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■オープニング本文 【こちらは一般人のアドバイザー陣営です。真の英雄は苦悩の中から生まれるのです。】 世界各国の仕事を請け負い、最近では天儀落下を阻止する為に走り回り。 割と…… いや、かなり…… どちらかといえば相当に…… お疲れ気味の開拓者達が、本日も依頼先や雲の下から開拓者ギルドへ帰還した。瘴気の浄化であるとか、依頼料の受け取りだとか、報告書の作成義務が無ければ直接自宅へ帰りたいと思う者達は相当数にのぼる。疲れた体を引きずってギルドの正門を通ったあたりで、見知らぬ人々に取り囲まれた。 「あなたが※※さんですね!」 「あなたのような方を待っておりました!」 「是非に! 是非に!」 …………あ? とりあえず邪魔だどけ、と言いたい所をグッと堪えて一行を観察する。 開拓者の装備に近いモノを着ているが、よくみると偽物だ。宝珠に見えるものは磨いた石や硝子玉である。あれか、これは今流行りの開拓者の格好を真似るという奇特な方々だろうか。 死んだ魚のような眼差しで立っていた所へ、ギルドの受付が走ってきた。 「もう! 皆様おやめください!」 「でもマジモンが目の前に」 「いいですから! 彼らは仕事帰りなんです! 休ませてあげてください! 協力してくださる開拓者は手配しておきますから! いいですね!」 まるで餌に群がる野良猫のような一般人を追い払い、ギルドの受付は休憩室へと誘導してくれた。大変ありがたいが、さっきの連中はまるで帰る素振りをみせない。むしろ正面玄関の死角に身を顰め、新たな開拓者を待ちかまえている。 「申し訳ないです、本当に」 受付は代わりに謝ってくれた。 「いえ、別にかまいませんが……彼らは?」 「なんといいますか。自称『恐るべきアヤカシと偉大な開拓者の戦いを見守り後世の為に研究し解明する会』の皆さんです」 我々は保護動物か何かか。 「長いので簡単に『戦研究会』と呼ばれています。趣味の集いですね」 「会名から察するに報告書見に来た、とかですか」 「いつもはそうなんですけど今回は依頼に来られまして」 なんだろう。 延々と取材させてくれ、とか暑苦しい依頼だったら一秒でお断り申し上げたい。 受付は持っていた書類を見せた。 そこには『アヤカシ役やアドバイザーとして戦ってくれる開拓者を募集する』とあった。 アヤカシ役? 「この戦研究会の皆さんは、定期的に平野や山岳部で戦術研究をしているそうなんです。絵の具玉や水鉄砲、竹刀などを実弾や武器に見立て、大勢の会員と戦を再現する……いわゆる『戦ごっこ』ですね」 「へぇ」 「ところが最近マンネリ化しているそうで、アヤカシの習性をよく知る開拓者に敵役を頼むことになったんだそうです」 「へぇ…… ……て、いやいやいや! 待って下さいよ! 開拓者と戦いたい? 開拓者の中には、素手で一般人を殺せる人間だっているんですよ!? 竹刀なんか殺人武器ですよ。正気ですか!?」 「その辺は考えるそうです。 いまどき力加減が分からない方もいないでしょう。 安全に戦ごっこを楽しむのに付き合う分には、いい息抜きなんじゃないですか?」 楽観的な受付により依頼書が通ってしまった。 そして。 仁義無き恐るべき悪臭の戦いが幕を上げる。 +++ 「皆さん、よくいらっしゃいました!」 自称『恐るべきアヤカシと偉大な開拓者の戦いを見守り後世の為に研究し解明する会』の会長が、協力してくれた開拓者達に挨拶を行う。 「まず開拓者の皆さんに御願いしておきたい事がございます」 ひとつ。 術者以外の開拓者は全武装を解除しておくこと。 術者は最低の装備にすること。 ふたつ。 巫女や魔術師は、緊急治療に備えて精霊武器を保有しておくこと。 決してそれらで怪我を負わせないこと。 みっつ。 死傷者がでないよう、殺傷系の技術や術を駆使しないこと。 