【陰陽寮】玄武寮入寮式
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 易しい
参加人数: 15人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/07/25 18:48



■オープニング本文

 筆記試験と面接試験が終了後、多くの者が結果に群がる。
 八嶋 双伍(ia2195)は眩しい結果を見た。
「ふふふ‥‥人生、本当に何が起きるか分からないものです」
 心残りは書き間違いだが、試験は一度しかないからこそ試験だ。
 先ほどまで誘導係をからかっていた椿 幻之条(ia3498)は深呼吸ひとつ。
 あと一点足りなかったら落ちていた。わざと間違える変な余裕は命取りである。
 神咲 六花(ia8361)は概ね予想通り。
「まずは知望院への出入りがかなうよう頑張らないとかな」
 入るなら玄武と決めていた。
 緊張が解けたワーレンベルギア(ia8611)は惜しい成績を眺める。
「よかった。筆記は多分大丈夫だとは‥‥でも、やっぱり」
 面接が。
 緊張故の挙動不審を思い出す。
「掌に猫ってかいたのに」
 ちなみに主席合格だったネネ(ib0892)は、掌に猫ではなく人の字を三回書いた。
「きみ大丈夫?」
 動かないネネに体調でも悪いのかと周囲が気にすると。
「だ、だって国営ですよ! ちゃんとした学校って、生まれて初めてなので」
 全力で挙動不審だ。
 寿々丸(ib3788)は常磐(ib3792)と共に結果を見ていた。
「寿々‥‥お前、面接大丈夫だったか?」
「危なかったですぞ」
 耳が垂れる。
 面接を思い出して震えたが、幸いにも合格した。
「受かったから‥‥色々な資料も見れるんだよな」
「入寮式の資料をとりに参りましょうぞ!」
 横の東雲 雪(ib4105)は目指す場所に一歩近づいた。
「ボクは知りたいのです。いつか主席に、夢は大きくですよ!」
 発表まで陰陽寮を彷徨っていた緋那岐(ib5664)は、面接官の名前を思い出すのをやめて、試験問題を考え始めた。同じく十河 緋雨(ib6688)も悩んでいた。
「外部損傷を式で形成して補うのと、身体と反応して生命が回復するかは別個の問題かしら?」
 死体は死体である。
「さて、お腹空きますし、玄武寮で美味しい甘味って食べれるのかしら」
 食堂『華宝』に向かう。
 一方、シャンピニオン(ib7037)の心は花畑であった。
「歳の近い人も結構いるんだ。お友達もいっぱいできればいいな! 素敵な人沢山いるといいなっ! カッコイイ王子様に出会えますように!」
 今後、学舎で王子様と会えるかはさておき。
「僕、いっぱい勉強して、立派な陰陽師になって、ととさまを見つけるよ。見守っててね」
 空に誓う。
 ところでリオーレ・アズィーズ(ib7038)は歓喜に震えた。
「沢山の本があって、屋根の下にいられて、ご飯まで食べられる‥‥ここは天国なんですね」
 玄武寮も通学制度だが、流石に研究気質なだけあって、夜行性の人種が多いと判断したのだろう。予約制の研究室に、共用仮眠施設。食堂に購買。最低限の生活空間が揃う。
「知望院に入れるように頑張ろう! 書物ですよ書物!」
 燃え上がる闘志。そして鳴るお腹。学食を求めて彷徨う。
 セレネー・アルジェント(ib7040)興味は現在、本より玄武寮の把握である。図書館の位置と食堂と購買は怠りなく。特に食堂の味、その中でも甘味のチェックに使命感を募らせていた。
「本や研究の合間に食べる甘味はとても重要ですもの!」
 ジルベリア風のお菓子もリクエストしなければ!

 補欠合格者のリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)と鴇ノ宮 風葉(ia0799)も、入寮式の案内を受け取り帰った。二人には受講制限がかかっており、一部の特別授業を受けることができない。正規の合格者に追いつくためには、定期試験や研究で同等の成果を上げる必要があった。一歩ずつ認められるか、或いは資格を失うかは、熱意と行動力がものをいう。

 + + +

 先日、陰陽寮が三寮にて執り行われた入寮試験とそれの合否も次いで個々に通達がされれば、次に執り開かれるのは入寮式。
 その前に補欠含め合格の通知受けた者が一同に揃い結陣にある知望院に集められれば、五行が王の架茂 天禅(iz0021)を前に、陰陽寮へ入寮するに当たって一種の儀式とも言えるだろうそれに臨んでいた。
「‥‥先ずはこの場にいる皆へ、自ら望み入寮を果たした事に対し我は祝辞を贈ろう。おめでとう」
 その場に介し、居並ぶ陰陽師は五行の中枢担う者に各寮の寮長もいて架茂の存在だけでも十分な重圧は刻が過ぎるごとに重みを増すが、当の王はと言えば気にする筈もなく平然と口を開いては新たな寮生達を半ば睨む様な厳しい表情こそ浮かべながらも祝辞を紡ぎ。
「形式ばった挨拶は好かん故、長々と面倒な事は言わん。入寮した以上、生まれも育ちも気にはせん。ただこれからの三年は純粋に力を、知恵を養い蓄えろ。そしてそれをどの様な形であれ寮を巣立ってから後、五行の為に、我の為に捧げろ‥‥故に励め」
 だが次いで響いた言葉は先の発言より威圧的且つ一方的なものであり、場に介する新たな寮生達はそれぞれに思う事こそあったが‥‥寮生達の戸惑いなど気にする筈もなく架茂はさっさと身を翻しその場を辞すれば、その後を継いで傍らに控えていた陰陽師が皆の前へ進み出ると、これからの予定を皆へ告げるのだった。
「王の挨拶は以上となります。以降はそれぞれが属する寮の予定に従って赴き、入寮式に臨んで下さい。その仔細については実際に確認して貰うと同時、必要な手続き等は全てそちらにて行いますので必ず遅参はしない様に‥‥それでは、これからの三年間が皆さんにとって掛け替えのない時間になる事と、そしてこれからの五行を支える重要な存在になって貰える事も祈念してこの場は閉じます。それでは、解散」

