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■オープニング本文 ●戦の気配 北面の若き王芹内禅之正は、北面北東部よりの報告を受け、眉間に皺を寄せた。 「魔の森が活発化しているとはまことか」 「は、砦より、ただちに偵察の兵を出して欲しいと報告が参っております」 「ふむ……」 唸る芹内王。顔にまで出た生真面目な性格は、時に不機嫌とも映りかねぬが、部下は己が主のそうした性をよく心得ていた。芹内王は、これを重大な問題であると捉えたのだと。 「対策を講じねばならぬようだな。ただちに重臣たちを集めよ」 彼は口を真一文字に結び、すっくと立ち上がる。 「開拓者ギルドには精鋭の開拓者を集めてもらうよう手配致せ。アヤカシどもの様子をよく確かめねばならぬ」 ●冥越八禍衆「生成姫」伝説 生成。 意味は、女の怨霊、或いは、生きたまま鬼になった女。 それは現在において、能や歌舞伎でしか聞かぬ言葉のはずだった。 今年、開拓者ギルドから一体のアヤカシの存在が明らかとなる。 かの名は、冥越八禍衆『生成姫』。 美しくも恐ろしい、天女と鬼姫の首を持つ伝説上のアヤカシだ。 歴史上、最初に姿が確認されたのは、大凡400年ほど前の冥越である。 当時の冥越は他国との国交を持ち、多くの人々が暮らしていた。その冥越を壊滅に追い込んだのが『冥越八禍衆』と呼び名高き、凶悪なアヤカシ達である。人々から『生成姫』の呼称で恐れられたこのアヤカシは、冥越で百年近く猛威を振るい、何処かへ姿を消した。 ところが近年、歴史の断片が知られ始める。 生成姫は約300年ほど前に冥越から五行へと渡り、幾度か禍を成した後、貴人の娘に憑依した。この際、倒すことは叶わなかったが、陰陽師の手で封印された。これが約250年前の出来事である。また約100年ほど昔、過って封印を解いた男の記録が発見される。 昨年から、複数の事件と開拓者達の努力の末、生成姫が現在も五行の東で暗躍していると判明した。 これに伴い、五行は国内の脅威を警戒。 開拓者ギルドは賞金をかけて、生成姫の討伐を実現する為、行方を捜し続けていた。 ●古の禍 「……討たれた?」 可憐な声が、陰湿な闇の中に響き渡る。 「わらわは飢羅(きら)の教育係として連れてこよ、と申した。それが何故、面妖な事態になったのじゃ?」 美しい女がいた。 柳眉を顰め、かしずく少女に厳しく問いかける。 「申し訳ございませぬ。あと一歩という所を、開拓者という輩に邪魔をされ……何分、裂雷様も250年ぶりの外界を楽しんでおられました故、気の緩みをつけ狙われたと申しましょうか。どうぞご容赦を」 「ふむ」 御簾の向こうで煙管を操る白い指が止まった。 「開拓者、のう。弓弦童子も似たような事を申しておったの……厄介な者共ゆえに助力せよ等と気にもとめなかったが……わらわの愛刀を破る腕前を持っている連中となれば、些か調べる必要がありそうじゃな」 面白い、と忍び笑いが漏れてくる。 御簾の向こうで寝ころんでいた女は、傍らの華やかな笛を手にして立ち上がった。しゅるしゅると衣擦れの音をさせて歩みだす。御簾の奥から現れた姿は、絵に描いた様な美しい天女ではあったが、その体は他に二つの鬼の首を持ち、人とは言い難い面妖な姿をしていた。 「わらわの心は定まった。聞け、目覚めの時を待つ、我が誇り高き刃達よ」 朗々と響き渡る声音。 「今宵、我が刀「飢羅」の初陣に、開拓者どもの塒『神楽の都』を定める。鬼灯の地下に宿りし者達に知らせ、神楽の都を撃墜せよ。蠅どもを取り逃がすこと、開拓者の首を持たずして森に帰ること、断じて許さぬ」 配下の間に衝撃が走った。 それは長く沈黙を守り続けた主君が、重い腰をあげた瞬間だった。 「愛刀「裂雷」を滅した者共を、わらわはいささかも容赦せぬ。こころしてかかるがよい」 血の色をした唇が、壮絶な笑みを浮かべた。 250年ぶりの祭が始まる。 ●神楽の都 なんだあれは、と声を上げたのは誰が最初だっただろうか。 開拓者達が集う本拠地、神楽の都上空に、体長4メートルほどの鷲頭獅子が合計20体ほど現れた。それらに跨るのは19体の炎鬼と、一本の華奢な刀を手にした、一人の女だ。 『「我が名は飢羅。生成姫様の命により、汝らを殲滅する」』 朗々たる宣言が響き渡る。 『「……して、兄者・裂雷を滅ぼした開拓者というのはどこにいる?」』 ●開拓者ギルド 開拓者ギルドは緊急で、その場に残っていた開拓者達を集め始めた。 神楽の都に、鷲頭獅子20体と炎鬼19体、そして刀を持った女剣士のようなアヤカシが現れたという。様子からして五行の東地域に潜む冥越八禍衆「生成姫」の配下と思われる。鷲頭獅子達は炎鬼を地上に降ろし、町中で暴れ回っているという。 「どうすればいい?」 「皆さんで3チームに分けて対応してください。鷲頭獅子が飛行するのは勿論ですが、相当な攻撃力を誇りますし、50メートルの距離を一瞬で突進してきますから、まともに食らったら大変なことになります」 これは龍やグライダーなど、空を飛行できる者達が適任だ。 「……空にいる鷲頭獅子は19体なのか」 「ええ。一体だけ、司令塔の傍を離れないのです。つぎに19体の炎鬼班ですが、皆さんが闘うのはこの広場にいる17体です。体長2メートルほどの炎鬼は、猛烈な火炎を吹き付けてきます。30メートルの距離内を焼き付く威力と、それと恐らく異様に強靱な体を保有している可能性があります」 五行の東で、似たような敵と戦った者達の報告があった。 「最期の班ですが、炎鬼2体と鷲頭獅子1体を連れた、この女剣士……今こちらに向かってきているのですが、恐らく開拓者です」 「……まさか裏切り者?」 受付は首を振った。 「いえ、違うと思います。