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■オープニング本文 しんしんと、降りそそぐ白い雪。 渡鳥金山の高嶺に、うっすらと雪化粧。 吐息が白く曇る頃になると、人々はにわかに活気づく。 「今年もこの時期がきたねぇ。さぁ、みんな。鬼灯籠をめいっぱい飾ろうじゃないか」 ここは五行結陣が東方、山麓の田舎里。 かの名を『鬼灯』と人は呼ぶ。 かつて人々は里の裏山……渡鳥金山を『しでのやま』と呼んでいた。 要は『死者がこえていく山』すなわち『あの世』を意味する。所々魔の森の侵食を受ける山脈は常人達から恐れられ、行商人や旅人が山を越えていく『山渡り』は命がけと言われている。 そんな過酷な場所だからか。 鬼灯の里では、山で命果てた者を「鬼になった」とよく例えた。 アヤカシの鬼という意味ではなく、飢えた死者の魂という意味である。供え物をして供養してくれるのを待っているとされ『餓鬼』の字をあてた。鬼は常に飢えている。食べ物を見つけても火に変わる……そんな哀れな鬼の供養に、現世で炎を燃やせば、あの世で炎は食べ物にかわるだろう、という眉唾な話が広まった。 人々は供養の為、提灯に火を灯して供物とし、鬼面を被って来たる鬼をやり過ごす。 そんな土地の風習は、いつしか鬼と共に宴を楽しむ祭、へと変化を遂げた。 厳しい冬ごもりの前に、鬼に怯えず皆一緒に昼夜を騒ごうではないか。 里の人々は、鬼面の描かれた提灯『鬼灯籠』を飾りに飾った。 出かける者は、大人も子供も、赤か黒の鬼面を被る。 誰が鬼か、誰が人か。 祭の間は、区別もつかぬ。 さあ……飲んで食べて、歌って踊れ。鬼灯祭が始まった。 + + + 「鬼灯祭の警備?」 「そー、五行の東さ。どうだい?」 呼び止められた開拓者達が首を捻った。 「五行の鬼灯って言えば、確か生成姫が潜伏してるって噂の魔の森に近いんじゃないか?」 五行都市『結陣』東方に聳える渡鳥金山の山麓に『鬼灯(ホオズキ)』と呼ばれる里がある。 卯城家と境城家の二大地主が土地を治め、閉鎖された鉱山の坑道を自然の蔵とし、酒造りと、山向こう地域との交易の要として栄える場所だ。 だが、里の裏手に聳える渡鳥金山一帯は、半ば魔の森に呑まれていた。 「まあねぇ。でも去年、鬼灯の里に居着いてた祟り神は討伐されたし、最近は地下にいたアヤカシも北面に向かって移動していったらしくて、前より随分と長閑らしいよ」 「へぇ」 「いや、へぇじゃなくてね。人手が足りないんだそうだよ。暇なら行ってやってくれないかね?」 「まぁいいけど。どういう祭なんだい?」 ……鬼灯祭。 鬼灯では古くから土着信仰が根強く、未練のある死者の魂を『鬼』と呼び、飢えた死者の魂がいつか里へ戻ってくる、と信じていた。そこで人々は、厳しい冬ごもりの前に、鬼に怯えず一緒に大騒ぎをすることを思いついたらしい。 これが祭の起源と呼ばれている。 人々は里へ来る鬼の目を逸らすために、外出時は黒か赤の鬼面をかぶる。更に自分が食われないよう鬼の食事としての炎を軒先に吊したり、持ち歩くようになったた。この炎を灯した鬼面の描かれた提灯を、里の人々は『鬼灯籠』と呼んでいる。 「最終日は自由にしていいそうだから、名物の篝火、みてきたらどうだい?」 「はいよー」 + + + 鬼灯祭が終わりにさしかかるころ。 舞台のあった広場には、一軒家ほども高く積まれた薪が配置される。 村人も旅人も、多くが広場の薪に注目していた。 鬼灯祭の警備を行っている迎火衆と呼ばれる男達は、皆、赤か黒の鬼面をつけていた。男達は片手に松明を持ち、頭の合図で松明を投げ込む。 程なくして巨大な火柱が出来上がった。煙が天まで昇っていく。 人々は嬉々として手に持っていた鬼灯籠や鬼面を炎のなかへ投げ込んでいく。 無病息災を願い、時には秘めた願いをこめて。 かつて送り火に慰められた鬼が安らかであるように、祈りを書いた鬼灯籠を一緒に燃やしていたのが、いつしか願い事を書いて燃やすと叶うと言われるようになった。 天に届け、この願い。 祭の警備に増員されていた開拓者達が、暇を得られた最終日。 ともに祭りに参加するべく、里へとくりだした。 |
