義賊『剣の華』と幽霊船
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/07/29 17:04



■オープニング本文

 なぁ友よ、唯一無二の語らうものよ。

 所詮、無償の愛など幻想にすぎぬ。
 おまえの信仰する神とやらは、一体おまえに何をした?
 身に覚えのない罪をきせ、口汚く罵り、家族を奪った。
 それが慈愛と博愛を歌う神のすることか?

 よく考えろ。
 この世は虚飾と欺瞞に満ちている。
 すべては偽り、汝らを虐げる者どもが造りし家畜用の箱庭だ。

 なぁ友よ、唯一無二の優しき娘よ。

 所詮、平等というものは幻想なのだ。
 法も正義も、永劫に縛る鎖だと思わないか?
 その目に映る歪んだ世界を、正したいとは思わないか?
 家族を救い、友を導き、苦しみから解放したいと思わないか?

 おまえならば正せる。
 わたしがおまえの力になろう。
 さぁ、涙を拭い、立ち上がって奇跡を示せ。
 
 世界がお前の助けを待っている。


 + + +
 

 五行の東。
 渡鳥山脈を越えた向こうに広がる土地は、かつて『陸の孤島』という呼ばれ方をしていた。地名ではなく、閉ざされた空間、という意味合いである。
 元々東地域は五行最大の穀物地帯としての呼び名をほしいままにしてきたが、いつしか北からも南からも、魔の森が浸食を始めていた。山をこえて平地の東に進めば海しかなく、必然的に安全な土地を求めた人々は東区の中心に集まり、結陣に向かうための道には山道を選ぶことになる。
 山を越えることを、この地方では『山渡り』と呼ぶのだが、アヤカシ被害は少なくともケモノたちの領分に踏み込むことに代わりはなく、山渡りの荷運びは命がけの仕事と言われていた。
 そして肝心の山渡りの道にも、魔の森の浸食があるとなると、それこそ運送にかかる負荷というのは計り知れない。なんとか開拓者を雇ってやりすごすとしても、回を重ねれば負担は増していく。

 こうなると金持ちは別の方法を考え始める。

 数ある手段の中でもっとも単純な方法のが、飛空船を購入することだった。
 とくに好まれたのが小型飛空船である。
 これは高速長距離運搬業に用いられることが多い。地形を無視することができ、個人や少集団単位でも保持できるが、風次第で進路が変わったり、十人以上の人間をのせると飛ぶことができないなどの支障がある。
 それでも危険な山道を大金かけてわたるよりはマシだと思ったに違いない。

 最近になって、五行の東側にある『虹陣』という街からくる飛空船が、次々と行方不明になる話が相次いでいた。

「幽霊飛空船?」
 何週間も前に姿を消して消息を絶った船が、ふらりと雨雲のなかから現れて、次の船を襲うらしい。
「あぁ、実は偶然、船から飛び降りて、通りすがりの開拓者の龍に拾われた奴がいてな」
 なんという悪運の強さか。
 偶然、落雷に遭う。などの天文学的な確率に等しい。
 ともあれ、幸運にも助かった者曰く、襲ってきたのは義賊『剣の華』の一派であったらしい。
「‥‥義賊?」
 よくいう義賊というのは、金持ちの家から盗みを働き、財宝を貧しい者達に施す者が圧倒的だ。半ば己の自尊心と栄光欲、そして歪んだ正義感を満たすために行われるその所行は、一部の者達に喜ばれることもあるが、真面目に働く者達にとっては、はた迷惑な存在である。
「飛空船を持ってるのは金持ちだから襲うって理論か? まぁ目の付けどころは悪くないだろうが、非行には違いないな」
「いや、それが少しおかしいんだと」

 義賊『剣の華』は、一人の娘が率いる一大組織として、その地方では名がしれているらしい。
 しかも好意的な意味で。
 虹陣は高官の避暑地となっていた時期があった。地元民との生活格差が開いた頃には、一部の治安が荒れていたらしい。街の治安を維持するはずの同心が権力を振りかざしたりと、よろしくない面もあり、信用を失った公的組織に変わって街の息を吹き返させたのが義賊を歌う『剣の華』一派だったという。

