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■オープニング本文 「あなたの敵は、わたしの敵よ」 話を聞いてから、恵(iz0226)は囁いた。 彼は苦笑いする。 極端だとか、そんな言葉は似合わないとか。生真面目な顔で聡そうとする。 自分の努力が足りないのだ、と背負い込む姿は根っからの善人を強く意識させた。 話し合いは、いつもここで終わり。 気を許せる者に愚痴を零すことが、心の負担を和らげる唯一の方法なのだろうと推察する事は容易く、信念を曲げさせることは不可能だろうと理解したのは随分前だ。 重荷の吐露が終わると、彼は書斎へ引き上げてしまう。 「あなたの敵は、わたしの敵だわ」 消えた背中に再び囁く。 この世は思うほど綺麗に成り立ってはいない。 善人が苦汁をなめ、悪知恵の働く者は理の隙間を縫うように根を張る術に長けている。 日陰で夫を支えるのが良き妻ならば。 「あなたができないことを、私が代行してあげる」 + + + 五行の東地域は山脈に囲まれた湿地帯で、国内最大の穀物地帯として誉れ高い。 が、いつしか魔の森が北と南から浸食を始めた。平穏を求めた人々は必然的に東区の中心に集まり、結陣行きの道には渡鳥山脈の横断を選ぶことになる。 人口が集中する過程で発展した里。 それが『白螺鈿』と呼ばれる大きな街だ。 白螺鈿の名は元来の地名ではなく、数十年もの時間をかけて定着した呼称に過ぎない。現在の大地主である如彩家一族が彩陣から移住してきた際に『螺鈿のように輝ける里に生まれ変わろう』との期待をこめて名付けられた。 期待の通りの里に造りかえる改革は、決して容易ではない。 数多くの反発が生まれては、結託した旧家と共に力技で沈められてきた。当然ながら『白螺鈿』が『白原平野』と呼ばれていた時代から存在する旧家の多くは、今も白螺鈿の街で静かに息づいている。 恵の生家たる榛葉一家は、そんな旧家の一つに他ならない。 ただし。 黒い噂の尾鰭がつく家側だ。 長年商いを牛耳ってきた榛葉家の歴史は古い。 如彩家が現れる以前の大地主とも肩を並べる存在だったことを、地元で育った老人達はよく知っている。豪商の呼び名に相応しく、穀物、菜種油、煙草、綿、酒造業の商売を初代で掌握し、幾度も高官の御用達となった経緯故に、白原平野でも屈指の財力を誇る。 豊かな暮らしの片鱗は、大屋敷からも伺えた。 初代が築き、三代目、五代目と、歴代の跡継ぎ達が増改築を繰り返してきた榛葉大屋敷は、他の地主達とは格の違いを明確化した。約百メートル四方を、二十の土蔵が取り囲む豪壮な建築で、白塗りの高い壁と門構えからは、屋敷の中を伺い知ることは一切できない。 しかし。 ひと度重々しい門をくぐった者は、まず梅の大樹が聳える表庭の出迎えに感動するという。 春の庭と呼ばれた事からも分かる通り、敷地内に四季の名を冠する大庭を所有している。 夏に樹齢二百四十年の沙羅が、可憐に咲く中庭。 秋に真紅の紅葉が見頃を迎える池湖回遊式庭園。 雪化粧を待つしだれ桜と大王松の佇む離れの庭。 無論、客殿や母屋などの建物が軒を連ねており、複雑な館を維持するために沢山の奉公人を抱えていた。 これほどの豪商が如何なる実権を掌握してきたか。 『榛葉家と地主の口論で、女達が仕事を失い、品が滞って一揆になった』 という昔話が教えるのは、決して笑い話ではなく、当時大地主以上の実権を保有していた事実を教えるものだ。物の流通も、周辺の稼ぎ口も、全ては榛葉家の一存で決まっていたと。 そんな横暴がまかり通った時代は遙か昔。 今代の榛葉六三郎は、様々な問題に頭を悩ませていた。 まだ年若い息子の久遠と違い、美食家故の体重増加で嫁の貰い手が不安視された長女の恵は、今年の夏、見初められて嫁いだ。相手は如彩家の長男。歳の差こそあれ、決して悪い縁談ではない。 しかし、後になって気づく。 商売人に大切なことは『見極める目』を持つことだ。 大事な資質を受け継いだのは嫁いだ娘の方で、老いた父親を支える榛葉家の影の大黒柱だった。 諦めて息子の教育に移ろうと決意して、新しい難題が降ってきた。 恵が、榛葉家の力を使って夫の窮地を救うと言い出した。 恵は、大地主の長男に嫁いだ。が、決して安泰ではない。 