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■オープニング本文 星降る夜に空を見上げた。 肌寒い季節になった、とぼんやり思う。 毎年秋も深まる頃になると、開拓者ギルドに一枚の募集広告が張り出される。 神楽の都から、少々離れた山の麓。 そこの秘境温泉に現れるアヤカシ退治だ。 小さいとはいえ山、そして昨今のアヤカシ被害に伴い、定期的に泉が安全かどうかを、百戦錬磨の開拓者たちに丸一日かけて調べてもらう仕事である。 もしアヤカシがいれば根絶やしにすること。 あとは自由にしていい、という気前の良さで、温泉を楽しみに待つ開拓者はこの時期になると張り紙を待つ。 戦に身を置く事の多い開拓者にとって、骨休めといえば仕事ついでの観光だ。 ほっ、と肩の力を抜ける瞬間が待ち遠しい。 「今年も温泉が恋しくなってきましたね、受付さん」 「肌寒くなると温まりたくなりますからね」 そこは年中、天然の温泉が湧くとして名の知れた鉱泉の湖である。 益々寒くなると温泉の湖は白い湯気に包まれていく。別名を『霧の温泉』と言うのだが、夏から秋にかけて少し肌寒くなり温泉が恋しくなる秋の季節に噂の泉を尋ねると、湯気もさほどなく、水面に満天の星空がうつりこんで美しく輝くのだという。 星降る温泉、というわけだ。 湖の浅瀬に足をつけて足湯を楽しみ、奥へ進めば肩まですっぽり温まれる。 岸壁を辿れば短い洞窟があり、岩に腰掛けて湯気が充満した蒸し風呂も楽しめるという。 「最近世界情勢とかよくわからんし、ゆっくり休むか。じゃ、いってきます」 「いってらっしゃい」 ギルドの受付は微笑んだ。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 鳳・陽媛(ia0920) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 黎阿(ia5303) / 由他郎(ia5334) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / ニノン(ia9578) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / ヘスティア・V・D(ib0161) / ネネ(ib0892) / 无(ib1198) / 蒔司(ib3233) / 宮鷺 カヅキ(ib4230) / ウルシュテッド(ib5445) / 明星(ib5588) / ローゼリア(ib5674) / 宵星(ib6077) / ニッツァ(ib6625) / ルシフェル=アルトロ(ib6763) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / 刃兼(ib7876) / 朱宇子(ib9060) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / 紫ノ宮 蓮(ic0470) / 白雪 沙羅(ic0498) / 火麗(ic0614) / メイプル(ic0783) / 綺月 緋影(ic1073) / 不散紅葉(ic1215) |
■リプレイ本文 轟龍苑梨を温泉に入れ、布で体を拭う由他郎(ia5334)は何度も森に目を配った。 「アヤカシは……いそうにない、か」 発見次第討伐が仕事であるが、森は穏やかだ。他の開拓者も羽根をのばしており、警戒の必要性も殆ど感じない。これ幸いと思うべきなのだろう。そう結論したところで、由他郎は傷付いた轟龍の翼に目をやった。 『いつも無茶をさせているし、労ってやらないと』 その時。 「なかなか素敵な所ね。ねえ、ゆた。この格好はどう?」 華やかな声の主は妻の黎阿(ia5303)だった。薄手の浴衣を身に纏い、照れくさそうに微笑む。一方の由他郎は「似合う」とだけ言って妻に魅入られていた。ここへ来たのはある意味で埋め合わせかもしれない。いつも出かけたそうにしていた黎阿に対して、由他郎は大抵都合が悪くて出かけられなかった事を思い出す。 「……悪かった」 「え? なに、ゆた。今そっちへ行くわね」 由他郎の小声を拾えなかった黎阿が足湯を歩き出す。由他郎は「いい」と言って妻の元へ向かった。岩場に並んで腰掛け、足湯を楽しみながら、黎阿が由他郎の肩に頭を預けた。 『……今は湯気で見えないわよね』 『仕事で足を運んだとはいえ、結果的にこういう事になってよかった、のか』 言葉もなく、思いを重ねて、冷え切った手を握りあう。 由他郎が温泉の熱で温めていた酒瓶を出して、黎阿の酒杯に注いだ。 「……どうした?」 「ふふ。よく、イイ男にもたれて酒を呑むのが夢ー、なんて言ってたけれど、ほんとにそんな相手が現れるなんて実現するまで夢にも思わなかったわ」 数年前の自分を思い浮かべた黎阿は、夫の瞳を見据える。 「由他郎……私、幸せよ」 「黎阿。近く、また戦いになるだろう。だから今は……」 安らぎの中で過ごしていたい。 脱衣所で浴衣に着替えるメイプル(ic0783)は「詐欺だわ」と呟いて震えていた。 