【白原祭】白螺鈿の星宴
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 42人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/30 20:49



■オープニング本文

 白原祭の季節になると、星の数の白い花が白原川を埋め尽くす。
 蝉の鳴き声も心を躍らせ、彼方此方で氷菓子が売れていく。
「ハッパラ、ハスヲ、ミナモニナガセ‥‥」
 威勢のいい掛け声と花笠太鼓の勇壮な祭の音色。
 夏の花で華やかに彩られた山車を先頭に、艶やかな衣装と純白の花をあしらった花笠を手にした踊り手が、白螺鈿の大通りを舞台に群舞を繰り広げていく。いかに美しく華やかに飾るかが、この大行列の重要なところでもある。
 人の賑わう大通りの空には、色鮮やかに煌めく吹き流しが風に揺れている。巨大な鞠に人の背丈ほどの長さのある短冊が無数に付いており、じっと目を凝らすと、吹き流しの短冊には様々な願い事が書いてあった。

 ここは五行東方、白螺鈿。
 五行国家有数の穀倉地帯として成長した街だ。
 今は急成長を遂げたとはいえ、元々娯楽が少ない田舎の町だったこの地域では、お墓参りの際、久しぶりに集まる親戚と共に盛大に宴を執り行うようになり、いつしかそれはお祭り騒ぎへと変化していった。
 賑やかな『白原祭』の決まり事はたったひとつ。

『祭の参加者は、白い蓮の花を一輪、身につけて過ごすこと』

 手に持ったり、ポケットにいれたり、髪飾りにしたり。
 身につけた蓮の花は一年間の身の汚れ、病や怪我、不運などを吸い取り、持ち主を清らかにしてくれると信じられていた。その為、一日の最期は、母なる白原川に、蓮の花を流す。
 白原川は『白螺鈿』の街開発と共に年々汚れている為、泳いだり魚を釣ったりすることはできない。しかし祭の時期になると、川は一面、白い花で満たされ続け、ほんのりと花香る幻想的な景色になることで広く知られていた。

 そして今年も8月10日から25日にかけて白原祭が開かれる。

 + + +

「どなたかーどなたか、この日の昼間、お暇な方はいませんかー!」

 ギルドの受付が慌てた様子で人を呼び集めている。
 話を聞いてみると、どうやら祭のために送った警備の人間達が集団で食中毒になったらしい。
 流石は夏。
 物が傷みやすい時期だ。
「昼間のお仕事の後は遊んでて下さってかまいません! 人が沢山押し掛けていて、本当に人がいるんですぅぅぅぅ」
 情けない声で泣きつく受付。

 蓮の花で真っ白になった白原川には観光客がごったがえし、昼間は花で飾った山車の大行列を一目見ようと沢山の人間が行き交っている。祭が恙なく進むように昼間の警備の仕事をしてくれれば、夕方から深夜にかけて好き放題に遊んでいていいと言う。
「昨年末に新しい山道が開通して、今年は沢山の人がきているとか」
 正に猫の手も借りたい忙しさ。

「夜間にどんな楽しみがあるのかな。見所は?」
 曰く。
 昼間は切り花で満ちている白原川には、ぽつりぽつりと陽炎の羽根のように薄く切り出された蓮の花型蝋燭『花蝋燭』が水面に浮かび、満天の星空の下で優しく燃えながら香木の香りを人々のもとに運んでくれる。幻想的な光景は滅多に見られる物ではない。
 あちらこちらに灯した篝火で明るい、眠らぬ街。
 大通りでは昼間の花車に代わり、緻密な氷像の芸術が大通りを通り抜けてゆく。
 昼も夜も一向に減ることのない人混みの中、縁日で小魚を掬ったり、射的や軽食の屋台を遊び回れるという。