兄者を滅した者を出せ、と騒いでいるようですが、実は……先日ある開拓者一行が、生成姫の愛刀と呼ばれるアヤカシ『裂雷』の撃破に成功したのです。裂雷は開拓者の体をのっとり、意のままに操る能力を保有していました。飢羅が同じ様な妖刀であると仮定すると、これは囚われの身の開拓者、という可能性が高いのです。裂雷は相当な能力を保有していましたが、こちらはそこまで多彩な戦い方をしない様子。先ほど入った知らせでは、傍にいた者を惑わして話を聞いたり、近づく開拓者に衝撃波を放ったり、瞬く間に傷を修復したとか」 しかし侮ることはできない。 「なんとか追い返すことができれば上々です。急いでください」 「しかし、この報告書の話からすれば、妖刀の操っている体の主、生き証人になるのでは?」 「ええ、そうなります。でも、これだけの数……救出できるかどうかは、皆さんの判断に任せます」 猶予は、ない。 |
■参加者一覧 / 朝比奈 空(ia0086) / 音有・兵真(ia0221) / 劉 天藍(ia0293) / 鷲尾天斗(ia0371) / ヘラルディア(ia0397) / カンタータ(ia0489) / 柚乃(ia0638) / 鬼島貫徹(ia0694) / 葛切 カズラ(ia0725) / 鬼啼里 鎮璃(ia0871) / 酒々井 統真(ia0893) / 霧崎 灯華(ia1054) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / 大蔵南洋(ia1246) / 巴 渓(ia1334) / 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 羅轟(ia1687) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 九法 慧介(ia2194) / 辟田 脩次朗(ia2472) / 黎乃壬弥(ia3249) / フェルル=グライフ(ia4572) / 叢雲・暁(ia5363) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / 只木 岑(ia6834) / 神咲 六花(ia8361) / 一心(ia8409) / 和奏(ia8807) / 咲人(ia8945) / 静人(ia8946) / 村雨 紫狼(ia9073) / 塚原 明人(ia9127) / 郁磨(ia9365) / 桂 紅鈴(ia9618) / コルリス・フェネストラ(ia9657) / 明日香 飛鳥(ia9679) / リーディア(ia9818) / サーシャ(ia9980) / フェンリエッタ(ib0018) / ジークリンデ(ib0258) / アリアス・サーレク(ib0270) / ハッド(ib0295) / 十野間 空(ib0346) / 明王院 浄炎(ib0347) / 萌月 鈴音(ib0395) / 不破 颯(ib0495) / グリムバルド(ib0608) / エテルナ・ビブリマギカ(ib0748) / 天霧 那流(ib0755) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 朽葉・生(ib2229) / 蓮 神音(ib2662) / ジョニー・マッスルマン(ib3129) / 雨宮慶(ib3130) / 姫川ミュウ(ib3131) / ランディ・ランドルフ(ib3132) / 長瀬 匠(ib3133) / 高柳 徹平(ib3137) / 牧羊犬(ib3162) / 煉谷 耀(ib3229) / 鳳珠(ib3369) / 針野(ib3728) / 長谷部 円秀 (ib4529) / 春日部・旭(ib5402) / 緋那岐(ib5664) / ローゼリア(ib5674) / 雪刃(ib5814) / セフィール・アズブラウ(ib6196) / エルレーン(ib7455) / 刃兼(ib7876) |
■リプレイ本文 ●忌まわしき天女の胎動 冥越八禍衆「生成姫」の放った刺客が、神楽の都を襲撃した。 鷲頭獅子20体、炎鬼19体、そして強靱な妖刀と思しきアヤカシが一体。 まず上空を旋回する鷲頭獅子十九体に向かって優先的に龍を放たれたのは、弓を操るからす(ia6525)達とそれを護るグリムバルド(ib0608)だった。 お世辞にも楽勝とは言い難い相手が群を成している訳だが、あれに対応しようにも、大型の相棒を連れに走り、万全の体勢を整えるまでは時間がかかる。 鷲頭獅子を引き受けた25人の開拓者全員が揃うまで飛空船や人が襲われぬように注意をひき、時間を稼ぐ必要があった。 鬼啼里 鎮璃(ia0871)が呆れた眼差しで敵を眺める。 「死にかけてやっと帰ってきたかと思えば、こんなトコまで攻めてくるとは。どんだけ好戦的ですか」 「あれが、一国を滅ぼした伝説のアヤカシが差し向けた刺客ってやつか? おっかねぇな……でも、退かねぇぜ。後ろにゃ神楽の都があるんだ。しっかり頼むぜ、親父様」 グリムバルドは駿龍のウルティウスに一声かけて、後ろを振り返った。 「不動で守りを固める。接近してきたら俺が引き受けるから、遠慮なく打ってくれ」 鬼啼里達は最初、鷲頭獅子が散らないように弓を放った。 だが限界はある。 「このまま放っておくと、あそこの飛空船がやられますね」 「どうしましょうかね……自分たちで全て抑えきれるはずもありませんし」 一心(ia8409)の声に、からすが標的を定め始めた鷲頭獅子を一瞥する。 「さて、一部は陽動作戦が必要かな。皆の到着までにある程度、消耗させられれば上々か。半端な速度では追いつかれるだろうけど、覚悟はいい?」 後方から来た只木 岑(ia6834)は鷲頭獅子の翼を射抜いてから笑った。 