■参加者一覧 / 柄土 仁一郎(ia0058) / 滋藤 御門(ia0167) / 劉 天藍(ia0293) / ヘラルディア(ia0397) / カンタータ(ia0489) / 柄土 神威(ia0633) / 柚乃(ia0638) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / 水鏡 雪彼(ia1207) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 九法 慧介(ia2194) / フェルル=グライフ(ia4572) / 月酌 幻鬼(ia4931) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / 鬼灯 恵那(ia6686) / 神咲 六花(ia8361) / 和奏(ia8807) / フェンリエッタ(ib0018) / ジークリンデ(ib0258) / 明王院 浄炎(ib0347) / 明王院 未楡(ib0349) / 萌月 鈴音(ib0395) / 劉 那蝣竪(ib0462) / 天霧 那流(ib0755) / 无(ib1198) / 蓮 神音(ib2662) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / 長谷部 円秀 (ib4529) / 遠野 凪沙(ib5179) / 雪刃(ib5814) / アルセリオン(ib6163) / フレス(ib6696) / フィアールカ(ib7742) / 刃兼(ib7876) / 月雪 霞(ib8255) |
■リプレイ本文 それは遠い遠い昔の話。 想う事は罪だと言われた、とある娘の哀しい記憶。 ただ愛する人の傍にいたい……彼女は、そう願っただけ。 宴といえば、鍋の中身の争奪戦と、酔って羽目を外す者達が大多数だが、片隅の恋人達は、別な問題で頭を悩ませていた。 「うーん……こういう時、恋人は『はい、あ〜ん』とかやるものだと聞いたけど……」 小声で呟く雪刃(ib5814)は、傍らの九法 慧介(ia2194)の横顔をみた。 周囲の目は気にならない雪刃だが、普段恋人らしい行動をしない為、二の足を踏んでしまう。 「なんだい、雪刃。これほしい?」 視線に気づいた九法が、そんなに自分の箸が掴んだ芋巾着が欲しいのかと首を傾げた。ぷるぷると首を横に振った雪刃は『やってみようかな』と意を決した。 「慧介。はい、あーん」 差し出された肉。 恋人達の幸せな光景を、外野が囃したて、時に妬む声も飛び交ったが、雪刃は「慧介にしかしない」といい、九法は「あげませんよ」と酔っぱらい達を遠ざける。 「ここしばらく寒いから、お鍋はあったまるね。……あ、お皿空っぽ。とってくるね」 追加注文の為に席を立つ恋人の後ろ姿を見送りながら、九法は障子の向こうを見やる。 視界を満たす白銀の雪。 「……一年前は、傍らに誰かが居るなんて想像もしてなかったな」 これを幸せと呼ぶのだろう。 体を温めたら、炎に願いをくべにいこうと思う。 祭は相変わらず変わらないが……男が減ったのぅ、と月酌 幻鬼(ia4931)は思う。 開拓者を長く続けていると、時間の流れに疎くなる。 全く足を運ばないうちに、里の様子は激変した。