『綺麗な所とは聞いてた、わ……温泉とは聞いてないの』 『紅葉に温泉と伝えなかったけれど嘘じゃないし……あ、ちゃんと浴衣も準備済みだよ』 そつのない紫ノ宮 蓮(ic0470)の対応が恨めしい。 『本物の星と、温泉もね……一緒出来れば良いなって思ってたから。行くなら一緒が良いなって……駄目? せめて一緒に足湯だけでも』 あの懇願に負けてしまった。 「むぅ……これでいいのかしら。うう、水に入るなんて」 メイプルが脱衣所の外に行くと、既に紫ノ宮が待っていて、嬉しそうな表情をしていた。 募らせていた不平不満を言いづらい。足湯だけなら、と渋々承諾した手前、今更後にはひけなかった。紫ノ宮に手を引かれ、メイプルは浅瀬を歩いていく。 「ほら、星がきらきらしてる……綺麗だろ?」 星座が水面に落ちたような鏡面の世界だ。ほー、と魅入ると無意識に尻尾が揺れる。 「……綺麗」 紫ノ宮が「だろう。約束してたから」と嬉しそうに話す。そこでメイプルは思い出した。 『あ、そっか……この前、いずれ本物のお星様も、って……言ってたものね』 「その……蓮は、もっと深いとこ行っていいのよ?」 思わず気遣い。 そして後悔した。紫ノ宮はメイプルの手を掴んだまま「じゃあ奥に」とずんずん深い場所へ歩き出したので、メイプルは飛び上がって腕に抱きついた。水も温泉も苦手であるし、何より泳げないからだ。 「……抱っこでもする?」 完全に硬直してしまったメイプルに気づいた紫ノ宮は、そんな問いを投げかけつつ足湯の浅瀬に戻った。岩場に腰掛けて、乱れたメイプルの髪に櫛を通す。 「髪、濡れるな。ちょっとまってて」 絹糸のような手触りと、すらりとした項に心臓が跳ねる。紫ノ宮は吸い寄せられるように唇をよせた。指ではない温もりに気づいたメイプルが、顔を真っ赤にして動揺した。 「え、あ、髪、あれ?」 「ふふっ、綺麗だったので思わず。ちゃんと結うから前向いて」 『湯に映る星よりずっと……綺麗だ』 『い、今の、キス? キス?! う、でも……蓮と一緒は安心するし、悪く、ない、かも』 そんな二人の様子を、遠巻きに知人達が見守っていた。 温泉の近くに、天幕を設置し、三人分の寝袋と毛布を中に押し込む。 礼野 真夢紀(ia1144)が「さて、お着替えしようね」と言って、孤児院から連れてきた桔梗に水着を着せた。目の前には煌めく温泉が広がっている。 「深めの所は怖いから、まずは足湯体験からね……桔梗ちゃん、深い所につかれるかな?」 浅瀬に腰を下ろした礼野は桔梗を足湯に立たせた。 後方ではオートマトンのしらさぎが、石を組み上げて窯を作り、鍋を置いてすき焼きの準備をしている。氷霊結で作った氷と一緒に、買い込んできた牛肉もおいて鮮度は万全。 白滝の下ゆで、白菜の刻み、持ってきた卵は温泉卵に。 「どうくつでたまご、ゆでてくる。いくつ?」 「ありがとう、しらさぎ。うーん、明日の分を残して、他は……全部茹でてしまおうかな。お鍋は結構な量になるし、お裾分けは皆が幸せになるからね」 オートマトンしらさぎは「ぜんぶ」と頷いて籠と卵を洞窟へ持っていく。 「みてー! どろどろー、へんないろー!」 少し目を離した隙に、桔梗が腰までお湯に浸かって黄色い泥を拾ってきた。 「桔梗ちゃん、それはね『湯ノ花』っていうの」 「おはな?」 「なんて言えばいいかな。お湯の花って書くけど、お花じゃないの。それを渇かして、粉になったのをお湯に溶いてお風呂にすると、温泉に入ってるみたいに体が温かくなるの」 桔梗に簡単なお勉強をした後、礼野はすき焼き作りを桔梗と一緒にはじめた。 アルーシュ・リトナ(ib0119)は養女の恵音と羽妖精の思音を連れて岩場にいた。 足湯は気持ちよいけれど思音の眉間に皺ができる。 「んー、岩が大きいと足だけ入れるの難しいね。僕、盥が欲しいよ」 せめて桶を借りてくれば良かったと小声でぼやく。 「盥や桶、かぁ」 恵音はしみじみと呟いた。 リトナが膝に小箱をのせる。 「さあ、温かくしてお弁当を頂きましょうね」 毛布でくるりと丸くなって、星空を見上げながら作ってきたお弁当を頂く。 お弁当箱の中身は、南瓜ときのこのキッシュ。サーモンマリネのサンドイッチに鶏肉と野菜のスープ。極めつけは洋ナシのタルト。 思音が「美味しいご飯と温かいお風呂って幸せだね」と言いながらスープを頂く。 恵音が「そう……ね」と頷く。 「美味しいご飯が食べられて、寒い季節にあったかいお湯で体を洗えて、お星様を探すなんて……夢みたい。消えて無くなりそう」 恵音の横顔は大凡子供の表情ではなかった。リトナが黙って様子を伺う。思音は「どうしてそう思うの?」と無邪気に尋ねた。 「おかあさんと会う前は……すごく大変だったから。 思音、知ってる? 術も道具も使わないで火をおこすの……って、とっても大変なのよ。 とくに……寒い時期は。 薪を割って板を作って、短刀でこんな形に削って……渇いた棒を何度も擦るけど、焦げた匂いだけで……火は滅多につかないの。……掌に木片が刺さって、血だらけになって……やっとおが屑に火がつくのよ。 