救われた子供達〜冬遊戯〜
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 27人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/12/08 13:50



■オープニング本文

【★重要★この依頼は、開拓者になった【結葉】、養子になった【恵音】【未来】【エミカ】【イリス】【旭】【星頼】【のぞみ】、孤児院に残っている【明希】【華凛】【到真】【礼文】【真白】【スパシーバ】【仁】【和】【桔梗】【のの】【春見】に関与するシナリオです。
 尚、アルドと灯心は今回登場しません。】

 開拓者が雲の下で戦を行っている頃、子供達は孤児院で静かに待っていた。
 何事もなく、淡々と、穏やかな日々が過ぎていく。

 目立った訪問者と言えば……人妖樹里や人妖イサナ。
 あとはお目付け同伴で自由に出かけられる結葉が、弟妹の顔を見に来る程度だ。
 兄アルドと灯心の騒動など露ほども知らない。
 最近こないね、勉強かな、と寂しがる程度だ。
「え、うそ」
「ほんと」
「じゃあ、のぞみとスパシーバはいなくなるの? 礼文まで?」
 明希の驚いた声に、スパシーバは頷いた。
「もう半分書類ができてて、僕と一緒に暮らす相棒が二匹きまったらキャラバンに入るんだって。世界中を旅するんだ」
「のぞみは、ねーちゃといっしょなの!」
「僕は星頼のところと一緒みたいだよ。書類はまだだけど」
 既にのぞみは書類が終わっていて、合戦が終わったら保護者が迎えに来る約束になっている。真白や到真がのぞみや礼文に「おめでとう」を告げながら、ご飯のお手伝いにもどっていく。礼文は待雪草の球根の様子を見に行った。
 明希は「そう、なんだ」と言ったきり俯いた。
「明希姉さんはいかないの? 華凛姉さんがじきにいなくなるって言ってから随分立つけど」
「えっと……」
 押し黙ってしまった。
 二人と同じく、明希にも養育希望者の名乗りが上がっている。
 けれど恵音や結葉の代わりに『おねえさん』をすると決めてから、まるで弟妹を裏切るような気分になる為、どうしても決意ができないでいた。差し伸べられた手と行こうと思った事もある。けれど華凛に罵られて以降、すっかり話は空中に浮いていた。
「あ、明希はもうちょっとしてから……かな」
「姉さん、自分が何の為に勉強してるか、覚えてる?」
「え」
「僕は兄さんか姉さんの手伝い。ずっと前、里長さまに『お前は百の目があるから都向きだな。兄姉の手伝いが良かろう』って言われた。昔は意味がわかんなかったけど、最近、なんとなく分かるんだ。僕はずっと周りの顔とかやってる事を見て、誰かのお役目を引き継ぐのが上手いんだ。だから兄さんか姉さんの代役になれるように、戦うよりも勉強の時間が長かったんだと思う」
 スパシーバは窓の外を見た。
「でも、きっとそれだけじゃダメなんだ」
「だめ?」
「都は頭のいい人が沢山いる。だから僕は花壇を先生に任せて、兄さんとキャラバンって所に入って、世界中をみてくるよ。難しいことや新しいことを沢山して、経験を増やして、おかあさまに認めてもらえる子供になる。……姉さんは、上を目指さないの? ずっと此処にいるつもり?」
「そ、れは」
 弟の言葉に、明希は頭を殴られたような衝撃を受けた。
 辛く厳しい里から、孤児院に移された。
 生成姫の消滅を知らされぬまま、穏やかな日々を過ごしていた。
 やがて明希は、里で与えられた命題よりも、いつしか弟妹の統率に全てを捧げていた。卒業すれば、どんなお役目を与えられるか分からない。過酷なお役目を預かるより、此処で暮らす方がずっと楽だと思っていたかも知れない。
 明希が院内を見渡す。
 沢山の仲間が此処を去った。
 アルド、灯心、結葉は開拓者になった。恵音、未来、エミカ、イリス、旭、星頼は大人の家へ引き取られた。養子縁組をして家族になったと言うから、きっとこれから専用の教育を受けるのだ。そして弟のスパシーバと礼文、幼いのぞみも、じきに此処を去る。
 残るのは……
 明希と華凛、到真、真白、仁、和、桔梗、のの、春見。
 スパシーバも視線を追う。
「春見も姉さんみたいに大人が二人がつくんだっけ。まだ書類ができてないそうだけど」
「確か、そう。本当に半分以下になるのね。……明希がここにいても、おかあさまは呆れるし、姉さんたちの迷惑になるだけかな。大好きだって言ってくれるけど、いつか『もういらない』って言われたら。そうしたら処分されちゃうのかな。それはやだな……」

 白原祭の時、華凛は明希を自分勝手だと言った。
『明希のそういうとこ、やっぱり嫌い。なんであたしに聞くの? あたしが出てけって言ったら出ていくの? あたしのこと悪者にしたいの? ……行きたいなら、行きたいって……言えばいいのよ。あたしが決める事じゃないもん』
『あたし、絶対謝らない。明希のそういうとこ失礼だもん』
 仲直りを申し出ても華凛は引かなかった。

「華凛姉さん言ってたよ。頑張ったけど明希が処分されるかも知れないって」
 里の感覚を引きずる子供達にとって、仲間殺しは最悪にして最期のトラウマだ。
「姉さんは、それでも残るの?」
「……ううん。此処を出たいって言ってみる。遅いかも、しれないけど」
「まにあうといいね」
 子供達は子供達なりに考えて決断をしていた。
 けれど孤児院を出る子供達には最大の壁が待っている。

 生成姫はもういない、という現実を教えられるのだから。

 +++

「あー、たいへんだったー」
 雲の下から戻った大人達は孤児院に向かっていた。
「じきに12月だし、クリスマスの準備でも始めようか。モミの飾り、靴下選び、お菓子作りにパーティーの献立……」
「寒くなってきたもんねー」
「そういえばさ、来月くらいに面白い催しを神楽の都でやるってきいたよ」
「へぇどんな」
「サーカス。家で留守番してたら広告が投げ込まれてさ……」 
 どうやら都で暮らす養子組の家にばかりサーカスの催し案内が入っていたという。
「……うちは入って無いな。あれ?」
「ひとりもんがサーカス見に行く事の方がすくないだろう」
「見抜かれてるとか? わははは……」

