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■オープニング本文 ●失踪 今年、五行国の玄武寮に入寮したアルドと灯心は洞窟の中で途方に暮れていた。 二人がいる場所は真の森の中。 滅びた大アヤカシ生成姫の居城だ。 講師と名乗る見知らぬ男に課外授業で連行され、他の生徒と引き離され、騙されて城に放り込まれた事に気づいた二人は……自力で脱出することが不可能だと悟った。そして巻き添えになった友人ソラが重度の瘴気汚染状態にある事にも気づいていた。 誰もいない。 ソラだけが体を蝕まれていく。 極限の状態でアルドと灯心は生き残る方法を模索した。 それは『無知を装って時間を稼ぐ』事だった。 「おかあさまに会いに来た! 葵と空木が会いに来たとお伝えせよ!」 とうの昔に捨てた名前を叫んだ。 生成姫は滅んでいる。 主のいない寂れた城。 残っているのは生成姫を敬った残党達。 食い殺そうとしていたアヤカシ達は動きを止めた。 やがて夢魔が一つの笛を持ってきた。そしてアルドに放り投げた。 「吹け」 「……え」 「葵とやら。ここにいる我々を座すように吹いてみろ。それができたら信じてやる」 アルドは震えながら横笛を構えた。 上級アヤカシから手ほどきを受けたのは何年も前で、孤児院に移った時に楽器が得意な妹の恵音から何曲か手ほどきを受けた。それだけだ。 思い出せ。 思い出せ。 いったいどんな音を奏でていたか。 凛とした音色が響く。 すると大百足が一歩下がり、鵺が警戒を解いて膝を折った。 夢魔は「本当らしいな」と呟いた。 「まだ生き残りがいたなんて……どうすんのよ、この子達」 「しっ。このまま餌にするには惜しいな。偉大な姫様達が手塩にかけて育てた駒だ。我々が引き継がない手はない」 ひそひそと話が続いた後…… 「おい」 「な、なんだ」 「姫様の御子であるお前達に兄姉の部屋を与える。こい」 「まってくれ。大事な人質が死にかけている。瘴気の薄い場所はないか」 夢魔は壊れた機材が並んだ部屋に連れて行った。 「ここ、は?」 「姫様が客人の為に誂えた部屋だ。あの研究バカが一切合切持ち出して去ってから放置している。その辺に転がしておけ。何日かは持つだろう。では部屋に」 灯心は「ボクは人質を見張ってる」と言った。 目を離したら殺されかねない。 「葵、大丈夫だよ」 「……分かった。気をつけろよ、空木」 アルドは夢魔から一室をあてがわれた。 「歩き疲れた。少し休みたい」 「いいだろう」 一室に閉じこもったアルドは警戒しながら荷を解いた。 布にくるまれていたのは相棒の羽妖精だ。 瘴気にやられて弱っている。 「逃げろキフィ。君なら通風口から外へ出られる」 「あなたや灯心はどうするの」 「俺達はすぐには殺されない。ここの空気にも耐えられる。だけどキフィ、君やソラは持たないぞ。なんとか都に戻って、大人を呼ぶんだ」 羽妖精は襤褸切れを纏って城から脱出した。 時同じくして、中級アヤカシの巣には誘拐犯が迷いこんでいた。 「あとは此処を出て帰れば、昇進だ……!」 ●政治の闇 数時間後、脱出した羽妖精キフィを通じて都に事態が知れる。 寮長が緊急連絡を取ったところ、狩野柚子平は石鏡国へ出張中で、部下や講師を使わしていなかった。だが門番が見た許可証は紛れもない本物だったと証言される。人払いをして生徒を浚った人物は、何者かの差し金に違いないと推定された。 「何者かって」 「どういう事ですか寮長さん」 「職員の衣装や入場許可証が手に入る者は限られているんです」 蘆屋東雲は人妖イサナを見た。 「それと狩野は来年、斎竹家の令嬢を妻に迎える。今回の出張もその件だ。五行国と石鏡国の結びつきを強めるには政略結婚が尤も合理的だ。だが……五行王派の狩野が力を付ける事を快く思わない連中も多い。狩野が関与する仕事で不祥事が起きれば始末をつけざるを得ない。生徒に死人が出れば寮長と副寮長は責任をとらされる。ひいては結婚もご破算だ」 「不在を狙われたか」 「多分な」 人妖イサナは未完成の地図と出現アヤカシに関する資料を持ち出した。 地図は玄武寮の卒業生が作ったものを封陣院が引き継いで研究しているという。 「坑道入口から回廊途中までアヤカシが駆逐されているが、その向こうは未知数だな。子供達が切り抜けている事を祈るしかない。が、失踪中三名のうちソラは瘴気への耐性が余りない。既に重度の汚染を受けているはず」 イサナは拳を握りしめた。 「ソラは……私の弟子だ。唯一の家族だ。もしあれが死んだら……」 両手で顔を覆った。 「あきらめるな。必ず助け出す」 ●生成姫の城 <【1】図面> ※1マス10M。天井まで3M。 ※玄武寮卒業試験で途中まで攻略と駆逐がされています。 ☆印が入場口(攻略済坑道の続き)です。 ■■■■■■■■■■■■■↑↑■ ■幽火幽■火□□火百百百■上階■ ■火祟火□□□□□□百百■階段■ ■幽火幽■□■火□□□百■火□■ ■□□□■火■□□□□□■□□■ ☆□□□■□■火□□□座■□火■ ■■■■■□■□□□□□■□□■ ///□火塔■火□□□火■□□■ ■■■■■鍵■火□□□□□□□■ ■■■火□□■□□火□□□火□■ ■■■★□★■百■百百百百■鍵■ ■■■★□★■百■百百百百■祟■ ■■■ソ□★■鍵■百百百百■★→ ■■■□□□灯□■百百百百■★→ ■■■■■■■■■■■■■■■■ <【2】図面> ※絶壁にある為、潜入は飛行相棒必須。 ※1マス10M。天井まで10M〜5M。 ※総じて3〜5Mの大型アヤカシ。 ■■■■■■■■■■■■■玉座■ ←犯□□□■□□□□鳥■■下階■ ■■■■↑■↑■■□□鳥■↑↑■ ■★□□□■□□■鳥□□■□□■ ■鵺□□□■□□鳥■鳥□□□□■■■■ ■□□■□■鳥□□■■鳥□□□火□□→ ■□□■□□■□□■■■鳥□□□□□鵺■ ■□□■□□□□□■■■■鳥□□□□□■ ■□□■□□□□□□□□火■■■鍵■□■ ■□□□□■■□□□□□□■■□□■□□■ ■□□□□□■鳥□鳥■鳥□□■□□■火□■ ■鵺□■□□■■■■■鳥□□■■|■■□■ ■■■□□□□■鳥■鳥□□鳥鳥■|□鍵□■ ■■鵺□□■□鳥鳥■鳥□□□鳥■|■■□■ ■□□□□■□□鳥■鳥□□□鳥■|ア鍵□■ ■□□■■■■□□■鳥□□□鳥■|■■□■ ■□□■鳥鳥■□□■■★夢★鳥■|□鍵□■ ■鵺□□□□□□■■■鳥★鳥■■|■■□■ ■■□□□□□□■■■■火■■■|□鍵□■ ■■■□□□□■■■■■■■■■|■■鍵■ ■■■■壁穴■■■■■■■■■■|■□□■ ■■■■☆☆■■■■■■■■■■|■|■■ 矢印:順路 ■:壁 □:空白通路 /:幽霊が出没する壁 火:50cmの火の玉。火炎放射注意。倒すと照明消失。 百:大百足 塔:暗き沼の塔 夢:夢魔 鳥:鷲頭獅子 鵺:鵺 祟:祟り神 ↑↑:階段 ソ:意識不明の少年ソラ 灯:灯心 ア:アルド 鍵:からくり錠。破錠術か鍵持ちが必要です。 |:30cmの通風口 犯:今回の主犯 座:玉座跡 ★:物体 |
■参加者一覧 / 酒々井 統真(ia0893) / 御樹青嵐(ia1669) / 八嶋 双伍(ia2195) / フェルル=グライフ(ia4572) / 珠々(ia5322) / ゼタル・マグスレード(ia9253) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / グリムバルド(ib0608) / ネネ(ib0892) / 无(ib1198) / 朱華(ib1944) / 蓮 神音(ib2662) / 寿々丸(ib3788) / 紅雅(ib4326) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / ウルシュテッド(ib5445) / ローゼリア(ib5674) / ファムニス・ピサレット(ib5896) / フランヴェル・ギーベリ(ib5897) / Kyrie(ib5916) / ニッツァ(ib6625) / 十河 緋雨(ib6688) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 刃兼(ib7876) / ゼス=R=御凪(ib8732) / 戸仁元 和名(ib9394) / 白雪 沙羅(ic0498) / ガートルード・A・K(ic1031) / サライ・バトゥール(ic1447) |
■リプレイ本文 救出作戦が決まった時、突然相談室に飛び込んできたのはアルドと灯心達の姉妹だった。 結葉は「私も行く!」と叫び、恵音は「おかあさん連れてって」と言い出した。 「恵音。家で無事を祈っていて、と言ったのに」 「だって……」 養母のアルーシュ・リトナ(ib0119)と娘の恵音が揉めている。 背後でがしがし頭を掻いていた酒々井 統真(ia0893)も色々言いたい事を飲み込んだ上で「ここは一般人の立ち入りは禁止だ。どうして恵音を連れてきた」と結葉を問い正す。 「だって私達は兄弟なのよ! 私も何かお手伝いする!」 「質問の答えになってねぇぞ」 「うっ……ご、ごめん、なさい。心配だって、言うから、だから……」 「結葉。開拓者になった以上は、ギルドの決まり事は守らなけりゃならねぇ。家族だから、心配だからって理由で、契約や規定を違反して良い訳じゃねえんだ。分かるな」 「…………はい、おにいさま」 しゅーん、と意気消沈した。酒々井は続けた。 「もし『待てねぇ』ってことは『俺達を信じてねぇ』って事でもある。そうなのか?」 「そうじゃないわ! 絶対助けてくれるって、イリス達が誘拐された時みたいに守ってくれるって分かるけど……二人が危ないのに、私達だけ、知ってるのに、何もしないなんて」 翠の瞳に涙を溜めて押し黙った。 一方、リトナも養女をなだめに掛かる。 「恵音。あなたは『開拓者にならない』と決めたわ。だから尚更、連れていくことはできないの。でも、できる事はあるんですよ。まず祈ること。少しずつ取り巻く世界が良くなって行きますようにって。他の子供達の為にも 今まで尽力して下さった柚子平様の為にも。もう一つは……兄弟姉妹の不安を拭ってあげること」 リトナは叱られている結葉にも視線を向けて微笑んだ。 「二人を助ける為に、沢山の人が集まってくれたの。それはつまり、養子縁組をした他の兄弟姉妹も理由を知っていて心配しているはず。二人は此処までこれるし、お手伝いもできるかもしれない。でも他の子は違うの。ここへ来たくてもお手伝いしたくても出来ない……その子達に『大丈夫』って教えてあげるのも、大事な事ではないかしら。違う?」 リトナの問いかけに「……うん」と恵音が頷いた。 グリムバルド(ib0608)が「心配すんなよ、絶対なんとかしてやるからな!」