火種はお鍋でお湯を沸かすのに使うけど……お鍋の水はごはんのため」 このくらいの鍋でね、と恵音が手振りで顕す。 「火も、お湯も、貴重だったの。 もったいなくて……体を洗うのになんて使えない。 ……だから泥や血がついた体は……川の水で洗ったわ。夏はいいけど……冬は体が氷っちゃう。私と一緒に里入りした子は……何人か凍えて死んじゃった。 川で水浴びするのは危ないから、桶に水を汲んで布で体を洗った……凄く冷たくて、指が動かなくて。 あの頃に温泉があれば……みんな生きてたかな」 「恵音」 ぽふ、とリトナが恵音の頭を撫でて髪を梳いた。 「ねぇ恵音。沢山話して、沢山伝えて。でも辛い思い出まで無理に話す必要なんてないの。それは大事な事だけれど、本当に良い関係ができると……静かな時間でも心地よくなるの」 「おかあさん?」 『今そうではなくても、また来年、再来年……何時かそんな時が来る様に』 星空に祈りたい。 「案外、あっちは普通の生活をしてるんだな」 アルドの呟きの意味を、単衣姿の无(ib1198)と玉狐天ナイは暫し考えた。意外そうな声を発した少年の視線を辿る。開拓者にならず市井で暮らすことを選んだ恵音がいた。 「話してくるかい?」 无の声に「いかない」と淡泊な返事があった。アルドは「特に喋ることもない」と言う。 肩を竦めた无がアルドに弁当箱を手渡す。 食事をしながら話す事は、雲の下にある旧世界の事だ。 「向こうは生きるという点に置いては儀と変わらなかったよ。様式は随分と違うがね。そういえば……結局、船にのらなかったね。理由を聞いても?」 船、とは、儀の下へ向かう飛空船の事だ。合戦の直前、アルドは子供達の中で一人だけ旧世界での戦いに参加することを決めた。无にもその旨を話し、飛空船の前まで来た。 けれど。 『……アルド?』 『ごめん。やっぱり残る。俺は都で仕事をして待ってる』 参加する時は異を唱えない、とした无も、急な変化に眉を顰めた。 時間がなかったので飛行場で別れたが、合戦の戦いの最中に一時帰宅した時、アルドは蔵書を読んでいた。 『おかえり』 「自分の行動に責任がとれそうもないな、って思っただけだ」 アルドが摘んだ卵焼きを玉狐天ナイに差し出す。 「俺と灯心は、疑問を解明する為に開拓者になった。勉強もしてるし、術も少し覚えた。下級アヤカシは倒せるし、中級アヤカシだって……無理をすれば倒せない事もない。でもそれじゃダメだな、って思った」 「ダメ、というのは?」 「雲の下に行って、下っ端のアヤカシを倒したり、身を守れると考えるのは俺の『奢り』だって気づいただけだ。報告書を沢山読むようになって、ギルドで見かける人達がどんなに強いか分かるようになってきた。俺はその足下にも及ばない。それに自分の目で色んな事を確かめるのは大事だけど、おかあさまと取引してた客人たちと対等に渡り合えるかっていうと違う。だから実力的に考えて、俺が行っても仕方な…………違うな」 アルドは箸を置いた。 水面に映るアルドの顔は忌々しげに歪んでいた。 「俺は、逃げたんだ。足が前に動かなかった。のりたくない、って思ったんだ。多分」 ぱき、とアルドの握っていた箸が折れた。 「俺バカだ。調べるって決めたのに怖じ気づいた。逃げる理由を、必死に探してた」 それは。 長らく忘れ去っていた『恐怖』の感覚。 无は弁当を片づけて立ち上がった。 「奥に蒸風呂が有るようだが、行ってみるかい?」 俯いていたアルドは首を縦に振った。 ニッツァ(ib6625)は足湯でほーっと息を吐いた。 「足湯は俺も初めてやなぁ……後で洞窟温泉いうんも行ってみよか。ウェヌは荷物番な」 スパシーバの膝から離れない猫又ウェヌスが、きーきーと不平を零す。 猫には岩場が寒いのだろう。懐炉代わりのスパシーバも洞窟風呂にいくとなれば、荷物番というより衣類の上に丸まる他ない。 「しっかしアル=カマルとは星の位置が全然ちゃうなぁ……」 スパシーバは「そうなの?」と空を見上げる。 里が存在した五行国は神楽の都の東であるし、孤児院に置かれていた本も、都から見上げる空が基準になっている。別の見方というものを、スパシーバは想像できなかった。 「せやで。星が動物とか人に例えられとったりするやろ? けど土地によってそういうもんも違ってくるんや。別の儀なんてなおさらやで。せやから同じ星座にも色んな伝承とか神話があっておもろいで。それにそった舞とかもな……うちのひぃさん等の舞はめっちゃ綺麗やで」 饒舌なニッツァの話を聞きながら「キャラバンの人?」と問いかける。 「そや。前に言ったやろ、大勢いるーて。今度は向こうで一緒に星探そな」 スパシーバが「うん」と頷く。 「僕も教えて貰えるかな」 「もちろんや。せや、ここの洞窟風呂ならアル=カマルに近い気温とか体感できるかもしれへんな。よし、温まったらいくでー!」 おー、とニッツァとスパシーバは盛り上がった。唯一、猫又だけが衣類に潜り込む。 目指す先は洞窟風呂だ。 羅喉丸(ia0347)は天妖の蓮華とともに足湯の浅瀬にいた。 アヤカシやケモノ退治が仕事である以上、暇な時間は温泉で潰すしかない。 