|
■オープニング本文 【こちらはアヤカシ役の陣営です。アヤカシになりきったつもりで情け無用の戦いを挑みましょう。】 世界各国の仕事を請け負い、最近では天儀落下を阻止する為に走り回り。 割と…… いや、かなり…… どちらかといえば相当に…… お疲れ気味の開拓者達が、本日も依頼先や雲の下から開拓者ギルドへ帰還した。瘴気の浄化であるとか、依頼料の受け取りだとか、報告書の作成義務が無ければ直接自宅へ帰りたいと思う者達は相当数にのぼる。疲れた体を引きずってギルドの正門を通ったあたりで、見知らぬ人々に取り囲まれた。 「あなたが※※さんですね!」 「あなたのような方を待っておりました!」 「是非に! 是非に!」 …………あ? とりあえず邪魔だどけ、と言いたい所をグッと堪えて一行を観察する。 開拓者の装備に近いモノを着ているが、よくみると偽物だ。宝珠に見えるものは磨いた石や硝子玉である。あれか、これは今流行りの開拓者の格好を真似るという奇特な方々だろうか。 死んだ魚のような眼差しで立っていた所へ、ギルドの受付が走ってきた。 「もう! 皆様おやめください!」 「でもマジモンが目の前に」 「いいですから! 彼らは仕事帰りなんです! 休ませてあげてください! 協力してくださる開拓者は手配しておきますから! いいですね!」 まるで餌に群がる野良猫のような一般人を追い払い、ギルドの受付は休憩室へと誘導してくれた。大変ありがたいが、さっきの連中はまるで帰る素振りをみせない。むしろ正面玄関の死角に身を顰め、新たな開拓者を待ちかまえている。 「申し訳ないです、本当に」 受付は代わりに謝ってくれた。 「いえ、別にかまいませんが……彼らは?」 「なんといいますか。自称『恐るべきアヤカシと偉大な開拓者の戦いを見守り後世の為に研究し解明する会』の皆さんです」 我々は保護動物か何かか。 「長いので簡単に『戦研究会』と呼ばれています。趣味の集いですね」 「会名から察するに報告書見に来た、とかですか」 「いつもはそうなんですけど今回は依頼に来られまして」 なんだろう。 延々と取材させてくれ、とか暑苦しい依頼だったら一秒でお断り申し上げたい。 受付は持っていた書類を見せた。 そこには『アヤカシ役やアドバイザーとして戦ってくれる開拓者を募集する』とあった。 アヤカシ役? 「この戦研究会の皆さんは、定期的に平野や山岳部で戦術研究をしているそうなんです。絵の具玉や水鉄砲、竹刀などを実弾や武器に見立て、大勢の会員と戦を再現する……いわゆる『戦ごっこ』ですね」 「へぇ」 「ところが最近マンネリ化しているそうで、アヤカシの習性をよく知る開拓者に敵役を頼むことになったんだそうです」 「へぇ…… ……て、いやいやいや! 待って下さいよ! 開拓者と戦いたい? 開拓者の中には、素手で一般人を殺せる人間だっているんですよ!? 竹刀なんか殺人武器ですよ。正気ですか!?」 「その辺は考えるそうです。 いまどき力加減が分からない方もいないでしょう。 安全に戦ごっこを楽しむのに付き合う分には、いい息抜きなんじゃないですか?」 楽観的な受付により依頼書が通ってしまった。 そして。 仁義無き恐るべき悪臭の戦いが幕を上げる。 +++ 「皆さん、よくいらっしゃいました!」 自称『恐るべきアヤカシと偉大な開拓者の戦いを見守り後世の為に研究し解明する会』の会長が、協力してくれた開拓者達に挨拶を行う。 「まず開拓者の皆さんに御願いしておきたい事がございます」 ひとつ。 術者以外の開拓者は全武装を解除しておくこと。 術者は最低の装備にすること。 ふたつ。 巫女や魔術師は、緊急治療に備えて精霊武器を保有しておくこと。 