と言って恵音と結葉に、愛用のブレイブランスを翳した。 「とくに俺は暴れるくらいしか出来ないからな。アルドや皆を守る事に全力を尽くさせてもらうぜ。他の連中も同じ気持ちだ。だから安心して帰りな」 酒々井が「結葉、ちゃんと恵音を家まで送れよ」と告げる。 頷いた結葉が恵音の手を引いた。 「いこ、恵音」 「……ええ」 大人しく帰る二人に、リトナは5文ほど握らせて「甘いものでも食べて帰りなさい」と見送った。様子を伺っていたローゼリア(ib5674)が、そっとリトナに近づく。 「流石はお姉さま。二人とも、意外とすんなり帰りましたわね」 「ふふ、これでも一応『おかあさん』ですから」 「統真は少し厳しいんじゃありませんの」 「あー、まあな。甘やかすのは簡単だが、後々考えるとそうもいかねぇ。俺も結葉の後見人として判を押した責任があるしな。金銭感覚にしろ契約事にしろ、しめる所はしめなきゃだめだろ。恵音と違って結葉は開拓者の籍がある。飴と鞭で丁度いいだろ」 ローゼリアは「そういうものですかしら」と首を傾げつつ、窓越しに町中へ走っていく二人を見やる。いつか養女の未来も成長したら、開拓者になるとかならないという話で揉めるのだろうか。 実感が湧かない。 「どちらにせよ、安心しましたわ」 流石に恵音や結葉まで危険に晒すわけにはいかない。 「もうこれ以上……あの子たちから犠牲を出すわけにはいきませんもの」 『アルド、灯火……どうか無事でいてくださいまし』 「そーそー、理由がなんであれ、あの子達が利用されて傷付くのは見過ごせないよ」 にょ、とケイウス=アルカーム(ib7387)が顔を出した。 「俺の家でもエミカは不安そうにしてた。二人と同じ気持ちなんだと思う。早く吉報持って帰ってあげたいよ。安心させるにはそれが一番だ」 生成姫が滅んでも。 人の心が育っても。 大アヤカシに育てられた特殊な子というだけで悪い意味での利用価値が損なわれない。 これはアルカーム達『生成姫の子の養育権を持つ開拓者』にとって頭の痛い問題だった。 柚子平が養子化の条件に、特別警護を要求した理由が身にしみる。 『またこうなるのかよ。今度は誰だよ。次から次に沸いて出やがって……』 「……ちくしょう!」 ゴッ、とブレイブランスの切っ先が壁に刺さった。 「危ないですよ」 風圧で髪の毛が数本ほど切れた御樹青嵐(ia1669)が、コツコツと爪の先で刃をつつく。 我に返ったグリムバルドは「悪い」といって武具をしまった。 御樹は地図に向き直る。 「彼女たちの心配はよく分かります。ですから我々が無事に連れ帰らなければ」 『灯心さんはどうしているでしょうか。心が痛くなるほど心配ですが……それを押し殺してでも果たすべき役割ある事を示しましょう。最善をつくさねば』 御樹は……失踪した灯心に特別目をかけていたし、心配の度合いで言うなら、灯心と同居している紅雅(ib4326)達もまた、心配で冷静を保つのが難しい。 精霊門が夜0時に開くのでなければ、今すぐにでも向かいたいところだ。 ゼス=M=ヘロージオ(ib8732)達の元にも同じく生成姫の子と呼ばれた養女がいるから胸中は察するに余りある。 「誰の子であろうと誰かにとっては大事な存在であることには変わりない。必ず助ける」 そしてアルドや灯心だけでなく、二人と同級生のソラまでもが生成姫の城にいる。 ゼタル・マグスレード(ia9253)が考え込んだ。 「問題は『ソラたち三人がどこにいるか』だな。それと犯人か……奥まで入り込んだのなら、単独で脱出は不可能だ。逃げおおせる場合もあるが相当に時間は掛かるはず」 「そうなのか」 「ああ、酷い場所だ」 学生時代に城へ投げ込まれた経験者達は身震いした。 禄でもない思い出だが、マグスレード達なら地図の暗記も容易で案内役は務まるだろう。 『どちらにせよ。可愛い後輩達を陥れるとは……如何な理由があろうと看過する訳にはいかんな』 マグスレードの横で地図を睨み据える珠々(ia5322)が呟く。 「……許せませんね。まだまだ守られねばならない子どもを」 人の命だと思っていない。 その事に多くの者が憤る。 「そうです! 子供を罠に嵌めるとは許し難いですね」 小隊【光翼天舞】のサライ(ic1447)が拳を握って怒鳴った。 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)も「卑劣だな」と評した。やり方が許し難い。 「城の中に犯人が残留しているなら捕らえねば。救出を第一に、捕獲も平行すべきだろう」 隣のファムニス・ピサレット(ib5896)も胸を痛めていた。 「どうにかしないと……誰がこんな事を」 「そこが問題なんですよねぇ〜、ソラくん達は勿論なんですけど、犯人にも死なれちゃ困るわけで〜」 十河 緋雨(ib6688)は既に荷造りを終えていた。 「0時まで少しお暇しますよ〜、少しは手を打っておく方がいいでしょうから〜」 サライが「手?」と首を傾げる。 「ええ〜、まあ大した事じゃないんですけども〜、風信術の巨大装置ならほぼリアルタイムで色々できますから。蘆屋寮長〜、すこーし、おつき合いして欲しいんですが」 「はい?」 玄武寮の寮長、蘆屋東雲が「なんでしょう」と首を傾げる。 「いやぁ高速飛空船を一隻手配してもらいたいんですよ〜、開拓者運搬用ではなくて〜、ソラくん達が救出されたら救急搬送する必要があると思うんですね。