沢登りとみなもの滝と
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 普通
参加人数: 60人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/08/28 22:34



■オープニング本文

 蒸し暑い神楽の都。
 何処にでもある茶屋の軒下で、二人の陰陽師が語らっていた。
「愛しいヒトがね、いたんですよ」
 涙で潤んだ情熱的な双眸、薄紅色に上気した頬は、決して暑さからくるものだけではない。流水紋の青扇子を左手で優雅に操り、右手には三色団子が食べられる気配もなく握られている。
「へぇ」
 生返事を返した方の陰陽師は、かれこれ一時間近くこの姿勢のままだった。
とっくの昔に餅を食し、水出し冷茶も飲み干し、茶屋の看板娘を口先三寸でからかう事にもあきていた。墓穴を掘ったとはよく聞く台詞だ。今回の『愛しの君』はどうだった、と興味本位で尋ねたのが迂闊だった、と舌を噛んだ所で後の祭り。
「殺すべき相手だった。けれど私は愛していた。あの命の輝きを。けれどー」
「なぁ柚子平。ひとつ言っとくぞ」
「何でしょうか、霧雨クン」
 延々と惚気同然の世迷いごとを並べていた男に向かって、霧雨と呼ばれた陰陽師は立ち上がった。
 背負った空気は、正しく仁王。
「お前はビョーキだ。職業病だ。さもなくば変態だ。いいやもしかしたら、お前は既にある種のアヤカシなのかもしれんな。兎も角、こういう茶屋でアヤカシに焦がれるのはやめろ、ご近所様が怯えるだろう!」
 変わり者が多い、と公然とした評価がある中において、アヤカシを愛でながら嬉々として討伐に向かい、時として体を壊しかねないほど寝食忘れて研究に没頭する親友に、激しい不安を抱く霧雨がいた。
 親身になってくれる友人の言葉を、柚子平も右耳から左耳へ聞き流す。
「何を言います、霧雨君。あれほど未知の可能性にあふれた魅惑的な生物はいません。生涯を通して、わが魂はアヤカシのモノ!」
 思いが通じない乙女心とは、多分これに似ているに違いない。
 交錯する心。すれ違う言葉。あぁそれなんて恋物語。
 霧雨は拳を握り締めて大地に崩れた。
「く、いつになったらお前はアヤカシから生身の女に興味を示してくれるんだ。お前に文で告白する女相手に、一体何度、身代わりで返事を書いたと思う。繊細な女の子を傷つけず、柔らかく包んで、美しい思い出にするには……って、聞いてんのかコラ」
 全く聞いていなかった。
 今度は隣のお客さんを捕まえて、まるで愛しい女に焦がれるような口ぶりのままアヤカシ討伐の様を語る。何しろ長時間話を聞かないと、柚子平の熱意の対象が女ではないという事に気づけない。
 加茂王様ーぁ、と故国の方向を向いて冗談をかます段階もとうに過ぎた。

 駄目だこいつ。
 今のうちに、なんとかしないと。

 世話焼きの青年の足元に、ひらりと舞って来たのは一枚の案内だ。
 しばらくじっと耳を傾けて、はっと我に返る。
「使える。これは使えるぞ! 柚子平!」
 振り向いた親友は悦に入っていたので、平手打ちをかまして覚醒させる。
「はぶうぇべば」(訳『なんですか』)
「ちょっとツラかせ。そのむさ苦しい熱意とゆがんだ哀、冷水で冷ましてやるよ」
 二人の陰陽師は開拓者ギルドの方向へと消えたそうだ。 

 その日、開拓者ギルドに一枚の募集広告が張り出された。
 神楽の都から、少々離れた山の麓。暑い季節には避暑地として名の知れた場所で、じきに納涼床……つまり川面の上のお食事どころが期間限定でオープンする予定なのだそうだが、何しろ小さいとはいえ山、そして昨今のアヤカシ被害に伴い、毎年納涼床を行う沢が安全かどうかを、百戦錬磨の開拓者たちに調べてほしいという。
 もしアヤカシがいれば、勿論根絶やしにさせること。
 納涼床に適した場所を探し出すこと。
 この二つを条件に、あとは自由にしていいそうだ。
 小山の麓から沢を上って滝へ向かい、降りてくるまでの丸一日。