『私たちが奇跡を与えよう』
 年端もいかぬ幼い少女が率いた軍団は、なぜか異様に賢かった。
 次々と打ち出す改革は大人顔負けのものばかりなのにもかかわらず、時には名前の通り、短絡的に金持ちを襲う。ただし決して必要以上の財産を奪わず、殺生もしない。そして手に入れた金品を、平等に配る。
 生ける英雄として街の君臨した義賊『剣の華』は、若者達のあこがれとなった。徐々に勢力を拡大し、何もなかった田舎に裏社会を作り上げるまでに急成長をとげる。
 ところが。
 最近、義賊『剣の華』に異変が起きている。
 民衆から生まれた英雄による求心力ではなく、恐怖による支配に切り替わってきているというのだ。かつては嫌った殺生に、最近はためらいがない。根こそぎ奪って、一人残らず殺し、痕跡を消して、いずこかへと姿を消す。
 そして際だった一派が、渡鳥金山で遭遇する幽霊飛空船だった。

「度をすぎた盗賊行為と人殺しだ。流石に放置するわけにもいかんだろ。いろいろ調べてほしいと考えてはいるようだが、まずはこの空の連中だな。生き残った奴から人数の話はきいてある」
 こうして依頼書は張り出された。

『小型飛空船へ商人に扮して乗り込み、幽霊飛空船を撃墜せよ。その際、妨害し襲ってくる義賊の生死は問わない』


■参加者一覧
劉 天藍(ia0293
20歳・男・陰
龍牙・流陰(ia0556
19歳・男・サ
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
喪越(ia1670
33歳・男・陰
珠々(ia5322
10歳・女・シ
煌夜(ia9065
24歳・女・志
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
長渡 昴(ib0310
18歳・女・砲
レティシア(ib4475
13歳・女・吟
罔象(ib5429
15歳・女・砲