 + + +

「玄武寮へようこそ皆さん」
 玄武寮の入寮式で現れたのは、凛と背筋を伸ばした女性だ。
「改めまして、玄武寮の寮長、蘆屋 東雲(iz0218)です。今後、皆さんの良き理解者となれるよう精進していきたいと思います。研究や悩み事があれば、いつもでも応接室を訪ねてください」
 笑顔のたえない挨拶をすませ、寮長は副寮長の狩野 柚子平(iz0216)を初め、寮内を支える職員達を順に紹介していった。
 そして手渡されたのは、一枚の案内状。
 施設内地図と、簡単なコメントが記されていた。
 まず、予約制の小さな研究室。
 次に、徹夜組用の男女別臨時仮眠室。
 図書館兼談話室の『香蘭』。
 保健室『群雲』。
 中庭『花梨の石庭』。
 食堂『華宝』。
 購買『夜舞』。
 寮長と副寮長の応接室と研究室、などなど。
 この華やかな案内状。
 じつは食堂のお姉さんたちの手作りだ。
「我々は皆さんを心待ちにしていました。入学手続きを受付で済ませたら、玄武寮の証『玄冬』を受け取ってください。その後は、食堂で歓迎会をさせて頂きたいと思います」
 食堂のおばちゃんズが腕を振ったらしい。
 そして一人の若者が手を叩く。見覚えがある。
「霧雨さん、またバイト? 給料でるの?」
「今回は料理長の特性弁当が報酬なんだ」
 そっちか。
 試験会場で誘導係を務めていた御彩・霧雨(iz0164)が笑いながら集金をはじめた。


■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
八嶋 双伍(ia2195
23歳・男・陰
椿 幻之条(ia3498
22歳・男・陰
神咲 六花(ia8361
17歳・男・陰
ワーレンベルギア(ia8611
18歳・女・陰
ネネ(ib0892
15歳・女・陰
寿々丸(ib3788
10歳・男・陰
常磐(ib3792
12歳・男・陰
東雲 雪(ib4105
17歳・女・陰
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386
14歳・女・陰
緋那岐(ib5664
17歳・男・陰
十河 緋雨(ib6688
24歳・女・陰
シャンピニオン(ib7037
14歳・女・陰
リオーレ・アズィーズ(ib7038
22歳・女・陰
セレネー・アルジェント(ib7040
24歳・女・陰


■リプレイ本文

 門に刻まれた玄武の紋章。
 手続きを済ませて受け取った玄武寮生の証には、全く同じ文様が描かれている。
 玄冬と呼ばれた硬貨を掲げ、眩しそうに見上げる者は何人いただろうか。晴れて入寮が許された者達の顔には、喜びや緊張が見て取れた。中には不安を抱く者だっている。
「あら、いけない。忘れていました」
 玄武寮の寮長である蘆屋 東雲(iz0218)は、十五人の新しい玄武寮生を振り返り、一枚の用紙を取り出した。そこには短い文面と、回答枠がある。もしやまた試験か、と一部の者に緊張が走った。
「今後の研究方針について書いてください。書き終わったら副寮長に提出してください」
 今日の勉強はそれだけです、と蘆屋は穏やかに微笑む。
 歓迎会が待っていた。


 四神が彫り込まれた炭塗りの黒い柱と、白貝と弁殻色に彩られた壁。
 重厚感ある部屋が食堂だった。
 長机の上に広がる、漆塗りの膳が目に眩しく、鯛の箸置きが微笑ましい。
 緑鮮やかな枝豆豆腐の滑らかな舌触り。
 鮎を象った器に盛られたオカヒジキ煮は絶妙で、穴子の切り身と大豆の甘煮に添えた白髪葱が風味を引き立てる。
 岩塩から砕いた抹茶塩で食べる蟹や岩牡蠣などの海鮮天麩羅は香ばしく、鰹と鱸と甘エビの刺身には、黄色い花を咲かせた小さな胡瓜が彩りを添えていた。
 お吸い物の浮き身には素麺を大根で巻いた具と、とろろ昆布に三つ葉とレモンの薄切り。
 焼き物には塩引き鮭を選び、馬鈴薯と白米を練った塩味のおはぎ団子には、ジルベリア人の味覚にも合わせた淡雪に似た白い餡にクコの実二粒と柚子わさびをのせて。
 いずれも高級料亭で出される季節を考慮した一品ばかり。
 喜ばしい日を祝おうと、食堂オバちゃんズが渾身の料理を用意したことが伺い知れた。
「それでは皆さんの入寮を祝って、乾杯しましょう」
 異国の杯を象った、白と青の陶器が、あちらこちらで凛と鳴り響く。
 しばしの歓談の最中、玄武寮長は寮の方針を語って聞かせた。