太陽が茜色の光を放つ頃合いから眺め続けた紅葉の変化は日頃お目にかかれない美しいものだった。 「目で楽しむ、という所か。日頃は縁のない紅葉狩りだったな」 「開拓者はみんな、そんなもんじゃないかい?」 天妖の声ではない。 浴衣ドレスを着た火麗(ic0614)だった。 実は一時間ほど前、うっかり宿に秘蔵の酒を置いてきたと気づいた。 その時に、駿龍早火を連れていた火麗が申し出てくれたのだ。 『そこのアンタ、一緒に持ってこようか?』 「はい、酒と杯」 「すまない。ありがとう。どうだろうか、お礼に一献」 「ありがたいね。なにしろ浴衣の丈が思いの外短くて、足から冷え切ってたところさ」 せめて着替えてから飛べば良かった……と独り言をぼやく火麗は、持ってきた炒り銀杏や秋刀魚の煮付けを「酒の肴にどうだい」と言って、羅喉丸と天妖蓮華に差し出した。 「頂こう。蓮華、あまり食べ過ぎるなよ」 「杞憂じゃな」 「前に財布が空になるまで飲み食いしたのは誰だ?」 「へぇ、そんな事があったのかい。ま、存分に食べなよ、ツマミはまだ一袋あるんだ」 火麗が並んで足湯に浸かる。ふー、と深呼吸した。温泉という物は粋の極みだと思う。 湯に浸かってのんびりと過ごすだけで癒されるからだ。 「いい湯だねぇ」 「いい湯だな。疲れが抜けていくようだ」 「そうじゃのう、羅喉丸も存分に英気を養うがよい。む、やはり秋刀魚は旬じゃな」 羅喉丸は天妖蓮華を見た。ふと昼のことを思い出すに……蓮華は肩にいて全く歩きもせず術も使っていなかったような気がする。 『……いや、気のせいだろう、酒が入っているせいだ。それに……』 「たまには、こういうものもいいものだ」 「そうじゃな。今宵の酒は格別じゃのう」 羅喉丸と蓮華の会話を聞いて、火麗も「温泉と料理と酒があれば最高さ」と笑った。 朱塗りの盃に銀色の月が輝く。 明希は兄弟姉妹の中でも衣装持ちだ。 姉妹はお洒落好きが多いけれど、皆が平等に与えられている訳ではない。その差が姉妹に嫉妬を生み出すことを、明希は随分前に学んだ。だから孤児院の中では比較的質素な物を着ている。お出かけの時だけ、思いっきり好きな服を着た。 数ある水着の中でも最近のお気に入りは、少しお姉さんに見えるお揃いのフリル水着。 「朝は寒かったけど、まだ『ゆきんこ』は暑かったね。でも水着だけは寒いし」 リオーレ・アズィーズ(ib7038)は「明希、紫陽花の浴衣を貸してあげますよ。それと虹のショールも。暑くなったら脱げば良いんです」と言って微笑みかける。 「去年は奥まで行きましたが、足湯も気持ちいいものですよ。ね、沙羅ちゃん」 薄手の浴衣を着た白雪 沙羅(ic0498)は「はい!」と言って荷を抱える。 「明希、今日は足湯をしながらお星様をみますよ。温泉だから薄着でも大丈夫ですけど、夜は冷えますから羽織が欠かせません。着替えはこっちで持っていきますから」 脱衣所から一歩外へ出ると、冷たい風が吹きつけてくる。 「さむいです」 白雪達は急いで足湯に浸かり景色を楽しみながら荷ほどきをする。 「……ほら、明希。お空のお星様綺麗ね。水にもお星様が映ってますよ」 「鏡みたい」 ばっしゃばっしゃと温泉で水遊びをした後は、アズィーズと白雪が工夫を凝らした秋御膳のお弁当だ。艶やかな栗ご飯にさんまの塩焼き、きのこの土瓶蒸しにお吸い物、そしてデザートには栗きん。 「お料理はリオーレさんと一緒に考えてみました! 沢山食べて大きくなりましょうね。私もここが大きくなるんです!」 いつか胸が。 バストに関するこだわりは、明希にはまだ理解できなかった。 無邪気にショールを渡して「入れるとふくらむよ」と言ってしまう辺りが子供だ。 「……明希、ありがとう。でもね、違うんですよ」 「ショールじゃだめなの?」 笑いを堪えていたアズィーズは「今度、三人で一緒にお弁当作りましょうね」と告げた。 何気ない平穏が愛おしい。 『世界情勢とか色々有るけど、こんな幸せな時間がずっと続いてほしいですね。……あ』 流れ星を見つけたアズィーズが「そういえば」と少女を振り返る。 「去年の明希のお願いは『暖かい手袋欲しい』でしたっけ。今年は何を願うの?」 明希は栗きんを食べながら迷い無く答えた。 「みんなが帰ってきますように」 今は戦の真っ直中だ。 白雪は明希の頭を撫でた。 「きっと帰ってきますよ。私達もそうです。……明希にはね、世界の色々なことを知って欲しいの。きっと色々な事を見れば、いずれ知らなければいけない事実にも立ち向かえると思うから……なんて難しい話でした。……何でもないですよ。ご飯美味しいですね!」 着替えて集合した星頼や礼文は、奇妙な光景を見た。 「私達ここで遊んでる。お父さん、ニノンさんとお散歩してきて? 狼 宵星(ib6077)がぐいぐいと大人を遠ざけ、猫又の織姫や鬼火玉の花火がまるで見張り番のように立っていた。首を傾げつつも狼 明星(ib5588)の手招きに応じる。 「どうしたの?」 「ほら、みてよ。あっちに星が浮かんでるね。きっと湯煙を伝って降りてきたんだよ」 すると宵星が「温泉もいいけど秘密会議が先です」と仁王立ちで現れた。 「どうやら内緒話がしたいらしい。