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■オープニング本文 年末年始になると開拓者も大晦日や正月に備え出す。 つまりギルドから人影が薄れる。 開拓者と言っても人の子なので年末年始ぐらいはゆっくりしたいと思うものだ。 しかし早々に自宅へ引っ込んだり、他国へ旅行を決め込む人間ばかりではない。 生真面目な人間や鍛冶屋への支払いが残っている、或いは予定なんて関係ないぜリア充吹きとべ、というタイプも仕事に明け暮れている事がある。 なにせ強きを求める開拓者は多いが、弱きを助けるものは少ない。 というより日常的に強力な個体と戦っていると「アヤカシ!? 内容は!? え? 屍狼? ほっとけ」位に感覚がマヒしてくる場合もありふれている為、盥回しにされた仕事が年末まで残っている事が多いのだ。 そういった単純な退治仕事も暇人へ課される為、一人で何件も処理する日が増えてくる。 「つかれたー」 0時の精霊門開門。 やっと帰ってきたのはいいが、大晦日や正月の準備がままならないままだ。 手元には、後日提出を義務づけられた報告書。 「……正月の後でいいか。急がないし」 帰ろう。家へ。 そしてじっくりと惰眠を貪るのだ。 馴染んだ石畳の小道を抜けて、神楽の都の自宅へ帰った。 まずは朝食の準備をして、銭湯へ出かけるのもいいかもしれない。 ただいま我が家。我らが帰るべき場所。 鍵を手に持ち、玄関に手をかけて。 「ただいまー」 ピシャリッ。 家の戸がしまった。 |
■参加者一覧
ニノン(ia9578)
16歳・女・巫
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
真名(ib1222)
17歳・女・陰
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
ウルシュテッド(ib5445)
27歳・男・シ
ローゼリア(ib5674)
15歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ●親子の対話 その日、ウルシュテッド(ib5445)は養子の星頼と礼文を暖炉の前に呼んだ。 台所ではニノン(ia9578)が年越し料理中だ。 「二人とも。少し話をしよう。この前は……お前達のしてきた事や気持ちを教えてくれて有難う。 俺はそれを怒らない。 望まぬ殺しが罪なら、消せない過去や痛みは罰も同然だ。妖に従うしか生き残れなかった事を誰も責められないし、父さんも母さんも責めないよ。 たとえ俺が怒って、許しても。 誰よりお前達が自分を許せないのではないかな? 背負わされた罪に負けず、生きて幸せになってほしい。 そう願いをこめて新たな名を授け、皆で方法を教えた。その教えに背いて命を粗末にした時は、その時は俺が怒ってやるさ。 謝罪や供養、償い方は様々だ。過ちを繰り返さぬ事、親切に感謝したり応える事、学びを生かし、誰かを支えるのも『罪滅ぼし』だ。 痛みを感じる心は人の証でもある。 だが過去や罪悪感の為に幸せや楽しい気持ちになれない時は心が疲れてる時だ。独りで抱えず人生の先輩を頼ってくれ。それと」 「これ、テッド」 妻ニノンの声が飛ぶ。 「あまり星頼や礼文を独占せんでもらえぬかの。猫の手が借りたいほど忙しいのじゃ。昨晩頼んだ蕎麦は終わったのかの」 「……あ、そうだった。さ、一仕事して新年を迎えに行こうか」 愚痴る妻に謝る夫。 一見、平凡な夫婦の口論ではあったが、二人の視線は……全く別の会話を行っていた。 