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■オープニング本文 ※このシナリオは初夢シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲーム世界に一切の影響を与えません。 ※このシナリオは、シナリオリクエストによって承っております。 国は時として歴史を隠匿し、都合良く変える。 天儀歴1024年、冬。 この十年で、五行国は軍事国家に変貌を遂げつつあった。 それを可能にしているのがジライヤや人妖に続く、人工相棒『愛代(アイタイ)』である。 人間の屍を利用し、極限まで性能を高めた愛代のお陰で、陰陽寮という四年制の学舎を巣立った志体持ちは……凡人ですら高位の術者と肩を並べられる危険な兵器を持てるようになった。 愛する人間を生き返らせ、死後も共に戦う。 この一見、美談に満ちた美味しい話には大きな裏があった。 単なる屍を強力な相棒に変える為には、五行国へ絶対の忠誠を誓わねばならない。愛する者を生き返らせる見返りに、術者は国の所有物にならねばならない契約にハンコを押す。破れば死罪。そして安らかに眠る遺体を一度『愛代』に変え、戦いの中で消耗してしまうと……大きな代償と悲劇を生む。 きっと。 最初の発明者は、こんな結果を望まなかっただろう。 十年前、この世に人工相棒『愛代』を発表した研究者……玄武寮の先代寮長、蘆屋東雲。 突然姿を消した彼女の事は多くが忘れ去っていた。 再び姿を現す、その日まで。 「戦へ招集命令です。柚子平さん」 封陣院の四大頭、東区長こと狩野柚子平の所へ、分室長の一人が走ってきた。 何年も前に失踪した蘆屋東雲が都の正門に現れ、無数の屍を引き連れて政権打倒を叫んでいるという。 城への到着は時間の問題。 猶予は一時間、あるかないか。 「既に調査で本人と判明し、抹殺命令が下されました」 「随分と急いた話になりましたね」 長く柚子平達は職務の影で蘆屋東雲の消息を追っていた。 人助けや遺体の売買。 何気ない事件を調べ続けて辿り着いた先に待っていたのは、屍を操る闇の女帝。 「狙いは東雲さんの首と最新の禁術です。生成姫の居城に残されていた雲の下の遺失技術を使って、愛代の自我復活と複数体操作を成し遂げた様子。一方でからくりの如く命令は絶対。上は欲しがるでしょう。他国に渡さぬよう、鎖国状態にし、開拓者の支援も断ったそうです」 「目覚めの悪い結果は避けられませんか」 古き同僚は、戦場で何を思っているのだろう。 +++以下は当【夢々】世界観でのみ活用される用語と設定です+++ ●新相棒【愛代】(アイタイ)とは 【解説】国に認められた特別な陰陽師の禁術「愛代の刻印」で動く、呪具の白仮面をつけた生ける屍。媒介になる呪具「愛代の仮面」と原料の人骨(完全体)、術者の練力と瘴気を原動力として、封陣院所属の陰陽師のみが体得するスキル「愛代の刻印」により生前の姿を具現化し動く。術者の命令にのみ従う忠実な下僕で、生前の記憶は失っている。命令に頷くことはできるが、自我がない為に言葉を発しての会話はできない。国に登録する愛代は倫理概念上、実の家族(養父母・子供、含)・親戚・兄弟姉妹・恋人・婚約者のいずれかであった遺骨、でなければならない。犬猫などの動物の愛代は暴走するとの研究上の結論から禁じられており、存在しない。愛代の顔全面を覆う呪具「愛代の仮面」を剥がれたり割られてしまうと、元の人骨に戻ってしまう。 ●愛代専用の陰陽師スキル『愛代の刻印』とは ・名称:愛代の刻印(キミニアイタイ) ・属性:無 ・消費練力:100/消費行動力:1 ・物理or非物理:非物理 ・射程:5 ・必要アイテム:呪具「愛代の仮面」 ・付与効果【壱】(効果/効果値/効果時間/効果対象):特殊/+0/1日/朋友 ・解説:愛する者を復活させようとした陰陽師の研究者、蘆屋東雲が編み出した禁術。愛する者の遺骨を、呪具「愛代の仮面」と術者の練力と瘴気を原動力として、生前の姿を具現化し、意志のない下僕として動かす。それ故、国とギルドで認められた公式登録者でなければ使用することが出来ない。また愛代が既に死んでいることに代わりはなく、愛代を生前の姿に具現化して維持する為に、耐えず練力と瘴気の大量供給が必要不可欠。このスキルが無ければ、朋友「愛代」を具現化することも連れ歩くことも不可能。術者は朋友「愛代」を1日動かす為に、練力を100消費する。また瘴気の無い環境で愛代を動かす為には練力を120消費する。 ●相棒「愛代」の戦闘能力一例 【1】『殺意ノ守護』(サツジンキ) 解説:自身の二倍以上の大鎌武器を使って、3連続の物理攻撃を行う。 【2】『惨劇ノ歌』(サンゲキノウタ) 解説:内蔵された瘴気と練力を使って、呪いに満ちた奇声を発する。 【3】『永遠ノ束縛』(ハナサナイ) 解説:人骨全てに纏っている粘着性の瘴気を強化し、敵1個体を羽交い締めにして束縛する。束縛された者は如何に足掻こうと骨に絡み合って逃げることは叶わない。 【4】『再会ノ約束』(アイシテル) 解説:己の原動力として蓄積された練力を、一度だけ術者に返すことができる。保有する50%の練力返却が可能だが、返却の技は高度であり、返した途端、ただの人骨に戻って動かなくなる。 【5】『死神ノ宣告』(サヨナラ) 解説:愛する術者を守る為に特攻し、己の練力と瘴気を敵一体に叩き込む大自爆スキル。生涯に一度しか使えない技の威力は、強力な上級アヤカシに致命傷を与えるほど。一度使うとただの人骨に戻り、砕け散ってしまう。あなたの愛しき愛代は永遠に失われ……二度と再構築できない。 ●相棒『愛代』導入変遷 <天儀歴> 1015年:人工相棒「愛代」の原型「屍姫」の発表。東雲、世間から糾弾される。寮長職を解任。 1016年:五行東の魔の森の増殖が再開。神楽の都で開拓者が術を使えなくなる奇病「術失病」発生。 1017年:開拓者の休業が相次ぐ中で、対大アヤカシ合戦で開拓者ギルド勢惨敗。多数の死者が出る。緊急性から「屍姫」の利用が持ち上がる。東雲が寮長職に復帰。同時期に術失病の原因が判明。病は収束に向かう。 1018年:開拓者籍を持つ上位陰陽師へ「屍姫」改め新相棒「愛代」の試験遺体を一時貸出配布。 1019年:世論が不快感を示す中、戦において身内を失った開拓者間で新相棒「愛代」が爆発的な指示を得る。 1020年:陰陽師職への転職者増加。陰陽四寮の全開放。陰陽寮の卒業証として禁術『愛代の刻印』が与えられる事になる。愛代開発者の東雲が玄武寮の寮長を辞任。「違う」と書かれた文を残し失踪する。 1021年:相棒「愛代」の五行国と開拓者ギルド二重登録制度導入。所有者申請が義務及び免許化される。 1022年:五行王暗殺事件が発生。新王就任。軍備などに国費が回され、治安悪化。 1023年:五行国内の物価向上に伴い、治安が更に悪化。犯罪の数が急激に増え、墓荒しも増加。 1024年:東雲による反乱「愛代一揆」(当依頼) |
■参加者一覧 / 青嵐(ia0508) / 柚乃(ia0638) / 御樹青嵐(ia1669) / 尾花 紫乃(ia9951) / ネネ(ib0892) / 无(ib1198) / 尾花 朔(ib1268) / ウルシュテッド(ib5445) / 緋那岐(ib5664) / 十河 緋雨(ib6688) / 呂宇子(ib9059) / 朱宇子(ib9060) |
■リプレイ本文 蘆屋 東雲(iz0218)蜂起の知らせは、瞬く間に知れ渡っていた。 だが五行国職員達の強い興味をひいたのは東雲の技術に他ならない。屍一体を操るだけでも恐るべき練力と瘴気を要求されることを大勢が知っていたからである。たった一人で何百体もの屍相棒『愛代』を使役する事が可能になれば、五行国は偉大な戦力を手に入れる。そうでなくとも言葉と自意識を失った『愛代』が言語を喋りだす、という知らせは大勢に衝撃を与えていた。 「ふふふ、こんにちは」 封陣院の中央本部にある青嵐(ia0508)の研究室を尋ねたのは、大きな箱を抱えた尾花 紫乃(ia9951)だ。 「来ると思いましたよ。どうぞ」 薄暗い研究室に誘う。 上機嫌の紫乃が箱を開けると漆黒に塗られた人骨が詰まっていた。 足のつま先から葉の一本に至るまで欠けていない男性の全身骨一式だ。毎日のように磨き、隅々まで手入れをされているので水晶のように艶やかな光沢を放っている。紫乃は「少しまっててくださいね」と語りかけると、割れた仮面を青嵐に差し出した。 「この前、戦の折に割られてしまって」 「伺っていますよ。同じものを作っておきました」 生前の顔が分かる仮面を手渡した。 「ありがとうございます!」 紫乃は旧友から渡された呪具「愛代の仮面」を抱きしめた。 うっとりと仮面をみて、そして箱の頭蓋骨を愛おしげに眺める。 「あの、ここで発動してもいいですか?」 「どうぞ」 青嵐の無機質な声を聞くやいなや、紫乃は虚ろな頭蓋骨の顔に仮面を被せた。 「……聞け、全能の理よ。 遙かなる刻の彼方に在りし王。 我が身の御霊より連なりし根源の母よ。 