■リプレイ本文

 商人一家を装った劉 天藍(ia0293)達が道を行く。
 観光に訪れたジルベリアのお嬢様を演じるレティシア(ib4475)と愛犬ミルテ、下働きに変装した珠々(ia5322)、従業員に扮した罔象(ib5429)達を連れて。船を持つ者はそう多くはない。見慣れぬ顔だと呼び止められても、背を丸めた先導の劉は愛想のいい笑みを浮かべた。
「虹陣のお金持ちのお客様へ『特別』の荷物を運ぶんで。急いでいるんですよ」
「あの辺りの空は危険だぜ」
「一応護衛は少しはつけてますんで大丈夫です。後は祈ってください」
 予定していた小型飛行船が想像以上に小さいことに劉達は困り果てた。
 大人十人が乗ってギリギリ。運搬量も多くはない為、龍一体かニ体が限界だった。ダメならば全員空を飛ぶしかない。そんな諦めムード漂う中で依頼主に交渉したのが、大蔵南洋(ia1246)とルンルン・パムポップン(ib0234)だ。
 大蔵は敵の船に横付けされた場合を考慮し、一戦交えた際により優位に事前に立てることを第一に考えて操舵手と相談を重ねた。このままでは逆にやられてしまう可能性が高い。また犯行手口を調べ回ったルンルンは、飛空船行方不明事件の発生範囲や義賊『剣の華』が襲ったと思しき行方不明船を調べ上げた。
 そして用意させた中型の飛空船。
「本当に大丈夫だろうな?」
 不安そうな依頼主。小型の飛空船でも決して安いわけではない。失敗すれば財を失う。
「この大きさなら、かろうじて積めると思うし、狙われる範囲だと思う!」
「この飛空船ならば、横付けされた側と反対、つまり見えない側から出撃し、船底をくぐって敵背面に現れる事が可能だ。逃げ惑う風を装い敵船を誘導できよう」
 必ず仕留める。
 固い握手を経て、飛空船は大空へ舞い上がった。
 先行偵察をかねて、外を飛ぶのは煌夜(ia9065)と炎龍レグルスだ。相手の力量を警戒し、無用な殺気が零れぬように心覆を使い、あえて頼りなさそうに飛ぶ。
 飛空船の後方から警戒するのは甲龍の穿牙に乗った龍牙・流陰(ia0556)だ。
 眼下に見える、鬼灯の里。
 渡鳥金山に進むと、厚い黒雲が空を覆う。
「義賊ですか。‥‥僕はあまり義賊というものは好きにはなれませんね」
 どんな理由があるにせよ、人の物を奪っていることには変わりないのだから。
 龍牙は窓越しに山には入ったことを知らせると、大きく旋回しはじめた。この山は一部が魔の森に汚染されている。空を飛ぶ眼突鴉などのアヤカシを露払いしなければならない。
「山に入ったようです」
 罔象は駿龍の瓢のもとへ向かう。
「らしいな。後で沢山飛ばせてやるから、声をかけるまで大人しくしててくれ」
 劉が荷をほどいて、隠していた駿龍の凛麗を出した。皆、格納していた相棒達の出撃準備を始める。レティシアは暗い空を見つめた。
「それにしても『剣の華』の試みは上手く行っている様に思えるのに、なぜ豹変したのでしょう。被っていた猫を脱いだのか、組織が肥大化して統制が取れなくなっているのか、やむにやまれぬ事情があるのか」
 むむっ、とレティシアが考え込む。
 滑空艇の大凧『白影』に乗ったパムポップンも同じ疑問を抱いたようだ。
「そうそう、どうしていきなり手口が変わっちゃったんだろう? 元々のリーダーが、追い出されたとか何かあるのかな?」
 志を曲げた残虐非道の行いは許しておけない。
 長渡 昴(ib0310)は炎龍のリョウゲンを出すと、銃にバヨネットを着剣しながら話す。
「仁義を謳う連中が、頭数が増えるにしたがって結成当初の志を失っていく、なんてのはこのテの組織にゃよくある話ですよ。例え上はそのままでありたいと思っても末端が弾けると、どうしても、ねぇ?」
 他人事とは思えません、と明後日の方向を見やり長渡は見張りが出来そうな場所へ向かう。頑張れ。
「雨と雲が邪魔過ぎるな。少しでも早く敵を発見できたらいいんだが」
 しきりに天候を心配していた喪越(ia1670)は、どこか寂しげな口調で呟く。
「‥‥正義だろうが悪だろうが、長続きはしねぇのが浮世って奴なのかね。だったら『正しい』って事にどれだけの価値があるのか‥‥」
 うっかり沈んでしまった空気に「ま、俺は美人さえ拝めれば他はどうでもいいんだが!」と無理矢理、陽気に振る舞った。最低です、なんて言われても、陽気に笑える。今はまだ。
 相棒の八ツ目の支度を整えた大蔵は、重装備の支度に取りかかる。
「共感を得られぬ集団を義賊とは呼べぬな。普通に考えれば頭目が変わり、遣り口も変わったのであろうが」
「‥‥どんな事情であれ、見過ごす訳にはいかない、祭も近いし」
 劉は山間にある彩陣を思った。飛空船を勧めた以上、安全には責任を持ちたい。
「欲に魅入られたか、喰われたか。いずれにせよ、堕ちた相手は厄介です」
 窓を開けた珠々は、迅鷹の嶺渡を偵察に飛ばした。