 玄武寮は有能な研究者を輩出する為、少人数の徹底教育である。
 また国家の政変には、一切関与しない。
 寮生の個性を認め、国家に有益な研究がめざましい成果をあげるよう助力する。
 当番制の各種委員会は、玄武寮の一員としてきちんとサボらず守ること。
 ゴミの分別は面倒くさがらず正確に。
 回覧板はちゃんと読むこと。

「他寮と違い、研究に熱中して当番を忘れる寮生が多かったそうで、現在は旧来のやり方を継続しています。毎月当番になった方は、忘れないようにしてくださいね。それでは堅い話は抜きにして、自己紹介にしましょう。皆さん、鯛の箸置きの裏を見てください」
 鯛の箸置きの裏?
 愉快な顔をした鯛の箸置きをひっくり返すと、なにやら番号と占いが書かれていた。
「一番の方から自己紹介してくださいね。みなさんも注目。一番はだれでしょう?」
 なんという罠。

 一番目のワーレンベルギア(ia8611)は「え?」と体をこわばらせ、助けを求めるように両脇を見た。大勢に囃し立てられても困る。何しろ自己紹介は大の苦手。面接でも難儀したほどだ。まさかここにきて試練があるなんて、と。
「ま、まずは、名前、言えばいいんでしょうか‥‥ワーレンベルギアです、よろしくお願いします」
 ぺこん、と頭を垂れた。そして困った。
 名前は言ってみたが、流石に短い。かといって研究云々の会話で渋く決めるのも考えものだし、自分に何かがあるわけでもない、というのがワーレンベルギアの自己評価だ。暑い部屋でもないのに、緊張して汗が流れる。
 散々考えて、握りしめていた鯛の箸置きを見た。
「う、占いでは末吉でしたけど、お、美味しいごはんに巡り会えたので、今日は大吉の日だと思います。おかわりも、自由ですし」
 一瞬の間があって、厨房から歓声が聞こえた。

 二番の椿 幻之条(ia3498)は優美な物腰で立ち上がる。
「椿 幻之条です。占いは吉でしたわ」
 残念、と片目を瞑って魅せると、施設関係者一人一人の方向をむいて、まずは歓迎会への感謝を述べた。長い期間世話になるのだからと、第一印象を考えてのことだ。
 幸いにも舌を噛むことなく自己紹介は続く。
「これからしばらくの間、皆様にはお世話になります。どうか、よろしくお願いします。研究もどこから手をつけるか悩んでいますが、一つに絞って行けたら‥‥あぁ、これだけの人数が居るのですもの、幾つかの班に別れて深く掘り下げていくのは楽しそうですわ」
 今後、労苦を共にする仲間達の顔を見回した。

 三番目の神咲 六花(ia8361)は「自己紹介か」と呟いて立ち上がる。
「神咲 六花。占いは、言った方がいいのかな? 小吉だね」
 苦笑一つして箸置きを弄ぶ。ふと考えて身の上話を始めた。
「出身は陰殻。陰陽師になったのは、巡り合わせというか、師と出会ったからかな。書痴っていうのかな、いつも書物に埋れてるような人で、一緒にいるうちに、僕も何時の間にか導かれて道を示されたというのかな。同じ道を進んでたんだ」
 シノビから人になれた、という言葉は飲み込んだ。
「世界を知って、大切な人たちの為に何か成し遂げられたらと、そう願うようになって、今に至るよ。あとは紅茶と猫と、笛が好きかな。どうぞ、よろしく」

 四番の八嶋 双伍(ia2195)は試験の珍回答を思い出して何度もうなだれていたが、番号を呼ばれて慌てて立ち上がると、穏やかな物腰で一礼した。
「八嶋 双伍です。箸置きの占いは大吉でした」
 おぉ、と盛り上がる。
「色々と興味はあるのですが、充実した時間を過ごせればと考えています。皆さん、是非声をかけてください。小耳に挟んだ七不思議の話は、是非探してみたいところですね」

 五番だった鴇ノ宮 風葉(ia0799)は、むすーっと不機嫌そうな表情で立ち上がった。
「鴇ノ宮風葉。夢は世界征服。よろしく」
 とそっけなく答えて座る。食堂奥のオバちゃんズが食事が嫌いなものばっかりだったのだろうかと、見当違いな心配をしたまま、挨拶は次にうつる。ちなみに占いは中吉だった。