決してそれらで怪我を負わせないこと。 みっつ。 死傷者がでないよう、殺傷系の技術や術を駆使しないこと。 ただし幻覚作用や撹乱系の術の仕様は可能とする。 「軽傷を負う可能性については、民間会員の皆さんが同意書を書いてくださっていますが万が一という事もありますので。尚、竹刀は勿論、石の仕様は厳禁です」 そこまで聞いて誰もが思った。 一体、どうやって戦うのだろう? 勝敗の決め方は? 「戦う方法は素手ですか?」 会長は不気味に笑い出した。 垂れ幕のかけられた謎の荷台へ歩いていく。 「今日の為に、夏場からせっせと溜めていたモノをお披露目する時が来たようですな。 ごらんあれ!」 バサァアァァァ! と覆いが取り払われた。 なにやら白くて丸いものが山のように積まれている。 「白いパン? 手鞠? いえ、なにか」 「あれは豚や猪といった家畜の胃袋です。廃棄されるものを洗って乾燥させて縫うと袋に成るのです。古くは遊牧民が水筒として活用していました」 「絵の具の水袋でも投げ合うんですか?」 「中身はこやしです」 人々の思考が停止した。 こ、や、し? 「家畜の排泄物や日々の生ゴミ、臓物などを超発酵させてドロドロに仕上げた『発酵堆肥』です。発酵に伴う悪臭の気体で、胃袋が手鞠のように膨脹しているので、今は匂いが微かですが……破裂すると呼吸もできない臭気を放ちます。なんでしたら一つ割ってお試しになりますか?」 ひとつ手にとってナイフを翳す会長。 やめてェ! と全員が声なき叫び声をあげた。 「け、けけけ結構です!」 「さようですか。 今から『こやし玉』を皆さんに一つずつ配ります。 手拭いで包んで頭の上にでも縛り付けてください。所持者の『こやし玉』割った時点で持ち主は『死亡』という扱いになります。速やかに実況の天幕へ戻ってください」 「なんで絵の具じゃないんですか」 「自然環境に悪いと怒られまして……今回は森が戦場で水源も離れていますので、自然素材の肥やし玉に。 尚、攻撃用の肥やし玉は赤子の拳ほどですので、投げたり空気砲に仕込むと宜しいですよ。 弓を使う方向けに、肥やし玉の矢も用意しました。 吸盤の先に取り付けていますので、普通に弓を放った程度では怪我をしません。 刀や短刀、クナイは米菓子や飴菓子でできていますので壊れても蟻が処理してくれます」 恐るべき武器に一同絶句。 「……勝利条件は?」 「敵陣営を全滅させること。もしくは……各陣地に狼煙銃をひとつ置いてあります。先に敵陣の狼煙銃を打ち上げた方が勝ちです。ちなみに『誰かが勝ってゲームを終わらせないと糞尿まみれの体を洗えない』と言う究極の条件が付いていますので、割と皆さん必死になります」 むごいいいいい! 「それではルールと班割りを配ります」 一時間後、恐るべきアヤカシごっこは始まった。 肥やし玉を道連れに。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 酒々井 統真(ia0893) / 御樹青嵐(ia1669) / 喪越(ia1670) / 珠々(ia5322) / 无(ib1198) / リィムナ・ピサレット(ib5201) |
