【未来】10年後の子供達4
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 3人
リプレイ完成日時: 2015/05/07 13:46



■オープニング本文

 狩野柚子平の命で、魔の森から救い出されて12年。
 かつて『生成姫の子』と恐れられた子供たちは成人し、それぞれの人生を歩んでいた。


「この度は、誠にありがとうございました。謝礼金はこちらの通りです」
 ジルベリアの貴族が好む礼装に身を包んだ若者が、開拓者の一団に報酬を渡し、その背を見送った。しかし姉妹と双子の開拓者だけが部屋に残っている。
「皆さん、この後のご予定は……特にない、と? 左様でございますか。では個人的に相談事がございますのでご同行願えますか」
 首肯して依頼主についていく。
 相談部屋を出て、受付を通り過ぎ、開拓者ギルドの門を潜った。待たせている大型の馬車に乗り込む。
 車内には既に若者が待っていた。すると彼らの依頼主は息を吐いた。

「おかえり星頼。みんなも」
「ただいま礼文……あー、疲れた。みんなお疲れさま」

 凛々しく毅然とした態度が豹変した。
 礼服の襟首を緩めて背もたれに体重を預ける。
 もう片割れの貴族は苦笑いし、開拓者達は微妙な眼差しをなげた。
「星頼。あなたの主義はわかるけど、別にそこまで気を張る必要なくない? ねえ、エミカ」
 隣の穏やかな姉は「私達しか……居なかったものね」と小声で喋る。
「ダメだよ。壁に耳あり障子に目あり。少なくとも開拓者ギルドへ依頼にくる以上、ぼく代理なんだ。他の開拓者への示しもあるし、訓練の一つだよ。僕は手を抜きたくない」
 双子の少年達は「それ、お義父さんに言われたの?」と強張った顔で問う。
 隣で茶を入れていた細身の青年……礼文は苦笑いして「違うよ」と囁く。
「父さんは『そこまでする必要はない』とか『いい子でなくとも要らない子にならないさ』って言ってくれてる。母さんは『家族なのだから気張るでない』って喋ってくれる。僕らが勝手に意識してる事なんだよ」
「礼文は兎も角、僕は今位で丁度いいんだよ、姉さん」
 イリスは肩を竦める。
「はいはい、分かったわよ。星頼・ウル・シュスト様」

 兄弟姉妹の多くが開拓者に転職した中で、ジルベリア貴族の養子となった星頼と礼文は全く別の道を歩んだ。彼らの養父母が故郷を離れて、神楽の都で開拓者業を続ける中……星頼と礼文は1年近く家族として過ごした。その後、礼文が神楽の都に残って寺子屋に通い、家族との絆を重視して暮らしつつ開拓者籍も得たのに対して……星頼はジルベリア貴族というものに馴染むことを望んだ。
 使用人の仕事や領地、貴族社会を学びだした。
 なにしろ「やってみたい」と言えば彼の養父は興味を支援してくれる人だった。
 城への奉公の伝手はある。本来ならばメイドがするような仕事を、星頼は「やってみたい」とダダをこねた。周囲は苦笑いしてダダに付き合った。三ヶ月程度で変わる興味も、子供故の幼さとして処理された。更に2年が経つ頃には下級の女性使用人と男性使用人の仕事を完全に把握し、やがて上級使用人の仕事に興味を示していった。貴族の城の仕組みを把握した後、故郷の領地界隈で父の仕事を学んだ。
 星頼は……驚くほど聡かった。
 今の彼は、ハウス・スチュワードとランド・スチュワード、どちらの仕事も必要があれば臨時監督する事ができる。十年かけて貴族社会や領地を把握し、そして現在、度々出現するアヤカシ退治の手配をしながら、開拓者籍を持つ兄弟姉妹を動員して、財を成すべく物陰で知恵を働かせていた。

