救われた子供達〜夢遊戯〜
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 22人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/01/13 18:20



■オープニング本文

【★重要★この依頼は、開拓者になった【結葉】、養子になった【恵音】【未来】【明希】【エミカ】【イリス】【旭】【星頼】【礼文】【スパシーバ】【のぞみ】【のの】、孤児院に残っている【華凛】【到真】【真白】【仁】【和】【桔梗】【春見】に関与するシナリオです。
 尚、アルドと灯心は今回登場しません。】


「お話があるのですが、よろしいでしょうか」

 その日、クリスマスを祝うために訪れていた開拓者達を孤児院の院長が呼び止めた。
 もうじき日が暮れる。
 子供達は御馳走や贈り物が楽しみで仕方がない。
 少しくらい目を離しても大丈夫だろうと踏んで、相棒達に面倒を任せた開拓者達は院長の招いた応接室に集った。例えば今まで、子供達個人に関する話はよく行われてきた。何か気がかりなことでもあったのだろうかと、少なくとも幾つか予測をつけていた開拓者達に、院長は驚くべき事を告げてきた。

「雪が溶けるのを待って、孤児院を閉めようと思っています」

 全員の目が点になった。
「え、また政府から嫌がらせでも?」
 だったらなんとかしてみせる、と早くも闘志を燃やす者達に「いえ、違うんです」と院長は悲しそうに微笑む。
「政府からお金は充分に頂いています」
「だったらどうして」
「私の体が……持たないのです」
 院長は「見ていてください」と言った後、近くにあった空っぽの硯を掴んだ。
 すると硯は地に落ちてしまった。ごろごろと床に転がっていく。
「手が殆どの握力を失いました。台所に立つのも難しい」
「その位でしたら私達が」
「誤飲で咳き込む事も増えました。医者が言うには、じきに嚥下が困難になり、自力で立てず、言葉すら話せなくなるそうです。三年前後で呼吸が不可能になるそうで、治療法がないのだとか」
 そこまで聞いて何人かが状況を察した。
「それって……」
「病名は存じませんが、稀少な病魔だと言われました。私も、本当は此処を閉めたくはありません。けれど病の進行は止められない。症状が加速しているくらいです。この施設を継いでくれる後継者や後援者もまだ見つかりませんから……雪が溶けるのを待って、残る子供達を寄宿制の学校に託し、静かな余生を送ろうと考えています。私の、都合です。ごめんなさい」
「そんな」
 傷や怪我なら巫女や魔術師が救える。
 けれど病はどうすることもできない。
「特殊な事情を持つ子ですから、寄宿制の学校と一口に言っても何件か断られました。でも私が立てる内になんとか普通の子供として暮らせる場所を探そうと考えています。でも寄宿舎に入れば殆ど兄弟姉妹で顔を合わせることはなくなるでしょう。実家を持たないあの子達は、冬場に帰る場所に困るかも知れません……そう言う時に、皆さんに助けていただきたいのです」
 現状【華凛】【到真】【真白】【仁】【和】【桔梗】が行き場を失う。
 そうでなくとも子供達にとって兄弟姉妹で幸せな時間を過ごした『ふるさと』が失われることになる。
 院長はよろりと立ち上がった。
 年老いた老婆が、頭を垂れる。
「おそらく家族で過ごせる最期のクリスマスと年末年始になるでしょう。楽しい思い出をつくってあげてくださいませ」
 静まりかえる室内。

 窓の外では、しんしんと雪が積もっていく。


■参加者一覧
/ 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 弖志峰 直羽(ia1884) / フェルル=グライフ(ia4572) / 郁磨(ia9365) / ニノン(ia9578) / 尾花 紫乃(ia9951) / フェンリエッタ(ib0018) / ネネ(ib0892) / 无(ib1198) / 蓮 神音(ib2662) / ハティ(ib5270) / ウルシュテッド(ib5445) / パニージェ(ib6627) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 御凪 縁(ib7863) / 刃兼(ib7876) / ゼス=R=御凪(ib8732) / 戸仁元 和名(ib9394) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / 白雪 沙羅(ic0498


■リプレイ本文

 治療術の限界。
 その無力感を、医者を志す弖志峰は苦々しく思った。
『院長先生が、不治の病に蝕まれていたなんて……その病、何年、何十年先には治せるものにしたい……きっとそうしてみせる!』
 ニノン(ia9578)が長い沈黙を破る。
「念の為、問うが……院長殿。そなた、世話を頼める身内はおるのか?」
「いえ。この歳ですから。でも私の事は気にしないでください。今は子供達の処遇が先決です」
 院長の様子を見て、ウルシュテッド(ib5445)が微妙な表情を作る。
『いずれ院長に礼をせねば、と思っていたが……こんな事になるとは』
 後方のフェンリエッタ(ib0018)は涙を堪えていた。
『どうしてこんなにも不公平なのかな』
 无(ib1198)は『一難去ってまた一難ですねぇ』と渋面を作り、玉狐天ナイに尻尾で顔面を叩かれていた。それを見たケイウス=アルカーム(ib7387)が我に返る。
「……っと、俺達がこんな顔してちゃダメだよな。まず何処から話し合う?」

 子供達を寄宿制の学校に移すか?
 それとも孤児院の権利を買い取って施設を存続させるか?

