救われた子供達〜雲ノ章〜
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや難
参加人数: 23人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/09/30 23:53



■オープニング本文

【★重要★この依頼は、開拓者になった【アルド】【結葉】【灯心】、養子になった【恵音】【未来】【エミカ】【イリス】【旭】【星頼】、孤児院に残っている【明希】【華凛】【到真】【礼文】【真白】【スパシーバ】【仁】【和】【桔梗】【のぞみ】【のの】【春見】に関与するシナリオです。】


 最近、世間は目まぐるしい変化を迎えていた。
 今年二月、かつて『生成姫の子』と呼ばれ、洗脳から救出された子供の内、【未来】【エミカ】【イリス】【星頼】が残党に誘拐された。数百体のアヤカシによる護送。これを指揮していたのは古代人亞久留だった。曰く『子供達は我々の後継者候補』と話し、大アヤカシ生成姫から引き渡される予定だったのだという。
 アヤカシ達の会話から、雲の下へ向かう予定だったことも分かっていた。
 雲の下。
 そこに別の世界が広がっている事を数ヶ月前まで誰も知らなかった。
 思い出すのは、子供を浚った白冷鬼の言葉。


『わ、渡すものか。あの子供たちは……姫様が残した……全ての希望……』
『アヤカシ風情が希望などとは笑わせますわね』
『……ふ、ふはは、あははは』
『何がおかしい』
『貴様らの無知を笑ったまでよ! いいように使われ、己の正義を漫然と振りかざす開拓者風情が……お前たちは『瘴気の中で生き続けたい』とは思わぬのか』

 あの時。

『何の為に、姫様が人なんぞに慈悲を与えたと思う? 志体の子を育てたと思う? 何故、幾つもの護大を集め続けたと思っている? 神代の意思を問うたと思う!? 我らの母は『万物を生かす方法』を探しておられた。目先の事しか考えられぬ貴様らとは違う』

 あの言葉の。

『姫様は、古代人たる亞久留(あくる)様との取引で、人間を瘴気の中で生かす為に『古の術』を手に入れていた。姫様が育てた子供達は、古の術の恩恵を受け『雲の下と天儀を繋ぐ象徴になる』はずだった。……無知なお前達にすら、姫様は家畜として生きる安寧を約束したのに』

 意味を。

『我らの生成姫様こそ、全ての王にふさわしい方だったのだ!
 一年前、貴様らが滅ぼしさえしなければ!
 呪われろ、呪われろ開拓者どもめ! 全ての災いを、その身にうけよ!』


 開拓者達は、今になって理解し始めていた。
 つまるところ。
 かの子供達は『護大派の後継者』として改造教育が進んでいたという事になる。
 下級アヤカシの群を統率する為の技術も、養われていた瘴気への強靱な耐性力も、全ては瘴気を元にした肉体改造と、瘴気や野良アヤカシに満ちた旧世界で天儀の人間が生きる為に必要不可欠な要素だと、最近になって遠い日の答えに辿り着いた。
 いずれ天儀が落ちる。
 滅びを迎える。
 待っているのは破滅と捨て去られた旧世界。
 滅んだアヤカシは『姫様が育てた子供達は、古の術の恩恵を受け『雲の下と天儀を繋ぐ象徴になる』はずだった』と言う。
 もしも生成姫の子供達が、予定通り護大派の後継者になっていたら、何が起こっていたのだろう……と考える者も現れ始めた。
 天儀生まれの志体持ち。
 もし彼らが瘴気への強靱な耐性力を備え、肉体改造に耐え、瘴気の中で生きていられるようになり、護大派の後継者として迎えられて、滅びが近い天儀本島と旧世界を繋ぐ外交的な意味を持ったら……
 そこまで考えて。
 封陣院の分室長こと狩野柚子平は眼鏡を置いた。

