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■オープニング本文 ●アルドと灯心の葛藤 窓の外は雪で白く染まっていた。 病院暮らしを強いられているアルドと灯心は、道行く家族や恋人達の賑わいを眺めて、遠い神楽の都で過ごして居るであろう兄弟姉妹の事を思い浮かべる。 「今頃、みんなはクリスマスかな」 「だろうな」 「……勉強ばっかりだね」 「俺達は他にやることがない。寮に顔を出せない分はここできちんと勉強しないと。それよりお前の方が問題だぞ。灯心。あれ以来、ぼーっとしてばかり」 灯心は「うん」と言って窓の外を見る。おかしい。アルドも灯心も向上心が高く、年若くして難しい謎を解き明かすために勉学を好んで行ってきた。弟妹が遊んでいる間、よく同行を拒んで試験勉強をしていた姿も見慣れている。 ところが魔の森から戻ってから、灯心の様子は少しおかしかった。 重傷で意識不明のソラは一命をとりとめ、最近になって意識を取り戻している。それは喜ばしい。けれど暇を持てあまして勉学に取り組むアルドと違って、灯心は趣味である料理の本すら見ていない。何もせず、外を眺める事が増えた。 アルドが怪訝な顔で「話せよ」と問えば「大した事じゃないよ」と返事が返る。 「ただ気づいただけ」 「何が」 「あそこで平気だったボク達は、普通の人間じゃないんだって」 生成姫の城に囚われて数日。 一緒にいたソラは瞬く間に弱り、瘴気汚染によって体が腐っていった。 ところがアルドと灯心の体に変化はなかった。魔の森に何日もいたにも関わらず、空腹と喉の渇きに悩まされたくらいで、体が少し重く感じたくらいだ。疑問に思って訪ねると、陰陽師は瘴気を扱う関係上多少の耐性を獲得すると大人から説明を受けた。 けれど同じ陰陽師でもソラは瀕死で二人は無傷。 この差は隠しようがない。 聡い灯心は自分たちが異端児である事を察した。それが生成姫による長年の研究と教育の成果である事を、既に報告書の研究で理解もしていた。だが結果的な現象としての理解はできても、心は理解が追いついていない。 「ボクらが『化け物だ』って嫌われるはずだよね」 「灯心……」 「五行国は瘴気を使うお国で、今は陰陽師の訓練を受けたから、っていえるけど……大人になって魔の森に入って同じ事が有れば、きっと『なんで平気なんだ』って聞かれると思う。もしもずっとこのままなら、だけど。普通ってなんだろう。ボク達はいつか普通になれるのかな、なれなかったら追い出されるのかな。このまま皆と同じように勉強してていいのか……ボク、不安になるんだ」 太陽の光に翳した手。 外見上は普通の子供。 けれど培われた体質は変わらず体内に宿り、子供の心を蝕んでいく。 ●政治の闇 目に見えぬ敵が動かない。 いつまで子供を病院に隔離しておくのか。 そう言った話で、狩野柚子平や開拓者は気を揉んでいた。 現役の封陣院職員による調査の結果、子供達を生成姫の城に置き去りにしようとした者は五行国封陣院南区の関係者であった事以外は分かっていない。尋問して吐かせるという方法も考案はされたが、男が自主的に黒幕へ連絡を取ることを期待して執拗な責め苦は行っていなかった。 男はあくまで『子供にせがまれたので城に行った。勝手に中に入り、途中ではぐれた。助けようとしたが一人では力が及ばなかった。尊い研究者の卵を死なせた事をお詫びするとともに彼らの命を背負って生きていく』と、正に英雄気取りで己の美談にしようとしていた。 開拓者たちも開いた口がふさがらない。 「子供は瀕死なのであって、死んでないんですけどね。頭隠して尻隠さずですよね」 早く事実を公表して締め上げたいのに、ままならない。 「まあまあ」 「子供達はまだあのままに? 籠の鳥は可哀想です」 「現段階で子供の生存を発表すると、子供が暗殺対象になりかねない。ソラさんはまだ記憶障害があるので安静ですし。