 こうして急いで白原祭へ出かけることになった。


■参加者一覧
/ 北條 黯羽(ia0072) / 犬神・彼方(ia0218) / 葛葉・アキラ(ia0255) / 鷲尾天斗(ia0371) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 九法 慧介(ia2194) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 倉城 紬(ia5229) / 若獅(ia5248) / 楊・夏蝶(ia5341) / ペケ(ia5365) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / レグ・フォルワード(ia9526) / フラウ・ノート(ib0009) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 玄間 北斗(ib0342) / 十野間 月与(ib0343) / 天霧 那流(ib0755) / アリスト・ローディル(ib0918) / 无(ib1198) / リア・コーンウォール(ib2667) / レビィ・JS(ib2821) / ミリート・ティナーファ(ib3308) / 十野間 修(ib3415) / シータル・ラートリー(ib4533) / ソウェル ノイラート(ib5397) / 緋那岐(ib5664) / 雪刃(ib5814) / 笹倉 靖(ib6125) / 泡雪(ib6239) / 椿鬼 蜜鈴(ib6311) / アムルタート(ib6632) / フレス(ib6696) / シャハマ(ib7081) / トィミトイ(ib7096) / SONSUN(ib7492


■リプレイ本文

 茜の空に、闇の帳が落ちる頃。
 白い蓮で埋め尽くされている白原川に、炎が灯る。
 蛍のように水面を踊る炎の正体は、花蝋燭だ。闇に隠されてしまう切り花の煌めきに代わり、陽炎の羽根の様に、薄く切り出した蝋の花弁を組み合わせて象られた繊細な花蝋燭は水面に浮かべることができ、香木の甘く懐かしい香りを蝋に閉じこめている。
 川に流す寸前に灯す炎が、ゆるりゆるりと花蝋燭を溶かす。
 夜風に舞う芳香が、人々の心を魅了してやまない。


 街の大通りを人々が行き交う。
 この数の人々は一体どこからきたのだろう。
 レビィ・JS(ib2821)は相棒のヒダマリを連れて道を急いだ。人で溢れる前に川へいきたい。そう急ぐ気持ちが、思わぬ失敗を招く。さっさと帰ろうとしていたトィミトイ(ib7096)に激突したのだ。
 慌てて謝って走り出そうとすると、飛び止められた。
 投げ渡された一輪の蓮。
「え? ‥‥あ、蓮を落とした! 助かるけど‥‥いいのかい? 自分のじゃ」
「見咎められて全体の責任になれば面倒だ」
 いまいちしっくりこない理由だったが「ありがとう! それじゃっ!」と走り出した。


 朱塗りの橋から白原川を見下ろすと、何処か不思議な気分になる。
「やはり美しいな。昼も夜も違う顔を見せてくれる川だ、そう思わないか紬殿」
「はい、リアさん。とても、心が和みますね! 先ほどは、ありがとうございました」
 雇われ先の台所を借りて弁当をこしらえ、蓮を受けとって街に出た。
 直後、倉城 紬(ia5229)は祭を暇そうにしている青年達に絡まれた。
 困り果てていた所を助けたのが、リア・コーンウォール(ib2667)だったのだ。
 喧嘩の腕がかなわないと分かって男達は逃げた。
「あの、お礼と申しますか、その、おむすびを沢山拵えたのですが」
「丁度小腹がすいていた。ひとつ頂こう」
 香木の香りに包まれる川の上で、楽しい食事の時間が始まった。


 白原川の上空をナディアと共に飛ぶシャハマ(ib7081)は、寝そべって目を閉じた。
 匂い立つ花蝋燭に包まれていると、安らぎを感じる。
 昼間の疲れや夏の暑さを忘れさせてくれた。花蝋燭を持って帰って湯船に浮かべたい‥‥と思ったのは、全て川に流した後のこと。
 微睡みの時間に身を委ねつつ、後で縁日で探そうと思う。
「流れる灯が、皆の願いを届けてくれますように」
 瞼の向こうに広がるのは、満天の星空に愛された夜だった。


