|
■オープニング本文 白原祭の季節になると、星の数の白い花が白原川を埋め尽くす。 蝉の鳴き声も心を躍らせ、彼方此方で氷菓子が売れていく。 「ハッパラ、ハスヲ、ミナモニナガセ‥‥」 威勢のいい掛け声と花笠太鼓の勇壮な祭の音色。 夏の花で華やかに彩られた山車を先頭に、艶やかな衣装と純白の花をあしらった花笠を手にした踊り手が、白螺鈿の大通りを舞台に群舞を繰り広げていく。いかに美しく華やかに飾るかが、この大行列の重要なところでもある。 人の賑わう大通りの空には、色鮮やかに煌めく吹き流しが風に揺れている。巨大な鞠に人の背丈ほどの長さのある短冊が無数に付いており、じっと目を凝らすと、吹き流しの短冊には様々な願い事が書いてあった。 ここは五行東方、白螺鈿。 五行国家有数の穀倉地帯として成長した街だ。 今は急成長を遂げたとはいえ、元々娯楽が少ない田舎の町だったこの地域では、お墓参りの際、久しぶりに集まる親戚と共に盛大に宴を執り行うようになり、いつしかそれはお祭り騒ぎへと変化していった。 賑やかな『白原祭』の決まり事はたったひとつ。 『祭の参加者は、白い蓮の花を一輪、身につけて過ごすこと』 手に持ったり、ポケットにいれたり、髪飾りにしたり。 身につけた蓮の花は一年間の身の汚れ、病や怪我、不運などを吸い取り、持ち主を清らかにしてくれると信じられていた。その為、一日の最期は、母なる白原川に、蓮の花を流す。 白原川は『白螺鈿』の街開発と共に年々汚れている為、泳いだり魚を釣ったりすることはできない。しかし祭の時期になると、川は一面、白い花で満たされ続け、ほんのりと花香る幻想的な景色になることで広く知られていた。 そして今年も8月10日から25日にかけて白原祭が開かれる。 + + + さて、ここに一人の『超ぽっちゃりさん』だった人がいる。 名前を恵。 若くして飲食関係の事業を成功させた豪商の愛娘である。 それ故、幼い頃から美味しい物を食べ続けてきた。 肥えた舌先による助言は、父親の仕事に大きく貢献してきている。 しかし! 流行の化粧や着物で飾ったその巨体重量。 かつて100キロ。 これで背が高かったらまだ良かったのかも知れないが、背が低いと必然的に身長は横に伸びていく。 どこからどう見ても、おデぶ‥‥‥‥いや、立派なぽっちゃりさんだった。 そんな彼女に春が到来。 相手は、憧れの如彩神楽様。 実は少し前、白螺鈿の権力者である四人と面会があった。 その為、一ヶ月前からギルドから開拓者を呼びつけてダイエットの教官をさせるという、トンデモ技を繰り出したのである。 開拓者達の哀と涙と狂気の微笑みにより、何ヶ月も続いたに耐えた彼女。 やっとの思いでダイエットに成功した。 ただいまの重量。 およそ66キロ。 なんつーか『奇跡』である。 これにより偶然の奇跡が続く。 ちょっぴり、ふくよかな乙女、になった彼女を見初めたのは、如彩神楽ではなく、その上の長男の誉さんだった。 そう、誉さんは如彩家の長男である。 御歳32歳だが、多忙で嫁が出来る気配はない。 兄弟の中でも堅実な努力を美徳とし、昔ながらの義理堅い男である。 何より大事な取引相手。 彼は恵の父親に対して、彼女の姿勢を評価した。 『いえ、向上心に溢れる努力家の素晴らしいお嬢さんではありませんか。ふくよかさは女性の良いところだと思いますよ。健康的な美食の開発とあくなき探求心、時に自己を振り返り、新しい分野を求めて仕事に生かそうとする‥‥なかなか出来ることではありません』 実際はかなり違うのだが、物事を美化して伝えるのは罪ではない。 こうしてトントン拍子に縁談が決まった。 結婚式は祝い事なので、白原祭にあわせて盛大に執り行うという。 しかし! とんでもない事態が発生した! 「まりっじぶるー、というものをご存じでしょうか」 横文字に慣れない人からの発言に、目が点になる開拓者たち。 