 うっかり準備不足で人魂を使えなかった劉と喪越に代わり、迅鷹の嶺渡は厚い雲の中を突き進んだ。そして別の船の音を聞きつけて、素早く身を翻す。


「嫌な空気ね。気をつけてレグルス」
 霧が広がる周囲の視界は悪くなっていく。
 煌夜が湿った自分の体を抱きしめ、ぶるりと震えた。
 船体を雨が打ち始め、遠くで雷鳴が響いた。厚い雲の中から、偵察に行った珠々の迅鷹、嶺渡が戻ってきた。そして‥‥煌夜に向かって激しい声で鳴いた。
「ギィィィ!」
「レグルス!」
 嶺渡の発した警告に、反射的に手綱をひいた。
 上空から煌夜の体を貫こうとしていた強靱な爪は、僅かに狙いを逸れ、龍の翼に食い込んだ。突然襲ってきた敵は、うめき声を上げるレグルスと煌夜と共に、もつれ込むように落ちていく!
「煌夜さ‥‥!」
 助けに向かおうとした龍牙の声が途切れた。敵の炎龍は二体いると聞いていた。
 手綱をひいた。激しい振動と共に視界が反転する。穿牙の尾に食い込む爪。振り落とそうとする力。落下していると気づいたときに、乗っている相手が見えた。
 それは幼い女の子だった。十歳になるかならないか。
 丸い瞳を涙で濡らし「ごめんなさい」と小声で繰り返すシノビだった。


 ピィーッ!
 珠々が呼子笛で敵襲を知らせる。
 見張り台から長渡が駆け下り、躍る心に身を任せて「殺ャーッ!」と叫びながら、両断剣で敵を振り払った龍牙の元へ向かう。煌夜の方はかろうじて空を飛んでいるが、まだもつれている。あちらの相手は屈強な男だった。
「美人に傷つけるたぁ許さねぇ! そんなに血の祭がお好みなら、ラヴ、あんドゥ、ピースのステップでお付き合いしてやろうじゃねぇか。オーレッ!」
「追撃致します! やあ!」
 落下した仲間を救うため、喪越と罔象が、相棒と次々と空へと舞った。
「正義のニンジャ、そして正義の空賊団員としては放っておけないもの! ルンルン忍法ジゴクイヤー、どこから近づいてきたって、お見通しなんだからっ!」
 滑空艇の大凧『白影』に乗ったパムポップンが空を舞う。
 眼下をのぞき込んだ。二組が交戦中だ。
 そして珠々がみたものは、煌夜と喪越と罔象を飲み込む白い煙幕。シノビが使う煙遁だった。敵が白い煙から飛び出し、大量の手裏剣を仲間達に解き放った。回避することは、ほぼ不可能。
「散華の技?」
 強い!
「相手は一体‥‥くる!」
 ゴォン、と鈍い音を立てて雲の中から幽霊船が現れた。
 側面の扉が開き、武器を持った三人の男達が固い表情で飛び移る隙を狙っている。船体の上部甲板には、光でできた翼を持つ若い男の魔術師と武装した男が一人。
「‥‥友なる翼? 魔術師の方は迅鷹と同化しています!」
 珠々が船内に叫ぶ。九字護法陣をかけた劉が応えた。
「わかった。凛麗、行くぞ」
「ここを頼む! 八ツ目、参るぞ」
 劉と大蔵も、相棒と共に空へと舞う。
 同時に空を飛行していたパムポップンは幽霊飛空船に強襲をかけて二人をはじき飛ばし、強行着陸を試みた!
「大凧はニンジャのステイタス、幽霊飛空船なんかに負けないんだからっ!」
 はじき飛ばした、かに思われた。
 武装した男は縁にしがみつき、魔術師は空を飛んでいる。怖い顔をした魔術師は真空の刃が混じった竜巻を召喚し、大凧『白影』ごとパムポップンを凪払った!
「わあ!」
 滑空艇ごと吹っ飛ばされただけなので、大した怪我ではないにしろ、体勢を立て直すには時間がかかる、劉は遠方から眼突鴉で攻撃を放ち、大蔵は真空刃で攻撃を仕掛ける。
「ぎゃあ! セリュサの旦那ぁぁあぁぁぁ!」
 パムポップンにはじき飛ばされて幽霊船にしがみついてきた敵の男が、眼突鴉で片目を抉られ、痛みと体力の限界で落下する。魔術師は一声叫んで共に落ちた。
「ナツキ、制圧しておけ! バカを拾ってくる!」
「ちょっと!」
 少女の声がした。鈍い音をたてて幽霊船と此方の船がぶつかり合う。