 いつだって忙しい日々が私を追い立てる。
 ここ連日、アルーシュ・リトナ(ib0119)には休む暇もない。
 昼と夜の警備、そして農家のお手伝い。正直に言って目が回りそうだった。
 けれども忙しい毎日から、ほんの一時逃げ出して、辿り着いたのは花蝋燭が流れる白原川だ。
 胸一杯に空気を吸いこむ。
 心が震えた。ほろりと零れた涙は誰の為のものだったろう。
「私の手放しきれない恋心を どうか、誰か、‥‥いつになったら」
 甘い痛みは消えるのだろう?
 未練がある。思い出になりきれない。
 冷静な自分と、子供のように駄々をこねる幼さ。
 励ましてくれる友人を思い、彼女は一度祈って、身を翻す。


 傍らに立つ悪友を眺めて沸き立つ、この気持ちをなんと呼ぼう。
 白原祭の賑やかさに浮かれてか、目を離すとサボっている椿鬼 蜜鈴(ib6311)のお目付役をかねながらの警備に追われた笹倉 靖(ib6125)は、川縁で穴場をみつけて腰を下ろした。
 やはり酒を楽しみたい。
 祭の掟に沿って、仕事終わりにもらった蓮を身に纏う。
「ほらほら、ちょっと貸してみな? ‥‥よし、んじゃ、今度は蜜鈴がつけてー」
「では‥‥ほれ靖、わらわが直々に付けてやろうてな。手をお出し」
「犬か」
 という笹倉の返事に笑いながら、互いの手首に蓮の花をくくりつける。
「まぁ、何だかんだいいつつ、ついて来てくれてありがとさん」
 仕事のついで。
 僅かな時間しか楽しめない祭に誘って、一緒に来てくれるとは思っていなかったのだと。
「ふふ、祭は楽しまねばの。一刻の平穏を祝い、隊の皆の無事を願って‥‥乾杯じゃ」
 朱塗りの杯に月が浮かぶ。
 酒に痺れ薬をしこむ悪戯合戦は、まだ始まったばかりだ。


 大好きな人とただ一緒にいるだけで、とても幸せな気持ちになる。
「やぁ、綺麗だねぇ。天にある星の川もこんな感じなのかな」
「う、うん」
 九法 慧介(ia2194)はぎこちない雪刃(ib5814)の返事に気分を悪くすることもなく、目を細めて光景に魅入った。
 沢山の人々が、寄り添いながら白原川の縁に立っていた。
 甘い時間を楽しむ恋人達、の一組に数えるには、九法と雪刃はどこか一線をひいている。
 雪刃の落ち着かない視線に気づかない九法ではない。
 さて何をするきだろう、と様子を見守ってみると、少しずつ傍に寄り添い、恐る恐る腕を絡めてきた。
「‥‥えぇっと、慧介、退屈してない?」
「そうだなぁ。雪刃がよく見えないから‥‥退屈かな」
 仰天して戸惑う雪刃。
 面白そうに笑った九法は、雪刃を腕の中に閉じこめた。
 頬の辺りに口付ける。水面の蝋燭が、ぷしゅん、と音をたてて燃え尽きた。


 見慣れた服から装いを変えただけで、ふと別人に見えてしまうことがある。
 花蝋燭を持った葛葉・アキラ(ia0255)は、傍らを見上げる。
 鈍感なのか勘がいいのか分からない意中のアリスト・ローディル(ib0918)は、初めて知る文化を忘れない内に記憶しようと必死にメモをとっている。
 勿論、熱中して忘れられても気にならない。
 隣の浴衣が似合いすぎて、男前だ。
 いつもの長髪を三つ編みにし、先っぽに蓮を飾っているのが微笑ましい。
 露わになったうなじを辿れば、月光に照らされた凛々しい横顔が‥‥
「どうしたアキラ嬢、妙な顔をしているぞ」
「ひぇ? ‥‥う、うぅん! 何でも無いでっ! さ、花蝋燭。流さなね!」
 赤面した葛葉が走り出すと、ぬかるみに足を取られた。
 向かう先は、どうみても川だ。
「アキラ嬢!」
 間一髪で腕を掴んで引き戻す。
 葛葉の黒髪に飾っていた蓮だけが、ばしゃりと川に落ちた。
 力一杯引き戻した反動で、ローディルは葛葉を抱き抱えたまま尻餅をつく。
 本気で落ちるかと思った、と心臓が早鐘の様に脈打った。暫くして「大丈夫か?」と聞き返した辺りで、自分達の状態を思い知る。
 慌てて体を離して平謝りしたのは、ローディルが先だ。
「すまない! 今のはその、純粋に助けようとしただけで‥‥失礼した!」
 たった一瞬、感じた逞しい腕。厚い胸板。
 それは葛葉に馴染みの薄い『男性』を強く意識させた。
「わ、わかってる! アリストちゃんがひっぱってくれんかったら、うちは、うちは今頃」
 突然、葛葉の腹の虫が鳴った。
 妖しい空気は霧散し「なんでやー」と泣く声がする。
「‥‥食べたい物はあるか? 気にするな、奢る。ほら」
 ローディルは自分が身につけていた蓮を使い、葛葉の髪に飾り直した。


