さらば!我らのカタケット2
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/01/27 11:59



■オープニング本文

 牡丹雪舞う神楽の都。
 白銀の大通りには、恒例となったもふら様の隊列が歩いていた。

 寒さにもめげず、もふら様が荷車を引いている。
 覆われた幕で、何が積まれているかは分からない。

 もっふ、もっふ、と懸命に荷を運ぶもふら様たちは、一つの建物に吸い込まれていく。
 搬入口、と書かれた裏口だ。
 そして建物の正面入口には、淡色の衣をまとった幅広い年代の男女が列を成していた。
 頭の禿げた素敵なオジサマが、人々に向かって大声を張り上げる。
「これより、サークル参加者様の入場を開始いたします。皆様、お足元にお気を付けて、ゆっくりとご入場ください。尚、一般参加者様の入場開始予定時刻は、一時間後となっております」
 誘導係員たちが掲げる看板には、

『カタケット〜冬の陣〜』

 という謎めいた文字が記されていた。
 今回は『失われし旧文明や護大ちゃんが熱い』ともっぱらの噂である。

 + + +

 アヤカシと開拓者。
 神楽の都では見慣れた存在も、世界的な人口と比較すれば対した数とは言えず、世間一般の人々にとっては、アヤカシ被害に差し迫らない限りは、あまり縁のない人物たちと言える。
 とはいえ。
 世の中には奇特な事を考える人種が存在するもので、開拓者ギルドで公開されている報告書を娯楽として閲覧し、世界各地を飛び回る名だたる開拓者や見たこともないアヤカシに対して、妄想の限りを尽くす若者たちが近年、大勢現れた。

 開拓者ギルドに登録する開拓者の数。
 およそ2万人。
 神楽の都が総人口100万人と言われる事を考えると、僅か2パーセントに過ぎず、世界各国で活躍する活動的な開拓者に条件を絞れば、その数は更に減少する。
 開拓者とは、アヤカシから人々を救う存在である。
 そして腕の立つ開拓者は重宝される。
 英雄たちの名は人から人へと伝えられ、妄想癖のある人々の関心を集める結果になった。

 彼らはお気に入りの開拓者を選んでは、一方的に歪んだ情熱を滾らせ、同性であろうと異性であろうと無関係に恋模様を捏造し、物語或いは姿絵を描き、春画も裸足で逃げ出すような代物をこの世に誕生させた。
 人はそれを『萌え』と呼ぶ。
 さらには相棒と呼ばれる動物や機械を擬人化してみたり、人類の宿敵でああるはずのアヤカシとの切ない恋や絶望一色の話を作ったりと、本人たちが知らない或いは黙認していることをいい事にやりたい放題である。

 その妄想に歯止めなど、ない。

 妄想は妄想を呼び、彼らに魂の友を見いださせ、分野と呼ばれる物が確立される頃になると「伴侶なんていらない、萌本さえあればいい」そう言わしめるほどの魔性を放っていた。
 やがて生活用品や雑貨の取り扱いを開始し、有名開拓者の仮装をして変身願望を満たす仮装麗人(コスプレ◎ヤー)なども現れ、僅か数年で一大市場を確立するに至る。
 業界人にとって、開拓者や相棒は、いわば憧れと尊敬の的。
 秘匿されるべき性癖のはけ口といえよう。

 四季の訪れと共に行われる自由市は『開拓業自費出版絵巻本販売所(絵巻マーケット)』と呼ばれ、業界人からは親しみを込めて『開拓ケット』(カタケット)と呼ばれた。
 年々増加する入場者の対応を、薄給で雇われる開拓者たちが客寄せがてら世話する光景も、珍しいものではなくなってきていた。

 + + +

「いきてるかー!?」
「寝るな。寝たら死ぬ。死んだら闇の塔が積まれた部屋が晒されるぞ!」
「風評的死亡のお知らせ……」
「夜は明けたんだ! しっかりしろ!」
「は! 新しいジャンルの開拓をせねば! これよりさぁくる狩りに突入す!」
 
 そんな訳で。
 外の騒ぎを知ってか知らずか、アナタはカタケットの会場にいた。
 大きな催しがある為、会場設営という簡単なお仕事に駆り出されたのだ。
 中には行列で凍死寸前の一般人を救うために駆り出された者もいたらしい。
 夜明け前に会場へ集い、仕事を終えた。
 それはいい。
 しかし仕事が終わった後、開拓者達は其々の戦場へと向かっていく。

 戦う相手は、アヤカシではない。

 ある者は、夜明け前から路上に泊まり込んで並んでいる一般人に混じって、入場者列に並んだ。
 ある者は、急いでもふら様のいる搬入口へ走り、売り物の数々を取りに行った。
 ある者は、急いで手荷物預かり所へ走り、衣装を受け取る。
 そして事情を知らない不運な者は、別の仕事を申し込まれ、気がついたら赤絨毯の雛壇にいた。

 そう、ここはカタケット住民の聖地。
 開拓者たちを愛し、相棒を愛してやまない、情熱に満ちた人々の夢の国。
 世の中ではアヤカシは脅威として知られている。
 しかし此処は開拓者本拠地。
 神楽の都は他国に比べて、安全は保証済みと言っても過言ではない。
 しからば萌えずにはいられない。

 会場の渡り廊下では、出張してきた飲食店が立ち並び、身もココロも満たす用意は万全。
 お昼になれば、お決まりのテーマソングを歌う吟遊詩人たちが現れる。
 入場者全員で起立し手拍子を行う、あの一体感が再来する!