現地から最寄りの瘴気感染を除去できる施設を調べておいた方が、生き残る確率は高くなると思うんです〜」 「寮のは商船改装ですから、副寮長の私物を借りましょう!」 「という訳で。駿龍の小次郎さんで寮長と行ってきます〜」 十河と蘆屋が部屋を出ていく。 『面倒なことになってますね〜、ま〜、人が死なないよ〜頑張りましょ〜』 他の者達も動き出す。 窓辺のジルベール(ia9952)は肩を鳴らした。 「戦が一段落、と思えば……なかなか暇にはさせてもらわれへんな? フェンさん」 隣にはフェンリエッタ(ib0018)がいた。緊急事態を知らせた羽妖精キフィは、彼女の相棒が紹介して連れてきた。羽妖精だけが城から脱出できた。 つまりキフィが居なければ、今も騒動に気づいてなかった可能性が高い。 「アルド達は生きて帰る為に最善の策を講じた」 今は迎えを待っている。 「めいっぱい労って、抱き締めてあげなくちゃ」 ジルベールは「せやな」と答えた。 深夜零時、精霊門が開いた。 神楽の都から五行国の首都結陣へ渡り、さらに北東方向へ進むと非汚染地域の蕨がある。 開拓者達は森のアヤカシ達を刺激しないよう途中から地上へ降り、生成姫の城へと辿り着いた。城と言う割にボコボコと穴の開いた絶壁しかない。崖下には朽ちた坑道がある。 大アヤカシ生成姫が居城とした場所だ。 「……こんなに近かったのか」 刃兼(ib7876)は譫言の様に呟く。 『まさかこんな形で、生成姫の城に足を踏み入れることになるなんて、な』 かつて刃兼は仲間と共に、生成姫の支配領域に誘拐された。 大凡二年半も前の事であるが、当時この絶壁を迂回するように魔の森を彷徨ったのを良く覚えている。そしてそれは酒々井やネネ(ib0892)も同じ事だった。 あの頃に城の場所が分かっていたら、何かが変わっていただろうか。 『皮肉だな。……いや、今は子供達を助けることに集中しよう』 「内部は広そうだ、な」 「広いでするぞ。……試験を思い出しまするなぁ」 小隊【虹色】の寿々丸(ib3788)が身震いする。 寿々丸も、マグスレード達同様に城への侵入経験があった。経験があると言うより、学業の単位的な問題で強制的に放り込まれたに過ぎない。 「恐ろしい場所でするが、今回は人命がかかっておりまする。気合いを入れねば……!」 「そうだな」 「地図は可能な限り覚えましたが、どうか誘導を頼みます」 同じ地上班になった无(ib1198)が寿々丸の手を握る。 无はアルドの後見人だ。 心配でならない。 『アルド、どうか無事でいてくれよ』 「任せてくだされ!」 「本当に頼みます。キフィ、例の通風口はどこだい」 羽妖精は「あそこ」と数ある穴の内の一つを指さした。やはり隣接する壁穴か、もしくは地上から行くしかない。まずは地上と壁穴の二班、中で更に班が分かれる事になった。 ここの何処かに三人の子供と、犯人がいる恐れがある。 八嶋 双伍(ia2195)はスッと双眸を細めた。 『やれやれ……こんな事になって、犯人どうしてくれよう、と思いましたが、心強い方々が大勢いらっしゃるようなので、良かった。班ごとに最善を尽くし、見つけなければ』 「時間もありません。ソラ君達を迎えにいきましょうか」 「幽霊が多いんですよね?」 戸仁元 和名(ib9394)が侵入経験のある八嶋達に確認をとる。 「ええ」 「実は、可能な限り資料は見たんですが、特に物理の利かない敵は、その、ちょっと辛いので……お任せさせてもらえますやろか」 「勿論です」 蓮 神音(ib2662)が「そうだよ!」と言って拳を握る。 「みんなで協力して、早く助けてあげないと。行くよ、くれおぱとら!」 仙猫と共に坑道跡へ入る。 皆が続いた。地上から捜索を行うのは総勢22名である。 「私達も急ぎましょう、統真さん」 「おう」 フェルル=グライフ(ia4572)は轟龍エインヘリャルに乗り、夫の酒々井と天妖雪白を同乗させて空に舞う。御樹の甲龍黒嵐と、マグスレードを乗せた駿龍ゼピュロスも飛んだ。 「じゃ、開口部から敵が視認しにくいように上がったら急降下しよっか」 小隊【光翼天舞】のリィムナ・ピサレット(ib5201)は輝鷹サジタリオと同化し、空へ舞い上がった。暗視で視界も確保する。ギーベリと皇龍LO、そして駿龍ぴゅん太に乗ったファムニスが後を追う。Kyrie(ib5916)と駿龍††骸−Geist−屠††改め駿龍ガイスト、更にサライと駿龍フェリドゥーンも移動を開始する。 壁から9人の開拓者と相棒達が捜索を開始した。 地上班は寿々丸たちの先導と、无たちが頭に叩き込んだ地図を頼りに闇を進む。 長い坑道の道のりは問題なかったが、未知の領域に踏み込んだところで足を止めた。 進路方向に四つの炎が見えた。鬼火だ。 囲まれているのは祟り神。何らかの幽霊まで浮いている。 先行していた戸仁元は速やかに交代し、こういった類に詳しく攻撃手段を持つ者達に後を任せる。分類に詳しい八嶋が双眸を細めた。 「……中心にいるのは祟り神ですね。犠牲者を取り込んで肥大化し続ける中級アヤカシで、能力まで封じる上、転移まで使いこなす類です。当然、確実な命中は狙えません。鬼火は兎も角、周囲に浮いているのは亡霊武者ですね。総じて物理はききませんし……」 寿々丸の上級人妖嘉珱丸が、暗視で他に敵が居ないことを告げた。 ジルベールも鏡弦で策敵を行うが見えない敵の気配はない。 転移をされる前に、一斉に叩くしかない。 