 どこかしめった風が笑い声をさらっていく。


■参加者一覧
/ 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 弖志峰 直羽(ia1884) / フェルル=グライフ(ia4572) / 郁磨(ia9365) / ニノン(ia9578) / 皇 那由多(ia9742) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / ネネ(ib0892) / 无(ib1198) / 蓮 神音(ib2662) / ハティ(ib5270) / ウルシュテッド(ib5445) / 明星(ib5588) / ローゼリア(ib5674) / 宵星(ib6077) / ニッツァ(ib6625) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 刃兼(ib7876) / 一之瀬 戦(ib8291) / ゼス=R=御凪(ib8732) / 戸仁元 和名(ib9394) / 一之瀬 白露丸(ib9477) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / 白雪 沙羅(ic0498


■リプレイ本文

 ゼス=M=ヘロージオ(ib8732)の家では養女のイリスに冬支度をさせていた。
「孤児院に?」
「ああ。生活も落ち着いてきたし、クリスマスくらいは、と思ってな。気になることもあるだろう。そろそろケイウス達が迎えに来るはずだ」
 すると玄関先で「ゼースー!」という元気な声が聞こえてきた。ケイウス=アルカーム(ib7387)と娘のエミカが迎えに来た事を知り、外套を羽織ったヘロージオが娘の手を引く。
「行こうか、イリス」

 その頃、弖志峰 直羽(ia1884)の家でも結葉が荷物を整えていた。
「忘れものない?」
「ないわ」
 二週間ごとに別の家で暮らす生活にも慣れてきた。そんな結葉に「ちょっと早いけど、俺達のお姫様にクリスマスプレゼント」と言って、ドレス「エンジェルフェザー」、クローバーヒール、サークレット「ホワイトパール」、コサージュ「白花」のワンセットを贈った。
「きれい!」
「良かったらクリスマスのパーティーの時に着て見せてくれないかな」
「きるわ! ふわふわー! ありがとう!」
 今年の聖夜に楽しみが増えた。

 かつては開拓者だけが孤児院に続く石畳の道を歩いたものだが、もはや半数近くが開拓者の養子に入った今、その光景は大きく変わった。戦争の間、留守番を強いられていたので子供達は久々に会う兄弟姉妹達と情報交換に忙しい。
 アルカームがひっそりヘロージオに耳打ちした。
「ねぇゼス、2人共随分お姉さんになったと思わない?」
「む? そうだな。初めて会った時に比べると随分な変化だ。背も伸びたし、作法も様になってきたし」
「だよね。まだ残っている子にとっても……エミカ達と接する事が、これから生成姫の事を知る子達へのいい影響になるといいな。皆が幸せになって欲しい、と願うのは欲張りなんかじゃないはずだから」
 皆が揃うと『帰ってきた』という感覚がした。ただいま、と言いたい。
『俺にできた事は僅かでも……この手で大切なものを守れたんだって、そう思いたい』

 孤児院の窓からは道がよく見える。
 大所帯の大行進に気づいて、子供達が玄関をあけた。

 ニッツァ(ib6625)は万感の思いをこめてスパシーバを抱きしめる。
「ただいま、シーバ。やっと、迎えに来れた」
 会いたかった、寂しかった、このひとときを待っていた。
 そんな言葉を腕の力にこめた。
「お仕事おわったの?」
 頷くニッツァの足下にいた猫又ウェヌスが「にゃあ達はちゃんと帰ってきたにゃ」と胸を張る。ニッツァが書類を持っていることに気づいて「もうすぐキャラバン?」と尋ねてきた。
「せやで。今日、偉い人が来るゆうとったからな。今夜から出発できるはずや。支度しといてくれるか」
 スパシーバは「僕、院長先生に言ってくる」と走っていった。

 ローゼリア(ib5674)もまた娘の姿を見つけると、駆け寄って抱きしめた。
「未来! ごめんなさいね、待たせましたわ!」
「おかえりなさい、だよー!」
「あ、いたいた。ローザ、未来ちゃーん!」
 丁度、買い物を済ませた皇 那由多(ia9742)もやってきた。

 无(ib1198)も子供達に「久しぶり」と挨拶しつつ 、最期に華凛の所へ来た。
「調子はどうです」
「普通。風邪はひいてないわ。寒いけど、このくらい平気よ」
 つーんとすました華凛の首に玉狐天ナイが絡みつく。子供らしからぬ素っ気ない表情にも、ぬくい感覚は微笑みを運んだ。

 ヘロージオ達が様子を見守っていると、イリスとエミカが花壇の方へ歩いていく。
「弟たちは……ちゃんと手入れしているようだな」
『いた頃には大切にしていた花壇だ』
 よかった、と口元を綻ばせたヘロージオに対して、アルカームは感動の涙で前が見えない。ぼたぼた涙を零して「よ、良かったぁぁぁ」と感激するものだから、ヘロージオは驚きの余りビクリと肩を奮わせた。
「け、ケイウス……大袈裟だな」
「本当にそう思ってるんだから仕方ないよ」
 ずびー、と鼻をかむ。
「荒れていなくて何よりだな。兄弟と喧嘩した事も今となっては懐かしい」
「喧嘩か、そんな事もあったね……色々あったよなぁ。その、色々」
 数々の失敗をして心配されたり呆れられたり。
 エミカを養女に迎えた今でも、財布を忘れたりとウッカリなミスは絶えない。
「そういえば、サーカスの広告、そっちには?」
「ん? うちにも入ってたよ。エミカが熱心に見てた」
 サーカスの話を聞いて「サーカス、ね……珍しい」と顔を曇らせたのはフェンリエッタ(ib0018)だ。翼妖精ラズワルドが「どうかした?」と問いかける。
「なんでもないわ。ただ、少し心配で」
『いい印象を持てないのは……良くないものが旅芸人に紛れた事件を多く見過ぎたから、かしら。顔や色々隠せちゃう上に人ごみ、便利で厄介なのよね。白原祭で逃げたシノビのその後も気になるし……油断大敵。注意しなくちゃ』
 フェンリエッタは「あ、そうだわ」と何かを思いだし、結葉に伝言を伝える。
 引っ越しの手伝いで報酬も出すという。
 曲芸の一団が来るという話をきいてから、刃兼(ib7876)は考え込んでいた。
「うちにもきてた、な」
 以前、家の付近を不審人物が彷徨いていた事を思い出したのだ。直接見たわけではないが、視線に気づいた旭が戸締まりに用心深くなった事を思い出す。
『まさか曲芸団で子供のいる家を下調べしてる人がいたとか? 結構前の話になるし、様子見、かな』
「なァ旭、師走入ったら曲芸団、見に行ってみるか?」
「いくー! みにいくー! 楽しそうー!」