「姉さん、取引先で何か言われた?」
「ギルケ卿に? 本当に助かりました、星頼様に宜しくお伝え下さい……と言われたわ」
「星頼兄ちゃん、貴族に婿入りすんの? あそこ没落寸前だったよ」
「だから良いんじゃないか。将来を踏まえて、ぼくはギルケ卿の持ってる西街が欲しいんだ。素朴な働き者が多いし、街道に近い。商才のある人材や領地の職人をひっぱれば、寂れた場所でも二年程度で復興できる。経営学を学んでくれた礼文もいる事だし。ただ謝礼として土地を引っ張るには雑魚の駆除じゃ足りない。だから何度も『ついで仕事』でアヤカシ退治を手配して、頼ってもらってきた。森の上級アヤカシを叩く話で交渉のカードを切るよ」
「……兄ちゃん、用意周到、怖すぎ」
 双子の片割れこと和が身を震わせる。
「別に全部奪う訳じゃないさ。アヤカシ駆除しつつ、ギルケ卿が持てあましてる余分資産を分けて貰いつつ、彼の家の没落原因を討伐して、助けてさしあげる事にもなるし……両得の話だと思うけどな」
「そぉかな」
 仁が首を捻る。
「本気でギルケ卿の西街ぶんどり作戦するかは、父さん達に相談してからになるんだけど」
「……結局ぶんどるんじゃん」
 星頼の発言に呆れる兄弟姉妹たち。上の兄や姉は強い。そして兄弟姉妹の養父母達は上級アヤカシや大アヤカシを実際に屠ってきた実力者だ。伝手を駆使すれば星頼の目論見はほぼ実現するだろうが何分、手段を選ばない星頼に対して……父母たち家族は善人揃いである。
「でも街道沿いの過疎地をどうやって復興するのかは、ぼくらも知りたい」
 和の発言に頷く仁。
「やるなら手伝う」
 双子には故郷があった。
 五行の東の寂れた寒村。そこに今も生家がある。双子は過疎化で寂れた故郷を復興させる為に、開拓者になった。開拓業と孤児院経営の手伝いで日銭を稼ぎ、貯金し、商売や領地経営に関わる依頼を重ねて八年。まだ具体的な復興プランは思いつかないけれど、双子のどちらも死ぬ時は故郷と決めていた。
「姉さん達は? 手伝ってくれる?」
 エミカは困ったように微笑んだ。
「私は……じきによる……かな。貯金が溜まったから、ケイ兄さんと旅行にでるから」
 エミカは今も養父と暮らしている。穏やかな気質故だろう。貯金をしては開拓業を休んで、旅に出る日々を送っている。今夜は外食がてら旅先の相談をするのだ、と笑っていると妹のイリスが冷たい眼差しを送る。
「その前にエミカ、春のカタケいくんでしょ。沼は深いわぁ……」
「あああ……ばらさないで!」
「今更。私は手伝いできるか微妙かな。カロン家の求婚とか、いい加減、家族に相談しようと思ってるし」
 イリスが開拓者になったのは随分と遅くなってからの話だ。
 それまでは養父母の元で普通の生活をしていた。旅行先はジルベリアが多く、彼女もジルベリア貴族に関する憧れめいたものがあった。ただし社交界を覗き見したいという安易な同期で開拓者になった結果、仕事先で一介の子爵家の若者に惚れられた。
 しかし憧れを見るのと当事者になるのは話が違う。
「カロン……名前より金の家だね」
「その前に一目惚れってどうなの。警護しただけなのに」
「姉さんは好きなの?」
「一回しか会ってない男よ。うう、こんな事なら長期契約を結ぶんじゃなかった」
 養父母から学ぶべきは、男のあしらい方なのかもしれない。
 話をしている間に兄弟の経営する店についた。

「到真、いるー?」


■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
郁磨(ia9365
24歳・男・魔
ニノン(ia9578
16歳・女・巫
ウルシュテッド(ib5445
27歳・男・シ
ケイウス=アルカーム(ib7387
23歳・男・吟
ゼス=R=御凪(ib8732
23歳・女・砲


■リプレイ本文

 到真の店に到着したイリス達が見たのは覚えのある面々だ。
 久々に見た懐かしい顔や兄弟姉妹の養父母たち。
「あら」
「イリス、出入り口に立たないで」
 イリスの後ろから、エミカが体を押し込むように顔を出す。
「おはえり〜」
 天麩羅をバリバリ囓りながら喋る短髪の男は、紛れもなくエミカの養父ケイウス=アルカーム(ib7387)に他ならない。養女の帰着にあわせたアルカームが待ち合わせ先に此処を選んだ。
 イリスとエミカはアルカームの座る席へ行き、仁と和は郁磨(ia9365)のもとへ、そして星頼と礼文はニノン(ia9578)やウルシュテッド(ib5445)達の座っている席へと移動した。


