【玄武】雪舞う忘年会
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 14人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/01/01 02:04



■オープニング本文

 朝早くから、しんしんと降り積もる牡丹雪。
 遠くの山が雪化粧で白銀に染まる季節が訪れた。

 ここは五行国陰陽寮が玄武寮。
 秋は満月を愛でた『花梨の石庭』も、今は真っ白な雪で埋め尽くされた。
 冷える体をさすりながら廊下を走っていくのは、玄武寮の副寮長こと狩野 柚子平(iz0216)である。向かう先は玄武寮の寮長、蘆屋 東雲(iz0218)の個室だ。扉を軽く叩くと、蘆屋が狩野を出迎えた。
「お疲れさまです。できましたか」
「ええ。一年目ですから、視野を広げる方向にしました」
 何の話かというと年末試験である。
 寮長も副寮長も、現在の玄武寮生を将来、国に有益な存在にする義務が架されている以上、安全な学舎で延々と講義を続けるだけでなく、徐々に生死の危険にも耐える訓練を積ませなければならない。
 とはいえ。
 再解放された玄武寮所属者は、基本的に今年の入学者だけだ。
 従って連日の授業も、国の成り立ちから陰陽師がなんたるか、初歩的な実技や術原理の講義等の基礎的な話が多く、余り難しい話はしていない。何より多くが開拓者としての資格を有していることもあり、放って置いても技術を習得してくる有能な者が多かった。
 一定の基礎技量試験は入寮の際に実施していたことも踏まえて、今回の年末試験は方向性を変えることになったのだ。
 蘆屋は渡された書類をじっと眺めた。
「つまり観察力ですね。限定された状況で、確実に手順を踏めるかどうか……にしては簡単すぎやしませんか?」
「いえ? 大事なことですよ。今回のコレは紙の上の話ですが……」
「……アレですか」
「……アレです」
「アレってなーにー?」
「また密談か」
 人妖の樹里が、ぬ、と頭を出した。後ろにいるのは御彩・霧雨(iz0164)だ。
 寮長はというと無敵の笑顔でごまかす。
「では、筆記試験がおわったら玄武寮の忘年会ということで。新しい臨時講師の桂銅さんを皆さんに紹介するいい機会ですね。ああ、こちらが忘年会の料理だそうですよ」
 忘年会の会食目録を、人妖の樹里がちらりと覗き見た。

 岩塩と粒胡椒をまぶした鴨肉の桜燻製、鶏梅牛蒡巻き、あみ茸の胡麻和え、山くらげの梅合え、胡麻豆腐、がんもの煮付け、焼きしめじと大根おろしの酢醤油かけ、秋刀魚の甘煮、有頭車海老とウニのクリーム華火焼き、鮭の燻製と菊花昆布〆手鞠寿司、焙り牛肉のスライスに柚子胡椒と刻み葱と岩塩のソースを添えて。

「食事の後には玉露と柿を模した餅菓子がでるのだとか。楽しみですね」

 相変わらず豪華すぎる。
 食堂のおばちゃんズの無駄な才能が光っていた。

 数日後、玄武寮所属生のもとに届いた年末試験と忘年会の案内。
 今年もあと僅かである。



■【玄武寮年末筆記試験−観察力問題−】■

 【問題】
 あなたは特命を受けた一般人で、任務を遂行しています。監視を受ける「アヤカシ」と「外法師」と「特殊な符が封じられた箱」を空を跨いだ小島に飛空船で護送しなければならないのですが、その特殊な小型船には、あなたと、他に一つしか乗せられません。あなたが監視していなければ、アヤカシが外法師を食べ、或いは外法師が符を盗んでしまいます。どの手順で護送すればよいでしょうか?
 150字以内で答えなさい。(※増援や術の使用は一切不可です。)


■参加者一覧
/ 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 八嶋 双伍(ia2195) / 神咲 六花(ia8361) / ワーレンベルギア(ia8611) / ネネ(ib0892) / 寿々丸(ib3788) / 常磐(ib3792) / 東雲 雪(ib4105) / リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386) / 緋那岐(ib5664) / 十河 緋雨(ib6688) / シャンピニオン(ib7037) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / セレネー・アルジェント(ib7040