図書館や報告書で鬼灯の様子を知ることはできても、それは誰かの記録を垣間見るだけ。 この里は何度もアヤカシの脅威にさらされ『山渡り』に失敗し、迎火衆の多くが命を落としたと聞いた。それは即ち、里の男達の激減を意味する。大昔に断絶した天城家の遺児発見や卯城家の息子徳志が起こした誘拐事件の顛末、境城家の先代地主と奉公人が集団失踪した話、里の裏山……渡鳥金山に潜むという大アヤカシ「生成姫」の噂が、全く気にならないと言えば嘘になる。 「どうかしましたか」 ヘラルディア(ia0397)の声に月酌が我に返った。けたけたと笑って「なんでもねぇよ」と朱塗りの杯を傾ける。昨年鬼灯祭へ一人で訪れたヘラルディアが、鬼灯酒を注ぐ。 「この後は、願いを投げ込みに行きますか? わたくしがご案内します」 愛しい嫁を腕にかき抱いた月酌は「じゃ、いくか」と黒い鬼面を手に持つ。 脳裏にちらつく悩みなど、祭の後でいい。 今宵は寄り添う体温を愛する予定なのだから。 鍋と言えば温まるのは当然だが、賑やかな時を運んでくれるものだ。 「ふふっ、柚子平は霧雨の事、運命の相方だと思ってるんだろうね。君はどうなんだい?」 「仕事の後始末を投げられるだけで充分すぎるぞ。よしてくれ。さて、ごちそうさま」 酒の肴にされた御彩・霧雨(iz0164)は、神咲 六花(ia8361)の悪戯な顔にイヤそうな顔を向けつつも「後は二人で楽しくな」と石動 神音(ib2662)に声を投げていく。 酔って目元を赤くした神咲が、窓から下を見下ろすと、立ち去った霧雨は知り合いに抱きつかれて泣かれていた。 狼狽える様子を面白そうに眺めつつ、障子を閉める。 振り返った先には、食いしんぼのお姫様が鍋の豆腐を箸で上手くつかめないでいた。 さりげなく代わりに盛る。 「はい、どうぞ。それで神音、初めての酒かす鍋は口に合うかい?」 「ちょっと大人の味かなぁ。でもね、にーさま。とっても体があったまるよ」 贈った旗袍で身を飾った可愛い子。 微笑む神咲は、食事を終えてから手を差し出す。 「さ、次は屋台かな。今日は僕が守る方だからね。お手をどうぞ、食いしんぼのお姫様」 食いしんぼは余計だもん、なんて。頬を膨らませながら手を重ねた。 雪景色の渡鳥金山と、無数の灯火を酒の肴にするのも風流だと胡蝶(ia1199)は思う。 「はーはっはっは、美貌の私こそ神の芸術!」 ぶほーっ、と盛大に酒を吹き出した。 記憶から消滅寸前だった声が傍で聞こえる。振り返った先には、顔を真っ赤にして近くの者に妖しい文句で絡んでいる質の悪い酔っぱらい女と、傍観しているお目付役がいた。 「ゴホッゴホッ……なんで貴方が居るのよ! ってゆーか、そっち! 何故止めないの!」 「酔いが醒めるまで放置しましゅ」 お目付役の侍女、役目を放棄! 「美食と美女と美男あるところに、僕は光臨せり!」 一段とウザさの増した流離いの美食家、その名は憂汰。明日から仕事で飛び回らなきゃいけないのに折角の骨休めが云々、と色々叫んでいる胡蝶に対して、散々酒を煽った男装の美女は標的を定めた。もれなく訳のわからない妄言がついてくる。 「やれやれ、良い夜だというのに。これだからよっぱらいは」 宴会場に茶席を設け、酒に弱い者酔い潰れた者達の介抱をしていた者……からす(ia6525)が胡蝶から憂汰をひっぺがし、特別に煎じてもらった気付け薬を流し込む。 「如何かな?」 憂汰、思考停止。 「神に祝福された僕の舌がああぁぁぁぁ!」 余りにも苦すぎる薬湯に、やかましい絶望の声。色々と容赦がない。 呆然としている胡椒に「暫くすれば我に返るぞ」と言い残して戻っていく。最も、正気の憂汰も相当な変人なのだが、少なくともまともな話はできるかしらと、胡蝶は様子を見守った。 はて、聞き覚えのある声がしたような。 