 昼間はとても暑かった所為だろうか。
 日の高い頃に聞けなかった蝉の鳴き声が、まさか夜でも聞けるなんて思わなかった。
 夫に寄り添う十野間 月与(ib0343)は、夜がもたらした幻想的な雰囲気に浸っていた。
 身を包むほどに匂い立つ香木、星屑を模した数多の白い花。
「何とも幻想的で素敵な光景ですね」
 十野間 修(ib3415)は妻に囁く。
「ええ、こんな素敵な光景なら‥‥いつまでも、一緒に見ていたいもんだね」
 花で満たされた白原川は、次から次へと人が集う。
 けれど不思議な事に、多くの人が川の傍を離れない。
 ある者は腰を下ろし、ある者は花を追いかけ、またある者は一夜の夢に杯を傾ける。
 この光景を愛する人々の気持ちが伝わる気がした。
 愛しい温もりに包まれながら、情熱的な抱擁と口づけに、日々の疲れを忘れてゆく。


 昼と一風違う夜の景色に微笑むフェンリエッタ(ib0018)は、岸辺で一人、花蝋燭を見つめていた。
 儚く輝く蛍のように。
 花蝋燭は短い時間を燃え尽きると、ほどけるように溶けて消えてしまう。
 その光景が胸を打った。
 人の命の煌めきに似ていた。
「もっと‥‥もっと強くならなくちゃ、私は命を諦めない、その為に、一つでも多く」
 救えるようにならなくては。
 この花蝋燭は、蓮の切り花は、白原川の氾濫で命を落とした人に捧げる花だと聞いた。
 自然の猛威は大切な人を奪い、気まぐれに病を運ぶ。
 無病息災を願うのも、そうした所から生まれたのだろう。
 人は脆い。一人は弱い。できる事には限りがある。
 それでも‥‥許された可能性を諦めたくはない。
「さてっと。そういえば昼間に現れた吹き流し泥棒は捕まったのでしたっけ? 何を思って、人の願いを盗んでゆくのかしら‥‥盗まれないと、いいのだけれど」
 首を傾げたフェンリエッタは短冊に願い事を書く為、街中へ歩き出した。

 夜も切り花を流すものと勘違いしていた和奏(ia8807)もまた、昼と違う光景にも祈りを捧げた後、人妖の光華姫を連れて町中の屋台へと向かった。



 ぐつぐつと煮た飴から漂う甘い香り。
 果実の味や色を付けて、職人が飴で絵を描いていく。
 名所、花や獣、蝶々に似顔絵。
 一筆書きを冷やせば、食べるのがもったいない繊細な飴細工が出来上がる。
 飴細工職人の鮮やかな腕前に目を輝かせた柚乃(ia0638)が、緋那岐(ib5664)の袖を引く。意味を悟った緋那岐は、蘆屋 東雲(iz0218)を振り返った。
「お近づきの印に寮長にも奢ります。おじさーん、妹と彼女にひとつ」
「じゃあ私、八曜丸がいい‥‥」
「では、お言葉に甘えて。私は蓮をお願いしましょう」
 へい、と笑った好々爺が、瞬く間に葦を中心に据えて『もふらさま』の飴細工を描いていく。真っ赤なタテガミは野苺のべっこう飴、真っ白な体は牛乳味、黒い鼻や目には黒ごまの香ばしさで。
 柚乃は道行く屋台であれこれと強請りながら、ふと呟く。
「お祭りの賑やかな雰囲気って好き。もしかしたら、誘われるように紛れた精霊がいるかも。ただ気づかないだけで‥‥あ、兄様、どこかに占い師のお店ないかな」
「どーかな。何処かにあるとは思うけど」
 祭の屋台は、街の端まで続いている。
 問題は見つけだせるかどうかだ。


