【白原祭】白螺鈿の花祭
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 28人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/19 06:57



■オープニング本文

 白原祭の季節になると、星の数の白い花が白原川を埋め尽くす。
 蝉の鳴き声も心を躍らせ、彼方此方で氷菓子が売れていく。

「ハッパラ、ハスヲ、ミナモニナガセ‥‥」

 威勢のいい掛け声と花笠太鼓の勇壮な祭の音色。
 夏の花で華やかに彩られた山車を先頭に、艶やかな衣装と純白の花をあしらった花笠を手にした踊り手が、白螺鈿の大通りを舞台に群舞を繰り広げていく。いかに美しく華やかに飾るかが、この大行列の重要なところでもある。
 人の賑わう大通りの空には、色鮮やかに煌めく吹き流しが風に揺れている。巨大な鞠に人の背丈ほどの長さのある短冊が無数に付いており、じっと目を凝らすと、吹き流しの短冊には様々な願い事が書いてあった。

 ここは五行東方、白螺鈿。
 五行国家有数の穀倉地帯として成長した街だ。
 今は急成長を遂げたとはいえ、元々娯楽が少ない田舎の町だったこの地域では、お墓参りの際、久しぶりに集まる親戚と共に盛大に宴を執り行うようになり、いつしかそれはお祭り騒ぎへと変化していった。
 賑やかな『白原祭』の決まり事はたったひとつ。

『祭の参加者は、白い蓮の花を一輪、身につけて過ごすこと』

 手に持ったり、ポケットにいれたり、髪飾りにしたり。
 身につけた蓮の花は一年間の身の汚れ、病や怪我、不運などを吸い取り、持ち主を清らかにしてくれると信じられていた。その為、一日の最期は、母なる白原川に、蓮の花を流す。
 白原川は『白螺鈿』の街開発と共に年々汚れている為、泳いだり魚を釣ったりすることはできない。しかし祭の時期になると、川は一面、白い花で満たされ続け、ほんのりと花香る幻想的な景色になることで広く知られていた。

 そして今年も8月10日から25日にかけて白原祭が開かされる。

 + + +

「夜間の警備のお仕事がきてますね」
 昼間の警備は別に頼むが、夜間の警備が足りないとの話だった。
「昨年末に新しい山道が開通して、今年は沢山の人がくる見込みだそうです。昼間は遊んでて構わないから、夕方から集まって深夜まで街の大通りを警備してほしいとか」
 暇なら行ってみてはいかがでしょう、と受付は笑った。


■参加者一覧
/ 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 平野 譲治(ia5226) / 神鷹 弦一郎(ia5349) / 輝血(ia5431) / 神咲 六花(ia8361) / 和奏(ia8807) / 茜ヶ原 ほとり(ia9204) / フェンリエッタ(ib0018) / 龍馬・ロスチャイルド(ib0039) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 天霧 那流(ib0755) / ネネ(ib0892) / ノルティア(ib0983) / 无(ib1198) / 真名(ib1222) / 蓮 神音(ib2662) / ローゼリア(ib5674) / アムルタート(ib6632) / ネシェルケティ(ib6677) / サミラ=マクトゥーム(ib6837) / アルゥア=ネイ(ib6959) / シャンピニオン(ib7037) / シフォニア・L・ロール(ib7113) / トイフェル=ライヒェ(ib7143) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / マキ・クード(ib7389


■リプレイ本文

 水面を満たす、純白の花。
 朝露を浴びて水晶の煌めきを纏う無数の蓮は、ゆっくりと周りながら流されていく。

 一歩も前に進めないほどの人混みをかきわけ、小柄な少女は飛脚を頼んだ。
『お姉様、ちぃ姉様へ。白螺鈿の白原祭に行って参ります。と言っても夜間警備の合間の昼間の観光ですが』
 帰省の予定も書き込んで、次は蓮の花を流しに白原川へ向かう。
 普段は街の排水が流れ込む川も、今は白い花で満ちていた。
 複雑な思いを抱えながら、礼野 真夢紀(ia1144)は身につけていた白い蓮を水面へ投げ入れ、街の中へ戻っていく。