カンタータ(ia0489)は仕事で疲れすぎただろうかと首を捻りながら、幻聴ということにして再び屋台を巡っていく。この前は作ったお菓子をあのひとの所まで運べなかった、と一人落ち込みながら、初冬の素材で何か良いお菓子は造れないかなと未知の素材を探す。 雪の花が、頬を撫でる。 警備仕事の合間で美味しそうな屋台に目星をつけていた鬼灯 恵那(ia6686)は、歳が似通っていて同じ目的を持つアルマ・ムリフェイン(ib3629)と屋台を食べ歩いていた。 時折ムリフェインが、人の渦に押された恵那を助け出す。 「大丈夫? やっぱり屋台は人が一杯だね。制覇できるかな。かな。ふふ、こういう場所で食べるのって、何だか特別な気がする! 貰い忘れた鬼面も譲ってもらえて良かったね」 通りがかった月酌とヘラルディアから貰った黒い鬼面が、二人の頭を飾っている。 「うん。……鬼面だらけで面白いね、こういう祭りも。鬼面、投げ込みに行く?」 報酬の半分を使い切った頃、二人は広場へ向かい、鬼面に願い事を書き込んで炎の中に投げ込んだ。 「僕の願いごと、ちょっと真面目になっちゃったけど……叶える為にもっと頑張るんだ」 日溜まりに似たムリフェインの笑顔。 傍らで見上げた恵那の口元も、微かな弧を描く。 「私も、本当に叶うと嬉しいな」 二人の願いは、全く性質の違うものだったけれど、乞い祈る気持ちは誰もが同じだ。 「恵那ちゃん。もう一周したら差し入れを持って、宴会の様子を見に戻ってみない? きっとからすちゃん達が、酔っぱらいに手を焼いてると思うんだ」 仕事で出会った二人は、急速に近づく距離を感じながら、残してきた仕事仲間の為の差し入れを探す。 天儀の祭では浴衣を纏うものだと聞いた月雪 霞(ib8255)は浴衣と蒼い外套を纏った。 着飾った恋人は正に、雪の中に舞い降りた麗しの花。 「どうでしょう……似合いますでしょうか」 沈黙は不安を煽る。 見惚れていたアルセリオン(ib6163)は慌てて言葉を探す。 「いや、その、君──霞が着てくるとは思わなかったのでね。よく似合っている」 名を呼ぶのが照れくさい。いつか躊躇い無く囁ける日が来るのだろうかと思いながら、小麦色の掌を差し出した。 今宵、愛する者を見失わぬように。 冷えた白い指先を包めば温もりを感じる。やがて二人は歩き出した。 視界を埋め尽くす赤と黒の鬼面。 修羅の生まれを厭う月雪は、鬼灯祭に複雑な気持ちを抱えていた。着慣れぬ服も相まって石畳の雪路で足を滑らせたが、月雪には支えてくれる腕がある。 「すみません、ありがとうございます」 「大丈夫か? 人も多いし、ゆっくり見て回るとしよう。気になる物があれば言ってくれ。天儀の祭は何度か見たが……此処はそれを上回るな」 物静かな月雪を見れば、難しい顔が消えない。アルセリオンは天を仰ぎ、何か思いついた。月雪を軽々抱き上げて人の波から遠ざかっていく。 「え、え、あ、あの! 流石にこれは!」 まだ触れあう事も少ない。慌てる月雪は周囲の視線に耐えかねて懇願したが、アルセリオンは「しばし待て」と言い、やがて裏路地の茶屋に儲けられた緋色の長椅子に月雪を降ろし、店の奥から甘酒を手に戻ってきた。 「警備の時に、此処の甘酒が絶品ときいてな。温まってから簪を見に行こう」 渡された甘い香りに緊張がほどけていく。 肩から力が抜けた頃を見計らって、アルセリオンは傍らに腰掛けた。 「祭は楽しいが、どこでもいい訳ではないぞ。天儀の四季も、様々な土地も……君と見たいものだと思っている」 この横顔は、私を大切にしてくれるヒト。 白い花舞う冬の星空のもとで、穏やかな時間が過ぎていく。 祭に詳しい者に案内を頼む方が、迷い込むより楽しめる。 緋神 那蝣竪(ib0462)は劉 天藍(ia0293)に飛びついて案内を乞うた。 