といっても年が明ければ私の結婚話が進みますし、協力して頂いている東雲寮長も肩身がせまそうなので……余り長く隠しておけないのも事実ですね」 表向き、玄武寮生を生死の危険に晒した狩野柚子平や蘆屋東雲は立場が危うい。 五行王にも状況を報告し、国内の政敵を炙り出す事に理解は示して貰っているが、余り危険な綱渡りは石鏡国との外交にも響く。 「分室長会議で少し、揺さぶってみますか」 「どんな風に」 「子供達は依然、重篤な状態で回復が認められない。が……譫言で『先生どこ、いかないで』等と置き去りにされた風な発言を繰り返している。もはや回復の見込みがなくとも、これが事実なら大きな問題である。区画を超えた越権行為も含めて、生き残った職員の証言が真かどうか、何故そのような行為に及んだのかを調査すべきである……とかですね」 「それ、例の男が口封じにあいますよね」 「既に玄武寮への不法侵入、通行証書の偽造もしくは不正入手、三件の殺人未遂、事情聴取における偽証罪、公的組織の社会的信用を貶める行為……死刑か無期懲役は免れないので、口封じされる方が楽だと思うかも知れません。肝心なのは『道連れはゴメンだ』と向こうが気づけば放ってはおかないでしょう」 なかなかに難しい心理戦である。 この数日後、封陣院の分室長が集った際に計画通りの発言が行われることになる。 問題を引き起こした犯人の黒幕は歯ぎしりしていた。 「おのれ狩野の若造め。静かにひっこんでおればよいものを」 「年が明ければ婚儀になりますな。このままでは手が出せなくなりますぞ」 「婚儀の後に何かあれば石鏡国貴族との関係が危うい。婚儀の前に失脚が決まれば婚姻の話が消えるだけで済むというのに……まて、まずは例の男を口封じせねばなるまいよ。感づかれるな、とあれほど申したのに」 「まだ我らのことは黙っておるようですがな」 「いずれ何処からかほころびが出る。その前に手は打たねばなるまい。仮に切り抜けて約束通り分室長の座につけたとしても、今回の事をネタに脅されてはかなわんからな」 「いやはや全く」 一方、開拓者たちには仕事が課されていた。 ひとつは英雄気取りのクズが病院の個室で自殺せぬよう見張ること。ふたつめは暴力以外の方法で尋問あるいは交渉を行い、黒幕の手掛かりをつかむこと。みっつめは男の口封じにシノビが雇われることを考慮して目立たぬよう病院に待機すること。子供達については『放っておいても死ぬ存在』として外部には知れていたが、護衛については一任すると言われた。 「柚子平さんも案外、鬼ですよね」 「お世辞にも善人じゃないですね」 「宮仕えですから出世が絡むとああなるんでは?」 なるほど、と頷く一般の開拓者。 一方同じく宮仕えの身分を持つ開拓者にとっては、笑えない話だった。 |
■参加者一覧 / 芦屋 璃凛(ia0303) / 酒々井 統真(ia0893) / 玲璃(ia1114) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 郁磨(ia9365) / 尾花 紫乃(ia9951) / フェンリエッタ(ib0018) / ネネ(ib0892) / 无(ib1198) / 紅雅(ib4326) / ウルシュテッド(ib5445) / 十河 緋雨(ib6688) / ケイウス=アルカーム(ib7387) |
