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■オープニング本文 吐息も白く凍る冬。 川の水も凍り始めた頃、五行の東では各地の湖に人が集まるようになっていた。 湖の氷は厚く張り、大人が歩いても全く割る様子がない。 人々は釣りの道具を手に、完全防備で宿から湖へ繰り出す。ここと決めた場所に、機材で穴を開け、針の先に餌をつけて糸を垂らす。ただそれだけで、旬の味覚であるワカサギが釣れるのだ。 毎年、開拓者は警備仕事を頼まれているが、あくまで万が一の備えだ。 客と一緒にのんびり時間を過ごしている者が多く、のんびりと釣りをして料理を楽しむ。 料理ができない者は釣った魚を食堂へ持ち込んで調理してもらっているそうだ。 釣っていない者でも高いお金を払えばワカサギ料理を出してくれるそうだが、多くの観光客は宿の台所を借り、自分が釣ったワカサギを捌いて努力の成果を堪能していくのだとか。 男性の多くが釣りに興じる傍らで、女性やカップル、子供たちは刃物がついた靴を借りて、分厚い氷の上を滑って遊んだりするらしい。時々運動神経のいい若者が、飛んだり舞いを見せてくれるというから面白い。 「今年も行ってみようかな」 |
■参加者一覧 / 北條 黯羽(ia0072) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 輝血(ia5431) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / ニノン(ia9578) / 尾花 紫乃(ia9951) / ユリア・ソル(ia9996) / ヘスティア・V・D(ib0161) / シルフィリア・オーク(ib0350) / ニクス・ソル(ib0444) / ネネ(ib0892) / 蓮 神音(ib2662) / ウルシュテッド(ib5445) / 緋那岐(ib5664) / ニッツァ(ib6625) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / 刃兼(ib7876) / 白雪 沙羅(ic0498) |
■リプレイ本文 白雪 沙羅(ic0498)が有る提案をしたのは数日前のことだ。 「明希、ちょっと気分転換に行きませんか? わかさぎ釣り楽しいですよ?」 去年、氷上を滑った湖へ遊びに行こうと誘った。これにはリオーレ・アズィーズ(ib7038)も大賛成で「今年もこの時期がきたんですね」と笑った。 養い子は「……行く」とだけ答えた。 かくして状況は現在に至る。 「わかさぎ、美味しいですよね! 私大好きです。びちびちした魚を見ると飛び掛りたくなりますが、氷水の中に落ちたら危険なので我慢にゃ!」 今年はわかさぎを釣ろう! と決まってから、白雪達が用意したのは天幕だった。勿論、七輪や毛布もかかせない。風邪をひかせる訳にはいかなかったし、何より、籠もりがちな娘の胸中を察したからだ。明希は兄弟姉妹を見かけると、何か声をかけようとしては、結局押し黙って白雪達の所へ戻ってくることが多かった。ふんぎりがつかないのかもしれない。 「リオーレさぁぁぁん、大量ですよ!」 「それは凄いわね、沙羅ちゃん。明希ー、今晩の御夕食は豪華になりそうですよ」 目指すは三人分の食材。愛用の冬支度「ゆきんこ」を着た明希も、面白いように次々釣れ始めると、表情が明るくなってきた。 「何から料理しましょうね。天ぷらや唐揚げ、白焼きも外せませんし」 アズィーズが七輪の鍋でコトコト煮込んだ甘酒を二人に渡す。ふーふー、と美味しい物を口にしている時の明希は心底幸せそうだ。部屋に引きこもりがちになる前の笑顔を見せてくれる。