■リプレイ本文

 問題にはこうある。
『あなたは特命を受けた一般人で、任務を遂行しています。監視を受ける「アヤカシ」と「外法師」と「特殊な符が封じられた箱」を空を跨いだ小島に飛空船で護送しなければならないのですが、その特殊な小型船には、あなたと、他に一つしか乗せられません。あなたが監視していなければ、アヤカシが外法師を食べ、或いは外法師が符を盗んでしまいます。どの手順で護送すればよいでしょうか? 150字以内で答えなさい(増援や術の使用は一切不可です)』
 どの手順で護送するのか。
 この答えとして要求されている手順の回答は二通りある。
 しかし、それに気づける者と、うっかりいつもの調子で力業に出てしまう者に別れてしまうのは、世の常のようだ。情報処理能力を調べる今回の試験を監督していた御彩・霧雨は解答用紙を集めて玄武寮の寮長、蘆屋 東雲(iz0218)の所へ届けた。蘆屋はひとつひとつに言葉を書き込んでいく。これは皆の元へ届けられる。

 まず正解に届かなかった者達から見てみよう。

 緋那岐(ib5664)は試験で次のように書いた。
『アヤカシ、外法師、特殊な符が封じられた箱……となるので、外法師は一番最後に護送。……しかし、外法師すら食われ兼ねねぇっつーのに、一般人に護送させるのは危険だろ。結論。一般人に命じる事じゃねぇ。もしくは誰か志体持ちを護衛につけろ。以上』
 これに対して、蘆屋は次のように記す。
『残念ながら不正解です。この問題は「どの手順で護送すれば可能になるか」を問うているのであり「護送環境をよりよく変えるよう提案する」という回答は全く要求されていません。問題をきちんと読みましょう。また最期に外法師を送りたいのは分かりましたが、最初から外法師までの手順が一切記されていません。これでは仮にアヤカシを先に護送した場合、外法師と箱が取り残され、盗まれてしまうことになりますよ。要求された問題を解決する前に、別な物事に気が移ってしまうようです。もう一度、護送手順をよく考えてみてくださいね。実際に行われた場合は危険な環境ですので、着眼点は良いと思います』

 次に、十河 緋雨(ib6688)は試験で次のように書いた。
『任務完了までに監視役のいない状態での「アヤカシと外法師」及び「外法師と符」になる組み合わせを避け遂行します。1「外法師」、2「外法師が符を盗んでしまいます」とあり箱は開けられることを示していますので、箱から符を取り出して符は懐にもち「箱」を運び箱のみ置く、3「アヤカシ」を運び、符を「箱」に戻し任務完了』
 これに対して、蘆屋は次のように記す。
『残念ながら不正解です。面白い解釈ですが、箱を開けられるとは一言も書かれていません。都合良く早合点しないようにしましょう。外法師は箱ごと盗んでしまうかもしれませんよ? また飛空船には護送対象が「一つしか積めない」ことになっていますので、二つ同時に運ぼうとした段階で不正解になります。それ以前に護送を命じられた箱を開けた段階で、それが安全な手段であっても、貴女は外法師と同じ泥棒になってしまいます。この問題は「どの手順で護送すれば可能になるか」を問うています。組み合わせの危険を理解している為、着眼点は悪くありません、あともう一歩です。よく考えてみましょう』

 次に、リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は試験で次のように書いた。
『外法師、次に符、最期にアヤカシ。残してきた時に食べられないよう外法師を先に送り、次いで符を送る。一時外法師に盗まれるが空を跨いで隔離された小島なので逃亡は不可能。最後にアヤカシを送り、外法師から符を回収。ただし外法師が符を用いて何らかの術を用いることはできないと仮定した場合の手順』
 これに対して、蘆屋は次のように記す。
『残念ながら問題の真意からすると不正解です。環境に丸々依存していますので、今一度『安全な手順』を考えてみましょう。外法師に盗まれる事や術の使用不可という前提、は悪くありませんが、あくまで特定の仮定条件が大前提の上で、やっと可能になる手順になっています。今一度考えてみましょう』

 次にリオーレ・アズィーズ(ib7038)は試験で次のように書いた。
『最初に外法師、次に符、最期にアヤカシ。『小島に飛空船で護送しなければならない』と有るため自分の監視区間は護送元と飛空船内のみと理解し、護送先は考慮していません』
 これに対して、蘆屋は次のように記す。
『残念ながら問題の真意からすると不正解です。環境に丸々依存していますので、今一度『安全な手順』を考えてみましょう。環境を前提にせずとも運べる手順は用意されています。急がば回れ。次回は頑張ってくださいね』