 六番目は常磐(ib3792)だった。考えてみれば、こんな雰囲気の中の自己紹介なんて初めてかも知れないと記憶を振り返る。いざ語ろうとすると緊張した。
「玄武寮の一員としてお世話になる事になった常磐だ。まだ未熟者だけど、よろしく。‥‥自分の探してる事が見つかるかなと考えて、ここへ来た」
 目標をこれから見つけようとする者もいれば、探し求める何かが明確な者だっている。
 その明確な一人であるらしい常磐は、淡々と抱負を語って席に戻った。

 七番目のネネ(ib0892)は「落ち着けー」と掌に人を書いて自己暗示を繰り返しながら、順番を待っていた。最初から失敗は嫌だ。
「ええと、ジルベリアから来ました、ネージュ・エルマ・リジアです。ネネと呼んでください。玄武寮では新しい系統の半妖の研究をできたらなぁと思い、申し込みました。こうして皆さんと学べるのを心から嬉しく思います。どうぞよろしくお願いします」
 失敗しなかったー! と心の中で歓喜。
 優等生、楚々とした空気を保ったまま座り直す。鯛の箸置きの裏にあった『大吉』の文字に、ふふ、と笑みがこぼれた。

 八番目は東雲 雪(ib4105)だ。合格を喜びながら続々と運び込まれる食事に「凄いのですよ」と手をのばしていたが、中吉の鯛の箸置きを見下ろし、慌てて立ち上がる。
「東雲 雪なのですよ。これから主席目指して頑張るので、宜しくなのですよー」
 後で一緒に研究室に行ってくれる人を募集しながら、元気一杯に声をかけた。

 九番目の寿々丸(ib3788)は元気良く挨拶しようと決めていた。
 最初が肝心で、挨拶はとても大切だと教えられていたからだ。末吉の出た鯛の箸置きを置いて立ち上がる。
「此度、玄武寮の一員に加えさせていただきました寿々丸と申しまする。若輩者ですが、よろしくお願い致しまする」
 深々とお辞儀をした、ぴこぴこと獣の耳が揺れる。
「一年目の寮生活、不安もありまするが、その何倍も楽しみですぞ!」

 十番目のリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は、とっとと補欠扱いを脱して、卒業までに這い上がってやろうと闘争心を漲らせていた。うっかりミスなんて二度としない。途中で投げ出すような半端な気持ちだとは思われたくはない。ここは根性の見せ所!
「リーゼロッテ・ヴェルトよ。吉とか凶とか関係ない。そうよ、あのバカの時みたいに、おめおめと逃げ出すつもりもない。それだけは言っておくわ」
 柄にもなく熱くなる自己紹介。因みにあのバカはジルベリアで反乱起こした者の事だ。
「ふぅ‥‥ま、そんなわけだから、これからよろしくねー!」
 ひらん、と華奢な手を振った。

 十一番目の緋那岐(ib5664)は末吉の文字に一人悩んでいた。
 個人的に自身には秘密が多いと考えているようで、これから長く接する仲間に隠し事は苦しい。どこまで話すか悩んでいた。人から見ると何故そこまで、と思わなくもないが、本人は大真面目だ。
「えーっと、緋那岐だ。謎多き男ってことで、ひとつよろしく。以上!」
 きらりと光る歯が眩しい。愉快な自己紹介だった。

 十二番目のリオーレ・アズィーズ(ib7038)は小吉の鯛の箸置きを置いて立ち上がった。
「私はリオレーレ・アズィース。寮生の皆様、職員の皆様、よろしくお願いいたしますね」
 優美に微笑んで、スカートの裾を持って恭しく淑女の一礼をこなす。
「好きなものは可愛い物とお菓子作りです。苦手なものは運動と睡眠‥‥睡魔は時間泥棒ですもの。最愛のものは書物。出身や家族関係は秘密です。‥‥ほら、人には誰でも、秘密の一つや百個はあるものですから」
 ‥‥百個?
 女の子って何でできてるの? 可愛い物とお菓子とキラキラした謎百個でできてるの。
 緋那岐と同じく自称謎多き人、ここに誕生。

 十三番目のセレネー・アルジェント(ib7040)が楚々とした雰囲気を纏って立ち上がる。
「セレネー・アルジェントと申します。皆様宜しくお願いします」
 藤の花に似た紫色の瞳が、緩く弧を描く。
「実家は割と本が読める環境で、私も本を読んで育ちましたの。色々な本を読みたいと思ってこちらに来ましたわ。知らない事を知るのはとても楽しい事ですもの」
 一連の自己紹介を聞いていると、どうやら図書館好きは多そうだ。
 きっと友人が増えるだろう。
「特技はどこでも眠れること、趣味は本を読む事ですね。他、甘味には少しうるさいかもしれませんわ」

 十四番目は十河 緋雨(ib6688)だ。何度も玄武寮生の証である『玄冬』の硬貨を掌で遊びながら、自分の番になると小吉の書かれた鯛の箸置きを置いて、淑やかに立つ。
「石鏡から参りました玄武寮一年生の十河緋雨です。趣味は釣りと絵画です。皆さんよろしくお願いしますね」
 ふふ、と口元に手を添えて微笑みかけると。
「折角ですので後ほど、寮長や玄武寮の方々の似顔絵を書き書きさせてくださいね。玄武寮で働く人たちに取材をしてみて、噂話や気になる人の情報を集めて瓦版にしたいと思います」
 十河の瓦版に要チェックです、と悪戯っぽく微笑んだ。

