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■オープニング本文 どうして見つけられないのだろう。 白螺鈿の大地主になった如彩幸弥は書斎に閉じこもって頭を抱えていた。 彼の目の前にあるのは、翡翠から削り出された屋敷型の大きな模型だ。売り払えば屋敷ひとつ……否、出すところに出せば遙かに上回る値をつけるであろう芸術品を、幸弥はじっと見つめていた。第三者から見れば芸術品にして財宝。けれど持ち主の目には無価値な品物でしかない。 より正確に言えば『このままでは価値がない』というべきだろう。 「どうしてだろう。兄さん」 彼には血の繋がった兄達がいた。 一人目は豪商の婿になった長男、二人目は勘当された次男坊、三人目は他界した腹違いの兄。 「探し出せない」 幸弥は他界した兄の財を継いだ。 数多くの資産の中で、尤も素晴らしい財は腹違いの兄が集めた資料の山。 幸弥は資料を読み、この地の秘密を知った。 それからずっと兄が探せなかったものを探し続けてきた。 何年も、何年も、誰にも話すことなく。 けれど。 それも限界だ。 「開拓者に託すしかないか」 できれば使いたくない手だった。 彼らは力を持っている。国との繋がりを持つ者も多い。 そして何よりも『正義』を優先する。或いは『己の利益』を最優先する。 流れのよそ者に、此処で暮らす苦悩は理解されない事が多い。 「上手く言うしかないかな」 幸弥は兄の筆跡を辿った。 「虎司馬兄さん、ボクがんばるよ。そうすればきっと、全部うまくいく」 あなたの努力を無駄にはしない。 きっと全部を取り戻してみせる。 + + + 「偉大な精霊を探して欲しいんです」 「は?」 失せ物探しと聞いて五行国東方の白螺鈿に来た開拓者達は、おだやかな物腰の青年こと如彩幸弥と向き合っていた。 とても地域で無数の土地を納めているとは思えないほど線が細いが、その両目は何処か落ちくぼんでいた。 依頼主は資料をみせた。 曰く、此処の里には沢山の信仰が残っている。 たとえば『雪逢いの仙女』や『雪神祭の福男・雪若の起源』などを、地元民は恋物語や雪神祭の伝説として囀る。 神がいようといまいと、人々にとってはどうでもいい。 今では民話や祭として廃れた話ばかりだ。 ところが、それらの大本には本物の精霊が関わっているのだと熱弁を振るう。 「雪神様は実在するんです」 幸弥の目が輝いた。 「実在した、っていうべきかな。 亡くなったボクの兄さんが古文書の研究をしていて、神を大地に縛った話というのがあるんです。此処には元々土地神がいたけれど滅ぼされてしまった。見かねた当時の力ある者……今でいう陰陽師達が、別の場所から神を移動させてきたそうなんです。 ここがアヤカシに支配されぬよう、瘴気に汚染されぬよう、多大な犠牲を礎に最高の結界を創りあげた」 「結界、ねぇ」 「はい! 以来、土地を守る者は代々精霊を崇めて受け継いでいたそうです。 水を澄ませ、土地を肥やし、大規模な干ばつを防ぎ、人々や獣に生命力を与えさせてきた。 当時の碑石も何カ所か確認をとりました。ボクが持っている巻物は上巻しかありませんが、地にお宿り下さった精霊に願いを叶えていただく為の手段が書かれています」 興奮気味に話していた幸弥が溜息を吐いた。 「けれど下巻と精霊様がみつからなくて。 僕ら如彩家の前に土地守をしていた家が利己主義で、精霊様を隠してしまったと祖父から聞きました。何処かに埋めたという情報はありますが、町中を掘っても見つかりませんでした。 見ての通り、ここは五行国の穀物地帯。 なのに戦火の爪痕は今も残り、瘴気の噴出で南側から難民もなだれ込みました。 国からの助成金はありますが、とても全員を食べさせていくには足りません。 