 そしてここからは『可能な手順』を答えることができた者達の話だ。
 ただしうっかり不正解も含む。


 まずシャンピニオン(ib7037)は試験で次のように書いた。
『アヤカシと符の箱は同時にあっても無害な為、以下の手順で小島に運ぶ。まず外法師護送。戻る。符の箱護送。戻る。次に外法師を乗せる。外法師を降ろし、アヤカシ護送。アヤカシを降ろして戻る。再度外法師護送。全ての護送完了』
 これに対して、蘆屋は次のように記す。
『うーん、惜しいですね。不正解です。問題を理解してはいるようですが、回答の時に焦ってしまったのでしょうか。余計な手順が紛れ込んでしまったようです。「まず外法師護送。戻る。符の箱護送。戻る。」ここで管理者がいない間に符の箱が盗まれてしまいますよ。あなたの書きたかった手順で考えると、外法師を送った後、符を運ぶところまではいいのですが、戻って存在しない外法師を乗せるのではなく、戻る時に一旦運んだ外法師を乗せます。そして外法師を降ろしてアヤカシを護送し、戻って、最期に外法師を運びます。うっかりな失敗は誰にでもありますから、次は注意深く頑張ってくださいね』

 次にネネ(ib0892)は試験で次のように書いた。
『外法師(行)、(帰)、アヤカシ(行)、外法師(帰)、符(行)、外法師(行)です。でもこれ……船の中で一人きりだからアヤカシか外法師が暴れても大変ですし、現実では念には念を入れて食べたり逃げる行動をできないように拘束しとかなきゃですね』
 これに対して、蘆屋は次のように記す。
『及第点、という所でしょうか。暗号状態ですが、書きたい意味は通じましたので正解とします。次は誰が見ても分かるように書けるといいですね。今回の問題は手順の解き方ですが、懸念の通り、実際に行われる場合への配慮は大切です。良い目を持っています』

 次に八嶋 双伍(ia2195)は試験で次のように書いた。
『まず「外法師」を小島へ。次に「アヤカシ」を小島に運び、「アヤカシ」の代わりに「外法師」を一緒に連れて戻ります。そして今度は「外法師」の代わりに「特殊な符が封じられた箱」を船に乗せて小島に運んだ後、戻って最後に残った「外法師」を再び小島に運んで終了です』
 これに対して、蘆屋は次のように記す。
『正解です。きちんと分かりやすい手順が書かれていますね』

 次に、ワーレンベルギア(ia8611)は試験で次のように書いた。
『あの、法師を縛って……とかはだ、駄目なんですよね。えっと、外法師と渡る。戻る。アヤカシと渡る。外法師と戻る。符の箱を持って渡る。戻る。外法師と渡る。向こう岸で法師が逃げたりしない、んですよね……? あ、あとアヤカシなら退治した方が、いいんじゃないかと思うのですけれど』
 これに対して、蘆屋は次のように記す。
『正解です。これはあくまで「手順を問う」例文ではありますが、色々と考える視野の広さは大切な宝です。ふふ、そうですね。アヤカシ退治はきっと小島の方がやってくれるのだと思います』

 次に寿々丸(ib3788)は試験で次のように書いた。
『最初にアヤカシと符を残し、外法師を運ぶ。次に符を運び、外法師を連れ帰る。次はアヤカシを運び、最後に外法師を運ぶ』
 これに対して、蘆屋は次のように記す。
『正解です。がんばりましたね』

 次に常磐(ib3792)は試験で次のように書いた。
『まずアヤカシと符を残し、外法師を飛空船で小島へ運んで、次に符を飛空船で小島に運んで外法師を連れて帰る。アヤカシを飛空船で小島に運んだ後に、外法師を飛空船で運ぶ』
 これに対して、蘆屋は次のように記す。
『正解です。がんばりましたね。試験前に仕込んでいたお料理、楽しみにしていますよ』

 次に東雲 雪(ib4105)は試験で次のように書いた。
『1、外法師を乗せ対岸に行き外法師を降ろす。2、戻ってアヤカシを乗せ対岸に行きアヤカシを降ろす。3、このままだと外法師が食べられてしまうので外法師を乗せて戻る。4、外法師を降ろして符を乗せ対岸に行き符を降ろす。5、戻って外法師を乗せ対岸に行き護送完了』
 これに対して、蘆屋は次のように記す。
『一応、正解です。……が、きちんと自分の力で考えて答えたのか、少し心配です。舞台は対岸ではなく、空を跨いだ小島ですからね。まぁこの問題は情報処理能力を調べる例文として、様々な形で知られていますから、何処かで似た問題を答えたことがあるのかもしれません。とはいえ正解には変わりありませんので良しとしましょう』