何故ならば、夫が失脚すれば未来は暗い。 如彩家の当主には四人の息子がいて、白螺鈿の統治権限を競わせていた。 最も上手くやれた者に後を継がせる、と。 旧家のしがらみに振り回される長男は劣勢。次男は白原祭の失態で失脚が決まっている。三男は今まで地味な活動をしていたが、与えられた区画を安定して運営してきた点は侮れない。四男は派手な言動や不安要素は目立つが、白螺鈿に最も繁栄をもたらしている。 これは商いの戦いに似ている。 夫の窮地を救いたいと考えた恵は、独自に残る政敵の弱点を探し続けた。 + + + 「私を殺そうとしている奴を探し出して欲しいの」 護衛の依頼と聞いて集まった開拓者に、如彩恵は静かに話し出した。 ことの起こりは、忙しさ故に恵が手をつけなかった頂き物の茶菓子。これを盗み食いした女中が倒れたことから発覚した。最初は傷んでいたのだろう、と気にも留めなかったのだが、次第に手口が大胆になり、服に剃刀が仕込んであったり、廊下を歩いていた時に鉢が落ちてきて頭を割られそうになるなど、露骨に害をなす内容になってきている。 「‥‥嫌がらせ、とかでは? いやまぁ探して捕まえますけど」 「きついお灸を据えてやっては」 開拓者の提案に恵は首を振った。 「私、夏に嫁いでから、色々と白螺鈿の内情を調べ始めたのよ。夫の力になればと思って。だけど‥‥なんだか手に負えなくなってきて。どこかでバレたんだと思うの」 あちらこちらで、不穏の片鱗を発見した。 確固たる証拠がないので、どれも明確に摘発できないのだが、白螺鈿の拡大につれて色々な闇組織が蔓延っているという。 なにしろ恵は白螺鈿を統治する四兄弟の長男の妻である。 口を塞ごうと考える者はいるだろう。 「あなた方を奉公人として雇おうと思うの。土間の女達や、店の番、荷を運んだりする人間はいつも足りないから、怪しまれたりしないと思う。もし白螺鈿周辺で顔がバレている人がいるなら、私が実家に戻っている一週間の間に客分として家に招くわ」 だから何らかの形で情報を掴んでほしい、と恵は頼んだ。 このままでは遠からず殺されるに違いない。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
和奏(ia8807)
17歳・男・志
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
フィーナ・ウェンカー(ib0389)
20歳・女・魔
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
ジャリード(ib6682)
20歳・男・砂
フレス(ib6696)
11歳・女・ジ |
■リプレイ本文 寒い寒いと人々は手をすりあわせて足早に路を行く。 じきに白螺鈿は雪で閉ざされるが、昨年開通した鬼灯と白螺鈿を結ぶ安全な山道のおかげで、例年に比べて人々の出入りは多く、寒空の下でも人影が途切れる様子がない。 「お、おい、あんた大丈夫か!」 みれば軽装の和奏(ia8807)が行き倒れ同然で倒れていた。 「……仕事、ください」 かく、と冬枯れの花のように力が抜けた。空腹なのか腹の虫も鳴る。 財布を落として飢え死に寸前、という旅人を装った和奏は前日から断食していたりする。 白螺鈿で仕事を斡旋する世話役に、計画通り拾われて数時間後。 白螺鈿の街は勿論、おっちゃんの人の良さに感激して、しばらく逗留したい旨と、当座の生活費が欲しいのでお屋敷仕事を斡旋して欲しいと頼み込んだ。哀れな旅人に絆されたおっちゃんが紹介してきたのは……如彩家四男、虎司馬の屋敷だった。 このように。 依頼主である恵(iz0226)の暗殺を阻止する為、開拓者達は各々に身分を偽り、恵が嫁いだ如彩誉の家と恵の実家、榛葉大屋敷へ潜入を試みた。そんななか石動 神音(ib2662)が恵の実家へ向かう前に立ち寄った所がある。 「ひさしぶりー、近くまで来たのでよってみたんだよ」 「あらぁ! 久しぶりじゃなぁい」 低いオネエ声の持ち主だ。一見、華やかな装いをした女性だが、歴とした男性である。夜の町に詳しく複数の酒場を経営するこの女装癖を持った青年は如彩家の次男、神楽であった。石動は神楽や三男の幸弥と面識を持っていた。残念ながら幸弥は出張だったが、久々の歓談を楽しむ。 