■リプレイ本文 アヤカシ役を引き受けた開拓者達は、己の陣地である森の中に潜んでいた。 「いやはや。なんと申しますか」 華やかな着物に獣耳カチューシャを装着した御樹青嵐(ia1669)は開始の時を待っていた。 『……催しの方向性に呆れるやら何やらと言った感じですが、たまにはこういうのもいいでしょうか。折角ですので派手に参りましょう』 「悪役気分で跪かせるのも一興です。ふふふ」 ふっふっふ、と。 不気味な笑みを浮かべている者は他にもいる。 「アヤカシになりきって攻めろという事は……美女を捕らえたら、あ〜んな事やそ〜んな事で愉しんでもいいわけですね。有難う御座います!」 世界に感謝する勢いで燃えている男、喪越(ia1670)はご褒美に目がいくあまり、己が堆肥まみれになる未来について余り考えていない。 「自然にやさしい模擬合戦ばんざーい!」 「う◎こー!」 共に汚物を叫ぶリィムナ・ピサレット(ib5201)が拳を振り上げる。 恥も恥じらいもあったもんではない。 現時点でわかる事はといえば……この報告書が伏せ字だらけになり、近年稀にみる『う◎こ』『肥やし』『堆肥』の単語が飛び交い、読んだ端から匂う気がする報告書になることと、自分たちが肥やしまみれになる未来である。 厠の床に正座する方がマシだ! と思う日が来る事を誰が予測できただろう? 否、誰もいない。 「みんなー? う◎こ持ったー? 足んないのは運んでくるよ! 悪臭なんて気にしてたら勝てないから! う◎こは破裂しそうだから、う◎この扱いには気をつけて!」 う◎こを連発するピサレットは子供故の無邪気さを振りまいていた。 御願いだから。 晴れやかな笑顔で肥やし玉をニギニギしないで頂きたい。 「まあ、連中の心がける自然環境云々は分かった」 酒々井 統真(ia0893)決意に満ちた声で様子を眺めつつ…… 「が、ただの泥とかじゃ駄目だったのか……?」 と青い空に向かって一人ぼやく。 はしゃぐ喪越の後方で、空気砲の手入れをかねてしゃこしゃこ磨いている上級からくりの綾音は、状況を冷静に分析する。 「いやはや。肥料を撒き、五穀豊穣を祈りながら、大地に代わって自らの身に穢れをまとう、献身性に満ちた豊年祭……実に興味深いですね」 「そんな大層なもんじゃねーぞ、多分。なあ」 と酒々井が振り向いた先では。 「こ、こないでー!」 騒ぐ人妖たち。 「おまえら」 折角の模擬戦ならば、と張り切って家で退屈そうに腐っていた天妖2体に人妖3体を連れてきた。しかし状況を悟ると、彼らは非常に遠巻きで酒々井を見ていた。会長から説明を受けた後から時々ぶーぶー文句を言っているが、悪臭を一呼吸でも吸うまい! として鼻と口を押さえている。 無駄な努力だが……気持ちはわからんでもない。 何故ならば、今の酒々井は五キロ半の肥やし玉を背負っていた。 おかげで殆ど動けない。 下手に力を込めると割れるかもしれないからだ。重量的には毎週食べている米俵である。 唯一、天妖の雪白に限って言えば「まぁ農家の香水だよ」と割合平然としていた。毎年肥やしの切り返しを見ているからだろう。堆肥の袋詰めだってなんのその。しかし完成済みの堆肥は殆ど匂いがしないものだが、発酵途中のドロドロ堆肥の破壊力は凄まじいものがある。 天妖の雪白が、豚の胃袋な肥やし玉で全身を臭気武装した酒々井に一言感想を投げた。 「それにしても……すごく滑稽だね?」 「おまえらの芸術作品だ。あっちこっち結びつけやがって」 「いやだ、っていうのに巻き込むからさ。せめて頭から発酵堆肥あびて詫びてよ」 「そうか、よく分かった。ここまで来て嫌だ帰るってのも情けねぇ、あの研究なんとか会に付き合ったろーじゃねぇか! よっておまえらは奴らを殲滅しろよ。細かい指示は現地で出す! まずは割り当てだ! 雪白は酔八仙拳で前衛囮!」 「ボクを矢面に立たす気だね?」 「ルイは人魂で攪乱!」 「こ、肥やし玉あびちゃうじゃない!」 「そういう戦いだ。火々璃は肥やし玉には肥やし玉で応戦しろ!」 「目には目を……って、玉があたる役だよね」 「神鳴は全方向の見張り。氷桜は……いねえ!?」 