『お前たちはいつか、後悔するぞ』

「ナマナリヒメ」

『<護大>を制御した……この世で最も慈愛深きナマナリを、その手で屠った罪をな。家畜として生きる幸せを捨てたのじゃ』

「……あなたは」

『愚かなお前たちの行く末を……この世にて見届けられぬことが、残念でならぬ。
 神殺しの大罪を背負いし者たちよ。
 決して引き返せぬ、絶望の果てを識るがよい』

「新しい万物の王になろうとしたのでしょうかね」
 返事はない。
 答えもない。
 失われた瘴気やアヤカシと共存していく道。
「生成姫が示したのは、ある種の生き残る方法と言うことでしょうか」
 全ては謎のまま。
 柚子平は、片手で顔を覆って深い溜息をついた。

 +++

 物事は急激に動いていく。

 開拓者達が雲の下の墓所を目指すにあたり、ある大アヤカシと共闘することが決まった。
 前代未聞の決定である。
 敵対していた人間とアヤカシが手を組んだ。
 この事を孤児院にいる『生成姫の子』は知らないにしても、養子縁組を結んだ子供や、開拓者になった子供は多かれ少なかれ話を耳にしていた。
 孤児院の外へ出た子は、母として慕った生成姫を滅ぼされた事を納得したものの、大アヤカシとの共同戦線を又聞きして、状況の理解が追いついていない。
 なぜ?
 がついてまわる。
 大アヤカシ天荒黒蝕らとは休戦できて、何故優しかった『おかあさま(生成姫)』はダメだったのか。
 人を食わず時には奇跡すら与えた大アヤカシ生成姫を倒しておきながら、つい先日まで賞金首で戦をしていた大アヤカシ天荒黒蝕らと手を組む人間達の不条理さを……子供達は理解するのに苦労していた。

「ねーアルド、灯心」
「あ?」
「何、結葉姉さん」

 あちこちで見かける天狗達。
 倒すべきだと開拓者に教えられたアヤカシ達。
 それが、今は協力者。
 条件付きとはいえ天狗たちを率いることになった今の開拓者たちは、討伐された姉や兄と同じではないか。
 アヤカシを率いることが罪ならば、今の開拓者ギルドはなんだ?
 御役目をひたむきにこなした兄や姉。
 彼らに殺されるほどの罪が、本当にあったというのか?

「おかあさまに育てられた私達やあそこのアヤカシって、なんなの?」
「さあ」
「灯心は?」
「辞書で言うと利害の一致って言うらしいよ。正直、理解できないけど」
「ふぅん。ね、墓所のやつ、いく?」
「さあ。イリス達が連れ去られかけた雲の下だろ。俺達行くべきじゃない気がする」
「ほんとに? ほんとにそれが正しいの? 私わかんなくなってきたよ」
「ボクだって知りたいよ。正しい事が、なんなのか」

 子供の心は揺れ動く。


■参加者一覧
/ 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / フェルル=グライフ(ia4572) / 郁磨(ia9365) / ニノン(ia9578) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / グリムバルド(ib0608) / ネネ(ib0892) / 无(ib1198) / 蓮 神音(ib2662) / 紅雅(ib4326) / ハティ(ib5270) / ウルシュテッド(ib5445) / ローゼリア(ib5674) / ニッツァ(ib6625) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 刃兼(ib7876) / 戸仁元 和名(ib9394) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / 白雪 沙羅(ic0498


■リプレイ本文

●礼文

 孤児院に現れたニノン・サジュマン(ia9578)は大きな風呂敷を抱えていた。
 普段ならアノ本とかコノ絵巻とか、趣味に活用されている風呂敷に違いないが、今日の役どころは少し違う。まず黒蜜とサツマイモのクッキーが入った袋を礼文に渡した。
「みんなにもおすそわけするんじゃぞ」
「じゃあ僕、到真と相談してクッキーに合うお茶をたのんでお菓子の時間に皆と食べるよ」
 サジュマンは「よいこじゃ」と頭を撫でる。
「さて礼文、わしは大きな戦に行かねばならぬ。その前に顔を見ておきたいと思うて来たのじゃ」
「戦の仕事ってたいへんなの?」
「楽ではないのう。じゃがわしは丈夫じゃし、怪我を治す術もあるから心配は要らぬ。戦が好きなわけではないが、戦わねば守れぬものがある。わしはそなたがこうして菓子を食べたり笑ったりできる、そんな当たり前の暮らしを守りたい」
「でも」
「もうそなた達を怖い目に遭わせたくはない。だから行ってくるのじゃ」
 サジュマンは礼文に一つの鉢植えを渡した。
「戦が終わるまで鉢植えの面倒を頼めぬかの」
「これ何の花?」
「待雪草の球根が植わっておる。芽が出る頃には戦も終わっておるじゃろう」
「僕よくわかんないけど、スパシーバや院長先生なら知ってるかな。枯らさないように頑張るね」
「礼文なら安心して任せられる。頼んだぞ」
 何かを預ける、という事は『信頼している』という事を物質という形に顕す。
 球根の世話を書きとめた書き付けを院長に託したサジュマンの前方で、礼文は日当たりの良い場所を探していた。そして野草図鑑を借りに動き出した。