 ウルシュテッド達と近い席には宵星や明星も座っていた。更に膝に幼子。
 ひらりと手を振って「ただいま」「おかえり」を繰り返した後、ニノンが礼文を見て笑う。
「礼文、今度の即売会の準備は順調かえ」
 養母の言葉に「概ね」と堪える真顔の礼文。
 するとウルシュテッドたちの目が死んだ。
 ウルシュテッドは十年経っても全く変わらない妻の趣味に悟りを開いている。
「親の背を見て子は育つ……これも親子の絆か。礼文も逞しいな……」
 子供の目には触れないよう頼んだはずなのに何故だ解せぬ。
 等と過去を振り返る。
 一方、即売会の計画について語る礼文とニノン達は水を得た魚の如き言葉の冴えだ。
「会場の手配は済んだけど、人員の手配がこれからだ」
「ふむ、そうか。しかし……礼文がまさか同人絵巻の業界に片足突っ込むとはのう」
「新しいビジネスの研究を兼ねてるけどね」
「理由はどうあれ主催している事にかわりはない。しかし派手に動くと後悔するかもしれぬぞ。何しろ、この業界は出る杭は腐らせるのが常! このまま行くと早晩禁断の兄弟ものが即売会に並ぶことに」
 隣のウルシュテッドが周囲を見た後「せめて小声で」と諦め気味の声を飛ばす。
 ニノンは一言「すまぬな」と告げた後、小声で秘密の会話を繰り広げる。
 話の中身は聞かない。
「デュフフ……ああ、夏のカタケ当日は二人とも買い物部隊を頼むぞ」
『ニノン、君は揺らがないな。それでこそ俺の嫁』
 ウルシュテッドは渇いた笑い声を発しつつ「我らが女帝陛下の買い物部隊は優秀だからな」とだけ言葉を返した。そして急いで食事を食べ始める。
 一般の皆様の為にも、これ以上、ここにいてはいけない。早く帰ろう。
 ウルシュテッドは固く胸に誓った。


 仁と和は「来てたんだね。ただいま」と郁磨に告げると隣席に腰を下ろした。
 水菓子を食べていた郁磨は小春日の笑みを浮かべて笑う。
「皆が都に集まってるって聞いたから、和達も来るかなぁって思って待ってたんだ〜」
「第六感だね」
「だと面白いけどね〜。ほら、仕事の終わりは到真の店で食べてきたって何度か話してたから、先にこっちへくるかな〜って思ったんだ。お土産話、きかせてよ」
 開拓者になってからも仁や和は孤児院へ帰ってくる。
 姉妹達が施設を出る中、将来の目的が明確な双子は仕事の報酬を切りつめる為だ。会う度に成長を見せる双子の話は、最近では経済学まじりの小難しい話になってきている。
「なるほどねぇ……故郷の復興の為のモデルケースかぁ。俺の村も如何にかしなきゃなぁ」
『俺も二人に習って、復興についてきちんと考えて動かなきゃだよね……』
 寂れていようが故郷は大切で大好きな場所だ。
 郁磨が「あ、そうだ」と何かを思いだし、時計を気にした。仁と和に対して今日の予定を聞き、夕食まで少し付き合えるかを確認する。
 和は「仕事?」と首を傾げる。
「ううん。今日は二人にプレゼントがあるんだ〜。ちょっとついてきてほしいな」
 郁磨達は店をでた。

「いってらっしゃ……あ、まずい。そろそろ出ないと、ゼスたちへの手土産が買えないかも」
 アルカームが立ち上がった。
 イリスの養父母である御凪夫妻の家を訪ねる約束をしていたという。極自然な流れで「イリスも一緒にくるだろう?」と微笑みを向けると、イリスは一瞬葛藤するような仕草を見せた。エミカが肘で脇腹をつつく。やがてイリスは覚悟したように「そうね」と言った。
「決まりだね。じゃあ行こうか。ごちそうさまー」
 エミカ達を連れたアルカームが到真の店を後にした。