最初は戸惑いを見せた劉も『皆お面被ってるし逸れたら危ないか』と腕を組むことを受け入れた。 「色々食べたいし、半分こしましょ。はい! あ、独り占めはだめよ?」 ころころと笑う緋神に「わかってる」と苦笑を零し、様子を見守る。 白に茜、藍に翡翠。 煌めく櫛や簪といった身飾りに瞳を輝かせる娘の様子を微笑ましいと感じながら、劉はふと思う。少なくとも、嫌われてはいないという確信はあれど、いまいち関係がしっくりこない、端から見れば、自分達も道行く恋人のように見えるのだろうか。 「天藍君、美味しい鬼灯酒のお店ってどこ? 二人でのみましょ」 買い食いの果てに待つ呑み比べ……を些か無謀だと思うのは、きっと相手がシノビだからだ。 劉は『勝てる気がしない』と頭では考えつつ、流されるまま酒場へ向かう。 「この里で今こうしてお祭りに興じる事ができるのも、天藍君達が頑張ったおかげなのよね。私が言うのも変だけれど、ありがとう、ね。お仕事お疲れさま」 「守った、か。……俺は本当に微力しか出来なかったが」 来年こそ、と朱塗りの杯に溶ける月に誓う。 「あ、そうそう。飲み過ぎて立てなくなったら、宿まで運んでくれる? 無粋は無しよぅ?」 目元の赤い悪戯な微笑み。 振り回される劉は、まぁいいか、と可愛い我が儘に付き合う。 一方、菊池 志郎(ia5584)は管狐の雪待を連れて屋台を巡っていた。 「雪待、余り急いで食べるとこぼしますよ」 『そんな抜けた真似、我がするか。おお、あれも美味そうだな、志郎、次はあの串焼き』 「はいはい、お財布の範囲内でお願いしますね」 管狐を召還し続けるには際限なく力を使う。今アヤカシに出会ったら危ないなぁ、なんて思いながら、僅か十二分と少しの間だけでも、襟巻きの様に首に巻き付いている雪待との絆を深めるべく、両手に持ちきれない料理と共に、路の果てへ消えていく。 共に祭を楽しんでいたフェンリエッタ(ib0018)と萌月 鈴音(ib0395)、遠野 凪沙(ib5179)の三人は、黒い鬼面を炎の中に投げ入れる。 人は誰かのためや自分のために祈ることが多い。 「私は……誰かの為に願ってもいいのかしら」 フェンリエッタの呟きは歓声にかき消される。思うことは沢山ある、願う祈りは沢山浮かぶ。それでも形にするのは時に難しい。未だ踏み出せぬ一歩を、来年に夢見る。 一方、遠野と萌月は熱心に祈っていた。 心の底から叶って欲しい祈りは届くだろうか。 「思っていたより賑やかで……楽しいです。去年は……お祭りを楽しむ暇がなくて」 萌月が炎を見上げながら呟く。 遠野が首を傾げた。 「そうなの? うぅ寒い。お腹がすいたし、何処かで温かいお店に入ろうか」 やがてとある店先で、警備の際に一緒だった礼野 真夢紀(ia1144)と和奏(ia8807)を見つけてフェンリエッタ達が声をかけた。 二人とも願い事を投げ込んだ後、この茶屋で出会ったらしい。 「その、歩きながら食べるのは……未だに慣れませんので」 狙っていた食べ物や飲み物を買い込んだ和奏が、腰を落ち着けられる場所を探していたら、昨年も鬼灯へ来た礼野がいい場所をとっていたので、隣にお邪魔したとか。 「さて、私ちょっとちぃ姉様へのお土産にするお酒を勝ち取ってこなければならないので……この場所の死守をお願い致します! すぐ戻りますから!」 炎がよく見える席を、遠野達に託した礼野が酒屋へ消える。 いざ何でも願えといわれると、筆が進まない。 刃兼(ib7876)は延々悩み続けていた。 強くなりたい願望は、神頼みをするより己の鍛錬と経験を積んだ方がいいに決まっている。祭の意味を聞いて亡き母を思い出したが、続いて陽州の家族が気になった。父は飲み過ぎていないだろうか、兄の商売は繁盛しているのか、喧嘩が絶えなかったら……と、更に悩んで一時間経過。 