「ちょ、巻き込まないでください!」 非難の大合唱は右耳から左耳へ抜けていく。 『聞こえねぇ、そう、何もきこえねぇ、仏の心は今だけ捨てなきゃなんねぇ』 人間とは心頭滅却すれば外界の騒音なんぞ完全に消し去れるのだから不思議なものだ。 「そうだとも。俺達は全力を尽くす」 完全に武装を解いた羅喉丸(ia0347)は一キロ半の肥やし玉を背負いながらも己の肉体美を確認していた。肥やし玉合戦の相棒に選んだのは、長き時を共に戦ってきた皇龍の頑鉄だ。幾多の戦場を戦った魂の友は、悪臭飛び交う地獄の戦場であろうと一緒らしい。 麗しい相棒の絆なのか、旅は道連れなのか。 微妙に意見が分かれるところである。 黙々と支度をしていた珠々(ia5322)が「おや」と首を傾げた。 「羅喉丸さん、武具を外しおえていませんよ」 「む? 終わったが」 「いえ、皇龍の」 珠々の指が示すとおり、皇龍の頑鉄は蹄鉄アルスヴィズ、宝珠デイジーアイ、アダマントプレート、ブラッケン・ザイルを全て装着したままだ。 「いいや。終わっている。思い出してほしい。解説の言葉を。俺達は……相棒の装備まで外せときいてない。つまり頑鉄に騎乗すれば、相棒の能力で遙かに優位に立て、圧倒的な技量差を生み出す!」 羅喉丸はルールを斜めに捉えていた。 「いえ、まあ、言われてはいませんけれども」 珠々もそうだが羅喉丸も指折りの開拓者であり、進化した皇龍なぞ普通は珍獣並の生き物であるからして…… 「そのままでは手加減にならないのでは?」 「いいや。俺は考えた」 突然、羅喉丸の語りが入った。 語りながらも糞尿の詰まったプルプルの肥やし玉を次々つみこんでいく。 皇龍の頑鉄は紅葉で飾り立てられており、装着させた籠もあまり見えない。これで鞍に羅喉丸がのぼれば龍から人の上半身が生えているように見える。 羅喉丸は敵役を引き受けた時から細部の演出を気にかけていた。 全ては臨場感を出すために! 「彼らが楽しめるように手を緩めて愉快犯をすべきか? 否! 断じて否! 遊びだから手を抜くような失礼な事はしない、という結論に達した! 大アヤカシ役ということは…………絶大的な力の演出が、必要不可欠!」 皇龍の頑鉄がけたたましく鳴く。 若干、性格が変わっているように見えるのは、きっと彼が『はっちゃける』という決意をすっかり固めてしまったからに違いない。 決意と勇気は人を変える。 戦場がこんな状況でなければ麗しい奇跡だ。 微妙な趣味に目覚めたのかどうかまでは分からない。 「よって俺は、全力で奴らを倒す!」 ぐしゃあああ! 羅喉丸はうっかり投げる用の肥やし玉を握りつぶしてしまった。 ぷぅ〜ん、と香る猛烈な刺激臭。 天妖雪白いわく『農家の香水』は早くも強烈な存在感をアヤカシ役の陣営に知らしめた。 羽妖精キフィは「くさいですぅうぅ!」と叫び、無表情の珠々は「……うっ!」と言ったきり桶に顔を突っ込んでいる。きっとお弁当で食べた贅沢メニューは、大地への肥料に変わるに違いない。なんてもったいない。 しかぁし! 肥やし玉を握りつぶした羅喉丸はひと味違った。 彼はうっかり割ってしまった掌の発酵堆肥で、鍛え抜かれた己の体に文様を描き始めた。 「心頭滅却すれば火もまた涼し……すなわち! 真っ先に鼻がイカれれば堆肥も無臭! 俺は今、万民が見上げ怯える大アヤカシだ! 肥やしの臭気で怯むなど笑止!」 「す、すげぇ」 喪越は純粋に賞賛の眼差しを送った。 開戦前から肥やしまみれなのに、堂々としすぎて格好いい。 だが、戦場ではこうはいかない。 全てのカッコイイを打ち砕くために。 決意を新たにしている喪越の所へ、気の利いた冥土改め上級からくり綾音さまが肥やし玉と木の枝を持ってきて……無表情のまま声音だけで微笑みかける。 