 香ばしい匂いがアムルタート(ib6632)の食欲をくすぐる。
 香草で育てた地鶏の串焼き、牛の丸焼きから削ぎ落とした賽子肉。
 ほくほくの馬鈴薯には岩塩をふりかけ、炭火で焼いた香ばしい団子に甘くてしょっぱい卵味噌をぬって。
「あ、アレも食べてみたい! 豚肉まだ食べてない! 奢って兄ロリ〜」
「ッつーかよォ‥‥オマエ夜店で食いすぎだッつーの。また『太ったー』って泣き付いてもシラねーぞ! ああもぅ、今日の分の警備の報酬、なくなっちまうじゃねーか!」
 底なしの胃袋で鷲尾天斗(ia0371)を泣かせるアムルタートは、ただひたすらに食べ物ばかりを巡っていた。非難されても「まだ成長期だから大丈夫だも〜ん」の一言で言い返す。
 巨大な篝火を燃やす広場には、沢山の人が祭囃子に合わせて踊っていた。
「ちょっと踊ってくる〜」
 串類全てを鷲尾に持たせ、アムルタートは走り出す。
 振り回されるのも、悪くはない。
「まァ、たまには骨休めもいいかァ。めったにないもんなァ、こういう機会」
「やっぱり兄ロリも踊ろ!」
 大量の串焼きを持たされた状態で、鷲尾も人の渦にまきこまれていった。


 平垣の上へ猫の様に座り、髪に挿した蓮の花を風に遊ばせながら広場を眺めていたリエット・ネーヴ(ia8814)は、次第に人が集まり、薪から燃え上がる炎を見上げて上機嫌だった。
 くしゃみ一つして下を見下ろすと、蓮の花を甚平の懐に飾った瀬崎 静乃(ia4468)が通りかかった。
「うきゅ〜! 静乃ぉ、遊ぼ遊ぼ?」
「‥‥リエット、さん? この祭りに来ていたんだね‥‥そっか」
 折角だからと、二人で近くの屋台を回る。
「おぉお?! あれ、美味しそう。一緒に食べよ?」
「うん‥‥少し、食べようかな。ありがとうね」
「う! じゃ〜、おごってぇー!」
 とネーヴが叫んだ先は、瀬崎ではなく、アムルタートと一緒の鷲尾だった。
「ナンで俺がお前らの分まで‥‥ッつーか、お前等ミンナ食いすぎだッつーのよォ!」