「えー、じゃあ神楽さん、後継者争いから降りちゃったの?」 「とーぜんよぉ。元々ジジババにはウケが悪いし、白原祭の件は監督不足としても、元々やかましかったから丁度いいと思って。そっちこそ進展は?」 別件の依頼を通じて取引関係にある石動は「色々報告したいこともあるけど、複雑なんだよー。時間がないからまた今度」と機会を改めることにした。 「けど神楽さんが降りたなら、残る三人で競ってるってことだよね? 後継者れーすはどんな感じ? 物語でらいばる暗殺ってよくあるけど、やっぱり怖い世界なのかなー?」 神楽は笑った。兄の誉にそんな甲斐性はないと言い、弟の幸弥の企みごとなど考えつかないと言う。しかしながら腹違いの弟である四男については「あいつは、やりかねないかもねぇ」と囁く。四兄弟の確執は色々と根深いようだ。 ところでフレス(ib6696)は、護衛兼侍女として恵と共に問題の屋敷へきていた。 先々で「お帰りなさいませ奥様」と人々が頭を垂れる様を物珍しく眺めているのは、恵の食道楽仲間もとい、客分として招かれた三名だ。 「……あの、恵が。立派になっていたとは」 オカンの様な呟きを零すのは、ジャリード(ib6682)である。不屈の精神と共にハリボテ纏って恵を追いかけた日々を思い出して感動に浸る。紬 柳斎(ia1231)やフィーナ・ウェンカー(ib0389)も気持ちは同じだ。 「男子三日会わずば刮目して見よ、とは言うが……いやはや驚いたものだ」 「恵さんすっかり痩せましたねぇ。頑張った甲斐があるというものです」 ひそひそひそ。 恵の変貌ぶりに元鬼教官達が複雑な感情に囚われているが、今は達成感に浸っている場合ではない。 『あら、暗殺されそうなんですか。それは大変。お守りして差し上げますからね』 話の直後、ウェンカーの背中に煌めいた後光。 『……ええ』 野生の感というより経験で何かを感じ取った恵は、詳しく尋ねなかった。正しい。 ともかく護るならば身分を偽って調査が必要である。 故に紬達は一芝居打つことにした。 恵は豪商でもあるが、元々は美食家として名が通っている。そこで見聞を広める為、より商いの芸を増やす為にも、という建前で三人を招く。紬は天儀の他国から、ウェンカーはジルベリア、ジャリードはアル=カマルから、という設定で、身なりも『それらしく』整えた。三人は設定上、白螺鈿の美食を食い尽くして論じるということで、一定の我が儘放題が通る。 一通り屋敷を案内した恵は「個室を用意させてもらったわ。用事は使用人に言いつけて。一週間後の会食を楽しみにしているわ」と声をかけ、仕事を理由に、護衛兼侍女のフレスを連れて出かけた。 恵は傍若無人な人生を送っているように見えて、仕事のため如彩家と実家を往復する時間が多いという。 和気藹々とした空気を醸し出しつつ、観光の相談をしようと一室に集まり、扉をしめて。 「ふー、随分と広い屋敷のようだ。これは骨が折れるやもしれん」 座り込んだ紬に「そうですねぇ」とウェンカーが呟く。 「ひとまず女中や使用人の方々を呼び出し、あれやこれやと用事を言いつけてみます?」 「うーむ、目につかぬところでなにやら仕込むのが趣味であるようだし、ひょっとすると何かしら仕掛けて来る可能性もあるやもしれぬ。あえて罠を燻り出してみるのも一興」 しばらくすると女中が「お茶をお持ちしました」と現れた。美しい銀細工の茶器を置いて下がっていく。ジャリートはそれを手にとって凝視してから、口を付けた。 「……害する行動を行えるのは、それが取れる立場に居るということでもある。それまでの害のある行動を洗い直し、それができた人間が誰かをまず特定する必要があるぞ」 ウェンカーもまた、冷えた指先を茶器で温めながら答える。 「確かに。鉢が上から落とされたり、服に剃刀が仕込まれている時点で、内部の犯行でしょう。使用人の職務範囲、各人の出自、客や御用聞きにどの使用人が対応しているか。必要となる情報は、このあたりでしょうか? あら失礼、どうぞ」 「かたじけない。しからば手分けするか。今回は犯人が一人とも限らぬし、それらが連絡役として動いている可能性もある。その辺りの動きがあったかどうかも聞いておかねばな」 三人が一週間の動きについて真面目な段取りを考えていた頃。 