■リプレイ本文 病院に向かう前、ネネ(ib0892)は仙猫うるるを連れてある人物を訪ねていた。 「こんにちはー、イサナさん」 「珍しいな、こちらにくるなんて」 ネネは周囲を注意深く観察し、イサナにひっそり耳打ちした。 「ソラにこれから会いに行くんですが……伝言とか、ありませんか?」 神楽の都には『黄龍寮』という建物がある。五行国の職員或いは職員身分を保持する開拓者が下宿する場所で、個人で家を構える者も定期的に黄龍寮から連絡を受け取る。当然本国から情報を運ぶ者が必要になるが、その役目の一部を人妖イサナが担っていた。 彼女は封陣院の備品であったから。 ソラが植物状態だった時は傍に居る事を許されていたが、意識が回復してからは普段の職務に戻るよう命じられている。つまり備品として働けという事だ。やむなく従わざるを得ないイサナを気遣い、病院より先にここへ来た。 「……いいのか? そんな伝書鳩のような事を」 「気にしないでください。だってイサナさんは、ソラの家族ですから!」 ふ、と目元が緩んだ。 「ありがとう。ではソラに『ゆっくり体を休めるように』伝えてくれ。それから事が済んで退院したら祝いの膳を作る。希望を聞いてきてくれないか」 「分かりました!」 病院では男に自白を迫る班と外敵に警戒する班が胃を痛めていた。 問題の男は、病院の中でも良い寝台を備えた四人部屋にいた。といっても室内に四つある寝台は2つが空で、三つ目は両目を包帯で塞いだ物静かな人物がぼんやりと座っていた。 部屋は実質、男の貸し切りに等しい。 「前回は事情知らず気が立ってた、悪かった」 そう言って酒々井 統真(ia0893)が頭を下げた。 隣には御樹青嵐(ia1669)、尾花 紫乃(ia9951)、ケイウス=アルカーム(ib7387)の三人が居て、御樹は険しい顔をしていたが、紫乃とアルカームは笑みを浮かべていた。 「何のご用件で?」 この晴れやかな笑みが憎い。 紫乃が「形式的なものですからお気になさらず。これから毎日差し入れに参りますから」等と告げ、アルカームが「病院の食事は飽きるよね! 英雄さんに差し入れだよ! 大した仕事じゃないし、これから三食贅沢に作ってくるから楽しみにしてて!」と毒殺防止の弁当を差し入れる。 内心の憤りを完璧に覆い隠したこの二人は『飴役』だ。 つまり。 「分かっているはずですが?」 御樹と酒々井は『鞭役』であった。 絶対零度の眼差しを向けて憤怒を隠そうともしない御樹に、男は眉を跳ね上げる。 「なんのことだ。初対面の相手に失礼じゃないのか」 ダーン! と乱暴に机へ叩きつけられたのは御樹の身分証明書であった。 「封陣院研究員補……」 「今は開拓業が優先ですから派遣の身です。今回巻き込まれた寮生とは親しくしていましてね、私にとって彼らは弟子のようなものです」 男の瞳に動揺が浮かぶのを、酒々井はじっと見ていた。 「弟子を導き守るのは師の役割。よって彼らの身の安全確保の為なら、どのような手段をも使う覚悟で見守ってきました。にも関わらず目を離した途端、この騒動です。弟子を失う恐怖が貴方に分かるのですか!? あの子達は……」 く、と顔に手を当てて堪えるふりをする御樹。 因みに、実際には弟子ではなくて後輩である。 「貴方が正式な監督官だという話ですが、甚だ疑わしい。子供達から断片的な証言は掴みつつあります。その証言に基づいて近く大規模な調査が行われるかも……いいえ、行わせて見せます。せめて手記なりとも見つかれば真相は白日の下に晒されるでしょう。巻き込まれた、等といういい訳が通用するのは今の内……覚悟しておくことです!」 「いい加減にしてください!」 何故か、割り込んだのは紫乃だった。 更にアルカームが加勢する。 「黙って聞いていれば悪者扱いじゃないか! 彼は英雄なんだよ、子供の我が儘にふりまわされて悲惨な目にあったばかりなのに。悲しみは分かるけど、言いがかりじゃあ駄目だと思うな。こっちに任せて帰ったら?」 詰まった御樹に、酒々井が「いくぞ」と声をかける。 扉の所で、酒々井が振り返った。 「きちんと子供から話が聞けたわけじゃねーが、運び込まれた時に、城に行ったのは自分の意思ではなかったらしい事を言ってた」 男の肩が震える。 「こっちでも調査は進める。当日の足跡を追うなり、時の蜃気楼なり、どんな手掛かりにかじりついても絶対追いつめるぜ。黒幕の尻尾を掴んでみせる」 言い捨てて、廊下へ出た。 戸を閉める。 暫く歩いて、御樹が口をぱくぱく動かした。 