 これについてほぼ全員の開拓者が施設存続の方向で強い意志を固めた。
 次に待つのは先立つモノの用意だ。
 土地と建物合わせて100万文の現金が必要になる。
「急な話だし、一応見積もりを立ててみますか」
 各自、所有している資産の中から無理なくできる範囲とした上で、現状、即金でいくら都合できるのかを一覧に纏めた。

   ●孤児院の買収資金〜現在の提供予定額〜
      1万文:ハティ(ib5270
      8万文:ニノン及びウルシュテッド夫妻
      8万文:紫ノ眼 恋(ic0281
      8万文:蓮 神音(ib2662
     10万文:无
     10万文:白雪 沙羅(ic0498
     10万文:刃兼(ib7876
     10万文:フェルル=グライフ(ia4572
     15万文:酒々井 統真(ia0893
     15万文:郁磨(ia9365
    100万文:フェンリエッタ
     金額未定:弖志峰 直羽(ia1884
     金額未定:ケイウス=アルカーム

「一応、二月の契約までには間に合いそうだね」
 流石は高給取りの開拓者というべきなのか。即金で195万文の見通しが立った。最低額100万文分の確保は可能な見通し、なので孤児院を存続させる事は可能かもしれない。平等に出資という案もあったが、だせない者に過大な負担をかける可能性がある事から、出資できる者が任意額を出す話に落ち着いた。

 次の問題は……
 院長に代わる後継者が見つかるかどうかだ。
 開拓者達には開拓業がある為、孤児院を丸ごと引き継ぐとなれば開拓業を休業せざるを得ない。
「交代で孤児院の面倒を見るというのは?」
 複数人で子供の面倒をみたり、孤児院の経営を助け合う分には問題ないが、最低一人は書類上の施設所有者を決めておく必要があるという。
 何人かが心当たりをあげるが、いずれも相手を訪ねなければ結論は出ない。
「実は、真白の養子引き取りも考えていたんだが……」
 紫ノ眼は窓の外で遊ぶ子供達に視線を投げた。
「真白の家はやはりここだ。今後どうするにしても、守っておきたい……そう思った。だから誰か必要なら、開拓者を辞めて後継者になることも前向きに考えるよ」
 ハティも「私も子らの家を残してやりたいと思う」と話す。
「私は誰かの里親にはならない。だが、皆の生き方を間近で見てきて、開拓者をやめて此処の長期経営に専念する覚悟ならばある。孤児院として継続を続ければ誰かの入れになってしまうかも知れないが、いずれ寺子屋の様な形にすれば、巣立った子らの教育交流の場にもなるだろうし、政府依存の状態から脱することも可能ではないかと思う」
 无達は我に返った。
「院長、政府の支援金って具体的にどうなってますか。一応、頂いているみたいですが」
「狩野様の機転で、なんとか。でも来年以降の保証はありません」
「どういう意味ですか」
「政府の予算は一年ごとに決まるんだそうです。ですから書類が通らず、予算を確保できなければゼロという事も。ここへ送金される子供達の養育費は、書類上、子供達の監視と義務教育費、各種事務手続き費用という事になっています。例えば狩野様が心変わりしたり、職を解かれた段階で……支援は一切望めません」
 曰く。
 生成姫に誘拐された子供を救出して、時期に二年。
 子供達は五行国において一般的な福祉部門からは全くの別物として扱われて始めているらしい。
 生成姫の子に暴走の危険性が有れば『国家を脅かす危険因子』として殺処分(処刑)という選択肢も容易く話に上がる身の上である為、二年前、狩野柚子平は子供達を国外拠点に移す事を決めた。
 そうする事で『五行国への脅威』という最大の処刑名目をうち破れる。子供達の養育拠点が神楽の都に選ばれたのも、開拓者による守りの堅いという言葉の魔術に尽きる。
 しかし子供達を国外へ出しただけでは他国からの風当たりが強すぎる。
 よってこの孤児院は、神楽の都で五行国の職員が暮らす黄龍寮に近い管轄になった。生成姫の子専用の孤児院として国支援のもと借り上げ運営する事で、国外からの干渉を断った。
 孤児院で起こった事は五行国の責任になる。
 孤児院の運営と維持費が別枠で予算申請され、これが通った。
 だが余りに養育費をせがんだり子供の危険を呷れば、昨年のように子供のアラ探しに煩い老人達が現れる。
 予算を切りたい者達と子供を殺したい者達の連携ほど面倒なものはない。
 柚子平が毎月のように開拓者に保護観察を頼むのも、独立した子や養子に出た子の養父母や後見人に月一の経過観察書類を書かせるのも、全ては子供達の養育環境を維持する為の必要手続きだった。
 毎年、孤児院の運営が正常に成り立つかどうかは、開拓者達の地道な努力と柚子平の腕一本で成り立ってきたのだという。
 完全な綱渡りだ。
 神音達は目が点になった。
「……柚子平さんって、意外と仕事してたんだね」
 本日一番の驚きである。
「ですから今後、支援を期待できるかは不透明です。流石に養子へ出た子供の分、減額はされてきていますから蓄えも必要になると思います」
 会話が暗い。
 そこでフェンリエッタは「買収後に残った自分の出資資金は、経営資金にしてください」と告げた。同じく維持費として使って欲しいという意見が数名から寄せられる。少なくとも突然生活に困る事はないだろう。
「あの」
 控えめに手を挙げたのは尾花 紫乃(ia9951)だ。
「存続させるとして、ハティさんもおっしゃってるように将来政府の援助がなくなっても問題ないように長期的に資金を集められる手段も必要かと思います」
「そうですね」
「まずは当面の事ですが、出資とは別に開拓者を呼び集めて不要品を集めてチャリティオークションをするだけでも、随分な金額が集まるのではないかと思います」
 不要品を売り資金の足しにする案に、ニノンも賛同を示した。以前、祭の際に行った自由市の売り上げは、子供達の良い養育費の足しになっている。
「資金集めのオークションやフリマも良さそうだね。神音は賛成だよ」
 方法は色々ありそうだ。
「すまない、話を戻していい、か?」
 刃兼が手を挙げた。
「買収は可能な見込み、資金調達も当面は都合がつく……のはいいとして、孤児院の後継者と今後の運用方針は別途話し合いながら纏める機会が合った方が良いと思う。詳しい手続きには、柚子平もいた方がいいだろうし、心当たりがある人には調べに行く時間も必要だと、思う」
 全くその通りだ。
 弖志峰は「俺も同意見だよ」と賛同の意を示す。
 後継者問題は後日の話し合いになった。
「あとは子供達に院長先生の体調のことをいつ知らせるか、なんだが……年が明けて、また別の機会に話す方向に一票、だな。旭達にはクリスマスと大晦日を楽しんでほしい」
「賛成」
 アルカームが肩を竦めた。
「今朝エミカがさ『ケイ兄さん、サンタさんっているの? ケイ兄さんはお願い事、何にするの』って聞いてきたんだ。楽しそうにさ。子供らしいよね。純粋に年末を楽しみにしてる子供達を心配させないようにしたい。少なくとも俺は、院長さんの事はまだ話さないでいようと思う」