汝の慈悲に抱かれし者を、今一度、我が元へ与えたまえ。 我、ここに汝に誓う。 彼、ここにありて夜の闇に溶け、誓いの御印を我は刻まん。 我が声、我が祈り、我が願い、我が魂を贄として、我が誓願をききたもう……」 呪文詠唱と共に漆黒の骨がガタガタと音を立て始めた。 大気から集約された瘴気が人骨に吸着し、ぶくぶくと膨れて疑似肉を創りあげていく。 瘴気は何にでも変化する万能な物質であるが、其れを凝固するには定められた手順と術式、そして術者の素養が要求される。愛代の構築はいわば人体の練力を糊にして在りし日の姿を具現化するもの。紫乃の前で練り上げられ、汲み上げられた人骨は、濃密な瘴気を纏って柾目の床に立ち上がった。 すらりと伸びた足、均衡のとれた引き締まった体。 蝋のように白い肌と艶やかに伸びる黒髪。 美しい一対の翡翠が目覚めた。 「ああ……朔さん!」 紫乃は肉が完全に凝固してから愛する男に抱きついた。 莫大な練力の消耗など気にもならない。 焦がれてやまない夫が、再び目の前に立っているのだから。 「会いたかった。ずっと、会いたかったんです。仮面を壊してごめんなさい」 復元された尾花 朔(ib1268)は何も語らない。 ただ真っ直ぐに虚空を見つめて全裸で立っているだけだ。 「ねぇ朔さん。私を抱きしめてください。ほら、ぎゅうって、やってみて」 朔の両腕が動いた。 ぎゅう……と。 かつて『妻』であった己の主人を抱きしめる。 命じられた、その通りに。 人骨を基盤として構築される相棒『愛代』は自我を持たない。術者の命令だけを従順に守る機械のようなものだ。けれど紫乃は構わなかった。ぬくもりのない体でも、恋した夫が自分を見てくれるなら……其れで充分だった。 「夫婦の愛を確認しているところ恐縮ですが」 青嵐はごほん、と咳払い一つ。 「先に何か身につけてくれませんかね。男の体を鑑賞する趣味はないんですが」 「あ、ごめんなさい! すぐに」 恍惚とした表情で翡翠の瞳を見ていた紫乃が我に返った。少女のように顔を赤らめ、箱の底にあった衣類を持ち出す。これに着替えよ、と命じればいいのだが、紫乃は朔の着替えを甲斐甲斐しく手伝った。 「ふふ。新しい礼装です。新調したんですよ、朔さんをびっくりさせたくて」 朔は何の反応も示さない。 紫乃は一方的に喋り続ける。 「……感謝してます。青嵐さん」 「何がですか? 仮面でしたら製作費は後日請求なので」 「そうじゃなくて、朔さんを愛代にしたらどうか、って勧めてくださった事です」 今から数えて七年前。 天儀歴1017年頃、紫乃は絶望の中にあった。 1015年に朔と結婚したものの、丁度一年後の結婚記念日を祝った直後、朔が急死したのである。何の予兆もなく、何の苦しみもなく、布団の中で眠るように逝った夫の遺体に、紫乃は縋りついた。伝染病が疑われ、火葬された朔は地中に埋められ、伴侶と生きる目的を失った紫乃は、さながら泣き続ける亡霊のようだった。 『……朔さんを、愛代にする気はありませんか?』 陰陽寮のよしみで声をかけた。 紫乃は学び直し、術式『愛代の刻印』を手に入れると、墓を掘り起こして朔をこの世に再臨させた。妻であった紫乃には政府公認で墓荒らしを行う権利があった。 尤も……自我が無い事を悟って後悔した時期もある。 「青嵐さんがいなかったら、今はありません。最初は仕事が辛くて、朔さんがこのままで、失望したこともありましたけど……今は違います」 結婚指輪をはめた手で朔と手を繋ぐ。 「あの人を捕まえられたら、朔さんがもう一度、私の名前を呼んでくれるんですよね」 あの人……蘆屋東雲の研究成果を手に入れる事ができれば。 今度こそ愛する人が蘇る。 奇跡に縋って、愛代を手に入れ、肉人形を前に絶望し、それでも手放せなかった人が帰ってくる。 紫乃の瞳は狂気を帯びていた。 「いやぁ……愛が重いですねぇ」 第三者の声に、青嵐と紫乃が振り返った。 戸口に真っ赤な髪を揺らす女性が立っていた。 三十半ばの彼女は、現在の地方知望院の分室長こと十河 緋雨(ib6688)である。 「私と朔さんの事を馬鹿にする気ですか?」 「いえー、そんな気はありませんよ〜、私だって同じ穴のムジナですからね〜」 十河が「まーるこー」と間延びした声を放つと、廊下から真っ赤なドレスを着た少女が現れた。青嵐の作った呪具「愛代の仮面」を装着している。 「紹介しますよ〜、私の娘の丸子です〜。丸子、お辞儀を」 紅蓮の服の少女が服の裾を持って会釈をする。 「お子さん?」 「養女ですよ〜、朱雀寮出身なら話くらい聞いたこと無いです? 昔は『生成姫の子』なんて呼ばれてましたけどね〜。