●春見

「くれおぱとらは食べちゃダメ! 太るよ!」
 仙猫の食欲に呆れつつ、蓮 神音(ib2662)はオータムクッキーを幼い春見に渡した。
「クッキーだぁ!」
「これは全部春見ちゃんのものだよ。でも約束して欲しい事があるんだ。食べるのは一日一枚だけだよ」
 春見は「えー」と不満そうだ。
「明日から大きな戦いがあってね。お姉ちゃんは開拓者だから行んだ。でも大丈夫! お姉ちゃんこう見えて強いんだから。だから、一日一枚のクッキーを食べ終わる頃には帰ってくるから、そしたらまた、お姉ちゃんと一緒に遊んでくれると嬉しいな」
 ぎゅーと抱きしめて微笑みかける。
 春見はクッキーの中身をとりだして、数え始めた。
「いっこ、にこ、さんこ、よんこ、ごこ……」
 一日一枚食べていけば、終わる頃には帰ってくる。蓮が帰ってくる日を数えようとしているようだ。
『この子達の為にも絶対天儀は落とさせない。きっと未来を掴んでみせる』
 固く誓った。


●華凛

 ハティ(ib5270)から貰った南瓜パイを食べながら、華凛は問われた事に対して簡潔に答えていた。
「仲直りできたのか。それは良かった。あの後どうしているのか、気にかかってな。君が今どんな顔をしているか、何か顔に書いてないものかと思ったが……私はそういうのは苦手だ、直接聞いた方が早い」
 華凛はもっしゃもっしゃお菓子を食べつつ「……あたしは謝ってないけどね」とぽそりと呟く。なかなか感情の機微が難しい娘だった。
「また戦が始まる。開拓者の多くは戦地に赴くだろう」
「きいた。開拓者って戦ばっかりね」
「華凛は戦をどう思う」
「里長さまやおかあさまは『戦の多くは無駄なことだ』と言ってたわ。神の子じゃない普通の人間は欲望を管理する術をしらないんですって。だから監督する者が必要で、おかあさま達が全て取り仕切れば、戦の殆どが無くなる。それは素晴らしいことだってきいた」
「華凛は? 自分ではどう思う」
「わからない。損するばっかりなら戦なんていらないと思うわ」
 ハティは感覚の違いに悩み込んだ。
「私は、戦えば誰かが傷つき命を落とす……そういうのは悲しいな。だが戦わねば、もっと多くが失われる。せめて私は手が届く大切なものを支えようと思う。とはいえ合間に戻っては来るのでいつも通りだ」
 庭を見た。
 空が夕焼けに燃えて始めていた。空を飛ぶ赤とんぼや道端の秋桜がよく映える。
「また来る。華凛の顔を見に」
「あたしの顔なんて面白くないよ」
「面白いとかいう事ではない。実りの秋は味覚の宝庫、怪我や病気で寝込んでは勿体無い。戦より楽しい事は山ほど有るからな。そういった事を楽しめるよう、華凛も風邪を引かぬようにな」
 持っていたキルティングスタッフを羽織らせた。