「もちろんです。住民や町への被害を最小限にしたいですね。炎鬼らと組まれては厄介ですし、被害の少ないほうへ誘導できたらいいんですが……努力しましょう」 奴らに対抗する為に、駿龍を選んだ。 からす、鬼啼里、只木と続き、最期に一心が声を投げた。 「グリムバルド殿、そのまま守りを頼む。上手く時間を稼げたら自分達も戻ってくる」 「任せろ。気をつけろよ」 大空を羽ばたく駿龍たち。 襲ってきた一体を仕留めたグリムバルドの後方から、続々と仲間達が向かってきていた。 牽制をかねた一斉射撃と陽動作戦が、一部を負傷させるに至る。 誘導できた鷲頭獅子を含め、概ね集団状態だった飛行部隊を拡散させることに成功した開拓者達は、お互いに相手を引き受け、倒すべき標的へと向かっていく。 からすが誘導する2体の鷲頭獅子を発見したのは、針野(ib3728)と長谷部 円秀(ib4529)の二人だった。 大空を蹂躙する鷲頭獅子の動きを眺めた長谷部が呟く。 「……これはまた数が多い。空中戦は急制動がとりにくいこと、そして空を飛ぶ手段が無くなったら堕ちるしかないという所が勝ち目ですね。では、切り倒しに行きますか」 素早く周囲の状況を確かめ、自分たちが向かうのが適切と判断した。 針野達が大声を出して、からすを誘導する。 他に鷲頭獅子がいないことを確認し、構えた二人の間を駿龍の鬼鴉が駆け抜ける。 矢を構えた針野が吼えた。 「いきなり神楽の都に攻めてくるなんて、尋常じゃないんよ。好き勝手には、させないっさー!」 牽制に二発放った。 その隙に刀を構えた長谷部が飛ぶ。 恐るべき速さで名刀が閃き、鷲頭獅子の翼から胴を切り裂いた。 奥義の一撃を受けた鷲頭獅子が瘴気となって砕け散る。立て続けにもう一体も始末しようとしたが、消耗が激しく最初の一撃と違って不発に終わる。 襲いかかる鷲頭獅子。 しかし攻撃が届く寸前、一本の矢が鷲頭獅子の頭に突き刺さった。からすが放った矢は、女の悲鳴にも似た音を響かせ、内部から鷲頭獅子を破壊する。 「危なかったね。でも来てくれて助かったよ」 「大丈夫ー? 怪我はないんね、よかったさー」 からすと針野が長谷部の元へ飛んでくる。 長谷部は苦笑を零した。 「いやはや、一発しくじってしまいました。こちらも助かりましたよ。しかしやはり奥義は消耗が激しいですね。転職していると、こういった弊害があるのが」 難点、と言いかけて何かが長谷部の視界に落ちてきた。それは符水と梵露丸だ。 「遠慮せず使うといい。まだ敵が多いからね、長谷部殿には、いてもらわないと困る」 「その好意、ありがたく頂戴するとしましょう。では次にかかりますか」 「あいさー! 二人とも頼りにしてますさー!」 からすから受け取った竹筒の秘薬を煽った長谷部は、針野と共に1体の鷲頭獅子を目指して大空を舞う。 しかし一部の者達は苦戦していた。 長瀬 匠(ib3133)が見たのは真上から突進してきた二体の鷲頭獅子だった。 その片方の攻撃を、壁になって受けた塚原 明人(ia9127)に対して、全力で突貫した長瀬はぶつかり合い、もつれ合った状態で落ちていく。 丁度後方に迫っていた高柳 徹平(ib3137)と春日部・旭(ib5402)が死角から放った一撃は、襲われた二人から鷲頭獅子たちを引き離す。 素早い回避能力故に、重傷には至らない。 雨宮慶(ib3130)が傷の深い者から癒す間、春日部達三人が二体の相手を買って出た。 そのころ胡蝶(ia1199)は片羽根を射られた鷲頭獅子を目指していた。 「いくわよ、ポチ! どちらが真の空の駆け手か教えてやりなさい」 胡蝶は瘴気を喰らう式を呼び出した。 式は符「幻影」の強大な力で膨脹し、一体の鷲頭獅子をひと呑みにしてしまう! 「まずは一体! 次は向こうよ!」 鬼島貫徹(ia0694)が操る炎龍赤石の行く手を阻む一体の鷲頭獅子。 どうやら速さに手こずっているらしい。 状況を悟った胡蝶が虫の式を出現させ、鷲頭獅子の動きを阻害する。 それを好機と見極めた鬼島貫徹は突進した。 「クハハ、奇襲見事! しかし貴様の命運もここまでだ!」 すれ違いざまの一閃。 円状の刃が付いた両刃戦斧は、鷲頭獅子の胴を割る。 渾身の一撃を受けた鷲頭獅子が、瘴気となって砕け散った。 「見事だわ。だけどこの数は……貫徹! 1対1じゃ消耗戦よ。集中して叩きましょう」 「ふ、任せよ! 次はそやつだ。かああああああああ!」 響き渡る鬼島の咆哮。 遠方で鬼啼里が誘導する鷲頭獅子を獲物と定めて、鬼島と胡蝶は向かっていく。 ●我ら炎によりて都を滅せん 美しかった神楽の都が、業火に包まれていく。 「全く……町中での火付けは重罪なのに、何てことを」 菊池 志郎(ia5584)は双眸を細めた。人々が逃げまどっている。 地上に降り立った炎鬼は全部で19体。 妖刀が従える二体をのぞき、広場で暴れている17体の殲滅に向かったのは29人の開拓者達だった。 菊池は後方に声を投げる。 「一般の人々に死傷者が出たら大変です。先に逃げ遅れた方々の誘導に行きますので、戻ってくるまで怪我をしないでくださいよ。では!」 叢雲・暁(ia5363)は「えぇ〜」と声を投げたが「しょーがないなぁ」と覚悟を決めた。 「んじゃあ被害は広場だけで抑えられる様に行ってみよ〜〜! 壁、お願いね!」 朽葉・生(ib2229)達に片目を瞑ってみせると、叢雲は姫川ミュウ(ib3131)と共に炎鬼達の間を駆け抜けた。 現在、炎鬼の殆どは広場にいるが、放っておけば脇道から散っていく。 一般住民の叫び声のする方向へ走り、炎鬼の注意を引きつける。 しかしそれは、時に体を焼かれる痛みと引き替えの、危険な方法だった。炭化した腕を庇い、手裏剣を放ちながら、叢雲は声を張り上げる。 「今だよ〜〜!」 