ただし幻覚作用や撹乱系の術の仕様は可能とする。 「軽傷を負う可能性については、民間会員の皆さんが同意書を書いてくださっていますが万が一という事もありますので。尚、竹刀は勿論、石の仕様は厳禁です」 そこまで聞いて誰もが思った。 一体、どうやって戦うのだろう? 勝敗の決め方は? 「戦う方法は素手ですか?」 会長は不気味に笑い出した。 垂れ幕のかけられた謎の荷台へ歩いていく。 「今日の為に、夏場からせっせと溜めていたモノをお披露目する時が来たようですな。 ごらんあれ!」 バサァアァァァ! と覆いが取り払われた。 なにやら白くて丸いものが山のように積まれている。 「白いパン? 手鞠? いえ、なにか」 「あれは豚や猪といった家畜の胃袋です。廃棄されるものを洗って乾燥させて縫うと袋に成るのです。古くは遊牧民が水筒として活用していました」 「絵の具の水袋でも投げ合うんですか?」 「中身はこやしです」 人々の思考が停止した。 こ、や、し? 「家畜の排泄物や日々の生ゴミ、臓物などを超発酵させてドロドロに仕上げた『発酵堆肥』です。発酵に伴う悪臭の気体で、胃袋が手鞠のように膨脹しているので、今は匂いが微かですが……破裂すると呼吸もできない臭気を放ちます。なんでしたら一つ割ってお試しになりますか?」 ひとつ手にとってナイフを翳す会長。 やめてェ! と全員が声なき叫び声をあげた。 「け、けけけ結構です!」 「さようですか。 今から『こやし玉』を皆さんに一つずつ配ります。 手拭いで包んで頭の上にでも縛り付けてください。所持者の『こやし玉』割った時点で持ち主は『死亡』という扱いになります。速やかに実況の天幕へ戻ってください」 「なんで絵の具じゃないんですか」 「自然環境に悪いと怒られまして……今回は森が戦場で水源も離れていますので、自然素材の肥やし玉に。 尚、攻撃用の肥やし玉は赤子の拳ほどですので、投げたり空気砲に仕込むと宜しいですよ。 弓を使う方向けに、肥やし玉の矢も用意しました。 吸盤の先に取り付けていますので、普通に弓を放った程度では怪我をしません。 刀や短刀、クナイは米菓子や飴菓子でできていますので壊れても蟻が処理してくれます」 恐るべき武器に一同絶句。 「……勝利条件は?」 「敵陣営を全滅させること。もしくは……各陣地に狼煙銃をひとつ置いてあります。先に敵陣の狼煙銃を打ち上げた方が勝ちです。ちなみに『誰かが勝ってゲームを終わらせないと糞尿まみれの体を洗えない』と言う究極の条件が付いていますので、割と皆さん必死になります」 むごいいいいい! 「それではルールと班割りを配ります」 一時間後、恐るべき合戦ごっこは始まった。 肥やし玉を道連れに。 |
■参加者一覧 / 鈴梅雛(ia0116) / 皇 りょう(ia1673) / 白雪 沙羅(ic0498) / 火麗(ic0614) |
■リプレイ本文 アヤカシ役の開拓者たちを倒すべく、おっさん達の味方になった者達は軽く後悔をしていた。 「ひい!」 笑顔で肥やし玉を差し出された白雪 沙羅(ic0498)は逃げまどいながら火麗(ic0614) の肩を揺さぶる。援軍に来てと言われて来たけれど、泥団子ならぬ発酵肥やし玉の投げ合いだとは聞いていない。 「火麗さん! 肥やし玉って何ですか!? 聞いてませんよっ!」 「あたしだって聞いてないわよ」 「な、なら……逃げましょう」 「え?」 「ね、逃げましょうよ。今ならまだ第一次汚物戦争を止められます! 私と一緒に逃げましょう! こんな争いになんの意味があるんですか! 彼らと戦っても、私達も彼らも得るモノはないはずです! 犠牲者が出てもくさいだけです!」 「いいえ、もう遅いわ。あたし達は引き返せない場所まできてしまった……」 「そんなー!」 三文芝居のような本気の撤退案が吹き飛ぶ。 いかねばならないの。 火麗の眼差しは決意に満ちていた。 