紅蓮の酒場―燃ゆる酒―
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/08/09 22:09



■オープニング本文

 窓から見上げた天儀本島の蒼穹。
 頬をなでる薫風に誘われて、思わず何処かへ消えちゃおうかな。
 なんて思ってしまうのも仕方が無い。

「刺激が無いのよ」
 肘をついていた赤毛の女が、夢見心地で呟く。
 大地を駆け空を泳ぐ、忙しい開拓者達が集う此処は神楽の都。
 その片隅に寂れかけた酒場がある。店主は看板娘と言っても差し支えないほど若い娘であったが、最近紆余曲折を経て、彼女が酒場を継いだ。既に客足は途絶えかけていた。
 懸命に店を守っていても、やってくるのは皺だらけで下世話な話が好きな老人ばかり。
 益々赤字は増えていく。
 後ろ姿を不憫そうに見守る妹が、姉を励まそうと傍らに並んだ。
「元気出してよ。紅蓮姉さん。そのうちきっと、若くてカッコイイ開拓者がくるにきまって」
「そうよ、蒼美。そこが問題なの」
「え?」
 憑かれたような異質な眼差しで、紅蓮は妹を振り返った。
「若くてぴっちぴちの殿方や淑女が、こんな寂れた酒場に来ると思う!? 私だって偶には目の保養がしたいの。あの瞳、あの声、あの肌、若さゆえの美貌と魅力! 渋い爺もいいけれど、偏った生活では飽きるのよ。刺激と潤い、それが無くては仕事にも張りが出ない!」
 返事に困る愚痴に、微妙な眼差しを送る妹。
 男女や年齢を超えた魅了なんたらの口上を、右から左へ受け流す。
 兎にも角にも、廃業寸前の現状をどうにか打開せねばならない。
 そこで思いついたのは、神楽の都から五行に向かって半日歩いた、故郷の村の酒だった。

 紅蓮と蒼美の実家は、元々酒蔵の流れを組んでおり、店の寂れっぷりも、故郷から酒を仕入れられなくなった事に原因の発端がある。
 思い出すのは、虚空を漂い続ける二つの火の玉。アヤカシの出現によって幾つかの家が焼かれ、帰省中だった先代も火傷を負って倒れた。故郷の村では蜘蛛の子を散らすように若者がいなくなり、火の玉は付近の洞窟へ姿を消した。困った事に、アヤカシが居ついた洞窟の中に、熟成させたまま取りに行くことの出来ない実家の酒樽の数々がある。
 せめてあの、居ついたアヤカシさえ払えれば。
「姉さん、貯金、まだ多少残ってたよね。開拓者ギルドに、アヤカシ退治を頼みにいこう? 実家の酒を取り戻そう」
「そんな危険を冒すより、こういう風な『集え! チャームな男達!』って張り紙を出して、お祭り騒ぎっぽく、美しさに自信のある若手を集った企画の方が危険もない気が」
「いつの間に用意したのよ、そんなもの。お祭り騒ぎなら、尚更お酒がなくっちゃ始まらないわ! 上手く奪還できれば、若手と馴染み、両方お店に戻るのよ! お酒が先決!!」

 酒場の栄華を取り戻すべく、妹が率先して鬼火退治の依頼を出した。
 事情を伺ったギルドの人間は、荷車ともふらさまを預かり、去り行く姉妹の後姿を見送ってから、盛大なため息をこぼす。
「二体の鬼火退治なんて珍しくもないが、狭い洞窟に、足元は大量の酒樽か。こりゃあ多少気をつけてもらわないと、掠り傷なんてもんじゃすまないなぁ」
 こうして酒樽奪還計画が始まった。


■参加者一覧
一條・小雨(ia0066
10歳・女・陰
鷺ノ宮 月夜(ia0073
20歳・女・巫
六条 雪巳(ia0179
20歳・男・巫
相川・勝一(ia0675
12歳・男・サ
桜華(ia1078
17歳・女・志
のばら(ia1380
13歳・女・サ
喪越(ia1670
33歳・男・陰
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志