「皆様。大変長らくお待たせいたしました。
 只今より『開拓ケット〜冬の陣〜』を開催致します!

 今回は、今までカタケの支援者であらせられた憂汰様が母国へ帰国なされるという事で、盛大な出発セレモニーを閉会式後に計画しております。
 式典タイトルは『さらば我らのカタケット』!
 当催しは本日ひとつの節目を迎え、更なる発展を望みながら春を待ちます!
 その第一歩として、憂汰様は芸術の発展を望まれ、有名開拓者と民衆の距離を縮めたい……と特別な飛空船を自領土との定期便に導入される事になりました。
 野外会場に停泊中ですので是非ご覧下さい。

 また開拓者様のご厚意により、相棒祭を実施しております!
 普段は報告書でしか目にできない相棒たちとの交流をどうぞ!

 えー。
 今回は、旧文明と護大すぺぇすが拡大しております。
 尚、お昼すぎより今回注目の競売。
 等身大木像の限定モデル〜雪の妖精〜先行販売が行われる予定です!」

 雪の妖精とか言っているが、今回はデフォルメされた二頭身モデルらしい。
 有名人は一本の丸太から、寸分違わぬ複製彫刻を作り出される時代へ突入している。
 もはや彼氏や彼女なんていらない。

「俺の嫁は目の前にいる!」

 とか言い出す客も大量に現れていた。

 天儀の少子化問題は根深い。


■参加者一覧
/ 鈴梅雛(ia0116) / 音羽 翡翠(ia0227) / 真亡・雫(ia0432) / 相川・勝一(ia0675) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 露草(ia1350) / 九竜・鋼介(ia2192) / ニノン(ia9578) / リーディア(ia9818) / 雪切・透夜(ib0135) / ヘスティア・V・D(ib0161) / シルフィリア・オーク(ib0350) / 明王院 千覚(ib0351) / 海神 雪音(ib1498) / ウルシュテッド(ib5445) / 緋那岐(ib5664) / フレス(ib6696) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / フタバ(ib9419) / 黒曜 焔(ib9754) / 宮坂義乃(ib9942) / 宮坂 陽次郎(ic0197) / 宮坂 咲渡(ic1373) / サライ・バトゥール(ic1447


■リプレイ本文



 一般入場の開始前は、さぁくる主たちの自由時間だ。
 手早く設営を済ませれば、誰よりも早く目的の品を入手できる。
「本日も一番乗りです!」
 さぁくる『瑞穂の国の人だもの』では料理本『開拓メシ』の最新刊をすぺぇすに積み上げていた。
 今回の中身は2月に備えた『手作りチョコ菓子と美味しいチョコ販売店紹介』と『雛祭りに適した手作りおやつと基本のちらし寿司とお吸い物の作り方』である。
「じゃあ後は御願い! 暫く帰ってこないから!」
 帰ってこないんかい。
 礼野 真夢紀(ia1144)は発行物、及び原稿寄贈アンソロジー&知己委託本を託すと、大きな籠を手に持った。
 本日の為にこしらえたチョコレートのケーキは、故郷へ帰ってしまう黄薔薇のマリィ先生への差し入れ兼贈り物だ。
 ご挨拶の後は狩りと無断木像への粛正作業がある。木端微塵にせねば気が済まない。
「いってらっしゃーい」
 音羽 翡翠(ia0227)は礼野を送り出した。

「ただ今より一般入場を開始いたします」
「あ、始まった」

 隣にはオートマトンのしらさぎが釣りの勘定をしている。礼野の荷物からましな衣類を持ち出して着せているとはいえ……この儚さ。
『……はぁ、やっぱだめだ。戻ってくるまで留守番しなきゃ』
 毎度ながら留守番を任せられない。別な意味で。
「し、しらさぎ姫、これを……」
「いらっしゃいませ? なあに?」
「は! もぉぉぉし訳ございませんが、お客様。贈物は知己以外受けとっておりません!」
 お気持ちだけ! と鉄の笑顔でご辞退を申し上げて追い払う。
「ゆ、油断も隙もない」
『もぉー……はぁ。しらさぎちゃん、大きなお友達に妙な人気あるから一人にさせられないのよねぇ……また春にもこの気苦労が続くのね……』
 音羽が遠い眼差しで明後日を見ているが、無垢なしらさぎは「おつり、よびはにもつ?」と黙々と作業をしている。気が休まらない。泣きたい。
『あー……空龍の黒疾風は中会場に入れないし、あたしもからくりの入手考えた方が良いかしら。この娘を守れるような男性型のが良いわよねぇ……』
 しかし男性型からくりが現れた途端、きっとしらさぎと男性型からくりのロマンスさぁくるが出現するに違いない。音羽の悩みはまるで尽きず、はぁー、と深い溜息を零した。
「あ、そうだ挨拶」
 音羽は最新刊を手に隣のさぁくる主へ挨拶を始めた。