「さあ。今年もサンタさんをお迎えする準備をしましょ」
 年長も、年中も、幼い子も関係なくもみの木を飾る為に準備を始める。
 フェンリエッタも桔梗の手を引いた。
「桔梗もね」
「あい。いっぱいかざるの?」
「ええ。モミの木も少し成長したみたい。でも桔梗の方がいっぱい背が伸びたかしら。飾り付けるお菓子やおやつをつくらなくっちゃ」
「飾るお菓子?」
「そうよ。星、花、ハート、雪だるまの形にしたクッキーなんて素敵でしょ」
 目配せに気づいた礼野 真夢紀(ia1144)が、桔梗の前にしゃがみ込んだ。
「桔梗ちゃん、一緒にモミの木に飾るお菓子作りませんか?」
 礼野はジンジャークッキーを作り始めた。大きな生地作りはオートマトンのしらさぎも手伝うが、型抜きは子供にとって楽しい時間だ。
 沢山の型抜きをしている間に、隣でパーティーのメニューを考えていく。
「きっとお泊まりさんが多いですよね」
 鶏を捌いてお腹にゆで卵と香草系の菜を詰めて焼くのは鉄板、野菜嫌いな子の為に人参はグラッセに、ほくほくのポテトサラダ、体が温まる冬トマトのスープ、デザートに林檎のタルトを作るのもいい。
「カレーは甘口に。ご飯はバターライスにしましょうか。あ、そうだ誰か買い出し頼めませんか? まるで材料が足りないので」
「それじゃあ、俺。買い物に行ってくるよ。予約をするなら早いほうがいいし。今日は混んでないから二時間ぐらいで戻れると思う」
 弖志峰が立ち上がり、からくりの刺刀が材料の一覧を預かる。
 沢山の買い物になるので、結葉もついていった。

 食材が届くまでに出来る事は小麦粉を使ったお菓子作りだ。
「聖誕祭と言うと、ジルベリアの行事だったか」
 刃兼と旭も、お菓子作りを手伝う事にした。
「俺も旭も、ジルベリア関係は普段あまり馴染みがない、かな?」
「旭、お魚があればいい」
 魚のムニエルでも作ればいいのだろうか。
「聖誕祭のお菓子や献立って聞くと、クッキーと鶏肉料理がパッと思い浮かぶ、な。ケーキとかも含めて……長屋じゃまず作れないものが多いなァ」
 普段は和食が大半を占める。
 洋食作りは未知の領域だ。
「どのみち沢山の料理が必要だろうし……楽しめるように準備頑張ろうか」

 ジルベリアの催しとなればヘロージオ達出身者が得意顔で指導するが、何もかも順調と言うわけでもなかった。養父とお喋りしていたエミカが滅多にない声を出す。
「ケイ兄さん、それ……お塩ー!」
「うわー!? 容器が似てたから、つい。えっと……払い落としても残るよね」
 どうしよう、と途方に暮れる父と娘。
 隣のヘロージオが目眩を覚えた。
「塩クッキーにすればいい。確か、昨日の買い物でそんな菓子を見たな」
 イリスに確認すると、縦に頷く。
「私、味見したわ。甘くてしょっぱくて美味しかったの。お塩の飴もあったのよ」
 運命の悪戯で塩バタークッキーが出来そうだ。

 到真と戸仁元 和名(ib9394)は献立表を書き写しながら、お茶の試飲と仕分けをしていた。戸仁元のおかげで、緑茶陽香、花茶の茉莉仙桃、桜茶、高級紅茶セットなどが揃っている。事前に御茶屋さんで美味しい淹れ方もきいてきた。
「到真くん、こっちの試飲してみよか。のんでみたら献立に合うのが分かると思います」
 賑やかな居間に対して黙々と続く作業。
 白螺鈿から戻って以来、到真は元気がなかった。
 悲しそうな目をして、口数が少なくなった。
 けれど。
 望まない結果になる事に対しても心構えがあった分、落ち込むのとは少し違った。ぼーっとする時間が増えていた。それでも得意なお茶の事となると俄然張り切る。
「わー、いい匂いのするお茶だ」
「この花茶には、豆とかドライフルーツのお菓子があったらええかも?」
「賛成。お料理は、油っぽいの食べた時に、口の中がすっとしそう」
「さっきのお茶やったら、逆にこういう料理が合うかもや」
「……お姉さん」
「なんやろ」
「一緒に呑むお茶、おいしいね」
「そうやね」
 少しでもほっとできる時間になっただろうか

 宵星(ib6077)が星頼とともに自家製ジンジャーシロップのお湯割りやミルク割りを作っていた。
 休憩時間用だが、人数分はかなりの数になる。
「お父さんの風邪? いつも三日ほどで治るから大丈夫。それより、これが終わったらリースを作ってみましょう。クリスマスリースはね、幸福を祈るものだと言われているの。あ、到真くーん。あのね、お茶とお茶菓子なんだけど……」
 礼野は子供達が熱中している隙を窺って、しらさぎに後を任せると、贈り物を包む為に席を外した。桔梗へのプレゼントはセーター、オーバー、帽子、ブローチとチョコレートのフルセット。そして孤児院の院長にジャケットとキャンディを託した。
 サンタさん不在の子の為の予備である。