 空で交戦中の龍牙と長渡は、敵を圧倒し始めていた。
 彼らの相手は幼いシノビだ。ただし、空蝉と夜春の技を使われ、上手い具合に狙いが定まらない。風魔閃光手裏剣を放ってきても、それは攻撃と言うより、間合いを広げ、離れようと逃げていた。
 ふと少女のシノビは落下してくる男の姿を見つけると、一目散に飛んだ。龍牙や長渡には目もくれない。その背中を追う二人に、竜巻が襲いかかってきた。素早く避けると、目標は視界から消えて雲に潜っていた。

 一方、煌夜と喪越と罔象は苦戦していた。
 高等な術を惜しげもなく乱発する。煙幕で視界を封じ、影の分身を作り出し、そして避けきれない大量の手裏剣。しかしやられてばかりではない。
「練力が底をつくのはどちらが先か、答えは明白! アスカロスを甘く見ないでください」
 極力距離を取るようにした罔象が龍を狙ってブレイクショットをぶち込んだ。
「照準眼鏡越しの体面はぞっとしませんね」
「へぇえ、そりゃ楽しそうだ! ソーレ!」
 逃げられてたまるかと、喪越の嫌がらせと銘打った霊魂砲で注意力が落ちていく。
「レグルスを傷つけたお返しよ! もう諦めなさい!」
 煌夜の雷鳴剣が閃く。
 そこへ標的を雲の中に見失った龍牙と長渡が加勢に加わった。
 いかに相手が手練れでも、そろそろ限界が近い。そして何より、五対一で勝ち目はない。
 だがシノビは笑った。
「この私ごときに五人がかりか。どうせ戻っても貴様らの雇い主は‥‥」
「ひっかかったのは、どちらでしょう? あそこには仲間しかいませんし」
「なに?」
 罔象達の優越感に満ちた声に、シノビの龍は上昇を始めた。また男が降ってくる。
 決着はついている頃だからと、五人はシノビを船体に押さえつけて身動き不能に持ち込むことを決めた。


