎麦もリィムナもまるっと美味しく頂くんだー!」
 煩悩って怖い。

 時は過ぎていく。

 東雲は二十九杯で、投了した。戦わなかった。
 和奏は四十五杯で、投了した。限界まで食べた。

 巴は六十五杯で、喉に物が詰まって(いや実際に喉まで詰まっていたが)運ばれた。
 ルオウは六十九杯で、咳と共に鼻から蕎麦が飛び出し、呼吸が妖しくなって運ばれた。

 ギーベリは二十九杯で既に顔色が青かったが、煩悩の奇跡で二倍の五十九杯まで口に押し込んだが……巴やルオウにも及ばす、限界を感じて厠に走った。
 厠への道を邪魔する者は、誰であろうと許さない。
 もはやなりふりかまっていられないので、鬼のような豪腕を唸らせて、鬼神の強さを発揮しながら厠への切符を手に入れた。
 どこまでも能力の無駄遣いだ。

 そして。

「勝者、オドゥノール! 賞金は5000文です!」
 オドゥノールは三十九杯から、身を捻ったことと幸運により、二倍の七十八杯を食べた。
 勝利を確信したオドゥノールは、きゅっと身を丸め、口を押さえ、きちんとお椀に蓋をして『投了』の意志を示した。
 最後まで死守したお行儀が素晴らしい。


「リィムナァアアァァァァ!」
「優勝してないじゃなーい!」
 胃袋が空になったギーベリが、泣き鬼の表情で幼女を追い回している。
 運ばれた巴は姿が見えない。
 和奏は、けぷー、とお腹一杯の幸せな感覚に浸っていた。
 余裕を残した東雲は甘酒を堪能している。
「美味しかったのですよ、満足なのです」
 ルオウは吐き戻しそうになりながら戻ってきた。
「結局、俺……何しにきたんだっけ? うっぷ……もう蕎麦は当分食わねぇ」
 そして勝ったオドゥノールは、特別な座敷に運ばれていた。傍らで手を握って尊敬の眼差しを送るフレスがいたが、それより気になるのは周囲の男衆だ。
「大丈夫ですか?」
「お水が良いですか? お茶が良いですか」
「どこへでもお運び致しますよ」
「なんなりとお申し付けください」
 鬼灯の里で首位を争う美男子達が、王者を気遣う。
 異様な空気に対して本人はというと。
「……おいしい、お蕎麦を……食べたかっただけなんだ」
 かく、と気を失った。

 わんこ蕎麦対決を終えた蕎麦人の夜は老けていく。