陽州の海辺〜彼方への手紙〜
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 16人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/11/30 22:51



■オープニング本文

 今年の夏。
 陽州で不可解な連続殺人事件が起きた事をご存じだろうか。

 大凡十代後半から四十代前後の修羅達が男も女も見境がなく襲撃され、発見された遺体はツノとキバを抜き取られていたという。勿論、開拓者が事件を解決した。表向き、犯人は狩りを楽しむ変質者の仕業として一般に開示されたが……【鬼牙】の報告書を読める開拓者は、真相が違う事を知ることができる。

 彼らは変質者の犠牲者ではなく。
 抜き取られた角と牙は、天儀において売買され、犯罪者の金になった事を。

 修羅の角と牙は、天儀では別の意味を持っていた。
 陽州との国交が再開されるまで、修羅の角や牙は美しい簪、指輪、カメオのブローチ、印鑑などの形に研磨し、加工され古くから【鬼牙】の商品名で闇市場に流通していたというのだ。
 和議の成立と国交再開による修羅の受け入れに伴い、修羅が実在の人と認知され始めた後、鬼牙商達が会合をひらいた。そして非人道的という結論に達し、鬼牙の存在を人知れず封印する事に決めた。問題は、後に象牙の紛い品として闇市で再流通が始まった事だ。

 連続殺人事件は氷山の一角だった。
 事件解決後、国家間の紛争と軋轢を避ける為に、遺骨は可能な限り返却された。さらに犯罪組織がため込んだ資金は洗浄され、慰霊碑建立と遺族支援の為に全額寄付が行われた。
 名も姿も分からぬ哀れな犠牲者達は、慰霊碑の中で安息の眠りについた。


 そして一ヶ月。


 海沿いにあった鬼牙の研磨工房は更地にされ、代わりに黒く輝く慰霊碑が建立された。
 慰霊碑の裏には、身元が判明している者の名前が彫られている。
 分からない者も勿論いるけれど。

 大勢の巫女が石鏡やギルドから招かれ、慰霊祭が執り行われた。
 しめっぽい儀式は修羅には似合わない。
 長い演説と巫女達の舞いの後は、遺族たちの意向で賑やかに過ごすことになった。
 のめや歌えやのどんちゃん騒ぎを、他国の者は不謹慎だと思うかもしれない。
 けれど、
『そばにいるよ』
 と。
 在りし日の幸せな日々の欠片が、彼らに届いたら嬉しいではないか。
 何年も泣き暮らすよりも、幸せだった頃の思い出を胸に抱いていたいと思うのは自然だ。
 この、けじめの日。
 踊りに駆り出された巫女だけでなく、他の開拓者も朝早くから警備に雇われたり、個人的な休暇を潰して陽州にやってきていた。

 笑顔の似合う、陽州の修羅達。
 茜色に染まる浜辺と潮騒の音。

「おっしゃー、二次会だ!」
「俺につづけー!」
「ごめん。実家に帰るんで先に抜けるわ」
「えー!?」
「私は、横の記念碑にお手紙書いていくんで、まだ残るー」

 今後、年に一度、合同慰霊祭を行うそうだ。
 だが催しを行うだけでは物足りないらしく、小さな記念碑も毎年一つ立てるらしい。
 丸く加工された白い石の箱に手紙を納めていくという。

「いつ開封するかしらないけどね」
「いいんじゃない。忘れた頃に届くものよ」

 彼方の未来への手紙を預けていこうか。


■参加者一覧
/ 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 輝血(ia5431) / ニノン(ia9578) / ユリア・ソル(ia9996) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / ニクス・ソル(ib0444) / 真名(ib1222) / 蒔司(ib3233) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / ウルシュテッド(ib5445) / 刃兼(ib7876) / 鍔樹(ib9058) / 二式丸(ib9801) / 佐藤 仁八(ic0168) / 綺月 緋影(ic1073