 時は少しばかり巻き戻る。
「お金は上げます。どうか命だけは」
 忍犬ミルテを抱きしめ、怯える淑女レティシア。守るように下働き姿の珠々が立つ。
 この船に積み荷は無い。先に乗り込んできた二人の男が、真っ先にみたのは荷物だった。しかし残骸をみて、殆どが護衛を積む為だけの空間だったことを知り、舌打ち一つ。
「チッ、一杯食わされ‥‥まてよ。八人の護衛付きの娘っこだ、相当いい家の娘じゃないか? なら家にある可能性もあるな。人質にして身代金代わりに色々要求してみるか」
 結論を下した所で、二人の男はもう一人の男と砲術士を呼び寄せる合図をした。
 その隙を、珠々が逃さない。
 俊敏な動きで打剣を放ち、素早く走って体当たりした。
「ぐあ!」
「うそだろおぉぉぉぉぉ!」
 武器と男が一人、落ちていく。
 此方に向かってくるシノビに拾われていた。珠々は咄嗟に掴んだ荒縄を命綱に吊り下がって揺れていた。まだこちらの船に残っている男がいたが、レティシアの子守歌が男を深い眠りに落とす。
「今引き上げますから!」
 レティシアが叫んだ。珠々が自力で昇り始める。そして殺気に顔を上げる。
 十数メートルも離れていない場所に、罵声を上げる男と砲術士がいた。巨大な銃口が珠々を狙う。填められた、仲間の敵だ、と喚いている声が聞こえた。
「させんぞ! 八ツ目、珠々殿を頼む!」
 突風と雨が体を打つ。
 龍は足に降りた重装備の大蔵を掴んで、敵船へ投げ入れた!
「姐さん危ない!」
 男が砲術士を奥へ投げ飛ばし、飛び込んできた大蔵の一撃を受け止める。
「ふむ。できるな‥‥賊にしておくには、惜しい腕だ!」
 大蔵が凶刃を弾き返す。
 そのまま盾で押し切って船体に叩きつけた。骨の軋む音がする。
 大蔵と同じように劉が飛び乗る。男を縛った珠々も飛び乗った。
「もう逃げられません」
「年貢の納め時、大人しく投降して頂こう」
「逃げるなら次は眼突鴉で操船者を狙うぞ。目が見えなくなれば、操縦所じゃないよな」
 ナツキと呼ばれた砲術士は、若い娘だった。
 強い決意に燃える瞳。
「私達は、ここで負けるわけにはいかないのよ!」
 じゃきん、と銃口を向けた。
「いかん! 二人とも私の後ろへ!」
 炎の精霊力を込めた銃弾が放たれた。
 大蔵の盾に着弾すると共に、大爆発を引き起こす。
 響く轟音。強烈な熱風。幽霊船が軋み、もうもうと火の手が上がった。
 煙の向こうに、焦げてしまった重傷の敵がいる。しかし大蔵達は、無傷だった。
「うそぉ‥‥シュトゥルモヴィークが全く効かないなんて!」
 がくん、と地面が揺れた。ゆっくりと船体が傾く。体勢を崩した砲術士に打剣を放った珠々は、そのまま操縦者にも一撃を加えた。どうせこのまま幽霊船は魔の森に落ちる。
「確保しました。では私はお先に!」
「一人につき一人、なんとかなるな。俺は重傷者を、死なせない為には治癒符が必要だ」
「では操縦者だな。八ツ目、こい!」
 船の方では男のシノビと龍を、煌夜とレグルスが船体に叩きつけていた。シノビに手を焼いていた他の者達も戻ってくる。三人が敵を確保して幽霊船を捨てた時、雲の中から敵が現れた。
「ナツキちゃん」
「ナツキ!」
 幼いシノビと魔術師だった。落ちた男も一緒だ。
 既にシノビと砲術士、そして男三人を捕まえた。残るは落とした男二人とシノビと魔術師だ。船に戻りかけていた龍牙達は、消耗した体を抱えて再び大空に舞う。
「捕らえましょう」
「来ちゃダメェ!」
 意識の戻った砲術士が声を張り上げた。身動きのとれないシノビも吠えた。
「行け、ハナビシ! 俺達を振り返るな! 最初の約束を思い出せ!」
「そんな、ッあぅ!」
「殺ャー! 逃がしません!」
 長渡の銃弾がシノビの肩を打ち抜く。
 幼いシノビは泣きわめきながら、魔術師とともに荒れる雲の中へと消えていった。


 幽霊船は墜落した。
 一部の者は逃がしてしまった。
 それでも五人は生かしたまま捕らえることができた。
 劉と龍牙、珠々と長渡が手分けして五人を縛り、目隠しをして猿轡を噛ませた。龍牙は入念な持ち物検査だって忘れない。大蔵もまた毒物を警戒してシノビ達を調べた。
 遠くで打ち合わせをしながら龍牙は呟く。
「僕は義賊というものの全てを否定するつもりはありません。『剣の華』の行いで救われた人も、確かに存在するのですから」
 少なくとも僕にはその人々を救うことは不可能なことでしょう、と。
「しかし今回のように無駄に命を奪う行為が続くのなら、止めなければいけませんね」
「何故こんな事をしたか、聞かないとな」
 劉は重傷の者に最低限の治癒符を施した。まだ完全には治していない。
 珠々は片手でクナイを弄びながら淡々と語る。
「剣の華の噂の少女がどうなったのか、それがわからないのは確かです」
 空賊をしているくらいだからふてぶてしいだろうけど、と考えた。
 話を聞いた煌夜が唸る
「義賊の心変わり……元々、賊が大きくなるまで人気取りの為に崇高な集団を装ってたのか、何かきっかけでもあったのか。頭を張っていたのが幼い子と言うのもあるし、少なくとも普通の賊じゃないのは確かだと思うけど」
 喪越が腕を組んだ。
「だな。義賊とまで呼ばれた連中に何があったのかは、正直‥‥興味がある。人を殺さずにはいられないアヤカシに取り込まれた線もあるしな。その辺はとっ捕まえた連中から聞けばいいだろ」
 長渡が唸った。
「あとは、対立組織側による義賊の評価下落を狙った騙り、の線ですか。諸々を洗い浚い吐いてもらいましょうか」
 問題は、どう吐かせるか。
 仲間を庇った。
 しかし自分を捨てさせた。
 彼らは恐らく、拷問も死も恐れない。
「でも‥‥義賊としての剣の華に憧れ入団し、唐突な変節に理想を裏切られたと感じる者もいるのでは? 仲間を助けたいと思うかも知れませんし」
 レティシアの提案で、捕らえた賊を一人ずつ部屋に監禁した。尋問には全員で当たる。