「あら、今日は珍しいお客様ね」
 遅れて現れたのは礼野 真夢紀(ia1144)だ。
 後ろにいたのは荷物持ちのオートマトン、そして猫又の小雪。
 礼野は早朝に此処で氷を作った後、昼間は厨房に真白が立つときいて為、気晴らしに出かけていた。何しろ料理に関する同人絵巻『開拓メシ』を細々と作り続けているので、味の研究が欠かせない。しかし相変わらず開拓者として日々を送り、別の飯屋で従業員としても働き、毎週の様に術の修練をして、毎月一度か二度は孤児院に足を運んで縫い物などの手伝いを行う。
 忙しい日々を送る礼野にとって休日は貴重なものだ。
「手伝う?」
 到真は「ううん。旭や母さんも手伝ってくれるし」と礼野の申し出を断った。
 相棒達も忙しなく接客をしている。
 しかし夜には更なる知り合いが集うだろう。
「それより新しい紅茶を入れたんだけど、試飲してくれる?」
「いつもの批評? んー、実はお昼が早すぎて小腹が好いていたところだからね。定食と一緒に紅茶を御願い。勿論、お砂糖は無しで」
「畏まりました。お席にてお待ち下さいませ」
 今日の礼野はお手伝いでなくお客様だ。到真が奥へひっこむ。
 礼野は家族団欒を邪魔しないよう、隅の席へと腰掛けた。賑やかな様子に双眸を細めつつ『大きくなったなぁ』なんて思うのは、細々と見守ってきた保護者の一人故の感慨だろうか。やがて運ばれてきた定食とアイス紅茶を猫又小雪とともに堪能する。
「ここ、他のお店と違うね。お茶屋は料理食べれないの? 食べられるの」
 小首を傾げた猫又に、礼野は「そうねー」とぼんやり言葉を返す。
 魚の骨取りをしながら、小皿に切り身を積み始めた。
「お茶屋っていうのは、本来は色んな飲み物中心に楽しむお店の事だからねー。食べ物じゃなくてお茶が主役だから。例えば紅茶だったら、クッキーやマカロン、パウンドケーキ的なお茶請け程度、緑茶だったら葛餅とか草団子位なんだろうけど……」
 礼野は到真を初めとした店内の者達を見た。
 手元には沢山の飲み物と食べ物がある。様々な希望を叶えている内に、手広い商売になった。それを店主が悩んでいるのも何人かは薄々気づいている。
 礼野は小さな溜息を零す。
「彼の場合は、もうお茶の専門店は別にお店持つ方が適しているんじゃないかな? お料理も一定のファンいるから食べられなくなったら不満に思う人もいるだろうし……」
『ついでに小型の相棒を連れて入れる食事処は貴重だし』
 今度悩んでいたら提案してみよう、と考えながら、礼野は魚のほぐし身の盛られた小皿を猫又の前に差し出した。はぐはぐと食らいつく。
「このお店のお魚、美味しい!」
「今日は仕入れがあったはずだから。よかったね、小雪……あら、又誰か来た。今日はほぼ勢揃い?」
 扉の向こうから現れた古い仲間を見て、礼野は笑って声を投げた。


 その頃、双子を連れた郁磨は港にいた。
 贈られたのは勿論、相棒に他ならない。
 仁にはからくり。和には人妖。更に和へ忍刀「暁」、仁に霊杖「カドゥケウス」が譲渡された。2本の伐採斧「黒栖」は復興も含めて、何かと田舎仕事で役に立つだろう。
「武器は俺のお下がりで、相棒はサムライの和には回復が出来る人妖、巫女の仁には前衛をしてくれるからくりだよ〜。相棒は沢山居た方が楽しいし、頼りになるから、ね」
 双子が選んだ相棒は、美少女型の人妖と屈強そうなからくりだった。
「……何でその子達にしたか、きいてもいい〜?」
「可愛い子連れだと交渉事が上手くできるって兄ちゃんが」
「貧弱な外観だと舐められるから、足して二で割れって姉ちゃんが」
 偏見きょうだい!!
 脱力した郁磨が「まずは手続きしておいでよ」と送り出す。和と仁の背中を眺めつつ、郁磨は頬を掻いた。
『それにしても二人共転職って、俺の影響かなぁ……まるで俺の経歴を逆流してるような』
 悪いことではないが複雑である。二人ともまず最初の職になった後、利便性を追求して転職分野を選んでいるというが、なるべくしてなっているのだろう。
「和、仁。新しい相棒の名前を考えよう。十二年前、俺達が二人に名前を贈った時の様に」
「名前はもう決めてあるよ」
 人妖には『桜雪』、からくりには『四つ葉』の名が与えられた。みんなで出かけた雪のように降る桜の情景は幸せな時代の象徴であり、幸運をもたらす四つ葉は逸話にあやかったものだろう。眩い未来を願う双子の為に、郁磨は祈った。
『故郷を大切に思う二人の願いが成就します様に』