だが練力を使い切る事態になれば救出は困難になる。 そこで物理攻撃に優れた者達を後退させ、戦力を一旦温存する事に決めた。さらに深部へ向かう班の半分も闇に隠れて貰う。第一陣が攻撃を外した時に備えてだ。 寿々丸が征暗の隠形を形成し、周囲と同化する。 白雪 沙羅(ic0498)が「援護します」と前に出て、フェンリエッタも「三十メートル付近までくれば呪声で狙えるから」とバックアップを約束する。さらに神仙猫のキクイチ、仙猫うるる、仙猫くれおぱとらが並んだ。無論、浮遊する幽霊の動きをからくり甘藍が監視する。 「いくにゃー!」 「仕方がにゃいからにゃぁが護ってやるニャ」 「了解よ。まったく。うちのかわいい子の兄弟に酷い事しないでくれる?」 神仙猫キクイチや猫又ウェヌス、うるる達が走り出した。牙をむき出しにする口の中に黒い炎の固まりが生まれ、祟り神に向かって放たれる。だが亡霊達が立ちはだかる。黒炎球や光の針を浴びても簡単には消えてくれない。軒並み抵抗力が高いのかも知れない。 白雪が猫達の援護に前進した時、人の姿をとらえた祟り神が音もなく前へ進み始めた。 「動きました!」 射程に入るのを待って八嶋が蛇の式神を2体召還する。獰猛な蛇が噛みつこうとした時、祟り神の姿がかき消えた。対象を失った蛇の式神は、その直線上にいた幽霊を食い散らして消えていく。 「外した!?」 百発百中といわれる術にも欠点はある。 自動命中を無効にしてしまう技術を持った相手に、命中させるのは難しい。 祟り神は八嶋の背後に浮かび上がった。 その姿を、紅雅とフェンリエッタが捕らえた。聖なる炎が祟り神を包み込み、呪わしい声が三度霊体の身を引き裂く。祟り神は奇声を発しながら砕け散っていった。 「大きな怪我がなくて、良かったです。さ、奥へ」 白雪が夜光虫を出現させようとした。 失敗した。 「あれ?」 術が発動しない。八嶋が肩を竦めた。 「死に際に呪封がばらまかれたようですね。皆さん、ご無事ですか?」 皆、術が使えるか確認すると、戸仁元も封じられていた。幸い紅雅が解術の法を使えたので事なきを得たが、異様に耐久力がある祟り神が群で襲ってきたら厳しいかも知れない。 皆、軒並み抵抗力を高めて警戒していたので、被害が少なかった。 一行は鬼火を放置して奥へ進む。 あちこちに点在する炎は、大百足の群や扉を守る暗き沼の塔を闇の中に浮かび上がらせていた。无が羽妖精のキフィに確認を取ると、暗き沼の塔の後ろの扉を通ったという。しかしアルドと出た時は別の扉だった。つまり出入り口が二カ所ある。 「あの扉の向こうにソラ君や灯心が」 思わず実力行使で通りたくなるが、あまり褒められた手段ではない。リスクが大きいのだ。祟り神より遙かに巨大で、修復能力が高く、120メートル離れた標的にも幻覚や恐慌状態に陥れる能力がある。なにより祟り神が異様に耐久性があった事を考えると、安易な接近は禁物だ。 「大変そう、ですね……安全に連れ帰れるかという問題もあるわけですし」 「迂回しよう」 「しかし奥にもかなりいるで」 ニッツァ(ib6625)は大百足の巨体がしなる音や、あぎとの音をきいていた。 大百足は音を聞きつけてやってくるときいて作戦が組まれた。まずは暗き沼の塔に気づかれない様に手持ちの灯りを消して、瘴気と闇に紛れて前進し、……ぴょん、とアルカームが前衛の前に出た。ヘロージオも後に続く。 『背中は任せたよ、ゼス!』 『ああ。任された』 鬼火の前にいる大百足へ突進し、夜の子守歌を奏でた。誌聖の竪琴が誘う強烈な睡魔に大百足達は抗うことができない。巨大な大空間の隅で、ずしゃん、ずしゃんと大百足が壁や天井から剥がれて落ちていく。だが完璧とはいえなかった。眠った仲間の体を踏み越えて、奥にいた大百足が這いだしてくる。 「目を閉じろ!」 ヘロージオが閃光練弾を放った。目映い光がうまれ、大百足の視界を奪った。その隙に戸仁元やグリムバルド、刃兼、蓮、ウルシュテッド(ib5445)やジルベール達も走った。眠った個体を含めて屠るなら今だ。下級相手に遅れはとらない。 「無茶をするなと言ったはずだが」 ヘロージオの冷ややかな声に、アルカームは「ごめんゼス。思ったより広かった」と頭を掻いた。確かに広い大空間だ。閃光の余韻の中にあっても、奥まで照らし出すことができなかった。火の傍に見えたのは玉座だったろうか。 北東の壁に犇めいていた大百足を殲滅し終える頃には、再び静寂が戻ってくる。 だが居る。 ジルベールが神弓サルンガで鏡弦を行う。百メートル先にいる大百足の存在も感知した。 「参ったなぁ。奥にウヨウヨおるで。数えるのが億劫になる程度には」 ついでに暗視が使える人妖達が、キフィの証言にある扉を見つけたが……扉の前には大百足が屯しているという。暗き沼の塔を相手にするよりマシだと結論し、扉側の壁沿いに進む。鬼火に接近しすぎると火焔放射をうける為、近づきすぎない程度に迂回しつつ、扉を目指す。忍び歩く珠々が「準備できました」と小声で話した。 「畳みかけてください。いきます」 リトナが対滅の共鳴で周囲に無音の世界を作り出した。 白雪の夜光虫がふよふよと飛んでいき、扉の角を照らす。大百足が見える。八嶋が蛇神を打ち込み、追従する形で刃兼と戸仁元が地を駆けた。大百足に襲撃されて霧散した一体目をかき分けて、戸仁元の霊剣が足を薙ぐ。そして刃兼の太刀は、顎から脳天まで突き抜けた。 走り込んだ珠々が錠前に手を翳す。 扉が開いた。 