そんな決意はドブならぬ肥やしに捨ててしまえ、と第三者は言うだろうが、おっさん達と戦うと決めた戦乙女は無駄な使命感を背負って演説台に立つ。 『地力勝る相手に勝つためには……士気が大事よね』 「同士達よ!」 声が朗々と響く。 「見なさい! あの森を!」 声高らかに叫んで指を指す。 朽ちた建物の向こうに鬱蒼と茂る針葉樹の数々。あの向こうにかつては仲間だった者達が潜んでいる。大量の肥やしを背負って、我々を駆逐する為の準備をしているに違いなかった。 「あたし達が倒すべきアヤカシ達は、こやしを握りしめて襲撃を待っている」 ここで。 誤解の無いように記載しておくが……普通のアヤカシはこやしを握りしめない。 「仲間で助け合い! 一致団結して集中攻撃よ!」 火麗はおっさん達の士気をあげる為の演説を熱く、それはもう熱く奮った。 「勿論、すぐに倒せるわけがないわ。 なんていったって、本物の死地をくぐり抜けてきた奴らだもの。 いわば戦のエキスパート。 だけれど、彼らに勝利してこそ意味がある。 辛く苦しい戦いになるでしょう。あたし達の中の何人かは肥やし玉に当たる可能性が高いわ。 けれどね。 その恐怖は皆おなじなの。 どんなに汚れても諦めてはいけない。 戦場において、仲間がどうなろうとも、それは貴い犠牲だと理解しなければならないわ。 犠牲に報いるのは、唯一の勝利! お高く止まった奴らに目にもの見せてやれってね! あたし達についてきなさい! そして最高の勝利を目指すのよ!」 非情な火麗の演説に……おっさん達は感動で涙を流した。 「戦の女神だ!」 「我らには開拓者さまがいてくださる!」 「お導きを!」 「我らに勝利を!」 囃し立ててくれるのは嬉しいが、半ば宗教じみている。 「あ、崇められている……」 大衆と共に聞いていた皇 りょう(ia1673)は死んだ魚のような眼差しで熱狂する人々を見ていた。 『なんというべきか。志体を持たずとも、危機感を持って日々を暮らす……そんな殊勝な方々かと期待していたのだが、どうも勘違いだったようだな』 買いかぶりすぎていた。 今更その結論に達しても遅い。 「結局は戦わねばならないようですね」 戦う。 と言うことは、つまり肥やし玉を握りしめ、或いは纏って挑むことを示す。 なんという悪臭の戦いだろう。 いっそのことマジモンの下級アヤカシの群を相手した方が気が楽だったかもしれない。 遠くから聞こえてくる雄々しい咆吼。 アヤカシ役の連中はやる気十分だ。 どこにその情熱があるのかわからないが、やる気というより殺る気に等しいだろう。 鈴梅雛(ia0116)は空を見上げる。 「やっぱり、アヤカシ役の方が良かったかもしれません」 余り勝てる気がしない。 「だが」 隣の皇は挫けなかった。 「どのような形であろうと、戦に負ける事は皇家の名に泥を塗るという事!」 こやしにまみれる恐怖よりも、戦に負ける恐怖に打ち勝つことが優先らしい。 「死力を尽くして勝つぞ。必ず!」 「おおおお! 戦女神が二人に!」 「弓をもて、武装を固めるのだ!」 「おおおお! 勝機は我にあり!」 おっさんたちが勇ましく準備にとりかかる。 鈴梅が「勝つ、ですか……何があなたを駆り立てるのですか」と問いかけると、皇はぼそりと一言。 「肥やしまみれには絶対になりたくないし」 「……そうですか。そうですね」 肥やしにまみれない為には、おっさんという肉の壁と勝利しかない。 「きゃー! そんなもの近づけないで!」 後方で悲鳴が聞こえる。 白雪だ。 「しかし白猫の姫さま! 身につけるのがルールです故! 武具を!」 「武具って、それ全部肥やし玉……にゃあああああ!」 逃げ回っていた白雪の色々な糸が切れた。 緊張の糸であったり、理性の糸であったり、兎も角ブッツリと何か一線をひきちぎった。 「沙羅姐さんはもう怒ったのにゃー! 向かい来る奴全員皆殺しにゃー!」 ちぇすとおおお! とばかりに肥やし玉をぶんなげる。 