■リプレイ本文

 何処までも続く曇り一つない蒼天と、頬を撫でる穏やかな風。
 荷台に転がって見上げた長閑な空は、アヤカシの脅威など微塵も感じさせない。
 掴めない太陽から掌をひっこめて、一條・小雨(ia0066)は身を起こした。退屈な時間の潰し方は皆同じらしく、既に黎乃壬弥(ia3249)が、もふらさまにちょっかいを出していた。その横では六条 雪巳(ia0179)が理由の分からぬ悪寒に震えて首を捻っている。
「六条の兄はん、寒いんか?」
「最近妙な視線を感じていて、心なしか悪寒が。今回はお酒の奪還‥‥ですよね?」
 誰にともなく同意を求める。何事もなく無事に済んでくれと願う理由は、単に鬼火に対する懸念だけではないらしい。
 依頼主の不穏な言動に悩むのは六条だけではなく、のばら(ia1380)は項垂れ、喪越(ia1670)は悦に入っていた。
「ぴっちぴちの開拓者‥‥のばらは若いより幼いのでどうなんでしょう。あぅ」
「若くてぴっちぴち‥‥そうか、やはり俺の出番か。時代は俺を待っていたんだな」
 平和な限りである。
 姉妹の酒を取り戻すことは、ひいてはアヤカシを倒して村人を助ける事にも繋がる。と、桜華(ia1078)が、熱意に満ちた表情で淡々と語る。鷺ノ宮 月夜(ia0073)は皆の戯言を穏やかに聞き流し、相川・勝一(ia0675)が荷台から身を乗り出す。
「見えました。皆さん、到着しますよ」
 柾目木造りの立派な門構え。
 村の規模としては大きい部類だろう。商店が軒先を連ねた家々の看板は、かつて村が酒で栄えていた様を静かに物語っていた。今は誰一人、整備された道を歩こうともしない。
「開拓者ののばらです。アヤカシ退治に参りました!」
 凛とした声が、虚しく風に浚われてゆく。
 死んだように息を潜める、それが村人達にとっての身の守り方だった。
 時々、微かな視線を感じる。余所者の様子を伺うように、窓をうっすら開けて様子を伺っているからだ。
 張りつめた空気を拭い去るべく、喪越が一歩踏み出す。
「件の村は随分とピリピリしたご様子だが」
 目を凝らすと、未だ焼け焦げたままの家も見えた。
「俺のスマイルで声をかければこの通り! 冷え切った老人達の心も一発でハッピーに!」
 ばたーん、と激しく窓が閉まる。
 華麗に躍り出たはずの足が、一瞬で踵を返した。見ている方も切ない。
「ってぇ結末が見えたんで、他の奴に任せる。俺はもふら様を何処かに繋いでおこう」
 ついでに消火活動に備えて樽に水組んで‥‥、と意気消沈した背中に哀愁が漂う。
 一條が「もっさん、挫けたらあかんで」と声援を送っていた。
 仕方がないので、月夜が門の隣に併設された家屋へ歩み寄り、軽く戸を叩く。
「失礼致します。私、鷺ノ宮月夜と申します。この度、開拓者ギルドより依頼を受けてアヤカシ退治に参りました。大通りの通行を許可して頂きたく。危険ですので、事が終わるまでは屋内に」
 かたん、と窓が動く。
 青白い顔の男が、舐めるような眼差しで月夜を見た。その隣から、元気溌剌としたのばらが、人の警戒心を解く微笑みを向ける。何か証明できる物はあるのか、というか細い声に、壬弥が一枚の書き付けをかざして見せた。
「おたくの村にいた、紅蓮と蒼美姉妹の酒を取りに来た。こいつで信用しては貰えないか」
 沈黙が降りた。
 委任状として一筆書いて貰おうと、考えついたのは良い案で、字が汚いからと面倒くさがった紅蓮を、一條、六条、のばら、壬弥の四人がかりで説き伏せた。
 書状を見て漸く顔を出した男が、六条に目を奪われる。
「それ、どうした」
 正確に言えば、六条の長髪を束ねている赤い布から視線を離さない。
 気を悪くする様子もなく、朱塗りの扇で口元を書くした六条が、柔らかく微笑む。
「紅蓮さんからお借り致しました。洞窟の中には、他のお家のお酒もあると伺いましたので、樽に巻き付けてある布と同じ物があれば、探し出すのも容易ではないかと思いまして」
「見せてくれ」
 一瞬の困惑の末に、赤い布を手渡す。
 男は布の端を親指と人差し指で挟むと、親指の腹で表面の模様を辿ってゆく。
 兄はん、兄はんと声をかけた一條が、御守りのような封印された小袋を差し出す。
「これもそうや。村の者なら必ず分かる、ゆーてはったで。見覚えないやろか?」
 一條の小袋を指で摘んだ村人は「本物だな」と警戒を解く。
 戸を開け、姿を見せた。
 あくまで穏便に、を心がけた壬弥が問う。
「悪いんだが、村人の代表はいるのか? この見目麗しいお嬢さん方と一緒に、挨拶をしに伺いたいんだが、それらしい家もわからないんだ。教えて頂けると助かる」
 村人は「俺がそうだが」とこともなげに応えた。驚くなかれ。先日の鬼火による火事騒動で、村長の代が変わったのだという。
「洞窟への立ち入り、許可して頂けますか」
「あんたが髪に巻いてた赤い布も、このお嬢ちゃんが持ってる御守りも紅蓮の嬢ちゃん家のだな。本物だ。触れば分かる。家ごとに違う仕組みだ。書状だけならまだ兎も角、単なる強盗に、此処まで真似できるとは思えねぇ。いいぜ、通んな」
 先刻までの青白い顔とは全く違う。陽気な男だ。
 洞窟への立ち入り許可と、万が一の退避勧告をしてから、相川達は洞窟へと向かった。
 
