狂気的な男のムスメ
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/01 20:36



■オープニング本文

 おとこのむすめ。

 という言葉を、あなたはご存じだろうか?

 言葉をもう少々変えると『男の娘』という言葉になる。
 ちなみに清楚可憐なお嬢様をお持ちのお父様では、断じてナイ。

 愛らしい女の子、或いは絶世の美女に見える歴とした男性を、褒め称える意味で使われる。
 男性が好きとかそういうものとは少々違い、彼らは普段は身も心も立派な紳士であり、時には愛する女性や妻が居る。ただちょっと流行の化粧や、美しい衣装に強い興味があり、現実の女性よりも美しく装うことに対して、恐るべき執念を燃やしていることが多い。
 年齢不詳の美女に声をかけたら、なんと低い声でしゃべり出した。
 そんな驚きも見慣れてしまうと日常になる。

 さて。
 ここは五行東方、渡鳥山脈を越えた先にある大きな町、白螺鈿。
 白螺鈿は現在、如彩家四人の兄弟が町を発展させるために奮闘中なのだが、四兄弟はそれぞれ色んな意味で有名であったりする。こと次男は、年寄りや一般の者達からは鼻つまみ者だが、町の命運を握る若者世代には異常なまでの人気を誇っていた。
 次男の名は、神楽。
 一体どういう意味かというと。

「やっだもう。本気にさせないでよね。またきてね〜」
 遠ざかる男の後ろ姿に、ひらひらと愛らしい声音で手を振る和装の美女。
「さて美咲ちゃん。後始末お願いね」
「勿論。神楽ねぇさん、最近無理してるし。お肌に悪いわ。今日ぐらいゆっくり寝てね」
「ありがとう。それじゃ、他のお店に顔を出してから帰るわね」

 この物腰柔らかい美人こそが、噂の如彩家次男、神楽そのひとであった。
 ちなみに年齢を聞くと、拳が降りそそぐので注意されたし。

 幼い頃からの性癖というより趣味なのだろう。
 それが現在に至るまで続いており、より美しくなることを心がけてきたところ、なんとその辺の乙女よりも美しい男の娘に成長してしまった。髪、肌、容貌、衣類、姿勢、そして言動。何から何まで女と見まごうばかりの美貌と仕草。
 このため、年輩には薄気味悪がられ、若者や乙女達からは羨望の眼差しを浴びている。
 本人も元来は厳格な家のことに興味などなく、早々と自立して白螺鈿の夜の飲み屋を切り盛りしていたが、現在、故あって白螺鈿内の広範囲を束ねる状況になっていた。その多くが観光地として脚光を浴びている。
 そして今回。

「試してみてもいいと思うのよ」
「‥‥正気か、神楽」
「んま、失礼ね。勿論、お酒はださないわ。そうじゃなくって、もっと明るくて元気で清い感じの喫茶店になればいいと考えているわけ。夜で受けてるのよ、昼で受けないはずがないわ」

 新装開店する店の名は喫茶『向日葵』。
 特徴的なのは、給仕が全員『女装した男性』ということだ。

「ちなみに、誉兄さんの特区で出すから、お金は半分だしてよね」
「‥‥失敗したら例の件、倍払えよ」
「成功したらワタシがもらうわ」

 お店の開店にあたり、人数不足。
 ということで、給仕の女装する男性、及び台所の男女を、とギルドに募集が掲げられたのであった。


■参加者一覧
真亡・雫(ia0432
16歳・男・志
蒼詠(ia0827
16歳・男・陰
村雨 紫狼(ia9073
27歳・男・サ
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
ルーンワース(ib0092
20歳・男・魔
尾上 葵(ib0143
22歳・男・騎
劉 那蝣竪(ib0462
20歳・女・シ
アリスト・ローディル(ib0918
24歳・男・魔
御桜 依月(ib1224
16歳・男・巫
Kyrie(ib5916
23歳・男・陰


■リプレイ本文

 改めまして。
 今此処で、ダ・メ・押・し・のご説明を申し上げる。
 世に言う『男のムスメ』とは、見目麗しい乙女に見える歴とした男性である。
 勿論、彼らには時に愛しい異性の恋人、愛すべき妻、或いは子供達が存在する。
 女の装いは、いわば特殊な趣味の領域。
 ただし。
 少々彼ら『男のムスメ』達の意識は、完璧を求めすぎる。
 また誰よりも美しいことに執着する傾向があったりして、本物の女性を上回る『女らしさ』を自分の身を持って体現しようとする性質がある。それはしばしば執念とも呼べる情熱を持って実行に移され、ハマってしまうと帰ってこれない方が現れる場合も存在する。

