【白原祭】男の娘と氷像
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/26 18:18



■オープニング本文

 白原祭の季節になると、星の数の白い花が白原川を埋め尽くす。
 蝉の鳴き声も心を躍らせ、彼方此方で氷菓子が売れていく。
「ハッパラ、ハスヲ、ミナモニナガセ‥‥」
 威勢のいい掛け声と花笠太鼓の勇壮な祭の音色。
 夏の花で華やかに彩られた山車を先頭に、艶やかな衣装と純白の花をあしらった花笠を手にした踊り手が、白螺鈿の大通りを舞台に群舞を繰り広げていく。いかに美しく華やかに飾るかが、この大行列の重要なところでもある。
 人の賑わう大通りの空には、色鮮やかに煌めく吹き流しが風に揺れている。巨大な鞠に人の背丈ほどの長さのある短冊が無数に付いており、じっと目を凝らすと、吹き流しの短冊には様々な願い事が書いてあった。

 ここは五行東方、白螺鈿。
 五行国家有数の穀倉地帯として成長した街だ。
 今は急成長を遂げたとはいえ、元々娯楽が少ない田舎の町だったこの地域では、お墓参りの際、久しぶりに集まる親戚と共に盛大に宴を執り行うようになり、いつしかそれはお祭り騒ぎへと変化していった。
 賑やかな『白原祭』の決まり事はたったひとつ。

『祭の参加者は、白い蓮の花を一輪、身につけて過ごすこと』

 手に持ったり、ポケットにいれたり、髪飾りにしたり。
 身につけた蓮の花は一年間の身の汚れ、病や怪我、不運などを吸い取り、持ち主を清らかにしてくれると信じられていた。その為、一日の最期は、母なる白原川に、蓮の花を流す。
 白原川は『白螺鈿』の街開発と共に年々汚れている為、泳いだり魚を釣ったりすることはできない。しかし祭の時期になると、川は一面、白い花で満たされ続け、ほんのりと花香る幻想的な景色になることで広く知られていた。

 そして今年も8月10日から25日にかけて白原祭が開かれる。

 + + +


 おとこのむすめ。

 という言葉を、あなたはご存じだろうか?

 言葉をもう少々変えると『男の娘』という言葉になる。
 ちなみに清楚可憐なお嬢様をお持ちのお父様では、断じてナイ。

 愛らしい女の子、或いは絶世の美女に見える歴とした男性を、褒め称える意味で使われる。
 男性が好きとかそういうものとは少々違い、彼らは普段は身も心も立派な紳士であり、時には愛する女性や妻が居る。ただちょっと流行の化粧や、美しい衣装に強い興味があり、現実の女性よりも美しく装うことに対して、恐るべき執念を燃やしていることが多い。
 年齢不詳の美女に声をかけたら、なんと低い声でしゃべり出した。
 そんな驚きも見慣れてしまうと日常になる。

 さて。
 現在、白原祭が行われているこの街は、如彩家四人の兄弟が町を発展させるために奮闘中なのだが、四兄弟はそれぞれ色んな意味で有名であったりする。こと次男は、年寄りや一般の者達からは鼻つまみ者だが、町の命運を握る若者世代には異常なまでの人気を誇っていた。
 次男の名は、神楽。
 ぶっちゃけると、どこからどうみても。
 夜の飲み屋街を牛耳る、清楚可憐な男のムスメな御方である。

 それはさておき。

 現在、毎夜繰り広げられる、花と氷像の大行列。
 わざわざ開拓者を雇って、巨大な氷を作らせ、四方約三メートルに及ぶ四角い氷柱を作らせると、手慣れた氷職人と芸術家が一夜の傑作を作り出し、大量の夏の花と一緒に花車に乗せる。制作者本人もまた着飾って、氷像と共に大通りを練り歩く。
 動物であったり、植物であったり、想像上の生き物であったり。
 それは美しく、そして涼を与えてくれる名物だ。

 実はこれ。

 四兄弟の担当区が数日間ずつ担当しており、観光客を飽きさせぬ努力であることを知る者は少ない。大行列と一緒に大会も実施しており、各兄弟が保有する職人達や芸術的な技量を競い合わせる意図もあった。

 さて、くじ引きで長男と四男の担当がおわり、ついに次男の番になった。
 本来ならば他の兄弟に負けない作品の数々を送り出そうと意気込む日々。
 しかし、なんと毎年の芸術家を、養子の四男に横取りされていた。
「なんてこと! ええい、私は負けないわ!」
 オネェが怒るとマジで怖い。
 そして代理は?