 預かっていた眼帯を持ち主に返す。
「はい、できたよ。ずれてない?」
「真白は結ぶのが上手くなったな。うん、ばっちりだ」
 頭を撫でられると真白は誇らしげだ。紫ノ眼 恋(ic0281)と上級からくり白銀丸も、真白と一緒に甘い香りのクッキーを作る為に台所へ入る。
「ジルべリアの方では、今から飾るとくりすます当日まで良い香りがするそうだ。沢山作るのだから、色んな味があった方が楽しいかな。向こうがバターだし、あたしと真白のはチョコレートにしようか」
「恋おねえさん、作り方知ってるの?」
「あ、あたしはそんなに得意じゃないけど……シロが器用だし。なんとかなるだろ」
 隣でやれやれ顔の白銀丸が手を洗い、紫ノ眼から渡された板チョコを包丁で刻み始めた。
 トカカカカカカカ……
 軽やかな音の隣で、湯煎用のお湯を炊く。ついでにサツマイモも茹で始めた。
「当日までに靴下の準備もしておかなきゃ、か。真白は何か欲しいものはあるかい?」
「ぼく? 包丁セット。主夫の、ひつじゅひん、だよ」
「それは少し危ないかもしれないな……持ち歩くものでもないし」
「じゃ、手帳と筆かな。兄ちゃんや姉ちゃんみたいに、レシピ書いたり、覚えておきたい事とか描くんだ。恋おねえさんはサンタさんに何頼むの?」
 無邪気に笑うようになった、と思う。
『真白はずっと主夫になると言っているけれど……』
 まだ子供だ。
 もっと広い世界を見聞した方がいい様に思う。
 どんな世界にも染まれる無限の可能性の卵なのだから。
 居間の隅で養子縁組の書類を書く仲間達を見て……そんな事を思った。

「クリスマス会、楽しくなりそうだね。ちゃんと準備していかないと」
 明星(ib5588)は礼文と折り紙で飾り切りのオーナメント作りをしている。
 切り抜かれた雪の結晶は、二つとして同じものがない。
 同じ折り紙を扱うのぞみはフェルル=グライフ(ia4572)にべったりだ。
 お絵かきで作った紙の飾りに紐を通して飾り付ける。
「のぞみちゃん、良い子にしてた?」
「うー? してたよー、ねーちゃにねー、いいこしてもらったのー」
「そう。えらかったね。私達もね、沢山頑張って、だからもう大丈夫なんです」
 ぎゅー、と抱きしめる。
 隣ではローゼリア達が造花を束ねてリボンを結び、小さなブーケをこしらえていた。
 長期不在が寂しかったのか、未来はローゼリアの膝に座って作業している。
 少し軽い気がして、食生活が心配になった。
『……ふふ、当分は穏やかに過ごせそうですし、年末年始は那由多が妬く位べったりしたいですわね』
 しかし皇は嫉妬どころかニコニコ二人をみている。
「未来ならどう飾りつけしますの?」
「この花はこっち! リボンは白!」
「ふふ、わかりましたわ。なんだかお花屋さんの修行みたいですわね」
「そういえばローザの故郷には、くりすます用のお花があるんですよね。えっと……ぽいんせち、あ?」
 かく、と皇が首を傾げる。
「確かにありますけれど」
「あってた。よかった。未来ちゃん、ぽいんせちあ、の鉢植えに金色の鈴やきらきらの鎖を飾り付けたり、花弁にお化粧用みたいなきらきらの粉を付けているのもお店にあったんですよ、帰りに見に行きましょう」
 ローゼリアは皇が何か勘違いしている事に気づいたが、花屋で認識を正そうと決めて「良かったですわね、未来」と曖昧にお茶を濁した。
 やがて飾りが一部完成すると、皇が夜光虫を飛ばしたり、人魂を栗鼠に変えて子供達にあそばせていた。

 皆が飾り付けに勤しむ間、ネネ(ib0892)は幼いののと向き合っていた。
「うちの子になりませんか」
 ののには意味がよく分かっていなかった。それでも『決して兄弟姉妹と別れ別れになるわけではないこと』や『新しい家族ができる』という事をかみ砕いて聞かせた。ののは「べつのおうち? みんなは? いないの?」と問い返す。
「別と言っても知らない場所じゃなくて、私の家です。みんなとは毎日会えるわけではないですけど……お祝い事の時は集まったりします」
 ののは暫く何かを探すような素振りをした。
「おちゃやさんやみんなの猫ちゃんにもあえる? あそべる?」
「はい、遊びに行きましょう」
 暫くして「じゃあいく」とののが頷いた。

 一方、春見の持っていたオータムクッキーの箱を持った蓮 神音(ib2662)は首を傾げていた。
 思っていたより、重い。
 てっきり全て食べ終わったと思っていた。
『食べるのは一日一枚だけだよ』
 そう言って戦に出た。
「春見ちゃん、箱の中、みていい?」
 いいよ、と返事が来るのを待って蓋を開けてみた。
 クッキーが半分以上残っている。明らかに途中から食べるのをやめている。
「クッキー嫌いだった?」
「ううん、すき」
「いっぱい残ってるけど」
「食べると、なくなっちゃう。だからがまん」
 何で当然の事を言うのだろう……と考えて、言葉の真意に気づいた。
『一日一枚のクッキーを食べ終わる頃には帰ってくるから』
 食べ終わる頃に帰ってこない事を恐れたのだ。
 クッキーが残っていれば、約束は残る。
 いつか帰ってくる、という約束が。
「春見ちゃん……」
 怒っているかも知れないと思っていた蓮は、春見を抱きしめてから舵の記章をペンダントに加工した物とクリスマスクッキーを贈った。
「お姉ちゃんと春見ちゃんの絆の証だよ」
『新しい世界で春見ちゃんと新しい生活を始める記念の意味もあるんだけど、春見ちゃんにはまだちょっと難しいかな?』
「春見ちゃん。今度は沢山食べても無くなっても、神音はずっと側にいるからね」
 春見は新しい贈り物を懐に抱えると、湿気たオータムクッキーを蓮に差し出した。
「いっしょに食べよ」
 もう待つ必要はないから。