 馴染みのない祭に心躍らせたフレス(ib6696)は、これと決めた串焼き団子を食べるか否か迷っていた。確かに昼間働いた。報酬は受け取った。
 しかしお小遣いには限界がある。
「いざ征かん屋台制覇! 俺も出資するから、遠慮なく食べようぜ」
「フレスちゃんいいわよ。奢るわよー! 流石米どころ、お団子絶品!」
 気前のいい若獅(ia5248)と楊・夏蝶(ia5341)の言葉に「そんなの悪いんだよ」と言いつつも、耳や尻尾は素直に動いていた。千切れんばかりに振っている。
 そんな愛らしさに癒される若獅と楊の二人。
 白螺鈿で幾度も働いた若獅は、地元の人しか知らない抜け道や、隠れた食事どころを案内して回った。
「夜のお祭りって、灯りがすごく幻想的で‥‥賑やかなんだけど、何だか夢見心地。あれ?」
 見慣れない店が並んでいる。行商人達の店だった。
 各地の珍しい小物や簪を持ち込んでいる。彩り鮮やかな身飾りの数々に、若い娘達が群がっていた。
 紅玉、藍玉、翡翠に真珠。金銀細工に瑪瑙をはめて。
「夏姉さま、これなぁに?」
「螺鈿の細工箱ね。みて、フレスちゃん。光の角度で色と輝きがかわるでしょ、これは天然の貝殻の色なのよ。あっちの蓮の花飾り綺麗、藍玉が雫の形なのね。こっちの絹織物もいい感じ、これは若獅ちゃんに似合いそう!」
「や、俺は綺麗に着飾るとか、ガラじゃないし眺めてるだけでも楽しいよ」
「えー絶対、似合うのに。こっちはフレスちゃんにぴったり、そういえば近くの五彩友禅だっけ、一回着てみたいわね。すっごく高いらしいけど」
 都では三十万文出しても、滅多に手に入らない五彩友禅。
 多くは富豪の娘が花嫁衣装に着ると言われる。裏の呉服屋が客寄せに店先へ出しているときいて、三人は見に行った。
 先日地主候補の長男、誉と結婚した豪商の娘が婚礼に纏ったらしい。
 美しき五彩友禅衣、着物には『雅』の名があった。
 五行の彩陣で染められた友禅反物の中でも、一級品『山中』の落款が記された贅沢な着物だった。紅、黄土、緑、藍、紫の艶麗の色彩が特徴で、凛と麗しい藍紫色の竜胆の花と葉と舞扇が描かれている。
「やーん、綺麗〜! 大通りでお披露目したみたいねー、花嫁さん、みたかったぁ」
「すげー、でも、こんな綺麗な着物、一度は着てみたいよなぁ」
「若獅姉さま、結婚すればいいんだよ!」
 そんな話題できゃいきゃい盛り上がるフレス達の隣を知り合いの二人が通り過ぎた。
 手を振ったが気づかれなかった。羨ましげに見送り、好きな人とお祭に来てみたいと呟く楊は、ふと思い浮かべた人物に焦り、慌てて首を振っていた。


 さて、菓子や小物を取れるのが、祭の遊戯だ。
「狙うは女性向けの景品! 麗しき那流ちゃんに捧ぐ!」
 男の自尊心をかけた大人げない戦いに挑むのは、弖志峰 直羽(ia1884)だ。
 気ままな一人祭を思いがけず彩った菫の花へ、感謝をこめつつ良いところを見せたい。
 天霧 那流(ib0755)が見守るなかで、弖志峰は勝負に出た。
 しかし何故か取れるのは駄菓子ばかり。そして玩具は、持ち前のお人好しが顔を出し、幼子にあげてしまった。
「那流ちゃん、ゴメンネ」
 しょぼーん、と膝を抱えて丸くなる弖志峰を、笑顔の天霧がなぐさめる。
「そんなことないわ、頑張ったじゃない。何もとれなかった女の子達だって喜んでたわ。お返しに奢るわね、何食べたい?」
 夕食に天麩羅を奢って貰った弖志峰は、さくさくした海老を噛みしめて幸せに浸った。
「ふーふーして食べさせてくれた天麩羅の味を‥‥俺は生涯忘れまい」
「大げさね、またつきあってあげるわよ」
 食べさせながら天霧の脳裏に別の男の顔が閃いたが、暫く考え込んで、ふっと笑った。


 仕事を終えて髪に蓮の花を飾り、屋台を回っていたフラウ・ノート(ib0009)は、胸元に蓮を飾ったシータル・ラートリー(ib4533)を発見して声をかけた。
「暇なら一緒にどう? 貴女がしんぱ‥‥いえ、楽しいと思うけど」
「シンパ? 構いませんわよ。一人よりも楽しいでしょうし」
 そしてノートの視線が、真っ赤な粉末にまみれた焼き肉っぽい謎の物体に注がれる。
「‥‥えっと。前も聞いたけど、辛くないの?」
「辛くありませんわ。むしろ香辛料が食欲を誘いますのよ」
 笑顔だ。食欲の域を超えている気がする。
 しかしそれ以上を問いかけるのをやめたノートは、気を取り直して屋台を巡り始めた。勿論、行く先々で調理法を調べる前に、傍らのラートリーが自前の香辛料を振りかけ、真っ赤な物体と化す食品に唖然とする事になる。