とっても可愛がったんですけど、残念ながら病死ってやつですよ〜」 十河が娘の髪に手を伸ばす。 艶のない茶色の髪は真珠の髪飾りで飾られている。 「でもねぇ。今はいつでも一緒ですよ〜。ほら、このドレスなんて昨日届いたばっかりの、ジルベリア産ジュエルスノー社製の新作で丸子に似合……」 「ご用件は何ですか」 延々と続きそうな我が子自慢を一刀両断した青嵐に、十河はひらひらと手を振る。 「久々のマジな戦いなんで、メンテに来ただけですよー。戦の最中に割れたんじゃお話になりませんからねぃ。色々改造も相まってアヤカシ化しやすい子ですから、頼みますよ〜」 「分かりました。朔さんの仮面も終わりましたし、そちらへ」 青嵐が長椅子を指さす。 「十河分室長。改造も程々にしてください。暴走後の責任は終えませんよ」 「わかってますよぅ。だから割り増料金にして誓約書を書いてるじゃないですか〜」 青嵐は金払いのいい客である十河を一瞥して溜息を零す。 「つくづく」 「なんです?」 「貴方の娘にむける情熱とやらが分かりません」 「それはお互い様でしょ〜? 希代の仮面師。あなたの愛代『軍勢』も……かなりの変わり種ですよぅ」 十河が一瞥した部屋の隅には、童子人形のような愛代が鎮座している。 青嵐が呪具仮面の職人であるように、彼もまた改造型愛代の使役者であった。一般の愛代と異なる術を使える青嵐の愛代『軍勢』は、元々死産した弟の遺骨と自らの左腕の骨を用いて作り上げた異色の実験個体である。 だから青嵐は左腕がない。 「紫乃様〜、集合です〜」 廊下から現れた天妖の名は槐夏といい、元々は尾花朔の人妖であった。主の死後、その伴侶に仕えることを決めた槐夏は、狂い続ける紫乃の隣に立ち、血で血を洗うような戦いに身を投じた結果、今では秘薬の恩恵もあって指折りの天妖となった。 「今いきます。青嵐さん、ありがとうございました」 「いえ。それでは頼みましたよ、紫乃さん」 「はい! 行きましょう朔さん! 槐夏、きっと明日からは朔さんとお喋りできますよ」 笑う紫乃を見た天妖は「は……い」と微妙な返事をした。 かつての主人を一瞥する。 『マスター……本当に、いいのですか』 彼女を行かせて。 このまま戦って、大勢の屍を築いて、自我を取り戻した時、果たして彼は何を語るのか。 分からなかった。 考えても考えても、答えなど出るはずがなかった。 なにもかもが変わってしまった。 全てが。 紫乃が踊るような足取りで部屋を出ていく。 朔と天妖が後ろを追う。そして残った青嵐は十河の愛代の仮面調整を始めた。 死者と共に暮らし、死者と共に生きる者達の姿は、他国でこそ歪だが……鎖国状態にある五行国の中では、当たり前になってしまっていた。 彼らと同じ様な野心を、他の陰陽師達も抱いている。 「こんな所にいたんですか、星頼くん」 若者の名は星頼といった。 かつては十河の養女丸子と同じく『生成姫の子』と呼ばれた子供達の一人だったが、今では五行国の職員だ。 「知らせは受けましたか。提灯南瓜に言いつけたんですが」 歩み寄る男の名は御樹青嵐(ia1669)と言い、現在の封陣院南分室長である。ちなみに星頼にとっては同じ寮の先輩であり、現在は上司と言えた。 「きいたよ。ピィアが赤紙を持ってきた。でも、もう30分くらいは訓練したっていいじゃないか」 御樹が唸る。 目の前には、命令に従って訓練を積む相棒『愛代』がいた。 素材は彼の養父ウルシュテッド(ib5445)……元々はシノビ等の技術に優れた名うての開拓者だった。天儀歴1017年の大戦で死亡した後、陰寮を卒業した星頼が家族の反対を押し切って愛代化した。 「相変わらず、美しい技の冴えですね。元がいいと違う、とはこの事でしょうか」 「父さんは誰より優れていた。だから絶対に奪う」 「蘆屋さんの研究成果ですか。世紀の論文が没になりましたねぇ」 星頼は長く愛代の研究に打ち込んでいた。 議題は失われた自我の構築である。 「僕の功績なんてどうでもいいんだ」 星頼は断言した。 「確実な術式があるなら手に入れる。そうすれば家族が戻るんだ。母さんも、兄さんも姉さんも、礼文だって分かる本物の父さんを……復元できる」 星頼の瞳の奥に眠る、遠い日の記憶。 『人手が足りないらしいんだ。父さんが行ってくるよ。すぐ戦場から帰ってくるからな』 ウルシュテッドは約束を守った。 彼はすぐに帰ってきた。物言わぬ骸となって。 術を封じられて魂を抉られた、とか。 一緒にいた小隊の者達が様々な話をしていた気がするが、星頼の耳には何も入らなかった。