「芸術ならばまかせたまえ!」
 キラキラと。
 無駄に輝く流れ者の美食家、憂汰さん。とその侍女。
 どうやらいいお家のお嬢様らしく、試しに作った氷像は素晴らしい出来だった。
 しかし、色々ときわどい。
 氷で出来た二人の乙女が、超薄着で立っていた。どうやら林の中らしい。そこに男装の憂汰さんが三人目として立ち、氷の器から果物をとりだして、艶やかに食べる仕草をしてみる。
「どうだい、ボクの芸術は!」
 あーっはっはっは、と響く高笑。全力で妖しい人だ。
 が、まぁコレもありかな、と思っちゃうあたりが神楽さんである。

 今まで氷像の作り手は、一緒に並び歩いて手を振るだけだった。
 しかし憂汰さんの出現をきっかけに、自分の地区代表者として出す氷像の芸術家たちを外部から集め『新しい氷像の芸術』を作らせて『異性の格好をさせる』ことを思いつく。まさか祭にまで己の店の特徴を出すのも、と躊躇っていた気持ちも一緒に吹き飛んでしまった。
 今は祭だ。
 面白くなくてはつまらない。
「正統派に縛られる必要はないわね。そんな規則ないし。男の子には女装して貰って、女の子には男装して貰えば、うちのお店の空気も出るわよね。いいわぁ、さっそく他の氷像を作る芸術家も集めなくっちゃ!」
 のり気の神楽は開拓者ギルドに依頼を出した。

『白原祭を盛り上げる、氷像の芸術家を求む』

 果たして如何なる氷像が集うのだろうか?


■参加者一覧
真亡・雫(ia0432
16歳・男・志
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
尾上 葵(ib0143
22歳・男・騎
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
ウィリアム・ハルゼー(ib4087
14歳・男・陰
Kyrie(ib5916
23歳・男・陰
ジャリード(ib6682
20歳・男・砂


■リプレイ本文

 美しい氷像と倒錯的な姿をした者達の饗宴が始まる‥‥と言いたい所なのだが。
 まず、皆さんに残念なお知らせがある。
 何があったかというと。

 問題のウィリアム・ハルゼー(ib4087)は‥‥‥‥あれだ、きっと真夏の暑さに、人として最低限、忘れてはいけない常識と理性を忘れたのだろう。
 彼は精巧な偽胸を愛用し、一見女子に見えた‥‥が、大切な部分を紐同然の布で隠すだけの破廉恥な姿に目を疑う。更に水飴と牛乳を練った液体を頭から被る。歪んだ表現意図について、一般人は考えるのをやめた。観客の子供達は「おねーさん寒そう」と心配する。
 ハルゼーは笑顔で暗幕をといた。
 彼に似た乙女の氷像が複数ある。恍惚とした表情で身を捩っている。うねうねした何かに絡まっている。所謂『触手にあーんなことやこーんな事をされている氷像』だった。
「やっぱりしょくしゅ。ですよね!」
 観客がざわめく。

 皆さん、思い出してほしい。
 白原祭は死者の弔いを華やかに彩り、無病息災を願いながら賑やかに過ごす意図がある。
 当然ながら幼子をつれたご家族が多い。
 町おこしをかねる為、各地の観光客が沢山いる。
 更に地主候補四人が祭を順番に担当し、力量を競っている。
 依頼主は確かに、女装や男装をさせ、一風変わった氷像を望んだ。しかし性犯罪を疑われる行動は要求していない。
 ハルゼーが何故、あえて人生を踏み外す決断をしたのか、理解に苦しむ。
 深刻な事態と判断した地主候補の四男が、ぱちんと指を弾くと、夜間護衛に雇った開拓者達が沢山現れて、破廉恥な姿のハルゼーごと猥褻物を瞬く間に撤去、連行した。
「神楽兄さん、後始末は私が引き受けましょう。口うるさい御老体達が『死者の侮辱だ、街の恥だ』と憤っていても、私が宥めてご覧にいれます。ふふふ、ひとつ貸しですね」
 笑顔で去る、四男の虎司馬。
 地主候補二人の力関係が一発で変化した。南無。
 皆さんは『妖艶な芸術』と『猥褻罪同然の露出衝動』を混同しない様に注意しよう。
 幼子も楽しんで見る公共の場で、何事も節度は必要である。

 それでは気を取り直して。渾身の芸術実況にいってみよう!