 バカンス気分で行ってみるのも悪くない。


■参加者一覧
/ 煙巻(ia0007) / 天津疾也(ia0019) / 神町・桜(ia0020) / 万木・朱璃(ia0029) / 川那辺 由愛(ia0068) / 鷺ノ宮 月夜(ia0073) / 雪ノ下・悪食丸(ia0074) / 野乃宮・涼霞(ia0176) / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 犬神・彼方(ia0218) / 劉 天藍(ia0293) / 羅喉丸(ia0347) / シュラハトリア・M(ia0352) / 朱璃阿(ia0464) / 橘 琉璃(ia0472) / 玖堂 真影(ia0490) / 貉(ia0585) / 柚乃(ia0638) / 四条 司(ia0673) / 篠田 紅雪(ia0704) / 玖堂 羽郁(ia0862) / 天宮 蓮華(ia0992) / 阿羅々木・弥一郎(ia1014) / 星乙女 セリア(ia1066) / 悪来 ユガ(ia1076) / 弔来 南無八(ia1095) / 玲璃(ia1114) / 華美羅(ia1119) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 水鏡 雪彼(ia1207) / 紬 柳斎(ia1231) / クロウ(ia1278) / 巴 渓(ia1334) / 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 皇 りょう(ia1673) / 千王寺 焔(ia1839) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 忌蟲(ia1937) / 水津(ia2177) / 雲野 大地(ia2230) / 土蜘蛛 悪堕禍(ia2343) / 星風 珠光(ia2391) / ルオウ(ia2445) / 辟田 脩次朗(ia2472) / 細越(ia2522) / 水月(ia2566) / 烏珠丸(ia2576) / 犬神 狛(ia2995) / 黎乃壬弥(ia3249) / バイ モーミェン(ia3333) / 銀嶺徒花(ia3429) / 百目鬼 浄眼(ia3615) / 飛天狗 五百房(ia3741) / 柏木 くるみ(ia3836) / 天牛(ia3974) / 黒鳳(ia4132) / 陽胡 斎(ia4164) / 陽胡 恵(ia4165) / 荒井一徹(ia4274


■リプレイ本文

アヤカシ退治と納涼床に適した場所の捜索。
 それが仕事の全てだった。特に難しい内容ではない。
「ここにアヤカシがいんのか? 俺はサムライのルオウ。よろしくな!」
 ルオウ(ia2445)はこれから登る山を見上げた。そして村人と固い握手を交わす。
「あら懐かしい。故郷で体の弱い姉様の為に、ちぃ姉様が毎年造ってくれていたんです。景色の良い場所が宜しいですね、滝壺とか。でも、お年寄りや小さな子も連れて来れそうな場所とか、山を荒らされないように山菜の見えない場所も‥‥是非お任せください」
 礼野 真夢紀(ia1144)が地元住民の手をしっかりと握った。

 いざ沢を登る前に点呼を取ってみると、総勢六十名。
 迷い人探しか、或いは山狩り同然の光景だった。星風 珠光(ia2391)が頬をかく。
「これだけ大勢だと、ボクら、何か手柄をたてられるかどうか。きみは体調管理は万全?」
 同行者である千王寺 焔(ia1839)を仰ぎ見た。任せろとでも言いたげな赤い瞳が頼もしい。仕事が終われば魚釣りを楽しみたいらしく準備も万端なようだった。
「ここの沢は魚が釣れると思うか? まあ、まずは仕事だな」
「アヤカシに遭遇しないとも限らないし。道中で、ボクらの戦い方でも決めておこうか」
 こうして大勢の開拓者が調査に乗り出した。

「仕事がてらの息抜きというのもそう悪くはない。最近は戦闘続き故、存分に羽を伸ばさせて貰おうか。仕事は勿論するとして、よい石、いや良い場所はないものか」
 煙巻(ia0007)の口は仕事に忠実だったが、視線は願望に忠実だった。物凄く真剣に見えるが、その獲物を狙う獣のような目つきは、明らかに石材を探し求めていた。
「おお! なんと良い石」
 まるで誘惑されたような後ろ姿が、唐突にかき消えた。否、水に沈んだ。深い。
「ぎゃーあぁぁあぁ!」
「異常なし、異常なしっと。楽な仕事で俺、本当に幸せ。お、食えそうな草だ。採れるときにとっとかねぇとナ。いつ食えなくなるかわからんし」
 川縁を貉(ia0585)が歩いていく。悲鳴など聞こえなかったように通り過ぎていった。