『我が夫はうっかり話しかけたであろう』 『ごめんニノン』 実は、孤児院の院長の件を星頼達に打ち明けて寄せ書き準備や今後の相談をしよう、と考えていた夫婦だったが……開拓者間で意見が割れ、子供達へ話すのは日を改めるという意見が大多数を占めた。養子に入ったとはいえ、星頼達は他の子供との接触が多い。 『またの機会じゃな』 『そうだね』 兎も角、星頼とウルシュテッドは蕎麦を打つ約束になっていたので、重い道具をウルシュテッドが取りに向かい、星頼はニノンと蕎麦粉を取りに行く。その間、礼文はお膳の為に現れた美しい器達を手拭いで拭う。裏倉庫で蕎麦粉の大袋を渡したニノンは星頼に微笑みかけた。 「星頼、そなたのお陰で……礼文も落ち着く事ができたと思う。ありがとう。そなたも兄だから、と我慢せず父と母に言いたい事を言うのじゃぞ?」 蕎麦粉を大事そうに抱えた星頼が照れたように笑った。控えめに「うん」と頷いて今に戻っていく。父と子の情熱が蕎麦に錬りこまれている間、礼文とニノンはお膳を整え、余った時間で漬け物や瓶詰をこしらえた。 ニノンは真剣な顔で取り組む『良い子』の礼文を見る。 鬼灯祭で話してから、礼文は一度もニノンを『おかあさん』と呼んでいない。これはウルシュテッドを『おとうさん』と呼ばない事からも、心の整理が完全にできていないのだろうと推察がつく。その一方で、今までと変わらずお手伝いをするし、贈り物は大事にする節を見ると揺れているのだろう。 『……今までの自分を、努力を、それまで折り合いをつけていた苦しみの正当化を、全て真っ向から否定されたようなものじゃからの……幼い身には辛かろう。じゃが……』 以前から、礼文は何かに取り組むと何事にも真剣で、一途で、他の全てを忘れる。 それは個性と言うより座禅に等しく、逃避の一種なのだろうと共に暮らし始めて分かってきた。何かに熱中している時だけ、他の苦しみから逃れられる。答えのない問題に悩むこともない。 『……悲しい時、苦しい時、ひたすら手を動かすことが救いになり、心の整理の一助になることもあるものな……今はよいか。急に変わらずとも、ゆっくり心の整理ができるなら』 時間は沢山ある。 「よし。大根と白菜はおわりじゃな。ありがとう礼文、お陰で助かったぞ。次は根菜味噌でも作ってみるかの。それともキノコとレバーのペーストか。希望はあるか?」 「僕、きのことればーのペーストがいい」 「では、決まりじゃな。年明けに手伝ってくれるか?」 礼文はニノンの求めに「いいよ」と快諾した。 打ったばかりの蕎麦に蕎麦がき、ニノン特製の豪華な料理を食べたら家族で初詣だ。 「はぐれぬよう、皆、手を繋ぐのじゃ」 山道についてからは、おしくら饅頭の如く、人の波にのまれかける。繋いだ手が重要だ。 「人の一生とは、この行列に似ておるな。まっすぐに歩いて行きたい気持ちは皆同じじゃが、ふとした時に弾き出されてしまう。病や貧困、悪意、思いがけぬ不幸せで道が歪んだり閉ざされたりする。それら不幸に遭わぬように皆が願う。それでも遭ってしまったら、そんな中でも倒れず歩いて行けるよう、こうして皆、祈りにゆくのじゃろう」 「けど、我が家には倒れても支え合える家族がいるしな。皆で祈れば百人力だよ、ニノン」 「違いない。さて一緒に迎える初めての年越しじゃな。あけましておめでとう」 「おめでとう。新しい一年、楽しんで行こう」 空に響く鐘が新しい一年の訪れを知らせた。 ●三人家族の団欒 深夜零時。精霊門の開門。 農場仲間に『良い年を』と言い残し、五行国から雪に染まる神楽の都へ戻ってきた蓮蒼馬が見たものは大掃除にいそしむ蓮 神音(ib2662)と上級人妖のカナンだった。 