■リプレイ本文


 最初は厳かな空気の中で始まった慰霊祭。
 開拓者仲間から鬼牙事件の真実を教えられた佐藤 仁八(ic0168)は、痛ましげに眼差しを向けた。犠牲者と遺族が不憫でならない。
「酷ぇ話もあったもんだがよ」
 隣に座る鍔樹(ib9058)は頬を掻く。
『なんとまァ……しばらく帰らねェうちに、陽州でそんな事件があったンか』
 知らなかった。
 という驚きと、犠牲になった修羅達へ冥福を祈る気持ちが胸を占める。
「いや、でもまぁ……湿っぽくしててもしゃあねえわなァ」
「遺族の要望なら陽気にいかねえわけにもいくめえ」
「そういう面もあるけどよ。なんつーか、たらふく食べて飲んで歌って、腹の底から笑う。それが陽州の流儀ってヤツよ」
 故人の死を嘆くより。
 故人との思い出を大切にする。
 鍔樹の言葉をきいて、佐藤の口元が弧を描いた。
「あたしもそういう流儀ぁ嫌いじゃあねえよ」
 とくれば。
 やることは一つだ。
「八つぁんよォ、今日はとことん飲み明かそうぜ!」
 財布が重そうな音を立てた。
 たまには空になるまで飲み食いするのもアリかもしれない。
「おう鍔樹、あたしもとことん付き合おーじゃあねぇか。先に潰れたら覚悟しねぇ」
「いいねェ! 飲めと言われて飲まざるは男が廃るってモンだぜ」
 潰れたら最期、恐怖のお勘定が待っている予感がする。
 しかし怖気づいては男がすたる。
 献杯するのが礼儀ならば、応えるのが粋というもの。
 肝機能が試される夜になりそうだ。
 散々、大宴会で周囲を巻き込み、見知らぬ修羅達と浴びるように強い酒を飲んだ二人は、お互いの肩をかりて夜の大通りを歩き倒した後、二次会を決意した。
「ここ! ここがウマいんだ八つぁん!」
 地元陽州の酒と酒の肴が美味い店へ、鍔樹が進んでいく。
 旅は道連れ。
 佐藤に断る理由はない。
「この香り! 喉が焼けるこのキレ! こいつぁ旨え、陽州の酒もいいもんじゃあねえか!」
「だろぉおぉ?」
 豪快な酌。手元がブレる辺り、鍔樹は相当酔っているのではないだろうか。
 しかし誰も止めない。
「飲みねえ飲みねえ、酒飲みねえ。食いねえ食いねえ、寿司食いねえ!」
「八つぁぁぁん、一曲いくぜぇぇええ! 海のぉおおぉおぉ男にゃあああ意地がぁあぁあ」
 鍔樹が竹箸を掴んで熱唱し出す。周囲が爆笑しながらひやかす。
 そのうち勢いに任せて脱ぎ出すのではなかろうか。
 佐藤も愛用バイオリンで陽気な音を出す。
「指笛手拍子腹太鼓、何でも構いやしねえんだ。店じゅうもっと盛り上がっていこうじゃあねえか。死んだ連中が今すぐ生まれ変わってきたくなるくれえにな」
 店内から「いよぉ兄ちゃん、いいこといったー!」等と囃し立てる。
「献杯ぃぃぃ!」
 二人が店の座敷に大の字で転がるのは時間の問題と言えた。