食べている時は、悩み事を忘れられるのだろう。 「明希。色々悩んで、疲れちゃったかな」 白雪は頭を撫でた。 「あのね、明希。立ち止まったり転んだりしてもいいんです。私達は何があっても明希が大好きだし、これからも一緒にいますから。ゆっくりでいいから、これからのこと考えてみましょうね」 「……うん」 「明希、やりたいことはあるかしら。なんでもいいの。少しずつ考えていきましょうね」 アズィーズの言葉に、こくりと頷いた。 「広い湖だなァ……けど、騒ぐと釣れる魚も釣れないンで、喧騒からは離れたトコで釣るかねェ。こっちだぁな」 北條 黯羽(ia0072)達は、湖の沖合に場所を陣取った。岸に近いと子供の声が聞こえるが、そこではそう言った気配が欠片もない。北條は上級人妖の刃那を手招いた。 「なに?」 「釣りの最中はヘスが無理しないか見ておいてくんな。後はまァ……他の相棒連中の手伝いでもしておいて」と言った途端、上級人妖は喜び勇んで飛んでいった。 「やれやれ」 隣のヘスティア・V・D(ib0161)は安静を命じられていたので、釣りに関してはからくりのD・Dが受け持った。 「D・D、はい竿。黯羽〜、手綱よろしく? 釣った魚は全部料理するぜ、ご褒美ってな」 輝鷹光鷹を肩に乗せたリューリャ・ドラッケン(ia8037)は、湯たんぽを女性陣に渡すと温かい飲み物を用意し始めた。ふんわりと湯気立つ紅茶や珈琲を「のむといい」と渡す。 「身体を冷やしちゃいけないぜ」 「ありがとな」 女性陣を甲斐甲斐しく世話した後、ドラッケンは手早く釣りの準備を始めた。一応、ワカサギ釣りで『競争を』という事になっているから競わねばならないし、数多く吊らねば皆で満足な量を食べられない。なにより……ドラッケンはちらりとヘスティア達を見た。 『どうせなんだ。彼女達に良いところ見せたいじゃないか』 ふ、と口元に笑みが浮かぶ。 「さて、競争といこうか」 夫の傍にいたユリア・ソル(ia9996)が振り返る。 「沢山釣らないと味見程度になっちゃうから皆頑張って。誰が勝つのか楽しみだわ。じゃあそうね、私のご褒美は……私があーんって食べさせてあげることにしましょうか」 ユリアの放った一言により、オートマトンのシンと夫のニクス・ソル(ib0444)は殺気立った。 まずオートマトンのシンは使命感に燃えた。 皆が提示するご褒美が欲しいわけでは断じてない。しかし主人のご褒美を夫に渡すのは癪に障る。つまるところ参戦以外の選択はなかった。かくなる上はニクスの穴の近くに場所を陣取り、徹底的に妨害工作を行いつつも、自らの釣り針にはワカサギがかかるように工夫しなくてはならない! 一方、ユリアの夫ことニクス・ソル(ib0444)は、妻の提案した景品を誰かに奪われるわけにはいかない事に気づき、まるで合戦並の気迫と集中力を漲らせる。 『ノンビリ……とはいかないな。こればかりは譲れない!』 カッ、と双眸を見開いた事は誰も知らない。 ワカサギ釣りによる静寂の戦いが始まった。 ヘスティアは釣った魚を調理し続け、途中、生き抜きがてらD・Dを見ると、釣り竿から目を離したからくりは手慣れた仕草で指を動かしていた。 「D・D、釣りながら暇だからって編みもんすんじゃねぇ?!」 「売り物ではなく。赤子用です」 「え? 俺用?! ……お前、釣り、やる気ねぇだろう?」 じっとりと睨むヘスティアの視線を受け流すD・D。 ところで北條は煙管を銜えてボーっとしていた。ヘスティアの身を気遣い、煙草葉と酒は持ってこなかったのだが、それがこれほどまでに暇を持て余す結果になろうとは。 『あー……熱燗と煙草があればねェ。仕方がねェんだけど参ったな』 するとドラッケンは北條の煙管を軽やかな仕草で奪い去り、掠めるような唇を重ねた。 