「本当、私がいないと駄目なんだから!」 「カナン、そんな事言……あー! センセーやっと帰ってきた! 遅いんだよ!」 まだ日も昇らぬ夜明け前である。 「ただいま。もう掃除してたのか」 「もう、じゃないよ。仮眠したら大晦日だし、買い物いかなきゃ。昼前に春見ちゃんだって迎えにいかなきゃいけないんだから。センセー、午前中に障子と襖の張り替え御願い! おやすみなさい!」 まくし立てて寝室に行った。茫然としていた蒼馬も苦笑を零し、襖と障子を貼り替える道具を揃えると、同じく仮眠をとる。 翌朝、蒼馬は障子に取りかかり、神音は孤児院へ少女を迎えに行った。かつては『生成姫の子』と揶揄された春見の後見人になってから、始めて一緒に過ごす年越しだ。力を入れていたものの、結局当日まで準備がずれ込んだ。 『頑張ったけど一軒家の掃除は広すぎたなー。全然準備が済んでなくて申し訳ないなぁ』 着替えや愛用ぬいぐるみを持たされた春見は、更に何かを神音に持ってきた。 「あげるー!」 緑が艶やかな椿の葉に、真っ赤な木の実で飾った瞳。 雪兎だった。 自慢げな笑顔を見て疲れが吹っ飛ぶ。 「ありがとー。お家についたら窓辺に飾ろっか」 「うんー!」 手を繋いで「良いお年を」と声を投げ、家を目指す。 家では相変わらず蒼馬とカナンが掃除中だった。 「おかえり。やっと障子が終わったところだ」 「うん、わかったー。あ、春見ちゃん。バタバタしてごめんね。よかったらまたカナンとお掃除手伝ってくれないかな」 春見が「する」と言うと上級人妖カナンが塵取りを持って現れ、早速指導を始めた。 「カナン、春見ちゃんを御願い。センセーは襖も忘れないで。神音は買い物行ってくる」 するとカナンは「あ、私の分の年越し蕎麦、忘れないでよね!」と釘を刺した。 「年越し蕎麦の件は解ってるよ!」 ぶー、と頬を膨らませた神音は買い物へ急ぐ。 「今夜は早く閉まっちゃうから急がなくちゃだめかな。もうお手製おせちは無理だし」 どうしても欠かせない『おせち』は出来合いを買う事にきめた。 「あ、春見ちゃんにもおせちの話をしたほうがいいのかなぁ……小さいから無理かな」 もう少し大人になったら教えてあげよう、と心に決める。 正月とは年を迎えて神を祀り、備えた神饌を下ろして一緒に頂く直会という行事を伴い、この膳が御節供ひいては『おせち』と呼称される物になった。おせちにも歴史が息づいている。少しでも多く行事を体験させてやりたいと願うのが親心だろう。 『今年は春見ちゃんに味を覚えてもらって、来年は一緒に作…………なんだか神音、かあさまみたい?』 おせちやお菓子、お蕎麦や餅米、天麩羅の数々を買い込みながら、考える基準が春見になっている事に気づく。親代わりの大役を担う覚悟を決めてから、神音は時々考えるようになった。もしかしたら亡き自分の両親も、こんな風に考えたのではないだろうか、と。 『……早く帰ろう』 皆が待ってる。 帰宅した神音は蕎麦を茹で、大海老の天麩羅を丼にのせた。 「よーし、完璧。なんとかお掃除と料理が間に合ってよかったぁ。あ、春見ちゃんは頑張ってたし海老天二つにしとこ。センセー、カナンー、年越しのお蕎麦運んでー!」 大晦日に間に合った家族団欒。美味しそうに海老天を食べる春見を見て、カナンが差別だと訴えていたが、華麗に無視されていた。 「そうだ、これ。誕生日プレゼントだ」 蒼馬は小さな包みを神音に渡した。中身は煌めくネックレスだった。