 概ね『年明け後に説明』と『孤児院の今後が決まったら、院長の病気も含めて子供達に包み隠さず話す』という方向で話が決まった。

 院長がゆっくりと立ち上がった。
「申し訳ありません。少し休ませて頂いて宜しいでしょうか」
 グライフや紫乃が両脇に駆け寄る。
「お連れします」
「まだ自分で歩けますから」
「はい。でも無理だけはなさらないでください」
 グライフは治療不可能な病人を前に、淡々と言葉を紡ぐ。
「院長先生。私、結葉ちゃんやのぞみちゃんと暮らすようになって、色んな事を考えました。開拓者でもない普通の体で、お歳を召されていて、その上で二年前、あの子達21人を受け入れて下さった事は……誰にでもできる決断ではなかったと思うんです。本当に……ありがとうございました」
 紫乃は感謝のかわりにある申し出をした。
「院長先生、あの、先ほど身寄りがないとおっしゃっていましたが……もし身を寄せる先が決まっていなければ、うちに来ませんか?」
「宜しいのですか」
「え?」
「私の体はもう、後はただ壊れていくだけです。最期は感謝の言葉すら話せなくなるのですよ。呼吸が止まるまで、生きた肉人形でしかなくなるのです。世話をするのは……苦行です」
 紫乃は微笑んだ。
「そんな悲しい事をおっしゃらないでください。今後の症状は存じています。私は西の治療院で修行中の身ですが、来るべき日まで精一杯のお世話はさせていただきます」
 心配なさらないで、と話す紫乃の提案に……院長は泣き崩れた。

 ……この人は。
 きっと孤児院を閉めた後、己の命を断つ気だったのだろう。
 いずれ、できていた身の回りの事ができなくなる。歩くことはおろか、立つことも、体を起こす事も、声を発することもできなくなる中で、正気を保ち続ける事は生き地獄だ。誰も支援を申し出なければ、この気高い老婦人は何もできなくなる前に、誰かの手を煩わせることなく……自ら命を絶つ尊厳死を選んだに違いない。
 
 院長が隠居し、紫乃が身を預かるまでの支援は郁磨とフェンリエッタが申し出た。
 院長の今後や隠居後を心配していた者達も胸を撫で下ろす。
 ぱたん、と扉が閉まった。

 ニノンが片手をあげた。
「子供達にいつ頃どう知らせるかは追々考えるとしてのぅ、その後に院長宛の寄せ書きをつくろうと思うのじゃがどうであろう。我が夫が撮影機を持っておる故、写真も添えて。病床の励みになると思うのじゃが」
「悪くないね。色々計画していかないとだけど、まずはクリスマスかな」
 扉の向こうで子供達も待っている。


 台所に入ったニノンは星頼や礼文と共にお寿司やお菓子の準備を始めた。
 自宅で下ごしらえをしてきた巻き寿司は、切り込みを入れると断面に雪だるまの模様が作られている。ちなみにお菓子はゆずとミカンの砂糖漬けで、甘くて酸っぱい。
 親子が忙しそうにしている間、夫のウルシュテッドは妻から預かった舵の記章を加工していた。星頼とお揃いにするためだ。
 同じ台所の片隅では、神音と春見が塩に卵白を混ぜて、更に鳥の半身に塗り固めていく。
「春見ちゃん。この鶏さんは塩竃焼きっていうお料理なんだよ」
「お塩……しょっぱい」
「あはは、食べるのはね。お塩じゃなくて、焼いた後の鶏なんだよ。かちんこちんになるの。後で木槌で割ろうね。この後はローストチキンも作るからお手伝いしてくれるー?」
 鶏に塩をぬりたくる春見。
 クリスマスプレゼントのもふっぱは食後にしようと神音はきめた。

 クリスマスは食事も豪華だが、装いや贈り物も特別だ。

 ひらりと裾の揺れるエンジェルフェザードレス。少し大人びた印象を与えるクローバーヒール。輝く白真珠のサークレット。白花が愛らしいコサージュを黒真珠のツインテールに飾りつけた結葉は、照れながら「おにーさま、どう?」と弖志峰に感想を求めた。
「すごくいいよ! やっぱり選んで良かった! 俺のお姫様だよ!」
「お、お兄様も、かっこいいから!」
「ありがとう。えーい!」
 精霊札で光を散らす弖志峰の姿は、360度何処から見ても親馬鹿とーちゃんである。
 平和だ。
 夢は自分より強いお婿さんを貰うことだと公言してはばからない結葉を見ていると、彼氏の気配は誰よりも早そうな気がする。
「お兄様……どうしたの?」
 まだ見ぬ結葉の彼氏を想像して黄昏る弖志峰は、自分を心配する結葉の顔を見て「なんでもない」と苦笑いした。
「ねえ結葉、お願いしたい事があるんだ」
「なに? 私にできること?」
「うん。これから小さい子達も、其々が進む道を選んで行く筈だ。戸惑って思い悩むだろう彼らを支えてやってくれないか?」
「ささ、える?」
「相談にのったり、できる範囲で助けてあげたりって事だよ。弟妹達が前を向いて歩いて行けるように、君の元気と勇気を分けてやって欲しい。いつも……俺にそうしてくれてるようにね」
 結葉は「うん」と言いつつ「私、そんなことしてた?」と顔を隠しながら戸惑っていた。

 フェルル=グライフはのぞみに新しいもふもふを贈っていた。
「のぞみちゃんの飾り、あれかな。じゃーん」
 もふらストール、もふらの帯、もふらぼうし。早速帽子を被ってきゃーきゃー騒ぐのぞみは、幸せそうだ。
『喜んでくれて良かった。もふもふとしたものが好きそう?』