おっさんが軽やかに身を捻り、肥やし玉は地面に衝突した。 びちょびちょと言葉にしがたい物体が炸裂し、味方陣営が鼻と口を押さえる。 「ひろへほのひへ、はいへはひはいはふ!」 翻訳すると『白猫の姫、相手が違います』と抗議している。 だが。 もはやおっさんの発言など、どうでもよかった。 「うるさいにゃー! 逆らう者は味方であろうと容赦しないにゃー! これは戦にゃあああ! 教えが欲しいなら正座するにゃあああ!」 白雪の全身の毛が逆立つ。 有無を言わせぬ仁王立ち。 獣人の少女の前で正座するハゲ頭の群はとてもシュールだ。 「諸君。勝負はこの肥やし玉で決まるにゃ。要は当たらなければ負けないのにゃ! 死ぬ気で避けるにゃ! 怪我したら治癒符で治療するから心配しないでいいにゃ!」 怪我を恐れず特攻しろ、と遠回しに命じている気がする。 むごい。 溜息を零した鈴梅はおっさんの所へ歩いていった。 「被害を減らすように頑張りましょう、皆さん。弓をもってくださいね」 「はい」 戦場における唯一の良心にして慈悲の乙女は、よっこらせと開会の狼煙を打ち上げた。 早くも身に纏う着物に……肥やし臭がしみついてきている。 もはや風呂だけでは足りない。 洗濯をしなければ清い姿に戻れない。 『家畜の匂いはひっつくものですけど……この発酵堆肥はひどいです。うう』 長年農家で過ごしている鈴梅もげんなり気味の代物である。 とっとと終わらせてお風呂に入りたい。 ぱーん、と上空で音がした。 仁義なきこやし玉合戦が始まった。 遠くから敵陣の吠える声が聞こえる。 アヤカシ役達は正面を突っ切ってくる気のようだ。 「では作戦通りに」 開拓者陣営には4人の開拓者と彼らが指揮する12名の幹部らしきおっさんがいる。更に後方に続く24人の若手達。彼らは徒弟制度を設けていると言うが、果たして徒弟を設けるほど重要な研究会なのかと考えてはいけない。 まず。 鈴梅と三人のおっさんと6人の兵士役は中央を勇み足で進んでいく。 廃墟を壁にしながら、こやし玉攻撃を退ける作戦だ。 「少しずつ前進しますが、決して身を乗り出さないで。隠れながら平野にでてきた敵を弓で攻撃して下さい」 「はい!」 火麗と白雪、6人のおっさんと12人の兵士役も中央を進んでいるが、全く隠れる風情がない。むしろ的として狙ってくれと言わんばかりだが、秘策がないわけでもない。 「こ、このまま進むのですか」 「すすむにゃー! 皇さんと鈴梅さんの班がやってくれるはずにゃ!」 「し、しかし、このまま前方へ進むと隠れる場所もなくなります」 「それは対策済みにゃ。ここは……向かって来る肥やし玉は結界呪符を盾にして避けるのにゃ。地上の奴らの攻撃はあたらないはずにゃ! いざとなったら呪符で囲んで袋の鼠にしてやるのにゃ……決して逃げられないにゃ……ふ、ふふ」 「些か姑息なのでは」 「うるさいにゃー! 手段を選んでられないのにゃー!」 共に前進する火麗は「悪くはないわねぇ」と唸る。 「沙羅がひたすら壁を立てて相手妨害してくれるなら、あたしはそれに乗じて咆哮を使い相手さん達の攻撃を誘導していくかね」 咆吼が通じるような相手かというと話は別である。 「いいかい。連中はあたし達を狙ってくるはずさ。そこでひたすら目標定めて攻撃一辺倒が勝利のカギ! 手数で勝負をかけていくのよ!」 あとは堂々と『待つ』だけ。 一方、皇班は北の沼地へ移動する。 まずは泥で自然迷彩を身に纏うと、廃屋に身を隠した。 『肥やしよりは泥の方が幾分かはマシ、なはず』 先に泥でコーティングしてしまえば洗濯の心労も軽い。 「姫、北からの迂回で敵の本陣を強襲、ですよね」 「そうです。よいですか。同行の諸兄は身を守る事を最優先に、狼煙銃を見つけたら私の合図で一目散に駆けて下さい。お遊び気分で腑抜けた戦をしようものなら……分かっていますね?」 「おお!」 「やかましい。静かになさい」 知恵を働かせて奇襲と防衛戦だ。 