住む場所だって限られている。 この街は生きながら死んでいるも同然です。 かつて澄んでいた川の下流は、今では悪臭を放つようになりました。 今こそ……精霊様を探し出さなければならないんです。 白原川の水を清め、豊作を促し、土地一帯の瘴気を完全に浄化して、家を失った難民達を故郷へ帰してあげたいんです! だから、 どうか協力してください。 偉大な神に戻っていただく為に……国に打開策を奪われる前に、皆さんの力で探し出してもらえませんか」 話をきいた開拓者は頭を掻いた。 人々が困り、状況が切羽詰まっている風なのは分かった。 だが瘴気を検知しろ、というならまだしも、手がかりもない精霊を探せとは無茶難題に等しい。 「少し考えさせてほしい」 捜索が可能かどうかを検討する、と言って一旦帰ることになった。 一同が書斎を出る。 「神を独り占め、ね」 「そんなに水って濁ってたっけ?」 「橋を歩いた時に匂いはしたけど……誰か釣りしてるの見たような」 廊下を渡り、玄関から出ていく時に女中達の話し声が聞こえた。 「やだ、開拓者を呼んだんだ」 「ほんとだー、そろそろ資産の整理をはじめるんじゃない?」 「ねー、使用人減らしてまで幻の宝探しに全財産つぎ込む、とか正気じゃないよね」 「昔はもうちょっとマシな方だったのにねぇ」 「食い潰し過ぎよ」 「こうしてみると誉様って堅実な方だったわねぇ、神楽様は経営がお上手だったし」 「あーぁ、なんでこんな事になったのかしら」 「遺言じゃない」 「虎司馬様の奴でしょ。妙な封筒を受け取ってから、おかしくなっちゃったわよね」 「受け取り拒否されて巡ってきた遺産なんかろくなものじゃないわ」 「いえてる。そろそろ就職先さがさなきゃかしら」 「如彩家もいつまで……」 女中達の話し声は廊下の果てに消えた。 |
■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
白 桜香(ib0392)
16歳・女・巫
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫
桂杏(ib4111)
21歳・女・シ |
■リプレイ本文 「う〜、幸弥おにぃさまタイヘンですの。心安らかになれるようにがんば……」 屋敷を出て駿龍のクルースニクの所まで戻ったケロリーナ(ib2037)は我に返った。 「けろりーな、ちょっと調べものしてきますの」 「調べもの?」 「白螺鈿と幸弥おにぃさまが精霊様を何とかするじゃなくって幸せになる方法を提案してみるですの〜! その為のしらべものですの!」 言うやいなや飛び去った。 御樹青嵐(ia1669)も街へ消えた。 住民による会話の盗み聞きを恐れて郊外へ移動した白 桜香(ib0392)たちが屋敷の方向を見た。 「白螺鈿を治めるのは色々大変な事がおありなのでしょうね」 桂杏(ib4111)は頬に手を当てて深い溜息。 「今回の件につきましては若干……いえ、他聞に責任を感じずにはいられませんが……それはそれとすべきなんでしょうね」 今にして思えば四男虎司馬の婚約でっち上げも無関係では無いような気がするが、問題は幸弥だ。 農家で共に働く面々と顔を合わせた酒々井 統真(ia0893)はガリガリと頭を掻いた。 『さて、……この時が来たか。腹括って対応しねぇと……けどなぁ』 本当の事を言う訳にもいかない。 広い野原で酒々井はぽつりぽつりと考えを纏め始めた。 「幸弥は……精霊の存在は確信してるっぽいから、精霊の存在に懐疑的な立場からの捜索不可主張は意味がねぇ。何より『精霊にもう手が届かない』と幸弥が考えた時、どんななりふり構わない手を取るか分からねぇ」 桂杏は頭を悩ませる。 「嘘は言わないが、本当のことも言わない……程度の接し方でいかないと。