「……何者だ?」 抑揚のない渇いた冷たい声。けれど何人かは聞き覚えのあるもの。 「夢魔か? 祟り神か? 監視はこの空木がやると言ったはずだ! さがってろ!」 「……灯心?」 「え」 夜光虫の灯りに浮かび上がる小さな顔を見て紅雅は走り出していた。 「灯心、灯心、ああ、よかった! 本当に。よく、がんばりましたね」 ぎゅうう、と抱きしめる傍らで、ネネが治療を開始する。負傷しているが感染はしていない。開拓者たちは速やかに扉の内側へなだれ込んで、アヤカシの出現に警戒する。 「灯心、無事か?」 「灯心君、青嵐さんがとても心配していましたよ。さ、帰りましょうね」 ニッツァや白雪の問いかけに灯心が身を捩り、腕の中から顔を出す。 「待って。ボクは全然平気だけど、ソラが何も答えないし、全然動かないんだ。そっち」 八嶋たちがソラに駆け寄る。膝を抱えて壁に持たれていた。 「さあ、帰りましょうか。立てますか……ソラ君?」 返事がない。 ソラは瀕死だった。 負傷している傷口からも瘴気に汚染されている。 「急いだ方がええな。他を待つのはあかん」 一分一秒を争うと判断したニッツァがソラを背負って紐で体を縛った。 隣の刃兼が浅い呼吸を繰り返すソラに囁きかけた。 「先生が心配してたぞ、早く帰ろう。だから、もう少しだけ頑張れ」 もたない……かもしれない。 そんな考えが、何人かの脳裏をよぎった。だが城を脱出さえすれば十河達の手配した高速飛空船が待っている。諦めてはいけない。 「ソラは大丈夫ですか? 治りますよね? 大丈夫ですよね?」 「灯心、ようソラ護ったな。よう頑張った。必ず助かるから、そんな顔せんとき」 ニッツァ達に撫でられた灯心がホッと息を吐いた。 途端、腹の虫が鳴った。 もう何日も水すら飲んでいないのだ。 紅雅が「あと少しだけ我慢してくださいね」と微笑み、ネネもにっこり笑う。 「イサナさんだけじゃなくて、皆が三人を心配してましたよ。帰ったらゆっくりやすんで、おいしいものを食べませんか?」 頷く灯心の前に无が屈み込む。 「ここから二手ですね。灯心、アルドを見ませんでしたか。はぐれたとか」 「アルド兄さんは夢魔に連れてかれた。兄姉の部屋をあてがうって」 ウルシュテッドが唸る。 「……兄姉の部屋、なら個室複数か。1階ではなさそうだ。二階へ上がる道を探そう」 「さっきの群れの相手は必須か、テッド」 「残念だけどその通りだジル」 その時、珠々の忍犬風巻が「きゃん!」と吼えた。戸仁元の忍犬咲良も唸っている。 扉の向こうに気配がするという。 「急いでください! 他の人の分の退路も確保しますから!」 兎も角。 まずはソラと灯心を城外へ連れだし、他の者はアルドの捜索と退路確保を続けねばならない。扉をあけた途端現れた大百足に珠々が鑽針釘を打ち込んだ。ウルシュテッド達が節を切り込んで行動を阻害している間に、一撃で滅ぼす。 脱出班がカンテラを照らしながら来た道を戻っていった。 別班は二階へ続く階段を発見すると何匹かを薙ぎ払いながら上階へ走っていき、ネネ、朱華(ib1944)やガートルード・A・K(ic1031)など一部の者がその場に残った。 「怪我はまかせてください。壁もお任せです」 広い場所で囲まれれば下級アヤカシ相手でも危険だが、狭い場所なら攻撃を絞れる。 「頼む。どうせ来た道を帰るんだ。少しでも数は減らしておこう」 朱華が階段から弓を構え、仙猫胡蘭に心眼を命じた。 「灯りを消すのは、不味い気がするよね。祟り神とか増援が来ると困るし……此処は、敵の本拠地ってやつだからね。脱出するまで気は抜けない」 いっそのこと対滅の共鳴で暫く増援を呼べぬようにしてしまおう。 ガートルードのバイオリンが、ビィン、と唸り声をあげた。 敵の注意をかいくぐって……といっても限界がある。 たった一つしかない壁穴から注がれる光が、不自然に遮られる度に、鷲頭獅子は開拓者たちのいる方を向いた。その場から動かないにしても警戒態勢を取っている事が……暗視を使うサライ達には見える。 闇の中で開拓者達は余りにも不利だった。 サライ達が松明の準備をしながら皆に掠れるような小声で位置を知らせる。 「前方50メートル先に鷲頭獅子が2体です」 「対角線上、左方向20メートル先に鵺、右方向の最奥に鷲頭獅子の群が居るね」 何も見えない酒々井が闇を睨み据える。 「雑兵に構ってる暇はねぇ、が……行くなら右か」 隣のグライフは首肯した。掠れ声で囁く。 「やり過ごす空間も無さそうなので、敵は撃退するしかないと思います。地上での戦いに比べれば、まだこの程度は」 問題は、松明に点火した瞬間、襲ってくるか否か。 「考えても仕方ありません。やりましょう」 グライフが逆五角形の盾を構えた。ギーベリも「後ろの皆は守るから心配しないで」と丸い白盾を構える。 「いき、ます!」 ファムニス達が松明に点火した。煌々と照らし出される一同の姿を見て、2頭の鷲頭獅子が突進をかけてきた。左の鵺が不気味に嘶き、右奥の鷲頭獅子たちも侵入者の存在に気づいて身を起こす! 「2体で様子見のようですね」 御樹が耳を塞ぎたくなるのを堪えて珠刀青嵐を構えた。 ツグミに似た不気味な泣き声は延々と続き、呪詛の洗礼を御樹達に浴びせ続けてくる。 「最初から呪詛か」 九字護法陣で身を高めるマグスレード達に、グライフが「解術できますから大丈夫。せめてください」と声を飛ばす。真っ先に飛び出したのは酒々井だ。鷲頭獅子に肉薄する。 