待ち構えているとアヤカシ陣営が姿を現す。 森を突っ切り、廃墟になった住宅地の狭間の平野が戦場となった。 「皆様、塵芥共が参りましたわ〜」 「封印されし我が肉体、返してもらおうか!」 「ほーほっほっほっほ、我が美貌に酔いしれるがよかろうなのです!」 「ふっふっふ、鹿のフン。待っててねん、おねーさーん! ちちしりふとももー!」 火麗は激しい悪寒を覚えた。 「な、なんかあの髪の毛が爆発してる男にじろじろ見られている気がするんだけど」 「……気のせいじゃないと思うにゃー」 白雪も白無垢を引きずる少女に狙いを定められている。 微妙に顔が見えない。 「さぁ、覚悟なさい……大参事にしてあげます!」 奴らは肥やし玉を割る気満々であった。そこに一匹の小鳥が近づいてくる。 敵陣の陰陽師が放った言魂だ。 『……どうしたのです? こないのですか?』 火麗は鼻で笑った。 「そんな手にのるもんか!」 「いかないならこちらから……」 べしゃ! 火麗たちのすぐ前で、肥やし玉が割れた。 思わず火麗も白雪も体の肥やし玉を確認するがなんともない。 べしゃ、べしゃ、べしゃべしゃべしゃ! 遙か上空から声が聞こえた。 「脆弱なりし者どもよ! 私の芳しきう◎こをお食らいなさい!」 「ぎゃー! は、反撃ー!」 弓や空気砲を使ってみた。 届かなかった。これはずるい。いや、反撃できない。 「ぜ、全員退避ー! お、おっさん早くしな! って言ってる端からやられるんじゃないよ!」 罵声を浴びせながらも、強力で担いでいく火麗の優しさ。 上空から降り注ぐ肥やし玉を退けるためには屋根がある廃墟まで後退しなければならない。 「にゃああああああ! 沙羅姐さんはもう怒ったのにゃー!」 白雪が吠えた。 本日二回目である。 何を思ったのか、次々と無差別に漆黒の壁を作り出しながら逃げていく。すばらしい身のこなしで落下する肥やし玉から逃げぬいたがが、あまり長くはもつまい。 「沙、沙羅……無駄打ちは」 「そんなわけないにゃ!」 節分豆をボリボリかじりながら来るべき時に備える。 上空の肥やし玉が尽きたのだろう。 爆撃がやんだ。 「く、くさいにゃあああ!」 「これは鼻がいかれるねぇ」 肥やし玉の雨がやんだ途端、敵が攻めてきた。 「ひめ! やつらがきます!」 「報告は良いから壁の隙間から玉投げるにゃ! 壁が尽きたら即死にゃ!」 「は、鳥が来ます! ひめぇええ!」 「にゃー!?」 まず迅鷹のくちばしを結界呪符で防いだ。結界呪符に衝突した迅鷹が落ちた。 「あ、あぶなかったにゃ!」 すると二名が走り出してきた。術を使う気だろう。 敵の彼らを横から狙うのは鈴梅だ。 「させません! ひきつけて……発射!」 建物内から様子をうかがう鈴梅が、おっさんたちに合図を出す。 的確な指示は、肥やし玉を命中させ、さらに空気砲が肥やし玉を割った。 「ぐッ……この匂いは……」 「この時をまっていたんですか!?」 敵はひるんでいる。 「ひとり逃がしましたね。ですが一点集中のこの物量作戦からは……」 鈴梅がおっさんたちに攻撃準備させていると、なんと敵の一人が無差別で攻撃を始めた。 「ふぁいやー! 動く奴は敵だ! 動かない奴は訓練された敵だー!」 べしゃああああ! 「く、くさああああ!」」 敵味方関係なく狙っているようだ。何か勘違いしているのかもしれない。 だがすかさず呪縛符で動きを止められた火麗と白雪も逃げ切ることは難しい。 窓の中にも肥やし玉が撃ち込まれる。 「こ、こっちこないでください」 「ひいなさま! ご指示を!」 「ふ、二人を援護で。あのからくりを狙い撃……」 べしゃああああ! よそ見をした鈴梅は餌食になった。 「ひいなさまああああ!」 時は少しまき戻り。 平野に肥やし玉の爆撃発生とともに皇は動き出していた。 「皆さん、走りますよ! 我等に武神の加護やあらん!」 「おお!」 