 以下、割愛。

 話題かわりまして、こちらは五行の東方。
 渡鳥山脈向こうの大きな町、白螺鈿の喫茶店『向日葵』。
 この新装開店の喫茶店、大きな特色は給仕が全員『見惚れるような容姿の男性』だという所なのだが、問題は別にあるようだ。


 当初アリスト・ローディル(ib0918)は、得意満面の表情で現れた。私にできないことはない、大船に乗ったつもりでまかせてくれ的な物言いを繰り返していた。
 というのも。
「商売繁盛とな。こう見えても実家は商家なのだ、俺の脳漿を役立てる時が来たようだな‥‥長かった、長かったぞ!」
 商家の叡智とやらを、長いこと腐らせてきたらしい。もったいない。
 ようやく真価を発揮できるという事実に、万感の感動を噛みしめていたのだが、「着るものがなかったら、お店の衣装を着てね」という言葉で、己の状況を正確に理解した。
「‥‥は? じょそう?」
 今更知らされる衝撃の事実!

 蒼詠(ia0827)は頭を抱えながらぽつりと言った。
「これはギルドの手違いじゃなくて‥‥兄の悪戯心のせいだな、間違いない」
 曰く、大好きなお兄ちゃんの仕業で強制参加となったらしい。
「でもまぁ、やるからには店の繁盛のために頑張ろうか」
 仕事は仕事だ。
 割り切った若者の頬に、切ない涙が流れてゆく。

 中には、忘却に身を委ねようとしているルーンワース(ib0092)のような者もいる。
「開拓者なら、何時どんな状況に置かれるか、解らないし」
 幾ら潜入捜査などがあったとしても、無理に女を装う機会があるとは思えない。
「色々体験しておくのは大事だよな‥‥うん、大じ、だっけかコレ‥‥? ‥‥‥‥其処に気付くな俺!」
 時々浮かび上がる理性を、心の奥深くに封印する。厳重に鍵をかけておく。
「よし、仕事。頑張る」
 これは仕事、これは役目、全ては経験、未来への保険、そして後ろは絶対に見ない。

 割と平気そうなのは尾上 葵(ib0143)だった。
「みんな生活かかってたり家族がらみで大変やなぁ。実はこっちも甥の六花から頼まれてな。神楽ちゅうモンについて知りたいんだとか」
 はぁぁぁぁ、と深い溜息が聞こえる。諦めの溜息に違いない。
「まぁ仕事みたいなもんや。嫌い、ちゅう程でもないんやけどな。でもやっぱ」
 目の前の衣装に色々と萎える。

「そう、これは仕事です!」
 傍らの真亡・雫(ia0432)は、まるい瞳を僅かに潤ませて拳を握る。
「依頼を受けたからには全力でやらせてもらいます! ‥‥全力です」
 大事なことなので二度言った。しかし声は益々小さく萎縮する。
 吹っ切れたのか、吹っ切れていないのか微妙だ。

 ところで誰も異論を発しない。
 様子を見ていたローディルは動揺を隠せなかった。
「冗談じゃない! 誰も疑義を申し立てないのはどういう事だ!?」
「そういう仕事だし‥‥認めたくないけど」
 蒼詠はにべもない。
「お、女物など着た事もないし、そもそもどういう仕組みになっているかすら知らんぞ!」
 基本は下着から、という者達の様子に目眩を覚えてよろめくローディル。
「これも修行だと思えば大丈夫!」
 ルーンワースの何とも言えない元気付けに考え込む。
「そ、そういう‥‥ものなのか? く、これも修行、なのだな」
 ローディルの脳漿、あっけなく陥落。
 早いよ、ローディル。染まりゆく姿が、楽しみな逸材がここに誕生した。

 負の空気を巻き散らず者達と全く異なる男性陣がいる。
 村雨 紫狼(ia9073)もその一人で、過去の思い出話を始めた。
「浪漫ニストとして、様々な女性を分析してんでな!」
 妄想乙、と心の中で叫んだ人。
 命が惜しい人は、決して口に出してはいけない。
「結果として女装が上手くなっちゃったんだよなあ、俺」
 誇らしげに胸を反らす。
 ところで皆さん、よく考えてみて欲しい。
 愛する女性を喜ばせたい、自分にメロメロにさせたい。
 男性ならば一度は考えるだろう。相手の好みを把握したり、流行を追ってみたり、涙もちょちょぎれる地道な努力を重ねた経験のある者も多いに違いない。
 しかし、愛する人に『この口紅、君に映える色だと思うな』と微笑むことと、
 鏡に映る自分を見て『この口紅、君より俺を美しく魅せる色だな』と悦に入ることは、
 意味合いが、完全に異なる。
 むしろ『ロマンを求めて、女性の研究して、女装の腕を磨いた』という発言は、つまるところ女装して覗き‥‥という明らかに犯罪一歩手前の状態を彷彿とさせた!
「ということでみんなでHENTAI‥‥もとい変身タイム」
 確信犯の村雨が叫んだ。そして衣装部屋に消えた。
 彼の求める浪漫が、一体何処に着地しようとしているのか。
 それは誰も追求してはならない。