母の背中は小さくなり、双子の兄と姉は泣いていた気がする。 盛大な葬儀後は、家族といえない寄り合いのような空気が家に漂った。 学業に逃げた星頼は、いち早く『愛代』の事を知った。 そして母に問うた。 『ねえ、おかあさん。七夕みたいに、もしも一晩でも父さんに会えるなら、会いたい?』 『そうじゃのう。七夕のように会えたらな』 きっと。 あれが運命の分かれ道だったのだ。 星頼はウルシュテッドの愛代化を決意した。 そして…… 「記憶がないから駄目なんだよ。自我がないと意味がない」 御樹の横で愛代として動く養父を見た星頼は「姿形が同じだけならアヤカシとかわらないんだ」と呟く。どこか遠い記憶を浚う星頼の暗い瞳は、愛代となった養父が家族に受け入れられなかった現実を物語っていた。 「目的の為ならなんでもする。それは、あんたも同じはずだろ」 御樹は苦笑いした。 「ふ、聡い貴方は嫌いです」 「僕も今のあんたは嫌いだよ。御樹分室長」 「仮にも上司なんですから、敬語を使ってほしいものですがね」 「上司らしい事をしてから言ってよ。どうせ今回も裏で動くんだろ。僕の仕事は?」 嫌みの押収を繰り返す二人は、先輩と後輩、上司と部下の垣根をこえて、少しだけ馬の合う事があった。野心と渇望、人間らしい善意を切り捨てた欲望への貪欲さ、そういった容赦のなさは綺麗事を連ねる人間よりも許容しやすいものだった。 綺麗事だけで世の中は回らないと知っているからだ。 「これを。今回の計画です」 ぴ、と差し出した小さな書き付けに軽く目を通して、星頼が火をつけた。 「やる気だね」 「今日を待ち望んだようなものですから。いい機会ですから、柚子平さんには色々な責任負って御退場願いましょうと思ったまで。あの人は後進に席を譲るべきです」 「僕は見返りをきっちり貰うよ」 「貴方の現金主義は好ましいですよ。では後で」 身を翻した御樹の前には少女がいた。 「行きますよ。嵐姫」 ぬばたまの黒髪に紫水晶の瞳。 かつて愛した女性に瓜二つの少女は、顔の下半分を呪具の仮面で覆っていた。 装着者の顔が見えるように。 本来、専用仮面は全面を覆うのっぺりした物であるが、御樹は研究の結果、面の面積を半分まで減らすことができた。おかげで屍の顔を拝める仮面は広く人気を集めている。だが名声より何より、御樹は立身の野心に囚われていた。 娘を死なせ、愛する人が彼の元を去った時。 御樹の中の何かが、壊れて砕けてしまった。 恐らく、愛娘『嵐姫』の愛代化は……彼の狂気と執着の現れだろう。 この国では……誰もが狂気を抱えている。 時は少し巻き戻り。 蘆屋東雲が放棄する前夜の話になる。 国内において人目に付かない良い隠れ場所は寺院や墓地だった。東雲は寺に泊まり込んで俗世から身を隠す傍ら、同胞達に連絡を取った。同胞というのは、彼女の意志に同調或いは賛同する者達であり、何れも彼女と同じ愛代持ちだった。 一つ違うことは、彼らには東雲の恩寵があったということ。 「東雲さん。戻りました」 ざ、と墓場裏の森を抜けて現れたのは少年の愛代を連れた无(ib1198)であった。地方の書庫で司書として務める彼は、東雲の蜂起を計画を知った時から地道に動いてきた。 「呪具を全ての場所に配置しました。明日、城へ攻め入った後に起動すれば、一時的に乱闘騒ぎになると思います」 最初、国中の愛代の自我と自立を取り戻そうと奮闘した東雲と无だったが、残念ながら練力不足と術式の不安定さが相まって、上手く発動できないことが分かった。この結果によって愛代の自我と自立を取り戻す作戦が失敗に終わる事を悟った後は、短時間でも実現可能な領域を調べて、蜂起の中で活用する計画へと切り替えた。 命令に従わない愛代は、国にとって厄介でしかない。 その混乱の最中に五行王を討ち取る。 全ては愛代を兵器とした軍事政権打倒のために。 「ご苦労でした。明日に備えて、ゆっくり休んでください」 「御意。……アルド、部屋に戻りましょう。明日は体力を使います」 傍らに立っていた少年の愛代は「う、ん」とぎこちない声を発した。自我を持たないはずの愛代に、自我を取り戻させた東雲の天才的な技術は右に出る者がいない。東雲に組みする陰陽師達は、大なり小なり、その技術を欲していた。 「……貴方も来ていたとは意外です」 本堂を横切ろうとした无は同志を発見した。 色褪せて艶の無くなった黒髪に張りつくのっぺりとした仮面。愛代用の呪具に似た仮面を被っている女の名はネネ(ib0892)と言った。中央本部の封陣院で分室長にまでのぼりつめた優秀な女性であるが、此処にいるという事は地位を捨てたという事だろう。 