ころり、と一粒の飴玉が北條の口腔へ忍び込む。 「身体を大事にね」 北條は「お、おぅ」とかろうじて返事をした後、口の中の飴玉をころころと転がした。 そしてオートマトンとニクスは……水面下ならぬ氷の下で戦いを繰り広げていた。かたや釣り糸を絡め取ろうとするオートマトンに対し、妨害工作を見越して工夫を凝らす沈黙の男。やがて戦いの釣り竿は二本、三本と数を増やしていく。 原因のユリアは暢気に声を投げる。 「頑張って旦那様〜、負けても健闘賞はあげましょう」 心底楽しそうに。 揚げ物の試作品を作っていたヘスティアは、誰に味見させるか考えた結果、近くで釣りをしていた尾花 紫乃(ia9951)に声をかけた。傍には人妖の桜。膝の上にはマフラーを身に纏った少女が居た。風よけの布を設置してあったが、何分氷の上なので寒そうだ。 「よ、釣れてる?」 「おかげさまでなんとか。事前に教わらなかったら、きっと一匹も釣れなかったと思います。でも桔梗さんの竿にもお魚がかかったので順調ですよ」 そういって紫乃が視線を落とす。木桶の中に張られた水には、数匹のワカサギやヤマベが悠々と泳いでいた。ヘスティアは「凄いな!」と感心した声を上げつつ、揚げたばかりのワカサギを一皿差し出す。 「天麩羅のさしいれ。食べてくれよ」 「ありがとうございます。桔梗さん、少し休みましょうか。ごちそうになったら、お料理の仕方、みせてもらいましょう」 桔梗と呼ばれた少女は「あい!」と言って手を挙げると天麩羅を口にほうばった。 それはそれは、美味しそうに。 神仙猫くれおぱとらは、ワカサギを釣る蓮 神音(ib2662)と春見に文句を連ねていた。 「妾の為に沢山釣るのじゃ!」 「春見ちゃん、くれおぱとらのあれは気にしなくていいからね」 半纏と手袋を着た春見は、釣り糸をひきあげながら食いついたワカサギを見せて「これでいいー?」といちいち確認を取っていた。その度に「そんなんじゃ足りないわ!」と神仙猫が文句を連ねるので、蓮は調理の時に報復しようと心に決めた。 ワカサギはやはり、からあげに限る。 「妾の分が少ないではないか!」 「文句言うなら自分で取って!」 蓮の一喝にむきーっと怒り出した神仙猫は、黒髪の美しい美女に化けて自ら釣りを始めたが、全く堪え性がないので、ワカサギが食いつく前に釣り糸を引き上げてしまう。 「何故じゃー!」 吼える様をみていた蓮が、幼い春見を抱き寄せる。 「春見ちゃん、あんな堪え性のない大人になっちゃ駄目だよ」 人の振りみて我が身を直せとは、よく言ったものだ。 猫又ウェヌスは荷物の上で丸くなり「ニッツァはおにちくにゃ、にゃあは寒いにゃ」とぶるぶる震えていた。じと目で「なんでやねん」と答えるニッツァ(ib6625)。釣りに専念するスパシーバは防寒具はしっかりと身に纏っていたので問題はない。 魚がかかるのをゆるゆると待ちながら。 作ってきたおにぎりを、ぱくりと一口。 「基本的なやり方は教えてもろたけど、うーん。やっぱり氷の上での釣りとかはじめてやから勝手がわからんし。つか、こっちの魚がそもそもわからんな……シーバは知っとるか?」 「受付に、わかさぎ、って書いてあった。だから全部わかさぎじゃないの?」 これとか、と言いながらつり上げた魚を見せた。 が、どう考えても食用でない魚も混じっていた。 ニッツァは「どうなんやろ。少なくとも右のソレは違うとおもうで」と言いつつ仕掛けを直して釣りを再開した。 「シーバ、うまいこと釣れたえぇな。んで、夕方になったら釣った魚で美味いもん喰おや」 「料理するの?」 「そやな。ウェヌは生の方がえぇんやろ? シーバはどないする? とりま天ぷらとアル=カマルのスパイスは作ったけど、どないするー?」 「キャラバンでは、どうやって食べるの? しきたりは?」 