「本日はよろしくお願いします」
「こちらこそ宜しくお願いします」
 隣のさぁくる『藍柱石』では、明王院 千覚(ib0351)が冬のお料理本ともふもふ感あふれる生活雑貨を並べていた。勿論、細かいお釣りの確認も忘れない。普段ならばさぁくる席にリーディア(ia9818)の姿もあるはずなのだが……
「アクアマリンさん、大丈夫なんですか? リーディアさんは急遽欠席したのに」
「大丈夫です」
 上級からくりのアクアマリンは確信に満ちた言葉を連ねながら、リーディアから預かってきた料理本や羊ともふらのぬいぐるみを並べていく。
「正式に奥様から代理を仰せつかって参りましたし、頼まれた挨拶回りのさぁくる一覧も此処にありますから準備は万端です。どうぞ心配せず売り子に勤しんでください。途中、何度か買い物に抜けますが、本日はどうぞ宜しくお願いします」
「なら、いいですけど」
「……そう、奥様は、いらっしゃらない」
 アクアマリンは自分の言葉を反芻し、は、と何かに気づくと足下の木箱に目を留めた。
「今こそ、コツコツと彫り続けた像をばら撒く時……!」
 アクアマリンは自作のちびもふーふ木像(夫婦セット)をさぁくるすぺぇすに並べ始めた。ちなみに競売用の羽衣護大ちゃんは既に出品済みである。
「こんにちは」
 現れたのは艶やかな黒髪の女性だった。
 きっちりと肩で切りそろえられた髪に、地味な藍色の着物。彼女こそが師であり彫刻家。
「寿々師匠、今日で祖国に戻られるとか」
「祖国、というか。仕えているお義姉さまの領地に帰ることになってしまったので。突然、講座をやめてしまって本当にすみません」
「いいえ、そんなことは! 師匠、見ていて下さい。私は師匠の分まで、この地で美しきものを彫り続けます!」
「楽しみにしてます。また会えるといいですね」
 固い握手。
 情熱は国境を越えて受け継がれた瞬間である。
「……あの、アクアマリンさん。あと数時間で出発だそうですし、お師匠さんとゆっくりされてはどうでしょう。こっちは任せてください」
「ありがとうございます」
 二人を見送った明王院は足下の又鬼犬ぽちを見た。
「さてと。大勢並び始めたら順番待ちの御願いをやってね。可愛らしい仕草も忘れないで」
 火鉢を近くに寄せて、薬缶で熱した甘酒を湯飲みに注ぎ、ほっこり一息。
「いたいた。千覚」
 明王院が声のする方向をみやる。
 すると腹に人妖小鈴を抱えたシルフィリア・オーク(ib0350)の姿が見えた。
 大勢の人混みにびくびくしている人妖を何故無理して連れてきたかというと、人妖向けの私服や装飾品を売っている店が多いと聞いたからだった。
「髪に雨粒が……外、降ってた?」
「雪が少し、ね。冬の待機列は下手なジルベリアの極寒より答える、って先に知っていたから衣類は脱ぎ着が自由なものにして寒さは平気だったんだけど、まあ気にしないで」
 それより、とオークが上機嫌で何かを待っている。
 明王院は事前に作っていた順路図を渡すと、買い物の作法をオークに教え込んだ。
「ついでにこれも買ってきてくれると嬉しいのだけど、頼める?」
「任せて。色々ありがと。帰りにまた寄るわね!」
 ひらりと優雅に身を翻す。
 そんなオークの美貌につられる一般人や絵師は現れるもので、行く手を塞がれたオークと怯えているであろう人妖を想像した明王院は「預かる、って言えば良かったかしら」とぽつりと零した。