朽葉の生み出した鉄の壁や、カンタータ(ia0489)の結界呪符によって生じた壁が炎鬼達の進行方向に次々に出現し、行く手を阻んだ。 叢雲達だけではない。 八十メートル離れた高台から巨体を矢で狙う不破 颯(ib0495)と火縄銃を抱えたセフィール・アズブラウ(ib6196)も、炎鬼達が拡散しないよう援護し、炎鬼の弱体化を狙う。 「ひょー、いい眺め」 「視界は開けましたね、良く見えますよ。連中の動きが阻害できればいいのですが」 「敵さんも随分派手にやってくれるなぁ。こっちも負けてらんないねぇ」 「迷惑千万と言った所でしょうか。気を抜いてると鷲頭獅子に頭をもっていかれますよ」 「分ーってるって。く〜〜、久々に腕が鳴る! これだ! これがあるべき姿なんだ〜!」 周囲に気を配る不破とアズブラウ。 二人は援護しつつ逐一、状況を地上に知らせる。 「あれ? 雲が低いのか? 所々に白い霧みたいな……て、おおぃ! 西側に三体行ったぞぉ!」 「任せろ! おい、みんな! むこうだ!」 小隊『華夜楼』の面々が、囲い込みに間に合わなかった炎鬼の討伐を受け持った。 地上班が続々と炎鬼を囲い込む。 実はこの時、高台にいた不破とアズブラウは第四の存在に影から狙われたのだが、一人にならなかったことが幸いし、襲われることはなかった。 最終的に広場に留めることができた炎鬼は14体だ。 「伝説のアヤカシに使える猛者達か。面白いねぇ。此処も、冥越のようにする気かい」 民家を焼き尽くす業火を前にしても九法 慧介(ia2194)は怯まない。 「させないよ。神楽の都は壊させない。いこう、雪刃さん!」 「うん。このまま都の中で炎鬼達を暴れさせ続ける訳にはいかない、このままこの場所で封殺してみせる!」 雪刃(ib5814)が咆吼を上げながら突進していく。雪のように白い刀身が虚空を閃き、雪刃は己を取り囲む炎鬼の足を薙ぎ払う。均衡を崩して倒れる炎鬼もいたが、持ちこたえて雪刃に火炎を吹きかけようとする個体がいた。 逃げられない! 「させるか!」 九法の名刀が雷電を帯びる。雷の刃は炎鬼を貫く。 フェンリエッタ(ib0018)が地を蹴った。梅の香と気を纏った光輝の剣を一閃させ、視界を阻む敵を裂く。 「さあ雪刃さん、走って! みんなお願い!」 降りそそいだ援護。 雪刃を取り囲んでいたうちの二体を撃破し、視界が開けた。 叢雲の様に、敵を攪乱しながらフェンリエッタ達は走った。フェンリエッタ達の後を追おうとした炎鬼の中に、火炎を吐こうとしていた一体を見つけた緋那岐(ib5664)が三十メートル離れた場所から結界呪符を放つ。 黒い壁が炎からフェンリエッタ達を護った。 「ふー、危機一髪。都を大火の海にされたら困るんだって。しっかし炎かー、今が夏じゃなくて良かった」 「……今は冬だから空気が乾燥してて色々燃えやすいよ」 精霊砲で前衛を支援する柚乃(ia0638)の冷静な指摘に「前言撤回、良くない」と呟いた緋那岐は白銀の龍を召還し、仲間がいないことを確認して凍てつく息を一直線上にいた五体に浴びせた。 高台からの援護とフェンリエッタや雪刃の一閃、加えて柚乃の一発で手負いの一体は砕け散ったが、他の炎鬼は不動。 尋常ではない耐久力に驚きを隠せない。 「おぃおぃ……まだ立ってるとか。冗談だろ」 一般的な炎鬼なら、とっくの昔に倒れていいはずの攻撃の雨だ。 今年に入って五行の東で幾度も発見された、脅威の耐久力を備えた炎鬼の存在を目の当たりにした者達に戦慄が走った。上空では次々に鷲頭獅子を破っているのに、こちらは一撃で仕留められない。 辟田 脩次朗(ia2472)は刃を構え直す。 「なるほど。鷲頭獅子は、こいつらを運び入れるための道具に過ぎない、と」 怯まなかった。 「ならば一体ずつ確実に落とすまで。緑茂からどれだけ腕が上がったのか、確かめるにはうってつけの相手ですね」 残る十一体を標的に、大地を駆ける。多少の怪我など覚悟の上だ。 ●妖刀「飢羅」の執着 妖刀「飢羅」太刀を受け持ったのは、十九名の開拓者だった。 道を行くのは炎鬼二体と鷲頭獅子を従えた、妖刀を持つ女だ。護衛を務める2体の炎鬼。妖刀に絡め取られている女剣士を護るように控える鷲頭獅子がいた。 酒々井 統真(ia0893)と巴 渓(ia1334)と石動 神音(ib2662)が走った。 「飢羅とかいったか、貴様の墓場はここだああああ!」 「その鳥を仕留めたら、次は貴様の腕をひきちぎってやんぜ!」 「鷲頭獅子は神音達に任せて!」 妖刀が自分に向かってきた酒々井に妖しげな術をかけようとしたが、酒々井達には弖志峰 直羽(ia1884)やリーディア(ia9818)が加護結界や加護法を施しており、惑わされなかった。このまま上手く誘導して優勢と思わせる予定だったが…… 『「ち、邪魔だ」』 妖刀が閃く。 三発の衝撃波が四十メートル離れた三人を襲う。 酒々井と巴は直撃、石動は巴と重なっていた為、直撃は免れたが重傷同然だ。酒々井は挑発のつもりが、一撃で巴共々瀕死に陥った。 もっとも、これは鍛え上げた肉体を持つ酒々井達だったからこそ、妖刀の一撃を受け止めても生き残っただけの話であり、普通ならば死んでいただろう。 ハッド(ib0295)に護られたリーディアと鳳珠(ib3369)達が回復に走る。 鳳珠は念のためと、他のアヤカシの気配を探った。 嫌な感じがする。 よく考えてみれば、おかしいのだ。 少なくとも妖刀「裂雷」討伐に関わった者達は、妖刀が従えていた夢魔や炎鬼、目に見える敵は全て倒したことを覚えている。先日の件を知る者は、まだ開拓者の極一部のみのはず。なのに何故奴らは『妖刀「裂雷」消滅を知っている』のか。それは少なくとも『どこかに裂雷消滅の一件を眺め、生成姫の勢力に報告した者が存在した』という事実を導く。 この襲撃は囮かもしれない。 