「はは、シーバ。そんな妙なこと気にせんでええさかい」 「そう?」 「せやで。いったやろ、ここの魚はしらんって。つまり食べたい味でええんやで」 「じゃあスパイス……」 普段、あまり遊べない時間を埋めるかのように、賑やかな時間が過ぎていく。 「ワカサギといえば色々と楽しめる食材ですね」 御樹青嵐(ia1669)は『釣った後も楽しみです』と考えながら、人妖達に釣りの手ほどきをしていた。沢山釣って沢山食べるには、皆でせっせと釣らねばならない。 「つれましたー!」 「こっちもー」 賑やかな人妖たちをジッと見ているのは輝血(ia5431)だ。 なんとなく、釣りに身が入らない。 人妖緋嵐と文目に手ほどきを終えた御樹は輝血を一瞥した。 片手を釣り竿から話すと、冷え切った輝血の手を握った。 骨ばった男の手のひらが、じんわりと温かい。驚いた輝血はびくりと震えたものの、振り払うような仕草はみせない。 『拒まれていない、のでしょうかね』 確信してから、御樹は耳元に唇をよせて囁く。 「ゆっくり考えて……答えだしてくださいね。待っていますから」 「……青嵐はズルいよ」 輝血はじろりと御樹を見た。 言うこと言って余裕綽々の白面が恨めしい。 「はい?」 「なんでもない。……でも、うん、もうちょっと時間は欲しいから」 優しい言葉に甘えさせて貰おう。 輝血はぽそぽそと小声で返事を返した。御樹が微笑む。 「ええ、勿論です。今こうしていられることが私にとって何よりもうれしい事ですから」 「物好き。あぁ、これで酒があればもっと気楽に楽しめるんだけど……持ってきてない? 熱燗とかいいよね」 「夕飯の要望でしたら、できるかぎり応えさせて頂きますよ。他にご要望は?」 輝血は熱燗に合うワカサギ料理を考え始めた。 「ワカサギは……何時もてんぷらばっかりだったから、たまには素焼きとか煮物もいいかな。まぁ、青嵐のやりやすいようにでいいよ。青嵐の料理なら美味しいはずだし」 任せると言われた御樹は、頬を染めて「わかりました」と応えた。 妹に晩飯調達を任せた緋那岐(ib5664)は人妖七海と一緒に氷の上を滑っていた。 普段なら釣りに興じるか旨い魚料理を検分、といった行動を取る緋那岐も人妖の頼みは無下に出来ない。 『……ナナも滑る。だから、教えて?』 『滑るのか。いやでも』 まてよ、と緋那岐は考えた。 職員になってからというもの連日連夜の研究で身体が鈍っている。更に積雪の余波で部屋に籠もるような生活になってしまっていた。ここは一つ、身体を動かして、鈍らせていた身体を鍛え、日々の悩みを忘れて遊ぶのがよいかもしれない、と。 「よおし! そうと決まれば特訓だ!」 ずどん、ずどん、と岸辺沿いに結界呪符で壁を作った。 「んじゃ、いっくぞー。まずはまともに立つ訓練からな」 子鹿のようにぷるぷると震える緋那岐と人妖が、賑わう子供達の中へ混じっていく。 兄が人妖と氷上を滑る様を観察しながら、柚乃(ia0638)は上級からくり天澪と釣りに興じていた。 沢山釣って楽しもう! と決めていたが、やはり釣り始めると待つ時間の方が遙かに長く感じる。暇だ。最近は趣味のように幻術を使うようになっていた分、暇を持てあました柚乃は『ラ・オブリ・アビス』を用いて、真っ白い毛色に赤い羽織を纏う神仙猫へと容姿を変じた。 自前の七輪に火種で炎を灯し、ワカサギを焙る。 「焼きたては美味いからのぅ。ほっほっほ……こんなものか。あーにーさーまぁ!」 翁の口調が何処かへ吹き飛び、地声で兄を呼んだ。 前方で、兄がすっころんだ。 遡ること数日前、ウルシュテッド(ib5445)は家で宣言した。 「父さんは旨いワカサギ料理が食べたい。皆は?」 妻のニノン(ia9578)は速やかに挙手をした。 