 礼文に加工した舵の記章を渡したウルシュテッドは、謎々めいた話を星頼と礼文にしていた。
「謎々を出そう。家族で遊びに行く約束をしたが、仕事先の都合で中止になったとする。約束を守れなかったのは父さんの責任だが、嘘をついた事になると思うかい?」
 すると星頼は「お仕事はしょうがないよ」と言い礼文は「嘘は、嘘だよ」と告げた。
 二人の内面に差がある証拠だ。
「そうか。いいかい。未来は誰にも分からない。努力や想いだけでは叶わぬ事もある。それでも叶えたい気持ちが本当だから約束する事があるという事を覚えておくといい」
 二人の首が斜めに傾く。
「じゃあ星頼と礼文に別の宿題を出そう」
「宿題?」
「自分の誕生日を決めること。来年から家族皆で祝う為にね」
 二人は更に悩み込む事になる。

 戸仁元 和名(ib9394)からまるごともふらを貰った到真は「寒くない!」と防寒性に驚いていた。もふもふと感触を確かめる姿が子供らしくて戸仁元の頬も綻んだ。
「実は、到真君にサプライズがあるんよ。年明けになるんやけどね」
「さぷらいず?」
 偶然、羽妖精の男の子と知り合う機会を得たのだと戸仁元は話し始めた。
 手続きを済ませたら此処へも連れてくる事になるだろう、と。
「今の到真君と同じきぐるみ着とるんよ。それでな、まだ名前がないんやって」
「名前ないの?」
「うん。きっと人里に降りる前は必要なかったんやと思う。せやけど皆と一緒におると名前がないと困るから考えることになったんよ。それでな、その子と到真君に仲良うなってほしいなって思て、うちの代わりに出来れば名前、考えてあげてくれへんかな」
 この子が将来、開拓者になるかは分からない。
 しかし、もしそう言う機会を得るのであれば心強い味方が隣にあってほしい。
 将来的に到真へ譲ることを視野に入れて、戸仁元は羽妖精を迎える事を決めていた。
「星頼みたいに?」
 視線の先には、同い年の星頼と提灯南瓜ピィアがいる。
 現状はウルシュテッドが所有者として基礎鍛錬中だが、ピィアの名は星頼がつけた。
「そうやね。どうやろ?」
 アヤカシとは真逆の存在。
 反発するかとも思われたが、抑も精霊という概念は開拓者達と触れあうようになってから覚えた事だった為、羽妖精と仲のいい開拓者達が接し方の見本になっていた。
「じゃあ……僕も辞書とか読んでみる。名前、かぁ、どうやってつければいいんだろう」
 うーん、と真剣に悩み出す。
 ここ暫く暗かったの到真の顔を見下ろして戸仁元は一年を振り返る。
『今年は色んな事があって、悲しい思いも一杯したはずやと思うけど、でも、来年こそは』
「到真君」
「まだ思いつかないよ」
「ゆっくりでええよ。そうじゃなくて……来年は一緒に楽しいこといっぱいしよう。お祭りも一杯行こ。約束。な?」
「うん! 桜、見にいきたい。約束」
 来年こそは、幸せな一年であってほしい。

 賑やかなクリスマスパーティーだった。
 夜通しの騒ぎで、みんな遊び疲れたり、食べ疲れて施設に一泊が決まる。
 それでもやはり帰る一家もいるもので、明日は買い物があるからとウルシュテッド夫妻は帰っていった。歳末の安売りは朝から戦以上の激戦らしい。星頼や礼文も手伝うそうだが、多額のお小遣いが出るのが狙いと見える。

 帰る人々を見送った郁磨が肩を鳴らす。
「さてっと。少し片づけして寝よっかなぁ〜、パニさんどうする〜?」
「本格的な片づけは明日でいいだろう。簡単な片づけは仁達にも手伝わせて自主性を磨くのがいいと思う」
「それもそうだね〜。や〜、楽しそうだったね、和たち。仁はまーったくパニさんから離れなかったけどさ〜」
「こちらは膝が痺れて感覚が無かったが……まあ長く会えなかったからな」
「一緒にいたかったんだと思うよ〜?」
「あの、お二人とも」
 子供が寝静まった頃、グライフはパニージェ(ib6627)と郁磨を呼び止めた。
「仁君と和君の件で、まだ話していない事があって……外で少し、お話できますか?」
 郁磨と共に双子を連れて双子の故郷を訪ねた事も含めてグライフはパニージェに報告した。故郷で曾お祖母ちゃんが生きていた事。殆ど他者を認識できない状態であったこと。双子を連れて訪ねた時、最期を看取った事。
 そして……
 老婆を看取る時、グライフは救命を諦め『終わりの階』を使った。
 この術は、姿無き死神を呼び出し、死者が最期に望む幻影をみせるものだ。術者だけが同じ幻を見る。物言わぬ双子の曾おばあさんが、果たして何を望んだのか。
「仁君と和君の曾おばあさんが望まれた夢からは、後悔の念ばかりでした。昔の思い出が望みに重なり、内容も断片的で、途中経過も欠けてはいたんですが……村の方から聞いたことも含めて、順に説明しますね」

 曾祖母の名は『粟(アワ)』と言った。
 栗の娘は『まっつぁん』こと『松葉(マツバ)』といい、その息子は『厳(ゲン)』と言った。粟は初孫の厳を可愛がったが、その所為で実の娘と確執ができたと思われる。
 粟と松葉は口論がたえず、この頃から別居したと見られ、必死に松葉へ「帰ってこい」「厳をおいていけ」と叫ぶ様子が村人に目撃されている。
 その後、成長した厳は『木葉(コノハ)』を娶ったが、これが酷く病弱で、妻を目の敵にする松葉に代わり、粟は心配した。娘の目を盗んでは木葉へ精のつくものを差し入れた。粟にとって木葉は、実の娘以上に娘であり孫に等しい存在だったらしい。
 やがて木葉が双子を身籠もる。
 仁と和だ。待望の曾孫にも関わらず、夢の中の粟は堕胎するように迫っていた。
『命に関わるよ。後生だから今すぐおろしな。まだ間に合うよ』
『嫌です。この子は私の命以上に大切です。必ず無事に生みますから可愛がってください』
『だけど、こんな状態のおまえが出産できるわけないよ!』
 この時の様子を厳に目撃されて一家は絶縁状態になった。木葉が無事に双子を生んだ後も関係は改善されず、粟……曾祖母は不審死を遂げた実の娘夫婦より、里から姿を消した孫夫婦と曾孫を案じ続けたと思われる。
 曾祖母が最期に望んだ夢は、赤子を腕に抱いた厳と木葉夫妻との再会だった。