 陽州の海が茜色に染まっていく。
 太陽が導く奇跡の色だ。
 青から赤、そして鈍色へと変わる極彩の帳である。
 鏡面のように輝く海の上を、空龍フィアールカと人妖菖蒲が飛んでいく。
『ふふ。ちょっと歩きましょうよ。姉さん。恵音も一緒にね』
 そう言って誘った真名(ib1222)は、鳴き砂の白い浜を素足で歩いて身を震わせる。
「さ、寒くなってきたね」
 アルーシュ・リトナ(ib0119)は薔薇色の夕日を眺めていた。
「ふふ、そうですね。でも陽州は神楽の都よりは、まだ暖かいでしょうか。海風もそんなに冷たくない気がします。きっと静かだから、余計に寒く感じるのかもしれませんね。冬の海は静かで吸いこまれそう。二人とも……風邪を引かない様にね」
「大丈夫よ、だって」
 くしゅん、と真名が嚔をひとつ。
 リトナは自分のストールをくるくると外して「えいっ」と自分と養女も含めて真名を包み込む。
 ぎゅ、と抱き寄せた。
 心の安らぎと温もりを感じる。
「皆、大好きですよ」
 かわらぬ縁。かけがえのない大好きな人たち。その全てが愛おしい。
 真名も頬を染めて頷いた。
「私も。姉さんたちみんなが好き。ずっと一緒よ。あ、そうだ……来月は鬼灯祭の時期ね……また一緒に行きましょうね。今度は皆も誘うのもいいかも」
 旅行の計画を立てると胸が躍る。
 どこに泊まり、何を食べて、何をするか。考えるだけでも楽しいものだ。
「じゃあ、今年はどこのお宿に泊まるか相談しましょうか」
「賛成! 恵音は、鬼灯祭は初めて……よね」
 真名が確認を取る。
 リトナは複雑そうに娘を見た。
「何か温かいものを食べながら相談しましょうか。お鍋なんてどうでしょう。二人とも何か食べたいもの、ある?」
 リトナが養女と真名の手を引く。包み込むような柔らかな指だ。
 繊細な音を奏で、優しさに満ちた、憧れの指先。
『……皆が、幸せになれますように』
 真名は沈み行く太陽に祈った。


 ユリア・ヴァル(ia9996)とニクス(ib0444)は手を繋いで浜辺を歩いていく。
「死に触れる度に、不思議な感覚を受けるのよね。前は死神と手を取って踊っていたのに、今は死神と戦いながら踊ってる気がするのよ」
 ユリアは立ち止まった夫に笑いかける。
「あら、安心して良いわよ。そう言う風に変えたのはニクスでしょう?」
 サングラスの向こうに隠れた瞳を見据えるように顔を近づけてキスを贈る。
「生きているからには、いつかは必ず死ぬのだけど」
「そうだな」
「……ああして慰霊祭で残された人たちを見ていると考えるわ。私も何か、ちゃんと残して行けるのかしらって。残していけたら良いのにって。協力してくれる?」
 妻のいわんとする意味を、ニクスが悟る。
 長く二人が避けてきた問題がある。
 戦いに身を置くからこそ、遠ざけていた事だ。
「そろそろ、ゆっくりするのもよいかもしれないな」
 お互いに争いの終結を見届けた。
 ニクスは波打ち際で妻の体を抱き寄せる。
 冷たく寒い潮風から守るように。
「まだ後始末やら何やらはあるだろうが、共に長い戦いを無事に切り抜けたのだしな。お互いに休ませてもいい頃合いだろう」
 長い、本当に長い日々だった。
 一緒になるまで色々あり、一時は離れることもあった。
 けれど今は。
「ニクス、『約束』を忘れないで。もうすぐよ」
 甘い囁きと女神の微笑みを、茜の太陽が照らしていた。


 そっと宴を抜け出した御樹青嵐(ia1669)と輝血(ia5431)は鳴き砂の浜を歩いていた。
 酔い覚ましの潮風が頬を撫でる。
 赤い太陽が沈んでいく。
 燃える空。
「すごいね、青嵐。まるで血の色だよ」
 輝血の形容する言葉は、その人生の歩みを感じさせた。
 御樹は「ええ、全ての色を染め抜くようです」と言葉を返しながら、少しずつ歩幅を狭めて横に並ぶ。一歩、一歩、海の家と茜の海の境を歩く。先の分からない散歩道を並ぶ二人の間に無駄な言葉は何もなかった。
 静寂と潮風。
 そして……添えるように触れてくる手の熱。
 最近、手を繋いで歩くことが増えたと輝血は思った。昔ならばいざ知らず、嫌な気分になることもない。御樹の手をふりほどく理由もない。御樹だから、という側面もあるのかもしれない。
 不思議と安心するのだ。
 だから。
 沈黙したまま、触れたまま、つかず離れずの距離だった。
 この日まで。
「……青嵐?」
 普段なら触れるだけの手が強く握られた。やんわりと、それでも確かに。例えば輝血がひいたとしても外れないであろう絶妙の強さを掌に感じる。意識すると手の大きさも違う。骨ばった男性の手だ。
「輝血さん」
「どしたの、青嵐。散歩あきた? 呑みに戻る?」
「私はつないだこの手を放す気はありません」
「え?」
「もし輝血さんがこの手を放しても……私の事を嫌いになった以外の理由なら、それを追い続けます。どこまでも、なにがあっても、いつまでも。貴女と共に歩けるなら……それ以外に何もいりません」
 なんと答えればいいのか、輝血には分からなかった。
 揺るぎのない男の瞳を正面から見て思う事は『ばかだなぁ』の一言につきる。
 どうしてそこまで、入れ込んでしまったのか。
『青嵐って……本当に馬鹿だよね。あたしなんか追いかけたって何もいいことないのに。もっと高望みも出来るのに、本当に馬鹿だよ』
「青嵐」
「はい」
「あたしを追いかけるっていうけど、……あたしは遅れても待たないからね。さ、何か呑みにいこう。鎮魂なんて柄じゃないけど、送る酒は飲み足りない気がするし」
 く、と輝血が手を引いた。
 二人の歩幅が街に消える。