 十五番目。玄武寮生の最期を飾ったのはシャンピニオン(ib7037)だ。
「僕の名前はシャンピニオン! 花も恥じらう12歳! 僕の事は、気軽に『シャニ』って呼んでね。間違ってもキノコとか言っちゃヤダよ?」
 ちっちっち、と人差し指を揺らし、元気に可愛く振る舞う。
「僕、ととさまに師事して陰陽師になったんだ。僕の目標は、ととさまを越える陰陽師になること。志を継いで、魔の森の研究者になること。それから‥‥行方不明のととさまを探す事」
 魔の森に故郷を奪われた者、家族や親戚や友を奪われた者は多い。
 向日葵のような花のかんばせを曇らせる過去に、厨房のおばちゃんズは鼻をすすった。小さな肩に背負う決意。静まった雰囲気を払拭するように周囲を見回してにこりと笑う。
「えっとね、それから素敵な『王子様』を見つける事もかなぁ」
 ぽっ、と頬を赤らめた。
 煌めく乙女の視界によると、只今食い意地張っているバイトの霧雨すら『格好イイお兄さん』と映るらしい。
 ここにいる同期生の男性といえば。
 知的な空気漂う背の高い八嶋、華やかな印象を与える神咲、妖しい魅力に満ちた椿、弟のようなこそばゆさを感じさせる寿々丸、同じ年頃で謎めいた空気を纏う常磐、少し年上だけれども親しみを感じさせる愉快な緋那岐‥‥少女曰く、素敵な王子様がいっぱいいる。
 シャンピニオンの心は、春模様だった。箸置きの大吉、侮れない。

 勝手に席替えを重ねながら、皆が一人一人と概ね話し合った頃を見計らって、玄武寮長は手を叩いた。宴も闌だが、今日は玄武寮内を見回ってもらうことになっている。
「友に過ごす仲間です。お互いを知り、秘密に満ちた玄武寮を知ってくださいね」
 全ては歩み出すことから始まる。
 そう言った玄武寮長に対して。
「へ? 『お互いを探り、秘密に満ちた玄武寮生活を送る』?」
 微妙に違うぞ、緋那岐。
 零れる笑い声。究極のさぐり合いと秘密の隠遁生活、と聞き違えた男が照れながら頭を掻いたが、なんだか一気にムードメーカーに成りつつあった。


 こうして玄武寮生は思い思いの場所を尋ね歩くことにした。


 その前に、と振り返った神咲は、食堂『華宝』のお姉さま達としばし会話に花を咲かせることにした。
 手の込んだ料理も、遊び心の占いも、華々しい招待状だってそう。
 待ちわびた玄武寮生を楽しませようと、手を尽くした気持ちが嬉しかった。
「これはお礼。受け取ってもらえたら嬉しいな」
 花宴の名を冠する、芳しき香蝋燭。
「また宴を開くときにでもさ。あと、いつかジルベリアのお菓子を作りたいな」
 賑やかな日々を思い描くと、やはり笑みがこぼれた。
 片隅で一人、歓迎会の後片付けを手伝うリオーレの姿があった。
「なんかすまないねぇ」
「いいえ。腕を振るってもらったおば様方のへの恩返しがしたいのです」
 母親と娘のような、そんな心温かい空気に満ちていた。


 歓迎会の後、鴇ノ宮とヴェルトは玄武寮長室に呼ばれた。
 茶をのむ寮長に対し、副寮長は玄武寮生が書き連ねた研究方針の束を熟読中だ。漂う沈黙が痛い。
「なんか用なの?」
 鴇ノ宮が無礼を承知でつっぱねた。強がってはみたが、追い出されるのではないかと不安だった。
 ヴェルトは、副寮長が一言も言葉を発せず文面をみているのが気になる。
「そんなに肩に力を入れずとも。単に受講制限について説明をする為に呼んだのです」
 きた、とヴェルトは思った。
 玄武寮長は、二人の書いた研究方針を手に微笑む。
「きちんと方針があってほっとしました。補欠寮生には禁術関係の制限が設けられていますが、真面目に過ごし、定期試験を受ければ制限は解かれるでしょう」
「‥‥禁術?」
 ヴェルトの柳眉を顰める。ええ、と寮長は用紙を副寮長に返す。
「非公開の術、全般です。研究中のもの、門外不出、扱いが困難で時に自滅を導くもの‥‥色々有りますが、此処は将来の希望を育てる陰陽寮です。安全が認められる場合に限り、寮生に使用を許される技もあるのですよ。ね、狩野副寮長」
 流水文様の青い扇子で顔を仰ぐ副寮長は沈黙したままだが、寮長は気にせず続ける。
「何しろ五行王様自体『寮を巣立ってから後、五行の為に、我の為に捧げろ』なんて躊躇いなく言ってしまう方ですから、表立って反する発言は障害になりやすいのです」
 寮長は、シィ、と口元に人差し指を当てて悪戯っぽく笑う。
 鴇ノ宮を例に挙げると『夢は世界征服です』と冗談でなく大真面目に言い張れば、公にされない危険な禁術は、上層部から使用許可をもらいにくくなってゆく。
「夢を捨てず正面から向き合うことも大事ですが、時には、障害となる頭の固い人達をいなす技も必要ですよ? ふふ、口でなんと言おうと心は自由。あなた方の向上心を評価し、我々は入寮を認めました。国や王でなくてもいい、誰かのため、自分のため、より素晴らしい未来のため、充実した日々を過ごしてくれることを我々は期待しています」
 おしまいです、と言った寮長は突然、後ろの扉を開け放った。
「わわわわ、うぅ、いたいのですよー」
 倒れ込んできたのは東雲 雪だ。呆気にとられた鴇ノ宮は面識がある。
「えっと、一緒にお世話になる研究室を覗きに‥‥い、一緒に寮を回ろうと思ったのですよー! でも連れて行かれて、心配になって、その」
「良いお友達を持ちましたね。さ、三人とも、いってらっしゃいな」
 さぁと送り出された、雪と鴇ノ宮とヴェルト。
 何かあったのですか、と心配する雪に向かって鴇ノ宮は呟く。
「ここでなら団や団長っていうのを抜きで仲間が出来ると思ったんだけど‥‥合格できる自信がなくてさ、補欠になって、いつ追い出されるか不安でさ。暫くは平気だろうけど」
「あら、私はこんな不確かな席にいつまでも甘んじるつもりはないわ」
 貴方も同じでしょ、とヴェルトが好戦的な眼差しで髪を梳く。
 負けないから、と笑い声が零れた。