「曾お祖母さんの複雑な心の機微が、まだ分かる年齢なのかどうかは私には分かりません。ですから、双子にはお二人の判断で教えてあげて下さい」
「フェルルさん。ありがとう」
 郁磨が感謝し、微笑んだグライフは館内に戻る。

「……パニさん、どうしようか」
「どうするかな。実は……今の仁を観察している限り、数年先の想像は難しいらしい。遠回しに聞いてみたが、今やりたいことやこの二年で楽しかった事をあげられてしまった」
「和もそうなのかな〜、大晦日までに少し聞いてみようかな」
「そうした方がいいだろうな」
 パニージェは思う。
 初めて此処へ来た頃と違って、孤児院で隔離されるような危険な時期は過ぎ、集団で学ぶ時間は過ぎたように感じる。そろそろ世間に積極的に接しても良い頃だ。今まで一歩ひいて見ていた世界で揉まれるのも悪くないだろう、と他の子供達を見ていても判断できる。
「あと引き取りの件だけど……パニさんの方は」
「妻と話の途中だが、仁の様子次第では引き取る方向で考えている。実際にそうなった場合は、監視用の相棒2体、だったか。書類に記載する奴を決めねばならんだろう」
「そうだね……」
 残された二人は暫く話し込んでいた。


 クリスマスの後、後継者に心当たりのある者達は各地を訪ねた。
 まず酒々井と神音が、数少ない大人の『生成姫の子』である紫陽花に会いに行き、後継者になる気はないかと訪ねたが、現在危険な任務を狩野柚子平から託されている事を告げ、また「弟妹達の為には関わらないのが一番いい」と辞退した。
 无は白原祭で世話になった人を訪ねて『見知らぬ土地の施設経営は藪から棒だ』と断られ、以前縁のあった老人会を訪ねて物忘れの悪化を目の当たりにして先のなさを感じ取り、猫茶屋の主人に共同経営を持ちかけて『茶屋経営で手一杯だし、子供の養育は興味がない』と世知辛い返事を貰うことになる。


 孤児院で人妖樹里に定期連絡をいれた後、リオーレ・アズィーズ(ib7038)と白雪沙羅は自宅へ帰った。必ず片方が家にいることが多い。
 養女の明希が家にひきこもっていたからだ。
「明希、そのままでいいので私達の話を聞いてくれませんか?」
 扉の隙間から食事やお菓子を差し入れるのと同じ要領で、沢山の資料の山を置く。それらはアズィーズと白雪が連日のようにギルドへ足を運んで作った報告書の写しだった。
 明希の誤解を正す為に。
「その資料に、色んな事が書いてあるわ。明希がとっても知りたかったこと。其れを読んで見て。きっと心配はなくなるから。明日になったら、またお話しましょうね」
 アズィーズ達の明希への説得は段階を経て行われた。
 毎日少しずつ、読みやすく変えた資料を食事と一緒に差し入れていく。
 白雪は、何度も襖越しに声を投げた。
「あのね、明希。おきてる?」
「うん」
「読んでみてきっと分かってきたと思うけど……私とリオーレさんだけで生成姫を倒したんじゃないですよ。もちろん明希のことはそれくらい好きだけれど、あんな強いアヤカシ私達2人だけじゃ無理ですよ。沢山の開拓者達の力を合わせて倒したの」
 するとアズィーズも帰ってきて話に加わった。
 戦に至るまで経緯、その最中で救い出された子供達のこと。何より大事な事は……
「それでね。みんなで話し合って本当の事を教えようって決まったの」
 白雪には戸の向こうの明希がどんな顔をしているか分からなかった。
「だから孤児院を出ている明希の兄弟達は、生成姫の消滅を知っています。勿論皆それぞれ悩んでるけど……少なくとも、明希を殺しに来たりしない。大丈夫よ」
 アズィーズも語りかけた。
「今はもう、明希が襲われる事はないから、安心していいの、沙羅ちゃんが言ったみたいに他のお家へいった子は、みんなこの事実を知っているわ。いつか子供達で話し合う機会を作るから」
 果たして明希は話を信じてくれるだろうか。
 襖が少し開いた。
 猫のような丸い瞳が二人を見ている。
「明希、処分されない?」
「されませんよ。大丈夫。あのね、この間お祭りで、お土産を買って来たの。顔を見せてくれないかしら? それとも何か食べたい? 買い物がいいかしら?」
 様子を伺う二人を見た明希は「……お風呂、はいる」とだけ言って部屋を出てきた。
 誤解は解けたが、やはり何か思うところがあるのか、年越しに孤児院へ行くのを拒否して「旭やお姉ちゃん達には会いたい」と言った。
 同じ養子になった立場の兄姉弟妹に会って話がしたいのだろう。
 明希の年越しは、自宅でひっそり行われることになった。


 クリスマスが終わると大晦日はすぐそこだ。

 その日、ネネ(ib0892)は朝早くののに旅支度をさせた。
「のの、今年は大事な大晦日になります。だから、皆とゆっくり過ごしに行きましょうね」
「いっしょー」
「いっしょです。うるるー、支度でき……」
 暖炉の傍から全く動こうとしない仙猫は「猫を連れ出すなんてとんでもないわ!」と断固留守番を主張していたが、最終的に何処でも猫と一緒にいたいののに抱っこされて強制的に連れ出されていた。