 龍馬・ロスチャイルド(ib0039)は朱塗りの橋を渡り、河川敷へと降りていった。
 まだ祭の神髄を拝む前だが、花で象られた現世の天の川に心惹かれて、近づいていく。
「これは想像以上に綺麗な光景ですね。心が洗われるようです」
 白原祭に訪れた人の数だけ、蓮の花が清めの為に流される。
 龍馬の傍らに立ったフェンリエッタ(ib0018)の帽子にも一輪の蓮が揺れている。
「今日は‥‥ここが花で満たされていくのを見てみたかったんです。少し早いですが、この川辺で昼食にしませんか?」
 お弁当を掲げて橋の日陰に誘う。
 隣に腰を下ろした龍馬も自前のお茶を「はい、どうぞ」と手渡した。
「ありがとうございます。‥‥あの、龍馬さんのお口に合うでしょうか」
 日頃の感謝を込めて腕をふるったお弁当。
 梅干しを入れた焼きおにぎりは、薫り高い味噌と黒ごまの二種類で飾った。爽やかな酸味が効いた胡瓜のピクルス。ご飯と合い挽き肉を葉野菜で巻き、特性スープでコトコト煮込んだジルベリアの郷土料理を口へ運べば、溢れる肉汁が口の中いっぱいに広がる。
「ん‥‥お世辞抜きで美味しいです、コレ。焼きおにぎりも香ばしくて」
 美味しい食事に美しい景色。
 ひとときの幸福を感じながら、二人は水面の蓮を眺めていた。
「蓮の花の一つ一つがきっと、皆の幸せへの願いの表れなんですね」
 そうですね、と呟きながら、龍馬は目映い笑顔を護り続けたいと願う。
 凛々しい横顔に「いつもありがとうございます」と囁いた。

 和やかで神秘的な白原川と異なり、大通りには沢山の人が集まり花車が列を為していた。
 白原祭では皆が蓮の花を一輪、飾っている。
 勿論、旅行客や旅人も例に漏れず、連れの家畜や相棒にも蓮を飾った。

 何事も形から。たった一輪でも祭の空気に酔える。
 やはり見知らぬ人々に陽気な声をかけられる機会は増えていく。
 例えそれが友好度を高めて聞き込み調査に一役買ってもらう為のつもりでいたとしても、時に祭で浮かれた酔っぱらいに出会うと予想外な結果を招く。
「どうしてこうなった」
 蓮を腰帯に差した无(ib1198)は、花にまみれて大通りを進んでいた。
 花車にのって。
 肩の尾無狐は同じく蓮を飾って貰った。それ故か調子に乗って拍手や黄色い声援に応えているが、主人は状況を把握しきれずぎこちなく手を振っている。
 女も子供も観光客も。
 まさか肩と背中に『赤波組』の文字が刻まれ、流水文様の真っ赤な揃い浴衣で派手に決めた男が、実は同じ観光客だなんて思いもすまい。
「白原祭の所以を調査しにきたはずだったが‥‥まぁ、体験してわかるものもあろう」
 考えるのをやめた无は、酒杯を傾けつつ花車の上で腕を振る。