なんにせよ『精霊様を戻すことが現在の人の手には余る』と思わせるしかない気も致しますが」 「確かにな」 酒々井が唸る。 「となると『喪失していると確定できる情報がないなら、見つけられる可能性は無くはないと思う』と言うしかないか。……どこかに埋めたって話をどこから得たのか知らねぇが、『散々探して見つからなかったなら、埋めたという情報が誤りだったんじゃないか』って話も出きると思う。なんにせよ、農場の土地に執着されないように気を付けねぇと」 桂杏が風にたなびく稲の穂を眺める。 今年はどこも豊作に違いない。 「随分と切羽詰まっておいででしたが、幸弥さんは白螺鈿の何処に絶望を感じてるんでしょうね。そろそろ収穫祭の時期ですし、市場に並んでる品々は出来も上々……どこか特別不作という話も聞きませんし」 「さぁな。幸弥があそこまで必死になる理由は分からねぇな」 俯いた白は両手を握りしめた。 「何だかんだ色々ありましたけど、幸弥さんは一番均衡を保つ感覚に優れた方だと思います。今まで市場や豪雪の時、農場にも気を配って下さって、平和に保ってて下さいました。感謝してます。神や精霊の加護を願う事は人なら誰でも望むことですし、大きなものに頼りたい事情があるなら……幸弥さんを何とか助けてあげたいです」 それぞれ説得を考えるとして、一旦三人は解散した。 酒々井の気がかりはもう一つあった。 『幸弥の心象が悪くなってってるっぽいのが気にかかるな。虎司馬も強引な手を使ってたし、このままだと幸弥もそうなりかねねぇ……』 考えた末、酒々井は榛葉大屋敷を訪ねた。 白螺鈿で指折りの豪商だが、如彩家から婿に入った長男の誉が住んでいたからだ。 「依頼のついでで立ち寄ったんだ。元気そうだな、前より顔色がいい」 「ああ。商売の交渉はどうにも向かないが、帳簿と睨み合っているのは性に合うみたいだ」 世間話は和やかに行われた。そしてさりげなく話題を振る。 「そういや幸弥は随分忙しいらしいな」 「会っていないが、忙しいだろうと思うよ。地主の仕事とはそういうものだ」 「なんだ会ってねぇのか。噂じゃ、幸弥が白螺鈿の将来の事で追い詰められてるって話だぜ。兄貴なんだし、人生相談にのってやったらどうなんだ」 「勘当された長男が、かい?」 「別に家帰れって話じゃねぇよ。地主は幸弥になった、それは揺るがねぇし、あんたも今更で色々あると思うが……弟だろ。兄貴が気にかけてやるだけで随分違うと思うぜ」 「相談、か。あれは余り他人に悩みを話す性格ではなかったから、何に悩んでるのか今一」 「抱え込んでるんじゃねーか?」 「ありうる。が、私は愚痴聞き役に不似合いだから、神楽にも少し話してみよう」 そんな会話をして酒々井は榛葉大屋敷を出た。 『さてっと、誉と神楽が二人係りで行ってくれりゃ『精霊を手に入れるしかない』ってぇ発想から少しは目ぇ反らせそうな気もすんだが。現実的な解決法が見つかるかどうか』 未来は誰にも分からない。 日を改めて、幸弥のもとに開拓者達が訪れた。 御樹が唸る。 「私は不可能ではないと思いますが、そういった独自の意志を持つ類を頼った結果、どうなるかは知っておいて頂かないと周囲の者をは困ると思います」 「頼った結果、ってどういう事?」 御樹は雪神を頼った結果どうなるかの事例を幾つか話すつもりでいた。 それを知った上で頼るなら、遺跡の出来事などをうち明けてもいいかもしれない……と。 しかし。 それは間接的に雪神の存在を知っている事をバラすとともに、雪神の存在を隠したい者達や……雪神の解放と帰還を待ち続けた精霊達の信頼を裏切ることになる。 咄嗟の機転をきかせた桂杏は「私も可能だとは思います」と話に割り込んだ。 