狐火(ib0233)は遠山という偽名を用いて、清掃人として入り込んでいた。 それも夜春を活用しまくり、屋敷に不慣れな爽やかな若者の体を演じていた。ただの掃除人にしては異様な人気の集め方は目を引くが、幸いにも若い新入りに婆共が騒いでいるのだろうという風に受け取ってもらえたようだ。仕事を覚える為と口にしながら、様々な場所の掃除を引き受け、屋敷の構造と出入りを覚えていく。時に感覚を研ぎ澄ませていて、ふと裏口の物音に注意を引かれた。 「遠山さーん、次は西の間だよー」 「わかりましたー」 適度に声を投げながら、狐火は奥を覗いて、そして仕事に戻った。 ところで朝比奈 空(ia0086)は如彩家の奉公人として屋敷に入り、店番を務めていた。華やかな容姿故に、軟派な男が用事もなく話に来るなどの問題は発生したものの、手際よく客をさばきながら人の出入りに気を配る。しかし一人の娘が多くの仕事を「私がしますよ」と、横からかっさらっていく事態に見舞われた。 「それでは行って参ります」 気弱そうな娘が、朝比奈に任されるはずだった荷を預かって出かけていく。朝比奈の耳に、囁きあう女達の声が聞こえた。 「新人に任せりゃいいのに。ここんとこ、ずっとだよねぇ」 「戻りが遅いじゃない? この前、休みだったのが、向こうの屋敷の傍でみたんだって。やっぱり愛人になったってのはホントなんじゃないの?」 「あたしも十年若けりゃねぇ」 「ほーんと。力のある綺麗ドコロは本妻に、ああいう娘は遊ぶのに最適なんじゃない?」 「ありえるー、最近身なりがよくなってきたよねぇ、鼈甲の簪とかさ」 「頬そめちゃって。あれは買って貰ったに違いないよ」 朝比奈は、想像逞しい女性達の会話に耳を澄ませる。今し方、細身の娘が出かけていった理由は単なる注文の配達だったが、そこは四男の担当区の中であった。 この時、朝比奈が見送った娘を見た者が、もう一人いる。 生活費を稼ぐ名目で如彩家四男、虎司馬の屋敷の雑用に入った和奏だ。 「ごめんくださいまし。キヨでございます。旦那様はいらっしゃいますか?」 キヨの腕には既に、朝比奈が見た荷物はない。そうとは知らない和奏は一瞬戸惑いを見せたが、通りがかった年輩が様子を察して飛んできた。キヨは奥の間に通されていく。 「……今の方は?」 「虎司馬様がご援助なさっていた姉妹のねーさんだよ。裏遊郭に売られそうだった所を助けてもらって、今じゃ真っ当に働いてるんだ。定期的に借りた金を返しに来るのさ。偽善だ何だと喧しい連中もいるが、俺はそーは思わねぇ。あの方は、気まぐれに賽銭を投げて慈悲を垂れるような甘ちゃんじゃねーからな。最初から最後まで面倒を見る。他にも、裏社会から返り咲いた人間は多いんだぜ」 男は誇らしげな顔で、仕えている主人を褒めた。 和奏はじっと、様子を見ていた。 一方、榛葉大屋敷の土間周りの女中として入り込んだカンタータ(ia0489)は、パヴァーヌの名前で地味に働いていた。人手の足りない土間は戦場で、使い勝手の良い新入りの地位を掴もうという試みだ。怒濤の作業が終わり休憩時間になると女中達は火鉢を囲んで茶をすすった。そこに南瓜菓子を持ち込んで、相手の心をつかんでいく。 「まかない用に作ってみましたー、おひとつどうぞ。皆さんの評価が良ければ、奥様とお客人にもお出ししてみたいのです。いかがですかー?」 と、聞かれれば、土間の女達も美味しいとか少し塩っけが欲しいとか、好き勝手なことを言い始める。しかし全員揃って「奥様の舌は厳しい」と口を揃えた。日々高価な菓子や食事が運び込まれるのだから、越える壁は高いのだと。 「そういえばさー、奥様の菓子を盗み食いして中ったあの子、どうしてんのかね?」 きた、とカンタータは耳を澄ませる。 「さあ。医者に担ぎ込まれたまんまだし、やめたとしかきいてないし」 「あたし一度お見舞いにいったよー、目が見えなくなったみたい」 などなど。 「そのお姐さん、不運でしたねー。下さった方が犯人とも思えませんが、どちらからの引き物だったのでしょうー?」 すると女中達は再び喧しくお喋りを始める。 「あれ、どこだっけ?」 「最近流行ってたお菓子で、いくつも届いてたわよね」 「奥様の食べ残しぐらいバレないと思ったんじゃない?」 「気持ちわからんでもないけどねー、いい値段よアレ」 話が斜めに走り始める。 