 怪物が口を開けて獲物を待つかの如く。
 洞窟は薄暗い光を称えながら、開拓者達を待っていた。
 時々薄く灯る橙の光は、鬼火が彷徨っている証明に違いない。
 鬱蒼とした森の中で、洞窟周辺は身震いするほどの冷ややかな風が吹いていた。樽を寝かせておくには、絶好の貯蔵庫だったのだろう。
「それでは桜華さんとアヤカシ探しに行ってきますね。‥‥と、仮面仮面」
 洞窟の中が酒で満ちているとなれば、大爆発を引き起こしかねない。
 鬼火は動く者に反応する。相川と桜華の二人が囮役を担い、洞窟の外へ敵を誘い出す。気弱な相川は、自らを震え上がらせるべく仮面を探った。
「お酒も村人も必ず守ってみせます。相川さん、参りましょう!」
「ちょお、待った。うちら第一陣を忘れて貰ったら困るで」
 一條は持っていた符の姿を変化させた。人差し指ほどの細い狐に、視覚及び聴覚を共有させている。壬弥の方は洞窟へギリギリまで接近し、神経を集中させて、心眼を試みた。
 うまくいけば、より正確な位置を割り出せる。
「入ってすぐ、通路傍の酒の少ない場所に一体いるな。すぐに引っ張り出せそうだ。奥の方にもう一体いるようだが、いまいち」
 壬弥が首を捻っている。
 一体を引きずり出して、もう一人が突入する必要がありそうだ。奥に隠れている鬼火を探るべく一條は感覚を共有させた狐を、のばらに持たせた。
「ほな。よろしゅ」
「任せてください。のばらの方は洞窟の入り口脇に待機します」
 岩壁に背を預け、腰を低く落とし、中を伺いながら手を放す。ちょろちょろと細い狐が地を這っていく。
 程なくして、一條が飛び上がった。
「あかん。ほんまに近くにおる。あぁ、うちが動くからついてく‥‥先に連れださんと、って樽が近いーっ!」
「私が参ります! 相川さん、二体目をお願い致します」
 樽に鬼火を近づけないよう逃げまどう一條の危機に、桜華が躍り出た。洞窟から出せばこちらのものだ。洞窟へ踏み入って直ぐ、地を這うように不規則に動く鬼火を見つけた。
「お待ちなさい! 鬼さんの相手は私です!」
 急激な接近に、それまで小さな獲物を追っていた鬼火は追跡をやめた。より大きく、そして分かりやすく動く桜華に接近していく。貯蔵庫に繋がる狭い道、薄暗い空間でたった一人、桜華は果敢に立ち向かい、外へ連れ出すことに全力を注いだ。
「そう、私たちが相手です。まだ‥‥まだですよ。さぁ、鬼さんこちら!」