奴らの目的は別なところにあるのかもしれない。 しかし、その事実に気づいた者は鳳珠を含めた一部だけだった。 一方、緊急事態を察した葛切 カズラ(ia0725)が、2体の炎鬼に呪縛符を放った。 「先手をとったつもり? 彼らの傷が治るまで抑える自信はあるのよ。甘く見ないで。……こっちは気にしないで! 予定通りに!」 「そうですよ〜、こっちはこっちで、なんとかやってみます〜」 「妖刀を、お願い……します!」 葛切やサーシャ(ia9980)、萌月 鈴音(ib0395)が叫ぶ。 「翔!」 遠距離からコルリス・フェネストラ(ia9657)の放った矢は、甲高い女の悲鳴に似た音を響かせながら建物をすり抜けて虚空を飛び、炎鬼に直撃する。炎鬼は託された。 鷲頭獅子、そして妖刀を潰す方が先決だ。 遭遇直後から三人を戦闘不能に追い込んだ気の短い妖刀が、炎鬼達を気にする様子も見せずにローゼリア(ib5674)の弾丸を弾く。 『「小賢しい……おい、貴様ら。兄者を屠った開拓者というのを知らぬか?」』 大蔵南洋(ia1246)は歩みを止めた。 「……要望に応じ、見参した。大蔵南洋と申す。種族は違えど、裂雷は賞賛に値する、立派な戦士であった。兄妹と聞いたが、まことか?」 『「貴様が兄者を屠った開拓者とやらか。我は第二の刀、姫様が百年をかけて脇差しにと創造されし孤高の存在である。飢羅の名を呼ぶことを緩そう。……お前達、そいつらと遊んでおれ」』 藻掻いていた炎鬼達が葛切達に向き直る。 妖刀と鷲頭獅子が、大蔵達の方へ近づいていく。 刹那。 突然降りそそいだ二発の氷の刃が鷲頭獅子を貫いた。砕け散る鷲頭獅子。 皆が目を点にした。 飢羅が操る女剣士の首が動く。六十メートル離れた高台にジークリンデ(ib0258)を発見する。ぱしゅ、という軽い衝撃が彼女を襲う。姿のない刃がジークリンデの頬を裂いた。しかし距離と強力な装備が症状を微傷に留める。 舌打ちした飢羅は妖刀を構え、今度は間の建物に衝撃波を撃ち込んだ。粉々に崩れ去る屋敷と舞い上がる粉塵。視界が一部悪化する。そこに炎鬼が火炎を吹き付け、埃に引火して大爆発を引き起こした。菊池や柚乃達が住民の避難を促していなければ、屋敷周辺の人々は今頃死んでいたに違いない。 『「……なるほど。こういう戦い方があるのか。炎鬼を連れて行けと言う訳だな」』 飢羅の呟きが聞こえる。着実に甚大な被害を出す戦い方を習得していた。 これは拙いかもしれない。 『「邪魔が入ったので排除したぞ。では、続きをしよう。兄者との戦いを教えよ」』 知恵をつけ始めた妖刀は、子供が玩具を欲しがるような仕草で、大蔵達を急かした。 隙を見た露草(ia1350)と无(ib1198)、神咲 六花(ia8361)が錆壊符を二枚ずつ放つ。妖刀に張り付いた六枚の符は、強酸性の泥濘に変化し、その身を錆させ、攻撃力を鈍らせる。神咲はすぐに身を翻し、大怪我を負った石動の元へと向かう。煉谷 耀(ib3229)もまた後を追えないように、妖刀に操られる女剣士の足を、影でその場に縛りつけた。 『「なんだこれは。面妖な。ぬ、動けん?」』 「己が能力を過信するところは裂雷と何もかわらぬな」 物陰の煉谷が嘲笑し、无が感心した。 「なるほど、噂通り有効らしいですね」 「ええ。とろいですね、飢羅……前の刀の時より、さらに強化しました。一発であれば少しの錆ですけど、利きますよ? こんな所で研ぐ暇があなたにあるとは思えませんし」 嘲笑った露草の声に、妖刀は憤慨した。 『「なに? 研がねば戻らぬのか? 貴様ら、なんということをしてくれる! これでは兄者のような愚図だと姫様に思われてしまうではないか! 許さんぞ、餌の分際で!」』 「その程度のことで騒ぐのか? 裂雷はハンデとして受け入れたぞ」 『「……ハンデ?」』 「さよう。我こそは生成姫の最強の牙である。人なぞ束でかかってきても倒せると豪語し、その場から一歩も動かぬことを宣言した上、刀が錆ようとも、少しも腕は鈍らぬと言ってな」 大蔵の嘘八百を聞いて、妖刀「飢羅」は黙り込んだ。 『「ぐっ、……わかった。では同じ条件で相手をしようではないか。此度は我が初陣とは申せ、貴様を屠れば、私は兄者を越えたことになるのだからな」』 聞いてもいない話をベラベラと。 このアヤカシ、実は相当な阿呆なのではあるまいか? どうやら妖刀「裂雷」よりも優れているということを、何らかの形で証明したいらしい。 露草達にとっては好都合である。実力は未知数だが、もしかしたら倒せるかも知れない。 ●狙われた者たち ところでジークリンデは軽傷を負いながらも這い上がった。己の怪我を回復しようとした刹那、体の中から力が根こそぎ奪われていく感覚に襲われた。 魔法が発動しない! 『くくく、あえて一人になるとは愚かな女よ。近づいても気づかぬとはな。しかしお前の力は強大で厄介だね。用事が無ければ体ごと持って帰りたい所だ……お前の力、頂くぞ』 鳳珠だけが気づいた第四の存在。 謎の声は、術者の力を吸い取り、嗤い声を残して遠ざかっていく。 ●鷲頭獅子の行方 ところで小型船襲撃を試みた鷲頭獅子達の前に、一人の女が立ちはだかった。 「手間を掛けるつもりはありません……これで逝きなさい!」 朝比奈 空(ia0086)が呪文を唱えると、突如として灰色の球体が浮かび上がった。球体は鷲頭獅子の頭部に触れて、僅か一瞬のうちに灰へと変わる。 他の鷲頭獅子が二体ほど存在に気づいて襲ってきた。 一匹目は鷲獅鳥の黒煉が回避したが、二体目までは厳しい! 「ギャハハハァ!」 奇声に近い声が響き渡り、朝比奈に襲いかかった鷲頭獅子の姿が消えた。急降下してきた炎龍が鷲頭獅子に体重をかけてのしかかり、強靱な爪が鷲頭獅子の胴体に食い込む。 「好き勝手暴れてるんじゃねェぞ、鳥! 大人しく俺の糧になりやがれ阿呆がァ!」 