 花車は各地区渾身の作品が多い。
 注目を集める為、観光客を乗せる花車も多かった。

 管狐の白嵐を連れた御樹青嵐(ia1669)と、人妖の文目を連れた輝血(ia5431)も地元民に混じって花車と共に歩いていた。相棒の白い毛皮に咲く蓮に心和みながら、髪に蓮を飾った愛しい輝血に目を奪われる。
「なにみてんの」
「勿論、輝血さんは言うまでもなくお似合いです」
「ありがと。一応お礼として一緒に踊ってあげる。太鼓のおじさーん、音頭とって!」
 白嵐と文目を花車に預け、蓮の花笠を持った御樹と輝血が花車の前へ進み出た。
 響き渡る笛の音、踊る太鼓。
 大人も子供も歓声を上げて列を為す。
 付け焼き刃の白原花笠音頭も、前方を進む先生役の四人の女性達を真似れば問題ない。
 ひとつでほい、ふたつでほい、白い花笠、くるりと持って、右に左に掲げて回って。
「一緒に唄う余裕が欲しい所ですが、間違えぬよう数えるので精一杯ですね」
「青嵐、右足と左足、間違えてる。‥‥賑やかだね、皆楽しそう。どんなことを思って踊ったりしてるのかな。あたしにはよく分からないや。まっ、楽しければいいかな」
 大通りの中央に立つと、両脇を埋め尽くす観光客がよく見える。
 皆が蓮を身につけ、笑顔だった。
「しかし、こう賑やかですと、某従者連れた男装の佳人など出没しそうですが‥‥また強敵と書いて友と呼ぶ的意味でまたお会いしたいですね」
「へぇ? 女と一緒にいる時に別の誰かを考えたりするんだ。青嵐、いい度胸してるね?」
「他の女性の事など考えてませんよ‥‥冷たい視線は勘弁頂けますとありがたいです」
 情けない声で踊りながら機嫌を伺う男に「冗談よ、多分ね」と悪戯っぽい返事が返る。

 男女の微笑ましい痴話喧嘩も祭の名物と言えるかもしれない。
 一方、喧嘩もなく踊りに徹する神咲 六花(ia8361)と石動 神音(ib2662)がいる。
「ほら。続きはこうだよ、神音。右に左で掲げて右回り、そう」
 手を取り、ぎこちなく教える神咲。
 二人の足下をちょろちょろと動き回るのは、主人から蓮を飾って貰った猫又のリデルとくれおぱとらだ。二匹とも「可愛いねー」とか「綺麗だね」と褒められて上機嫌だった。
「白螺鈿の踊りは初めてで上手く踊れるか心配だったけど、踊りきれたかな?」
 石動の額に輝く玉の汗。
 白い花笠を手に白原花笠音頭を一曲踊った神咲と石動は、花車の所へ戻ってきて、氷の浮いたお茶を蘆屋 東雲(iz0218)から受け取った。
「ありがとう、寮長。‥‥と、今は『東雲さん』のほうがいいかな」
「ありがとうございます。むー、神音も花車にのりたーい」
「ふふ、では交代ですね」
 町中で偶然遭遇した蘆屋を誘った神咲は、石動に紹介した後、花車の大行列に参加した。
 踊りが終わっても花車はゆっくりと大通りを進んでいく。蘆屋と入れ替わりで花車に乗った石動が花車から身を乗り出して観光客に手を振った。
「にーさま、とっても楽しーね! あ、後であそこのお店にいきたーい!」
「たまには、こういうのも悪くない、と思ってさ。うん? じゃ、後で行ってみようか」
 行きたい場所は沢山ある。
 問題は、時間の許す間に回りきれるかどうかだ。

 ところで。
 大通りにほど近い店で、べろんべろんに酔っているクード・マキ(ib7389)がいた。
 そんな酔っぱらいを介抱するのがケイウス=アルカーム(ib7387)である。
 マキは朝早くから賑わう町中を歩き、行列の出来そうな店を順番に回って、空腹を満たした所で白原川へ出かけた。そこで同郷の懐かしい友人に出会った。
『なんだケイ、居たのか? おーっ! サミラじゃねぇかー!』
『マ、キ? マキーっ! サミラまでっ』
『‥‥騒ぐなって』
 それがアルカームとサミラ=マクトゥーム(ib6837)である。マクトゥームの方はまだ白螺鈿へ到着したばかりで、連れと共に白銀に煌めく水面に幾ばくか感動していたところだった。三人で奇声をあげ、時に呆れられながら。ひとしきり懐かしみ、マクトゥームが連れていたノルティア(ib0983)を紹介し終えた後、美味しい店はあっちだと一緒に街へ戻ったのが呼び水となって、呑めや歌えやのバカ騒ぎに発展していた。
「マキちゃーん?」
「へへーっ、まつりはたのしーな」
 だめだ。完全に出来上がっている。助けを求めたアルカームは、それまで隣にいた二人が忽然といなくなったことに気づいた。見れば席を立っている。
「まだほんのさわりなのにね。さて、次は大通りの行列見に行くからまた後で、ね」
 ひらんと手を振って離れる行動が意味するもの。酔っぱらいが手を振る。
「おー、またなー?」
「サミラぁーっ! おいてくなぁぁっ」
 絶叫が遠ざかる。本日の貧乏くじはアルカームに決定だ。
「よかった‥‥の?」
 伺うノルティアにマクトゥームは笑って答えた。
「あはは、まだお祭り見たいからさ。二人はもう見て回ったみたいだから」
 見て回ったと言うより、マキの場合は食べ歩きまくった、が正しいのだろうが。
「そっか‥‥ん、と。あっち、行けば‥良いのかな? 花車が通るみたいだね」
「そうらしい。天儀の祭りは変わってるね、面白い」
 吹き流しと短冊が揺れる細い道を通り抜け、二人の視界が開ける。