 相川が無事に二体目を連れ出した時のことだ。
「よし! ふはははは! かかったな! アヤカシ!」
 相川は哄笑をあげ、入り口の影にいたのばらと共に退路を阻む。
 一体目と対峙した際に運悪く半身に火炎を浴びたのばらだったが、月夜と六条によって風の精霊の力をかり、怪我は跡形もない。
 既に一体目を仕留めた喪越には余裕すら伺え、一條は一体目でそうだったように木々に燃え移った場合を想定し、いつでも冷気を放てるように準備は整っていた。
 遊んでいる場合ではない。
 上空から月夜と六条の矢が降り注ぐ。
 鬼火は攻撃を受けても怯むことなく、近しい標的に燃えさかる体で攻撃を仕掛けてくる。痛みを感じることがないのだろう。肉を裂くような手応えも無い為にいまいち弱っているかの判断が難しかったが、山火事になられては困る。
 早急に蹴りを付ける必要があった。
 長巻や業物を始め、刀を手にした者達が順次、地を蹴った。
「これで締めだ! 成敗!」
「桜橘流居合術、桜華。いざ、参ります!」
「勇敢な若者に乾杯。だが俺を忘れてもらったら困るな」
「先程は油断しましたが、今度こそ渾身の一撃を味わってもらいます!」
 熱風が飛散し、頬を凪いだ。

 遠路遙々運ばれてきた酒樽を、紅蓮姉妹が笑顔で出迎えた。
 鬼火討伐に伴い、洞窟の中は晴れて解禁。六条と相川、のばらと壬弥の四人は手分けして村人達に貯蔵庫が再度使用可能になったことを伝えて廻った。
 あの村は今後再び、酒で栄えることになるだろう。
「紅蓮さんのお酒のお味というのが‥‥とても気になるところですけれど」
 のばらがそわそわしながら告げた。
 紅を差した紅蓮の口元が釣り上がり「飲みたい?」と可憐な顔を覗き込む。すかさず壬弥がのばらの隣に並ぶ。名物だったという酒の味、運搬当時から気になっていたのは一人二人の話ではない。
「お酒‥‥飲んだことはありませんが、もしも飲めるなら飲んでみたいですね」
「あら、桜華ちゃんには飲み初めね。これは光栄だわ」
 お酒を飲める気配濃厚。せめて一口、と。のばらに壬弥、桜華に六条、月夜も集まり、一條が一人恨めしそうに見ていた。相川は何故か遠巻きに様子を見守っている。
「はうぅ、なんとなく近づくと危険な気がするのです」
「ふ、それじゃあ前祝いよ! 樽一個あけちゃうから、のんじゃってー!」
「はいはーい! 一番、宴会芸やりまーす! ヴォトカファイヤー!」
「もっさん、今日こその髪の毛、うちがもらい受けるで!」
 張り切る喪越の背後を一條が狙う。
 酒場を貸し切りにし、蒼美が手料理を持ってきた。
 賑やかに過ごすもの達と、滅多に口にできない蔵の酒を味わう者達に分かれた。
「口当たりの柔らかさに加えて、瑞々しく華やかで甘い香り。微かに発泡しているのは無ろ過だからでしょうか。おいそれと飲める酒ではありませんね」
「月夜ちゃん、お酒好きね。そ。地元の米と清水を使った大吟醸の生原酒。中どり無ろ過での奴よ。最大限の敬意と思って頂戴。若い客が沢山くれば、お金で礼が出来たけど」
「若い子を呼ぶなら、そうだな、妹さんの着物の裾をあと5寸程詰めてだな」
 壬弥の双眸に酔いが滲む。
「結局チャームというのは何なのでしょうね」
 自ら墓穴を掘った六条に、酔いの廻った紅蓮がにじり寄る。
「うちの村でやってた呼び物よ。自らの尊厳すら捨てて観客に全てを捧げるの」
 怪しげな話に六条が身を引いた。
「元々は美男美女を競うものだったんだけれど、いつしかあらゆる意味を含むようになってね。色々魅力的な子がいたわね。そのうち酒場でもやるつもりよ」

 詳しくは語らない不穏な笑い声が、いつまでも酒場に響いていた。
 ともあれ、酒の奪還は無事になされたようである。