「ひっ! なんだか嫌な予感!」 「アレがお望みでしたら今すぐ実行致しますよ? ぷすっと」 「綾音サン、やめてあげて。敵はむこう!」 敵はおっさん陣営だけではない気がするのは気のせいか。 袖で口元をおさえた御樹は「こ、この肥やしはできる限りかぶりたくないですね」と呟いて風下に立たないように移動を開始する。 「本当にやる、のか」 少年アルドは傍らの大人……无(ib1198)を見上げた。 「糞尿を豚の胃袋に詰めて投げて遊ぶことに一体なんの利益があるんだろう」 子供は意外と辛辣な分析を投げかけてくる。 思わず我に返りかける者達は、鋼の理性で己を奮い立たせた。 気にしたら負けなのだ。 自分たちが発酵糞尿の詰まった肥やし玉をアクセサリーの如く飾っていることなど思い出してはいけない。 无は晴れやかな微笑みを向けた。 「さて、今回は課題を出すよ。バカになってごらん」 「ば、か?」 「そう、バカ。今の状態を表すにはその言葉が適しているね。時には意味を考えず、何かに没頭し、鬱々とした日々の苦労を忘れ去って、目一杯バカなことをしてみると心が爽快になったりするかもしれない」 不確定要素の高い説明である。 「というのは話半分だが」 「話半分だったのか!?」 「これは一種の兵法でもあるといえるよ、アルド」 「兵法?」 「人間はアヤカシと敵対し、争うことが多い。かといって人間同士が争わない訳ではないんだ。常に内乱の多い陰殻国のような環境は特殊だが、国家間で戦争が起こることもないとはいえない。そう言う時に必要となるのが、武器無しでもどう戦うか。という事だ。食べ物の管理は勿論、煮えたぎった油を城壁から敵にあびせたり、糞尿で火矢を作ったりと工夫を強いられる。今回は怪我を負わせるのは厳禁だが、こういった肥やし玉が人の心理にどう作用するのか学んで置いても良いと思う」 なんだか……もっともらしく聞こえてきた。 「わ、分かった」 无は子供の追求をかわしきった! 「じゃあ何ができるか考えてみようか。まずは自分の肥やし玉を最優先でまもること。次に体術から……」 パーン、と音が響く。 「おや」 開始合図の狼煙を確認して、珠々達も狼煙を上げた。開戦だ。 「さぁ地獄をつくりましょうか」 「おお!」 「う◎こー!」 まるで号令のように叫んだピサレットは、術で己の姿を滅びた上級アヤカシ禍輪公主の姿に似せた。頭上にくくりつけた肥やし玉が、大輪の花で隠れている。これは酷い。 「我がう◎こで一撃なのですわ!」 更に輝鷹サジタリオと同化する。 しどい。 恐怖の魔物が今、解き放たれた! 「我が名は羅喉、滅びをもたらす者なりー!」 羅喉丸は皇龍頑鉄でばっさばっさと空に舞い上がった。 敵陣の狼煙銃をめざし、何も考えず一直線に突撃するつもりなのだろう。 早くも前戦に出る、肥やしの大アヤカシ羅喉丸と上級アヤカシな公主役ピサレット。 独り言をぶつぶつと呟きながら、敵陣と遭遇した時にどんな色っぽい発言と姿勢をすべきか悩み続ける御樹青嵐。 まだ見ぬ美女をどうするか悩む喪越は、からくりに白い目で見られており、ずるずる引きずる白無垢姿の百響な珠々は裾を引きずりすぎて泥にまみれている。 だれもかれもが知らぬ者がいない程の高位開拓者であることを忘れさせてくれる状況である。 しいていうなら。 開拓者を愛でる某集いに来るような人々が見たら泣くな、と酒々井は想像を巡らせた。 「おー、みんながんばれよー」 酒々井は間延びした声を投げてのんびりと歩き出す。肥やし玉が多すぎて走ったら割れそうだ。天妖と人妖たちはその周囲を遠巻きに浮遊している。 