「おーす。集まってんなぁ」
 酒々井はフェルル=グライフと結葉とのぞみ達と一緒に現れた。
「正月飾りがまだなんですが。頼めますか?」
 无の問いかけに「おう、任せとけ」と快諾する。
「フェルルは先にいっててくれ」
「はい。統真さん」
「結葉は手伝ってくれるか?」
「いいわよ! 最近、力仕事も任されるんだから!」
 むん、と腕まくりする結葉をみて『……戦う巫女さんかぁ』と妙な感覚を覚える。おしゃれに気を使う割に、力自慢で婚期が遠のいている気がするのは何故だろう。
「どうかした?」
「なんでもねぇ。門松をおいたら内装するか。上手く作ろうとしなくていいぞ。時期もぎりぎりだしな、とりあえず形だけ整えば今回は良しとしよう」
「なまけてるー」
「息抜きも大事なんだぜ。今年も、慌ただしいまま暮れちまったな」
「お仕事たくさんなの?」
「ま、仕事があるのは良いことだが……来年以降は余裕持てるようになるのかね」
 門松を置いた酒々井は、変わらない雪空を見上げた。

 一方、无は華凛と洗濯物を運びながら一年を振り返っていた。
「どうですか華凛。色んな人と関わりましたが、何か心残りはありますか?」
「きちんと埋め合わせできなかったな、って思って」
 明希との喧嘩は終息したが、まだ尾を引いているらしい。
 そして明希はというと孤児院へはいないと連絡があった。
「ちゃんとした『お姉さん』もできなかった。きっとこのまま会わなくなっていくのね」
 ふむ、と无は無表情の華凛を眺める。
「除夜の鐘は不用なものや悩みを落とすといいます。そして新年の計は元旦に有とも。悔いて残念に思って落ち込むよりは、気持ちを新たに目標たてるのも良いと思いますよ」
「目標……」
「何かありますか」
「…………いっぱいあり過ぎて困るわ」
 口に出すことが少ないだけで、華凛は随分あれこれ悩んでいるようだ。

 院内の掃除を率先して指導するのは、久々に現れたパニージェだ。襖の落書きは兎も角、障子は大抵、枠の骨が折れている。子供が騒ぐとそうならざるをえない。好んで障子に穴をあけて「物は大事にしろ」と怒られるくらいだ。
 更に、清掃の合間もパニージェは息が抜けない。
 何故か仁が片足にしがみついて邪魔をするのだ。
「仁。何をしている」
「このまま歩いて!」
「危ないぞ……全く」
 子供はさほど重量がない、とはいえ重い。
 仁という重りを足に着けたまま、パニージェはずっしずっし歩いていく。
「パニージェさん、餅米の大袋を居間から台所に運び込んで貰えますか?」
「ああ、わかった」

「ただいまー、蕎麦粉買ってきたよー」
 晴れやかな声はケイウス=アルカームだった。蕎麦粉の大袋を破龍ルドラに積み込み、クマ人形を抱えたエミカを鞍に乗せていた。
 礼野達が受け取りを手伝う。
「お疲れさまです。おせちが大変で、後で打ちますね」
「なんだ、早く言ってくれればよかったのに。蕎麦の作り方、聞いてきたんだよ。じきにゼスと縁も来ると思うし、任せて!」
 噂をすればなんとやら。
 イリスを連れたゼス=R=御凪(ib8732)と御凪 縁(ib7863)も現れた。イリスとエミカがお揃いの首飾りを身につけているのを見て、ゼスの目元が緩む。
「二人とも、遊んでいるといい。気が向いたら、蕎麦を刻むのを手伝ってくれると助かるが」
「声かけてね!」
「ああ」
 ゼスと縁が台所に入った。

 台所は猫の手も借りたいほどに戦場だ。
 大変なおせちの一段目を担当するのは料理上手の礼野 真夢紀(ia1144)とオートマトンのしらさぎだ。二段目は尾花紫乃が担当している。一つ一つなら兎も角、子供と開拓者を会わせると重箱のおせちは幾つも必要になった。フェンリエッタは元旦に備えてお雑煮に挑戦している。
 紫乃が蒸し籠から中身を取り出す。
「はい。二段卵の完成です。味見のお手伝いするひとー?」
 紫乃が声をなげると食いしん坊の子供達がわらわら集まってくる。
 できたての味見は何より楽しい。
 礼野も鍋から黒豆を盛りつけ、味見を狙って隣へやってきた子供に微笑みかける。
「次は甘ーい黒豆ね。じゃあ一番乗りの桔梗ちゃんから」
 ころりと一粒ころがす。
 おせちは味が濃いからか、子供達は好んでせがんだ。その度に由来を説明する。
「おせちはちゃんと意味があるの。クロマメはまめまめしくはたらけるように、エビはこしのまがるまでながいきできますように」
 説明しながら頭は別の準備に備えてくるくる動く。
『来年の大晦日まで覚えてるといいけど。えっと、はねつきやこままわし、たこ揚げの道具も幾つか買ったし、できるだけ普通のお正月を体験させてあげとかないと……あ、お年玉どうしよう』
 養子に行った子供達は各家庭の教育方針が俄に決まっている。
『孤児院暮らしの子供達には幾ら渡そう……お出かけする時に相談した方がいいかな』
 悩んでいる間にも、隣では子供が口を開けて次を待っている。

 蕎麦を打つのは御凪夫妻とアルカームだ。アルカームが分量を読み上げ、二人が力強く練っていく。ゼスは「天儀料理は作ったことがなくてな」と少し心配顔。
「大丈夫だよ! ゼス、器用だし!」
「そうか? でも……そうだな。少し出来が悪くともそれもまた思い出になるか。縁、何故天儀では蕎麦が食べられるようになったんだ?」
「ん? 蕎麦って細くて長ぇだろ? そこから延命長寿を願って食うんだ。後でイリス達にも教えてやらないとな」

 蕎麦を打つ横では、刃兼が家で仕込んでいたニシンの煮付けを旭の皿に盛り、皆用のかき揚げの天麩羅作りを手伝っていた。縁が手元を覗き込む。
「へぇ、なんでも作るんだな」
「うちの旭が手間の掛かる料理が好きで、な。魚料理や油を使う機会が増えたと思う」
「家事万能の子連れ狼か。家事が苦手な女に捕まるなよ」
 にやにや笑う縁の耳を、ゼスが摘んで力を込める。
「蕎麦は」
「やるって。そろそろイリスとエミカを呼んでくるか」