結局、平凡な願い事を書いて炎に投げ入れ……なんと鬼灯籠は突風に煽られた! 轟々と燃える刃兼の願いが堕ちる先には、小柄な人影。 柚乃(ia0638)がいた。 去年は家族と一緒だったが今年は一人。誰にも秘密の願いを炎の中に投げた。 考えに耽っていて周囲の悲鳴で我に返る。 見上げた頭上に燃える炎。 地を駆けた刃兼が柚乃を抱え、太刀を一閃した。鬼灯籠は割れて大地に落ちる。周囲は拍手喝采だが見せ物ではない。炎に「俺の願いは拒否かー!」と半ば八つ当たり気味に叫んで我に返った。 柚乃は逞しい腕に抱きしめられて顔が赤い。抱擁を解く。 「すまない……と、君は警備で一緒だった柚乃? 火傷はしてないだろうな」 「ん、大丈夫。ありがとう。あれはあなたの?」 申し訳なさそうに事情を語る刃兼を見て、柚乃は燃え尽きかけた鬼灯籠を拾い上げて炎に投げ込んだ。 「これでいいよ。あなたの願いも叶うといいね」 煤に汚れた微笑み。刃兼が柚乃についた煤を拭う。 「柚乃。お詫びは何がいいかな。何でも奢らせてもらうが」 家族とは違う、背の高い男のひと。 差し出された手を握ってもいいのだろうか。 柚乃は慣れない申し出に顔を赤くしつつ「もふらさまの飴がいいな」と答えた。 管狐を連れてくるのを忘れ、半ば仕事の様に伝承調査をしていた无(ib1198)といえば、同じく鬼灯の伝説を尋ね回っていたジークリンデ(ib0258)と出会い、話し込んでいた。 「ふむ、では真朱という祟り神は討たれていると」 「そのように伺っておりますよ。裏山にいると噂の生成姫の件についてはまだ余り」 世間話をしながら共に鬼灯籠を持って炎に向かう。投げ込んだ祈りは叶うだろうか。 「どうです、新酒でも一献」 「炎を眺めながらのお酒というのも、良いのかも知れませんね」 色めいた話や空気と違うけれど、そこには似通った興味を持つ者の宴があった。 視界を埋め尽くす鬼面の海。 弖志峰 直羽(ia1884)は、傍らの水鏡 雪彼(ia1207)を見失いそうだった。 「雪彼ちゃん、はぐれないように手…………着物の袖でもいいから掴んで」 少し顔を出した勇気は、瞬く間に萎んだ。何故、手を繋ごうと素直に言えないのか。自己嫌悪に陥る弖志峰の胸中を知ってか知らずか、水鏡は袖ではなく手を掴んだ。 凍っていた指先に、柔らかい熱が灯る。 「一緒にお願いごと、投げ込もうね」 雪の中で万華鏡のように煌き過る笑顔が運ぶのは、温かい気持ちの欠片。 手を繋いで歩く姿を、誰かさんが見たら嫉妬するかも、なんて笑い話をしながら互いに何処か遠い距離感を感じ取っていた。 ……直羽ちゃんにはこんな感情見せられない。 ……目に映れども、触れられぬ月のような君。 ……誰よりも優しくて綺麗な心を持つ、お日様がよく似合う人だから。 ……俺は、今度こそ……愛しい笑顔を曇らせずにいられるのだろうか? 想えばこそ、遠ざかる。 互いに抱える心の闇が晴れる時など分からない。それでも『いつか』と願うことは許されるだろう。炎の中に投げ込んだ願いを、教え合うことはない。それでも隣にいる。指に温もりを感じる。今は遠くても……ここから始まる未来はあるから。 去年託した雪彼の願いは半分叶った。傍らの温もりが証明だ。 去年託した弖志峰の願いは友の為だった。今年は自分と愛しい者の為に。 「ねぇ、向こうで暖かい鍋をもらお?」 幸福を享受する恋人達は、楽しげに炎から遠ざかっていく。 所でフィアールカ(ib7742)は難しい文字に挑んでいた。 『だいすきなひとの、ゆめが、あったかだといいな。えがお、またみたいな』 最期に名を記す。去年此処へ来た『だいすきなひと』は一体、何を願ったのだろう。 願いは叶ったのか、或いは今だ叶っていないのか。フィアールカには分からない。 