「熱々ご飯にワカサギの天ぷらと甘辛タレで天丼なんか良いのう!」 「ああ、ニノン。色々食べたがやはり天麩羅が一番だった……いいね天丼」 「しかしな、我が夫よ。遠出するならわしも旅行気分でいたいんじゃが……どうであろう」 「分かってるよ。旅先で料理させるほど野暮じゃないさ」 旅行先に関しては誰の異論も無かった。 従って仕事は兎も角、それ以外は完全な旅行という事になった。 星頼と礼文も同行し、自由時間は氷上を滑る。 家族を連れたウルシュテッドが刃のついた靴を履く。 「それじゃ運動して腹を空かせるとしようか。旨い飯が俺達を待ってるぞー? で、滑れない人はいるかな。多少は覚えてるっていうなら問題ないと思うけども。二ノンは?」 確認すると、ニノンは笑った。 「わしもジルベリア出身。氷上を滑った経験くらいあるぞ。確か最後に滑ったのは二十年年程前じゃったかの」 「にじゅ……」 「それ以上はいうでない。案ずるな我が夫よ、この位、すぐに思い出すぞ」 言うは易し。 十分もしない内に、息子達と手を繋いで滑ろうと奮闘するニノンがいた。 「ほ、ほれ、母と手を繋がぬか。は、はなすでないぞ」 よろよろよろ、と。 礼文と立つ練習を始めた。 完全な初心者が二人居るようなもので、星頼とウルシュテッドははらはらしながら一緒に練習を重ねた。やがて何とか二ノン達が前に進めるようになったが、中腰で進んでいく。 「やれやれ」 ウルシュテッドは星頼を見た。 「ここに来るのも二度目か、去年の釣りも面白かったな。……最近はどうだい。興味がある事や好きな事、やってみたい事や逆に悩んでる事はあるかい?」 星頼は何かを言いかけて、口を閉ざした。 「ん? 言ってごらん」 「おとうさんは……おかあさんと子供ほしい?」 この子は。 なんて事を聞いてくるのだろうか。 藪から棒な質問に顔を染めつつ、言葉に困るウルシュテッドの外套を、星頼が握った。 「ぼく。色々本を読んだよ」 「そ、それはどういう」 「そうしたら、おとうさんの本当の仕事は開拓者じゃないって」 領土管理の事かな、とジルベリアの故郷を思い出す。 「ぼくは、一番じゃなくていいんだ。本当の息子じゃないから当然だと思う。いつか、おとうさん達の子が、おとうさんの仕事をする事になったら、追い出されたら……それは少し寂しいなって、思って。だから……弟や妹ができて、お父さんの跡継ぎになった時に、手伝いが出来るような、頼ってもらえるような仕事の勉強がしたいな。何かある?」 星頼は遙か未来を見据えて、そんな事を言った。 その時。 ふいにニノンの声がした。 ウルシュテッドの愛犬を呼ぶ。 「ちびー、ちびや。そなた、ソリを引いてくれんかの。礼に美味い魚のソテーをやるぞ」 「きゃん」 空のそりを銜えて走り出す犬。到着を待つニノンが礼文に笑いかけた。 「そういえばの。そなたが面倒を見てくれていた待雪草、もうすぐ咲きそうじゃ。どんな花か知っておるか? 花を一緒に見るのが楽しみじゃ」 家族と花を愛でる春が待ち遠しい。 ネネ(ib0892)とからくりのリュリュは、幼いののと一緒に氷上を滑っていた。 勿論こけないように椅子を借りて支えにしている。 「のの。無理しないでくださいね。大丈夫です、リュリュがついててくれますから!」 「ん」 ののの視線の先には、賑やかな子供達がはしゃいでいた。どの子供も、悠々と滑り、中には後ろ向きなのに前へ進んでいく上級者の姿がある。何も言葉を発しなくても、ネネには分かった。ののは、あの子供達に憧れている。 あんな風に滑れたらいいな、と。 「あ! のの、みてください!」 ネネが一点を指さす。 一人の娘が、優雅に氷上を滑って虚空へ舞った。 「氷の上のジャンプ回転! あれかっこいいですよね!」 言ってから思った。 ののの前でかっこつけたい。 