「……だんまりですか」 ネネは无の姿を見ると、再び首を元に戻した。物言わぬ仏像の前で、膝に小さな女の子をのせている。少女は愛代に他ならない。疑似肉で作られた髪を、丁寧に撫でている。 「そうしていると、どちらが愛代かわかりませんね。明日は宜しく頼みます。では」 无が去っていくと、ネネはかつて娘であった愛代に語りかけた。 「アルドお兄さんに会えてよかったわね」 ネネの愛代と无の愛代は兄妹関係にある。血のつながりこそないものの、共に同じ里で育ち、同じ様な日々を過ごした。そして今は死後、養父母に操られる身だ。 「後でお別れの挨拶をしましょう」 ネネは後悔していた。自分のエゴで墓で眠っていた娘を起こしてしまった事を。 失うには若すぎたのだ。 娘が戦に巻き込まれて死んだ時、己の無力さを呪い泣き叫んだ。 現実を認めたくなかった。やり直せるチャンスが欲しかった。けれど藁にも縋る思いで手に入れた愛代は、再構築した屍に過ぎなかった。その時、己の醜悪さを悟った。 愛する者の死にすら縋る、己の強欲に幻滅した。 毎日が罪に濡れた生き地獄のようなもの。 何度、橋から飛び降りようと思ったか。 『娘の声が聞きたいですか?』 現れた東雲の術式は、ネネの娘に自我を与えた。声を戻した。家の中に無邪気に笑う娘が帰ってきた時、ネネは心から喜んだが……共に暮らす内に関係の歪さを悟り始めた。 東雲に『誰にも知られてはならない』という条件付きで得た新しい術式。これのお陰で娘が自律した後、屋敷内の閉鎖空間で楽しい時間と引き替えに得たのは……決して過去は戻らないと言う苦い現実に過ぎなかった。なぜなら愛代は屍によって構成される者だから。 屍に体温はない。 屍に味覚はない。 屍は歳をとらない。 違いは年を重ねる事に開いていった。 ネネの娘は決して生き返った訳ではなかったのだ。 屍を起こしたのは間違いだった、と悟ったのは……こんなに年老いてからの事。 「ごめんなさいね。のの。私のせいで沢山つらい思いをさせてしまった……でも、もうじきよ」 安らかな眠りを与えなければ。 そして今度こそこの子を一人にはしない。 我が子に縋るネネの姿を、遠巻きに呂宇子(ib9059)が見ていた。 真っ赤な花魁煙管を持って紫煙を吐く。燻る煙草の光を、隣から見ていたのは全く同じ容貌を持つ朱宇子(ib9060)だ。嗅覚のない愛代は煙草の煙をあびても『煙たい』とすら思わない。陶器のような血の気のない唇が動く。 「ネエさ、ん。カエろう……やっぱり、こ、んなのオカしい、よ」 愛代は人体の精巧な再現である。 必要となる人骨は、いわば『お菓子の型』だ。同じ場所に同じ臓器、同じ筋肉、同じ肉量を構築するには骨が必要不可欠である。たった一つの臓器が欠けただけで外殻が崩れるのだから不思議だ。そうして完全再現された人体が生前の様に喋るには、東雲の術式以外にも愛代の自発呼吸が欠かせない。呼吸不要の屍が、生前の時のように大気を肺ためて、意図的な収縮を行い、声帯を動かす事で音を発する。 ただ一口に『喋る』と言っても、生きていない愛代に人間と同じ真似をさせるのは大変だったと……呂宇子は思い出に浸る。 「ネエ、さ、ん」 「帰ってどうするのよ」 刺さるような言葉に愛代「朱宇子」は押し黙った。 生前の彼女には故郷があった。 夫が居た。娘が居た。温かい家庭を持っていた。 けれど愛代になってからは双子の姉である呂宇子と共にいる。姉が自分を再構築するほど依存していた事に驚く暇もなく、今の自分が人間のまがい物である事を朱宇子は実感せざるを得なかった。 今の二人は主人と道具。 それ以上でも以下でもない。 思い出すのは、自我を取り戻した夜のこと。 『おはよう、朱宇子。ねぇ晩ご飯に炊き合わせ作ってよ、久しぶりに食べたいの』 目覚めて早々、姉にせがまれて夕飯を作った。当然の様に土間に立って料理をつくる。料理の感覚は体が覚えていたが、味見をして愕然とした。 味がしなかった。 病気かと思って治療術を行おうとして、発動しないことに首を傾げ、医者に行こうとして気絶した。 『朱宇子!』 目覚めて見るのは自分を覗き込む姉の顔。 『私から離れちゃだめよ。いい。絶対に50メートル以内にいるの。わかった?』 朱宇子の頭の中は疑問だらけだった。 何が起こったのか。 何故うまく声が出ないのか。 姉と見知らぬ部屋で暮らす毎日。 夫と娘が会いに来てくれないのは何故か。 やがて不可解な呂宇子の言動を裏付けるように真実を知った。 天儀歴1017年の合戦で、自分が夫を守って死んだこと。 