『だ、大丈夫でしたかね。少しやりすぎましたか?』 『いや、いいんじゃねーか。動揺してたぜ、あいつ』 四人係の大芝居だ。 紫乃もアルカームも最初は憤慨していたが、男を懐柔するにはこの手しか思いつかなかった。部屋に残った二人が、男の肩を持ったふりをして慰めつつも、おだてている様が聞こえてくる。 仮初めとはいえ。 この世の春を謳歌する男の声を聞いていると、酒々井達にも苛立ちが募った。 『……ちっ、あんにゃろう。今すぐ締め上げてぇが、感情のままやるだけじゃ奴らと同じだな。落ち着いて、ただし徹底的にやるか』 「口を割らせるには……一押したりねぇか」 「また脅しに戻りますか?」 「ま〜、割と目的はハッキリしてると思いますねい」 にょき、と別室から首を出した十河 緋雨(ib6688)が手招きした。 二人は周囲を見て部屋にすべりこむ。 「よぉ。どうだ」 「まぁぼちぼちです」 隣室の患者を装い、日が暮れると時々隠し持っている酒を差し入れる……という形で懐柔を重ねた十河曰く、男が頻繁に瓦版の人事を気にしている事を話す。 「俺は近々昇進する、なんて自信満々に自慢してくるのはそれなりの根拠がなきゃできませんし〜、証書発行願いの偽造とかの話を聞いた時にも思ったんですけども〜、お偉い人の協力がなければできそうにない件があることも考えれば、ゆっぴ〜こと狩野柚子平分室長の失脚が目的と言えると思うんですよね〜、欠員が出れば誰かが繰り上がるわけで〜」 『不正は勿論ですが〜、子供まで巻き込むのは許せませんねぇ』 酒々井が頭を掻く。 「でなきゃ人事なんざ気にしねぇわな。しかし常時いる訳にもいかねぇし」 御樹が肩を竦めた。 「正面玄関から尋ねた私達が此処にいても警戒が固いと思われるだけですし、暫く目を離しても大丈夫でしょう」 この確信には理由があった。 ウルシュテッド(ib5445)の又鬼犬ちびが部屋戸の横に置かれた観葉植物の鉢の影で置物の如く微動だにせず、首に即席看板をひっさげている。 侵入者が有れば遠吠えで知らせ、いざという時には追跡も行う手筈だ。 抑も、あの男が四人部屋に移動したのは昨日の話で、これは郁磨(ia9365)の策だ。 十人部屋に寝ていられては、将来的に負傷者が出かねない。 『英雄に失礼のないよう、一般人が余り通らない部屋にしてもらえませんか』 そう言って移した。 ちなみに移動に掛かる差額分は、柚子平から経費をもぎ取ってきている。 郁磨は館内図面を見て綿密にうち合わせ、可能な限り無闇に人が近づかないよう注意を払った。更に仲間の潜伏先の確保もしてあって、カーテンの閉まった近くの一室には、開拓者一同が待機中だ。 技能持ちのシノビであれば十秒とかからない。 更に言えば、問題の男の斜め向かいに居る盲目の患者。目に包帯を巻いて怪我人の格好をした人物は、玲璃(ia1114)だった。開拓者の中でも指折りの実力者である。布団の中にはローレライの髪飾りと錫杖星詠を隠し持たせてあるし、窓辺から小鳥に化けた天妖蘭が定期的に出入りしている。手探りで鳥にクッキーの屑を与える玲璃の姿は、開拓者とは思えない。 少なくとも仲間の誰かが、あの男の傍にいる。 「お。きたな」 遅れて部屋から出てきた紫乃が待機部屋に滑り込み、酒々井と御樹が立ち去る風を装うべく再び廊下に出て玄関に向かい出す。そしてアルカームが弁当の空箱を持ち、男が食事をとったことを医者に伝えることと共に、ある話を知らせた。 「夜、ですか」 「うん。一人で色々考えたいんだってさ。だからその時間だけは見回りをせず、そっとしておいてやってくれるかな」 アルカームは『彼がある時間に一人きりにして欲しいと言っている』と偽ることで、襲撃を誘う為の時間を作ることにした。そうでなくとも尋問の後だ。何かあったと気づくかも知れない。後は祈るだけだった。 その頃。 ネネ達四人は暗い顔のお見舞いを装い、特別病棟に入った。 