藻掻く鷲頭獅子の頭に向かって1メートルの至近距離から魔槍砲が放たれる。朝比奈同様に鷲尾天斗(ia0371)の一撃も致命傷を与えていた。 その頃、朝比奈は回避した一体を塵に変えて戻った。これで早3体! 「やはり多勢は少々面倒ですね……よろしいです?」 「よしキタァ、任せな。ミンナミンナ塵になれ。空に水面に浮いて漂え! ハハァッ!」 只木を追う三体の鷲頭獅子に気づいた二人が、空を駆ける。 ところで一心が誘導した鷲頭獅子を引き受けたのは、小隊『黒鉄』の者達だった。 傍らで壮絶な殺意を放つ咲人(ia8945)に気づいた静人(ia8946)が声をかける。 「咲人……大丈夫、みんな……いるから……無理……するな」 舞が士気を高めた。は、と我に返った咲人が軽く笑う。 「ああ。冥越の様に……、ヤツらの思い通りにはさせないぜ。いこう!」 「そうにゃ! みんな元気に帰ったら美味しいご飯食べようにゃね」 桂 紅鈴(ia9618)が張りつめた空気を和ませる。 「それでは参りましょう」 牧羊犬(ib3162)は狼煙銃を発砲した。発射された弾丸は激しく輝きながら大空を飛ぶ。 一心がこちらの存在に気づく。郁磨(ia9365)達が一心に平行して飛び始めた。 「後を頼む!」 増援に気づいた一心は、小隊『黒鉄』に後を任せ、元の持ち場へ戻る。 「はいはい。さ〜て、鬼さん此方、手の鳴る方へ〜!」 郁磨が生み出した風邪の渦は、真空の刃となって鷲頭獅子を切り裂く。注意をひいた。 「おぉ〜っと……かかったね、逃がさないよ」 郁磨の冷えた笑い声。仲間達が鷲頭獅子を取り囲む。 鷲頭獅子の速さに追いつけない者は苦戦を余儀なくされている。ならば数で囲い込み、退路を断って、確実に仕留めていくまで。四メートル及ぶ鷲頭獅子の巨体は圧倒的な存在感で立っていた。 「確実に一匹ずつ潰すぞ。ねらえ!」 明日香 飛鳥(ia9679)が練力を込めた矢は、軌道を捻じ曲げ、鷲頭獅子の傷を抉る。 波紋の美しい刀を構えた羅轟(ia1687)が鷲頭獅子に襲いかかった。 「ここで……これ以上……好きに……させん!」 鬼神のような絶叫が喉から零れた。羅轟と交錯するように、体内から沸き上がる激情に身を委ねた咲人が、龍の牙から作られた矛を構えて突進した。 「堕ちろォォォ!」 接近してきた羅轟に襲いかかる嘴を、牧羊犬の鎖分胴が絡め取る。隣にいた桂 紅鈴が印を結んで術を発動した瞬間、掌に雷の手裏剣が生まれた。牧羊犬が一声投げた。 「目を潰してやりたいところですが、風切羽を毟ってやれば細かい動きもできますまい!」 指摘に従い、雷の手裏剣が翼を襲う。仲間を襲う爪は、咲人と羅轟が引き受けた。郁磨の浴びせた冷気で動きが鈍るのを見た羅轟が声を張り上げる。 「手は……出させん。皆で片を付けるぞ!」 「はは! 紅冥、噛み殺せ!」 集中攻撃を浴びて砕かれる鷲頭獅子。その姿を満足そうに眺めながらも、小隊『黒鉄』は次の標的へ向かっていく。一刻も早く空の鷲頭獅子を全滅させ、他の場所へ手伝いにいかねばならない。地上の激戦を一瞥し、牧羊犬達は大空を駆けた。 しかし、一匹ずつ落とすとなると、やはり手が回らない個体が現れる。 一体の鷲頭獅子が、妖刀の方へ向かおうとする姿に、戦場を見回し怪我人の元へ向かおうとしていたフェルル=グライフ(ia4572)が気づいた。共に怪我人の方向へ向かっていた礼野 真夢紀(ia1144)に後を託す。 「あちらをお願いします」 「わかりました。まゆの仕事は癒すこと、まかせてください!」 「ではフィー、行きますよ! 人々に危害を加える彼らの行為、絶対に止めます!」 鷲獅鳥のスヴァンフヴィードを操り、大空を駆ける。鷲頭獅子の降下を阻むべく、全体重をかけて横からぶつかっていった。 「都の皆さんには指一本触れさせません! ここで阻止します!」 鬼すらも一撃で倒すと呼ばれる一撃が、鷲頭獅子の首から胴を切り裂いた。砕け散る鷲頭獅子に「ほっ」と息をついた瞬間、視界の隅を横切る黒い影。まだ残っていた。 「しまっ」 間に合わない! 「妖刀に回らせはしませんよ」 「覚悟するっさー!」 「逃がさぬよ」 三体ほど倒し終えた長谷部とからす、そして針野がグライフの横をすり抜けた鷲頭獅子の乱入を防いだ。 大空の鷲頭獅子達十九体は、30分とかからずに、神楽の都を護る者達によって一匹残らず仕留められた。地上から様子を見ていた人々は、その圧倒的な勝利に歓声をあげた。 例え、いかなるアヤカシの猛威であろうと彼らが払ってくれるに違いない、と信じて。 ●炎に震えし都を駆けて 一方、脇道に侵入した三体の炎鬼の前方に、突如白い壁が出現する。劉 天藍(ia0293)の結界呪符だ。進行を阻まれた炎鬼達は、壁をうち破ろうとしている。アリアス・サーレク(ib0270)が苦々しげに笑った。 「この戦力が、冥越八禍衆のたった一人の、しかも帯剣の一本が率いている物と言うのは、何かの冗談だな。……たちの悪い、が頭に付くが。一体ずつ潰して、一刻も早く元に戻る。みんな覚悟はいいか?」 サーレクの指揮する声に、黎乃壬弥(ia3249)が頷いた。 「ああ。戦は結局、数揃えてそれをいかに集中運用出来るか、そんだけだしな」 「しかし、四方八方が火事とは。火は元から消さないと駄目なようだ……ともかく倒すしかないな。取り合えず、近い奴からだ!」 音有・兵真(ia0221)の放った白銀に輝く神槍グングニルは、背を向けて隙だらけの炎鬼の胴を貫通した。地面に倒れる炎鬼を見て、黎乃が歓声を上げた。 「一撃とは、やるな!」 「既に矢を受けて手負いだったし、隙だらけだっただけだ。同じようにいくとは限らない」 「ははぁ、確かにその通りだ。いいねぇ、こっちも若造に負けてられんぜ!」 散り行く炎鬼の巨体を軽々と乗り越え、五人は次の獲物を目指す。 