今の自分が『愛代』と呼ばれる瘴気生物であることを。 「そんな顔しないでよ」 煙管を置いた呂宇子が立ち上がった。 「別に無茶する気はないし。東雲さんには恩義があるわ、だから戦う。それだけよ」 んー、と背を伸ばす呂宇子は立って身を翻す。 「お風呂いって寝るわ。一時間位したらぐっすりだと思うから、部屋にはいなさいよ」 愛代を生前の姿に具現化して維持する為に、術者は耐えず練力と瘴気の大量供給が必要とされる。つまり術者の意識が消えた段階で愛代は人骨に戻ってしまう。 「……うん、ワかった。おやすみ。ネエさ、ん」 朱宇子が手を振る。 呂宇子が長い廊下を歩いて角を曲がり、浴場の傍にきて壁に持たれた。 ふー、と深い溜息を吐く。 『いつからだろ……あの子の目を、まともに見れなくなったのは』 「死に物狂いで学んで、愛代を手に入れたけど……姉として最低なことしてるわよね」 己の勝手で妹の墓を暴いた。 妹の夫が墓参りに来て棺が暴かれた事を知った時、当然、妹の夫は家へ押し掛けてきた。 名の知れた開拓者だ。 愛代の事を知らぬはずがない。 『自分が何をしたか分かってるのか。居るんだろ、朱宇子! 朱宇子ォォォ!』 『喧しいわね。帰ってよ。あの子はもう、あんたの妻じゃないの。自我がない事くらい、知ってるでしょ! あの子の所有者は私よ! 国とギルドが認めた、私の愛代なの!』 あの頃は、確かに自我は無かった。 でも今は…… 「耐えられなかったのよ。ひとりなんて。だって……ずっと一緒だったんだもの」 呂宇子は壁に背を預けてずるずると座り込んだ。東雲の力で妹の自我を復元した後から、胸中を締めつけるような感覚は益々増した。ずっと待ち望んだ妹との再会だったのに、何かがずれていく。分かっている。それでも手を離せない。 私達はふたりでひとり。 「ごめん」 誰に対してかわからない謝罪を口にしながら、呂宇子は誰もいない廊下で膝を抱えた。 「ひでぇ……」 遅れて招集に応じた緋那岐(ib5664)の見たものは、凄惨な屍の海だった。 蘆屋東雲の新技術獲得を目標にした政府の決定は、動乱に乗じて大量の死者を生産せよ、という大凡人道とはかけ離れた非常なもので、民衆もかなりの数が巻き添えになっていた。 次から次へと生まれる屍に、青嵐の愛代『軍勢』が触れていく。 「甘い死、きたれ!」 本来人骨から構成される愛代だが、どうやら青嵐は死んだばかりの屍を一時的に愛代化して城に収容し続けているようだ。封陣院の職員として人妖作りをしている緋那岐は同僚の言葉を思い出した。 『私は全ての人を愛しています。失われる事は悲しいこと、いつか私が五行王になった暁には、何も失われる事のない五行を創ってごらんにいれますよ。妥協はしません』 「相変わらずだなぁ。まー、人のこと言えないけどさ」 緋那岐の後方には天妖七海と愛代『ユノ』がひかえていた。若くして死んだ双子の妹で、元の名は柚乃(ia0638)と言う。 「うーん、まずは寮長探さないと……」 緋那岐が動乱の中に身を躍らせた。 城内の一角では何故か十河緋雨と御樹青嵐が睨み合っていた。 「いやぁ、なぁにしてるんですかね〜」 「私は柚子平さんの不手際を王に報告したいだけです」 「益々聞き捨てならないですね〜、ゆっぴ〜に濡れ衣を着せる気ですか〜?」 同じ政府軍に所属する分室長同士が睨み合う間には、少女の愛代が大鎌をぶつけ合っていた。御樹は蘆屋東雲に協力するふりをして、東雲と柚子平の関係を探っていたし、十河もまた自身の政敵の動向を探りつつ、狩野柚子平の出世を後押しすべく、愛代による『秘術幻魔界』という広範囲へ幻覚をもたらす技で敵軍を誘導していた。 その最中に、御樹の動きに気づいたのだ。 「意外ですね。あなたが柚子平さんの肩を持つとは」 「まー、仮にも丸子が生きていた頃の恩がありますしねぇ、それにゆっぴーの研究は丸子の改造にも都合がいいんですよ。私には貴方が不可解ですよ〜? 玄武寮で同じ時代に学んだ者として、恩師を陥れようなんて大胆な行動に驚きました〜。いやぁ残念です。学友を失うのは辛いですねぇ。お?」 愛代の斬撃が止まった。 愛代達の手から、瘴気で構成された大鎌が消える。 その様を物陰からネネが見ていた。 「始まりましたね」 无と東雲が仕込んだ大術が発動したのだろう。 半刻も持たないけれど、愛代達は自我を取り戻すのだ。 ネネは傍らの愛代『のの』を……否、愛娘の華奢な手を握った。 「さぁのの、おやすみなさいの時間ですよ。……私と、一緒にいきましょう……ね」 『手を離さないでね』 ネネは娘と走り出した目指す先は学友達のところだ。 