少し遠回りしようか」 ウルシュテッド(ib5445)はニノン・サジュマン(ia9578)と共に浅瀬を歩いていた。 「内緒話は仲が深まるからのう。子供同士、上手くやっておるようで良かったではないか」 ウルシュテッドは「まあね」と頷いた。 「けど、まだ霧の中だな……家族の事や互いの足跡。ただ俺への君の気持ちは分かるよ」 色めいた眼差しに普通の乙女はクラっとくるのだろう。 しかしサジュマンは違った。不敵に微笑み、星が映る水面を大きく波立たせた。 「ふっ、油断は禁物じゃぞ。テッド。よく言うではないか。女心と秋の空と流行りのじゃんるはよく変わるとな」 手強い、とウルシュテッドは思ったが繋いだ手は離さない。サジュマンを引き寄せた。 「流行に囚われないものもあるさ。例えば、俺の君への気持ちは揺らがない」 「……そなた、打たれ強くなっておらんか?」 言葉遊びの距離が近い。 ウルシュテッドとサジュマンの様子を、宵星達は横目でみていた。 「……だからね。お父さん…………………すると思う」 「僕も……だよ。お父さん………………………になれる」 会話は殆ど周囲に聞こえない。 小声という事もあったし、浅瀬周辺には人が多すぎる。明星は思い出しながら呟いた。 「…………んと……にいると…………嬉しそうだし、料理も……しいし……の事も……かけてくれる。……人……思う。まだ……知……いから、……さんって呼…………保留……ど……が増え……賑……で楽しいん…………かな」 「私も…………が……いし、……こうして皆で……に……の、すごく……い。だから……ができて……いしお父さんの…………賛成なの。それでね」 さて。 いつ頃、若者の秘密会議は終わるのだろう、と大人達が子供の様子を気にかけた頃、驚愕の発言が聞こえてきた。宵星は頬を染めながらハッキリと話す。 「シャオはね、礼文くんも家族になれたらいいなって思ってるんだ。私達も開拓者で、もうすぐ成人だし……養育のお手伝いもできるもの。だから気持ちが聞きたいなって」 ウルシュテッド達の甘い空気が明後日の方向に飛んでいた。 「……テッド。ギルドの契約規定では」 「あー、ニノン、それは俺も分かっているし、あの子達も分かっている、と思う」 生成姫に養育された経歴を持つ子を引き取るには、幾つかの厳しい条件を満たさねばならない。ウルシュテッドはそれを成立させて星頼を養子に迎えた。つまり他のナマナリの子を引き取る事はできない。もう一人引き取ろうと思うなら、戸籍上にいる別な開拓者が条件を満たす必要がある。とはいえ。 「だからね。礼文くんはどんな人と家族になりたい? 星頼くん、家族が増える事、どう思う?」 宵星が質問責めにしている。 サジュマン達は「行くかの」「そうだね」と歩き出した。 養育資格や気持ちは兎も角、年の近い宵星と礼文を母子にするのは流石に……と、遠巻きに様子を伺っていて殆ど会話を聞き取れなかった大人二人は考えた。 子供達の所へ戻ったサジュマンとウルシュテッドは、何事もなかったように食事の支度を始めた。人数分の温泉卵を仕込み、焼きうどんに絡める。お腹を満たせば泳ぎの練習。 明星と星頼は得意げに泳ぎ、サジュマンは「ふふん、わしはダルマ浮きを修得したぞ!」と胸を張り、金槌同盟だった宵星は焦りを覚え、礼文は上手く泳げない事から宵星と一緒にウルシュテッドから泳ぎ方を習った。 親友と温泉に行くと決めた時から、踊るような気持ちを抱えていた。 以前、見立てて貰った白いワンピースの水着も、きちんと着る日が待ち遠しく感じる。 『早く袖を通したい……な』 『私も。お誘い嬉しいです。温泉楽しみですね! 紅葉さん』 不散紅葉(ic1215)と鳳・陽媛(ia0920)は温泉地について真っ先に燥ぎ回った。 「陽媛さん、生卵……置きに行きましょう。温泉卵になるみたいです」 「面白そうですね。紅葉さん。あっち、もくもくしてます」 卵を設置にいって、戻ってきて沖合で泳ぎ出す。温かくて夜風の寒さも気にならない。 そして輝く水面の水掛合戦は、水滴が月光でキラキラと輝いていた。 疲れた頃に岩場へ腰掛けた鳳は星を見上げた。 「綺麗ですね」 「ボクも、同じ気持ち」 「今日は、ありがとう。紅葉さん。いつまでもずっと一緒にいてね」 大切な親友に、鳳は微笑みかけた。手を差し出すと陶器のような艶やかな手が重ねられた。姿形は似ていて、体を作るモノが違っても、心は同じく温かい。 「ほんとに楽しかった……また来ましょうね。また誘ってくれますか? あ、いえ。次は私が誘うから、一緒に来てくれますか?」 不散はぎゅっと手に力を込めた。そして笑顔を返す。 「陽媛さん……ありがとう。一緒にいてくれるだけで、とっても嬉しいんだ、よ」 くすぐったいような不思議な気持ちだ。 脱衣所から湯帷子姿の宮鷺 カヅキ(ib4230)が出てきた後、頭の上からつま先まで恋人を観察したルシフェル=アルトロ(ib6763)は残念そうに肩を落とした。 「ルーさん、何か?」 「ありゃ、もうちょっと、肌出しても良かったのに……というか、出してくれたら俺が嬉しかったのに。例えばあんな風に! カヅキなら絶対負けないよ!」 