疾走しながら黎乃が名刀を構えた。口元の笑みが消える。 「逝きな」 抜刀、一閃。 黎乃の放った渾身の一撃が、2体目の炎鬼の胴をまっぷたつに割る。 「どうだ! 見たか、今の……って」 炎鬼の足下に符の痕跡。 「なにがでしょうか。前を見てください、前」 御樹青嵐(ia1669)の呪縛符と斬撃符が、ちゃっかりそつなく支援していた。 胸を張った黎乃。優秀な仲間の支援で、一人で炎鬼、撃退ならず。 「娘に誇れるはずの一瞬が!」 「壬弥さん、あんなの取り合わなくても、まだいるから……くるぞ! 物陰へ逃げろ!」 炎鬼の火炎に気づいた劉が、前方に壁を作り出す。サーレクの銃弾が炎鬼に打ち込まれた。時々競うような様子をみせた小隊『華夜楼』は五人係で順番に炎鬼達を仕留め、御樹達は素早く広場の方向へ身を翻した。 異様な耐久力を誇る炎鬼達はしぶとかった。 「組み合うな、斬り倒さなくて良い。火力は術士に任せて足止めと分断を優先するんだ! 疾風の如く駆けろ!」 戻ってきたサーレクが叫ぶ。音有が頬を掻いた。 「元々タフなのは判っていたが、火炎が厄介だな。時間かかりそうだ」 時間が経つと消える壁が現れるのは確かだが、何よりも度重なる渾身の一撃や、重複して火炎を吐かれた時に壁が持たない場合があった。術士達は炎鬼を隔離する壁と、火炎から仲間を護るための防護壁を召還する作業に終われてしまい、大業を撃つことが難しい状況に追い込まれる。 何しろ炎鬼の火炎は三十メートルの距離を燃やす。あげく、時に逃げ遅れた住民が現れるので、時に柚乃や菊池は死者を出さぬ為、避難誘導と回復に追われた。 何度も行く手を阻まれ、動きを封じられた炎鬼が術士達を襲おうとする時があったが。 「主らの相手は俺だ。彼らの元に辿り着きたくば、先に俺を倒して行け!」 明王院 浄炎(ib0347)は炎鬼の傷に八尺棍を叩き込む。 「手出しはさせん!」 同じように炎鬼の行く手を阻み、重い攻撃を盾で受け流したフィン・ファルスト(ib0979)は、騎士の誇りを胸に、騎士剣で渾身の一撃を叩き込んだ。 「はっ、手緩いよ! ホントここを直接襲うとか、いい度胸してるよ!」 此処で止めなければならない。 「今日の獲物はイキが良すぎるわ……全く、硬いわ刃が欠けるわ火事は起こすわ、この分だと倒しても火消しに救護所と、忙しそうね!」 一度、壁が消失して広場から出ていこうとした炎鬼を追いかけ悲恋姫を叩き込んだ霧崎 灯華(ia1054)も、混戦状態で味方を巻き込む大業を繰り出すわけにもいかず、呪縛符で炎鬼二体の動きを止める作業に追われた。 「だああ、年越しの大掃除もまだしてねーぞコラァ! 鬼は二月まで待ってろや!」 村雨 紫狼(ia9073)の罵詈雑言。加えて咆吼で敵を引きつける。 「やらせない、これ以上はやらせないよ! 私たちが…この町を守ってみせるッ!」 隣にいたエルレーン(ib7455)もまた素早く踏み込み、蒼く輝く刀身で炎鬼の足を薙いだ。明王院達に守られた後方から、幽霊の式を召還した十野間 空(ib0346)は、炎鬼の頭に呪いの声を響かせる。 確実に一体ずつ滅していく。 そしてヘラルディア(ia0397)の手で火傷から立ち直った刃兼(ib7876)は再び戦場へ戻っていく。何度焼かれようと、吹き飛ばされ、壮絶な痛みを味わおうと、決して屈することなく、太刀を手にする。 「神楽の都で、鬼退治とはな。まだ陽州から来たばかりで、神楽の都の正も邪も分かっちゃいないんだ。壊されるのは、御免こうむる! 何度も焼かれる趣味はないぞ!」 気迫を込めた一撃を叩き込み、炎鬼の注意を引きつける。 こちらは囮だ。 劉の召還した大型かつ九尾の白狐が炎鬼を切り裂く。加えて誘導から戻ってきた柚乃の精霊砲と菊池の気功波が炎鬼を直撃した。 その影で「こちらですよ〜」とカンタータが声を張り上げて、負傷者を誘導する。極力火炎が仲間を襲わぬよう、手分けして援護をしていた。ジョニー・マッスルマン(ib3129)は精霊の祝福を集める歌を奏で、ランディ・ランドルフ(ib3132)が空気撃を叩き込む。 「正面が見えていませんの? がら空きでしてよ!」 エテルナ・ビブリマギカ(ib0748)が放った神の祝福を受けた聖なる矢は、炎鬼の顔面を捕らえた。 通常よりも耐久力を持った炎鬼は、幾度も大業に耐え、火炎で接近した者の体を燃やして重傷を与え、辟田達を手こずらせた。 その時、空から声が降ってきた。 「手こずってるわね。今のうちにやっちゃいなさい!」 龍の上から毒蟲を放ち、炎鬼の動きを次々に止めた胡蝶が現れる。 「フハハハ! 疼きがとまらぬわ! ぬぅん!」 吠え猛る鬼島のミミック・シャモージが炎鬼の頭を割る。続々と増える援軍に、炎鬼達の敗北は決まったも同然だった。 もうじき鷲頭獅子を屠った他の仲間も降りてくるだろう。 ●妖刀「飢羅」の敗走 時は過ぎてゆく。 妖刀班は、炎鬼を砕いた後が大変だった。 『「一対一で刃を交えるのが、武人の心得とやらではなかったのか?」』 頭の足りない妖刀が首を傾げる。 『「まあよい。邪魔者は全て排除すればよいのだからな。さあ立て、人間」』 約束通り妖刀「飢羅」は極力その場を動かなかった。与えられる錆壊符に怒りはしたが、黙って受けた。確実に攻撃力を削ぐことに成功したが、先日倒した妖刀「裂雷」より知恵や威力は劣るといっても、強大な潜在能力を持った妖刀であることには違いなく、並のアヤカシとは比べものにならない力を保有していた。 僅か十秒間に五発も放たれた衝撃波は大蔵を吹き飛ばし、更に巴とリーディアと鳳珠を庇ったハッドへ襲いかかった。度重なる錆壊符のおかげで直接攻撃の切れ味は激減し、重装備の者は軽傷止まりにしろ、次から次へと一度に最大五人もの負傷者が出る為、瞬く間に修復する妖刀の能力も含めて、力で押し切ろうとしても全く足りない。 