お母さん凄い、って言われなくても、きらきらした眼差しで見られたい。 見られたい! 『こ、この際……神楽舞を使えば、いえでもそんな、スキルを使ってだなんてちょっとズルでしょうか……ず、ズルはいけませんね! でも一度くらいは』 葛藤すること五分。 その間も、華麗な踊り手をののが見ている。 「のの!」 少女はびくん、と身体を奮わせた。 「正々堂々勝負してきます! 見ててくださいね!」 かくしてネネはスキルなしで挑みに行った。素人が一日二日で出来る技術かと言えばそうではなく、スキルを頑なに封印して擦り傷を負ったネネを、よろよろ滑るののが「大丈夫?」と涙目で心配していた。 「これでよしっと」 男装の麗人姿なシルフィリア・オーク(ib0350)は、人妖小鈴を眺めて満足げに微笑んだ。素人作家が集まるカタケットで仕入れた人妖向けのお洒落着は、もふら毛糸で編まれていてとても温かい。繊細なレースに華やかな刺繍。まるで小さなお姫様だ。 「似合ってるわ。かわいいもの」 ふんわり微笑む人妖の人見知りは、以前に比べて随分と改善されたように思われる。けれど見知らぬ人に褒められただけで、顔を真っ赤にして主人の影に隠れる小鈴を見ていると、まだまだ先は遠そうだ。 「いらっしゃい。ゆっくりね」 つるりと輝く氷の上は、太陽の光でキラキラと輝いていた。 食堂では神仙猫のキクイチが食事にがっついていた。 刃兼(ib7876)と娘の旭はワカサギの酢漬け丼を美味しく頂く。外はとても寒いけれど、食堂は楽園だ。手放せなかったフォックスファーも今は膝の上。しんなりした玉葱や人参とともに好物の魚を頬張った旭は「ひゅっぱい……」とまるで梅干しでも食べているような顔をする。 「酸味は苦手か、旭」 「うー、甘酸っぱいのは好き。これは口の中がきゅーってする」 娘の反応を確認する刃兼は『家で作る時は砂糖多めかな』と考えつつ、くすくす笑った。 「そういえば旭。もうすぐ森の里から出てきて二年近くになるだろ」 「ん? うん」 こっくり、と小さな頭が首肯した。 暫く躊躇った後、刃兼は思い切って尋ねた。 「あの……な。里に行ってみたいとか、おかあさまに会えなくて寂しいとかある、か?」 子供達の生成姫依存の程度は個人差があると報告がされている。 真実を伝えて発狂しかけた子供もいれば、哀愁を感じながらも現実を受け入れようと努力する子供もいるという。 『旭、どっちなんだろう』 「お里はきらい」 きっぱりと、そう言った。 ワカサギを箸で摘んで掲げる。 「お里はね、こういうの無かったの。魚はごちそう。よいこのもの。毎日お粥とか時々菜っぱがあって、焼いた芋虫を取り合って……だからね、ハガネのお家はおいしいものたくさんよ。里長様は怖いけど、おかあさまは会ってみたかったなぁ。キレーなんだってー」 一度も生成姫に会ったことのない旭は、そんな話をした。 宿の台所では礼野 真夢紀(ia1144)がオートマトンのしらさぎと料理を楽しんでいた。 色々と思うところ会って、偶には相棒とだけ過ごすことになったのだ。 ワカサギ料理と一口に言っても様々な種類が作れる。 磯の香りを引き立てる青のり混ぜた磯部揚げ。香辛料たっぷりの自前カレー粉を混ぜたアルカマル風の炒め物、定番を選ぶなら玉葱と人参の千切りを混ぜて南蛮漬けにすれば酸味も美味であるし、内臓だけ抜いてオリーブオイル漬けにしたものにキャビアを添えて、揚げた物を……甘く煮た玉葱と卵でとじて三つ葉を添えて丼にすれば豪華な一品料理になる。 「マユキ、シラサギとマユキだけじゃたべきれない」 「誰か食べてくれそうな人、探そうか」 普段のくせで大量に仕上げた料理は、居合わせたシルフィリア達開拓者や観光客に振る舞われ、自然と賑やかな宴会になったようだ。 |