足湯で見かける水着美女たちの、布面積が低い水着の数々を提示される。 「まぁ急な話だったし準備が……いっそヘリオスに乗って買ってくる? 買っちゃう?」 真顔で鷲獅鳥を一瞥する。 『ルーさん、問題はそこじゃないでしょー?!』 「は、肌は無闇矢鱈に晒すモンじゃありません! 行きますよ! さあ!」 えー、と残念がるルシフェルの背を押して、宮鷺たちは沖へ出ていく。 既にミヅチの裏葉は悠々と泳いで、じゃぶじゃぶと楽しそうにしていた。 足湯から沖へ移っていくと、当然ながら深くなっていく。 「疲れたなら、掴まってもいいよ? でも抱き上げた方が早いかな〜?」 宮鷺の腰を抱えて更に進む。 お湯の深さが胸の辺りまで来たところで、何度かルシフェルは宮鷺を落とした。 「ひ! ちょ、ルーさん!?」 「あはは〜、大丈夫だよ、カヅキでも足がつくから。慌てるカヅキが可愛くて〜」 心臓に宜しくない悪戯にむっつり押し黙った。 宮鷺は、後をついてきていたミヅチの裏葉を呼びつけると、ルシフェルの顔面に押しつけて静寂の反撃を結構した。 ぬめる。 しかし子供じみた悪戯合戦は、思いの外楽しかった。 溜まっていた疲れも何処かへ消えていく。 「見て見て、カヅキ。星の中を泳いでるみたいだね」 「言われてみれば鏡面のような」 「なんだっけ? 月を飲む、だっけ? 酒と一緒に飲んだ人いるよね」 沖合でも月見酒をしている者達は見えた。水を両手で掬うだけで、その中に冴え冴えとした銀色の月がとけこんでしまう。捕まってしまう。そんな感覚が俄に湧いた。 「……もし、誰かに飲まれちゃっても、俺はカヅキが居るからいいや」 「誰かに飲まれてしまったら私が助けるよ。どんなルーさんもルーさんですけど……今の貴方が、私は好きですしね」 ぎゅ、と抱きしめた。 腕に力がこもる。確かな熱をつなぎ止めるように。 てっきり猫と遊ぶモノだと思っていた。 幼いののは温泉地にきても不思議そうに猫を探していた。 ネネ(ib0892)が来れない理由を話すと「おるすばん、かわいそう」と瞳に涙を溜める。 猫又が望んで残った事だと理解するのに少しばかり時間が掛かった。 「のののこときらいー?」 「そんなことありません。そうじゃなくって、今日はリュリュが遊んでくれるんです。リュリュはうちに同居してるからくりさんですよ」 見上げる。高い。 ののがよろけた。 からくりのリュリュが膝を折って少女と視線を合わせる。 「一緒に泳ご」 随分、猫又を寂しがっていたののも、新しい遊び相手となると話は違った。 リュリュの助けをかりながら、ばっしゃばっしゃと沖合に出て、兄や姉に話しかけようとする。 その様子をネネは見守っていた。 「遊び相手、は成功でしょうか。リュリュも気を使ってくれてますし、一杯泳いで体を動かしたら、きっとこの後のごはんも美味しいこと間違いなしですよね。その前に湯上がりにお化粧の真似っこで仲良くなる機会を……」 ネネの地道な画策は続く。 ぷすーっとむくれていた養い子は、からくりの桔梗から離れない。 なんだろう。 この『子供を取られた感覚』は。 「ええっと……一人にしてしまってごめんなさいね、未来」 ローゼリア(ib5674)が怖ず怖ずと話しかけると「おしごとはしかたないもん」とぽそぽそ喋る。喋ることは喋るのだが、一向に子守で残した上級からくりから離れない。 「……桔梗」 板挟みになったからくりは母子の会話を取り持とうと必死だ。 正直なところ温泉に来る前に、不在の間の話は幾らか聞いていた。ローゼリアが戦で出かけている間、未来は孤児院に預けられた。 勿論、兄弟姉妹がいる場所だ。 最初の数日は楽しそうにしていたというが、一週間もすると来客の顔を確認するようになり、二週間が経つと夜泣きが始まった。夜泣きと言うより、ローゼリアの事を夢に見ているらしいという。寝言で名前を呼ぶのだ。 子供の体感時間は、大人よりひどく長い。 『ああ、シングルマザーの大変さを思い知りますわね』 ローゼリアにも葛藤はあった。 まだ暫く戦は続くし、会ったり離れたりを繰り返せば里心を増すだけでは……とアレコレ考えても。 子育てが教本通りに行くわけもなく。 「未来……わたくしは、愛する娘の顔も見せてもらえませんの?」 戦の中で都へ帰ってくる。 これは並大抵の大変さではない。 とくに戦地が雲の下ともなれば尚のこと。 ローゼリアの寂しげな声に対して未来が手を掴んだ。よそ見をしたまま、ぎゅっと握る。 「未来、戦でなく、ずっと傍にいましょうか」 「……戦、嫌い。みんないなくなっちゃう……でも、おしごとはお役目みたいに大事だから、仕方ないもん。仕方ないもん……また、何処かに連れてかれるのもヤだもん」 誘拐の事だろうか。 「早く危ないお仕事、終わればいいのに」 「ええ、きっと」 ローゼリアは桔梗から娘を受け取り、抱いたままゆっくりと頭を撫でた。 空が二つあるように見える。 「こうしていると空を泳いでいるようだな」 星空がうつりこむ温泉地。 同じ場所を訪れるといっても、年を重ねる事で分かることもある。 