恵はなんと、結婚式を前に脱走! そして今までの鬱憤をはらすべく、飲食店立ち並ぶ賑やかな縁日で、夜な夜な現れては大食い活動を繰り返しているという。 『結婚して今の禁欲生活を一生続けるなんて、ムリよ‥‥最初から無理だったのよ! 食べられない生活なんていやあああああ!』 独身最後の思い出に。 と、一日の暴食を許したら止まらなくなってしまったとか。 このままではドレスと白無垢が入らなくなってしまう! 本職のシノビさんを延々雇っていたせいか、シノビさんたちの技をかなーり吸収してしまった彼女。 逃げるためには手段を選ばない。 むしろ食べるためなら命をかける! 手に負えなくなったので、捕まえてくれる開拓者を捜しているらしい。 「どうか、どうか娘を捕まえ、一週間で痩せさせて頂きたい!」 そう言うわけで、今回の指令が下された。 大量の人混みをくぐり抜けて、まりっじぶるーの恵を捕獲し、緊急ダイエットをさせて、誉との結婚を恙なく進むように、恵を再教育する。 白原祭を益々盛り上げる、結婚式。 果たして無事に式を上げることはできるのだろうか? |
■参加者一覧
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
アリアス・サーレク(ib0270)
20歳・男・砂
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
フィーナ・ウェンカー(ib0389)
20歳・女・魔
シーラ・シャトールノー(ib5285)
17歳・女・騎
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
Kyrie(ib5916)
23歳・男・陰
フレス(ib6696)
11歳・女・ジ |
■リプレイ本文 独身最後の夏、って響きが強い開放感を生む。 純白の蓮で満ちた里『白螺鈿』は、沢山の観光客で賑わっていた。 そんな人々の間をすり抜ける豪奢に着飾った娘。 彼女の名は恵。 豪商のワガママ娘だ。 「あんなところに‥‥みつけましたよ、恵さん。そう、そのまま進むがいいのです」 人混みの影から恵の様子を見守るフィーナ・ウェンカー(ib0389)は口元をつり上げる。 「まりっじぶるー? ふふ、笑止。人間の尊厳もろとも粉砕してあげるとしましょう」 邪悪な微笑みを浮かべたまま、ウェンカーは素早い身のこなしで夜祭りの一角に戻っていく。 彼女をはじめ顔が割れている一部の開拓者達は、捕獲完了まで裏方で働く。 そう。 大食い大会を開いて恵を呼び寄せるのだ! 『今の彼女は餓えた豚もとい獣、餌をぶら下げてやれば嫌でも食いついてくるであろうよ』 そう確信していた紬 柳斎(ia1231)達。恵の好みを調べて纏めたフレス(ib6696)達は恵の父親にかけあって、舞台と食材を調達してもらった。 結納金も吹っ飛ぶ準備だ。 『また逃げるとは‥‥まだ調教し切れていなかったか。よかろう、ならばまた捕まえて地獄を見せればよいだけだ!』 知らせを受けた紬の背中には情熱の炎が宿り、ハッド(ib0295)は溜息を零した。 『‥‥何故こうなった。と、問うた処で答えはあるまいて。愚かなる恵とやらに地獄の花嫁修業をしてやらねばなるまいて!』 情熱に燃える者達は良い。 中にはKyrie(ib5916)の様に変わり果てた者もいる。 『‥‥またか、またなのか!』 嘆かわしい! を、とっくに通り越した。 『あんの、めすぶ‥‥‥‥ぉぉぉぉおおおおお! 雌豚ァ! 何度、私の心を掻き乱せば気が済むのだ! 今回も徹底的にやらせてもらうぜァアアアア!』 ああ、完璧に壊れた。 話しかけると多少は正気に戻るものの『いいですね、大会。ブタがエサを見て食わずにいられる筈がない』と、キリリと言っちゃう辺りに、帰れなくなった人の片鱗をみる。 