教えられた廊下の果ての個室の扉をノックして入り、しっかりと戸を閉めて錠をかける。 まずはフェンリエッタ(ib0018)が「メリークリスマス」と陽気な声を投げた。 「三人とも調子はどう?」 訪ねながら持ってきた小さなツリーとリースを飾り付ける。雰囲気だけでも、という気遣いだ。紅雅(ib4326)は灯心に歩み寄って、暇つぶし用の阿修羅幻想巻之壱を差し出す。 「灯心、元気にしていましたか? 退屈でしょう?」 「うん。ありがとう……他にやることもないし」 いつもならすぐに本を読み出す灯心が本を読まない。 様子が変だ。 一方のアルドは无(ib1198)に「どこまで進みましたか?」と問いかけられ「ここまで」と言葉が短いながらも、会わない間に進めた勉強内容を報告していた。それは一見、なんでもない勉強の様子だったが、時々灯心に目配せする。 それに気づかない大人はいない。 「三人とも退屈でしょ、長引いてごめんね」 フェンリエッタは申し訳なさそうな顔をしながら、持参した高級紅茶セットでお茶を用意する。並べられるのはクリスマスプディング、チョコレート、クリスマスクッキー、ハート形のチーズクッキー、もふらさまのオーナメント・クッキー、そして林檎のタルトと雪だるま饅頭だ。更に紅雅がワッフルセットを提供した。 狭い机は瞬く間にお菓子でいっぱい。 「……すごい」 「ささやかだけど、クリスマスをお祝いしましょ。足りなかったら、まだあるんだから」 フェンリエッタ達は白磁の茶器を持って乾杯した。 病室の空気が少し明るくなる。 ネネがお見舞いの花を花瓶に生けてからソラの手を握った。 「ソラ、早く元気になってくださいね。あいつをぎゃふんって言わせてやりましょう!」 イサナの伝言を伝えてから「何が食べたいですか?」と微笑みかけた。 「じゃあ……先生の茸料理」 ネネは「キノコですね。しっかり伝えておきます」といって拳を握る。 フェンリエッタは子供達の様子を伺いながら違和感を探ろうとしていた。 「三人とも、そろそろ体を動かしたいんじゃない? じっとしてると考え事ばかりしちゃうもの」 ソラは横になったままだが、アルドと灯心は顔を見合わせた。 「でも外に出たらだめだろ。走ると怒られる。できて片手で逆立ちしたりする事だ。でも見つかると『危ない』って怒られた。俺達は何度もやってて平気なのに」 ぷす、とむくれるアルド。 横の灯心は「普通じゃないから怒られるんだ」と突き放した発言をした。 暫く無言でお茶を飲んでいた紅雅が顔を覗き込む。 「灯心? 何か、ありましたか? ……私達に、話してくれませんか?」 しばらくして。 ぽつり、ぽつりと『自分たちとソラの違い』を述べた。拘りに気づいた紅雅が尋ねる。 「では、灯心。普通とは何だと思いますか?」 「わかんないんです。普通って、なんだろう。どうすれば僕たちは普通になれるのか」 「それほど悩むことかね。普通でないのが普通ですよ」 ずずー、とお茶を啜る无は謎かけのような言葉を告げた。玉狐天こと尾無狐のナイも「そも普通なぞ普通でないし、存在もし難い。理想と一緒で拘り過ぎると不毛だぞ」と告げた。 「普通が……普通でなくて、普通でないのが……普通?」 アルド達が皆で首を捻っている。 紅雅が苦笑いを零した。 「例えばね。世界中の人が灯心達を普通じゃないと言っても、私は笑いとばしますよ。己を基準にして、違うところを中傷するなど愚の骨頂です。世界は人が溢れ、違いがあるからこそ、楽しいのです。皆が同じなど有り得ません」 フェンリエッタも「普通の定義ね」と琥珀の水面を眺める。 「もしも普通が多数決で決まるなら、それこそおかしな話だわ。普通っていうのは、見方や場所で基準が変わる程あやふやなものよ。こう、って決まりはないの」 「でもボク達は『普通じゃない子供』ですよね」 「だから老人とかに嫌われて、みんな怖がるんだろう。当たっているはずだ」 フェンリエッタが茶器を置いて身を乗り出し「他人の心無い言葉が突き刺さった?」