●到真

 祭以降、口数が少し少ない到真と戸仁元 和名(ib9394)には微妙な沈黙が流れていた。
 まだ孤児院に残っている子供達には、開拓者がアヤカシと戦う存在である事や生成姫について教えてはいない。徹底した情報管理を仲間達とやってきた分、その辺は心配していなかったが……この状態の到真を残していくのは些か心配だ。
『あんまり嘘は付きたくないですし……あれこれ矢継ぎ早に聞かれるよりはええんかもしれないですけど……単純に説明いうても、どこまで話すか悩ましいですよね……』
「お仕事、いくの?」
「え、うん。そうなんや。少しだけ長くなるかもしれなくて」
 これが終われば、子供達への脅威が大きく減る。
 だから頑張ってこよう、と戸仁元は決めていた。
「到真君とは話したいこととか行きたいとことかいっぱいあるから……出来るだけ頑張ってくるから、早よ帰ってくるから、到真君も元気にしとってな?」
「うん」
 首を前後に傾ける。
『色々知りたいこともあるやろうけど、待たせてごめんな』


●のの

 猫さえいれば良いとみえる。
「にゃー! こゆきちゃーん」
「ののちゃーん、あそぼ、あそぼ、あそぼ」
 礼野 真夢紀(ia1144)の猫又小雪が、幼いののの足下をちょろちょろする。踏んでしまいそうだが、運動神経は良いらしく、鞠のように跳ねていく。そんな危なっかしいのの達を見張るのが「しょうがないわねぇ」とこぼす仙猫うるるだった。
 飼い主のネネ(ib0892)はというと、礼野と共にお土産のケーキを切り分けている。
「ケーキの準備万端です。お砂糖控えめなんですが、味は悪くないはずなのです」
「はい、こちらの林檎タルトも切り分けました。それとですね」
 礼野は衣類の予備や帽子などを取り替えてくるので先に食べていて欲しいと言い残し、荷物を取りに行った。ネネはののを椅子にのせてお菓子を食べ始める。
「けーき、たると、けーき、たると」
 足をぷらぷらさせる、ののにそれとなく話を切りだした。
「のの、私、戦に行ってきますね」
「いくさってなあに」
「ちょっとだけ、遠い所に行ってきます。……遠いけど、必ず帰ってきますから」
 こういう話をしていると幼い頃の自分を思い出す。
 ネネの父は、帰ってこなかった。
「帰ってきたら、またお料理の味見をしてくださいね。遠い所のお話もしましょう。お迎えにきますからね。……だいすきですよ」
 仙猫うるるが、ののに頭をこすりつける。
「のの、いい子でね。猫の良い子は、ご飯を食べて、元気いっぱいに遊んで、ともだちとニコニコしている子のことよ。ののはいい子で待てるかしら?」
 ののは急に不安になった。ケーキをくわえて見比べている。
 其処へ礼野が「おまたせしましたー」と帰ってきた。
「おねーちゃんも、どっかいっちゃうの?」
 礼野は目を点にしつつも「いくよ」とこともなげに答えて、タルトを皿に盛る。
「ののちゃんにはちょっと難しいかもしれないけど、何か正しいかわかるのは歴史が終わった時だと思う。だから私は自分が正しいと思った事をやるし、護りたい人達を守る為の方法を知りたいから、人を殺したり大事な人を引き離す人達のやり方が正しいなんて思えないから、それ以外の方法を知りたいの」
「え? え?」
 ののには発言の意味が分からなかった。異国の会話のように聞こえていた。
 礼野はそれでも良いと思った。


●和

「また戦ー?」
 戦というものが始まると、開拓者達とは頻繁に会えなくなる。
 孤児院で今だ生活する和たちは、その程度の認識しかないらしい。孤児院の外に出した子供達と違って、アヤカシと戦っている事すら理解していないのだから当然とも言える。
「多分此の戦いで仕事の決着は付くと思うから、戦が終わったらもっと和達と会える様になるよ〜」
「ほんと〜?」
 郁磨(ia9365)に頭を撫でられつつも、和は疑わしげな視線を向ける。
「戦の最中には俺の義兄に子供が出来るし、落ち着いたら二人にも会わせたいな〜」
 子供と聞いて、ぴく、と和の瞳が輝く。
 なんだか異様に瞳が輝いている気がする。
「誰? 誰? 男? 男?」
「それは生まれてみなきゃわかんないよ〜」
 郁磨は気づいた。和と仁は双子だが、彼らは21人の中で男子としては一番下だ。その下には妹たちしかいない。男の遊び相手ができるかもしれない、或いは、弟分ができるとしたら、ある意味初めてのことなのだ。
「男でも、女でも。……其れまでに二人はちゃんとお兄ちゃんらしくなってるかな?」
「お、お兄ちゃんらしく」
「うん、お兄ちゃんらしくって大事だよ〜、宿題かな」
 へらり、と微笑む。
「こっちも二人に笑顔でおかえりって言ってもらえる様に、頑張って来るね」
「いってらっしゃい! おとこのやくそく、だね!」
 二人は拳をコツリとあわせた。