 一般入場が開始されてすぐのこと。
 ニノン(ia9578)は夫に熱い説明を繰り広げていた。
「テッド。朝まで説明した通り、重要なのは直感じゃ。吟味する余裕はない。ぱっと見で自分の欲する絵巻か否を判断せねば、その為には題名、厚さ、紙の質感までもが判断材料となる。五感を駆使し先入観に捉われず新規開拓する……これぞ開拓者よ」
 くああ、と欠伸をかみ殺すのはウルシュテッド(ib5445)だ。
「これ、きいておるのか我が夫よ」
「聞いてはいるんだけれど徹夜で覚えたから睡魔が。ニノン、俺の目が覚める一言を頼む」
 そこでニノンは的確に夫のツボを突くことにした。
「そなたがくれたアレ……試着がまだじゃったのう」
 前に贈ったガーターベルト。これに滾らないなら男ではない。
「よし任せろ、獲物を教えてくれ」
「現金じゃのぅ。では担いでくれるか、望遠鏡で狙いを定めようと思う」
 ウルシュテッドに抱えられたニノンが望遠鏡を覗く。
「ふぉぉお! 我が夫よ、あそこの『護大たんのこんなのはじめて』と『ナマナリのせいなのねそうなのね』を頼む! わしは限定絵巻『夜の天儀一武道会』を入手せねばならなくなったぞ! 一刻後に大伴×藤原さぁくる前合流じゃ!」
 身を捩って飛び降り、猛然と早歩きで人混みに消えるニノン。
 我に返ったウルシュテッドは「表題が一々あれだな」と苦笑しつつ、献上する絵巻を探しに行った。ニノンも絵巻も俺の嫁、と豪語する男に休む暇はないのである。


 その頃、事務局の腕章をつけた酒々井 統真(ia0893)は、さぁくる主たちから見本誌の提出をうけていた。
 それはいい。
 それはいいのだが……
「本日は宜しくお願いいたします。見本誌の提出に参りました」
 と言ってきたのは鈴梅雛(ia0116)のからくり瑠璃であった。
 酒々井、思考停止。
「さぁくる?」
「勿論です。ついに主様の絵巻を作ってしまいましたが自信作です!」
 ずずいと差し出してきたのは『雛と愉快な仲間たち』と記された絵巻物である。
「流行に乗りまして、旧世界での主様と小隊の皆様の活躍を面白おかしくコメディータッチで描いてみました。未だ拙いですが、主様への愛のこもった作品です」
「よくひいなが許したな」
「いえ」と言ったからくりが手を左右に振り「存じませんよ」と言い切った。
「恥ずかし過ぎて、主様には見せられないです。執筆も留守を利用してこつこつ仕上げました」
「一応、聞くが……ばれないか? 知らないぜ?」
「主様に見つかる心配は有りません。ご自分のじゃんるは恥ずかしいらしく、こちらには来ませんから。それでは失礼します!」
 ちゃき、と姿勢を正してさぁくるに戻っていく。
「お、おう」
 遠ざかる背中を見送って手元を見た。確認するのも事務局の仕事のひとつだが、ほんのり百合めいた内容に気づき、心頭滅却してぱったり閉じる。そして所定の位置に本を積む。
「雪白」
 天妖は「なにさ」と顔を出す。
「相棒祭にでもいって、交流楽しんでこい。怪しい動きをしてる奴が居たら仕事もするって感じで、降りてきて近くの警備員に知らせろ。その後は被害の報告な」
「分かった。ボクもここの捌き方分かってきた気がするし……マナーなってない人がいれば傾国の美貌とか使って穏便に御願いするよ」
 ふよーん、と飛んでいった。


 音羽に、さぁくる『瑞穂の国の人だもの』を託した礼野は黄薔薇のマリィに会いに来ていた。
 遠くに聳える痛い飛空船を見て『ああ、高位開拓者でなくて良かった』と謎の安心感を覚えつつも、マレア・ラスカリタに渾身のチョコレートケーキを差し入れる。
「マリィ先生、また戻ってきて下さいね」
「領地が落ち着いたら、そうしたいわね」
「あれ……侍女さん、いませんね?」
「寿々のこと? 弟子に会いにいってるのではないかしら。それはそうといいの?」
 アレと指さした先にはしらさぎの木像が競売にかけられていて。
 礼野は「失礼します」と叫んで全力で走った。