 夏の花が路を彩る。
 屋根一面に蓮を飾った社型の花車は、柱骨に真紅に燃える鶏頭の花を飾り付けていた。
「お世話になっている農場でも花車を出せたらよかったのですけれど」
 アルーシュ・リトナ(ib0119)がぽつりと零す。
 白原祭は長期に渡る為、街を支える四兄弟の担当区が順番に催しを行っていた。
 現在は長男と四男の区が、こうして花車の大行列を初めとした催しの数々を担当中だ。
 まさか祭の終盤に縁の誘いで後々出る事になろうとは、この時はまだ考えもしていないリトナ。落ち込む姉を元気づけるのは真名(ib1222)とローゼリア(ib5674)だ。
「どこも賑やかね。さ、元気出して、姉さん。せっかくの祭だもの。楽しまなきゃ損よ」
 リトナの結い上げた髪に蓮を飾り直し、真名は浴衣の胸に大輪の蓮を飾った。
「お姉さま素敵ですわ〜! どこもかしこも白い花でいっぱい。この路も、街も、なんて綺麗なんでしょう、白螺鈿でこの様な祭りがあるとは、思いもよりませんでしたわ」
 蓮を髪飾りにしたローゼリアは、華やかな大通りを、幸せな気持ちで見渡す。
 開拓者は血生臭い事件にばかり関わる事が多い。そういう意味では、今まで何度か訪れているはずなのに、全く別世界にいるような‥‥そんな美しい光景だった。
 純白の蓮が運んだ桃源郷。
 夏に輝く、現世に花咲く夢。
「おーい、そこの三人娘。美人が笑顔を振り向いてくれないと張り合いがねぇぜ?」
 三人を乗せてくれた区長の男が、にっと笑って一声投げる。
 橙と緑。暮れゆく夕日のように色が移ろう浴衣には『稲荷組』の文字がある。この組には若い娘が少ないということで、リトナと真名、ローゼリアの三人は期待を一心に浴びていた。小さな子供や観光客が、真名達に向かって賢明に手を振っている。
「はーい、稲荷組をよろしくねー! 姉さん、向こうの通りに素敵な店が見えたわ」
「まぁ。淡く綺麗な紅や頬紅があれば欲しいと思っていました」
「アルーシュお姉さま。お仕事の前に、なんとか買いにいけましてよ」
 時にリトナの歌声を響かせて、花車は進んでいく。