 年越しそばを作る間、ネネは子供達の面倒を見ていた。
「お餅つきは零時過ぎてからがいいですし、大晦日からお正月の遊びと言えば、かるたとか、福笑いとか……あ、福笑いならすぐ用意できそう! ちょっと紙とはさみと、描く物があれば……」
 早速、紙に顔をかいて、子供達に色を塗らせる。
「あ、球も持ってきたんですよ。朝になって外に出られたら、体動かしますか」
 子供は風の子。
 雪は遊び場。
「球遊びか。前にもやったっけ〜」
 近くの炬燵では郁磨が和と炬燵でのんびりしている。
「今年は色々あったね〜、和」
「お祭り楽しかったなぁ。あとぼくたちのお家がわかったし、ひーばーにも会えたし」
「あはは〜、そうだね。お土産で貰ったひいばばのお漬け物、美味しかったね。……和は来年何かしたいとか、将来の夢ってある?」
「来年? 将来って、お役目で決められるんだよね?」
 郁磨の心臓が少し跳ねた。
 できるだけ悟られないように笑う。
「だから夢、だよ。実際にどうなるかは別として、何を考えるかは和の自由ってこと。もしもできたらどうしたい〜って考えない? 例えば……皆の様に孤児院を出たいとか、何時か故郷に住んでみたい、開拓者になりたい、仁とずっと一緒に暮らしたい、……どんな小さな事でも、無茶苦茶な事でも、なんでも良いよ」
 どうかな、と問いかける。
 具体例が出て和も想像がしやすかったらしい。
「ぼくも、いつかここを出るんだよね。ひーばーの家は、またいきたいなぁ。白い花のお祭りも美味しいのが沢山だった! それで桜の花の船に乗って、林檎飴を二本持つんだ」
「二人分?」
「うっ……わけるのもみんなで『しあわせ』だけど、一回でいいから両手で持ってみたい」
 こんな感じ、と割り箸を一本ずつ蜜柑に刺して右手と左手で持ってみる。
 院長先生に「お行儀が悪いですよ」と釘を差される。
「む、剥きにくいから穴をあけただけだよ」
 和は見え透いた嘘で取り繕い、蜜柑に割り箸を突き刺した責任をとって、きちんと蜜柑を食べ出す。食べ物で遊んでもちゃんと食べる分、和はえらい。
「他には?」
「ぼくも何かすごい事ができるようになって、にーちゃんに勝つ!」
 勢いがある割に具体例は全く出てこない。
 戦って勝つ、という話でなくなっただけ大きな変化なのかも知れない。
 郁磨が「そっかぁ」と相づちを打つ。
「別に今決めなきゃいけないなんて事はないし、なんとなーく将来を考えておいて今度教えてくれると良いな……俺達は二人のしたい事を叶えてあげたいし、ね」
 蜜柑を両頬に詰め込んで「りふ(栗鼠)」と変顔をする和の頭を軽く撫でた。
 そこへ掃除を一段落したパニージェがきた。「ふー」と深呼吸するパニージェの膝上へ仁が当たり前の顔で座った。
「仁、隣は空いているんだが」
「ぼく、ここがいい」
「……そうか」
 礼野に差し入れられたお茶を啜った。

 近くで旭達に花札を教えていた刃兼が窓の外を眺めた。
「新年に雪が晴れたら、凧を作って上げるのもいいかも」
 真綿のような雪が降りそそいる。
「今年一年、色んなものを見聞きしたよな」
「ふぇ? お出かけのことー?」
「旅行も含めて、だな。来年もよろしくな、旭」
「うんー。来年もハガネとお出かけするー!」

 みんなで不揃いのお蕎麦を食べていると、アルカームは「しっかし驚いたなぁ。餅を食べる腹をあける為の蕎麦じゃなかったのか」と何やら認識の違いを正している。
 時計の針が0時を示した。
「あけましておめでとう!」
 口々に新年を祝い、紫乃などは三つ指をついて「皆さん、本年も宜しくお願いします」と丁寧に頭を垂れる。
 アルカームも「明けましておめでとう! 今年もよろしくね」とエミカやゼス達に挨拶して回る。願うことは『今年も、良い年になるといいな』という事だ。
 縁は「ケイウスはまぁ酒に付き合えよ」と陶器の杯を渡す。
「よ、酔いつぶれないかなぁ」
「潰れたら転がしておくから心配するな」
「ゼス〜」

 賑わう中でハティは華凛の様子を見守る。お守り入りの封筒の中身は、毛糸を貼った羊の絵がある年賀状だ。
『あけましておめでとう。
 華凛との旅行は心華やぐ思い出となった。
 新しい一年、君の心が晴れ渡る事を心から祈っている』
 今年こそ心に残る澱が消えていくことを願ってやまない。