 その頃、アルカーム達は手土産の天儀酒と菓子折を買い込んで友人宅の前にいた。
「ゼースーっ!」
 出迎えたのはゼス=R=御凪(ib8732)ではなかった。夫の御凪縁である。十年経っても外見の変わらない縁は「よお」と短く声を返した。エミカとイリスを見て口元に弧を描く。
「まーた身長のびたんじゃないか」
「これはハイヒールの高さよ。お母さんは」
「奥にいるぜ。膝にあいつが寝てるからな。動けないだけだ」
 御凪たちには黒い髪に琥珀の瞳を持つ息子がいる。悪戯と腕白盛りで体力が有り余る五歳児を、ゼスは厳しく躾られないでいた。どうにも甘やかしてしまう。仕事がない日は家で遊びにも付き合うし、勿論、昼寝も一緒。
「おかえり、イリス。ケイウスとエミカもよく来てくれた。迎えてやれずにすまないな。元気そうでなによりだ」
 ゼスは居間で身動き不能の膝枕と化している。
「ただいまー。ぐっすりね」
「邪魔してごめんね、ゼス」
「……おじゃまします」
 イリス、アルカーム、エミカの順に子供の顔を覗き込む。
「こうなってしまうと三時間はおきないんだ。夜に騒ぐと分かってはいるんだが」
 困ったように微笑んで小声で囁くゼスに、アルカームが朗らかに笑う。
「気にしないでよ」
 手土産は縁に託し、久しぶりの近況報告会が始まった……のだが。
「そうだイリス。貴族に求婚されてるって話、本当?」
 イリスがお茶を吹き出した。
 激しく咳き込む。
 一方、御凪夫妻は寝耳に水の状態で、縁は露骨に眉を顰めた。
「あん? 依頼受けて求婚ってどういう事だ」
「初耳だ」
「そ、相談しようとは思ってたのよ。ただ言い出せなくて、というか困ってるというか」
 歯切れが悪い。そこでイリスは依頼主から一方的に惚れられて困っている現状の説明を始めた。警護しただけの、実質一度しか会っていない貴族の男に求婚を申し込まれ、更に長期警護の契約書に印鑑を押した後の騒動だという事も。
『自慢の娘だ。求婚されることに驚きはしないが……』
『年頃の娘だ、いつあってもおかしかない話だが……』
 ゼスは勿論、夫婦揃って渋い顔。
 部屋の空気が重い。
 イリスは何となく正座になり、エミカとアルカームは静かに部屋の隅へ遠ざかった。
「家族の問題だね、エミカ」
「そうねケイ兄さん」
 部外者が口を挟むわけにはいかない、等と現実逃避を決め込む。
「しかし長期契約か。契約を結ぶ前に相談をして欲しかったとは思うが……」
「ごめんなさい」
 ゼスは肩を竦めた。
「今更起きたことを言っても仕方がない。問題は『イリスがどうしたいか』それが先決だ」
 一方の縁は「不承知なら早々に断るこった。相手に期待持たせるのも酷だろ?」とやや男よりの意見を述べる。ゼスは夫を一瞥した後「いいか、イリス」と冷静に話しかけた。
「一度会っただけの男と無理に一緒になる必要がない事は勿論、誰かと結ばれる事は義務ではない。だができれば……普通に恋をして欲しいと俺は思う」
「う、ん」
「相手を好いているか?」
「一度しか会ってないし、好くとか好かないとかいう以前に赤の他人っていうか、バッサリ断るにしたって仕事に響いたら困るし!」
 色恋より金の問題を気にしている辺り、答えは出ているに等しい。
 縁が顎を掻いた。
「どうしたもんだかなぁ、イリスが断ったとしても相手が納得するかどうかは別だしな」
 どんなに『ノー』を突きつけても全く諦めずに付きまとわれる事例は数多い。