 男達は口が堅かった。
「志を曲げた貴方達はただの凶賊! 教えて貰うんだからっ、なぜ変わってしまったのかを!」
 パムポップンが煽っても「殺せ」と吐き捨てる。そして「命はもう置いてきた」と言い放つ声音には、真摯で、純粋で、揺るぎのない忠誠心があった。
「‥‥この手は使いたくなかったんだが、試す価値はあるかな」
 劉は重傷の男を担ぎ上げ、砲術士の少女の目の前に転がした。
「取引をしよう。君が話してくれたら、彼を治そう。俺は治癒符が使える」
 目の前で一度だけ、胸部を修復した。喉が焼かれたままだが、呼吸は楽になっていた。
「この火傷だ。もう少し放置すると、いずれ彼は痙攣を起こして死んでしまうぞ」
 焼けこげた男の目尻から一筋の涙がこぼれる。
 刹那、珠々が男の喉へ手を突っ込んだ。冷徹な眼差しで「自殺は許しません」と言い放つ。重荷になり生き恥をさらすくらいなら、死のうと考えたのだろう。パムポップンが「そんな逃げ方は許さないもの」と呟き、重傷の男に猿轡をかませた。罔象は銃口を頭に突きつけて微笑む。その無邪気さに戦慄を覚えるが、銃弾は入っていない。
「‥‥流れ者には分からないわ」
 今にも喉笛に噛みつきそうな目をした砲術士のナツキが唸った。
「あんたたちに守りたいものはある? 命を捨ててもいいと思った相手に出会ったことがある? あたしは有るわ。初めて心躍った、役に立てると実感した、力になろうと手を尽くした、開拓者の地位や他の全てを捨てても、生涯そばで守ろうと決めた家族がね!」
「‥‥家族? 君達、昔は開拓者だったのか?」
「そうよ、家族よ。理解できないでしょう? 分からないでしょう? 血縁なんて関係ない。何年も一緒に過ごし、力を合わせてきた。一緒に笑った、苦しみも全部わかちあった、妹のように愛した! 大事な家族を売り渡すぐらいなら今ここで死んでやる!」
 苛烈な娘だった。
 まだ十代半ばの若さで、人生を捧げるほどの、大切な居場所。
「な。こいつを治して、その将来有望なセニョリータの元に案内して貰いてぇんだけどな」
 陽気な喪越。横たわる男。
 劉が「彼も家族なんじゃないのか」と諭すと、押し黙った。慰めるように肩に手を置く。
「そばの魔の森に苦しむのは皆同じ。君達に何があったんだ?」
 ふとレティシアは少女の前に屈み込んだ。
「実は私、貧村の生まれですの。噂で聞いた、かつての『剣の華』には共感を覚えます。今の剣の華の横暴を止めたくはありませんか?」
「かつては無用な殺生はしなかったはず、なぜ変節した」
「この辺の魔の森には、知恵を持つアヤカシが多い。しかも質が悪い類のな。何か騙されてるんじゃないか? 心当りは?」
 大蔵に続けて劉が問いかけると、少女は重傷の男を一瞥した。
「‥‥治せるんでしょうね?」
「保証する」

 雨が激しくなる中で、開拓者を捨てた少女の告白が始まろうとしていた。