●真白

 紫ノ眼 恋(ic0281)と会って早々、真白はおろおろしていた。
「恋お姉さん、また戦いに行くってほんと?」
 紫ノ眼は「耳が早いね」と苦笑しつつも肯定した。嘘をついても仕方がない。
「また合戦のようだね。やることはかわらないんだけどさ」
「狼だから?」
「それもあるけれど、開拓者のサムライだからね。敵と戦うのが仕事なんだ」
 磨き上げた雷神斧を見せる紫ノ眼を見上げて、真白は「怪我しないでね」と言った。
「ぼくが兄ちゃん達みたいに大人で強かったら、恋お姉さんを手伝えたのかな」
「おや、シュフになるんじゃなかったのか?」
「えっと」
「ははは。冗談だ。真白はここにいてくれた方がいい。その方が、あたしも頑張れるよ」
 真白は首を傾げた。紫ノ眼は続ける。
「あたしには家とか、帰る場所が無い。帰る場所があるとすれば、それは常に『戦場である』と信じてきた。つまるところ、いつ死んでもいいということだ」
 真白は「そんなのダメだ!」と立ち上がって本気で動揺していた。
「でも最近は、そうは思えなくなってきた」
 真白が黙った。
「自分でも少し驚いている。あたしの家は、見たことない両親の下ではなく、師の下でもなく、此処になりつつあるのかもしれないね。だから真白もここでしっかり皆を守ってな、大丈夫、皆のことを思う真白だからな。もし無事に帰ってこれたら……いや、やめてこう」
 不吉な話はしないに限る。
 紫ノ眼は一番大切なものを真白に預けた。
「大事なものだから預かっててな。必ず帰ってくるから、待っていろ。あたしは、真白のいる場所に、ちゃんと帰るよ」
 それは約束の証だった。


●明希

 面会した明希は笑顔で迎えてくれたが、以前より元気な様子ではなかった。
 白雪 沙羅(ic0498)が小包を渡す。
「明希、久しぶりね。おまんじゅうを持ってきたの。皆にも分けて、リオーレさんと一緒に戴きましょう」
「みんなも呼ぶの?」
「いいえ、ちょっとお話があるから。私達三人だけです」
 リオーレ・アズィーズ(ib7038)は明希の様子をみていた。小部屋に入って椅子に座り、お茶を片手にあまいものを食べて心を満たす。やがて白雪が尋ねた。
「あのね、明希」
「んー?」
「明希が、辛い思いをするから心は要らないと言っていたでしょう。でも生きていると楽しい事だけじゃなくて、辛いこともあるんですよ。楽しい事だけ、と言うのは無理なの。どうしてもね」
 押し黙った明希にアズィーズが語りかける。
「ねえ、『心なんてつらいだけ』なんて悲しい事を言わないで。思いが伝わらなかったり誤解されたりして、傷つく事もあるけど、心がなければ『みんなに思いやりすると嬉しいの。楽しい』と感じた思いも、無くなってしまうから」
 やがてアズィーズは例えを出した。
「私が『大好きな明希を守る為に、今度の戦いで死んで来るわ』と言ったら嬉しい?」
「おかあさまの眷属になるの?」
 明希の質問を聞いて二人は我に返り、会話の誘導に失敗した事に気づいた。
 孤児院に残っている子供達には、生成姫の消滅も、開拓者がアヤカシと敵対する存在である事も、自分たちが神の子でないことも、何も教えていなかったからだ。外に出さない限り教えないと仲間内で決めた。
 おかあさまのお役目に従い、死ぬことは誉れ。
 命を落として肉の体を捨てれば、永遠の眷属になれる。
 明希の中には、生成姫が植えた思想が残っているのだ。
 人を思いやるよう育ててきた明希のことだ。本気で『嬉しいよ、おめでとう』と言いかねない。アズィーズ達は諭すのを一時中断した。
 作戦の練り直しだ。白雪は困ったように笑う。
「眷属にはなりません。私達、ちょっとお出かけして来ます。すぐ戻りますから、待っててくださいね。ああ、いい子にしてなくていいですよ。明希らしくしていて下さいね」
「明希らしく?」
 アズィーズは「一つだけ忘れないでほしいことがあるの」と告げる。
「なに?」
「私は明希が好き、自分と同じくらい。だから明希を幸せにする為に必ず帰ってくる」
 明希は不可解な顔をしながら頷いた。諭すのはもう少し時間がかかりそうだ。