 今は恋愛感情であっても、拒否された途端こじれる事もある。
 イリスの顔が青ざめた。
 縁は露骨に『やべぇ』という顔に変じる。
「ま……まあ、そういう時も上手くやりようはあるぜ」
 慰めなのか言い訳なのか分からない言葉を放つ縁を、ゼスが物言いたげに見守る。
 無言の圧力を感じたのか、縁が己の膝をパァンと打った。
「よぉし、分かった! いざって時に断り切れねぇなら俺を連れてけ!」
「なんで」
「この図体で修羅だ。向こうもびびるだろ!」
 ゼスは「それは最終手段だろう」と冷静な突っ込みをいれる。縁の言動は勇ましいが、貴族のぼっちゃま相手に『親父の屍を超えていけ』をやるのは現段階では早すぎる。延々話し合った結果『仕事を理由にして、やんわりと丁寧に断る』『気のある素振りを見せない』等の平凡な結論になった。
「わぁい……胃に穴が空きそう」
 イリスが床に突っ伏した。
 ゼスが苦笑いする。
「報酬と違約金を惜しむならそれしかないな」
「だってカロン家って、すごい金遣い荒いから良いカモなんだもの」
 隅で聞き耳を立てていたエミカが「イリス、あなた結構ひどいわね」と小声で呟く。
「とりあえず頑張るけど、本当に駄目だったら助けてね」
「ああ、その時は縁を送り込むさ。他にも困った事があれば随時相談して欲しい。力になりたい。その想いはいつだってある。上手く言えなくて、すまないな」
『生真面目と不器用は性格だな。しかし親とは、家族とは……長く考えてきたが、誰かを愛する事はこういう事なんだな』
 一方アルカームは穏やかな眼差しで御凪夫妻を見ていた。
『父親と母親が板に付いたというか……ゼスも縁も、イリスが心配で大切なんだよね』
 アルカームは「俺にもできることがあるなら力になりたいから言ってよ」と軽やかに声を投げた。家族会議という重苦しい空気が消えたので、アルカームとエミカも近くに戻る。
「ケイウス、酒あけるぞ」
「うん」
 台所に消えた縁を見送った後。アルカームは娘を見た。
『エミカもそういう歳なんだよな。成長はとても嬉しいし、いつか手が離れる時が来るって分かってはいるけど……少し、寂しいな。いつか本当の意味で巣立つ時までは、俺が傍でこの子の笑顔を守ろう。そのくらいは、良いよな』
「なあにケイ兄さん」
 アルカームは「なんでもないよ!」と叫び、縁が持ってきた酒を呷った。
 噎せた。
 様子を見ていたゼスが「相変わらず誤魔化すのが下手だな」と言う。
「ケイ兄さん、なんの話?」
「だからなんでもな……そうそう! ね、エミカ、旅行の出発はいつにする? 新しい儀に行ってみる話もいいと思うんだ。エミカも開拓者として頼もしくなってきたし……この前、依頼の報酬が多めに入ったから春のうちに出発しても」
「其れは駄目!」
 部屋が静まりかえる。
 エミカが我に返った。
「春はちょっと予定が……春の終わりとかじゃ、だめ? ケイ兄さん」
「別にかまわないけど……予定が? 仕事かな、頑張ってね」
 娘の頭を撫で撫でするアルカームは知らない。
 娘が『薄くて高い本』改め開拓ケットに染まっている事を。
 唯一イリスが「沼ね」と意味深な呟きをした。
「旅行か、いいな」
 アルカームとエミカを微笑ましく感じながら、ゼスは縁を見た。
「息子も大きくなった。また縁の故郷に旅行できれば、と考えていたな。イリスの仕事が休みの時にでも行ってみるか」
 賑やかな夜が更けていく。