「そこに殿方が嵌っていました。水の中を進む場合には注意したほうがよさそうです」
 深みにはまった男を救出して戻ってきた土蜘蛛 悪堕禍(ia2343)はといえば、はしゃぎ廻る烏珠丸(ia2576)に目を細めていた。心なしか微笑んでいるようにも見える。
「沢で水に入ったまま行くのじゃ! 涼しいのじゃ! アシダカ達に任せるのじゃ!」
「まっくろすけ待ってーっ! アシダカさんが戻ってきた! みんなで楽しく行こう!」
 戻ってきた悪堕禍に、バイ モーミェン(ia3333)は手を振った。悪堕禍も応える。
「自然の気に満ちた場所を往くのは良いものです。仲間達との道行きも心の安らぎ。幼子の元気な様子は心安らぎます。そういえば、柚子平殿達の姿が見えぬような」
 烏珠丸が声をかけていたはずだが、何処にも姿が見えない。
「ああ、教育に‥‥行くのだそうよ。滝壺あたりで、また会うでしょう。それにしても、自然の中に在るのが‥‥一番ね。空気も美味しいし‥‥風が気持ちよいわ。このまま此処で、暮らせたら‥‥なんて、ね」
 お弁当を持つ忌蟲(ia1937)が瞼を閉じた。頬を撫でる薫風に、全てを忘れたくなる。
「山の暮らしを思い出します。冷たい清水、実る山菜、獣たちの声音‥‥いけない、納涼床にふさわしい場所を探す、でしたね。さあ、いきましょう」
 銀嶺徒花(ia3429)が再び歩を進めた。
 納涼床は、中流ぐらいが良いのかしらね。そんな忌蟲の声から、場所探しは再開された。

 当然、仕事と全く異なる意図を持った者も混じっている。
「シュラハ。お主余り、はしゃぐでないぞ。足場も泥濘んでおる」
 神町・桜(ia0020)は真っ先に進んでいくシュラハトリア・M(ia0352)の動きを制す。
「大丈夫、桜おねぇちゃんのお手々しっかりもってるもぉおん。それにぃ‥‥みんな一緒に落ちたらぁ、冷たくってぇ、イロイロ気持ちいいかもぉ」
 色を帯びた眼差しに寒気が走る。身の危険を感じずにはいられない。
 緊張感を孕んだ会話の真後ろで、川那辺 由愛(ia0068)が納涼床の候補地を探し歩きながら、ふと、同行者二人の姿を注視した。やがて沸き上がる優越感に胸を張る。
「あっはっは、背の高さ、この中ではあたしが一番ね!」
 地面は若干、傾斜がかっていた。普段はあまり気にとめない身長にも益々違いがあるように思えるから不思議だ。誇らしげに声を上げた由愛に、シュラハが意地悪く微笑む。
「そぉいえばぁ‥‥シュラハ達の中だと、由愛おねぇちゃんが一番背が高いんだよねぇ。それでも他と比べればちっちゃいしぃ。お胸はシュラハの方がずっとおっきぃけどぉ〜」
「まったくじゃ、由愛の胸は年の割に‥‥嘆かわしいのぉ」
 便乗して桜が頷く。由愛の心に亀裂が走った。
「あ、あ、あ、あ〜な〜た〜た〜ちぃ〜! 覚悟しなさい」
「あぁん。由愛おねぇちゃん、怒っちゃいやぁん。せめてもっと優しくし、あ」
 冗談を交えて後退したシュラハが、片足を踏み外した。
 後ろは川。激しい水音。
 手を繋いでいた三人は、膝まで深さのある川の中へと落ちていく。

 そんな刺激的な乙女達の光景に、いてもたってもいられない若者がいた。
 運命の出会い募集中の雪ノ下・悪食丸(ia0074)である。仕事は頭の中にあったが、暑気払いを楽しもうと決めていた。沢を登る好みの女性を見つけては、単独参加か確認し、あの手この手でちょっかいを出す婚活ならぬ恋活っぷりが、端から見ていて涙を誘う。
「すみません。そこのおサムライさま」
 遠くから可憐な声が耳に届く。足をくじいた朱璃阿(ia0464)だった。
「山道なんて歩かないから疲れちゃった‥‥途中まででいいからおぶって頂けるかしら」
 赤い瞳に溢れんばかりの涙。露出過多な装束を纏った豊満な肢体に、惑わされない男がいたら出会ってみたい。悩殺された彼に一つ問題があった。相手の方が背が高かったのだ。
「俺に任せてくれ。見かけはこんなだが、体力には自信がある」
 本職万歳。若干の身長差など、燃える男にとっては障害にならないらしい。
 今日は一日、素敵な時間が過ごせそうな気がする!
 と思ったかどうかは定かではない。