と尋ねた。 灯心とアルドは黙りこむ。 「そうね。突き刺さるものだわ。でも万の他人の罵声、一人の友の理解と信頼。どちらが大切かを決めるのは貴方達よ。貴方達を嫌う大人がいる事は間違いないかも知れないけれど、貴方達を大事に思う人も大勢いるわ」 話を聞いていた紅雅は、やんわりと灯心を抱きしめて頭を撫でた。 「灯心、貴方が疑問に思っているソレは個性です。貴方の大事な個性ですよ。それを含めて、私は貴方を愛しいと思います。そんな私は、普通ではありませんか?」 「わかんない……です」 无もまたアルドの肩を叩く。 「アルド。人の概念というものは流動的だ。刻々と変化する上、そこに判断の材料が加わる。そもそも人は、持つ特性だけで判断されない。現在と過去に積み重ねた行動や性格、信頼でも判断される。今も昔も瘴気は倦厭されるが、かつて瘴気使いだと他国で蔑視された陰陽師は……今では欠かせない存在になった。今では陰陽師以上に瘴気と親しむ存在もいる。雲の下の護大派。彼らも総じて拒まれているわけではないよ。逆に……君達の今言う『普通』の定義に照らし合わせると、鍛錬を極めた開拓者は普通ではない事になる」 无は立ち上がった。 少し寝台から離れて、自分と同じ式を作り出し、それに触れて体内に取り込んでしまった。 无の奥義『十六夜』である。 禍々しい瘴気が漂っている。 「『さて。この状態の私は幽体すら掴める訳だが、私も化け物かね』?」 アルドや灯心の気にする体質など比べものにならない力の向上。これを人々は鍛錬の賜として賞賛し、畏敬の念すら抱くが……危険だから排除しよう、という話にはならない。 アルドは「……凄いけど、化け物、とは違う、と思う」と告げた。 无が術をとく。 フェンリエッタが「无さんの、あの術は凄いのよ」と囁きかけた。 「紅雅さんが言ったでしょ、個性だって。だから勉強して鍛えてお友達を作って、体質や力を生かせる、胸を張れる人になりなさい。それにね、この前の出来事……とても辛かったでしょうけど、凄いことなんだから。人を助けて自分も無事って難しい事よ」 アルドと灯心がいなければ、ソラは死んでいたはずだ。 人助けの為に、知恵や力や体質を駆使したのだから、誇って良い出来事に他ならない。 「アルド。世界は君らを拒否しない、私達もね。だからいて良いんだよ」 順を追って説明して、漸く二人は息を吐いた。 思い詰めていた表情が明るい。 クリスマスのお茶会を再開すべく、フェンリエッタがクリスマスプティングを切り分け、ネネがソラ達に切り分ける。命の水が欲しくなる、とぼんやり考えた无が窓の外を見た。 『さて……先日逃げたシノビが、来ないといいのですが』 懸念の種は数多くあった。 夜の病院は静寂に包まれていた。 窓の外には鳥に変じた天妖蘭や天妖雪白、野良を装う猫又の璃梨が神経をとがらせていたし、室内には全盲を装う玲璃、扉の外には置物の如く動かない又鬼犬のちびがいて、少し離れた空き部屋に開拓者達が交代で待機している。 窓から侵入する鳥は兎も角、病院に不清潔な鼠の類を放つことは不似合いのため人魂や言霊の使用は控えられた。かわりに男に何か有れば傍の玲璃、或いは相棒達が知らせる手筈になっている。 病院の中を堂々と歩き回って警戒をしていた芦屋 璃凛(ia0303)の上級からくり遠雷は『あえて隙を作る』という作戦に反するので出入りしていた数名が正面への移動を命じた。生身の人間が集まる病院で動き回る治療不要のからくりは無駄に目立っていたが、正面に移動したことで単なる警備として扱われることになる。 不審そうな人間は、誰も来ない。 精々病院へ来るのは、男への食事提供と看病を申し出たアルカームと紫乃くらいだ。 酒々井や御樹達が帰った後、男は何か文らしきものを書いていた。天妖雪白がその事に気づいたが、男は周囲に警戒している。夕飯を届けに来たアルカーム達を見て、男は紫乃に手紙を渡した。 