「重いしくせーし格闘の技も使えねぇ……と思ってたんだが、周りの連中が片を付けてくれるなら被害にあわないかもしれねぇな」 びくびくしている人妖氷桜は「どうせなら割れないで終わりたいですの」とまだ見ぬ恐怖に震える。 徒歩で移動する无とアルドは配布された地理図を覗き込んでいく。 「このまま正面突進でしょうか」 「どう動くかなんて話し合ってなかったよな」 「そうですねぇ」 ヤケになった皆さんは、やる気と勢いと衝動で動いている。 「この際、同士討ちでも狙いましょうかね」 无はくい、と眼鏡をあげた。 上空から前進を続けるピサレットと羅喉丸は開拓者たちの姿を目撃した。 どうやら戦場は森を突っ切り、廃墟になった住宅地の狭間の平野らしい。 ひとまずはアヤカシ陣営の優勢だろうか。 「皆様、塵芥共が参りましたわ〜」 「封印されし我が肉体、返してもらおうか!」 「ほーほっほっほっほ、我が美貌に酔いしれるがよかろうなのです!」 地上から前進する御樹は高笑いをあげている。 一応女装なので口調も仕草もなよなよさせているようだ。 「ふっふっふ、鹿のフン」 喪越は前進する部隊の乙女二人に目を付けた。 一人は華奢な獣人の少女で、もう一人はむっちりボディの蠱惑的な姉御。 「待っててねん、おねーさーん! ちちしりふとももー!」 完全に目的がすり替わっている。 そして珠々は白猫の獣人少女を発見するやいなや、狙いを彼女だけに定めた。 「さぁ、覚悟なさい……大参事にしてあげます!」 なにか個人的に恨みでもあるのだろうか。 アルドと无は後方で様子をうかがっているものの、言魂で40メートル先の敵を挑発する。 「……どうしたのです? こないのですか?」 ちなみに酒々井は肥やしの重量に苦しめられている為、後方から一歩遅れて歩いていた。 「そんな手にのるもんか!」 「いかないならこちらから……」 と一歩踏み出した刹那、遙か上空から声が聞こえた。 「脆弱なりし者どもよ! 私の芳しきう◎こをお食らいなさい!」 公主姿のピサレットが、なんと肥やし玉をばらまき始めた。 敵も味方も無差別である。 ピサレットは羅喉丸に「当たらなくても混乱しますし、ここからならやられませんわ」とウインクを飛ばす。 「ぎゃー!」 敵陣営は逃げ惑った。 正面からの攻撃は結界呪符で交わすつもりだったようだが、上空からの攻撃にはひとたまりもない。 しかも弓が届かない距離にピサレット達はいる。 むちゃくちゃに結界呪符を立てまくった後、敵陣営は廃墟に退避した。 少しでも屋根のあるところに逃げたようだ。 「そーれ、そーれ!」 山ほど肥やし玉を落とした後、戦場は悪臭に満ちていた。 北から吹く風も、南から吹く風も肥やし臭。 これはつらい。 集中力がそがれる中で、一旦退避していた仲間達も前進を開始する。 「ゆきなさい、嶺渡! 白い彼女を狙うんです!」 珠々が迅鷹を解き放つ。くちばしや爪で狙わせるのは、当然肥やし玉だ。 むごい。 だが、しかし。 急降下してきたところで結界呪符に阻まれる。 壁越しにボリボリ音がするのは豆だろうか。 「ならば!」 珠々と无が頷き、走り出した。 二対一の本体による戦いならば負けるはずがない。 珠々が到達すればすれ違いざまに攻撃、无が到達すれば鬼魅降伏を狙える。 その時。 ばしゃああああああ! 无の肥やし玉がはじけた。建物の陰から弓矢が飛んでくる。 「ぐッ……この匂いは……」 ぱたり。 男は臭気に燃え尽きた。 「この時をまっていたんですか!?」 珠々はシノビの技術を駆使して、素人の弓から逃げ惑う。 第三舞台の存在に気付いた喪越は、むちむちの美女を一時諦め、その脅威を取り払うことを決めた。 