 何も水に落ちたシュラハ達に感化されたのは、雪ノ下達だけではなかった。
 水鏡 絵梨乃(ia0191)は「あの子をお持ち帰りできたら、どんなに幸せだろうな」と木陰で溜息をついていた。ああ、混ざりたい。抱きしめたい。怪しげな衝動を腹の底で燻らせており、近寄りがたい雰囲気が漂っていた。
 とはいえ、世の中には類は友を呼ぶという、面白い言葉がある。
 絵梨乃の後ろから、耳にフッと甘い吐息を吹きかけたのは華美羅(ia1119)だった。
 驚いてふり返った絵梨乃に、華美羅が宣う。
「私と同じく、あっち、見てましたよね。暑い中、逞しい男性の裸か、胸の大きい女性でもみて涼むしかないですよね! 目の保養ですーっ!」
 それは果たして涼めるのかという疑問はさておき。
「というわけで一緒にいきませんか?」

 そして一連の大騒ぎに遭遇した皇 りょう(ia1673)はというと、これ以上ないほど頬を赤面させて、足早に通り過ぎていく。見ている方が羞恥心を煽られる。
「仲睦まじ過ぎたり、肌の露出が多すぎたりと、見ていられない御仁がこれほど多いとは」
「具合でも悪いのですか? 俯いて心臓など抑えて。顔が赤い。熱がおありですか?」
 突然顔を覗き込んできた。
 女性と見まごう容姿の男性は、今日一日、治療班に徹しようと決意を固めた玲璃(ia1114)だった。先程から怪我をした仲間達に、献身的な働きっぷりを発揮している。横道にそれる者が多い中で、模範中の模範者だった。
「私は怪我をした方の治療を担当しています。毒にでも当てられているなら手当を」
「な、何も! 疲れてしまっただけなのだ! さ、さぁ! さらに上を目指すとしようか」
 命短し恋せよ乙女。
 一瞬ぽかんとした玲璃だったが、皇の具合が悪いと思い、ゆっくりと後を追った。

 ところで、誰よりも先行して沢を登った二人組がいた。
 それはもう、獣のような勢いで。理由は、人が多いと魚が逃げるから。
「沢登りかぁ‥‥うん、楽しんでぇいきたいねぇ」
 頭の片隅にアヤカシ退治の文字はあった。けれど実際、アヤカシに遭遇しない。地元の人間の杞憂ではないかと感じていた。
 そして食料調達という重要使命を掲げて始めた魚釣りだったが、初めてやった釣りがうまくいくと、これがまた面白く感じてしまう。最初は阿羅々木・弥一郎(ia1014)に手ほどきを受けていた犬神・彼方(ia0218)であったが、何故か今日は阿羅々木ではなく、犬神に運が向いているらしい。真横はこんもりと魚の山だ。
「万年文無しの身としては、狩猟だろうが、採集だろうがなりふり構ってられねーんですよ? 働かざる者食うべからずってーのが徹底してっとはいえ、何故俺より数が」
「何をぶつくさ言ってるんだね。きっと釣りたて焼きたては美味しいだろうなぁ、滝壺の辺りで誰か焚き火してたら、そこで焼かせて貰おうかね」
 長閑な時間が過ぎてゆく。

 アヤカシ退治や納涼床の下見と入っても、場所は沢だ。楽しみ方は千差万別である。玖堂 真影(ia0490)は時折、沢から離れ、景色の良い場所や山菜の在処を探して廻っていた。
「羽郁、こっちに来てみなさい」
「何だよ、姉ちゃん。ん? へー、こんな場所に群生してるんだな」
 姉と共に仕事を受けた弟、玖堂 羽郁(ia0862)はといえば、忠実に書き残していく。走り書きでも後でまとめればいいし、遠く離れた場所に納涼床を造るなら、そこまでの道順や足下の善し悪しも大事な事だ。姉ちゃんいくよ、と羽郁は真影に手をさしだした。