「いっぱい見て、おみやげのお話、もって帰るね」 遠い地で夢見る『だいすきなひと』の為に、フィアールカは走り出した。 炎に鬼面を投げ入れて、近くの茶店でひとやすみ。 「あまざけ? 一杯くださいな。……とろっとしてあまくて、初めてのあじ」 体も心も芯から温まっていくかのよう。 炎もしっぽも、ゆらりと踊る。 銀世界を運ぶ牡丹雪は、綿毛のように見えても冷たく溶ける。 生まれ育った温暖な故郷と違う空気に慣れず、暖を求めたフレス(ib6696)はぴったりと滋藤 御門(ia0167)に寄り添った。道行く屋台で甘酒を買い与えると、太陽の微笑みが滋藤を照らす。 「御門兄さま、ありがとうなんだよ」 くしゅん、と嚔ひとつ。微笑みと共に、フレスの華奢な肩に羽織をかけた。 「風邪をひかないようにしなくちゃね?」 「うん、あったかいんだよ。この後、鬼灯籠を投げにいくよね? 御門兄さまのお願い、気になるなぁ……えっとね、私の願いはみんなと仲良くできる事なんだよ」 「僕の願い事? ふふ、ちょっと似ているけど違うかな?」 謎々のような言葉に首を傾げつつ、フレスは滋藤と共に大きな篝火の中へ、願いを書き込んだ鬼灯籠を投げ込んだ。 「とっても奇麗なんだよ」 「そうだね」 弾ける火花を見つめながら、祈りを託す。 夫婦水入らずの時間というのは、実は貴重なのだと思い知る。 明王院 未楡(ib0349)は明王院 浄炎(ib0347)と共に炎の中に供物を投げ入れて願った後、静かに寄り添っていた。ついつい、子供達のことを思い出してしまうのは、心配性と言われるかもしれない。 「昨年の娘達も、この炎を見つめて祈ったのだな」 「ええ、そのようです。鎮魂の灯に祈ったら、お鍋でも食べにいきましょうか」 愛するあなたと、今宵はふたりで。 フェルル=グライフ(ia4572)は鬼面を被って「わっ!」と酒々井 統真(ia0893)を驚かせようとした。 見事に不発。これで二連敗。 でも去年と違って心は沈まなかった。何故ならば。 「またこの里を統真さんと二人で歩けるのも、去年のお願いが通じたからかも、ですね」 実は、グライフが去年秘密にした願いは『彼が健康で、共に楽しい時を過ごせるように』だった。恋人の微笑みで察しがついた酒々井が微笑む。 託した思いと叶った願い。 そして今年も鬼灯祭はやってきた。 巨大な篝火の近くで鬼面の裏に文字を記している人々を見かけ、二人も立ち寄って、秘密の願いを書き込んでいく。 「あの炎を見ていると、何だか胸が切なくなってきます……はい、完成。今年はなんて書きましたか? あ、私は秘密ですよ!」 と言って、グライフが鬼面を被る。酒々井も書き終えて被った。 「願い、なぁ。俺の願いが真朱に奪われたあの時から1年か。……真朱は確かに倒したが、生成姫は存在こそ明かしたものの謎も多いし、妖刀戦で深手を食らうし『負けないようになりたい』って去年の願いに関しちゃ全然だな」 生成姫に関しては、殆どが古の脅威や配下の暗躍の話ばかりで、本体については一切が謎のまま、という現状に気づいている者は少ない。時に神と崇められた謀略の天女は、今も息を潜めている。 鬼灯の裏山、渡鳥金山の何処かで。 「で、なんて書いたんですか?」 「そーだな。今年の願いは『……………、…………………………………………』か」 酒々井の呟きは、炎の弾ける音と人々の歓声にかき消されてしまった。聞き取れなかったグライフが「もう一回」と尋ね返す。必死な恋人をじっと見て、暫く考えに耽った酒々井は空を仰いだ。 「二度は言わねー。叶わないと、俺バカみたいだしな」 「えぇー!」 お互いに願い事は秘密らしい。じゃれ合ったりしながら、二人は鬼面を炎に投げ込んで、ぎゅっと手を繋いだ。燃えていく願い。秘めたる思いを笑顔に隠して。 一年後に、此処でまた。 