●スパシーバ

 スパシーバは床に撃沈していた。
 というのも朝早くから猫又ウェヌスとニッツァ(ib6625)が訪れ、エミカたち姉妹から託された花壇を世話したり、一緒にごはんの支度をしたり、全力で遊んだからだ。
「へー、何や、遊んでばっかりっちゅう訳やあらへんねんなぁ」
「今日は遊びすぎたかな」
「偶にはええやろ。普段は頑張っとるんやし、シーバは偉い偉い」
「僕は偉くなんてないよ。ちゃんとやってるのは庭ぐらいだし」
「お、ケンソンか。シーバもなんや大人になってきたなぁ」
 ほろりと涙がでそうだ。
「明日から長い仕事にいくってきいたけど、本当?」
「ああ、せやで。此処が正念場やて、ちょっと仕事や。終わって逢いに来る時は、迎えに来る時や……話したい事もぎょーさんあるさかい、準備して待っといたってぇや」
「キャラバン?」
「キャラバンやな」
 猫又のウェヌスが「にゃあが一緒にゃ。ちゃんと帰って来るにゃ」と言いながら、したーんしたーんと尻尾をふった。
 ニッツァは夜の子守歌でスパシーバが寝付いてから、人妖イサナに養子の書類を提出した。しかし相棒2体の項目が未記載だったので、不備は戻ってからになった。


●のぞみ

 ところでフェルル=グライフ(ia4572)は封陣院分室長の狩野柚子平……ではなくて、その人妖イサナと養子縁組書類の手続きをしていた。柚子平が派遣した代役だ。
「すまないな。狩野も忙しい身故に」
「いいえ。ただその、合戦中は度々孤児院で預かって貰えますでしょうか。戦につれていく事はしたくないので」
 孤児院の院長は快く引き受けた。
 子供の為にも、少しずつ環境に慣らす方がいいだろうという判断もあった。
 グライフが隣を見ると、のぞみは上級迅鷹サンと遊んでいた。ただし翼の作りへの探求心というより、羽根のもふもふ感が楽しいと見える。グライフは「のぞみちゃん」と呼ぶ。
「あい?」
『祭りが終わったら一緒に……って約束したもんね』
「のぞみちゃん、良く聞いてほしいの」
「うー?」
「皆でゆっくりする為に、もう一つだけ大切なお仕事があってね。私と統真さんや、他のお兄ちゃんお姉ちゃんは暫く留守にしなくちゃいけないの。皆と一緒にいい子にして待っててくれる?」
「あい!」
 持っていた翔鷹の鉢金を翳す。グライフはのぞみを抱きしめた。
「ありがと、その仕事が終わったらもう待たせたりしないから。そうだ、今夜はお泊まりだけど結葉ちゃんに会いにいこっか。きっと統真さんと一緒だから」
 すると、のぞみはぬいぐるみ「もふら」と「にゃんすたー」を抱えてお出かけ準備を整えた。