 ふふふふ、と。ハッド(ib0295)の異様な笑い声が聞こえる。
「このワタクシが、男の娘界においても王の威光を示すべきだと思いましてよ」
 業界の頂点に立とうとするハッド。目的の為ならば、手段を選ばない!
「天性の器用さと高貴さが与えたもうた、神の芸術をここへ!」
 花車に貼られた題名は『楽園の姉妹』!
 繊細な氷像は、薄着姿の二人の乙女だ。きちんと衣類を纏っているにも関わらず、くっきりと浮かび上がる体型が妖艶さを滲ませる。氷像の一方は華奢で背が高く髪を二つに束ねていた。もう一方はふくよかで同じく背が高く、長い髪を流していた。お互いに身を寄せ合い口づけ寸前の姿は、鏡越しのおしゃべりや、内緒話をしているようにも見える。
「さぁ私を見なさい!」
 氷像を見ろじゃないのか、というつっこみはさておいて。
 漆黒の手袋を含め、黒のひらんひらんの衣類で姫君を気取ったハッドは、七色の艶を放つ薄物のヴェールをかぶり、色鮮やかな七色の糸で織られた薄手のショールをなびかせ、黒い花にオニキスや金細工をあしらった髪飾りをしていた。勿論、脚線美際だつ黒のニーソックスだって忘れない! 銀糸で編まれた美しい靴は間違いなく女性用だ。
 時々ヴェールをめくりあげ『ちょっとだけですわよ』と素顔を見せていた。


 数々の戦場で競い合ってきた芸術の頂点。
 此度も御樹青嵐(ia1669)は負けるわけにはいかなかった。
『興味深い催しですね、感性が問われる場で‥‥私としては逃げる事を良しとしません』
 宿敵の憂汰を考えて、歪んだ情熱が燃え上がった御樹は一心不乱に氷に向かった。
 花車に貼られた題名は『美と麗と縁の饗宴』!
 森羅万象の美を切り取って思想を体現させるために選んだのは、月下美人の咲ける庭園風景! 与えられた氷柱を削るにしても、彫り道具が必要なくらい繊細な仕事だった。折れそうな美しき花々、一見無骨にも見える巌と、執念を感じる木々の再現!
「ここにある儚さとそれに相反する確かさ、一見嫋やかでありながらそれ以上の強さを持ったもの‥‥さあ月よ! 私の芸術を照らすのです!」
 渾身の語りを入れる、華美な花嫁衣装を着た男。
 腕には、もふらのぬいぐるみ。
 花も恥じらう二十一歳は、毎度おなじみ獣耳カチューシャを装備し、変装のつもりなのか眼鏡を身につけ、ありったけの宝飾品で全身を輝かせる。花嫁衣装ならば自慢の長身も覆い‥‥隠せなかった。見えたる銀糸で編まれた美しい靴は、明らかに女物である。例え衣類の下をのぞき込まれても大丈夫なように、情熱に燃える赤い女性用下着も装備した!
 ‥‥悲しいくらい、愛しい人には見せられない格好である。


 決して逃げない、女装は決して迷わない、念仏のように呟く尾上 葵(ib0143)は、人前では「開拓者たるもの云々」と自分を奮い立たせた。
「死を思い、その日その時、摘める花を摘め」
 花車に貼られた題名は『受難のヲトメ』!
 花十字の氷柱に磔刑に処されたヲトメがいる。乙女ではない、あくまでヲトメだ。
 薄物一枚のみを纏った、まだあどけない年頃の娘の足下には美幼ヲトメが蹲り、縋り付く。溶け流れる水は、血か涙を想起させ、なまめかしく滴り落ちていく。
「ヲトメの美はまさに刹那、儚い、けど美しいやろ」
 何処か遠い場所に思いをはせながらも、尾上の女装には迷いがない!
 お馴染みの桃色ノープルショーツから始まり、頭のてっぺんからつま先まで気合いをいれて着飾った。まずは黒い花に、オニキスや金細工をあしらった髪飾り。特徴的な桜の眼帯。首の装飾品が、縫い合わせた斬首痕を彷彿とさせる。肘上まである漆黒の手袋には金糸の刺繍が煌めき、手にした薔薇の花が注目を集める。丈の短いフリルつきスカートとコルセット風の皮胸当てがあしらわれた、ゴシックデザインのローブドレスを纏うところまでは凛々しいが、足下の猫足サンダルが何とも言えない。
「紅隻眼の葵様だわ! 前にお菓子たべさせてもらたのー! 葵さまー!」
 群衆に交じって聞こえてくる雄叫び。きっと喫茶店に勤めた時の客だろう。
 黒メイドの葵は、声の方向に微笑み、赤く染まった爪先で服の裾をつまみ、くるりと振り返り、鎌を掲げ二度笑った。楽器シルトラスを持ち出した頃には、余裕すら伺えた。