 そんな雪と鴇ノ宮とヴェルトが研究室に向かっている頃。
 当の研究室にいたワーレンベルギアは室内を調べていた。十畳ほどの小さな研究室には、厠に洗面所、専門書の本棚に机、所謂『ひきこもれる』装備が揃っている。研究室が予約制になったのは、入ったら出てこない玄武寮生が出るからだとか。
 ふと、何かが動いた気がして‥‥一つの壺に目が止まった。
「あれは、なんでしょう?」
 そこへ。
「寿々はこっちの研究室も見てみたいですぞ。人妖殿とかいらっしゃいますかな」
「研究室に興味があるんだったか、‥‥見た事ない物も見つか、ん?」
「こ、こんにちは」
 ワーレンベルギアが軽く頭を垂れる。
 室内を覗く寿々丸が、輝く眼差しを不気味に動いている壺に注ぐ。
「なんでござろう! アヤカシでござるかな」
「お、おい、寿々!」
 がしゃがしゃがしゃがしゃ、ぱこんっ!
 激しく揺すった拍子に蓋が外れた。「へぶっ」と変な声がして寿々丸が顔面を押さえて座り込む。
 うっかり手を放して、ぱきょぉん、と割れた壺から現れたのは。
「いたぁい! 優しく出しなさいよ!」
 ぷりぷり怒った人妖が現れた。何かキーキー喚いているが、早口すぎて分からない。
「あ、こんなトコにいたのか。樹里、そいつらは大事な寮生だ、放してやってくれ」
 廊下から声を投げたのは、部外者らしいがバイトに来ているという御彩霧雨だ。
「これ、御彩のか?」
 常磐が問いかけると「いんや」と言って首を振る。
「樹里は柚‥‥ああいや、狩野副寮長の実験体だ。時々、俺や寮長が預かってる。ここ暫く見ないなーとは思ってたんだ。樹里、かくれんぼか?」
「違うわよ、この唐変木! 備品を数えてたら閉じこめられたの! もういいわ!」
 泣きわめきながら、ぴゅーん、と廊下の果てに消えた。
「‥‥ハキハキ話す子ですね、羨ましい‥‥」
「何故とじこめられたのでござろう?」
「さぁ‥‥元気みたいだし、大丈夫だろう。御彩、購買の場所を教えてくれないか」
 ああいいぜ、と霧雨が三人を連れ出した。