 同じく異彩を放つのは、最初からノリノリで現れた面々だ。
 御桜 依月(ib1224)は心底楽しそうに語り出す。
「男の娘募集と聞いてやってきました! ふふ、依月の魅力でお客さんを思いっきりメロメロにしちゃうんだから」
 既に準備万端である。仕草も口調もきまっている。
 恐るべし、真性・男のムスメ。

 どことなく淫靡な空気漂うKyrie(ib5916)は大した抵抗もなさそうで、ぐるりと店内を見回し、心底楽しそうに笑った。
「面白い趣向のお店ですね。私なりのやり方で、務めさせて頂きましょう」
 グオォォ、と黒い炎が見えた‥‥気がした。
 きっと幻覚だ。うん。

 同じ微笑みでも、黒がいれば白もいる。
 穏やかに微笑むエルディン・バウアー(ib0066)は、ぺこりと頭を垂れた。
「私、天儀神教会の神父です」
 身分は清く正しく美しいらしく、労働は尊い、を実践しにきたのだろうと皆が考えた。
「実は、教会に男性信者も増やしたいのです」
 突然、お悩み相談が始まった。
 本来ならば告解室で、迷える子羊の相談に真摯な態度で耳を傾け、静かで厳かな空気の中、よりよい選択を導き示す羊飼いである。しかしそんな神の代理人とはいえ一人の男、一人の宣教師、なにより一人の経営者。とくれば、布教活動に伴う諸々の悩みの糸口を、この人で賑わう町中で見いだそうと考えたに違いない‥‥と思っていた、のだが。
「そこで私は閃いたのです!」
 エルディンは、清い眼を見開いた。
「私が女装したら、男性信者も増えるのではないでしょうか!」
 どうしてそうなった。
 余りにも斜め上を独走する神父の発言に、ぽかーん、と開いた口がしまらなくなった面々がいる。驚愕すぎる見解の裏付けに、エルディンは次のようにのたまった。
「こう見えて小さい頃は、女の子に間違えられるほどでした」
 ふふふ、と照れ隠しの微笑みは美しい。
 だがしかし!
 皆さん、改めてよく考えて欲しい。
 子供の頃の男性というのは、中性的で女の子と見間違われそうな子が多い。天の歌声と誉れ高き変声前の美声も含めれば、それこそ幼い少年達はこの世の者とは思えないほど神秘的な存在に見えたりもする。
 改めてエルディンを見てみよう。
 太陽の煌めきを持つ金色の髪、涼しげな目元、整った顔立ち、透き通ったシミ一つない白面‥‥の下に続く、骨張った骨格と無駄に均衡のとれた引き締まった肢体! ついでに彼の身長は180cm、立派すぎるオトナの男だ。正直に言って神の恵だ。
 それを強制的に女として装うのは、違和感どころか神への冒涜ではあるまいか。
「というわけで女装と、もてなしの心を学びたく思います」
 エルディンの瞳は、何処までも蒼く澄んでいた。
 彼は曇りなき心で微笑んでいる。
 誰も異を唱えられない。

 並みいる男性陣の中の紅一点となった緋神 那蝣竪(ib0462)は興奮を隠せない。
「楽園は此処にあったぁ‥‥!」
 至上の喜びに浸っている。これから彼ら全員が女装を行う。酷いことになるかもしれないが、場合によっては眼福の成果を得られることになる。
 神楽様、ああ神楽様って最高!
 緋神は心の中で、魂のそこから企画者を神と崇めて惚れ込んでいた。
「美形揃いで十分目が幸せなんだけど、綺麗に着飾った艶姿はきっと格別よね」
「あ、あですがた?」
 喫茶『向日葵』は昼の町営業のため、夜の町仕様は厳禁である。