『水面に流す、白き蓮。
 清きままに、現の憂いを抱き包み。
 川の行く果て、何処に消えん‥‥』

 華やかな花車を見守る者達の中には、より見晴らしのいい場所で宴を開く者達もいる。
 シフォニア・L・ロール(ib7113)とトイフェル=ライヒェ(ib7143)は普段は縁のない宴会にどっぷりと浸かっていた。熱狂する人々のざわめきと、目の前を次々に過ぎゆく花車を酒の肴に、町の出店で仕入れたつまみを陣取った場所いっぱいに広げる。
「‥‥偶には、こういうのも‥‥いいよな‥‥最近忙しくて‥‥ノンビリしたかったし」
 目のあった花車の人々に、蓮ごと手を軽く振った。
「お嬢ちゃん、持っているだけの花なんて勿体無いよ。トーフには黒がお決まりだが、黒に白は良く映えるものさ。はははっ」
 シフォニアは自分の蓮を手折ってトイフェルの髪に飾った。
 そんな様子をひやかす声と共に、花車から新しい蓮の花が一輪投げられる。
「俺はこんなナリだし、髪にはつけられんのだが‥‥好意はありがたく頂戴するとしよう」
 笑いの絶えないシフォニアと賑やかな花車を交互に眺めたトイフェルは、静かに目を細めた。目映い太陽が、遙か天上から花道を照らしている。

 街を飾る白、大通りを満たす花。
 路沿いの長椅子には真っ白な敷物が被せられていた。
 うっすらと織られた蓮の花が、太陽の光に反射して白銀に煌めく。
 髪に白い蓮を飾った天霧 那流(ib0755)は御彩・霧雨(iz0164)と共に大通りの長椅子で見物していた。神咲や石動といった知人を見つけて手を振るたび、遠距離から冷やかしをうける。勿論、祭囃子や歓声で声をかき消され、何を言っているのかは聞き取れない。
「やっぱり‥‥恋人みたいに見えるのかしら? こんな風にしてると?」
「そりゃまぁ、否定をしても信じてもらえそうにない格好なのは確かだなぁ」
 三色団子を頬張る霧雨。
 その腕に白い腕を絡めて頭を傾けた背中は、寄り添い合う恋人に見える。
 ただし二人の場合は単なる『独り身の会』で、二人を見つけて当惑する知人が面白くて先ほどからそのままだ。天霧は調子に乗って「はいあーん」と弁当を食べさせる。ふと抵抗無く飯を食べる男を眺めて『‥‥鯉の餌付けみたいね』と内心思った。
「ふふ、霧雨さん。私に食べさせてもらったからには、何か奢ってくれるわよね?」
「ええぇぇぇええ! お、おれ手持ちがそんなに」
「冗談よ。怯えなくてもいいじゃない? お祭‥‥付き合ってくれて、ありがとね」
 辛く厳しい戦いに身を置く日々の、ほんの一時。
 夕暮れまで続く和やかな時間は、輝かしい思い出の一つになるのだろう。

 花車の大行列を一目見ようと、人々が街の中心部に集う時間を狙って、ゆっくり蓮を眺めようと決めた者達は、こっそり白原川の河川敷へ足を運んでいた。
 身につけていた蓮を手折り、花で満ちる川に静かに流す。
 天高く昇った太陽の光が、時に蓮の花びらを透かしていた。綺麗な光景をネネ(ib0892)は脳裏に焼き付ける。式は陰陽師の意志の具現。もしかしたら仕事に生きるかも知れないと考える辺りは、研究熱心な性格の現れだ。
「願い事って、一人分とはきめられてませんよね」
 そう呟いて、同じ陰陽寮の皆の無病息災を祈った。祭で仲間に出会えたらいいな、とも。

 優しい日陰に腰掛け、心地よい風を感じる茜ヶ原 ほとり(ia9204)の膝には、藍の着流しに身を包む神鷹 弦一郎(ia5349)が頭を乗せて身を預けていた。瞼を瞑っても香る花の匂いは、幾万を越える白銀の花がなせる奇跡の技だ。
「蓮が綺麗‥‥弦一郎さん、風が気持ちいいね。まだお香の香りがするから、さっき流した蓮は近くにあるのかも」
 お香の粉をふりまいて川へ託した二人の蓮は、水面の何処にたゆたっているのかは分からない。けれど時折、気まぐれな方向に吹く夏風が、懐かしい匂いを運んでくる。
「綺麗だな‥‥いつまでも、こうしていたいですね。ほとりさん」
 煌めく水面。
 蓮に願った無病息災。
 優しい香りと温もりに包まれながら、二人は夏祭りを静かに感じていた。