 好奇心の赴くまま寮内を歩き回っていた八嶋は、時折試験の珍妙な回答を思い出しては、ぼうっと明後日の方向を眺めていた。意外な緊張故の失敗に、思いの外落ち込んでいる自分に驚いた。しかし心を切り替え新生活を楽しもう、という結論を導き出す。
 視界の遙か先に、実に楽しそうな背中が見えた。廊下の曲がり角で一人悶絶している。
「彼女は確かシャニさん」
 シャンピニオンは寮内を探検し、お世話になる人々への挨拶回りを済ませた後、曲がり角の影に潜んで、ずぅぅぅぅぅぅぅっと、男性が通りかかるのを待っていた。
「えへへ、偶然、廊下でぶつかった所から恋が生まれちゃったりとか、きゃー!」
 一人で身を捩っている。そこへ。
「御彩殿、お弁当はそんなに美味しいでございまするか?」
「おうよ! これから出かけるんでな、上手い弁当は仕事の出来を左右する!」
「‥‥そうか。なぁ御彩、食堂で料理の手伝いしたり出来るのか? 無償でもいいから」
 きたぁぁぁ! とシャンピニオンは心の中で歓喜をあげた。
 この声は、寿々丸と霧雨と常磐だ。
 因みにワーレンベルギアもいたが、小声なのでシャンピニオンの所まで聞こえていない。
「んあ? 頼み込めば使わせてくれるんじゃないか?」
「‥‥試してみる。そうだ。七不思議があるって聞いたが、本当なのか? もし全部知ったらどうなるんだ?」
「おお? 玄武寮には本当に七つも不思議があるのでございまするか?」
「あー、マジでアリエネェーって話も有るけど、俺は全部知らないんだよな。さっき、ネネや緋那岐達が研究会っぽいことをしてたから、行ってみたらどうだ?」
 今こそ好機! そぉい!
 とシャンピニオンは目を瞑り、男性陣に向かって全力で突撃した。
「ひゃっ!」
「う!」
「おお!」
「ごはぁ!」
 変な声がした。うっすら目を開けてみる。
 王子様がいっぱい! とか、トキメいてる場合ではなかった。
 ワーレンベルギアがオロオロしている。
 はじき飛ばされた常磐と寿々丸。
 そして図体のでかい大人が、団子虫状態になって転がっていた。
「は、鳩尾入った!? ごごごめんなさいッ! 治癒符要る!? ほ、保健室どこだっけ」
 ここで我に返ってみよう!
 御彩霧雨、身長176cm。シャンピニオン、身長140cm。
 身をかがめた突撃は普段より20cm程度の低い視界を狙う。そして霧雨の座高を多く見積もって90前後として‥‥まぁ、男性陣は推して知るべしである。
 傍観していた八嶋は、不憫な男の痛みを思いつつ、仕方がないので事態収集に向かう。
「廊下を走ると危ないです。皆さんに彼は運べないですし、医務室まで私が付き添います。えぇっと、ワーレンベルギアさん、女性のお手を借りるのは心苦しいのですが、手伝って頂いて宜しいでしょうか」
「‥‥は、はい! ‥‥霧雨さん、しっかり!」
「‥‥ふ、燃え尽きたぜ、真っ白にな」
 何が燃え尽きたんだ、霧雨。
 余計な一言でビシィッと決めた男は再び意識を手放す。
「格好いい、じゃないや。ええと、みんなにも良かったらお詫びに甘味でも御馳走するよ」
「まぁ、後で御彩にも奢ってやってくれ」
 残されたシャンピニオンの提案に、常磐が冷静に告げた。


 恋の咲かなかった珍騒動の廊下と違い。
 図書館兼談話室の『香蘭』では乙女達の会話が花咲いていた。
 勉強机は勿論、夏を意識した畳素材の椅子が心地よい。冬場は小さな囲炉裏になる円卓の中心に、今は灰ではなく水を注ぎ、白い小魚が泳いでいた。風流な部屋だ。
「研究に豊かな図書館生活は絶対必要なのです! 同期の人も来てるかなぁ」
 物陰のネネは、うきうきしながら人の声のする方向をのぞく。
 中央にいたのはアズィーズとアルジェントだった。互いに『陰陽術の基礎』という本を手に取りながら、涼しい風に瞼を閉じる。
「‥‥皆様と共に新しい術を作り出したり、何か発見できたらとても素敵ですわね」
 自己紹介の時の椿の意見に、素直に同意した。
 ただしアルジェントの意見は半分建前だ。知る事は常に危険が隣合せで、世の真実にまだ程遠い所にいる。そう心の底で感じればこそ、色々なことを知りたいという望みが沸き上がる。
「その為には、沢山の知識! まずは図書館。何はなくとも図書館制覇です!」
「そうですわね。折角ですもの、この章を読み終わりましたら、食堂でスイーツでもご一緒如何?」
「是非! ね、セレネーさん、途中でお暇そうな方々も誘っていきましょう」
 いいなぁ、一緒に混ざっちゃおうかなぁ。
 と様子を見ていたネネの体が、急に強い力で押し出される。「あら、失礼」という気高い声の主は、一人で黙々と本を手に取っていたヴェルトだった。燃えるような赤い髪をなびかせ「怪我してない?」と手を差し出す。
「だ、大丈夫です。えっと、捜し物ですか?」
「そうね、公開されてる蔵書だからきわどい内容はないでしょうけど、それでも外より充実してるだろうと思って」
 ぱらぱらと捲って溜息を吐く。
「アル=カマルの魔法に蔵書探知があったわね。あれ使えたら随分楽そうなんだけど、あっちのは専門外なのよねぇ」
 可憐な唇から溜息がこぼれ落ちた。
 ネネが控えめに「お手伝いしましょうか?」と申し出たが、「地道に探すから、今日の所はもういいの」とヴェルトは本を戻す。
「ふふ、丁度良かった。一緒にスイーツを食べにいきませんか?」
 にんまり顔のアルジェントとアズィーズが、いつの間にか物陰からネネとヴェルトを見ていた。