「てめぇらに構う暇はない!」 凄まじい衝撃波が五メートル四方に散った。先兵の鷲頭獅子が砕け散る。 「っしゃあ! いける」 小隊【光翼天舞】のギーベリが殲刀を構える。 「ふふ、その程度の耐久力ならボクでも問題はなさそうだ。見えないから支援を頼むよ」 右奥にいた鷲頭獅子4体が動き出したが、三体がギーベリの刀の錆となり、サライの手裏剣に気を取られていた一体が血を吐くかのようにのたうち回り、絶命した。Kyrieの黄泉より這い出る者に他ならない。 問題は左の鵺だ。 「リィムナ姉さん、頑張って!」 「ファムニスの支援あれば一撃だよ! そーれ!」 リィムナもKyrieと同様に死に至る呪いを一発、鵺へ送り込んだ。暗視で狙いも完璧。 ところが。 「な、なにあれ」 鵺は砕け散らなかった。 リィムナは開拓者の中でも遙かに抜きんでた能力者である。修練場の鍛錬だって欠かしていない。更に火力を底上げしてまで術を放ったのに、鵺はまだ……立っている。 「こ、こんの!」 一瞬、驚愕で双眸が見開かれたが、連続して放たれた呪いに鵺は散った。けれど安心する余裕がない。 「奥に鵺がもう一体! 援護ぉー!」 「任されました」 リィムナの一幕を後方から見ていた御樹は死に至る呪いを連続で繰り出す。更にマグスレードが呪声で援護した。姿無き呪わしい声が響き渡り、鵺は地に落ちて悶絶を始める。 攻撃を畳みかけたとはいえ、先ほどに比べて手応えがない。 「さっきの、なんだったんだろ」 夢でも見たか? 否、夢であるはずがない。 「……なんという硬さでしょう。普通の個体じゃないですよ」 周辺の中級アヤカシを一層してからKyrieが呟く。 班に焦りの色が出た。 時間的な問題ではなく、戦力的な意味で。 「あたしの一撃で死なないなんて、上級ぐらいだったのに」 思わずリィムナも「調子悪いのかな」と両手を確認してしまう。サライやファムニスが顔を見合わせ、御樹とマグスレードは「おかしいです」「気をつけた方がいいかもしれない」と論じ始めていた。 「陰陽寮の試験で似たような壁穴に侵入した同級生はいましたが……」 「彼女らは倒していたし、急激に強くなる理由もないはず」 此処は魔の森だ。 陰陽師以外の者が、自然と能力を削られる事はままある。 だが。 「多分『普通じゃない奴も混ざってる』んだろうな」 悩んでいた酒々井は結論を下した。 「俺も単独で魔の森内部の鵺とやりあった事があるが……あんなに固い奴を見たのは初めてかもしれねぇ。ナマナリが強化型の配下を作ってたのは間違いないが、そんなに量産できたとも思えねぇし。けど、ここがアイツの城だったなら居城の守りは万全だったはずだ。大将が神楽の都で遊び歩ける位にはな」 うんざりした顔で昔、大アヤカシに夜這いされた思い出を記憶の彼方に放棄する。 「この顔ぶれだし、早々窮地にはならねーと思うが、気は抜かねぇ方がいい。一撃で葬れないもんだと踏んで行こうぜ。発見までどれくらいかかるかわかんねーしな」 御樹が「灯心さん達が脱出不能と判断するわけですよね」と呟く。 マグスレードは「それはそうだが、ものは考えようだ」と言った。 「こんな輩が徘徊する城で、並の陰陽師が一人で生き残れるはずがない。脱出しようとしても出口に群れられていてはな。遭遇する可能性の方が高い。生きてるか死んでるかといえば、無事なままとは考えにくいが」 犯人も城のどこかにいる。 「進みましょう。子供達が心配です」 グライフの言葉で一同は再び左の壁を伝って奥へ歩き出した。 外見は同じでも耐久力が異なる個体、というものに遭遇しつつ、一行は更に鵺を倒したところで人影をみた。侵入前にKyrie達が『夢魔の可能性も考慮しなければ』と訴えていたので安易には近づかない。近づいた途端、魅了で操られてしまっては元も子もない。 警戒しすぎる程度が丁度いい。 「そこにいるのは誰ですか」 サライとファムニスが松明を翳す。 「かい、たくしゃ?」 汚れた狩衣に身を包んだ若者だった。御樹とマグスレードが目を懲らす。 「よかった! 助けてくれ! もう何日もここに囚われ……」 どん、と音がした。 「え?」 若者の後方に黒い壁が生まれる。マグスレードの構築した結界呪符だ。少なくとも奇襲と逃亡を避ける為に五枚壁で封鎖する。その間に、サライは夜で地を駆け、ギーベリが剣を持ったまま跳躍した。刹那、グライフが叫んだ。 「殺してはダメです!」 「っと、いつもの癖で。大丈夫、その辺は心得ているさ。さて」 サライとギーベリに押さえられた若者は「なんなんだよ、俺はアヤカシじゃない」等と見当違いな事を喚いている。Kyrieがのんびりと荒縄を持ち出した。 「お使いになりますか?」 「ありがとうございます。縛った方がいいですよね。あと猿轡も」 「とりあえず自害防止はいるだろーなぁ。拳布固めて口に突っ込むか?」 酒々井の隣へきたグライフが若者に冷徹な眼差しを注ぐ。 「名は存じませんが、あなたには怒っています。けれど今はここを切り抜けるのが先決です。私達と一緒に来てもらえますね?」 御樹とマグスレードが男を見下ろす。 『子らを危険な目に合わせたことの報いを受けさせたいですが我慢して……うーん』 『仮にも講師の名を借りる者が生徒を護らぬ等、非人道的人物が身内の中にいると、研究活動にも支障をきたしかねん。許し難い。しかしこの顔……』 一体何処の者なのか。 見覚えがあるが思い出せない。 「……南、ですかね。