 郁磨が立ち上がった。
「……さ、そろそろ支度を整えて初詣行こうか!」
 ゼス達も「そうだな。近くに寺があれば鐘を突きに行くか」と行く気満々。
 礼野達は火を止めてきますと台所に戻る。
 郁磨が手を鳴らす。
「みんな温かくしよう。眠い子は寝ててもいいし、どうしても行きたい子は大人に背負ってもらって。仁達も一緒に新年のお願いしようね〜。パニさーん、コート〜!」
 パニージェが外套を取りに行く。
 アルカームも立ち上がった。
「俺達もいこうかな。一度行ってみたかったし。エミカは行けそう?」
『昼寝は勧めたけど、起きていられるかな?』
 長椅子を見ると、毛布を膝にかけたエミカが目を擦りながらも「行けるわ」と言って外套を羽織る。ゼスがイリスにも昼寝をさせたというが、普段なら寝ている時間なので睡魔が完全に消えたわけではなさそうだ。
「ま、大丈夫だろう」
 縁が小さな毛布を小脇に抱える。
「帰り道は寝ても構わねぇよ、イリスは俺が背負う。行き道だけ持てば充分だ。エミカはケイウスが背負うだろ」
 ゼスは「そう、だな」と浅く頷く。
「夜更かしは成長にも良くはない。縁、すまないが頼む」
「おう」
「イリス。こっちへおいで」
「なあに?」
「実は出かけるかもしれないと蘭の振り袖と簪も持ってきてあるんだ。着替えよう」
「待ちな。ゼスも。良ければこれ、着てくんねぇかな、お前の綺麗な姿を見ときたいんだ」
「なんだ?」
 ゼスが渡された包みを解く。
 隣で結葉と一緒に立っていた酒々井が仰天した。
「……おい。それ、五彩友禅じゃねぇか」
 縁がぽりぽり頬をかきながら「お? ああ、そういう名前だったか。五行の織物でユキツバキって名前だって位しか覚えてねぇんだけど……知ってんのか」
 美しいな、と呟くゼスの前で、縁がすっとぼけている。
 酒々井が肩を竦めた。
「仕事柄、な。けど、手に入れようと思って手に入れられるもんじゃねぇ。俺も御彩が染める山上を買うのに随分苦労したからな」
 五彩友禅「雪椿」……
 五行の彩陣で染められた五彩友禅の中でも、良品『山下』の落款が記された贅沢な着物だ。淡い鳥の子色の地に、裾から薄紫のぼかしが重なる凝った地で、輝く銀糸が雪降る空を思わせる清純な逸品。ぼかしの向こうに紅地白斑の入る雪椿が凛と咲き誇る姿が上品で、雪椿の花々へ鴛鴦が遊ぶ絵柄は早い春を囁く。遊び心と可憐さを秘めた姿は『春告の妖精』と歌われた。
「紋は御彩家だな。里を束ねる長の家の作だ。ちなみにその婚礼衣装一着で……」
「値は言うなよ」
「……そうだな」
 最上級品は船より高い、と噂の五彩友禅を妻のために購入した男達の視線が何かを物語る。
 これもひとつの愛の証明なのだろう。
「縁、その、すまない……イリスと一緒に、これに着替えてこようと、思う」
 御凪の新妻が贈り物の友禅を抱えて個室に消える。

「みんないってらっしゃい!」
「フェンリエッタさんは行かないの?」
 和達を任せている郁磨が声をかけると「みんなが帰ってくるまでに餅つきの道具を出しておくわ。あんこを錬って、黄粉にお砂糖を塗して、醤の味も変えておかないと。院長先生にさせる訳にいかないもの」とウインクひとつ。
「あ!」
「ふふ、気にしないで。和や仁も待ってることだし、連れて行ってあげて」
「ごめんね〜。ありがとう〜」
「お土産、忘れないでね。孤児院の神棚に飾る御神酒。昼間、叔父様に頼み忘れちゃって」
「うん、わかった〜。和と仁にお守りを選んで貰う時に買っておくね〜」
 へらりと笑って出発した。

 友禅を纏って妻を見た縁が「似合うぜ」と一声投げればゼスが「なら、いい」と少し頬を赤らめる。
 きっと寒さばかりではない。
「綺麗、きらきらしてる」
「イリスも、とても素敵だ。そうだ、縁から天儀の風習を教わろう、俺はサッパリなんでな。縁、この鐘は何のために鳴らしているんだ?」
「おお? コイツは人の煩悩の数百八鳴らすんだ」
 初詣の為に孤児院を出発した一同は賑やかに雪道を歩いていく。
「恋おねえさん、周りの人もみんな同じ所に行くの?」
「そうだな。境内そうだし、参拝道にも沢山の人がいるはずだ。真白。決してあたしの手を離さないようにな。途中であきてしまっても、順番を守って賽銭箱の近くにいくまで待って、両手をこうやってあわせて……」
 正確な作法を教えようと思う余り、事前に聞いてきたやんわり解説が長い。
 真白の頭は……簡単に煮えた。
「ぼく、恋おねえさんの真似をすればいい?」
「そうだね。其れが一番かもしれない」
 紫ノ眼恋は真白に笑いかけた。
 忌まわしい里で出会って、じきに二年が経つ。
『真白をうちに引き取るか、孤児院にあたしが行くか。真白の幸せはどちらにあるのだろうな。むずかしいね』
 一名以上の経営者が必要であると言われている。
 紫ノ眼を含めて何人か手が上がっていたが、一人で背負うにしろ、共同経営者として籍をおくにしろ、今は人生の中で大きな分岐点にさしかかっていると感じる。
「真白。色々環境もめまぐるしいが、来年はどんな年になるかな。どう思う?」
「どんな……年? ひ、羊さんの絵が多い年?」
 話が漠然としすぎていた様だ。
 紫ノ眼は会話の焦点を絞ることにした。
「去年の半ばから、かな。孤児院を出る者も増えてきているが、真白もそういうの、気になっているか?」
「うん。気になる。みんなすごいな、って思う」
「どういうところが?」
「……みんなは、合格して此処を出るんだ、って華凛姉ちゃんに聞いたことがあるよ。だから僕より小さいスパシーバやのぞみやののが出ていったのは凄いことで、いつまでも残っているぼくたちは、頑張らないと処分されるわよ、って華凛姉ちゃんが言うんだ。しょぶん、ってゴミを捨てる事だよね」
 うりゅ、と瞳に涙が滲む。
 真白が抱いていたのは、嫉妬や劣等感、そして自分への落胆だった。
『そうか。そういえば、真白はまだ……』
「恋お姉さん、ぼくはまだ処分されないよね? ぼく、おかあさまに会ったことないけど、おかあさまって怖いの?」
 矢継ぎ早に尋ねてくる真白に、紫ノ眼は苦笑いして頭を撫でた。
「処分なんてされない。弟妹を羨んだりする必要もないんだ。真白は真白だ」
 真白は紫ノ眼を見上げて「……本当?」とやや疑り深い。
『華凛に相当脅されたかな』
「そうだね。そろそろ話しておいたほうがいいかな。将来の夢は……主夫だと言っていたが、真白……あたしの家に来るか?」
 真白の目が点になり、意味を理解してから「ぼく? ぼくの番なの? 嘘じゃない?」と興奮気味に喋る。
「嘘ではないさ。ゆっくり、考えておくといい。あたしも考えるよ」
 今後のことを。


 みんなで出かけた華やかな初詣。
 雪を傘で退けながら白銀の新年を祝う。
 どうか幸せな一年に、なりますように……と。