「今年の温泉びらき……もうそんなに経つのだな」 水着姿の紫ノ眼 恋(ic0281)は去年の様子を思い出しながら不思議な感覚を覚えていた。 「恋お姉さん、まだー?」 子供の成長とは早いもので、かつて沢で全く泳げなかった真白は今ではバッシャバッシャと水を掻いている。 様子を見てにんまり笑った紫ノ眼が岩場から飛び込んだ。 「わっぷ、波が、わ!」 激しい波が真白を飲み込む。 しかし頑張ってきちんと泳いでくる所は褒めていい。 「ふふ、ちゃんと泳げるか、今はどうか等と思ったが……なんだかんだで泳げるな、真白」 「ぼくも去年とはちがうよ」 「背も伸びたし?」 「ちょっとしか伸びてないよ。でも、かっこいい大人の男はなんでもできなきゃだめなんだよ。ぼくに……じゃない『おれにふれると火傷するぜ』! ごぼっ」 びしー、と謎のポーズを決めようとした真白が溺れた。 上級からくりの白銀丸が「何やってんだよ」とお馬鹿さんを持ち上げる。 紫ノ眼が首を傾げた。 「真白、その……時々思いついたようにやってるソレは誰から習うんだ?」 「届け物にくる商店のおじいちゃんとか、兄ちゃんとか、かな」 考え事をしている時の真白は素だ。 真白は『男らしい大人』という憧れの枠があって、それに近づけそうな物事に興味を示す。 希儀料理は兄の影響や主夫というものへの固定概念が強いし、高身長への憧れは体格差を認識した後から始まった。 とはいえ元来の穏やかな気性が変わる様子もない。 「ふぅん。まあ男らしいかどうか、は別としても、泳ぎなり運動なりで体は鍛えておくに越したことないからな。ちなみに触っても火傷はしないぞ?」 紫ノ眼の白い手がぺったりと真白の額に当てられる。 「体温が高いな。少し休むか」 「恋お姉さん、手、怪我してるよ。前なかった。いつの?」 「ん? ああ、戦でついた傷かな。体中にあるけれど、これはひとつひとつが勲章のようなものなんだよ。気にするほどじゃない、あたしが生きた軌跡だ。さ、甘酒でも乾杯しようか」 真白が「おさけ?」と瞳を煌めかせた。 「甘酒。まだ酒精は早いだろ、今度な、今度」 ぷー、と頬を膨らませる。膨らんだ頬袋を指で押すと、笑いが零れた。 空に星が瞬いている。 「ふー、この季節の肌寒さや、ここの温泉や星空はあまり変わらないけれど……訪れる私達や、世の中の事情は少しずつ変わっているんだよね」 くしゅん、と朱宇子(ib9060)が嚔をすると鋼龍ナミが気遣わしげに鼻を寄せた。 「大丈夫。ずっと座ってて体が冷えたみたい。私も少し泳ごうかな」 既に刃兼(ib7876)と娘の旭は沖でじゃぶじゃぶ泳いでいる。 整地されていない温泉池の沖は尤も深い場所で160センチあり、垂直に立つ刃兼でも鼻が出るか出ないかという深さなので、朱宇子は角が見える程度まで沈むし、旭に至っては勝手に泳がせると力つきて溺れてしまう。だから深さは気をつけなければならない。 朱宇子が泳いで近づく。 養父の首にしがみついている旭が「みてーきれーなのー」と緑色の石を見せた。 「どうしたの、これ」 「きれーでしょー? 地面触った記念ー」 「さっき旭が素潜りして拾ってきた。何故か旭が潜水を、というか……泉の地面に触って戻ってくる事に闘志を燃やし始めて、お陰で目が真っ赤、だな」 「旭の目、ぴりぴりする」 苦笑した朱宇子が旭の目の具合を見た。 「擦るのはダメだよ。一度温泉からあがって、お水で目を洗った方がいいかな。その後に術で治療すれば腫れもひくと思う。旭ちゃん、潜るのは凄いけど……ここは銭湯と違って危ないゴミや木片もあるから、温泉の中で目を開けたりしないでね」 「はぁい」 温泉から上がって手当を受ける。 その後は夕飯だ。お弁当は朱宇子特製の混ぜご飯お握りとシラスの佃煮のおにぎり。 「キクイチ。しらすの佃煮は味濃いからダメだぞお前」 「あ、キクイチが神仙猫になったお祝いに焼いた小魚があるの。キクイチはこっちね」 神仙猫が魚に囓りつく。ポリポリといい音を立てた。 「すまないな」 「ううん。お祝いがまだだったから」 雑談の間に、旭が刃兼の膝へ登る。更に小魚をくわえた神仙猫が旭の膝に登った。 「キクイチ、旭から降りろ。流石に重い」 「そんにゃー!」 非難を聞き捨てた刃兼は朱宇子に問いかけた。 「旭は前にも銭湯で潜ったのか?」 「あ、うん。軽石とか、首飾りとか、老婦人の落とし物を拾って褒められてた」 「なるほど。……にしても、一年前に比べてこの子も背が伸びたように思うが……」 五センチか六センチか、きちんと計測した事がないので分からないが体重や抱きつく位置が変わったのは体感として分かる。目測で既に身長130センチは超えている気がする。 「背が伸びたよね、旭ちゃん」 刃兼は「そう、だな」と頷きつつ『お父さんになればいい』と言われた事を思い出す。 「あの時は親子になるとは思ってなかったけども……今こうして親子で在ることが嬉しいのと、また来年も来たいな、と心から思うよ」 朱宇子は刃兼の顔を凝視した。 「どうした」 「……うーん、刃兼は去年から今年にかけて旭ちゃんと家族になったわけだし、今年から来年にかけてはお嫁さんを迎えて、今度は家族でここに来たりして?」 