「さぁて腐じょ」
 げふげふごほごほ、と咳払いで欲望を隠した緋神は真剣な顔で皆を見た。
「もとい、婦女子冥利に尽きつつ、私は料理と、お化粧のお手伝い等の裏方をするわね。詳しくは厨房の調理師さんと後々相談するけど、男子諸君にも、少し味見してもらおうかな」
 意外と真面目な発言だった。
 その時、真亡が手を挙げた。
「僕は普段から甘いものが好きなので‥‥果物の砂糖漬けとか、どうでしょう?」
「いい案ね! 甘味で色々工夫してみましょうか。他のみんなも、いい案があったら、どんどん発言してね」
 意外と真面目な発言だった。
 ルーンワースもきちんと『仕事』を忘れてはおらず、店が開くまでにメニュー名、味の特徴やお勧め具合を確認・接客用に暗記しようと呼びかけた。正しい。これこそ真の接客の基礎中の基礎である。
「じゃ、神楽さんに相談してくる。すぐ戻るから、みんなは衣装決めはじめてて!」

 嵐が去って、悪夢到来。
 かくして阿鼻叫喚の着替え騒動が巻き起こった。

 最初っから男のムスメ上等の覚悟でいた御桜は、日常的に着用しているのか純白のレースがあしらわれた紐のショーツを履いて、神楽の衣装コレクションの中からジルベリア風のドレスを借りた。白と桃色を基調としたフリルとリボンたっぷりの愛らしい女の子の衣装だ。大きなリボンで腰回りをキュッと絞り、自前の小悪魔サンダルに合わせて部分的に黒いレースも付け足した。薄化粧に、兎を模した獣耳カチューシャを装着する。
 無駄のない身支度に、感動すら覚える。
「よし、おっしまーい。他の男の子達にもお化粧してあげるねー。ふふふ、普段から女装してる依月のお化粧スキルは結構なモノだよ? 順番に回るから安心してね!」
 持てる美しさは最大限に生かすが吉。
 体に染みついた化粧技術をもって、支度の終わった男達の容姿を変貌させていく。

 というわけで羞恥心溢れる男達の様子を実況したい。

 春を意識したワンピースに着替えた蒼詠は、ここまで来て食い下がった。
「出来れば厨房に回りたいのですが‥‥」
「何を仰っているんです。人類は皆兄弟。そして私達は、しなばもろとも、です」
 背中に後光が輝く神の代理人、エルディン。
 良い人っぽく見えて、後半の発言が無邪気な悪魔だ。
 抵抗虚しく化粧係の所に引きずられてゆく。
 普段は首筋で飾り気もなく纏められている髪は綺麗に梳かれ、漆黒の黒髪は肩に流れた。
「これ、耳元に花でも飾れば完璧じゃない?」
「いーかも! あと依月的に、この口紅の色がオススメだよ」

 ところでエルディンは肉体美を披露するかに思われたが、よんどころない事情で全身負傷しており、全身包帯まみれになっていた。微妙に血が滲んでいる時点で、休んではどうかと色々心配されたものの、これも神が与えたもうた修行です、と言い張るばかり。
 しかし彼もまた、形から入るタイプの人物らしい。
 なんと下着はノープルショーツ。
 つまり淡いピンク色の女性用下着を装着していた。サイドに大きな赤いリボンがついており、簡単にほどくことができる乙女の勝負下着なわけだが、無駄すぎるエルディンの勝負精神が、明らかに斜め前を走り続けている。
 間違っても、造形美を体現する彼のポロリは見たくない。
 そして衣装にはジルベリア貴族の屋敷で働く女性が支給されるお仕着せ服、いわゆる『メイド服』を纏っていた。神父の服は日常茶飯事ながら、メイド服は妙な気分になるらしい。
「こ、これは、なんて美しい、癖になりそうです」
 なっちゃだめだ。
 誰か彼に正しい美意識を!
「そういえば統一感がなにもないね」
「それでしたら、こんなものを持参いたしました。お貸ししますよ」
 人数分、獣耳カチューシャ。
 振りまく金色の笑顔。
 一体どこから仕入れてきたのか、悪戯に尋ねることもできない。

 散々女装に抵抗していたローディルも、御桜と緋神の協力により変貌を遂げていた。
 女物の下着は最期まで抵抗し、妥協案として桃色の褌を履いた。しかしどことなく透けている気がするのは気のせいである。
 借り物の黒いドレスに白いエプロンで、エルディンとはひと味違った清楚可憐なメイドの姿に変身した。しかし揃いの獣耳カチューシャが独特の愛らしさを醸し出す。
「‥‥こ、これも経験か。真の智者への道は遠いな‥‥」
 騙されてるよ、ローディル。