彼は氷霊結で氷を作る為に、転職までしてしまった。 暴食の恵、若き詩人の人生を変える。 そして大食い大会は開催された。 『必ず恵姉さまを捕まえて、きちっとダイエットさせて、結婚式に間に合わせるんだよ!』 いざ戦場へ。 凛々しいフレスは会場盛り上げ真っ最中だ。 エラト(ib5623)とシーラ・シャトールノー(ib5285)は裏で食事を作っている。 だが料理をしつつも耳に飛び込んでくる因縁を聞くと、シャトールノーは溜息を零した。 「聞けば聞くほど難儀なお方‥‥フィーナさん? なにを?」 「私は顔も割れていますし、料理も得意ではないので、飲み物の準備を、と」 聖母が如き輝きを纏いながら、飲み物にセイドで痺れ薬を混入する。 なんて恐ろしい! 物陰から会場の様子を見守るアリアス・サーレク(ib0270)は恵の容姿を見て唸った。 今は普通の小太り娘にしか見えないが、元々は100キロの体重と聞く。 「しかし、自重の三分の一を減量したとか‥‥人間の神秘を見るようだ。まあ、そこまで行けたんだ、もうちょっと頑張れば半分ぐらいまで行けるだろ、うん」 爽やかに状況を受け入れるサーレク。早速染まってきたようだ。 人が集まり盛り上がる大食い会場。 恵も予定通り足を止めて現れた。 ハッドは高みの見物を決め込んでいる。そう、観客から遠い高貝で様子を観察し『豚のように大食いする恵』を描く予定だ。いくら恵でもうら若き乙女。大量に蒔かれるなどと恥ずかしい行いには耐え切れまい、などと、危ない人も真っ青の監視っぷりだ。 紅色の舞踏衣装を纏った司会のフレスは、観客の視線を釘付けにしていた。 「胃が壊れるまで食べたいかー! 罰ゲームは怖くないかー!」 可憐な容姿と裏腹に、辛辣な台詞が顔を出す。 傍らに立つサーレクは『食通の解説者』の肩書きを纏い、美食家の恵に挑戦状を叩きつける。 火花散ってる、火花。 「輝かしい食を彩るのは、孤高の料理人シーラ・シャトールノーなんだよー!」 わあぁぁぁ、と歓声を浴びるシャトールノー。 しかし只今エラト先生が裏方で『恵専用、撃沈仕様の串焼き』を調理中だ。 激しい会場を舞台裏で支えるのが、慣れた市場で食材調達をしてきたエラトとシャトールノーな訳だが、ここで恵と食事を共にする人専用の極上串焼きの調理法を、全国の肉が食べたい奥様方にご解説申し上げる。 みんな真面目にメモの用意だ! まず新鮮で脂身のある肉を三センチ角程度に切り分け、刻んだネギ、生姜と山椒、塩、酢等で調味した天儀酒に一晩或いは一昼夜漬け込む。漬け込んだ肉を串に刺し炭火で焼く。 仕込みはかかるが至って簡単。 恵専用には、唐辛子を挽いて粉にした粉末を、超大量に練り込んだ極悪激辛のタレにまぶしてしまう。勿論、肉の芯まで辛味が染みこんでる。 余りにも凶悪な為、料理する方の目に涙が浮かぶ。 これではバレルということで機転を効かせたシャトールノーはうっすら味噌で包み、また実演で赤いソースが疑われないようにした。 大会の傍らでは、厚塗り化粧に異国の女装という姿のKyrieが、お変わり自由の超激甘菓子を用意していた。上質の砂糖に餡、恵にはもったいないと感じつつ、これを食べた分も減量させるのだなぁと、いう気分になってくる。 美味しい方の串焼きを食べたサーレク。 かっと目を見開く! 「まったりとしていてコクがある。それでいてしつこくない! 素直に美味しい。うむ、良い仕事だ。女将を呼べ!」 しかし恵専用の肉は辛い。 「うそおおぉおぉお! あんた舌がおかしげほ、ごほごほ、み、みず!」 手渡される命の水。 ウェンカー特性、痺れ薬入り茶。 「おやー? どうやら早くもおしまいかー! それでは救護班のみなさん、いってみよ!」 フレスの合図で、そそくさと恵は運ばれてしまった。残念。 目が覚めたとき、恵が見たもの。それは仁王立ちの紬達だった。 