「ただ選ばれた巫女や神代ではない者が精霊を使役することが、そんなに簡単にできるのか? という点について甚だ疑問ではあります。他国では精霊に害された記録もありますから。でも精霊が本当にいるなら……不可能ではないかと」 懐疑的に答えた。 酒々井も「同感だな」と言葉を添える。 白は「神探しから少し話がずれるのですが」と前置きして意見を述べた。 「神様より先に、まず下巻を探すべきだと思います」 「何故?」 「重要な事は大抵下巻に書いてあるものですし、対象が物なら神様より見つけやすいかと思いまして。ギルドへ依頼さえ頂ければ、百家の資料を調べるなどの地道な調査は私達開拓者が担う事もできますし、私もお手伝いいたします。でも宛のない調査ほど途方もない仕事はありません。やることは山ほど有ると思うんです。ですから足固めが済むまで、どうぞ幸弥さんは通常業務に打ち込んでください。神様が見つかるまでの間に守るべき白螺鈿と家が荒廃していては本末転倒です」 桂杏も「同感です」と幸弥に語りかける。 「仕事柄精霊やアヤカシと接する機会の多い開拓者の身だからという訳ではありませんが、精霊は道具ではありません。仮に従わせる方法があったとして、実行するにはどれだけの実力が伴わないといけないのか等が分からないと、死者も出かねません」 桂杏は「幸弥さん、もう一つお訊ねして宜しいでしょうか」と首を傾ける。 「なにかな」 「今日における白螺鈿の繁栄は本当に精霊の力のお蔭なのです?」 「神が存在しないと?」 「いえ、信心の話ではなく。私どもは長く土地柄の仕事も多く請け負って参りました。記憶違いでなければ……如彩家がこちらに移られてから、白螺鈿は穀倉地帯として発展していったのだと聞いています。そうなりますと時代が合わなかったり、繁栄が精霊の力によるのか、道を示すものがいなかっただけなのか、どちらか判断しかねます」 幸弥は押し黙った。 「天儀歴973年に祖父は父を連れて此処へ移住した。祖父は神の存在を聞いて探したけれど、見つけることが叶わなかった。だから神に頼らない方法を求めて土壌の改良や湿地帯の整備を人力で行った……此処まで整備し、繁栄をもたらしたのは祖父の知恵と努力だ」 「……人の力でそこまで這い上がったなら、何故いるかもわからない神に縋るんです? 神探しに時間を費やすより、白さんの言う『やらねばならぬ事の方が多い』ように思います。例えば白螺鈿が他所よりマシである限り、困った人は集まり続けるものです。避難民が今後も増え続ける。つまり神頼みするより国と対策を講じませんと」 「それは、そうなんだけど」 黙っていたケロリーナは眠そうに目を擦りながら「これを役に立ててほしいですの」と報告書の束を取り出した。幸弥が眉を顰める。 「これは?」 「クルースニクちゃんと一緒に調べた資料ですの。まずは農家のお米とかお野菜の生産量を聞いて回ったのと、こっちは結陣から取り寄せた五行国東区の瘴気の汚染分布ですの。資料を見ると生成姫がいなくなった後、瘴気の噴出があった地域は、その後も噴出してる訳じゃなくて一時的ですの。精霊力が強い龍脈上は浄化が始まってますし、魔の森の範囲も殆ど昔とかわんないですの」 それは正確に集められた資料だった。 開拓者個人の調査には限界があるが、ケロリーナは必要な場所に問い合わせたのだ。 「わかんないことは怖いことにつながるですの。でもこれを見ると、幾つか対応はできると思うですの。瘴気の浄化だって汚染土を浄化した吟遊詩人さんたちの力を借りれればできるコトですの。そうすればまた住めるようになるですし、食料問題もちょっと幸弥おにぃさまが介入したり、国の人に助けてもらったり、開拓者を効率的に使えば良いですの」 ケロリーナは拳を握った。 