 皆さんお馴染みのエルディン・バウアー(ib0066)は大行列の前にこんな話をしていた。
『向日葵のオトメを踏まえ、教会でメイクしてシスターの格好をしてみたら、男性より熱い眼差しを受けました。今回も虜にしてしまうに違いありません!』
 きっと生暖かい視線か、危険な気配のする視線に違いないのだろうが、彼にとってそんなことは些細な問題だった。神の為、信者獲得の為、身を粉にして働く‥‥それは美徳!
『イケてる神父に、美しく女装した私、これで間違いなく信者が増えます!』
 猛烈に感じる、純粋だが斜めった信仰心。
 誰か、この布教の為には手段を選ばない迷える神父に、救いの手を。
 彼は『かっこよく十字架付きの杖を構える神父様』を氷像にした。どこからどう見ても彼自身だった。背中に輝く美しい四枚の翼。足下には相棒のもふらさまが鎮座している!
 花車に貼られた題名は『おいでませ天儀神教会』!
 上空にホーリーアローを放ったバウアーもまた、真っ白な絹布を優雅に広がる形でまとめた女神が纏うべき丈の長いワンピースドレスで女装をしている訳だが、頭部には真っ赤なリボンが存在を主張する。背中には一対の白い羽根があった。そして両腕に両足、全身あますところなく、無駄毛は、とぅるんとぅるんに綺麗に剃りきっていた。つけ睫毛でぱっちり輝く澄んだ瞳、ぷるるんと弾ける唇は化粧の賜、しっとり餅肌には金粉が煌めく。
 なんという気合いの入れ方だろう。
 持つべき自尊心を、完璧に振り切っている!
「これも教会を宣伝できる数少ない機会のため‥‥神よ、観客を虜にしてしまう私をお許しください」
 うっかり踊りすぎて桃色ショーツが見えても、輝ける彼は動じない。
 ウィンクと投げキッスで華麗に誤魔化す!


 そういえば大行列直前、Kyrie(ib5916)は吠えた。
『観客の皆さんに、大いに楽しんで頂きましょう! 私の装いと、氷像で!』
 気合いに満ちたKyrieは、女装に巫女装束を選んだ。
 白金に輝ける聖歌の冠、白の千早に緋色の巫女袴、絹と皮で作られた白い絲鞋を履き、
手には神楽鈴と扇子を持ち、はだけた胸元には、白く綺麗な石に皮紐を通して作られた首飾りが輝く。彼の通り過ぎた後に漂い香る、海のような爽やかな香り。
 そんな妖艶な美を、氷像が跡形もなく破壊する!
 氷の壁から突き出た巨大な二本の腕。指からは操り糸が伸び、等身大のKyrie立像へと繋がっている。巫女装束なKyrie氷像は着衣が激しく乱れ、目をひん剥き、指を鼻や口に突っ込み、渾身の変顔をしていた。
 花車に貼られた題名は『傀儡ノ巫女』!
 美しさとは少しばかり‥‥否、かなりかけ離れているが、変顔は小さな子供達に大人気だった。げらげら笑って同じ顔をしようとする。子供ってそういうものだ。
 そして氷像を作った巫女装束姿の当人は。
 神楽鈴を鳴らし、扇子を持ち、悠然と舞いながらゆっくりと歩く。
 変顔と対照的な真面目な踊りに、大人達は『何故、変顔を選んで作ったのだろう』と疑問符を飛ばしていたが、そんな凝視する眼差しにKyrieは、愛束花を投げ続けた。
 ちなみに。氷像制作中のKyrieは、初めての作業に恐れることもなく『イェアアア!』と雄叫びを上げながら、溢れ出るパッションをぶつけていたことを記しておく。


 女装義務を知った直後、真亡・雫(ia0432)は半泣きの頭で考えた。
『正直如何すれば‥‥いえ、引き受けた以上は完走するのが開拓者の務め。もう、なるようにしかなりません! やるだけやって、その後考えます!』
 開拓者の務め、という単語を繰り返す者が多いが、暗示には便利な言葉だ。頑張れ。
 彼の花車に貼られた題名は『水と心の物語』!
 巨大な氷柱に込められたるは、さざめく波、漂う貝、泡と水しぶきの一つ一つに至るまで、涙を拭って緻密に彫り上げた! 薄い氷の向こうを楽しげに泳ぐ海の生き物たち、そして空想上の生き物に自身の芸術を昇華させる!
「皆さん、ありがとう、ございます。楽しんでいってくださいね!」
 舞踏用の女性用薄地ドレスは涼しげな水色、ジルベリア産の女性用下着で胸があるようにみせつつ、氷像に合わせて雪の結晶を模した耳飾りをつけ、美しい指輪の数々が、声援に応えて手をふる旅に輝いた。
 観客を楽しませてこそ、と考えたのだろう。最初はひきつっていた笑顔も、途中で吹っ切れた。男性客には流し目を、女性客には微笑みを、はしゃぐ子供達には持ち前の器用さで驚愕の体裁きをみせた。大道芸の域である。