 搬入した売り物の物量に圧倒されるフタバ(ib9419)がせっせと場を作る中で、黒曜 焔(ib9754)は自作の丸っこい可愛いもふら絵巻を胸に抱きつつ、会場を見渡した。
『ああ……この節目、微力ながら私も全力で盛り上げたいものだ……』
 黒曜の気合いは全身のもふら装備から見て取れる。
「こくよーさん、まだあるんやで」
「ごめん。そうだね。こっちも並べ終わるから待って」
「あ、そうや。ゆきちゃんのおかげでできたお守りも飾らなあかんね」
 もふらのゆきちゃんのもふ毛で編んだお守りを並べつつ、フタバはふいに思った。
『こくよーさんと一緒のカタケットもこれで何度目やろ?』
 思い出せない。でも……
『こくよーさんとはなんやかんやと長いつきあいやけど……もふらさまと一緒にこうやってわいわいできるのはええねぇ』
 好きなものを愛で、好きなものを作り、楽しい時間を過ごしつつ、誰かに喜んで貰える……そう思うと俄然やる気が湧いてきた。フタバは「ゆきちゃん!」ともふらを振り返る。
「もふ〜? ねむいもふ」
「もでるも御願い! このこくよーさんお手製のもふてぃあらも似合うはずや」
 フタバ達の情熱は、もふらたちにはよくわからない。
 ゆきがどうでもいいや眠らせて的な態度を示す中、何故か、すごいもふら改めおまんじゅうちゃんは「おしゃれはまかせるもふ」と素晴らしくやる気を見せていた。
 当然、喜ぶ黒曜はこれでもかとばかりに愛しのおまんじゅうちゃんを飾り付けた。その姿は歩く宣伝である。
「じゃあ可愛がられてくるもふ〜、ついでにさぁくるの宣伝もふ〜」
「わかった、おまんじゅうちゃん、いっておいで」
 黒曜は極上の笑顔で送り出す。
 一方のおまんじゅうちゃんは『これで可愛いっていわれるはずもふ〜、おねだりしたら美味しいものがもらえたりするもふ? 実践もふ!』とよだれを堪えつつ欲望に従順であった。
 遠巻きにおまんじゅうちゃんの行動をみていたゆきも行動の意図に気づき「しかたないもふ」と言いながら装飾を強請る。
 おまんじゅうちゃんに続けば美味しい物が手に入る!
「ゆきちゃんはお姫様みたいにした方がええやろか。こくよーさん、そっちのあくせさりぃってゆきちゃんに似合うかな」
「毛並みを引き立たせるようにこっちの品はどうかな……」

 その時。
「わぁ、かわいいんだよ。この衣装や装飾はお兄さんが作ったの?」
「いらっしゃいませ。はい、そうなんです」
 ひょっこりと顔を出したのはフレス(ib6696)だった。なんだか賑やかで楽しそう、と安易に足を踏み入れた彼女は、幸いにも可愛らしいもふら区画に足を踏み入れていた。
「こっちのお守りも、全部手作り?」
 フタバは「うん、そうなんや」と言いつつ、最近ドはまりしている人妖サイズの自作人形を披露してみせる。
「わああ、すごい! 私こういうの初めて見たんだよ。とっても良くできてて凄いね!」
 純粋な賞賛を聞いたフタバは嬉しげに製作のこだわりを語りだした。そして思う。
『流行るとええなぁ』
 夢広がる。
 入れ替わりで鈴梅ももふらさま商品に釘付けになり、さぁくる前に立ち止まった。
『あのお守り、ほしいです』


 ところでさぁくるの一角に熱い情熱を振りまく者がいた。
「原稿に追われ、納期に責め立てられ、調整に苦労した一ヶ月!」
 近場のさぁくる主達に語り口調で呼びかけているのはさぁくる『rouge et noir』の主ことヘスティア・V・D(ib0161)だ。
「ついに努力は報われた! 汗と涙と魂と煩悩を注ぎ込んだ珠玉の一冊を憂汰さんに捧げるぜ!」
 おぉおぉお!
 と謎の統一感を醸し出している。
 ようは周囲に呼びかけて、艶本、悲恋本、憂汰本を創りあげたらしい。
 冥土のみやげならぬ、旅路のお供だ。
 盛り上がるヘスティアを気にも留めずに、自サークルで黙々とレースを編んでいるのはからくりD・Dだ。
「D・D〜、これから憂汰氏に貢ぎ物届けて来るけど、どれだっけ」
「こちらを」
 春物レースの中から繊細な真珠折込レースケープの包みを渡した。これほど精緻な作品を仕上げられるようになったのは、間違いなく長年の自作生活からだろう。
「おっし、じゃあ届けてくるぜ!」
 るるーん、と身を翻した刹那。
 ことり、とD・Dが机の上に何か置いた。ほぼ反射的に振り向くと……
「ってD・D! 俺の紐ビキニ人形なんざうるなぁぁあ! いつの間に作ったよ?!」
「良い売り上げになるもので」
「既に売却済み!?」
「レースは部品にお金が掛かるんです」
 そう言う問題ではない。

 男性絡み合う絵柄の前を、純朴で穢れないまなこを持つフレスが通りかかった。
『あっちも、見たことのある人の絵なんだね。でも……何故みんな着ている物を肌蹴たりしているのかな? お兄様達がなんで男の人達同士で抱き合ったしてるんだろう』
 面と向かって質問されたらば。
 誰もが赤面して裸足で逃げ出したくなる疑問だが、フレスは此処で無垢な結論を弾き出す。
『そっか! きっと皆、仲良しなんだね!』
 しかしフレスの胸には既に怪しいトキメキの炎が宿り始めていた。
 腐るのは時間の問題に違いない。