すっかり誕生日を忘却していた本人が照れ笑いを浮かべていると、春見が自分の蕎麦をジッと見て、とっておきの海老天を一つ神音の丼にうつした。 「あれ、春見ちゃん。海老嫌い?」 「ううん。ぷれれんとー」 最期の楽しみの大海老天麩羅を『プレゼント』だと言う。 蒼馬と神音を見ていて、自分が今、何を贈れるか考えたのだろう。 「ありがとー。でもこれは春見ちゃんがお掃除を頑張ったご褒美だから」 春見ちゃんが食べていいんだよ、と続けようとして……への字の幼い顔に言い淀む。 返却してはいけない雰囲気だ。 神音は暫く本気で悩んだ。 「……えーと。じゃあ、海老天は神音と半分こ、しようか」 「うん!」 微笑ましい光景にお祖父ちゃん気分高まる蒼馬が、食後の初詣を提案した。 食後に神音は糯米を仕込み、みんなで外套を羽織って外へ出る。 社の大行列に並び、賽銭箱の前で両手を合わせる。 色々な事があった一年だった。 『……春見ちゃんと、いい家族になれますように』 鐘が鳴った。 新しい年が来た。 元旦は餅つきをやろうと決めていたから、楽しい時間になるに違いない。 蒼馬は春見を背負い、神音は新年のお守りや破魔矢を買って、石畳の道を帰っていった。 ●賑やかな初詣 縫い縮めても、まだ少しだけ大きい菊柄の振り袖に袖を通した恵音は不安顔。 しかし着付けを手伝ったアルーシュ・リトナ(ib0119)は姿見の前で娘を一回転させた。 「大丈夫 綺麗で可愛いわ。少し大きいけれど、恵音も後数年でぴったりになるわ」 「……そう?」 「ええ。そう。実はぽっくりも用意したの。それとお年玉。自分で好きな様に使ってね」 愛らしい撫子ぽっくりを箱から取りだし、華やかな縮緬巾着に2000文分の金子である一朱銀八枚を入れて恵音に渡した。神楽の都の物価からすると高級軍鶏鍋10人前もしくは寺子屋四年分の学費に相当する大金である。 これほど大金を預けるのは今年の元旦が特別だから。 「今日は初詣に行きます。一年に一日だけの特別な日ですもの、贅沢しましょうね」 更に羽妖精思音が「着物綺麗! 僕も初詣行くよ! 籤も引く〜」と自己主張を始めた。 支度中に玄関戸が軽く叩かれた。 立っていたのは待ち合わせていた真名(ib1222)である。薄紅色の晴れ着は良く映えた。 「姉さん、恵音。少し早いけど、あけましておめでとう」 「真名さん あけましておめでとうございます。わざわざ来てくれて本当にありがとう」 「……あけまして、おめでとう」 「僕もいるよ! 真名もあけましておめでとう。アルーシュと恵音も支度が終わったんだ」 「そうなの? じゃ、みんなで行きましょう」 「あら。真名さん、大切な方は今日……」 「ミリートとは参拝道の狛犬で待ち合わせてるの。後で合流するから心配ないわ」 「ふふ、お幸せに。お参りしたら、ちゃんとご自分の幸せを味わって下さいね」 四人揃って手を繋いで長屋を出た。 参拝道を見た恵音がリトナの手を無意識に握る。 「夜なのに、人が沢山……」 「元旦ですもの。初詣はご近所の方と多く会うでしょうから、新年のご挨拶を忘れないで」 「……あけましておめでとう、よね。あとは……なにか言うの?」 「ええ。でも沢山お話できなくても良いの」 恵音は胸を撫で下ろし、肩から力を抜いていた。 安心した様子の恵音を見てふと思う。 『私は去年、この子に何を教える事ができただろう』 昨年を思う。 名前で呼び合うようになったワカサギ釣り、桜祭では道は幾らでも選び直せると教えた事が左右したのか、夏前に生成姫の事を知り、恵音は市井を選んだ。与えられる使命とは無縁の平和な生活の中で少しだけ幼児返りしつつも趣味を覚え始めた。