 ついでに、どこからしいれてきたのか、という台詞を言いたい者は他にもいた。
「こんなこともあろうかと!」
 どんなことだ。
 覚悟を決めたルーンワースの手に輝くは、ジルベリア産の布胸当。やっぱ女物である。しかもより胸を豊満に見せるために、布の隙間に真綿が詰めてあった。捨てるつもりの支給品から掘り起こしてきたらしい。全世界で貧乳にお困りの女性達が喉のそこから欲しい偽チチを装着し、泰の地方で作られている青く輝く長袖旗袍を腰帯で止め、髪を結い上げて薄化粧を行う。
「では最期に仕上げを」
 絶世の男のムスメ、獣耳カチューシャにより微妙な破壊力を身に纏う。

 真亡は引き締まった細い腰を強調し、大胆にも露出したメイド服を着て現れた。更に短いスカートで真っ白な太股まで惜しげもなく露出させていた。頬を真紅に染めて俯く。
「‥‥ぼ、僕は普段着からヘソ出しなので‥‥こういうタイプの服が、好きなんです」
 潤んだ瞳、紅潮した頬、華奢な四肢と恥じらう仕草。
 可愛いと思った人、目を覚ませ。
 化粧はしたことがないという訳で、那蝣竪と依月に頼むことになった。

 ところで吹っ切れた村雨はというと、浴室からヒドイ姿で現れた。
「浪漫ニストの知識を総動員した、神々しいまでの成果を見よ!」
 その誇らしげな顔には、蒼い剃り跡一つ見あたらない。
 普通の男が産毛の一つ、と見逃すムダ毛を、つるんつるんに剃りきった。化粧のノリや見栄えが悪くなるから、と完璧を目指すあまりの全身脱毛に挑んだのである。
 女物の下着の端から、一本たりともムダ毛が見えない。
 何人かが色んな意味で泣いた。しかし吹っ切れた村雨は、美しいポージングを崩さない。
 垢をも削り落とした男の玉の肌は、水の雫を綺麗に弾く。
「そこの変態露出狂! 早く着替える!」
「そう、これこそHENTAI‥‥ちげーよ!」
 文句を言いながら、店に持ち込まれた某国の衣装を纏う。
 歌手を意識した真紅のチャイナには深いスリットが入り、金の糸で縁取られていた。勿論、靴は踵が高く、履き物から化粧まで全てを赤で統一する。最期に桃色の筋が入った金髪のカツラを纏い、借り物のケモミミカチューシャで突撃準備完了である。
 しばらく己の変貌ぶりを自画自賛して悦に入っていた村雨だったが、暫くして正気に戻った。
「‥‥これ、ギルドの連中が見たら‥‥どー思うんかな」
 ビシィィィ、と動きが止まった者が数名。
 幾ら仕事でも、ばれたくない相手はいる。
「おし、みんなで源氏名を名乗ろうぜ! それがいい! 知り合いと出会う確率は低い!」
 そして気を取り直してキメポーズをとった。
「源氏名は紫江瑠・濃霧、天儀の妖精・シエルって呼んでね!」
 言い放っておきながら、自分で心理的ダメージを受ける村雨。がっくりと膝をついた。
「いやうんまじで‥‥‥‥ギルドで名前バレすんのもアレだ、ここだけは許してくれ」

「覚悟がたりひんのぅ」
 低くて高い独特の声音。
「ビシッと決めや、ビシッと。お前さんら、それでも男を張ってるつもりかい? あんまり怒らせるんやないで?」
 依月による化粧を終えて現れた尾上は、エルディンに喧嘩煙管をびしっと突きつけた。
「‥‥まけへん。この勝負、あんさんには、まけへんでぇ」
 一度火がついた尾上の女装魂は徹底していた。
 エルディンと全く同じ女物の勝負下着、つまり桃色乙女心なノープルショーツを履くところから対抗心の片鱗が伺えたわけだが、白と緋色の巫女装束に獣耳カチューシャ、更に狐のしっぽと狐の手袋、薔薇の刺繍が施されたシルクのストラ、足下は猫足サンダルという徹底したケモノ萌えを標的に絞っている。
 桜の眼帯の向こうに、歪んだ情熱が燃え上がる!