「なぁに、まりっじぶるーだなどと言ってられないくらいの地獄‥‥こほん、充実した一週間を過ごさせてやろうではないか。期間はわずか一週間、休んでいる暇は一切ない!」 地獄って言い切ったよ。 ハッドが脅し、かき氷食べてるウェンカーが事情をバラす。 Kyrieは跪いて微笑んだ。 「さて恵さん、人間ですから過ちを犯す事もあるでしょう。‥‥本当に雌豚に成り下がる前に、幸福な人生を送る為に、また特訓しましょうね」 優しげな微笑は悪魔の微笑みだ。 ついにKyrieは化粧を落とし、動き易い格好に着替えて特訓を開始した! 「恵さん。シノビの脱走術を身に付ける器用さがあるのですから、巫女の月歩位簡単に覚えられますよね? びしびしいきますよ! ポゥゥゥゥッ!」 そんな無茶な。 切れ味の鋭い踊りと、謎めく魂の雄叫びは長時間続いた。 しかし、それだけで済むはずがない! 「私の特訓中の食事は全て氷霊結で作った特製のもの。とっても健康的です」 転職してまで体得した、巫女の技術。 その神髄が込められた食事とは! その一、氷飯。かき氷が鎮座している。 その二、氷サラダ。碁石大の氷が皿に積まれていた。 その三、氷ステーキ。草履大の氷が、器用に焼き肉の形に掘られている。 右も左も全て氷だ。 凍てつく食事に込められた、Kyrieの怨念と執念を感じる。 「健康的な減量はきちっと食事とってそれ以上に運動することなんだって母様がいってた」 フレスは情熱的なジプシーダンスを教えていく。 勿論、短時間ではない。 体力尽きるまで、昼夜問わず踊り続けるのを繰り返す! 「情熱的ダンス身に着けたら色気も少し増すんだよ! きっと上手くいくんだよ!」 激しすぎる踊りに、贅肉が揺れる。 「食べられない事で鬱憤が溜まり、暴発して過食に走るのなら、別の所に発散口を作ろう」 用意したのは厚い皮手袋と毛布を折り畳んで貼り付けクッションにした盾。 「これは『撲身駆』と言う、泰国に伝わる美容法だ。さあ!」 キリリと真顔。 皆さんもゆっくり『撲身駆』とやらを読んでみよう。 本当か嘘かはご想像にお任せする。 サーレクは恵に手袋をはめさせ、足の運び方と殴り方を教え始めた。 動きが身に付いたところで庭の樹木に吊した砂袋を殴るよう命じる。 「脇を締め、やや内角を抉り込む! そうだ! 打つべし、打つべし、打つべし!」 本当に美容か、という突っ込みは厳禁だ。 「ではまず天墜で素振り五千回いってみよう!」 紬は恵のつまみ食いを防止しながら素振りをさせ、ふと思いついて猛烈に走らせた! 「こないでぇぇえぇぇ!」 恵の鬼気迫る叫び声の理由はというと。 「‥‥恵さん、確かにあなたは頑張って痩せた‥‥もう少し、もう少しだ! 拙者のようにドレスが似合う体になりたいとは思わぬか!」 美しく着飾った紬が、恵を追う。 しかしその手には。 「そんな刀を振り回す姿に憧れるわけないでしょおぉぉぉぉ!」 抜き身の刀身が戦慄を運ぶ。 曰く『油断したらどうなっても知らぬ』らしい。 「何を言う、これは愛の刀! 苦しみの先には幸せが待っている、さぁれっつびぎん!」 鬼教官達と恵の熾烈な戦いを癒すもの。 正しく美食! 交代で料理を作る、シャトールノー先生とエラト先生。 美しき二人による健康的美食に注目! 「そうね、減量に非常に効果のある、唐辛子を使った料理を中心にしましょう。このシーラ・シャトールノー、料理人の誇りに誓って、断じて不味いとは言わせないわ!」 体に良い蒟蒻を使い唐辛子を、程良く効かせた前菜の数々。 焼いた白身魚に、馬鈴薯の千切りを少量の油で焼いたもので挟む。最期に添えた、辛味の効いたタレがうまみを引き出す。食後は甘草と卵の白身で作ったメレンゲだ。勿論、食べ過ぎはお腹を下すからと、基本、1食を少量で、1日5食に分けている。 シャトールノーは、仲間の皆も労う為に、とっておきのお菓子を用意した。 