 続く後方は、ジャリード(ib6682)の山車だ。
 現れたのは、二足歩行で舞い踊る『もふらさま』氷像だった!
 タテガミに花を飾り、羽衣を自在に操り、うら若き乙女がやればさぞかし見栄えのするであろう芸術的な動きを、ゆるぅ〜い、もふらさまがやっている!
 花車に貼られた題名は『砂漠の花嫁(もふら的)』!
 そしてこの氷像を作り上げた本人は、亜麻のヴェールをかぶり、月蝕の指輪をはめ、硝子の花束を抱えて、もふら毛ドレスと透ける外套に包まれていた。
 バラージドレス「もふら」‥‥それは誰が考えたのか、首にはもふらさまを真似た赤い襟巻がついている。胸元や腰布はもっふもふでふわふわした、非常に動きにくい一品だ。ついでにもふらの毛を用いて作られた、アル=カマル風の飾り帯がイイ味を出している。
 何より注目すべきは偽胸があることだろう! つけてないと思えるほど面積の少ない布地で大きな谷間を作り出すことが特徴なホーリーカップブラ。一体どこから女性用の勝負下着を調達してきたのか、凛々しいジャリードに聞くのが怖い。頭部にエメラルドや翡翠を使って美しく飾られ、金の鎖でできたティアラ。細い足首には煌星のアンクレット。
 勿論、この暑さの中での勇者の装いを考慮し、のどを潤すべく岩清水の装備も完璧だ!
 極限状態のジャリードを支えるものはただ一つ。
 此処まで徹底した以上、仕上げまで完璧にするのが頂点を目指す職人だ!
「大丈夫だ、色々問題ない。既に、どうでもよくなってきた」
 道端でもふらさまを見てキャーキャー騒ぐ女性や子供達に愛想をふるのを忘れない!


 一部の失態を除き、氷像は恙なく任務を終えてとけていった。

 尚、開始直後に消えたハルゼーは、銭湯へ偽胸で突撃して男風呂を驚かす暇もなかった。
 ただでさえ魔の森に怯え、風評被害に遭いやすい田舎街の大切な祭で、猥褻物を陳列した為に反省文を書かされ、各所の年寄りや子持ちの奥様へ謝る作業に追われ、尚かつ雇い主の評判と立場を悪くした為に名誉毀損で依頼料はゼロ。依頼主こと地主候補の次男を再起困難な状態にしたことも考えれば、寛大な処置といえよう。消えた信用は高い授業料だ。


 この日、最も人気を集めたのは、大人も子供も癒されたジャリードの作品だった。
 芸術として素晴らしいと賞賛されたのは御樹の作品だが、御樹は行列の途中で現れた酔っぱらいをしばき倒して役所につきだした為、別な意味で注目もあびていた。

 ふと、打ち上げの席を見ると、真亡が泣き崩れている。
「心も体も疲れました‥‥お酒、摂取しても良いですか。ぅぅ、僕は普通の男の子に引き返せるのだろうか」
 ジャリードはとくとくと酒を注ぐ。
「‥‥お疲れ。こうなったら自棄酒だ! 着替えて二次会だな」
 キリリと誘うジャリードは、その後、何かもふらを見る度に何か考えているようだった。
 一方で、やりきった顔をしたハッドとKyrieは一仕事のご褒美にと、甘味処を巡ってお茶を飲む計画を立てている。
「この辺のお店の甘味巡りでもしたいですねぇ」
「ほほほ、お茶を楽しんでもよろしくてよ」
 ハッドは女装仕様が暫く続いた。
 ところで御樹は。
「そろそろ私の芸術的思想が勝ってきたと思いませんか」
「ふふふ、今回は君の執念に破れた。しかし世の中は流れ行くものさ!」
 相変わらず流れ者の憂汰さんと張り合っていた。横で侍女がお茶を注いでいる。
 尾上は雇い主に薔薇を送り、バウアーは衣装を着替えると露店を開いて『高くて薄い本』を売り始めた。表紙は露出過多な神父だが、中身はアヤカシ対戦記であったことだけ記しておく。

 氷像の勇者達が楽しむ華々しい白原祭は、まだまだこれからである。