 そんな部屋の片隅で黙々と着替えるKyrieは、御桜と同じ紐ショーツを履くところから既に気迫を漂わせていた。
 此処は負けられない。決して負けることはできない。
 なぜなれば、女装こそある意味で本職!
 劇場を愛する吟遊詩人たるもの、役に染まることぐらい朝飯前でなくてはならない。
 というわけで抵抗なく変身と化粧に勤しむ。
 黒を基調としたワンピースドレスは、スカート端や袖に白いレースが施され、可愛らしく仕上げられた品を選んだ。勿論、ドレスは自前だ。真の吟遊詩人たるもの、頭からつま先まで抜かりはない。よって黒のロングストレートで前髪は切り揃えられたフルバングの形のカツラを被った。加えて漆黒のヘッドドレスで頭部を飾り、首筋には黒く染めたシルクのストラをかけ、両手に漆黒の手袋をはめる。
 そして獣耳カチューシャを、どうみても怪しい気配しか感じない熊の人形に装着させる。
 熊人形、手にした斧と口元の赤い色合いが、どうにも物騒だ。
 放たれる威圧感、そして存在感が凄まじい。

 ノリノリな者、あきらめが肝心な者、自分を見失った者達を熱烈な眼差しで眺める緋神は、小さないざこざすら腐臭漂う妄想の養分として己に取り込み消費していた。
「きゃ、皆美人さんよー! どお? いつもと違う自分って楽しいでしょ! とびきりの笑顔でおもてなししてあげてね! 頼んだわよっ」
 その輝ける瞳は、更なる修羅場を求めていた。


 まず一日練習してみて訓練を重ねた後、男のムスメに生まれかわった男達は隙のない衣装で我が身を固め、群を成して訪れる白螺鈿の乙女達を出迎えた。
「いらっしゃいませ〜! 喫茶・向日葵へようこそ!」
 名前を偽ることすらしなかった御桜が満面の笑顔で出迎える。
 はきはきとした口調、愛らしい仕草、満面の笑顔、どれも接客に必要なものはきちんと揃っていた。たとえ恥ずかしかろうと、どんなに涙しようと、顔で笑って心で叫ぶ。
「雫と申します。こちらへどうぞ」
 容姿が役立つなら本望、これも修行の一環だ、心の中で自己暗示をかける雫。似たような気配を隣から感じ取るが、お隣の男のムスメは内気な愛らしさ全開だった。
「い、いらっしゃいませ〜‥‥さ、沙織と申します」
 ぽ、と恥じらう美少女仕様の小柄な少年。
 きゃわいい、きゃわいい、とはしゃく女性客の声に複雑な心境の蒼詠が心で涙する。
 そして晴れやかな聖職者スマイルを振りまくのは、傷天使エルディーナ。
 彼曰く。
『輝く金髪と笑顔。私の美しさは女装しても通じるはず!』
 その自信に拍手を送りたい。
 もっとも自信を裏付けるように売り上げの成果を上げる辺りが流石と言えよう。
 包帯に滲む血に気づかれても、彼はそっと女性の手を包み込み、目を潤ませた。
「あなたの手を煩わせることわけにはいけません。どうかご心配なく」
 きゅぅん、と妙な音が聞こえた。
 気のせいにしよう。
 店の物陰からじっと視線を感じる。様子を伺っていたらしいが、引きずり出された。
「ほらアリスちゃん、挨拶、挨拶!」
 御桜が背を押す。
「う‥‥ち、知識と日陰の‥‥あ、アリス‥‥で、す」
 顔を真っ赤にして名乗った。
 高尚な脳漿をしぼりにしぼって、本名をもじったローディル、いやアリスは、当初小声でぼそぼそと作業に取り組んでいたものの、やがて開き直った。商魂は恥じらいより優先されるようだ。

「いらっしゃいませ、二名様ですね」
 黒曜宮ルーンは引き締まった表情をしてはいたが、激しい影の薄さで頻繁に存在を忘れ去られていた。しかしきちんと給仕としての仕事はこなしており、込み合ったりトラブルには難なく対応した。

 だがしかし!
 異彩を放つ装いのみならず、イレギュラーな接客係も存在する!
 窓辺で桟にもたれ、窓の外を眺めながら一服する男、尾上こと、紅隻眼のあおい。
 果たして彼は接客する気があるのだろうか。
 余りにも自由すぎる。
「ボンジュール」
 宵闇の令嬢キリエは、挨拶以外、全て無言無表情で通すという固い決意が伺えた。
 熊の人形を使い、或いは身振り手振りで話そうとしている。
 目立つ。
 村雨もとい紫(源氏名と肩書きが長いので省略)ことシエルは美少年達をおしのける!
「わたしがこの店の一番よ、さぁこっちよ、いらっしゃい!」
 高笑いが聞こえてきそうだ。