敵の爆撃は、敵の仲間も巻き込んで騒ぎになっていた。気づかれる節はない。さらに白雪が気を聞かせて平野に壁を作ってくれている。視界が遮らせた地上のアヤカシ役達は気づいていないし、上空は肥やし玉を撒くのに忙しい。 しかし。 順調とは言い難い。 「戦女神!」 「その呼び方は……ああもう、なんです!?」 「誰かきます!」 それは恐るべき物量の肥やし玉を纏った一人の若者であった。 あれだけの肥やし玉を身にまといながら、体重を感じさせない走りをしている。 「こんにゃろぉおおおおお! まてぇえぇえええええ!」 「くっ、天妖付きか。というかなんだあの速さは!? 噂の奥義を使ったのか……この距離。私が全力でいけばギリギリ平行線……だが、皆の足では追い付かれる。なにより背後を攻撃されれば」 万事休すか!? 「そんなことはさせません!」 皇を守るおっさんたちは凛々しかった。 「全力おゆきください」 「だが」 「我らの戦女神! あなたは勝利をもたらす切り札です!」 「しかし」 「この命、とっくの昔にあなたに託しました」 禿げたおっさんたちは輝く笑顔で拳を握り、隊列を組んで肩を寄せ合う。 「なあに、勝つためなら喜んで犠牲になります」 「わしらはあの足に勝てません」 「どうせ足手まといになるなら……あなたの盾になります」 凛々しい表情で何重もの防壁を築く。 「みんな。く、……分かった! だが忘れてはいないか。他のものはともかく、諸兄ら3人に攻撃が命中した場合、背負っていかなければならない。私たちは一心同体だという事を!」 一般人のおっさんたちが、奥義持ちのスペシャリストにかなうはずもない。 このままでは追い付かれてジ・エンドだ。 そこで皇とおっさんは策を編み出した。 背負う義務のない男たちに肉の壁を築かせ、その隙に3人のおっさんが散開して森に隠れ、時間を稼ぐのだ。 ちなみ敵の索敵能力が優れていた場合は、おっさんがやられて間違いなく負ける。 これは賭け。 「一足先に遙かな丘から見守っております!」 「さあみんな、戦女神をお守りせよ!」 「必ずや、狼煙銃のところまでお送りするのだ!」 「空気砲用意!」 後方にいる追手が迫る。 「すまない。私が……勝つ!」 凄腕開拓者と凄腕開拓者による、本気の鬼ごっこが始まった。 相手に肥やし玉という負荷がなければ、或いは人妖全員を同じ速度で引き連れていたなら、皇は即負けていたに違いない。 だが。 「私は、皇家の、名の、もと、絶対、に、勝つ!」 ぱー……ん! その音は、青い空によく響いた。 おっさんたちを倒した追跡者は、すんでのところで届かなかった。 肉体に壮絶な負荷を課した彼は、よろよろと歩いて近づき、地面に膝を折る。 「ま、け、た」 ばしゃああああ。 転がった瞬間に、うっかり体重で肥やし玉が割れた。 天妖や人妖たちが遅れてやってきたがもはや動く気のない追っ手は「逃げていいぞ」とだけ声を投げて、肥やし玉を外し始めた。 立ち尽くす皇は狼煙銃を高々とかざす。 「私たちの勝利だ!」 開拓者役陣営は、勝ったのだ。 かくして勝敗は決する。 授与式の後、皇達は大方の掃除をして水をかぶり、近くの集落で銭湯に入った。 肥やし攻撃を浴びた鈴梅は「うぅ、酷いです」と敵陣営のからくりを恨みがましく見つめ、ひっしに体をこすっていた。囮のごとく前線に立った火麗と白雪も肥やしまみれで必死に体を洗う。 「やー、大変だったねぇ」 「にゃー……」 「沙羅、勝ったんだからしっかりしなよ」 「でも、でも、この匂いが取れなかったら……あの子に『お姉ちゃん、くさい』って言われるのはいやにゃああああ!」 何か大騒ぎしている。 きっと寝るまでに三度か四度は風呂に入る気だろう。 そして肥やしにまみれず泥にまみれただけですんだ皇は、湯上りに勝利の牛乳を煽った。 「はー、……勝ってよかった」 肥やしにまみれずに済んでよかったと心底思う。 かくして本気の肥やし玉合戦は終わりを告げた。 |