「これは?」 「仕事の届けだよ。治療で休職をしいられていて、すっかり忘れていたから復職願いなんかを色々と。代わりに出して置いてくれないかな。駄賃は出すから」 「もちろんです。いえ、英雄さんからお金なんて」 にっこり微笑んで。 紫乃は投函前に仲間の元へ手紙を持っていった。 「……で、預かってきました」 「ぼろいな」 「わっかりやすいですねぇ」 蔑む男達に対して、十河は借りた手紙をひっくり返す。 普通の手紙とは少し違った。 個人名がない。 「うーん? 五行国にある封陣院本部の事務宛ですねぇ、本当に仕事の内容かも」 問題は封を切るか否か。 開封するのは少し拙い。 うーん、と悩んでいる所へ御樹達もやってきた。 現役の封陣院研究員補佐が手紙を見て、眉を顰める。 「待って下さい。これ事務宛になってますが、違いますよ」 「というと?」 「住所の末文に私書箱の番号が付いています。本部にある研究員用の郵便受け指定です。請求書や広告、回覧板。色々投げ込まれる場所で……つまり個人宛の手紙ですね」 御樹が番号【10542】をひかえる。 「生憎、膨大な量の私書箱があり、私も自分の箱を探す際は一苦労なんですが……何日かはってれば誰の私書箱宛なのかわかるかもしれません」 「何日って、どのくらいだい?」 ウルシュテッドが首を傾げる。 御樹が明後日の方向を見た。 「都勤めなら毎日見ていると思いますが……地方の研究者なら一週間、一ヶ月、半年も見ない者もいるので、なんとも」 遅すぎる。 「一緒に入っている郵便物から探れないか? 事務所に聞くとか」 「私書箱には専用の鍵が掛かっているので、本人しかあけられない仕組みです。何分研究員は秘密が多いので、私書箱の持ち主を教えて貰えることは殆どありません。知り合った時に名刺で番号を知るくらいです。シノビの方なら箱の鍵を破壊できるんでしょうが、本部の出入りは所属者に限られるので……侵入するとつかまりますね」 つまり。 封陣院に入れる身分で破錠術が使えなければ強制的に箱を開ける事ができない。 早速行き詰まった。 「まぁ、手がかりの一つ……という事で覚えておくのは損ではないと思う。で、開封するかい?」 話が元に戻った。 御樹から再び手紙をかりた十河が光に透かしてみるが、瓦版を折って封筒代わりにしているので、ごちゃごちゃして内容が読めなかった。しかし何か書いてあるのは確実だ。 「うーつらいですね〜、家紋か何か有れば、式を使って揺さぶりかけられるんですけど〜」 いっそ襲われるか犬に噛みちぎられた事にでも……、と余計な考えを巡らせていたとき、唐突に病室の窓が開いた。 全員の視線が窓に集中する。 「あ、れ?」 それは仲間ではなかった。 「え、ここ空き部屋なんじゃ……え?」 見るからにシノビ。その事に気づいた郁磨がアムルリープを連続で放った。 窓のサッシからボトリと落ちた。ウルシュテッドが取り押さえ、郁磨が荒縄で手足を縛る。ついでに武器を剥いでしまおうと「失礼しますね〜」と言いながらクナイや忍刀を没収していくが、途中で手が止まった。 「なんだろ〜?」 懐の紙は館内図だった。記がついている場所は男が居る部屋で、窓の外には瘴気反応アリだとか猫又等と書き込みがあり、玄関の警備や酒々井達の出入り、そして男が一人になる時間が記されていた。 「なるほど〜、病室外の張り込みには気づいて、正面と勝手口は警備があって、それでこっちの空き部屋から侵入しようとしたんだねぇ〜」 ウルシュテッドが「間抜けな暗殺者だな」と眠る侵入者を見て肩を落とす。 「ケイウスさんの言ってた時間も漏れてるね〜」 「あー、やっぱり。そんな気はしたんだ」 「まだ内通者とか」 刹那、郁磨の表情が凍った。 隣にいた礼野 真夢紀(ia1144)が「どうかしたんですか」と首を傾げる。 「誰か来た」 「え」 「誰か通った。瘴気は感じないけど、誰か入った」 郁磨は問題の部屋の扉にムスタシュィルを設置していた。