 一歩間違えれば、夜の店。
 そんな危険な喫茶店『向日葵』のアイデンティティをかろうじて保っていたのは、店先に出てくることが出来ない厨房の戦乙女、緋神であった。
『喫茶店だから、軽食と甘味が中心かしら?』
 それは開店前日の夜のこと、遅くまで料理人や神楽と真剣な打ち合わせを重ねていた。
『女性が主な客層で、少し暑くなってきたから、寒天や水羊羹、氷菓子、果物を使った涼しげな甘味を取り入れてみるべきだと思うの。ジルベリア風に言えば、「パルフェ」という物ね』
『なるほどね、流石女の子、押さえてるわぁ〜』
『ありがとうございます、神楽様』
 偉い人に褒められまくったらしい。
 上機嫌で開発は続き、決められたメニューについては給仕の男性達にも詳しく伝えた。
『‥‥というわけ。あと、蜂蜜やクリームを添えて食べるどら焼き生地は、果実で豪華に飾ったケーキに見立て、特別メニューにしておくわ。白螺鈿は米が豊富だから、一口大の手毬寿司を洋風に可愛く盛り付けた品もあれば、お食事時もばっちりね!』
 読みは当たり。
 只今喫茶『向日葵』、大盛況につき指名サービスが混沌としていた。


 指名というのは、いわゆる「はいあーん」と食べさせるアレだ。
 誰が最初に考えたのか知らないが、見目麗しい男性陣を短時間独占し、嬉し恥ずかしの乙女の至福に浸ろうというのである。可愛い女の子、凛々しい美人、たとえどれほど女のように装うと、彼らは歴とした一人の男性だ。
 好みの容姿のあの人に、食べさせてもらうラブラブサービス。
 恥を捨てた女性達が頼みだした途端、まるで夜の町さながらの引っ張りだこになってしまった。ついでに割り増し料金を取ろうというのだから、ぬけめがない。
 ルーンの働きで、おどおどしながら一人で来店した客にも評価が高い。
「ああっ、私ももてなされたいー!」
 厨房から聞こえる緋神のだだ漏れ妄想。
 全員侍らせたら、そこは理想郷。
 というわけで。
 ここで緋神と女性客が羨む、ご奉仕の光景ベストスリーをご紹介したい。

 まずは指名率、第三位。
「しょうがない、はいあーん」
 ついさっきまで接客する気配ゼロだった紅隻眼のあおい。
 実は随分と芸の細かい下準備を考えていたらしく、指名されると『この美しくも醜く、真実で偽りに満ちた世界に、その命、無窮の空へと散るなら、今日限りとて愛しく思えるものを』と詩を読み上げてくれた。更にぶっきらぼうな接客に礼儀がないかと思いきや。
「ほら、ちゃっちゃとしてや。ねぶって、ほら」
 めんどくさそうにしながら世話をやく、究極の姉御肌が顔を出す。
 ギャップ萌えである。

 惜しくも指名率、第二位。
「ご指名ありがとうござます。エルディーナはあなたにご奉仕します」
 スカートの裾をちょいと摘んで華麗なるご挨拶。
 全身を覆う包帯と異質なメイド服でなければ、よほど絵になるこの男。
「はいあーん。‥‥ふふ、いそがなくてもいいんですよ、こぼれてしまいます」
 ああどうか、その蒼い瞳で、いつまでも私を見つめていて。
 普段着なら絵になるのに、ああなんともったいない。
 彼は只今包帯まみれ。そして下着から女物。

 栄えある指名率、第一位。
「私が担当につくなんて、感謝すればいいと思います!」
 全力で叫んだ。
 ツンデレにもほどがある。
 まるで子猫のように店内を逃げまどい、極力奉仕サービスから逃げていたにも関わらず、視線がばっちり合ってしまった時の戸惑い方、顔を真っ赤にして助けを求めるあの表情、えもいわれぬ恥じらいの仕草、そしてツンツン装いながら時にデレるお約束。
 可愛いと言えば毛を逆立てるように動揺し、綺麗だと言えばそっぽを向いて礼を言う。
 悶絶ものの表情変化だ。
 本人はさっぱり意図していない辺りが可愛くて仕方ない。
 思わず虐めたくなる可愛いアリス。
 これでも二十四歳なのだから驚きだ。