宴であの辺の卓にいたような。素麺を食べていたとか、余計なことは思い出せるんですが……ゼタルさんは如何です?」 名前が出てこない。 「だとは思う。が、身元は後で詳しく調査するとして……身分の詐称に学生の誘拐、寮への風評被害含めて問題は数え切れない。然るべき処罰は受けていただく。覚悟されよ」 酒々井が「簀巻きにして担いでとっとと逃げようぜ」と話し、もはや意志は問いていない。リィムナが「一旦戻るよー。ついてきて」と告げる。 Kyrie達は後方に注意しながら松明を消し、静かに来た道を戻り始めた。 その頃、玉座裏の階段から二階へ上がった者達は、苦戦を強いられていた。中級アヤカシ達の巣だったからだ。階段を上りきる前にジルベール達が敵の数を把握し、寿々丸たち陰陽師が言霊や人魂で敵の種類を把握したと言っても、種類も数も尋常でない。 しかも一般的な個体より総じて強度がある。 ウルシュテッドの指示を受けて、天妖ウィナフレッドを預けたフェンリエッタが鵺の方向に走りだした。闇の中に鵺がいるはずだ。 リトナが周囲を無音状態に保つ。 フェンリエッタが獰猛な白狐を3体けしかけた。異様な耐久力を誇る鵺であっても呪詛を放つ前に砕け散る。 一方、鷲頭獅子が両の壁に並ぶ回廊では、七体の鷲頭獅子を殲滅すべく一同が走っていた。いかに巨体を持つ中級アヤカシといえど、飛ぶ以外は肉弾戦しか脳のない中の下だ。祟り神を相手にするより何倍もマシであった。 十六夜で能力を底上げした无が魔刀を構えて斬りつけ、闇に隠れた寿々丸の上級人妖嘉珱丸が力の歪みで援護する。グリムバルドは猫又のクレーヴェルに先陣をきらせ、閃光で目の眩んだ個体を縦に割った。 『邪魔ですわ!』 無音の中でローゼリアの雄叫びもかき消えていたが、ピストルの銃弾は獅子の頭蓋を貫通していた。よたついた鷲頭獅子の胴をオートマトン桔梗の相棒銃が貫通する。 隣ではウルシュテッドが鷲頭獅子の目を潰し、ジルベールが矢を引いていた。 犯人を血眼で捜す蓮が、鷲頭獅子の懐に入り込んで強力な拳を叩き込む。 圧倒的な力量差に逃げ出す鷲頭獅子も2体ほどいたが、逃げられると仲間を呼ばれてしまう。よって迅鷹ラファールや上級迅鷹ガルダが前方を阻んでいた。 ヘロージオの銃弾が鷲頭獅子の下半身を打ち抜き、追いすがったフェンリエッタ達が胴を分断した。 回廊は静寂に包まれた。 しばらくして玉狐天ナイを召還して探索させた无が渋面を作る。 光がない。戦いは敵に有利だ。そして大暴れすると更に中級の群が来る可能性がある。 「アルド殿は大丈夫でございましょうか……」 ソラの様子を思い出した寿々丸が心配そうに呟く。 言霊や人魂に応答がない。通風口は城内側には伝わっていないようだった。沢山の部屋が並んでいる。部屋と言うより窓のない牢獄だ。どれも叩いて藪から蛇を出すわけには行かない。祟り神や夢魔が出てきたら時間を食うだけだ。 「ちび?」 すんすん、と又鬼犬が歩き出した。忍犬ヴァイフがアルカームの服をひっぱる。 「ついてこいって事かな」 やがて一室の前で止まった。 「アルド?」 「……誰だ」 「私よ。フェンリエッタ。助けに来たの。……ね、入寮祝いに何をあげたっけ」 「……アル=カマルの、おま、もり」 「アルドだわ。夢魔じゃない」 ウルシュテッド破錠術で鍵を破壊した。 中に窶れたアルドがいた。深刻な感染はしていないが、怪我をしている上に衰弱している。水も食料もないから当然だが、緊張の糸がきれたのか、床に崩れた。助け起こしてもみくちゃになる。 「……ゆめ?」 无が手を握り「夢じゃないよ、アルド。一緒に帰ろう」と言った。 流石に走らせるのは難しいと判断し、ジルベールがアルドを背負う。 「よう耐えたな。つかまっとき」 「怪我はありませんか? アルド……よく頑張りましたわね。灯心とソラは無事ですわ、さぁ帰りますわよ!」 ローゼリア達は来た道を戻っていく。 一階で退路を確保していた事により、アルドも被害を受けることなく脱出できた。 ソラは瀕死状態にあったが、救出後の対処が迅速だったことから一命をとりとめるものの……昏睡状態で目覚めない。人妖イサナはつきっきりで看病している。 アルドと灯心は治療後、たらふく食って寝てから回復した。 「灯心さんの行動を心から誉め讃えたいですね」 御樹は弁当を差し入れる。皆も連日お見舞いに来ていた。 「残念ですが、アルドと灯心は暫くここにいてもらいます」 石鏡国から戻った狩野柚子平は、子供達を病院におしこめた。 それだけでなく子供達三人は瀕死で戻り、意識が無く、開拓者達の苦労の甲斐なく死にかけている……という話になっていた。しかも一緒に発見された男だけは快復の兆しがある為に近く事情聴取される……と報告書がなされている。 「どういうことですか。納得のいく説明をして貰えるのでしょうね」 紅雅達の眉間に皺が寄る。 柚子平は……嗤った。 「ねぇ、皆さん。捕り物をする気はありませんか」 「捕り物?」 「子供達が死ぬ、となれば、放っておいても私や蘆屋さんは自滅路線です。事情を知るのはあの男のみ。そんな不安分子を生かして置くほど……暢気な相手ではありませんよ。口封じを狙うんです。楽しそうじゃありませんか?」 丁度、開拓者達は子供を政治や戦に使われる事に飽き飽きしていた。首謀者には相応の報いがあるべきだとも何人かが主張していた。 「今度はこちらが反撃する番ですよ」 腐った鼠を炙り出す番だ。 |