 その頃、弖志峰たちは町中で買い物をしていた。
「クリスマスと言えば、やっぱりケーキは外せないよね! ブッシュドノエルかホールケーキか、どっちがいいかな? ごちそうは鶏肉の香草焼き、シチューかポトフ、サラダとか……へへ、結葉の料理楽しみだな〜」
「そんなにいっぱい作れないわ。知らないの沢山だし」
「大丈夫だよ、勿論俺も手伝うからね!」
 あるお店の前を通りかかった所で、結葉の足が止まった。じっと着物を見て、安心している風に見える。
「よかった。まだ売れてない」
「なに。欲しいの?」
「初詣に着たいな、って思って。今、貯金してるの。あ、お兄様、勝手に買ったらだめだから! あの着物は自分で働いたお金で買うって決めてるの。買ったら嫌いになるからね!」
 既に財布を出しかけていた弖志峰は「えー」と言いつつ渋々財布をひっこめた。
『しっかりしてきたなぁ……』
 ちょっと寂しい。
『結葉へのプレゼントどうしよう。うーん』
 食い入るように店頭を見る結葉が着物とお揃いの巾着に魅入っていた。しかし我に返り頭を左右に振る。予算超過らしい。誘惑を振り切るように歩き出した結葉を見て、弖志峰はからくりにお使いを頼んだ。
「おにいさま、刺刀は?」
「鶏肉の買い忘れ。さ、帰ろう」
 嘘である。結葉の欲しがっていた巾着は、こっそりお買いあげの様だ。


 ところで郁磨(ia9365)は双子と一緒に玄関先で人を待っていた。
「おっかしいな〜。そよ兄と白姉がそろそろ来るはず……和、仁、前に話してた家族を紹介するけど、甥っ子はまだ赤ん坊だから大声出したり乱暴しちゃ駄目だよ?」
 遠くから歩いてくる見慣れぬ大人二人。
 一之瀬 戦(ib8291)と一之瀬 白露丸(ib9477)だ。
 郁磨が仁と和に笑いかける。
「二人共、初めて会った人には挨拶、ね? ちゃんとお兄ちゃん出来るかな〜?」
「はじめまして……ぼく、仁です」
「はじめまして、こんにちは! ぼく和です!」
 白露丸は生後二ヶ月未満の乳児を抱えていた。まだ首もすわらない幼子だ。
「初めまして。郁磨殿から話は聞いている。こっちは息子の鶲だ。宜しくお願いするよ」
「鶲はお前ぇ等の弟分だ。もっとデカくなった時は遊んでやってな?」
 戦から『弟分』ときいて仁と和の目が輝く。
「弟……だって」
「手ぇちっちゃい。こっちみたー?」
「ほれ、可愛いだろ? やわっけぇんだぜ」
 戦が赤ん坊の頬を指先でぷにぷに撫でる。
「優しく撫でてあげてくれ。良い子って」
 寒空の下に白露丸を立たせ続ける訳にもいかないので、屋内で温かい席に案内する。仁と和が「毛布いるー?」「枕いるー?」と若干ズレた気の使い方をしていたが『労りの姿勢』を見た郁磨の目元が緩んだ。子供を恐怖と信仰心で隷属させて使い潰した生成姫とは明らかに違う『温かい家庭』は大きな刺激になるはずだ。
 家族とは、こういうものだと目で教える機会になる。
『命が尊いって、繋がってるってこと、いつか気づいてくれるかな』
 双子は戦の真似をして、指先で赤子の頬をふにふにくすぐった。
 指先を握られただけではしゃいでいる。
「爪、ちっちゃい」
「とても、小さいだろう? あなた達も、こんな時があったんだよ」
 白露丸が赤子を戦に託した途端、火がついた様に泣きだした。
「おま、なんで何時も俺が抱くと泣くんだよ!? お前のとーちゃんだって」
「そよ兄、早めの反抗期じゃないの〜?」
「うっせ、笑うな! ああもう!」
「ふふ。随分歩いたし、ごはんの時間かな。失礼、どこか部屋を貸して貰えるかな」
 孤児院の院長が授乳室に、と部屋を案内する。
 ついていこうとする双子を郁磨が止めた。
「まだ小さいから眠らせてあげなきゃだめだよー。……和、仁。自分より小さい子に会ってみて、如何?」
「ちっちゃい」
「ふにふにー」
「そっかぁ。二人は俺にとってのひーくんなんだ。……何処に居ても変わらず、大事な息子、だよ。忘れないでね」



 狩野柚子平が遅れて孤児院に顔を出した。
「遅くなりました。皆さん、お元気そうでなによりです」
 既にあらかたのお菓子や仕込み、飾り付けが終わってしまっていたが、まず最初に手続きを申し出てきたのはリオーレ・アズィーズ(ib7038)と白雪 沙羅(ic0498)だった。
『明希がお星様に祈ってくれたから、無事に帰って来られましたよ、ありがとう』
 アズィーズがそう言って明希の頭を撫でていた時、明希は『明希、此処を出てもいいのかな?』と聞いてきた。ぴーん、と耳と尻尾が立ったのは白雪だ。
『あ……明希、うちの子になってくれるんですか! 手続き! すぐしましょう!』
 かくして。
 流行る気持ちが、本日の書類一番乗りを果たす。
「本当は2体ずつ相棒の申請がほしいんですが……」
 柚子平は、からくりベルクートと駿龍天青を眺めて思案すること五分。
「ふたりで一人の子を引き受けるという事ですし、よしとしますか」
「書類おわりですか!?」
「おわりですね」
「それでは副寮長……じゃない、狩野分室長。これから明希を連れて帰っても宜しいでしょうか。私の家に!」
 アズィーズ達の話を聞いていて明希がドレスの裾をひき「お荷物まだなの」と訴えてきた。アズィーズと白雪が二人係で貢いできた分、荷物が多いようだ。
「先生や、華凛達に、ちゃんと言ってなくて」
 まもなく荷造りが始まった。

 養子縁組をする明希達の様子を、華凛が物陰から様子を見ていた。
「暫く振りだな」
「ひゃ!」
 ハティ(ib5270)の声かけに、華凛は飛び上がるほど驚いた。
「はは、すまない。私達は大きな戦を終わらせてきたぞ。華凛は心の引っかかりを晴らせただろうか」
 顔を覗き込んだ。華凛は「まだよ」と言って視線を話す。
 今日、明希はいなくなる。
 二度と会えない訳ではないけれど、今までより遙かに顔を合わせる時は減るだろう。
 しかしハティは諭さなかった。自発的でなければ意味は少ない。
「むこうはクリスマスの準備か」
 ハティは華凛に「やってみたい事はなかったか?」と尋ねたが首を振る。
「そうか。では少し付き合ってくれないか」
「何よ」
「私は戦が終わって自分の時間が増えたので編み物を始めてな。華凛に渡したいものがある」
 そう言って羊のあみぐるみを渡した。
「来年の干支だ。こういう催しは新しい事を始めるに丁度いいぞ」
「……これ、あたしもできる?」
「できるとも」
 作るのにどれくらいかかるのか、とか華凛はねほりはほり聞いてきた。
 やがて三センチ位の小さな鞠を作り、紐をつけて根付けにした。
「何処かに飾るのかな」
「ううん。明希にあげるのよ」
 埋め合わせ、という事だろうか。ハティは華凛の償いを手伝った。
『難しい話は、また今度だな』