 しかし奉仕するばかりが、彼らの技ではない。
「大事なお客さんに、変なコトしようとしてる人が居たら、どつくよ?」
 夕暮れ時は変な客もまざるものだ。御桜がいい笑顔で対応していく。
 求めに応じて演奏を行うキリエ嬢。場を盛り上げるイベントタイムと説明し、咆哮混ぜて歌うシエル。喫茶店とは思えないパフォーマンスぶりである。それがまた夕方になると男性客が増えて、微妙に受けているのがなんともいえない。
 ついでに出血が洒落にならなくなってきたあたりで、人気ナンバーワンのアリスをとっつかまえたエルディーナは、小芝居を始めた。
「いけませんね、接客がなってません。あとで私の部屋にいらっしゃい」
 つつ、と頬を辿る骨張った指先。
「この! ‥‥っ、や、やめてくださ、い」
 奥へ消える二人。
 響く黄色い絶叫。
 聖職者だったんじゃ、と心で絶叫する雫。
 状況を察した沙織が、治癒符を持って後を追う。
 ついでにこの芝居のウケが良すぎて、あおいが次の日から『○×○』と描かれた怪しげな札を用意し、半分腐向けの劇場が出来上がることになった。

「はっはっは、美しき男のムスメはここかい?」
 閉店間近で現れたのは、流離いの美食家、憂汰さん。知る人ぞ知る、とんでもない大災害である。現場に残った真面目な男達が怯える。周囲を見た。しかしパフォーマンスに熱狂している仲間と、演技したまま奥でひっこんだ者が多すぎる。
「そこの美しい人、あーんとやらをしてもらおうじゃないか」
 選んだ相手は、尾上のしっぽにもふもふしていたルーン。
 天国から地獄。
 喉から声が出ない

 そんな店先の緊急事態も、奥にひっこんだ者達には伝わらない。
「んな怪我で無茶するから。まぁ、こっちも指名続きで助かったんだが」
「ありがとうございます、アリス。あう〜〜‥‥、神よ、これも試練でしょうか」
「エルディーナ、包帯を巻き直さないと」
 平和な三人である。



 燃え尽きたぜ、真っ白にな。
 男達は女装から着替えて、閉店した店の中を掃除しながら天井を仰ぎ見た。
 本領を発揮しきった村雨は灰になって塵になるほど真っ白な様子で椅子に腰掛けていた。はいはい邪魔邪魔、と掃除中メンツにぞんざいな扱いを受ける。
 尾上が雑巾を絞りながら肩を鳴らす。
「あーつかれた。仕事っちゅうても、やっぱ元の格好に戻ると、気恥ずかしいもんやな」
「‥‥うん、変わった仕事、だったね‥‥」
 ルーンワースの頭の中では、既に物事が過去形になっていた。
「本当です。脱いだ今でもこんなに恥かしいのに‥‥でも、楽しんでくれてる皆を見てると」
 ぽっと、頬を赤らめる男、真亡。
「は! しっかりしろ雫!」
 常識が何処かへ消し飛んでしまいそうな彼は、現在多感な十六歳だ。頑張れ。
「‥‥うぅ、男らしくありたいのにどうして女装‥‥」
 蒼詠がブツブツ呟いている。後悔しているようだ。
「もしや後悔でも?」
 現れたキリエは悠然と微笑んだ。
「何を言います。私は違いますよ。自らを美しく装う事に後悔なんて生じません」
 強い。
 猛者が居る猛者が。そこにエルディンも加わる。
「これは神が与えた修行です! 謹んで受けますので、後悔などありません。アーメン」
 傷だらけの包帯男。本日の無事に終えた成果を、遙かなる天上の神に感謝する。
 修行、という言葉に反応したローディルはといえば。
「女性の目で見た世界はなかなか興味深かった‥‥かも知れん」
 汚れた記憶を美辞麗句で装って、何とか理性を保とうとするローディル。
 衣装は脱いだ。化粧は拭った。そしていつもの自分が帰ってきた。
 もしかしたら、あれは夢だったのではないだろうか。
 俺達は悪夢を見たに違いない!
 御桜は現実逃避まっしぐらの男達に微笑みかけた。
「依月は明日も全力でいくから、みんなもがんばろう!」
 そうだ。
 みんな日付を思い出せ。
 本日は、喫茶店『向日葵』の営業開始一日目。
 彼らの戦いは、まだ始まったばかりだということを!
「二度とやらんがな! やらんぞ! やらんと言ったらやらん!」
 ぶるぶると怯えた子犬のように後ずさるローディル。
 今だ抵抗しようとする根性は賞賛に値する。御桜と緋神がにじり寄る。
「でも、仕事だし」
「ね、ア・リ・ス」
 イアダアァァァ、と地の底から響く叫び声が聞こえた‥‥気がした。


 五行東方、白螺鈿に咲いた異色の花、その名を、男のムスメ。
 喫茶店『向日葵』からとって、世に『向日葵のオトメ』達と呼ばれた勇猛にして華麗なる男達のオトメ似顔絵が、一部の女性陣の間で高値で取り引きされた事実は、知らぬほうが幸せなのかもしれない。