 嵐のような一団が去った後、長閑な森を楽しむように歩きながら、沢の様子を見ていたものがいた。ひんやりと冷たい川の水に、篠田 紅雪(ia0704)の白磁の指先が沈む。
「涼しい、な」
 犬神 狛(ia2995)が目を奪われた。呟きを拾って我に返り、慌てて咳払い一つ。
「うむ、涼しくて良い場所じゃな。今度は仕事ではなく‥‥し、私用で来たいものだ。出来れば‥‥二人、で、な」
「‥‥? 仕事だが‥‥骨休め、出来そう、だ、な」
 なかなか通じない鈍足恋模様。
 乙女心も複雑だったが、男もなかなか大変な様である。

 あれもいい、これも美味しい。
 そんな風に収穫していくと、いつしか空だった籠は山菜で満杯になっていた。時折『私、あきらかに毒持ってます!』と自己主張の激しい野草を見つけては「あれは魔の山菜ですわ。私は騙されません」とかなんとか。天宮 蓮華(ia0992)が闘志を燃やしながら山菜と向き合っていた。柏木 くるみ(ia3836)は黙々と山菜取りの手伝いをしていく。
「滝壺の辺りに到着したらご飯にしましょう。山菜料理がお口に合えばいいのですが」
「美味しい山菜料理が食べられるなら、幸せ」
 忙しい旅と事件に揉まれる狭間の休息に、彼女達もまた有意義な一時を過ごしていた。

「此処を描いたら、次を探しに行かなくちゃ。素敵な水辺‥‥落っこちたりしないように」
 依頼人に地図もかねて手渡そうと考えているらしい。水月(ia2566)は余り時間をかけないようにと注意しながらも、繊細な指先で様子を描いていく。
 そんな水月の目の前を横切る沢蟹を追いかけて、クロウ(ia1278)は川に落ちた。
 沢は滑ります。苔は凶器です。そんな言葉を贈られても、役に立たなければ意味がない。
「うへぇ、下着までやられた。あ、でも涼しいな。これ。ん? なぁ何やってんだ?」
 クロウが発見したのは「お前なんか一生亀と接吻してろ!」と大声を上げる霧雨と、正座させられた柚子平、そして通りすがりの陽胡 斎(ia4164)と陽胡 恵(ia4165)、羅喉丸(ia0347)だった。
 随分、何人も巻き込んだらしい。
 声をかけたのが運の尽き。どうも柚子平を薄着の美女達の所へ蹴り飛ばしたのだが『アヤカシの方が美しい』と呟いたそうで、霧雨は平手打ちを食らうわ、教育にならないわ‥‥と霧雨はさめざめと泣く。斎と恵が溜息を零す。
「霧雨お兄さん。ご心痛分かります。私が抱いているものとは少々違いますが」
「もう柚子平お兄ちゃんの再教育とかどっちでもいいんじゃない? 時期とか考えてさ」
 右から左へ話を聞き流したクロウも、困っているのなら手伝う、とイイ笑顔を向けた。
「‥‥面白陰陽師の二人組って、あなた達のこと?」
 唐突に可憐な声がした。いつのまにか柚乃(ia0638)が背後に立っていた。驚愕した霧雨が柚子平にしがみつく。様にならない格好は、大の大人にしては嘆かわしい姿だった。
「柚乃もお話に混ぜて?」
「ん? 君、俺に興味があるの? そうか、ついにこの霧雨様の時代が来たんだな!」
 どーん、と胸を張ったのは良かったが、四肢の拘束を解かれ、自由になった柚子平の姿が消えていた。
「あの魅惑的な存在、素晴らしいとは思いませんか!」
「は? 僕に話しかけてんのか? なんなんだ。え、誰だっけ?」
 突然、通りすがりで捕まった四条 司(ia0673)が不憫すぎる。今に始まった話ではなかったが、あまりの熱弁ぶりに気圧されて、次第に耳を傾けていく。そんな四条の姿を哀れに思いながら、霧雨は「すまない、俺にはもう、とめられないんだ」と芝居がかった涙をこぼす。溜息を零した柚乃が「止めてくるわ」と歩みだした。
「やめとけよ。お嬢さん、捕まるぜ」
「ばば様の話はもっと‥‥もっと長いの。だから、これくらい平気」
「お年寄りの話って眠くて長いよな。いやむしろ名も知らぬ若者が身を挺して柚子平の相手をしてくれている事に感謝して、柚乃君は俺と行こう。さ。物事には犠牲がつきものだ」
「ってオィコラ。僕を見捨てるな」
 柚子平の妙なところに気付いた四条が自力で脱出し、ついでに霧雨に手刀をかました。
「霧雨さん。こいつにアヤカシの恐怖って教えられないんだろうか」
「あー先刻、巴 渓(ia1334)って女子が、命の教訓を語ってくれたんだが、聞くと思うか?」
 四条の眼差しが死んだ魚のような目になった。
 ついでに柚乃と斎と恵も黙った。
「「「「‥‥『アヤカシの為なら死ねます』?」」」」
「流石、分かっていらっしゃる。あ、涙が」
「さぁて。俺は目に見えるアヤカシがいなくても、目に見えぬ不安という名のアヤカシを退治しにいくか。途中で山菜でも見つけたら、夕食の時に持ち寄ろう。食事は滝壺で」
 霧雨と柚子平にそう告げて、羅喉丸はひらりと森の奥へ消えていく。