 次にセレネー・アルジェント(ib7040)は試験で次のように書いた。
『まず護送先の警備と護送前の島の警備を確認し、各々檻に入れる等逃げないよう工夫します。では1回目に外法師連れていく。2回目に符を持っていき、帰りに外法師を連れ帰る。3回目にアヤカシを連れていく。4回目に最後に外法師を連れていく』
 これに対して、蘆屋は次のように記す。
『正解です。加えて色々と事前に確かめておく行動はよりよいものです。良い目を持っていますね』

 最期に、鴇ノ宮 風葉(ia0799)は試験で次のように書いた。
『1、外法師を小島に連れて行き、戻る。2、符(又はアヤカシ)を小島に持って行き、外法師を連れて戻る。3、アヤカシ(又は符)を連れて行き、戻る。4、外法師を連れて行く』
 これに対して、蘆屋は次のように記す。
『正解です。二通りとも含めて書いてありましたね、素晴らしい模範解答です』


 以上、欠席者一名を除く、十三名の年末試験であった。


 試験会場から出てくると、花梨の石庭は白銀の雪で色づいていた。
「わー雪だ、これなら作れるかな」
 シャンピニオンが悪戯っぽく笑う。八嶋は身震い一つして止まない雪を見上げた。
「……あぁ、寒い。冬ですねぇ。彼方此方の冬景色を見てきましたが、やはり雪を見ると冬を強く意識します」
 今年ももう終わりだ。試験も相まって憂鬱な顔をしている東雲は「これが噂の十二月病なのです」と小声でぶつぶつ呟いている。ヴェルトはぐっと腕を伸ばした。
「試験があるのは仕方ないわよね。なんとか終わったし、頑張ったからいいんじゃない」
「今年最期の試験だったな……疲れた。あぁいうの苦手だ……深読みしたくなる」
 首を鳴らす常磐の横で、寿々丸は耳がぺったりと垂れていた。試験前は『今年最後の試練ですな! 頑張りまするぞ!』と意気込んでいたものだが、想像以上に難問だった。
「いっぱい考えると、頭がくらくらしまする〜……」
 甘いものでも作ってやろうか、と話す常盤に、ワーレンベルギアが我に返った。
「こ、この後は忘年会なんですよね。どんなお料理がでるんでしょう」
 食堂のおばちゃんズが丹誠込めて作る豪華料理。これに常磐やアズィーズ、アルジェントやネネの料理が加わる予定だ。
「常磐さん。私もちょっとお台所を借りてみたいので、皆で一緒に行きませんか」
 アズィーズの隣で、アルジェントがネネの手を引く。
「はい! おばちゃんにもご恩返しをするんです!」
 宴会まで暇な十河と緋那岐は別なことを悩んでいた。
「桂銅講師さんに取材にいかなくては〜!」
「来年の抱負なんにすっかな」
 ぞろぞろと歩いていく玄武寮の寮生達を蘆屋が呼び止めた。
「鴇ノ宮さん、ヴェルトさん。一時間後に私の部屋にきてくださいね」
 ああ、なんか嫌な予感がする。
 鴇ノ宮とヴェルトの二人は顔を見合わせた。


 そして一時間後、鴇ノ宮とヴェルトは他の者達より先に答案用紙を受け取っていた。
 心の中で達成感を味わう鴇ノ宮と、やっぱりあっちだったかと悔しがるヴェルト。試験は一度っきりしかない。やり直しがきかないからこそ、個人の資質が問われる。
「二人をお呼びしたのは、来年度に関しての話です」
 ああ、やっぱりきた。
 鴇ノ宮とヴェルトはごくりと息を呑んだ。二人は補欠の扱いであった為、勉学への取り組みや成績次第で、玄武寮の入寮資格を取り消される可能性があった。
「ヴェルトさんは、年末試験は今一歩でしたが、雪虫の件や依頼での働きは霧雨さんや副寮長から伺っています。色々と大変でしたね」
「鴇ノ宮さんは、依頼の……イサナの件に関しては残念でしたが、今回の試験で模範解答を書けたのは、あなた一人でした」
 玄武寮の寮長、蘆屋はふっと息を吐く。
「先ほど会議がありました。玄武寮はあなた方お二人の来年度入寮を受け入れます。今はまだ内定ということで書類上は、補欠生となっていますが、きちんと学んでいれば順次正式な寮生として登録されるでしょう」
 鴇ノ宮が食いついた。
「じゃ、じゃあ補欠じゃなくなるのね? どっきりじゃないわよね?」
「……つまり。今まで通りきちんと学んでいればいいのね?」
 とヴェルトが確認を取る。
「そうです。ここは将来有能な技術者を輩出する為の学舎です。怠けていれば、例え正規の寮生でも資格を失います。逆に、見込みがあると判断されれば、補欠であろうと門戸は開かれています。今回、試験を欠席した二人に比べれば、鴇ノ宮さんとヴェルトさんは順調に成績を出している皆さんと同じで一歩リードした形になりますね」
 来年、年が明けて授業が始まるころには引け目を感じることなく皆と肩を並べられる。
「さ、お話はおしまいです。この後に時間があれば、忘年会に参加していってくださいね」