 フレスが次に通りかかったのは雪切・透夜(ib0135)のさぁくる『向日葵』だ。
「わぁ! とっても綺麗なんだよ。読んでも良い?」
「ええどうぞ」
 雪切は今まで描いた亜人やからくり女性のイラスト、絵付き解説本の総集編などを発行していたが、中でもひときわ目を引いたのは『お嬢様や姫』を主題にした愛らしいイラスト集だ。エルフや神威人、修羅やジルベリア等各地のお姫様についてや華やかな衣装を網羅している。
「最期の人は見たことない人だけど、とっても素敵だね! ありがとうなんだよ!」
 見本絵を見せて貰った後、御礼を言って去っていった。
 雪切が「見たことない人、ですか。確かにね」と呟いて新刊の後ろをひらく。
 そこに描かれた真っ白い素肌のお姫様は、唯一、実在しない人物だった。精霊のお姫様と題した姿絵は、真っ黒なドレスに黒真珠の黒髪を靡かせて、利発そうな眼差しをこちらに向けている。
「夢で見た、不思議な女性ですから」
 ぽつりと呟いて微笑む雪切を、オートマトンのヴァイスだけが見ていた。


 相棒に翻弄される開拓者はどこにでもいるらしく、サライ(ic1447)は護大ちゃんの仮装で羽妖精レオナールのさぁくるに引っ張られていた。仮装というよりは半裸である。
「さあ、サライきゅん! 誘惑して売って売って売りまくるのよ!」
 さぁくる『黒兎の穴』では、サライ関連の総受け絵巻であるとか、球体関節人形などが売りに出されており「こんなのダメだよ……帰らせて」とサライは抵抗をしていた。
「サライきゅん」
 ぽみ、と小さい手が肩に置かれる。
「頑張ったらごほうびあげちゃうわよ」
 ぴら、と用意されたのは人前で口に出来ない絵巻の数々で■■とサライが■■■で■■の■■をしているなど、つまるところ健全な男子の熱情を呼び覚ますような代物が大半を占めていた。ぴーらぴーらと鼻先に吊して表紙を見せると格納する。むごい。
「わ、わかった……やるよ!」
「イイお返事ね、最高よ」
 ああ、純情なオトコ心を翻弄される少年がここにもひとり。


 相川・勝一(ia0675)は人間不信ならぬ人妖不審になりそうだった。
「では我は忙しいので後は頑張るがよいぞ?」
 上級人妖桔梗。主人を舞台の生け贄に捧げて自さぁくるへ逃走。
「桔梗ー!? ちょっとー!?」
 抗議の声が虚しく響く。
「……また騙されました!? どうして、どうしてこんな目に」
 何度も同じ策に填ってしまう己を嘆く相川をなぐさめたのは、同じく雛壇に立たされていた真亡・雫(ia0432)だ。儚い微笑みのまま、ふるふると首を振って明後日の方向を見上げる。
「悲観したってしょうがないさ」
「ですけど」
「僕はもう考える事をやめることにしたよ。これも仕事の内だし。人に喜んで貰える……開拓者として、いいや志士として本望なことだよね?」
 言いながら。
『あれ……おかしいな視界がぼやけてる気がする』
 ぶわっ、と涙腺から吹き出す涙が完全に割り切れていない真亡の心理を教えてくれる。
 相川は消えた桔梗への愚痴を零しながら舞台上で着替えはじめた。今日に限って手荷物に『まるごととらさん』が入っているのは、きっと天の助け。もそもそと着込んで立ち上がった。
『この格好なら、恥ずかしくない!』
 まるで聖なる衣を纏ったような心強さ。相川が無敵の衣を手に入れたことにはしゃぐ一方、真亡の様子を見ていた上級人妖刻無が「こうするとよろこんでくれるみたいだよ」等と言いながら服の合わせ目をぐいーとひっぱった。
「ちょ、刻無、これ以上は」
「頑張れば次回も仕事が来るかも」
「そんな仕事は期待してません」
「えー、マスターには頑張って働いて貰わないと! あ、僕これから、前回チェックしたところを回らないと。行ってきまーす」
「こ、このままでどこ行くのさ、刻無ー!?」
 まもなくして真亡が剥かれかけたように……否、相川は上級人妖の手によって、褌一枚になるかならないかの攻防戦を繰り広げることになる。