どうやら一見の菓子屋が流行り、便乗して複数箇所から同じものが届いていたようだった。 この一週間、概ね平和に時間が過ぎた。 それは土間担当が、あれこれと食事に気を使ったこともあるが、何よりフレスが身の回りを警戒していたことで、危険物を取り除くことができた。客分として招かれている三人と恵のやりとりは全て、時にバダドサイトを使ってまで警戒したジャリードとフレスを通してひっそりと行われ、密書が誰かの目にとまることはなかった。 「お夜食をおもちしましたー」 石動が盆の上に軽食と茶と、そして調べた情報を書いた紙をのせて、フレスに手渡す。 遠ざかる石動の足音。フレスは和紙を恵に手渡した。 「恵姉さま」 そこには不審な動きをする奉公人や出入り業者の名前が記してあった。 一人二人どころではない。その中から、外部で動いている者達の話を集約する。 「この辺は期間も出身も違うね。恵姉さま、やっぱり複数犯なのかな。心配なんだよ」 ……ふと、背筋に悪寒が走った。振り向いても、なにもない。 何かに監視されているような…… は、とフレスが天井を見上げた。隙間に目があった。 此方を見ていた。 「恵姉さま!」 フレスが恵を引っ張る。 降りてくるのでは無いかと身構えたが、瞳の主は闇に消えた。 この不審者は二人組で、外の見回りにでた石動も発見したが、威嚇した途端、屋根の上を二手に逃走した。残念ながら片方しか捕らえていない。 そして同時刻。 如彩家の屋敷では、狐火が一人、不審者の若者を追跡して家を離れた。残念ながらこれは途中で見失うことになる。 また不在だった恵の寝室に侵入したキヨという娘がいたのだが、目を付けていた朝比奈と、夜間に歩き回る姿を度々見かけていた紬達が捕縛している。此方は、出来心だとか、派手な装いの恵が妬ましかったなどの私怨を匂わせ、盗人として罪を問われることになる。 怒濤の一週間が過ぎて、開拓者達はある料亭に招かれていた。 「ジャリード兄さまぁ!」 どこーん、と頭から体当たりをかましたフレス。 ジャリードが呻く。 「……うぐ、かはっ、元気でなによりだ。お互いに色々大変だったらしいな」 複数から狙われているようにしか見えない、という結論になった所で、朝比奈達は首を捻った。 逃げた者は当面襲ってこないとしても、捕まえた者は沈黙を保っていたり、ありきたりな理由しか述べない。和奏の証言からしても、例えばキヨについても何か裏があるだろうと感じることは感じるのだが。 「色々と、きな臭い話になってきたようですね」 「今はまだ静かだが、あまり面倒事にならなければよいのだがな」 朝比奈の溜息に紬も同意した。 この町は急激に大きく成りすぎて、色々と綻びが多いように見られる。 石動とフレスが唸る。 「んー、如彩の後継者争いに興味はないけど、その為に誰かが死ぬのは許せないかなー」 「えっと、勢力争いとか良くわからないけど恵姉さまとか巻き込むのは酷いと思うんだよ」 「巻き込むと申しますか」 ウェンカーが、ちらりと一瞥した先には、心労で倍量を食べている恵がいた。 この娘のことだから、散々色々なことに首をつっこんだに違いない。 今更ながら、一体何について恵が調べていたのか気になった。 折角の玩具に死なれては困る、と余計なことを考えつつ。 「ところで恵さぁん?」 ぽろ、と恵の口から卵焼きが落ちた。 「今更ですけれど、あなた、どなたの何を調べたのです? 聞かせて頂けません?」 拒否は許さない、とばかりにウェンカーが白塗りの杖をぺちぺちと鞭のような手つきで操りながら笑みを浮かべた。怯えまくる依頼主を隣部屋に引きずっていく、鬼の目付役。 しばらくして。 「……どうして大事なことを先に言わないのです! そこにお座りなさい! 一人でどうにかなるとでも?」 襖の向こうで罵声。 明らかに何かあった。 洗いざらい吐かされる依頼主を、襖一枚隔てて見守る傍観者達は、時に聞き捨てならない話が右耳から左耳に抜けていくのを感じつつ、同じ事を考えた。 来年は厄年になりそうな気がする、と。 年明けに持ち込まれるであろう依頼書の存在を考えつつ、とりあえず今回の仕事は終わったということにして。 複雑事情を全て頭から流し去り、懐石を堪能することにした。 ああ、仕事の後のゴハンはおいしい。 |