今では縫い物や編み物を不器用ながら続けている。 『この子が……人の世で一般人として生きるなら、日々の生活の積み重ねが伝える事そのものなのかな』 母親業も未だ手探り。 「おかあさん……あれ買ってもいい?」 「櫛? そうね、恵音の寒椿の柘植櫛は櫛歯が一本欠けてきたし、新調しましょうか。あと正月が終わってから、理髪屋さんに髪を整えてもらう?」 すると恵音は「いや」と明確に言って、金混じりの茶髪を守るように握った。 「切ったら……髪でお洒落できないもの。これは……おかあさんみたいに長く延ばすの」 ぷく、と頬を膨らませるので「分かったわ、じゃあ櫛だけね」と笑って頭を撫でる。 露店で本柘植櫛を買った。 梅の絵が彫られた丸い櫛は艶々している。 僅か10文の丸い櫛を嬉しそうに見ていると真名が助言を囁く。 「櫛が見つかってよかったわね、恵音。その櫛で、姉さんの髪も梳いてあげるといいわ」 「あ、いたー! 真名お姉ちゃーん、おまたせだよー、ふふふ」 「ミリート! あけましておめでとう」 真名の待ち合わせ相手ことミリート・ティナーファは、恋人に愛らしい姿を見て貰おうと気合いを入れた格好で現れた。 新年初のデートだ。 リトナが恵音の手を繋ぐように、真名もティナーファと手を繋いで行列に並ぶ。 「わっぷ、凄い人だね〜。真名お姉ちゃん、中で待ち合わせたら迷子だったかも」 「ほんとね。やっぱり大事な区切りだから大勢来るんだわ」 ティナーファは「大事な区切り、かぁ」と呟き、真名と繋いだ手に力を込める。 「……誘ってくれて、ありがとう。その……今年もよろしく、ね」 「こちらこそ今年も一年間よろしくお願いね!」 『去年は色々あったけど……後は皆で幸せになるだけだものね。今年が良い年になりますように』 真名は賽銭箱に少し多いお金を投げ込み、両手を合わせた。 「皆が幸せになれますよう、その邪魔になる事がなるべく起こりません様に」 真名は熱心に祈った後、リトナ達を見送った。そして大切なティナーファを振り返る。 「さて。これからどこにいこうか? 今日は、帰さないわよ?」 「な、なんだか照れるけど……ふふ、こういうのって大切だよね。真名お姉ちゃん、まずは甘味所にいこうよ。甘酒やお汁粉は欠かせないもんね」 こっつりお互いの額をあてて微笑みあった。 一方、リトナ達は御神籤を引いた後、茶屋でお汁粉膳を食べながら中身を開封していた。番号こそ違えど、リトナも恵音も大吉で、思音が中吉をひいていた。正月早々幸先がいい。賑わう話は、今後の予定に移っていく。 「少し慌ただしいけど、食べたら家へ帰って……精霊門には間に合わないから、空龍も乗れる大型飛空船へ急ぎましょう。船の中で、朝までぐっすり眠るといいわ」 「農場に戻るの?」 「勿論よ。飛ばせば夜までに着けるはずだから。農場の皆にも新年のご挨拶しに行きましょう。それから今年は一緒にご近所の繋がりを増やしましょう。違う生き方、違う環境で生きてきた人達との違いに、不安を覚える事があるかも知れないけど……好きな部分を少し見つけて、その部分だけでも仲良くね? 何時か人のご縁に助けられる時が来るわ」 リトナの胸に溢れる言葉達。 時として説教や長話に転じる話もあるけれど、伝えたい事はたった一つだ。 「あなたはまだ色々なことを受け止めるので精一杯かもしれない。でも焦らなくていいの。時に悩んで失敗して困ったらお母さんに話してね。……気を使い過ぎてしまうくらい優しい貴女が好きよ。まだまだなお母さんだけど、今年もどうぞ宜しくね。恵音」 「うん。