 事務局ではケイウス=アルカーム(ib7387)が怪我人や凍傷の手当に勤しんでいた。
「次はこんな事ならないようにね。女の子なんだから」
「は、はひ、ありがとうございました、ケイウス様ぁ」
 頬を染めて去っていく一般人に手を振り返す。
 目の前の人々を見ていても時々発見する不届き者はしっかり注意していく。
「そこの人『お手を触れないで下さい』ってね。こんな事しちゃダメだよ」
 痴漢はそそくさと逃げていき、仮装麗人には声をかける。
「大丈夫? 事務所で休む?」
「大丈夫です。ありがとうございました」
「そっか。楽しんで行ってね!」
「絶好調だな」
 同じ事務局の腕章をつけた酒々井が声を投げた。
 話をしつつも、ごーりごーり次回の申し込み受付票を集計している。
「うん、仕事楽しいよ。薄い本はちょっと困るけど」
「楽しい、か。そういう感想が出てくるとは思わなかったぜ」
「そお? 何だかんだで前回は面白かったし、きゃーきゃー言われるのも悪い気はしない。へへ。ガルダも思う存分、飛べる場所だし」
「そうか」
「じきにお昼だし、ガルダを呼ぶついでに見回りしてくるよ」
 アルカームは腕の腕章をしっかり確認して、事務局を出た。
 これで誰にも邪魔されずに会場を歩き回れる。
 遠くで立体像の即売会が始まっていたが、自分の像を発見して少し困る。
『ああいうの。誰が買うんだろうなぁ……、あ』
 二頭身にデフォルメされた愛娘の立体像を発見して「エミカのは可愛いなぁ」と素直に感動していた。

 ケイウスの馴染む様を見ていた酒々井は、我が身を振り返ってみた。
 輝ける鉄壁の腕章は事務局の証明。
「巻込まれない為に……と働き始めたはずが、ちょっと愛着を持ってきている自分が嫌だ」
 そこへ野外へ遊びに行っていた天妖雪白が戻ってきた。
「ただいまー、外凄かったよ。人と船が」
「ああ、噂のアレか。憂汰が帰る奴だろ」
「そ。さらば諸君! とか言いながら何か色々喋ってた」
「そうか『さらば』か。さみしく……いやいや一安心できるな、安心できなきゃおかしい」
 自分の正気度を確認する酒々井がいた。


 一方、すっかり耐性を身につけた警備の緋那岐(ib5664)は「妹がこないなぁ」と呟きながら首を捻り『まぁいっか』と結論付けると、次回さぁくる参加して販売予定のブツのネタ集めをしていた。通りがかりにさらりとメモを取り、そこに妄想も追加しておく。
 仮題名は『時紡ぐ夢絵巻』だ。
「こんなもんかなー。あ、そーだ。旧世界の紹介資料的なもんがあるか探しに行こう」
 人妖七海が「仕事中なのに」といいつつ、後に付いていく。
「見るだけだって。ガチで読むなら本部に戻って見本誌かしてもらうし」
 それもどうなのか。
「いつか、さらなる知識と何かを求めて、じっくり探索してみたいところだなぁ」
「あそこに護大の旗が」
「いや、そういうのはいい」
 興味はゼロであった。


 警備に出ていた者の中には、冥越之 咲楽(ic1373)やからくりのティルも混ざっていた。咲楽は名簿をぱらぱら捲って妹の名前を見つける。
「楽しそうな催しね。人が多くて少し歩きにくいけど、確かこの辺なのよね。ティル、見つかった?」
「見つけました。あちらで相棒と本を売っているようです」
「ですって。お師匠さん、いきましょ」
 咲楽が声をかけた空いては「ああ」と言いながら、通りに張られた肌色の絵から目をそらした。なんだか機嫌が宜しくない。
 彼らの向かう先に見える人影。
 さぁくる席に座るオートマトンの桜花が楽しそうに描いているのは、自分の主人だ。
 横で売り子をさせられている主人こと宮坂 玄人(ib9942)は「何で俺が」とぼやく。
「しかたありませんわ。最近は早割がお得なんですもの。次こそはリバありで、ふふふ」
 謎の呪文を呟く桜花の横で玄人が顔を覆う。
 こんな子に育てた覚えはない。
「あら? あちらにおられるのはお兄様とお師匠様?」
 玄人、思考停止。
「なんだと?! あれは警備員の腕章……ってこっちくるー!?」
 師匠に加えて咲楽の姿まである。
 よりによって何故今日なのか。玄人は運命を呪った。
「見つけたぞ、玄人。こんなところで何をしている!」
 宮坂 陽次郎(ic0197)は机を挟んで弟子に詰め寄った。なんだこれは、と流れるような自然さで本を手に取り、じっと凝視する。
「この角と翼の生えた男に抱っこされてるのは玄人じゃないのか? 随分際どい絵巻だが」
『ひいぃいぃ!』
 玄人は心で絶叫した。
 師匠から本をひったくる事も、その場から逃げ出す事もできなかった。
 わたわたしている間に、自主規制な項を発見した陽次郎は、羞恥で顔を赤く染める。
「しゅ、しゅしゅしゅ春画!?」
「ちが」
「ま、まさか今までこの本を描いて売っていた……?」
 それは桜花です、と申したい。
 が、玄人の口から声が出てこない。
 ブルブル震えている師匠の隣から手元を覗き込んだのは咲楽だ。
「へぇえ、これが噂に聞く薄くて高い本って物かしら? 随分、楽しそうな代物じゃな^い。今度私も混ぜて頂戴」
「兄上、笑うな! そんな日、来ねえよ!」
「やぁだ冷たい……ってお師匠さん?」
 ゆらり、と動いた無言の陽次郎。その背に仁王が見えた。
「玄人……貴方は一度、一から修行をし直す必要があるようですね」
「ちょっ、師匠? そんなに怒らないで?!」
「問答無用! そこになおれェ!」
「俺の趣味じゃないから! 断じて俺の趣味じゃないからー!!!!」
「ちょっ、乱闘沙汰はダメですよ!」
 警備員が乱闘を疑われる事態発生。