「守りを固めようがムダムダムダァッ! 我が『マヌケ時空』に引きずり込んでくれるわ! 綾音!」 ぱちん、と指を鳴らすと、後方から肥やしの詰まった空気砲を抱えた上級からくり綾音が走りこんでくる。 「お任せを。敵も味方も全て殲滅して御覧にいれます」 輝いていた喪越は己の耳を疑った。 「味方、も?」 「ふぁいやー! 動く奴は敵だ! 動かない奴は訓練された敵だー!」 からくりは喪越のみならず逃げていた珠々と弓兵のおっさんたちの方向に向かって砲撃を開始した。 「く、くさああああ!」 「いまこそ勝機!」 御樹が呪縛符で敵陣特攻部隊の足元の動きを止める。放つ寸前だったりすると手元も狂う。 当然、綾音の餌食になった。 家屋の中の弓兵だけがふんばっている。 そんな地獄絵図を上空から眺める、飛行組の羅喉丸とピサレット。 「愚かな……」 「力の加減は難しいですわぁ、さ、参りましょ」 観戦も済んだところで本陣を目指す。弓兵を引きとめている間に狼煙銃を打ち上げれば勝負はついたも同然だ。 「随分あっけない幕切れですわぁ」 ぱー……ん! その音は、青い空によく響いた。 信じられない顔でアヤカシ役陣営は後方を見る。そこには狼煙の煙があがっていた。 アヤカシ役陣営は、まけたのだ。 何が起きたのかというと。 開拓者役班はトップクラスの技量を持つ女性で別班を組んでいた。 彼女たちは北沼の方から忍び寄り、肥やしが降る大騒動のさなかに発生した結界呪符を陰にしながら森へ進んだ。 途中で酒々井が気づいた。 肥やしの大荷物を背負った酒々井は、緊急事態に空を駆ける程とうたわれる奥義を持ち出してまで疾走した。 『まけらんねぇ、この戦い!』 しかし彼は余りの速さで全力移動した為、天妖雪白以外を置き去りにしてしまった。 ちゃんとついてはきていたのだが人妖火々璃たちの目の前で、酒々井はおっさんたちという肉の壁に阻まれ……というより、速さの問題で大半の人妖おいてけぼりを起こしたことで手数を失い、首魁を取り逃がしてしまう。 逃げ切った彼女に……狼煙銃を奪われてしまった。 かくして勝敗は決する。 授与式の後、羅喉丸達は大方の掃除をして水をかぶり、近くの集落で銭湯に入った。 「大アヤカシは的確に動こうとせず、油断と慢心と驕りのせいで滅んでいった事を思い出すな」 「く、俺のちちしりふともも!」 喪越が悔し涙を流している。 御樹と无はアルドをはさんで体を洗いながら「匂いがとれませんねぇ」とぼやいていた。 「はい、石鹸。背中、やろうか」 「ありがとう、アルド。どうだった?」 「すごかった」 匂いが。 多分、暫く忘れられないという感想を聞いた无は「そうですか」と笑う。 「始まる前には色々こじつけましたが、バカになるっていうのは恐怖に対する一つの手段だよ。怖いと認め、いつも在るものと受け入れる、そうすると意外と楽になる」 「匂う恐怖は受け入れるの難しいかも」 そして全身の汚れから解放された酒々井が横を通り、湯船に浸った。 「つっかれたなぁ」 「本当に」 高い壁越しに女性陣が声を投げた。 珠々は「まっさらだった白無垢が……」と呟いているが、お風呂がてら盥で洗濯中のピサレットは少し残念そうだ。 「周りも警戒してたつもりだったけど、途中で集中力さがっちゃったもんね」 「それは暴走事件のせいでは」 「上からだとすごく楽しそうだったよ? もうちょっと騒ぎたかったな。アヤカシごっこも楽しいよね、『我が威光に打たれたか、塵芥!』とか『花妖たる私にとって肥やしは栄養!』とかいろんなセリフも考えてたのに。もっかいやる?」 「謹んでご辞退申し上げます」 かくして本気の肥やし玉合戦は終わりを告げた。 |