御樹と十河は我が子が攻撃をやめたことに困惑していた。 娘達はぐるりと周囲を見て、ネネ達に気づいた後、己の術者をふりかえる。 「オ、トウサ、ン」 「カー、サマ」 よたよたと両手を差し出して抱擁を乞う。そのまま『永遠ノ束縛』で締め上げていく。 「嵐姫!? 何をしているんですか、放しなさい!」 「痛ッ! 丸子、敵は向こうです!」 ふ、と。 御樹と十河の視界にはいり込む人影。ネネが娘に囁いた。 「おやすみなさい、のの」 「オヤスミナサイ、ママ」 迸る閃光。 爆音とともに周囲に強力な圧力が生まれた。ののとネネの体が文字通り引きちぎれ、上級アヤカシにすら致命傷を与えると言われる火力が辺りを包み込んだ。天へ立ち上る茸雲が爆心地の超高熱を生み出した事を訴えていた。 我が子を愛し、 我が子を死なせ、 我が子の遺体を弄び、 そして我が子を血染めの戦に連れ歩いた研究者三人は……愛した子供の手でその生涯に幕を下ろした。 一方、紫乃と呂宇子達にも異変はおきていた。 朔が困惑気味に周囲を見回していた。そして老いた妻に目を留める。 「シノさん?」 「朔さん!」 それは夢にまでみた念願の瞬間だった。 けれど二人を見ていた呂宇子は歯ぎしりした。 言葉を発する朔に縋る紫乃は、まるで数年前の愚かな自分と妹を見ているようで。 「それはまやかしよ」 呂宇子が呻くように言う。 「半刻もせずに元の愛代に戻るわ。東雲さんの術式がなきゃ、ずっと自意識を保てない。けど自我を取り戻したって、変わった現実は元に戻らない。愛代は年も取らない、食べ物の味も分からない、体温のない冷たい体で術者の力でつなぎ止められているだけだもの!」 紫乃の表情が歪む。 「いやぁあぁあああ! 私から朔さんを取らないでっ!」 「シノさ……」 「ああ……そうだわ。皆消してしまいましょう。研究には東雲さんだけいれば良いものね」 「ケンキュー、ホシイ、です、か? ワタシ、シってます」 「朱宇子?」 呂宇子を押しのけて歩き出した朱宇子は「大丈夫、マカせて」と言いながら紫乃達のところへ歩いていく。穏やかに笑いながら歩いていく。 地上の騒ぎなど知らぬように空が蒼く澄んでいた。 『綺麗』 まるで故郷の空のよう。 『ごめんね。姉さん。でもずっと姉さんは辛そうだった。このまま私が一緒だと、きっと、壊れちゃう。だから……死者は土に帰らなきゃ』 その為には、爆発から姉を引き剥がさなければ。 『本当はもう一度、姉さんと陽州の海や空、見たかった。……それに彼とあの子にも、きちんとお別れ言いたかったけど。無理ね。どうか、元気で』 朱宇子が一度だけ振り返った。唇が動く。 姉さん、何が何でも生きてね。 数多くの火柱があがる。 戦況は蘆屋東雲に不利になった。所詮は寄せ集めの屍軍。術者の数は多くない。 劣勢になった後、首謀者である東雲は技術の強奪を恐れて場内で自爆した。愛代化を避けるためだ。政府軍にもかなりの死者が出ていたが、東雲の自爆により残党狩りに拍車がかかった。 しかし。 愛代の研究成果は、妹を爆死させた呂宇子の手で悉く葬られた。 その後の行方は分かっていない。 封陣院職員の星頼が後を追跡したが彼は遺体で発見されている。 「あれー、柚子平?」 緋那岐が闇の中をのぞく。 「また禁書に追記? 首飛んじまうぜ」 「そうはいいつつ黙認してる誰かさんもいますけどね」 「俺は人妖作り専門で出世とか興味ない」 雑談をしながら緋那岐が柚子平の傍らに立った。 「寮長はさ、ただ許せなかったんだと思う。ユノの『迷宮への誘い』を使った時に色々寮長の願望を見たけど……先代王の努力を無にした今の上が許せなかったのと、死者の冒涜に怒ってた。開発しなきゃよかった……そんな風に、自分の研究を否定する日が、俺にもくんのかね。わかんね」 柚子平は肩をすくめた。 「誰にもわかりませんよ。その日がくるまで」 死んでいった遠い日の仲間たち。 書庫室を出て廊下から建物の裏を見ると、集団墓地の前で封陣院の青嵐分室の備品である天妖槐夏が泣き叫んでいた。 「……なぜです、紫乃様、何を間違えたというのですか、マスター!」 ああして。 毎日、亡き主人たちに問いかけ、答えのない事を悟ってうなだれ、そして仕事に戻っていくのだ。 緋那岐が柚子平を見上げる。 「この国……いつまでこんなだと思う?」 「王が変わるまで、ですかね」 五行国の軍事政権は、その後三十年に渡って続いた。 政府が民主主義に変わって更に十年後、生き残った者たちが表舞台に現れた。 无の著書『五行国禁書―愛代―』が物議を醸す事になる。 |