「きゃああー! 食堂のおばちゃんの本気ー! おばちゃん愛してますー!」
「あっはっは、素直な子には海老でも盛っちゃおうかね」
「いやいや……伊勢エビはやりすぎだろ」
 ネネの歓声におばちゃんのお茶目。そんな様子をビシッと指摘する常磐はといえば、試験前に食堂のおばさんに皮むきと灰汁抜きと蒸しを頼んで置いた栗と芋を使って、寿々と一緒に茶巾絞りの栗きんとんと、鱈と白菜の酒蒸を作る。
「美味しいものは、皆で! ですぞ」
「寿々、それとってくれ。……そういや副寮長は食事、持って行かなくて大丈夫なのか?」
 じゃあ私がもってく、と鴇ノ宮が自分の分のお膳と副寮長の分のお膳を持ち上げて食堂を出ていく。研究室に籠もる予定だというので、忘年会は食事だけもらっていくとか。
 ちなみに東雲 雪は体調不良の為欠席だ。
『ちょっと体調が悪いので欠席なのですよ、皆で楽しむと良いのです』
「ところで、リオーレちゃん。何をつくってるんだい?」
「これですか? 玄武寮の図書室で見つけた文献に載っていた『粘泥饅』なる物です! 玉葱型に目口を付けて可愛らしく。果物や抹茶で生地に色付けした『赤粘水饅』や『強酸性粘泥饅』も……ふふふふ」
 アヤカシを模した饅頭を眺めて、食堂のおばちゃんが、首を傾げていた。中身はちゃんと肉らしいのが救いである。一方のネネとアルジェントは苺ジャムを使った蒸しケーキに取り寄せた果物や生クリームで華やかに飾り付けていた。


 一方、東雲 雪は寮内でふらふら歩いていた。本人曰く十二月病で憂鬱らしい。その反対側から豪勢な料理を二人分手にもった鴇ノ宮が現れ、副寮長の部屋の方向へ歩いていく。
「痩せの大喰らいで食事だけ渡しとけばいい、だっけ……あー、さむさむ」
 今回も忙殺されて動けないらしい副寮長に、一筆書いて小窓から差し入れる。そのままどっかりと座り込む。今年の年越しは、副寮長の研究室から響く書類を捲る音と共に過ごすらしい。同じく寒い廊下を歩いていた雪を発見して「呑む?」と熱い甘酒を差し出す。
「忘年会でないのですか?」
「うん、まあね」
 と、そこへ人妖の樹里と石庭を走り回っていたシャンピニオンが、御盆の上に小さい雪だるまをのせてやってきた。鴇ノ宮のお膳を見て、首を傾げる。
「え、あれ? もしかしてもう忘年会始まってるの? やばーい! 気づかなかった!」
 シャンピニオンは真っ赤になった顔で狼狽えながら、雪だるまを手すりに並べていく。
「で、何してたわけ?」
「それ、なんですか? 気になるのですよ」
「みんなを作ったんだよ! どう、似てる? あと、寮長や副寮長、食堂のおばちゃん、樹理ちゃんや霧雨おにーさん、知り得た人達は網羅したの!」
 花梨の石庭沿いに並べられた小さな雪だるまは、寮生十五人と玄武寮の職員達だ。一通り並べてから「後で桶を使って氷灯籠つくるから、そのままね!」と念を押して、シャンピニオンは忘年会会場へ走っていく。一方、人妖の樹里は一度副寮長の研究室に入り。
『……っ! ……っ!』
 罵声が聞こえた後、火鉢を持って部屋から出て鍵を閉めた。副寮長、再び軟禁される。
「女の子が体を冷やしちゃだめなんだぞ! って霧雨ちゃんがいってた!」
 樹里は火鉢を鴇ノ宮と雪の近くに置いて、ぴゅーん、と忘年会会場へ飛んでいく。