 雲の上を歩いている気分、というのは、恐らくこういう事を示すのだろう。
 修羅達の賑わいに混じり、注がれるままに酒を飲んだ綺月 緋影(ic1073)は顔を仰ぎながら相方と海岸の方へ向かっていた。
『ちょっと呑み過ぎちまったかなー。蒔司、海でちょっと酔い覚まそうぜ』
『おんし……酔って正体をなくされても困るしのぅ。ええぜよ。ぬけるか』
 綺月が泥酔した後に何をするか、身を持って知っている蒔司(ib3233)はさほど膳に手をつけぬまま立ち上がり、共に宴を抜け出した。
 向かった先は、涼やかな音を奏でる海だ。
 どこまでも澄み渡り、蒼かった空は冴え冴えとした赤に変わりつつある。
「おー。夕焼けの海も綺麗だな! もう月が見えてる」
「黄昏時の海辺っちゅうのも悪くないのぅ」
 薄く、細く。
 雲の欠片のような銀の月。
 あと数時間もすれば、夜の闇を照らす蜜蝋色の光を帯びるに違いない。
「蒔司ー!」
 酔った綺月は活動的で、赤毛の耳と尻尾をゆらゆらさせながら海へ走っていく。
 その後ろ姿は、とても生死の境で戦ってきたシノビとは思えぬほど……子供のように無邪気だった。
 無垢な背中だ。
「こっちこいって! 波のギリギリのところ歩くと面白いんだぜ。ホラ、何かこう足持って行かれるよーな気しねえ? ふわっふわで冷たくて、火照った体に気持ちいいぞー!」
「そんなに騒ぐと倒れるきに」
 寄せては返す波が奏でる潮騒の音。
 飛び回る紅の髪と金の瞳を、蒔司は静かに眺めていた。
 まだ見ぬ長い時を共に歩く、と。
 永遠を誓った魂の片割れは自由奔放で留まる気配を感じない。
「うわっ。冷てぇっ! やっべぇ、着替え持ってきてねぇ! 蒔司! 濡れたー……って何笑ってんだよ! オィ!」
 バッシャバッシャと走りながら、綺月は大波に足を取られる。
 随分と間抜けな事になってしまったが、これ以上汚れては困るので「言わんこっちゃない」と告げて助けに行く。そのままでは大波に流されてしまいそうだった。
「随分、濡れたのぅ」
「う〜え〜、口ン中じゃりじゃりする。宿に帰ったら速攻で風呂だな。……なんつーかさ」
 綺月は差し伸べられた手を握って立ち上がると、裾の海水を絞った。
 白磁のような艶やかな顔。
 その額に刻まれた、忌まわしい傷。
「こんな風に水遊びしてんのが夢みてーでさ……俺、今まであんま生きてる実感なかったけど、今は『生きてる』って思うんだよな。色々あったけどさ。お前がいて、毎日楽しいからそれでいいや」
 過ごせなかった時代を。
 今になって補っているような気がする。
「……って、何言ってんだろな。酔ってるなー。あははははは、って笑えよ、恥ずかしい」
「なぜに?」
「なんでって、そりゃ」
「……ワシも。おんしが傍におるんなら、それがええ。それでええ」
 蒔司は助け起こした綺月の手の甲に口付ける。
 感謝の念と誓いをこめて。
「ちょ! 人に見られたらどうすんだ……か、帰ってから覚えてろよ!」
「ほぅ?」
 顔を赤くして震える綺月の捨てセリフに、蒔司が笑った。