 ウルシュテッド達七人一家は、結局の所、賑やかな時間は到真の店にいた。
「それじゃ、おくってやってね。おやすみ」
「はい。礼文・シェダル・シュスト様。またどうぞご贔屓に」
 酔っぱらった開拓者仲間を借りていた馬車で送り届けるよう気を利かせた後、ニノン達一家は徒歩で帰ることになった。ニノンが微笑む。
「さあ、昔のように家まで皆で手を繋いで歩こうか」
 ウルシュテッドは眠っている幼い娘を背負い、帰路の夜道を提灯南瓜ピィアに照らしてもらう。
 夜空に煌めく星は眩かった。
『家族で家路を辿るのが俺は昔から好きだった』
 こんな風に家族で街から家へと帰るようになったのは、いつだったろうか。
「ざっと数えて十年。星頼たちと会って十二年か……お前達もでかくなったな。まだ身長が伸びるか。伸びるな。半年前より高い」
 星頼と礼文は今では立派な若者だ。精悍な顔立ちに残る幼さが懐かしく思える。初めて『お父さん』『お母さん』と呼んだ日の事も、瞼を閉じれば昨日の事のように思い出せた。
 ニノンも夫の言葉に頷いた。
「会うた時はわしより小さかったのに、子の成長とは早いものじゃ。昔は可愛かったのう。祭りの時など、ほっぺたに金平糖を書いてやっただけで二人とも大喜びじゃったっけ」
「そんな昔の話しなくても」
「よいではないか。ときに星頼、礼文、そなた達も年頃じゃ。好きなおなごはおらんのかえ? 別に好きな男でも構わぬが。むしろ男のほ……おっと」
 ころりと落ちた娘の靴を拾うニノンへ、男性陣が物言いたげな眼差しを注ぐ。
 対するニノンはきょとりと瞳を丸くして「む? 何じゃテッド、その顔は」と問う。
『うーん……ニノンの場合は、な』
 恋しい女或いは恋しい男はいないのかと息子に期待の眼差しを注ぐ母は希有だろう。
「あ、恋バナ? はいっ、お姉ちゃんも気になる!」
 宵星が意気揚々と手を挙げる。縁が希薄か理想が高すぎるのか、こちらも現在未婚である。宵星はウルシュテッドに背負われた娘を見て「私の場合は御縁がないだけだけど、でも『大好きな兄様達』が結婚しちゃう時には……大騒ぎかなあ」と意味深な呟きをした。
 その後も一人一人冷やかしたが、色めいた話の欠片もない子供達にニノンは肩を竦めた。
「まあ、出会いなどは何処に転がっておるか分からぬものじゃ。焦ることもない」
 うちの息子達は仕事熱心すぎる、と。
 他愛もない話をしていてウルシュテッドがある事を思い出した。
「そういえば星頼、礼文。お前達、家の関係で面白そうな事をしているようだね。ここまで相談無しとは頼もしいやら寂しいやら……たまには父さんもまぜてくれ」
 星頼と礼文の視線が交錯した。
 いかに仕事では鉄面皮の二人でも、養父母の前では何年経とうと『子供』のままだ。
 無表情に見えて、二人の視線は忙しなく動く。
「まあ、帰ったらじっくり聞くとして……仕事は楽しんでるかい?」
「うん」
「まあ」
「実を言うと。俺はお前達くらいの歳に家の為に、と躍起になって死に掛けた事があったっけな。自分のした事で自分が多少痛い目を見るくらいなら安いものだが」
 にやりと笑うウルシュテッドの横で、ニノンが「これテッド」と窘めた。
「心配する気持ちはわからんでもないが、好きな事を好きにさせてやればよい。もう右も左もわからぬ子供ではないのじゃぞ」
「あはは、確かに星頼と礼文の人生だ。より豊かになるよう懸命に耕して、存分に楽しめ」
『何をするにも、悖らず恥じず自他を軽んじず……とは耳タコだろうな』
 言いかけてやめたウルシュテッドが星頼たちの頭をくしゃりと撫でる。
 ニノンも胸中で一言なげた。
『こんなに大きくなったというに、いつまでも心配なものじゃな』
「じゃが、星頼に礼文よ。力を持つほど巻き込む人間も多くなる。全ての者に家族や生活や人生がある事を忘れるでないぞ。痛みを知るそなた達なら大丈夫と信じておるがの」
「ホントかなわないなぁ……帰ったら話すよ」
「力になろう。家族だからな」
「それがよい。星頼も礼文も、わしやテッドやきょうだいがおる事を忘れるでないぞ」

 星頼や礼文のまわりは沢山の愛が溢れていた。