 滝の周辺では色々な楽しみを享受できる。
 恵みの水は冷たく、透き通っていた。滝の水飛沫が大気を白く覆い尽くしているが、衣服が湿ることはない。薄霧のような視界の中で、止め処なく落ちていく滝は絶景といえた。
 硬い岩の上に腰を落ち着けた鷺ノ宮 月夜(ia0073)は、素足を足首まで水に浸す。持参した酒を手に、木陰に守られた場所で澄んだ空気を吸い込んだ。
「‥‥はぁ〜。冷たくて、気持ち良い。此処まで来て良かった」
 細越(ia2522)の様に、ひたすらに滝に打たれて修行をしている者もいる。
 とはいえ、滝本体は大きいし水だまりの中で立ったり据わったりできようはずがない。滝に合流せず、岩の割れ目を伝って小滝担っている場所をみつけては、窪んだ岩の所に腰を下ろして目を瞑っていた。
「ああ、焔の輝き、癒されます、もっと燃えなさい! もっともっと激しく!」
 一見、近づくのが躊躇われるほど怪しげな焚き火をしている水津(ia2177)だが、滝壺の傍なら山火事の可能性は低くなるだろうと言うことと、水浴びで冷えた体を温めたい開拓者に温もりを分けているところを見ると、ある意味、焚き火は有意義に使われている。

 何より、彼女の焚き火は意外なところで大活躍していた。
 ある集団が火種を分けて欲しい、と声をかけてきた。しかも滝壺に到達して和んでいる人々の多くに、是非来て欲しいと声をかけて廻っていた。
 特に山菜取りをしていた者達は、例外なく彼らの元へ足を運び、大宴会になっていた。
「沢山の方々が山菜をお持ちになって下さったので、天麩羅は沢山ありますよ。さぁ、皆さん頂きましょう! 遠慮しないで」
 万木・朱璃(ia0029)が声を張り上げる。滝壺の一角に出現したのは、流し素麺の簡易台だった。樹の中央を抜いてつなぎ合わせ、傾斜を付けただけであったが、これがまた目立つ。
「朱璃ちゃん、お手手綺麗ー? 準備良い? じゃ、皆が楽しく食べて貰えますように!」
 水鏡 雪彼(ia1207)が小分けにした麺を流し始めた。
「万木さんから流し素麺が食べられると聞いてきたが、設営から手伝わされるとは聞いてなかったぞ、全く。弖志峰は俺を撲殺しようとするし。しかし、美味いな」
 御樹青嵐(ia1669)が小言を漏らしながら食事にありつく。弖志峰 直羽(ia1884)は終着点に器をおいて、麺をすくい取った。そして‥‥何故か劉 天藍(ia0293)の背に隠れる。
「だからわざとじゃないって、青ちゃん。機嫌なおしてよ〜。うん、皆で作った食事って美味しいな〜、幸せだ」
「直羽さん、先刻から俺を盾にして何をやってるんだ。うん、労働の後に食べるとさすがに美味いな」
「麺汁に手間暇かけた甲斐がありました。ああ、そんな! また素麺を取り損ねました」
「箸が止まっているからだ。こうして流れてくる素麺を素早く、うむ。美味い! 折角であるし天麩羅も頂いていくか。足繁く通いたくなる。良い暑さしのぎだなぁ」
 野乃宮・涼霞(ia0176)を見た紬 柳斎(ia1231)が、流し素麺のコツを語る。しかしまぁいつの間にか大勢で賑わうことになり、星乙女 セリア(ia1066)の両目に涙が堪り始めた。
「私まだ一口も‥‥ううっ、良いのです。サムライは食わねど高楊枝なのです」
 想定した人数より材料が少ない。山菜が大量に持ち寄られているので腹は満たされるが、肝心の麺が食べられないのは問題だ。そんな時、黎乃壬弥(ia3249)がすっと椀を差し出す。
「何、昔娘も同じ事をしたのさ。遠慮せず食べると良い。さておき‥‥きみ大丈夫か?」
「‥‥はい、夏ばてなんです。とてつもなく、ああ、ひんやりすてき‥‥」
 露草(ia1350)が冷えた麺を幸せそうに啜っていた。