 シャンピニオンと樹里が遅れて辿り着いた宴会会場は賑やかだった。
 寮生も職員も垣根無く、豪勢な食卓を囲って騒いでいる。玄武寮の寮長、蘆屋の所へは寿々丸と常磐がお手製の栗きんとんなどを配りつつ、そっと籠を横に置いて、深々と頭を垂れる。
「今年は大変お世話になりました。来年もどうぞ宜しくお願いいたしまする」
「お世話に、なりました……」
 一年のけじめである。その後、常磐が樹里とシャンピニオンの姿が見えないことを気にしていたが、遅れて到着した二人の為に、火鉢に近い席を用意したり、とっておいたお菓子とお膳を運んだりと甲斐甲斐しく働いた。一方の寿々丸は臨時講師になった桂銅の所へお菓子を運びつつ「ちゃんとお掃除はしておりますか?」と心配そうに尋ねていた。
 一方、ワーレンベルギアは自分の分をすっかり平らげ、欠席者の分の料理を楽しんでいた。
「あぁ、食べるものがいっぱい……! や、休んだ人がいたら、その分食べられるなんて考えてな、なかったですけど……いいんですよね?」
 八嶋が「傷んでしまうより美味しくたべたほうがいいのではないでしょうか」とさりげなく声をかける。満面の笑顔で食べ続けるワーレンベルギア。この分では三人前も軽く食べてしまいそうだ。
「いやはや、今年も色々ありました。来年ももっと色々あるんでしょうね」
 ヴェルトはほろ酔い気分で相づちを打つ。
「もう一年終わりかぁ。玄武寮では半年くらいだったけど、確かに色々あったわね。ええ……特に印象深かったのは、アレね」
「ですねぇ」
 八嶋とヴェルトの視線の先には、来年の臨時講師、桂銅の姿がある。
「符の研究、捗ってるのかしら? 副寮長も相変わらず書類と格闘らしいし、厄介事がおきないといいんだけど」
 この玄武寮で厄介事がなくなる日は来るまい。八嶋がぽりぽりと頬を掻く。
「まぁ、皆が居れば、きっと何とかなる事でしょう」
 此処には仲間がいるから。
 壇上では玄武寮通信を作っている十河が司会役を務め、ほうじ茶を啜っていた緋那岐が引っ張り出されて今年の抱負を述べていた。
「え? え、俺の番? え、えーっと、今年はいろいろと適当だったなぁ。よし、来年も適当! コレで決まり! あと寒過ぎるから……俺もいっその事、冬眠しようかな!」
 ど、と湧く。順番に抱負を述べると、次は新人講師の桂銅についてだ。玄武寮生の半分が、桂銅と男の娘の事件を思い出して記憶が明後日の方向にぶっ飛んでいた。今は小綺麗な若者だが、元が悲惨だっただけに、これぞ瓢箪から駒だな、とかちらほら思った者もいたらしい。十河に一言求められた桂銅は面倒くさそうに言った。
「あー、来年から宜しくな。あーっと、俺に惚れても先約があるんで、却下な」
 惚れねぇよ。
 いやむしろ恋人って男じゃん! とか色々思った者も言葉を飲み込む。
「それでは〜、次はですね〜、ゆっぴ〜副寮長の暴露話を聞こうとおもったんですが〜相変わらずのお仕事っぽいので〜、副寮長のオレの嫁っぽい樹里ちゃーん。かもんですよ〜」
「嫁じゃなぁぁぁぁい!」
 めしょ、と十河に樹里の蹴りが決まった。
 和やかな宴会が続く。遅れてきたシャンピニオンがおばちゃん達に感謝しつつ、料理をお腹一杯になるまで食べながら、花梨の石庭に飾ってきた雪だるまのことを皆に教えた。
「みんなの分をつくったんだよ! あとで見てってね! あと氷灯籠を作ろうと思うんだけど」
「ネネも手伝いますー! あ、これ。とっておいた苺ジャムの蒸しケーキです」
 お手製の饅頭がウケていたアズィーズが、アルジェントと一緒に踊りが踊れる空間作りをしている。アルジェントの発案で、食事の後はジルベリアの踊りを楽しむのだとか。
「玄武寮に入ってまだ短期間ですけど楽しいです。来年は、きっともっと」
「ええ。賑やかに今年一年を締めくくりましょう。来年も良い年にしましょう」

 それは雪降る夜の忘年会。
 新しい年が、玄武寮にもやってくる。