 孤児院の幼子、桔梗と一緒に式典へ出席していた礼野 真夢紀(ia1144)は、最期に手紙を書くことにした。オートマトンのしらさぎとあわせて三人分の手紙を納めるのだ。
 揃えるのは筆記用具と、借りた絵の具。
 配布された古めかしい紙。
「これはね。今日描いた物を記念碑に納めておいて、ずーっと先に、そのお手紙が未来の桔梗ちゃんに届くの。やってみる?」
 桔梗は頷いて、文字のかわりにお絵かきをした。
 陽州の旅行に来て食べたもの。
 見かけた猫。
 そしてお祭りの絵と、片隅に並ぶ某人間の自分たち。仲良く手を繋いでいる。
 みたもの。
 きいたもの。
 それらが全て、桔梗の人生を形作る。
『まだまだ行ったことの無い場所が多いし、色んな経験積ませてあげたいな』
 この絵手紙は、遙か未来に桔梗のもとへ届くだろう。
 覚えていないかもしれない。
 でも、確かにそこへいったという記録になる。
「できたー」
「宛名はまゆが書いてあげるね」
 礼野は桔梗の名前を記すと共に、配送先を段階順に記す。
『……尚、もしもいない場合は養子先か、養子先を知っている筈の封陣院分室長か玄武寮副寮長の狩野柚子平様に転送願います』
「と。こんなかな」
 三人は手紙を永遠の石碑に納めた。


 式典の後。
 二式丸(ib9801)は長いこと慰霊碑の前から動かなかった。
 又鬼犬の七月丸が思わず鼻先でつつく程度には、犠牲者たちの為に祈っていた。
 やがて陽気な人々の宴に混ざり、懐かしい空気に触れながらも、想い弔うのは名も無き犠牲者たちの冥福に他ならない。
『角に、牙に。
 命まで奪われた、人達。
 根の国、まで。この宴の音が、届きます、ように』
 久々に戻った陽州で起きた凄惨な事件の詳細は、開拓者しか知ることができない。
 だから口には出せない。
 けれど、捧げる祈りは遺族とそう変わらない。
 遺族達は……彼らは、果たして前を向いていくだろうか。
 そう考えていくと……自分を重ねてしまう。二式丸は宴の後に手紙を納める催しに参加した。紙を見据え、筆を持って、宛先に……自分の名を記す。
 ※※※
 【宛先】二式丸

 生家にいた頃は、殴られすぎて動けなくなることがあって
 このままずっと、動けなくなればいいのに、って思ってた

 一家に迎えられた後は、頭領や皆の為なら死んでもいい、と思ってた

 全部失くして、

 師匠に会って、開拓者になって、ナナツキや他の皆に助けられて

 今は、少しだけ回り道をしてから、向こうに行きたい
 どれだけ心折れることが在っても、それでも俺は生きていたい、と思ってる
 その気持ちを、忘れないように

 頭領達にまた会った時に、胸を張って、話せるように

 ※※※
 苦い記憶が蘇るが、同時に幸せだった頃の思い出も蘇る。
 なんともままならない。
 これを再び読む時に胸を張っている事を祈って、二式丸は手紙に封をした。
『……陽州の。土を踏む、のは……久々、かな』
 再び開封する時も、同じように想うだろうか。


 ウルシュテッド(ib5445)とニノン(ia9578)は夫婦になって初めての遠出に、養子の星頼と孤児院の礼文を連れてきた。あと一月もしないうちに引っ越しをして、書類を作り、四人は『家族』になるだろう。
 慰霊祭に出席し、犠牲者達の冥福を祈り。
 子供達と此処へきた記念に……と、ウルシュテッドが未来への手紙を書く事を決めた。
「さて。皆で手紙を書こうか。内容は未来まで秘密だ」
 ※※※
 愛する家族へ