 小難しい書類に幾つも署名し、印鑑と拇印を押す。
「こんなものかのぅ、狩野殿」
「ええ、たしかに」
 ニノン(ia9578)の隣には、孤児院の礼文が緊張気味に腰掛けており、その様子を明星と宵星、そしてかつては礼文と同じように署名した星頼が見守っていた。明星が狩野の袖をひく。
「もし礼文の書類にお父さんの署名も必要なら、ひとっ走り行って書いて貰って来るよ」
「ああ、大丈夫ですよ。全く関係のない方なら同意書を御願いしましたけど、そうではありませんから」
 狩野はニノンに向き直った。
「遅くなりましたが、ご結婚おめでとうございます。心よりお慶びを申し上げます」
「うむ。ありがとう。我が夫にも伝えておく。すまぬな、共に挨拶にこれれば良かったのじゃが……皆にうつしては面目ないからの」
「お気になさらず。では、本日を持って戸籍の変更を行います」
「宜しく頼む」
 ニノンと礼文が立ち上がり、明星と宵星、星頼が後ろに続く。玄関には兄弟姉妹が並んでいて別れを惜しんでいた。明星の霊騎に積み込まれる大きな荷物袋は礼文の私物だ。
「じゃーん、この子はね。乗馬の練習の為に買ったんだ。僕達もお父さんみたいに乗りこなせたら格好いいなって、それで名前をまだ決めてなくてね。二人から一字ずつ貰ってもいい?」
 明星の霊騎に『頼礼(ライライ)』という名が付けられた。
 ニノンは鉢植えを抱える礼文に寄り添う。
「鉢植えの世話を有り難う。そなたに頼んだので安心じゃった」
「本当?」
「無論じゃ。今後庭作りを手伝うてくれるかの。礼文も好きな植物を植えるとよい。庭だけでなく、今から帰る家には、わしもまだ荷物を最低限しか運び込んでおらぬ。何せ書物が多くてのう。……では帰ろうか」
 新しい我が家へ。

 ニッツァとスパシーバも書類不備を訂正して正式に親子関係になった。
「シーバ、支度はできたか」
「うん、僕は荷物が少ないから」
 よく遊んでいた双子に別れを告げてニッツァの手を繋ぐ。
 スパシーバの瞳には寂しさや別れを惜しむ気持ちより、まだ見ぬ明日とキャラバンへの期待が強く伺えた。生成姫消滅を知らない子供にとって、訓練を担う里からの卒業は誇りだった。
 そう知らないのだ。
 孤児院を出る子には、様子を見て全てを知らせる。
 それが開拓者達が相談して出した結論である。
『シーバは、おかあさまがもう居らん、て知ったどないするんやろか……』
 想像ができない。
『賢い子ぉやから何か察してそうな気ぃもするけど、一緒に行くんやった伝えん訳にもいかん……黙っとった事は何言われてもしゃぁないよな。子供等の為やのうて、大人の勝手な都合やからな。傷ついてもう俺を見てくれんなるかもしらん。どないしよ』
「どうしたの?」
 翠の瞳が、動かないニッツァを見ている。
『そんでも家族になるて決めたんや』
 隠し事は……したくない。
 ニッツァは手を握り返す。
「なんでもないて。いこか。皆にも紹介せなあかんし、……そのうち大事な話もせなあかんから。なぁシーバ、誰かの為に、て思える気持ちは尊いもんや。俺な、シーバには誰かのマネとか、代わりやのうて、お前自身で生きてほしい」
 忘れんでくれな、と。
 ニッツァは歩きながら呟いた。

 夕日が傾いていく。
 ローゼリアは「さ、遅くならない内に帰りましょう」と言って未来の手を握った。
「帰る?」
「そう私達の家に。もうどこにもいきませんわ。これからは一人にしない、ずっと一緒ですの。那由多、帰りの買い物、付き合ってくださいますわよね」
 皇は「もちろん」と微笑む。

 書類で養子縁組を済ませたネネとののも、空龍ロロに乗って飛び立っていく。

 酒々井 統真(ia0893)とグライフ、そして結葉とのぞみも孤児院を出た。
 みんなが手を振る中でグライフが囁く。
「また来ようね。離れても、大きくなっても、こうして集まって」
「あーい」
 のぞみが手を振ると、紙で作った髪飾りが揺れた。


 次々いなくなる子供達を最期まで見送ったのは華凛だった。
「寂しいかい」
 无が隣に立つ。
「違うわ」
 強がる華凛の視線は、残る子供達に向いていた。
 沢山支度したパーティーの準備も、がらんとした院内では寂しさを醸し出す。数日後には皆で一斉に集うといえど、かつて21人が喧しく騒いでいた館内からは人の気配が消えた。
 華凛以外に残っているのは、白螺鈿から帰って元気のない到真、それを気にして少し口数の増えた真白、曾祖母の似顔絵を描く物静かな仁と賑やかな和、お菓子の盗み食いを我慢する桔梗と、クッキーの箱を抱えてご機嫌の春見だけ。
 全部で七人。
 この内の何人かも、更に旅立つ予定がある。
「今はいなくても里長様達が弟妹を連れてくるわ。あたしがお姉さんになるのよ、悩む暇なんかないの」
 だから気にしない、と華凛は言う。
 けれど華凛に弟妹が増えることはない。
『なんとなく……自分はこうだという枠に、プライドによって縛られてるのかな』
 ふむ、と无が唸る。
「埋め合わせ、ちゃんとできなかったなぁ……」
 ぽそ、と零した一言を聞いて「華凛、良いことを教えてあげよう」と話しかける。
「お祝い事は、お祭りでもあるけど……色々な人に感謝したりお礼を言ったりと、胸の内を伝えたい人に伝える日でもあるよ。クリスマス然り。半信半疑なら、尊敬できる人にきいてごらん。きっと良いやり方を知っているよ」
 遠い日の受け売りを述べた。
 誰かと話す切っ掛けになればいい。