 ミリート・ティナーファ(ib3308)が射的で狙う駄菓子は百発百中。
 泡雪(ib6239)の輪投げだって外さない。
 何しろ、日々その腕でアヤカシと戦って生き残っているからだ。
 親子や人々の喝采を浴びながら、少し反則かもしれないとも考える。
 浴衣姿の二人は、両腕いっぱいの戦利品を手にしながら、屋台を回った。
「祭の時くらい童心に帰るのも良いですね。次は‥‥あら、ミリート様の黒蜜寒天入りの氷菓子、美味しそうですね。一口くださいませ。代わりに私の飴細工をどうぞ」
「あはっ、どーぞ。歩いてるだけでも楽しいんだから贅沢だね。食べ歩きもやめられない」
 祭の案内図を広げながら、道行く二人。


 ところで物陰のペケ(ia5365)は相変わらず消えた褌探しが忙しい。
「‥‥モフペッティさん、いっぱい食べさせてあげるのでいつもの補助宜しくです」
 早く見つけないと、自分が捕まる。そして安心して屋台食べ歩きの続きが出来ない。


 花笠を目深に被り、祭にあわせて蓮の花をあしらった着物を纏ったからす(ia6525)は、もふらさまの浮舟に騎乗して、ゆっくりと屋台を通り抜ける。
 祭の歌だって既に覚えた。
「ご機嫌だね。色々と酒やつまみを買い入れたことだし、道端で宴会している知り合いに差し入れにいこうか」
 普段と違う装いに、気づかれるか否か、そんな悪戯心がわいてくる。


 この日、再び短冊泥棒が現れた。
 高笑いを上げながら現れた謎の泥棒は「この短冊には我と同じ未来を望む者がいる!」とか訳の分からない言葉を発して、短冊のついた吹き流しを盗んでいった。
 ちなみに盗まれた吹き流しには数多くの願いがあったが、中でもローディルとフレスの短冊を握りしめて、泥棒が迷惑な講演会を繰り広げたことを記しておく。
 泥棒はその後も捕まっていない。



 篝火の薪がばちりと弾ける。
 飾られた白い花。運ばれる氷像。鳴り響く太鼓に、千の鈴の音。
 人の心を踊らせる白原祭がそこにはあった。


 仕事を終えた礼野 真夢紀(ia1144)は、大通りに出かけた。
 氷像を楽しみつつも、本年度の裏主題、男女逆転の扮装に同業者の姿を見たような不思議な気分を覚えつつ、甘味処の緋色の席で、いつものように近況報告を纏めた手紙をしたため始める。
「あ、まゆちゃ〜ん。こっちにきてたのだぁ〜?」
 蓮を腰帯にさした玄間 北斗(ib0342)が声をかけた。
 二言、三言、話す内に、まだ縁日や屋台を回っていないと分かると、暇なら一緒にどうだろうと誘う。
「美味しいものをいっぱい食べて歩こうなのだぁ〜、おすすめはきいてきたのだ!」
 ばーん、と通りで配られていた案内図を見せる。
 どうやら今回の手紙は長くなりそうだ。


「動かずにいると、飄霖も氷像のようにも見えるな。肩に氷像、少し新しいか」
 相棒の迅鷹に小さい蓮を飾り付けながら琥龍 蒼羅(ib0214)は大通りを振り仰いだ。
「夜でもこの賑わい、か。‥‥知人に声でもかけにいくか、な?」
 賑やかな宴の席に混じって、楽器を奏でるのも悪くはない。
 手みやげに何か、と縁日の方向を探すと、飄霖が屋台の方向に向かって一声鳴いた。