 ところで食堂は、既に綺麗に片づけられていた。
 そんな食堂の一角を占拠しているのは、つまみや水菓子、清涼飲料を手に、緊急発足した七不思議調査隊(仮)と寮長達への取材を終えた十河だった。
「芦屋寮長の私室がアレという話でしたので、寮長の趣味や研究への熱意を取材させてもらおうかな〜と、訪ねてきました!」
 勇者現る! と沸き立つ一同。
 瓦版を作り続ける十河に視線が集まる!
「残念ですが研究室は見せてもらえませんでした。でも珈琲と羊羹が美味しかった」
 寮長は自慢の茶や菓子を振る舞うのが趣味だそうで、今のハマりものは珈琲だとか。
「そういえば、寮長の部屋が異様に瘴気が濃かったです」
 きっと隣の彼女の研究室から漏れているのだろうが、何の研究をしているのか。
 妖しい疑惑が拭えない。
 十河は今後も玄武寮内の瘴気スポットを探求予定だ。
「そうだ。七不思議といえばアレですよね。何か分かりました?」
 くるーりと集った一同に話題を振る。
 椿が挙手した。
「そうそう、七不思議ね。さっき教えてもらったのは『購買の白川さん』よ」
 曰く、玄武寮の寮生を支える購買の裏に汚い目安箱がある。
 そこに匿名相談を20字以内で書いた紙を投げ込むと、白川さんという謎の店員が返事をくれるのだそうだ。以前、食堂のお姉さんが『彼氏を売ってください』って書いた所『夜舞では販売しておりませんが、人生の中で販売しています』という返事が壁に貼られていたという。ついでに誰も『白川さん』を見たことないらしい。
「目安箱はいつ設置されたのかもわからないんですって。面白いからそのままらしいわ」
 いいのか、それ。
 続く緋那岐が食堂の優衣姉さんに教えてもらったのは、中庭『花梨の石庭』についてだ。
 巨石と枯れ木、そして石の表面の紋様で水の流れを表現した枯山水の美しい中庭。
「花梨の石庭は昔、別の名前で、美しい緑の庭園だったんだってさ。噂じゃ、一晩で石庭になったって‥‥ありえないけど不思議な話だよな。あれ? これって怖い話か?」
 そんな曰くを持つ『花梨の石庭』前の廊下は、歴代の玄武寮生に、毎夜美しい月が拝め、月見の宴が楽しめる鶯鳴きの廊下として親しまれてきたらしい。
「月夜も勿論でござるが、天気が良い日は中庭でご飯とか食べたいのでする!」
 しゅびっ、と寿々丸の手が伸びる。
「中庭か‥‥あそこで食事したら美味しいだろうな。家で弁当作って来たら此処で寿々と食べるか」
「お前達、研究用の弁当ならこれがあるよ!」
 常磐達の話に聞き耳を立てていた食堂のオバちゃんが『愛弁』と書かれた品を積み上げる。
 愛弁。
 それは玄武寮の伝説的名物『哀弁』だ。
 夜行性の玄武寮生に作られた、野菜主体の大盛り二段弁当である。20時から21時の一時間だけ、給食の余り物で作られて安く販売されており、徹夜が決まった寮生に人気で、購入者は夜遅くに研究室で食べるらしい。残り物に、冷えた五目ご飯。愛情ならぬ哀情が詰まった『哀弁』という愛称は‥‥食堂のオバちゃんには秘密だ。
 三人目の神咲が知ったのは、図書館の五十音順に並ぶ図書館の棚の何処かに丑三つ時に立つと、昔そこで亡くなった玄武寮生に人や物が連れ去られる、というものだった。
「最近だと玄武寮の改装前に、嵐で窓が壊れて図書室がめちゃくちゃになった時、何故かその場所の本だけすっかり消えてしまったんだそうだよ。改装してどこだか分からなくなってしまったそうだけど。少し気になるな」
 怖い噂が出たところで。
「それは、今後いったい何が起きるんでしょうね。とても楽しみです」
「‥‥と、図書館の怪? ‥‥ここに来なければ、触れることすら適わない知識が詰まっているわけですし。得がたい財産を全部読むには時間がいくらあっても足りないかもしれませんのに‥‥夜は気をつけます」
 倒れた霧雨を、無人の医務室に届けた八嶋とワーレンベルギアが戻る。
 加えて、ばたーん、と扉が開く。
「学校に七不思議はつきものだって、お母さんから聞きました。でも、陰陽寮だけになんだかアヤカシ系のが多そうです! そ、その前においしいものを!」
 ネネだった。
 後ろにヴェルト達が続く。
「疲れた頭にはやっぱ甘いものよね! あら、こっちにきてたのね。一緒に食べない?」
 賑やかな一団から少し遠ざかった場所に、あんみつを手にした鴇ノ宮がいた。ヴェルトには親近感を覚えるらしい。丁度、購買に行っていた雪が「ただいまなのですよ」と走り込んでくる。
 アルジェントとアズィーズも、シャンピニオンの隣に座った。
「スイーツのリクエストもしたいのですわ」
「あとはスイーツ制覇も!」
「えっへへ、皆で食べると楽しいね! あれ? 寮長? こっちこっちー!」
「ふふ、皆さんお揃いでどうかされました?」


 賑やかに始まった玄武寮。
 どうやら、皆が和やかに集える場所は、食堂『華宝』になりつつあるようだった。