 一足早く孤児院を後にしたアルーシュ・リトナ(ib0119)達は家へ帰らず少し道草をしていた。眠らぬ街の商店街は、どこもクリスマスと正月の商品を飾って賑わっている。行きつけの手芸屋に入った途端、羽妖精の思音が「毛糸、ふわふわ!」と並べられた糸束を触っていた。羊毛にもふら毛、なんでも揃う。
「恵音。年末は慌しいから色々気をつけてね……買い物は巾着用の布と、この毛糸の中で好きな色はあるかしら?」
「私が……好きな色?」
「思音にベストを作って貰ったから、今度は私がマフラー…毛糸の襟巻きを編もうと思って。編み物は縫い物がもっと慣れたら教えましょうね。何色がいい?」
 迷う素振りをした後、恵音は若草の様な翡翠色の糸を選んだ。
「これ?」
「うん。おかあさんの、瞳の色がいい」
 すると羽妖精の思音が恵音の頭の上で「アルーシュ、ボクにも編んでくれるでしょ?」と訴える。
「そうね」
「やった。恵音、お揃いにしようね」
 家へ帰って編み始めるかと思いきや、リトナは箪笥から振り袖を持ち出した。
「綺麗……おかあさん、の?」
「ええ。私のお下がりだけど、新年の振り袖にどうかしら」
 たっぷり沈黙した後、恵音は「……私?」と小首を傾げた。
「そうよ。かなり大きいけれど、つめたり結びを工夫すれば着られると思うの」
「着ていいなら……着たい」
「じゃあ簪は……今度合うものを見に行きましょう。クリスマスが終ったらあっという間に年末、そして新年ね……」
 親子になって初めてのクリスマスと正月が待ち遠しい。


 賑やかな繁華街はクリスマスを意識した商品で溢れている。
 世界各国の品物が揃う神楽の都独特の景色だ。
 けれど女子より皇の方が浮き足立っている。
「じきに、くりすます、ですかぁ。きらきらしてて綺麗ですよね。女の子は好きそうです。そうだ。パーティーなら御馳走もですけど、おめかしも大事ですよ!」
 皇は道すがら何件も呉服屋やドレスの店の前で色々すすめてくる。
「未来ちゃん、ローザとお揃いなんてどう? 色違いもいいし、きっと可愛いだろうなぁ」
「那由多ったら。でも、そうですわね。未来は……どんなドレスがいい?」
 少女は町中を歩きながら指を指す。
「赤のおそろい。薔薇のがきれい」
 次のお出かけはドレスの買い物になりそうだ。
「当日はさんたさんにお願い事もしないとね。もう決めましたか?」
「まだですわ」
「まーだー!」
 尽きぬ話をしながら三人は道の果てに消えていく。


 その頃、ウルシュテッド(ib5445)は自宅で鶏塩鍋を食べていた。
「あ〜、ニノンの作る味だ」
 若干澱んだ声はウルシュテッドが酷い風邪である事を示すが、味覚がかなりおかしくなっているにも関わらず『美味しい』と感じるのは、奥方の料理の腕が優秀である事を示す。塩漬け豚肉や味噌漬けの野菜、甘酢に浸した魚などの自家製保存食を詰めた瓶がずらりと並ぶ台所から見るに全てを手作りしているのだろう。
「俺の目に狂いはなかった」
 俺の嫁万歳。
 青葱、生姜、岩塩、胡椒にだし汁で半日炊きあげられた素朴な鳥ハムをもぎゅもぎゅ食べながら、ウルシュテッドは部屋の隅に放置された木材を見た。倒れる前に買い込んだものだ。
『この家は棚がたりぬ。我が夫よ、わしが言いたい事は分かるな』
『そうだな……荷物もおさまりきってないし、休みの日に作るよ』
 完食した土鍋を拝むように手を合わせてから、ウルシュテッドは羽織っていたショールを椅子に置いて腕を捲った。
「今ならできそうな気がする」
 作るものは一つだ。
 数時間後。
「ただいま帰ったのじゃ。礼文も一緒じゃぞ」
「おかえり。今日からよろしくな、礼文。……ニノン?」
 家へ帰ってきたニノンは、待ち人の姿を見るなり礼文たち子供らの口を手拭いでぐるぐる巻きにした。暖炉の前に座っていたウルシュテッドは『家族になったんだなぁ』と物思いに耽っていたが「寝ておれと言うたのに! ええぃ口をあけよ」と大根飴を持って躙り寄る妻の姿を見て戦慄を覚え正気に返った。
「これ嫌い」
「子供のような事を言うでない。子らが見ているというのに」
 ニノンが子供達の口にも大根飴を放り込んだ。明星や宵星は兎も角、星頼と礼文は随分舌が肥えてきたものの、元々甘味なぞ縁のない生活だった星頼と礼文は全く動じない。
「さあ口を開けよ」
 天秤にかけられる父の威厳。
 無理矢理に大根飴を押し込んだ後、ニノンは台所の新しい棚に気づいた。
「何じゃこの棚は!」
「や、その、鍋のお陰で体調が持ち直したから、えっと」
「良い出来ではないか。では早速、夕食をつくろうかの。テッドは粥じゃ。子供達、手伝うてくれるかの」
「はぁい、ぉ……、おかあさん!」
 宵星が真っ先に飛び出し、お手伝いと聞いて礼文の瞳が輝く。机の上に放置された土鍋を見つけると、何も言われずに洗い物を始めた。
「良い子らを持ってわしは幸せ者じゃ」
 一方、明星は何か思い悩んでいるようで、星頼が気づいて首を傾げていた。
 ウルシュテッドは「雲の下の土産だ」と言って、星頼の胸に『【天照】舵の記章』を加工したものを贈った。流石に発熱しながらの手仕事であったので、礼文の分は体調がおちついたら作るという。
「俺達が戦を頑張れたのはお前達が待っていてくれたから。だから功労の証はお前達に。有難う」
 言うやいなやウルシュテッドが倒れた。顔が赤い。動きすぎたらしい。
 ニノンに呆れられながら、家族総出で長椅子に持ち上げていた。