 飛天狗 五百房(ia3741)の表情は伺い知れないが、杯があけば、のっそりと近づく。
「カシラ」
 短く声をかけて酒をつぎ足す。悪来 ユガ(ia1076)は瞬く間に酒を空にした。
「かーっ、うめぇ! 熱い日差しに冷てぇ水飛沫! でっけぇ滝とくりゃ、酒だろ!」
「ユガちん、おっさんみたーい。しっかし、あっちーね。みんなは水浴びしないの?」
「ユガ、おまえ、もっと飲め。ほらほらほらー」
 黒鳳(ia4132)が益々悪来に絡む。天牛(ia3974)が不思議そうに回りを見たが、借りてきた楽琵琶を奏でるのに忙しい百目鬼 浄眼(ia3615)は集中していたし、諫め役として同行した弔来 南無八(ia1095)は気を遣いすぎて疲れ果て、静かに酒を飲んでいた。
「きゃははは! じゃあ、カミキリが一番乗りー!」
 何のためらいもなく。天牛は滝壺に飛び込んだ。
 滝自体の高さもなく水深がある分、大した怪我をしないのは確かであったが、突然のことに皆が杯や道具をおいて覗き込んだ。やがて滝壺から浮かんできた天牛が仲間に向かって手を振ると、皆がほっとした表情になり、‥‥何故か悪来だけが唇をつり上げた。
「手前ら‥‥全員落ちやがれ!」
 ほろ酔い状態にあった者達が、次々と落下していく。抵抗しようにも、悪来の悪戯の早さが勝った。借りてきた楽琵琶を落とさなくて良かった、と呟いた百目鬼は天を見上げ。
「まぁ、被るなら汚らわしいアヤカシの残滓ではなくて冷たい水の方がいいのは確かだわ」
「あ・く・ら・い」
 悪戯が過ぎると苦言を呈した弔来に、悪来が悪びれもせずに笑って見せた。
「最高の涼だぜ。だろう? アタシらは戦ってなんぼだが、息抜きも必要だな」
 掻き上げた黒髪から零れる水が、陽光に煌めく。

 さて、そんな悪来の悪戯の余波を食らったのが、付近で釣りをしていた橘 琉璃(ia0472)だった。異性と見まごう美貌が、ずぶ濡れである。まぁ干していれば、帰宅までに乾くだろう。水も滴るいい女、とはよく言ったものだが、滝壺の中では裸同然の格好で泳ぐ者達も多く、暫く昼寝がてら滝壺付近の岩で寝ころんでいた荒井一徹(ia4274)は、顔を真っ赤にして視線を空に戻した。初々しい反応ではあるが、時々、雲野 大地(ia2230)のような猛者もいる。
「眼福、眼福、女性陣の水浴びを眺めるのは良いものです」
 人生を三倍は得して生きていそうだ。
 辟田 脩次朗(ia2472)は目の保養、には興味がないようで頭に巻いていた手拭いを解き、冷水に浸して全身を拭いていた。やがて持参した握り飯を口に押し込むと、騒ぎはさておいて納涼床に適した場所を探しに出かけた。職務に忠実な男である。

 こうして山の調査が終わった。
 一応、納涼床の実施推奨場所とアヤカシはいない報告はなされたようである。
 ただ、水浴びは最高です、山菜が美味しかった、山は楽しかったです。等々見当違いの報告がなされた上に、何故か暫く、地元で山菜取りが禁止になったそうである。