 ところで无(ib1198)は、先日の花車で世話になった『赤波組』の宴に同席していた。
 命の水‥‥もとい酒の誘いを断るわけにはいかない。
「蓮の花を流すのは、氾濫への弔いからなのか。多くの死者を出したとは難儀な話だ」
「さようで。しかし旦那も勤勉だねぇ」
 白原祭で大切な役目を果たしている白原川。
 実はこの川、増水に伴い、ここ数十年で何もない原っぱに自然に作られた細い川らしく、まだ歴史は百年とない。
 渡鳥金山から東南に向かってのびているが、川の大本を辿れば、北の黒辺川や五彩大川とも合流する。しかし数十年で川ができる増水量だ。2年か3年に一度、何れかの川が氾濫し、川の恵みで生きる近隣の村々は甚大な被害を受けるという。
「今年の雨季は無事でよかっ‥‥尾無狐、それはなんだ?」
 短冊に綴った暗号の文字に、首を捻る无がいた。


 仕事をしながら一頭席を取るのは、並大抵の大変さではない。
 心から着飾った。蓮の花も髪へさした。
 それなのに待ち合わせの時間が過ぎてもレグ・フォルワード(ia9526)は来なかった。
 一人寂しく氷像をみるという状態に耐えきれず、猛烈に怒って酒を飲みだしたソウェル ノイラート(ib5397)は、フォルワードが人混みをかき分けて到着した時には、完璧にできあがっていた。
 必死に謝り倒しても許さない。
「ずっと、ずっと待ってたんだから‥‥ふ、ぅ、うう〜! キリルのばかあぁぁぁあ!」
「なっ‥‥ちょ、こっち来い! その名前で呼ぶなって言っただろうが!」
 沢山待った。
 ずっと寂しかった。
 ただ会いたかっただけなのに、どうして怒られなければならないの?
 待たされたのは私なのに、っと。
 ノイラートは不満を爆発させ続ける。
 口づけで文句を誤魔化す相手が、とてもずるい。
 そして酔いの勢いだと分かっている口づけで、呆気にとられてしまう自分が悔しい。
 ふぃっと顔を逸らして睨む、酔っぱらいノイラート。困ったように頭を掻いたフォルワードは、邪魔なサングラスを外すと、ノイラートを抱き寄せて心から口付ける。
「祭の仕切り直しだ。今度こそ一緒にな」


 花車から撒かれた、白い花びらが空を舞う。
「この暑ぃ時期に氷像を拝めるたぁ、気分的に涼しくなれてありがたいさね。おや?」
 ひらひらと落ちた先は、道端に広げた緋色の特等席で北條 黯羽(ia0072)と肩を寄せ合う犬神・彼方(ia0218)の酒杯だ。
 優しい白が、琥珀色の古酒に波紋を描く。
「これを肴にいっぱい、ってぇいうのもいいなぁ」
 賑わう夏祭り。鈴の音に心が躍った。
 普段は一家のことや戦の話で忙しくとも、愛しい相手とふたりっきり、こうしてのんびり過ごすことも悪くない、としみじみ感じる。
「人混みに巻き込まれるのが最大の難点だが、旦那と一緒に居られるのなら些細な問題」
 言いかけて北條は我に返る。
「べ、別にデレてるわけじゃねぇぞ! 笑うなって! ああもう、彼方、呑め!」
 あたふたと取り繕い、無理に酒を勧めて、何もなかった風を装おうと試みる。
 酌をしたり酌をされたり。
 そんなじゃれあうような光景は、祭が許した一時の夢だ。
 先に酔いの回った北條を抱き起こした犬神は、うっすら上気した顔に囁く。
「やれやれ、俺ぇも良い思いはさせてもらうけどな?」
 ぱちんと音をたてた扇。
 篝火に照らされた二つの影が優しくとけあう。


 ここは五行の東、白螺鈿。
 夏が運んだ白原祭では、夢と現が甘く溶けあう。
 星空の宴は、永遠の輝きを放って、夜遅くまで続いたようだ。