香ばしい豆の風味を効かせたブラン・マンジェ。 ちなみに恵には禁止である。 そしてエラト直伝料理といえば! 卵入り野菜炒め、豚肉と牛蒡の豚肉スープ、さんま丼。 「地道ですが、食事療法と運動後のマッサージ、ストレッチ等も大切です。嫁入り前なのですし、減量で学んだ食学を旦那様にいつか披露するのも良いのではないでしょうか?」 新たな料理は『アジのゴマ揚げ』だ! 鯵は開き、布で軽くふき水気を切り、塩や山椒をまぶす。次に小麦粉・溶き卵・ゴマとパン粉を順番につけ、油をひいた鍋で狐色になるまで揚げ焼くのだ。 完成したら大根おろしを添えて盛り付けるのが大切だ。 「大根はお肉の脂を落とし消化を促進し筋肉をつける手助けをします」 エラト特性料理の秘密。 是非、皆様も書きとめておくべし。 時間がないから、と。 ハッドは恵の父親に大鎧を用意させ、畑の土手を走らせた。 加えて縄跳び、腹筋、腕立て、そして、石の何かをひかせて大いに汗をかかせようと考えた! まぁしかし次第に速さが落ちるのは致し方ない現実だ。 「むーん、食べさせて食べた分だけノルマに加算するかの〜」 「そんな甘さは必要ありません。こうすればよいのです」 現れたウェンカーは聖女の微笑みでウシャンカ、毛皮の外套、防寒胴衣といった防寒グッズを身に付けさせる! 「分かっていますよ。恵さん。あなたが逞しくなったこと。サンダーなんて慣れてしまって恐ろしくもありませんよね。素直に走ってくれない、そんなあなたに。涙を拭いて厳しく指導するとしましょう」 ハッドが青い顔で止めに入る。 「く、くろ‥‥こ? 早まっては‥‥」 ぼかーん。ばりばりばり。 ハッドの隣に降りそそぐ雷! 落雷で張り裂ける松! 雷鳴の女帝、本領発揮。 恐るべきウェンカーは、今度はエルファイヤーを解き放った! 「きゃああああああああ!」 「ほーほっほっほ! さぁ、焼き豚になりたくなければ駄馬のように走りなさい!」 雷に、炎が加わる。 落下地点を巧みに操作しながら、限界を目指すウェンカーがいた。 良い子の皆さんは、マネをしてはいけません。 昼間の白螺鈿では、花車の大行列が行われている。 夏の花を飾った山車を競い合うのだ。 ある日の大行列で、先頭の花車には如彩家の長男、誉と、一回り年の離れた若い花嫁が祝福されながら手を振っていた。思わぬ催しに観光客も驚きつつ、二人の結婚を祝う。 花嫁が少々やつれているのは、近くから見ないと分からない。 「恵姉さま、きれーい。お祝いなんだよー!」 後続の花車に乗ったフレス達は、それぞれに着飾り、晴れ着の何処かに蓮の花をつけ、観光客めがけて、赤子の拳程度の大きさの丸餅を観客に投げまくっていた。 米どころ白螺鈿独特の風習で、祝いの餅は幸せのお裾分けにあたる。 尚、丸餅の裏には煮て洗って磨いた一文がめり込んでいる。 「そーれそーれ、持って帰って食べるのだぞ! ‥‥恵が、また逃げ出したら拙者たちに依頼がくるのかな。まぁそれはそれで楽しみだが」 花車の上で餅を投げながら呟く紬。 サーレクは青い空を仰ぐ。 「うーん。結婚後、旦那から嫁の手が早く重い、と言う苦情が来ても責任は取れない」 シャトールノーもエラトもKyrieも、花車の上で餅を蒔く。 地元の人々が歓声を上げながら祝いの丸餅を受け取る。 ウェンカーは腰をさすった。 「結構、重労働ですねぇ。あ、疲れて帰る前に、恵さんにはきちんと太ったら伺うといっておかなければなりませんね。ああ、忙しい、忙しい」 「女子は女子に容赦がないのぉ。我が輩は少なくとも丁寧に扱うものとは心得ておるぞっと。‥‥くろ子は人一倍、恐ろしいぞよ」 「あら、なにか言いました?」 歓声にかき消されているはずのハッドの独り言を、恐るべき勘の良さで拾うウェンカー。 花で溢れる大通り。幸福に満ちた花車。 新婚夫婦の騒動はこれからだということを、今はまだ、彼らは知らない。 |