米粒が気管に入った刃兼が盛大にむせた。 浴衣に着替えて合流した途端、綺月 緋影(ic1073)は蒔司(ib3233)に挑み掛かった。 「蒔司、蒸し風呂があるってよ! どっちが長く入っていられるか競争しようぜ!」 赤い瞳がスィッと細められる。 「ほう、根競べか? ええじゃろう、受けて立つぜよ」 色気のいの字もない男二人が洞窟風呂へ直行する。温泉の泉をぐるりと一周する途中で大勢の乙女やカップルが目に入った。しかし綺月は、まるで興味が湧かない自分に気づく。 『なんつーか……俺、以前とは考えられないくらい身持ち固くなったよなー。女遊びバリバリしてたのによ』 おっさんにときめく己と葛藤したのも今は昔。綺月は「変わるもんだなぁ」と一言呟いて洞窟風呂に入っていく。湯煙が充満する洞窟風呂で「あぢぃ……まだまだー!」と呻いている間はまだ平気だったが、なにしろ流れるお湯は46度。毛穴もピリピリ痛むほどだ。 「……蒔司ー。何か、頭くらくらする……水くれ、みずぅ」 「オイ、緋影……大丈夫……じゃないようやな」 綺月を洞窟風呂から運び出した蒔司は、膝枕で水を飲ませて夜風に当てることにした。 ひらひらと扇子で風を送る。 綺月の体は真っ赤だ。 「ほんに倒れるまで。おんしは負けず嫌いじゃなあ……ちっと気分は良うなったか?」 「あー? のぼせちまったかな。俺もまだまだだな。でもまあ、こうやって蒔司に介抱して貰えるなら悪くもない……って、おい。ほら、上見てみろよ。星がいっぱい出てるぜ」 火照った腕を空へ伸ばす。 「……うむ、星辰満つる佳き空よ。秋冬は空気が澄んで、よう見える」 「この間みた人工的な星も綺麗だったけど、自然の星もやっぱ良いな。まー、お前とだったら何見たって楽……って何でもねえよ」 蒔司はくつくつ笑ったまま何も言わなかった。 燃えるような赤い髪を梳いて空を見た。 洞窟風呂で我慢大会をしていた者達は他にもいた。 天妖鶴祇が沖へ泳いでいくのを確認した後、竜哉(ia8037)とヘスティア・ヴォルフ(ib0161)は洞窟風呂で我慢競争を開始した。からくりのD・Dはヴォルフの希望に従って、競争後の酒飲みを想定しエールや天儀酒につまみを揃える。 「う〜、たつに〜、さっきのずりぃ」 「狡い? 俺は別に単純な我慢大会と言った覚えは無いぜ」 竜哉は艶めかしい格好のヴォルフを岩場の影におろし、扇でひらひら風をあてる。 「少し無理をしすぎたかな」 「えー、たつにー、そんな訳ないってー、あづー」 「楽しむのはいいが、お互い体に無理を掛けるわけにはいかんだろ。明日もまた仕事だ。もう少し体が冷えたら一緒に飲もうか。相棒達も含めてさ?」 「今でも呑めるのに」 ヴォルフが身を起こして竜哉にしなだれかかる。しなやかな腕が首にからみついた。 「こう、さ。らぶらぶすんのも好きだけど、こういう方がもっと好きだぜ? たつにー」 「さっきまで完全にのぼせていた割に、意外と元気だな」 「だってー、夜は長いって」 ふっ、と首筋に息を吹きかける。全く人目を気にしないヴォルフが、岩場の人影に目を凝らして知り合いを見つけ、にんまり笑った。 「むこうもこっちも、らぶらぶ〜っと」 偶にはこんな一日も悪くない。 スパシーバを連れたニッツァも洞窟風呂へ現れた。 鼻歌を歌いながら茣蓙を敷く。 「ほな、ゆっくり寝よかー」 日が落ちても洞窟は寒くない。 「奥あっついよー。体がぴりぴりする。なんか息苦しい」 「お湯は殆ど流れてへんけど、湯煙が充満してるさかい。シーバはこっちの影に寝っ転がればええよ。あっついお湯は俺にしかあたらんさかいな」 スパシーバは頷きつつ、ぬるい場所を選んで座る。ごろごろしてると睡魔が来た。 「んー…寝れそうな気ぃしてきた。のぼせるやろなぁ……シーバは、あれ?」 いない。 「こっちー! はやくー!」 熱いと言っていたのに何故、奥へ行くのか。ニッツァが「なんやどうした」と声の方向へ歩くと……スパシーバの首に玉狐天が絡みつき、更に覚えのある人物達が転がっていた。 「兄さんがおきない」 のぼせたアルドと无だった。困り果てた相棒に呼ばれたらしい。 間もなく状況を察したニッツァが、のぼせあがった二人を洞窟の外へ運び出した。 温泉から宿への帰り道、サジュマンは礼文に御願いをしていた。 「戦が終わるまでもう暫く待雪草の鉢植えを預かっていてほしい」 「いいよ。おせわする」 「すまんのぅ。じゃが、ありがとう。次に鉢植えを見るのが楽しみじゃ」 一方。 星頼もウルシュテッドと何かを話し込んでいた。 「……だから星頼の気持ちを考えておいてくれるかい?」 「星頼も遠慮せず正直に言いなよ、僕らが賛成だからって星頼も同じである必要はないよ」 明星が隣で囃し立てる。星頼は首を捻った。 「わかんない。っていうか、いた頃の感覚は殆ど覚えてないから、だから許すとか許さないとかじゃなく、何が変わって今とどう違うのか、ぼく分からないんだ。でも」 星頼が瞼を閉じた。 「ぼんやりと想像はできるよ。こういう風かなって。前、楽しかったから」 そういって笑った。 今日も一日おつかれさま。 人々は温泉で労をねぎらい、体と心を癒していく。 |