 そんな川辺の恋人達を内心で羨むネシェルケティ(ib6677)は、樽のような巨体を揺らしながら白原川へ逃げてきた。
 異国の夏祭りには興味があるが、重要なのはイイ男探しだと豪語して憚らないこの男。
 いつも通りの厚化粧と、なれない特注の女物の浴衣で身を包んでみたものの、灼熱地獄と人混みの熱に早々に疲れ果てて、蓮を流しにやってきた。
「知る者も無く、文化もよく判らない祭りなんかに我ながらよく参加したわ‥‥占いも、この様子じゃゆっくり出来る様子じゃ無いし」
 口では慣れた毒舌が出るものの、ちゃっかり白原花笠音頭を体得した上、多少の差はあれど、祭は人類普遍、万国共通の営みであると考えていた。勿論、富と食と色への欲望を満たす目的は諦めていない。イイ男は目の保養だ。

 我が前に、現れいでよ、イイ男。
 ネシェルケティの願いを天が叶えたかは分からないが『イイ男』達が川辺を歩いていた。

「梅酢味噌を添えた鱧が美味しかった‥‥」
 和奏(ia8807)にとって、夏の風物詩と言えば鱧だった。
 人妖の光華姫を連れて鱧料理を堪能した和奏は、貰った蓮と仕入れた茉莉花を腕一杯に抱えて白原川へやってきた。純白の花々に顔を埋めて深呼吸すると、とても心が落ち着く。
「無病息災をお祈りするお祭なのでしたっけ‥‥では」
 一輪手折って空に投げると、ぱしゃりと蓮は水面へおちていく。
 光華姫も真似をした。
「皆さまが健やかに過ごせるようお祈りさせて頂きましょう」
 心に浮かぶ、友人達の顔。
 溢れんばかりの花の数だけ、よくばりな願いをしたくなる。

 そんな姿を遠巻きに眺めていた人妖の雪白は、いいなぁと羨む。
 だからという訳でもないが、気怠そうな酒々井 統真(ia0893)を白原川へ誘った。
 一応、白原祭ということで、一人一輪の白い蓮を持っている。
「夏祭り、か。白螺鈿じゃなけりゃぁフェルルと来たんだがなー」
「やれやれ、祭ぐらい手放しで楽しめばいいのに。あの人混みで見つかるわけないって」
「そうは言ってもなぁ。婚約者の芝居の件があるしな」
 故合って、というより仕事上の問題を警戒して、恋人を連れて来られなかった酒々井は、川縁に座り込むと、蓮を投げ入れてから、ごろりと横になった。
 何処までも青く澄み渡った空に、夏を象徴する入道雲が漂っている。
 こうしていると平和そのものだ。
「一人で酒飲んで騒ぐっつーのもなんかバカっぽいしな」
 さわさわと薫風が髪をさらう。
 遠くから響く鈴の音色が、争いの気配など微塵も感じさせないことが不思議だった。
 人々は笑っていた。
 街は賑わい、花で満ちていた。
 アヤカシに限らず、脅威から多くの街を護りたいと願うようになったのは‥‥果たして、いつからだっただろう。
「一年以上も前は、こっちの街のことなんか何も知らなかったもんなぁ。不思議なもんだ。さぁて、天奈は忙しくしてるだろうし、手みやげでも持っていってやるか。いくぞ雪白」
 酒々井は立ち上がって‥‥目を点にした。

 ところで平野 譲治(ia5226)は蓮の花を投げ入れて必死に祈った。
『自分の、家族の、仲間の、村の、街の、天儀の、世界の平和を祈るなりよっ!』
 その必死な姿は、健気に祈る女の子‥‥そう、久々に再会した姉に相談した結果、見事な少女の装いになっていた。桃色のワンピース、短髪につけ毛をして白い蓮を髪に飾り、うっすら化粧を施せば、少女の装いに近づく。花車見物の際、途中で知人を発見したので逃げてきたのだ。
 が、大勢の開拓者も訪れた白原祭だ。
 必死に祈って、いざ祭へ! と戻ろうとして、ばったり出会った顔見知り。
「‥‥おい? おまえ」
 何故、目の前に酒々井がいるのか。
 それどころか、少々離れた場所にほとりまで。
 滝のように流れる汗。
「わ、私はこれにて失礼します。何でも、何でもないなりよぉぉぉぉぉ!」
 絶叫しながら走り出した。