 酒々井やグライフ達も家へ戻っていた。
 お疲れさまと歓迎会をかねて、台所に立ったグライフが御馳走を作る。足下では甘い香りに魅せられたのぞみが、くんくん鼻をきかせていた。なぁにそれ、のぞみもみる、と賢明に訴えてくるのは、つまみ食いを狙っているに違いない。
 居間では天妖雪白が火鉢と焙り餅の番をしており、酒々井と結葉が向き合っていた。
「おかえりなさいで、ただいま」
「おう。ただいま。大きな戦いも一区切り付いた、っていうべきなんだろうな。釈然としないところもあんだけどよ。結葉はどうだった? 留守番つっても報告書も読んでたろうし、ギルドの姿勢とか、人とアヤカシとか、開拓者として見てまた思うところもあったろう」
 結葉は押し黙った。
 静寂の中で台所の音だけ聞こえる。
「……みんな勝手だなぁ、って、思った」
 湯飲みの柚子生姜茶には、無表情の結葉が写り込む。
「人を助ける仕事なのは分かったし、アヤカシに悪いのも多いのも分かったわ。開拓者は必要なんだって。けど都合が悪くなったら助け合って、終わったら敵同士とか、がまんや休戦ができるのに戦うとか、なんか……違う」
 うーん、と結葉が頭を捻る。
「結葉、例えば天狗と共闘の件がギルド決定の前に、ごく少数で決定された話だってのは知ってるか。それが公の決定になり、全ての開拓者は従った」
「うん」
「そうか。つまりそう言うことだ」
 結葉が首を傾げた。
「人間、つーのは時々周囲に流されるもんだ。大きな集団の中で声の大きい奴が居ると全集団の代表と思われがちだが、そいつは誤りだ。声がでけぇだけで、全て確かめた総意じゃねぇ。状況のわからねぇ奴はひきずられるが……多くはなんとなくついて行ってるだけだ。もしくは契約だとか生活だとか、余計なもんに縛られる。結果、望まない道を選ぶ事もある」
 火鉢で焙っていた餅が弾けた。
「俺も……まあ納得できなかったこともあった。だから納得できるまで、開拓者はこうだって胸張れるようになるまで、これからも精進し続ける。俺もまだまだ未熟だ。力が強けりゃいいってもんでもねぇ……、一緒に成長できるといいな」
「お兄様、強いのに」
「腕っ節だけだぜ。政治の類はからっきしだ。できるとすりゃ小細工だな」
 よ、と酒々井が立ち上がった。
「たまには任せっぱなしじゃなくて俺も料理すっか。鍋、は簡単すぎか。フェルルー」
 するとグライフが「もう終わっちゃいましたよ」と言って笑った。
 後ろでのぞみが海苔煎餅をバリバリ囓っている。
 豪華な食事に、温かな団欒。
 結葉とのぞみが寝付いた夜、グライフは酒々井に微笑みかけた。
「こうして寝顔を見られる……共に歩んで、成長を見守れる、これからこそが始まり、ですよね」
 酒々井は「そうだな」と答えた。


 夜明けで外が白み始める。
 アズィーズの家では、リオーレと白雪が居間で目の下に隈をつくっていた。
 深夜の到着早々に生成姫消滅について話した所、明希が部屋に閉じこもってしまったからだ。
『あのね、明希。養子に迎えるに当たって、一つ大事な話をしないといけないの。あなたのおかあさま、生成姫は……消滅しました。開拓者と戦った、その果てに。……私達が殺したようなものです』
『今はまだ混乱すると思うけど、私達の願いはただ、お役目などなく貴女に貴女の人生を幸せに歩んでほしい。それだけなんです』
『ずっと隠していてごめんなさい。嫌われても、恨まれても仕方がないと思っています。でも、私達は何があっても明希が大好きでだから……』
『だから、どうすれば幸せになれるか一緒に考えて、三人で幸せになりましょう』
『もう辛いお勤めはしなくていいの。兄弟で傷つけあったりしなくて良い。明希の未来が楽しくなる、お手伝いをさせて下さい』
 泣き叫ぶなり、怒るなり。
 してくれれば対応のしようがある。
 ところが明希は放心状態で部屋に引きこもった。どうすればいいのか。
「……リオーレさぁん」
「我慢ですよ、沙羅ちゃん」
「で、ですけど、部屋で……部屋で何かあったら」
 狼狽える二人に対して、壁一枚隔てて明希は膝を抱えていた。
 この約二年間慕ってきた二人の姉、リオーレと沙羅。
 優しくて大好きな二人に甘えていた。
 永遠に続けばいいと思った。
 だけど。
『生成姫は……消滅しました。私達が殺したようなものです』
『私達の願いはただ、お役目などなく貴女に貴女の人生を幸せに歩んでほしい。それだけ』
「……どうしよう」
 明希は思い違いをしていた。
 二人の姉が明希を自由にする為におかあさまに反旗を翻した、と考えたのだ。
 生成姫は死を超越した山の神だ、と教え込まれている明希にとって、不死の神の消滅、という文脈は既に理解の範疇をこえていた。
 ただ分かることは『とても恐ろしい事が起こった』事だけ。
「どうしよう」
 体が震える。だけど誰にも助けを求められない。
 身近な兄姉……恵音や結葉はおかあさまが大好きだ、アルドや灯心もお役目を待ち望んでいる、多くの兄弟姉妹が養子に出て、更なる鍛錬を積んでいるはずだ。皆がおかあさまを愛している。
 父母を殺し、人殺しの術を学び、
 アヤカシを倒す訓練を積み、そして支え合った友すら殺してきた。
 里に来た日から、神の子になる為に辛く苦しい日々を過ごしてきたのだ。
 その全てが無駄になったとしたら。
 兄姉が復讐にくるとしたら。
「怖いよ……おかあさま、みんな、ごめんなさい」
 願いがとんでもない事態を招いた気がして、明希は震えがとまらなかった。


 複雑な思いや期待を抱えて、12月が始まった。