 俺は今、去年まで想像もしなかった未来に居る。
 ニノンと結婚し、四人の可愛い子供達と、新しい家族を始めたばかりだ。
 毎日とても幸せだよ。

 絶対の明日はない。
 だがこの手紙が届く先でも、皆が元気に楽しく暮らしてると信じている。
 苦しい夜は家族の星で互いを照らし、今を大切に積み重ねてゆく事。
 そしてどうか、良い人生を。

 ※※※
 家族宛

 皆元気かの
 子供らは随分成長したであろうな
 礼文はじゃんけんは強くなったかの?
 今は下二人が小さいゆえ落ち着かぬが、賑やかで楽しい毎日じゃ

 星頼、礼文、そして双子達
 毎日手伝ってくれて有難う
 料理を美味しいと食べてくれて有難う
 一日の終わりに皆の寝顔を見るのが今のわしの楽しみじゃ

 辛い事があったら父と母を思い出すのじゃぞ
 わしらはずっと味方じゃ

 テッド
 あの夜見せてくれた星は未来永劫、わしの心の中で煌めき続ける
 そなたへの気持ちと共に

 ※※※
 みらいのぼくへ。
 せいらいになって、ぼくにはかぞくができたよ。
 さとのねぇさんやにぃさんだけじゃなくて、いっしょにくらしてごはんたべてる。
 いますんでるところは、みらいでこきょうになったかな。
 おとうさんってよべてる?
 おかあさんとなかいい?
 きょうだいのみんなにあえてるかな。そうだといいな。
 おとうさんへ。ありがとう。
 おかあさんへ。ごはんすき。
 あやふみへ。さとで、けがさせてごめん。ずっとあやまれなくて、ごめん。
 ぴぃあへ。おとなになったらたびをしようね。
 ※※※
 おとなのぼくへ。
 けんぞくになれた?
 おやくめは、なんになった?
 おかあさまは、ほめてくれた?
 まいにち、たいへんなのかな。
 にぃさん、ねぇさんのおてつだい、できたかな。
 もしたいへんでも、きっとだいじょうぶだよね。
 いまはあやふみだけど、おとなのなまえはなんだろう。
 かきやすいじだといいな。
 せんじゅつのべんきょうわすれたけど、おこられませんように。
 ※※※
 四人は秘密の手紙を仕上げた後、手紙の裏に手形を推した。
 遙か遠い未来に届く手紙は、時の経過を伝えるだろう。
 成長の証と、純粋な真心をこめて。
 手紙を納めてから、最期にもう一度、四人は慰霊碑の前に立った。
 両手を会わせて冥福を祈るウルシュテッドが養子の息子達に語りかける。
「星頼。礼文。
 人は、自分とは違うものを認めたくない気持ちをどこかに持っている。
 それは恐れ妬み好奇となり、相手をモノに貶める事で攻撃を容易くしてしまう。
 ここはそうして犠牲となった人々が眠る場所だ。……少し難しい話だったかな。
 でも、忘れないで欲しい。
 外見や考え方が違っても血と心の通う同じ人間だと言う事を。な、ニノン」
「そうじゃのぅ」
 妻のニノンは暫く考えた後、分かりやすい言葉に変えた。
「自分がされて嫌なことを人にしてはいかんぞ。お互いそうすれば誰も嫌な思いをせずに済む。どうじゃ、簡単なことじゃろう? 簡単な事が、難しかったりするのだがのぅ」
 さぁ宿へ帰ろう、と歩き出した。


 リィムナ・ピサレット(ib5201)も筆を持って書く内容に悩んでいた。
 いつか出会う。未来の自分。今の自分からは想像も出来ない、初めて会う自分に何を話すべきか。いっそのこと宛名無しでも楽しいのかも知れない。ピサレットは紙に文面だけ書き始めた。
 ※※※