「この場合の不届き者は……誰なんでしょうね、雪花」
 傍らの上級羽妖精雪花に問いかけた海神 雪音(ib1498)は暫く考えて悩み込み……
「放っておきますか」
 見知らぬふりを貫く事を決意した。正座が喜ばれている時点で、この空間は何かがおかしい。噂に聞く開拓ケットは噂通り特殊な性癖を持つ者達の集いらしいと察した。
 海神はくるりと踵を返す。
「それにしても見つかりませんね、九竜さん」
『ご挨拶をと思ったのに』
 何度か知人を見つけたかと思ったが、其れは仮装した赤の他人だった。
「そうですね。雪音と同じ格好してる人も沢山いますし……雪音も有名人なんですね〜」
「私のそっくりさんは兎も角……皆さん良くそっくりに作っていますよね」
 化粧とはここまで化けるものなのか。
 ふと遠くに自分の姿絵を発見して、海神は足早に逃げていく。

 海神の死角すぺぇすから粛正騒動をまったりと眺めているのは、放心気味の九竜・鋼介(ia2192)だった。
 何故かさぁくるの席に座っていて、しかも自分をネタにしているよそさまのすぺぇすだ。
「事務局の仕事で申し込んだと思ったら、瑠璃にさぁくる入場させられていた。何を言っているのか俺にもよく分からないが……、普通はああ言う反応なんだよな」
 すると。
「すまんな、主殿」
 横にいる上級人妖瑠璃が謝罪してきた。
『今度の報酬たる『クリュウさん駄洒落総集編』だけは手に入れねば!』
 等という本音はおくびにも出さず。
「何分。どうにかして主殿を連れてきてくれぬか……と頼まれたのでのぉ。安心せよ、事務職の仕事は他の人に頼んでかわってもらった故」
 すまんな、と言いながら、用意周到な策略に加えてこの物言い。
 九竜は既に反論する気も失せていた。
『まぁいいか。問題は……』
 ちらりと一瞥すると、さぁくる『駄洒落サムライ』のさぁくる主が一心不乱に筆を動かしている。血走った目が怖いし、鼻息が荒い。
 何事もない事を祈るばかりだ。

 やがて催しも終わりを迎える。
 閉会式の後は、憂汰の送別会が始まった。
 こっぱずかしい飛空船が空中に浮かび上がっていく。
 甲板で号泣している男装の麗人憂汰ことウィタエンジェ・ラスカリタが何かを叫んでいる。隣に並ぶのは道中の警備として雇われている柚乃たちだ。

「ありがとう! ありがとう諸君!
 ぼくは今日という日を永遠に忘れない! さらばだ、愛しき者達よ!」

 らーらー、と甲板の楽団が音を奏でる。

「派手じゃのう」
 ニノンは戦背嚢を背負い、両手に絵巻がみっちりつまった風呂敷包みを抱えていた。
 一週間分の買い物帰りの母ちゃんみたいであるが、驚いてはいけない。
 既に『読むのは後日でいいや』という類は出張飛脚のおっちゃんたちに宅配を頼んでいる。
 それでもこの量。
「テッド」
「なんだい二ノン」
「そなたとここで会うて一年。まさかカタ結婚に至るとはのぅ」
「開拓ケットで出会って結婚……だからカタ結婚か、上手い事言うね。記念のイベントがあるのはいいもんだなあ。あの出会い方は生涯忘れないよ」
「ならば生涯共にカタケを楽しもうではないか」
 旦那に更なる腐教育を考えている二ノンであるが、それを愛情表現と知るのは夫であればこそ。
「おうとも。ならば願おう。カタケットよ永遠なれ、ってね」
 結婚指輪に口づけして出た台詞は彼の運命を、半ば決定づけていた。
「永遠か、よいのう! 死ぬまでに数万冊は揃えたいところじゃ」
「…………すう、まん」
「何を驚いている。仮に年四回カタケへ行き、毎回25冊買って一年に100冊、90年で9000冊じゃぞ」
 二ノンの毎回の購入冊数は25冊どころか100冊を超えている。
 家が禁断の書物で埋まる気配をヒシヒシと感じながらウルシュテッドは空を見上げた。
『考えるのやめよう。そうさ、絵巻ごと嫁にこいと言ったのは、俺だし』
 背中に哀愁が漂う。

 野外会場で見送る大勢が敬礼している。


 さらばカタケットの申し子よ。
 いつかまた、どこかで出会えますように!