「他の人に色々言われても、それはきっと幸弥おにぃさまおひとりで抱え込まないで、白螺鈿のお人たちがもっと力を合わせて困難に立ち向かえってことだと思いますの! そしたら天網恢恢疎にして漏らさず、で、精霊様もきっとみつかると思いますの!」 御樹は「生意気な発言を致しますが」と前置きして口を挟む。 「急激に事態を改善すること、信頼を抱かれる指導者になること、どちらも一朝一夕では叶わぬもの。神による繁栄の時代があったにせよ、それは昔のこと。不安定なものに頼るよりは、人間的な仕組みで今まで成り立ってきたのですし、地に足のついた手段を探される事を推奨したく思います」 悩む幸弥。 様子を見て白が手提げの籠を取り出した。 「少し、休憩に致しませんか。ハーブティとさつまいもパイをご用意しました」 開拓者を応接室に残し、幸弥は一度書斎に戻った。 白がハーブティとパイを届ける。 「……あの、幸弥さん。神様探しはいつごろから?」 「ぼく? 家督を継いで暫くしてから、かな。虎司馬兄さんが、平野の実りが……大昔は人工的なものらしいって教えてくれたんだ」 幸弥は胸中を綴る。白はただ相づちを打った。 言葉を真面目に調査しているかというと、どちらかと言えば、幸弥の鬱憤などを晴らすためだ。 「神がいるなら、なんで助けてくれないんだろうって、いつも思ってた」 「幸弥さんが何故捜索を始めたのかは分かりません。色々辛い事もあっての事だとおもいます。でも幸弥さんにはもっと自信を持って頂きたいです! だって慌てて神を探さずとも、白螺鈿はここまで持ち直しましたから」 その時「幸弥様、お客様からお手紙です」と声がかかった。 「誰」 「ご兄弟の神楽様です。新しい酒場の開店記念を祝う為、是非誉様と幸弥様にも出席していただきたいとか。招待状をお預かりしました」 幸弥は「珍しいな」と呟き、招待状を開く。白が「賑やかそうですね」と微笑む。 「賑やかだろうね。でも、忙しいし」 「行かないんですか? たまには息抜きされては如何でしょう。兄弟で揃う機会って行事以外では滅多にありませんし、お兄さん達に相談されてみては? きっと力になって下さいます」 「そうかな。家を出てから兄さんたちと距離をとってきたけど、少し、きいてみようか」 この日を境に、如彩幸弥は精霊探しを取りやめた。 福祉政策と精霊探しをかねて無駄に雇われた小作人達は仕事を無くし、街には無職の若者から年寄りが溢れかえる事になる。 一時は農民一揆でも起こるのでは? と囁かれたが、不穏な空気は僅か一週間ほどで街から消えた。 如彩幸弥が助成金の増額と術者による地方の瘴気浄化を国へ交渉している間、如彩神楽が雇用先の確保を行い、榛葉誉が強制的に無職者へ仕事を割り当てることで食うに困る状況を回避した。 勿論反発の声も強かったが、汚染分布図を提示し、一年以内に避難民の故郷を浄化して帰れるようにする事と一時的な緊急処置として忍耐を求める声明は、慣れない土地で生活を強いられていた避難民の不満を渋々ながら押さえ込む成果を弾き出した。 一年は長い。 けれど浄化の事情を踏まえれば……待てない期間ではない。 「これから一年が勝負だなぁ」 幸弥は机の上の封筒を見た。 尊敬していた亡き兄の虎司馬が発見し、残した土地の遺産。 豊穣をもたらす土地神。発見すれば全ての問題を解決できるとされた奇跡の技。 けれどあてもない奇跡に縋って、随分と色々なものを失った。 もっと早くに解決できた問題を後回しにしてきた。 奇跡は願っても、縋るものではない。 いつか……という気持ちはあるけれど、少なくとも今ではない。 「兄さんゴメンね。全部落ち着いたら、探してみるよ」 今はやらなければならない仕事が待っている。 神に関する資料の入った封筒は引き出しに入れられた。 そして閉じられた。 鍵がかけられた引き出しは忘れられ、二度と開くことはなかった。 |