 ところで珍騒動と入れ替わりに、アルゥア=ネイ(ib6959)が花を流しにやってきた。
「私も何か出店できれば良かったのだけれど、お仕事なら仕方ないわよね。今年は普通に楽しもうと思って‥‥もちろん、お仕事もね? って、聞いてる?」
 ネイの傍らに立つのは、天霧と別れて出店を巡っていたはずの霧雨である。
「‥‥俺さ、一生分の幸運を、今日で使い切った気がする」
 昼間は天霧、午後はネイ。
 美貌のお姉さんと立て続けに腕を組んで歩いている。
 真っ当な男としては有頂天な状況なのだが、元来の不運体質から考えて、これはきっと何かの前触れに違いない! と考える辺りが、普段の運のなさを語る。
 ネイは笑った。
「なあにそれ。お望みなら、妖しい踊りを披露しましょうか。お姉さんにお触りしたって」
 淫靡な動きで胸元の蓮を手に取ったネイの悪戯は、そこで止まった。
 霧雨が一点を向いている。流れるように視線を追う。
 その先には元気いっぱいの女の子?
 と思った瞬間には、霧雨が走り出していた。
 早い!
「あ、待ってぇ! 逃げないでぇぇ! 鳩尾狙わないから! 今日は大丈夫だからぁぁ!」
 物凄い速さで追いかける少女がネイの前を通り過ぎ、全力疾走で体当たりした。
 そして倒れた霧雨が動かない。
 馬乗りになった少女が襟首掴んで前後に振っている。

 時は少し舞い戻り。
 蓮の花を髪飾りにしたシャンピニオン(ib7037)が白原川にきていた。
『お祭りなんて久しぶり! ととさまと一緒に行ったのが、最後‥‥だったね』
 じんわり浮かぶ涙を拭い『ダメダメ、折角の祭は楽しまなくちゃ』と気持ちを新たにした刹那、霧雨を見つけた。
 以前、陰陽寮の廊下で体当たりし、大事な所に一撃を加えたこの少女。霧雨は当時の事件を思い出して逃走を図ったと、そういう経緯だった。
 回想終了。

「ぎにゃぁ! ワザとじゃないよぉぉぉ! ごめんなさぁぁぁい!」
 再び激突した霧雨に謝り倒すシャンピニオンと、面白そうに眺めるネイ。予言的中だ。
「うう、霧雨お兄さんのトラウマになったらどうしよう」
 狼狽えながら騒ぐ少女の声を聞きつけたのは、同じ陰陽寮に所属するネネだった。
「‥‥大丈夫ですか?」
「霧雨お兄さんが大丈夫じゃないよう」
 女性に囲まれながら渾身の一撃を受けた霧雨は、極楽とあの世を一度に見たと呻きながらも、最終的にはそのまま皆で、白原祭で賑わう町中へと歩き出した。

 実は、この日。
 街の片隅で吹き流しを盗んでいく珍妙な格好をした謎の泥棒がいたのだが、幸いにも被害にあった開拓者はいなかったようなので、吹き流しの短冊に書いた皆の願いは何事もなく夏風に揺れていた。


 茜色に燃える夏夕空。
 水面を漂う白い花が、うっすらと橙色に見えるひとときの幻。
 香り立つ白原川の光景を瞳に焼きつけて、人々は街の中へと戻っていく。

 ここは五行の東、白螺鈿。
 眠る暇はないと謳われる、盛大な白原祭。
 今日も蓮が香る夏祭りは、永遠の思い出として輝くのだろう。