本来ならば誰も入るはずがない。なぜなら来てはいけないとアルカームが指定した時間帯だったからだ。初めの一言で察した礼野を筆頭に、開拓者達はその場を飛び出した。 「回診の時間ですか?」 男は入ってきた見慣れない看護師を前に、にこやかな声を投げて腕をめくる。 「ええ、最期の回診に」 そうして袖からナイフを取り出した。 「痛くありません。安心しておやすみなさい、英雄さん。良い夢を」 窓の外から気づいた天妖雪白が「ばか! はやく逃げるんだよ!」と叫ぶと、漸く男や他の相棒も気づいた。かろうじてナイフを除けるも、腕を掠める。血が飛んだ。窓から飛び込んだ上級迅鷹ガルダがシノビの凶刃に挑み掛かる。 「敵襲ですー!」 玲璃の弾丸の様な声が響き渡り、シノビの後方から又鬼犬のちびが襲いかかった。 医者だと思ってうっかり通してしまったからか、うなり声と共に足に噛みついて離れない。 「邪魔だ、この!」 「邪魔者はあなたです! しらさぎ!」 駆け込んできた礼野たちが本気の攻撃を開始する。突然現れた大量の高位開拓者を前にして、シノビは為す術もなく崩れた。こうして荒縄に縛られた二つの芋虫ができあがる。 二人のシノビは決して駆け出しではなかった。 けれど、彼らとは……実力が違いすぎたのだ。 「あんた、開拓者だったのか」 怪我をした男は、包帯を外した玲璃に驚いていた。 「護衛のようなものです。ご心配なく、傷は残りません」 治療を施す玲璃の横では、紫乃が芝居を続行中だった。 「ご無事で良かった。ですがどうしてこんな、殺されていたかもしれません!」 ことさらに不安を呷る。 更にアルカームと一緒に猿轡をかませていた郁磨がにっこり微笑む。 「何者かに命を狙われるなんて『英雄』らしくないですね……?」 死んでいたかも、という話になってウルシュテッドは「まあ案外放置した方がよかったのかもしれないけどね」と皮肉そうに声を投げた。 「お、おまえ見捨てる気か!?」 「見捨てるも何も。よく言うだろう。英雄とは、死をもって完結する、とね。ここで疑問なのは……君を英雄にしたいのは誰か、という事なんだけど」 心当たりはあるんじゃないかい、と揶揄する。 「俺は、そんな、覚えは」 じわじわと心理的に責めてくる。 男は八方ふさがりだった。 昼間は酒々井と御樹に責められつつ必ず尻尾を掴んでやると宣言され、シノビ2名に命を狙われた挙げ句、その原因はひとつしかない上、唯一の仲間に切り捨てられたかもしれないからだ。 男は迷った。 出世欲との間で揺れていた。 捨てきれない望みと欲望の為に、多くの危険をおかしてきた。 そこに紫乃が畳みかける。 「身の……身の安全を第一に考えてください。何があったか存じませんが、彼らは貴方を狙っていました。きっとまた、刺客を送り込んでくるはずです。このままでは本当に殺されてしまいます! そうだ……都に来ている狩野様は信頼できる方と聞きます、きっと助けてくださいます。助けを乞いに行きましょう」 「それは、でき、ない!」 「ひとつしかない命よりも守るべき事があるのですか!?」 男の中で、何かが傾いていく。 この翌日、男は紫乃の言葉に従う事になる。 「真夢紀、トリヒキって、なに? とりのひきにく?」 オートマトンのしらさぎに問われた礼野は「彼の場合はね、味方をするから見逃して欲しいってこと」と簡単に教えた。 『取引をしたい。狩野殿に、そう伝えて欲しい。彼を失脚させたい人物が俺を雇っている。きっと役に立つ話をするから、俺を保護してくれるように言ってくれないか』 芝居を終えた紫乃は溜息を零しながら病院を振り返った。 取引をした所で彼の罪はきえない。精々死刑がなくなる位だろう。 「本当に考えなしの方でしたね」 礼野達も力強く首肯する。 「……老害や権利欲って、嫌よね。でも黄泉路をたどらせるのは、まず黒幕からよ」 狐狸の類を炙り出さなければ。 |