 こんにちは!
 あたしはリィムナ・ピサレット!
 美少女天才最強開拓者だよ♪
 きっと、今以上に有名になってる筈だから
 貴方はあたしのこと知ってるかも♪

 この手紙を流したのはあたしが10歳の時♪
 当時から開拓者の中でも遥かに抜きん出た実力を持ってたんだ♪
 しかもまだまだ若くて成長途中!
 このままのペースで強くなったら
 10年しないうちに
 大アヤカシを一撃で葬れる位になってる♪ と思う
 まあその前に
 全アヤカシはあたしが狩り尽くしちゃってる筈だけど♪

 行けるとこまでとことん行くよ!
 より遙かな高みを目指して♪

 …それとあたしが未だにおねしょしてるっていう
 風説が流布されているかもだけど
 根拠のない出鱈目だから! 信じない様にねっ♪

 ※※※
 封筒の裏に自分の名前を記し、仕上がった手紙を折り畳んで納め、蝋で封印する。
 いつか、届く日に思いを馳せて。



 慰霊祭で犠牲者の冥福を祈っていた刃兼(ib7876)は、養女の旭と神仙猫キクイチを連れて会場を離れ、実家を目指した。一時的な里帰りである。時折届く物資と一緒に手紙が含まれていて『帰ってこい』『娘を見せろ』『嫁はまだか』等といったお達しを受けていたからだ。年末には少し早いけれど、年末年始は飛空船が込み合う事や仕事の類を考えると丁度良いのかも知れない。
「ハガネー。みんな悲しそうじゃなかったね」
「陽州には陽州の、天儀には天儀の、供養の仕方があるから、な」
『なんにせよ……慰霊碑に眠る彼らが、里帰りできて本当に良かった』
 一人の修羅として、そう思う。
 真っ赤に燃える太陽を背に、慣れ親しんだ裏通りを歩いていく。
 寂れた花屋で菊花を仕入れ、少し値の張る線香と蝋燭を買い、娘の旭に菓子の変わりに魚の串を預けて家へ帰ると……なんと誰もいなかった。
「帰ってこい、っていう割に、帰るといないんだよなァ」
 間が悪い。
 机に書き置きがないから、もしかすると外食にでも出たのかも知れない。
 どうせ一泊していこうと思っていた所だったので、刃兼は荷物を下ろすと戸棚から酒瓶と花瓶を持ってくる。水を汲んで花を挿し、漆塗りの小さな仏壇へ酒と一緒に捧げた。
 燻る線香の匂いが懐かしい。
「ただいま」
 見たこともない、物言わぬ母。
「旭、隣に座ってごらん」
「ハガネー、これもいれーひ?」
「いや、お仏壇というんだ。亡くなった人を思いだして、祈るためのもの、かな。このお仏壇には俺の母が居るんだ。旭から見て『おばあちゃん』になる、かな」
「おばあちゃん!?」
 旭が一気に背筋を正す。
「生憎、俺は顔も声も知らないんだけども」
『……母さん、ただいま。俺の娘を連れてきました。見えますか?』
 心の中で語りかけるが、顔も声も知らない母からの返事はない。父や兄ならば、もしかすると母の言葉の一つや二つは想像するのかもしれないが、刃兼には分からなかった。
「わかんないの?」
「残念ながら。けど親父や兄貴達から、この花が好きだとか、何の料理が得意だとか……どんな人かって言うのは、たくさん聞いてるんだ。肉の身体が滅んでも、誰かの心にこうして居続けることができる。こういう考え方も世の中にはあるってこと、旭の頭の片隅に置いてもらえると嬉しい、な」
 旭は黙って仏壇を見上げていた。
「さて、難しい話はここまでにして、晩飯作るか。台所の食料庫に、何かしら食材があるといいんだが……戸棚の下は酒ばっかりだったしな」
 明日には皆に会えるだろうか。
 そんな事を考えながら、刃兼は竈に火を入れた。
 土間から見える夜空に、数え切れぬ星が浮かんでいる。
 今夜は寒くなるのだろう。
「温かくして眠ろうな」
 穏やかな話が、笑顔の狭間にこぼれて落ちた。