物陰に身を潜めた萌月達が囁きあった。 「五発……裂雷ですら、十秒に四発が精々だったのに。あれも、裂雷と同じ……生成の刀」 「なんという威力でしょう〜、まさか三途の川を見せられるとは思いませんでした〜」 傷を癒されたサーシャがリーディアと鳳珠の所から戻ってくる。 弖志峰が溜息を零す。 「やっと裂雷を倒したと思ったら……否、二振りの妖刀を従えた生成姫を相手にするよりは遥かにマシ、か。飢羅が知恵をつけて戦闘経験を積んだら最悪かも」 「ほっておく訳にも参りませんわ。しかし、何本持っているのやら」 弾を詰めるローゼリアが粉塵の向こうを睨む。 萌月が唸った。 「飢羅の話を信じたとして……百年もかけて生み出された上級アヤカシ。そう数は多くないと思います。裂雷が本差しで、飢羅が脇差しだとして、武器に過ぎないなら……生成はどれだけの力を……持っているのでしょう」 「やめてくれ、考えたくない」 最初の作戦に失敗して生死の縁を彷徨った酒々井へ、弖志峰が再び加護結界を施す。 「でも酒々井さんの三発は確かに効いてた。今は耐えて待つしかない。頑張ろう! 俺も……俺の身体に風穴開けてくれやがった返礼は、きっちりさせてもらう!」 妖刀「飢羅」が燃料にしている女剣士、彼女の練力枯渇を待つしかない。 傷の修復が不可能になった時こそ、力で押し切れる好機なのだ。 皆が回復を促すために攻撃を仕掛けていく。 天霧 那流(ib0755)は妖刀を睨んだ。 天霧はかつて妖刀「裂雷」に体を支配されたことがある。 糸に似た膨大な触手に全身を覆い尽くされ、一切の自由が利かない不快感を覚えている。仲間の肉を裂き、骨を砕いた鈍い感触。憑依と違い、体だけが強引に操り人形化される絶望感。本人の意志はそこにあるはずだが……長く支配されれば心は壊れるだろう。 天霧が声を張り上げる。 「しっかりなさい! こんな奴に飲みこまれたまま、好き勝手されてて良いの? 自分を取り戻して! 開拓者の意地を見せなさい! 操られて仲間を傷つけてただ見ている事しかできない悔しさは分かる! それでも私は最後まで諦めなかったわ!」 『「誰に向かって、……?」』 衝撃波を放つ寸前の腕が止まった。がたがたと妖刀の腕が震える。表情が一変した。 こ・ろ・し・て 『「……ち、これからという時に」』 「今のは本人か」 煉谷の脇をすり抜け、巴が走る。望み通りに、腕を引きちぎっても引き剥がす気なのだろう。だが、そんな事をしても救ったことにはならない。物陰から飛んだ呪縛符が巴の動きを制する。 かつて同じ境遇になった天霧は、たった一度だが支配権を取り戻した。 勝機はまだ残されている! その時、上空が喧しくなった。鷲頭獅子を一層してきた開拓者達が戻ってきたのだ。加勢に来たと声を張り上げた者達の話によると、炎鬼の全滅も時間の問題だと話す。 すると突然、一帯に一陣の風が吹き、雲のような白い靄が通り過ぎた。 『「……全て倒したか。予定より少々早いが、時間は充分あったはず。最低限の役目は果たせたな。連中の力が戻った事を報告せねばならぬ。貴様らとの勝負は預けておくぞ」』 靄が通り過ぎた。 虚空に浮かぶ一本の妖刀。 操りの糸から解放された女剣士は、大地に倒れていた。 『いつか必ずや我の方が優れていることを思い知らせてくれる。……折角捕らえた体は惜しいが、ゆっくり食らう暇もないしな、次を探すとしよう』 ふ、と消えた。 しかしそれは間違いで、妖刀は空に向かって全力で突進し、垂直に飛び去った。 「やばい、飢羅を逃がすな! 面倒なことになるぞ!」 感のいい弖志峰達が叫んだが、時既に遅し。 僅か一瞬で120メートルも飛んだ妖刀は、立ちはだかる龍達の胴を貫通し、全ての攻撃範囲から離れていた。240メートル、360メートルと地上から距離を引き離し続け、雲に達したところで東の果てへと遠ざかって消えた。 ●これは勝利か幻か 「皆さん、お疲れさまでしたー! 怪我をされた方はこちらへどうぞー!」 グライフは声を張り上げる。一カ所に仮設の療養所が設けられ、御樹や菊池達が怪我人の手当に追われていた。一匹逃したが、神楽の都は護られた。死者はない。重傷者や瀕死の者もいたが、幸い礼野やヘラルディア達のおかげで傷は元通りになった。北面の騒動に備え、朋友達の怪我の治療も受けることができた。 救出された女剣士は、現在治療中だ。 「北面に脅威有りと言う話ですが、ある意味焦りなのでしょうかね」 ヘラルディアの言葉に、リーディアが首を捻る。 「どうでしょう。神楽の都を襲った相手の狙いは……本当に殲滅だったのでしょうか」 偵察部隊だろうか。 いやそんな簡単な話ではすまないような気がする。 「生成姫がしびれを切らしたにしちゃ妙だ、あれだけ慎重だったのに」 思案顔の酒々井達は、手当を受ける仲間を見た。 多くが勝利を喜んでいたが…… 「た、大変です! ギルド長! 大伴定家どの!」 走ってくるギルド職員がいた。 虫の息の開拓者を背負っている。一人や二人ではない。 「一体どうした?」 「実は……」 「…………なんじゃと?」 この日、奇妙なことが起こった。 神楽の都を護る為、この戦いで大勢の開拓者が駆り出された訳だが、その中で『地上で仲間や人の多い場所から離れ、単独行動を取った開拓者数名』が何者かに襲われ、重傷を負い、練力の殆どを吸い尽くされた状態で発見された。 北面で起こり始めた不穏な出来事。 今まで動きを見せなかった冥越八禍衆「生成姫」が大っぴらに仕向けた刺客。 敵兵を全滅させたにも関わらず、気にもしなかった妖刀。 激闘の影で、人知れず力を奪われた仲間たち。 確かに圧勝し、神楽の都は守られた。 けれど。 「……目くらましか。やってくれたな」 激戦の影で開拓者を襲った犯人たちは、まだ見つかっていない。 |