幸せを知ると、欲張りになってしまうのが人の性だろうか。 心躍る祭り音の中を、柄土 仁一郎(ia0058)は巫 神威(ia0633)と歩いていた。 「今年も色々あったが、無事終えられそうで何よりだ。鬼灯祭、楽しめているか?」 ぶつかりそうになると、逞しい腕で守ってくれる大切な人。 低い声音の問いかけに、巫は幸せに満ちた表情を向けた。 白く溶ける吐息の向こうには、凛々しい顔が甘く微笑んでいる。 「私、とっても幸せよ。こんな風に一緒にいられることが奇跡のようだもの」 あなたがいてくれたら、それが全て。 理不尽な運命を呪う夜もあった。けれど今宵は温かさに満たされる。 少し考えてから柄土は囁く。 「奇跡、か。奇跡というものは、ただ待つだけじゃ訪れん。如何な苦難にも諦めず、最後まで足掻き続けた者が、その果てに見出すものだと俺は思っている。だから……」 奇跡が舞い降りたと思うなら、胸を張って受け取ればいいと思う。 けれど言葉にするのは気恥ずかしくて。 「幸せならば、それでいい。来年も、いい年にしよう、神威」 「ええ。帰ったら来年を迎える準備をしましょうね」 炎に秘めた願いを投げ入れる。燃えてゆく願いは、雪の代わりに天へ舞う。 この温もりを、決して離したくはない。 星屑のもとで煌めく炎。茜の光は、生涯の記憶に輝く一瞬も照らす。 下駄の鼻緒が千切れてしまったわ、と。嘘を真に受けて腰を屈めた男に触れる。 「あたし……霧雨さんが好き」 交わした唇の温もり。頬を染めた天霧 那流(ib0755)に対して、霧雨は瞬きを忘れて相手を凝視した。一方、照れくさい気持ちを隠す為か「あ、あたしだってこんな気持ちびっくりしてるんだから」等とまくし立てる。沈黙の末に霧雨は聞いた。 「……今のはつまり、本命ができるまで財布になれ、という意味の前払い報酬だったり」 「しないわよ。何故、そうなるのよ」 惚けた言葉に腹を立てながら「からかってなんてないわ、本気よ」と念を押す。 「返事は今度で良いから……考えておいて」 くるりと背を向けて、物凄い力で後ろに引かれた。倒れるのではないかと錯覚したが、恋しい男の腕の中に囚われる。心臓が早鐘の様に鳴った。 「……俺は、今月で二十三になった」 耳元で囁かれる低い声。産毛が泡立つ感覚。 「二年後に生きている保証は、どこにも無いんだぞ」 甘い空気は一瞬で霧散した。霧雨は彩陣生まれの陰陽師……忌み子だ。このまま約束の時期が来れば、生成姫にいたぶり殺されてしまう。しかも周囲の者にまで害が及ぶ。恋心の果てに待つのは過酷な現実だ。誰よりもそれを理解しているのは、探り当てた天霧のはずだった。 ぺちん、と。霧雨の頬を叩く、華奢な掌。 「バカね……どんな気持ちで死と隣り合わせなのか、分かってないとでも思ったの?」 押し黙った霧雨。やがて天霧の手を取って、薬指に口付けた。 大切な者は作らないと、一度は決めた。 「……二年後。二年過ぎて、もしも俺が生きていられたら、その時まで君の心が変わらなかった時は……那流、君に祝言を申し込むよ。返事は、その時までとっておいてくれ」 哀しみを覆う笑顔。それは叶う保証がない、絶望的な見込みの約束。 天霧は祈りにも似た願いを、鬼面に託す。 実はこの日、炎に願いを投げ込んだ異性同士……即ち、恋人や夫婦を筆頭に、手を繋いで祭を楽しんでいた開拓者達が、不気味な視線を感じたのだが、見回しても大勢の中からその視線の主を捜すことはできなかったらしい。 天高く燃える炎に、人々が鬼面や鬼灯籠をくべてゆく。 死者の魂が癒されますように。 怪我が治りますように。 病がいえますように。 幸せの祈願に。 共にいる時を永遠に。 口に出せない数多の言葉を託して。 星空の夜に鬼と騒ぐ宴は、沢山の祈りと共に過ぎていった。 |