……私、何もお手伝いとかできてないけど、よろしく……おねがい、します」 「あー、ずるいよアルーシュ。独り占めはんたーい。今年も僕とずっと仲良しだよ、恵音」 お汁粉を食べながら主張する羽妖精に、恵音は「うん」と答えた。 ●雪遊びと初詣 元旦の早朝。 丘の上の家を訪ねた皇那由多が見たモノは、正面玄関を塞ぐ雪の大玉だった。庭で遊んだ残骸だろう。なにせ婚約者のローゼリア(ib5674)には養い子『未来』がいる。雪遊びは、その子しか考えられない。 『うーん、立派ですねぇ。……どうやって入ろうかな』 真剣に悩んでいると、目の前で大玉が砕けた。 雪まみれになる皇。正面に歓声をあげる未来。窓辺のローゼリアは「こら、未来。人がいないか確認なさいと昨日申しましたでしょう!」と娘を叱りつけて外へ出てきた。 「ごめんなさぁい。雪で……みえなかったんだもん」 「もう。申し訳有りませんわ、娘が雪玉を壊す遊びを……那、由多?」 「あけましておめでとう、ローザ、未来ちゃん」 雪人形が婚約者だと気づいたローゼリアは、無音の叫び声をあげた。 オートマトンの桔梗に娘を任せ、皇を家の中に招く。雪だらけの外套を暖炉の前に干し、冷え切った躯を毛布で包み、生姜とハチミツを混ぜた紅茶を皇に手渡す。 「那由多。あけましておめでとうございますの。本当に申し訳ありませんでしたわ」 「あはは、大丈夫。ええと、さっきのは?」 「未来達が例の里でやった遊びだそうです。巨大な雪玉をこしらえて一撃で破壊する、とか。やめさせようかとも考えたんですけれど……楽しそうな顔を見ていると無理に強制するのも憚られて。庭のみ且つ安全確認と人に迷惑をかけない条件付きで遊ばせてますわ。桔梗が監督をしつつ、普通の雪遊びを教え始めたばかりですの」 皇は双眸を細める。 特別な事情を持つ少女の養母として、色々苦労している節が伺えた。 「じゃあ少し一緒に遊んでこようかな」 「え!?」 「折角、未来ちゃんに普通の遊び方を教える機会があるのに逃すのはもったいないし、仲良くしたいから。ローザ、雪だるまをひとつ作ったら、皆で一緒に初詣にいきませんか。是非振り袖着て欲しいな」 遊んだ後、前日から選んだ華やかな橙色の振り袖を纏ったローゼリア達は家を出た。 「どうでしょう? お揃いにしましたが、似合いますかしら」 「うん。似合ってます! かわいいな」 「褒められると照れますわ。さ、参りましょうか。未来のもう片方の手は、那由多がとってあげてくださいますかしら?」 「喜んで」 楽しそうな未来を間に挟んで、右と左に皇とローゼリアが並ぶ。 沢山の人混みに流されぬよう手と手を繋いで、石畳の道をゆっくりと歩いた。 『素敵な時間を急いで歩くと、なんだかもったいないですものね』 過ぎゆく景色と走り去った数年間。新年を祝う習慣も神楽の都に来てから覚えた事なのだと思い出す。毎年辛い戦いの中で過ぎた時間が、今は違う。 穏やかに迎える新年。 隣には愛する人々。 『今年はきっと素敵な年になると信じますわ。其れが今、一番願うことですもの』 「この幸せがずっと、ずっと続きますように」 熱心に願いながら、ふと涙腺がゆるむ。ローゼリアは振り袖の裾で涙を隠す。 「……ふ、二人はどんなお願い事をしましたの? ……って、あら? いない?」 ローゼリアがぐるりと見回すと、養女の未来と婚約者の皇が数歩離れた御神籤箱を覗き込んでいた。 「ねー、中で猫が丸くなってて籤とれないよ」 「ほんとだ。寒かったんですかね。ローザ、見てください面白いですよ」 随分賑やかな婚約者と娘を見て「今参りますわ」と苦笑いしながら歩み寄った。 退屈しない新年になりそうだ。 |