●旭

 長屋で暮らしている旭は養父からやんわりと質問責めにあっていた。
「里と勝手が違うが……まずは雲の下での戦について、どれくらい知ってる?」
「うー、おかあさまのお客さんがいたところで、星頼たちが連れて行かれそうになった怖い場所で、アヤカシがいっぱいいて、でもハガネ達もお付きのテングと一緒?」
 刃兼(ib7876)が住まいにしている長屋は修羅が多く、ひいては開拓者が多い。
 窓の向こうから聞こえてくる会話から、旭は推測を組み立てていく。厄介な面だった。
「今度の戦には俺も出る」
「旭もいく!」
「だめだ。……普段の仕事や、今までの戦とは毛色が違うし、多少ケガをするかもしれない。連れていけないんだ。でも、毎回這ってでも帰ってくるよ」
 仙猫キクイチを抱きしめて、ぷー、と頬を膨らませる旭の頭を撫でた。
「約束、破ったことないだろう」
「ないけどぉ。旭だって……アヤカシと仲良くできるもん」
「そういうことじゃない。戦なんて危ない場所にいったって良いことなんてないさ。仕事だから行くだけだ。戦なんかより、質素でも美味いメシを食って、天気のいい日に布団を干して、銭湯で疲れを取って、長屋の連中がいて、キクイチ達がいて―――何より旭がいるこの場所が、俺にとってかけがえのないもの、帰りたい大好きな場所だから」
 本当はここにいたいと訴える。
「だから戦から戻ったら、いつもみたく『おかえり』で迎えてくれると嬉しい、な」
 むっつり顔の旭が立ち上がり、刃兼の頬に仙猫キクイチの顔を押しつけた。
 顔面衝突した仙猫が「ごふっ」と呻く。
「次は旭のばんー!」
 呻く仙猫を放してポイッすると、旭が刃兼のほっぺたに唇をよせた。
 微妙に唾がべったり。昼飯の焼き魚くさい。
「ハガネが怪我しませんよーに! おかえり、ができますように!」
 まるで賽銭箱を投げ入れた後のように、ぱんぱんと手を叩く。仏像か。
「今の」
「う? 大事な人が遠くにおでかけする時は、ほっぺにちゅーして怪我しないように祈るのがいいよ、って教えてもらったー」
 誰だ。不在の間に妙なことを教えたのは。
 そして巻き添えを食らった仙猫はオス猫なのだが、旭には関係がないようだった。


●エミカ

 養女が誘拐のことを思い出したのではないかと、ケイウス=アルカーム(ib7387)は心配していた。
「……いくはずだった……場所、よね」
「俺がついてる。もう怖い思いはさせないよ。連れ去られたりしないから」
「……ん」
 エミカは何から聞いて良いか、分からない様子だった。
 彼女たちが最初に、生成姫消滅を知った。随分思い悩み、開拓者とアヤカシが対立するものであるとようやく学んだ頃になって、今回の決定は今までの教えに真っ向から対立するものだ。
「……ケイ兄さん。雲の下にいくのは……分かったけど……天狗達を倒さないのは、……なんで?」
 養父のアルカームは服の裾を握りしめた。
「俺も正直複雑だよ。あの決定は全開拓者の総意って訳じゃないから、反対してる人も勿論いる。けど開拓者ギルドの決定に開拓者は従わなきゃいけない」
「開拓者ギルドって……アヤカシと戦うのが……仕事じゃないの」
「そのはずだったんだけどね。色んな見方がある。でも関係ない。俺にとって大切なのは、エミカや皆と笑って過す事なんだ。その為にもこの戦い、絶対に負けられない。だから勝つ為なら共闘でも何でもしようって、俺も行って戦うって決めたんだ」
 エミカは「……あのね」と言いつつ袖をひいた。
「里で……里長様から殺し方を勉強したけど、……天狗って色々いて、早いの。隠れるのも上手で……鼻や目もきくって。だから……ケイ兄さん、気をつけてね。もし、お弁当で……食べられそうになったら、……必ず、逃げて」
 エミカは、下級や中級アヤカシの限界を知っているのだ。
 大アヤカシから遠い程、知能が低い程、直接配下でも行動を共にするのが危険な事も。
 愛娘からの心配と警告。
 アルカームは今度クマの人形を渡すね、と言った。
「リボンやブローチ、帰ったら一緒に買いに行こう。約束だよ!」
『約束、ちゃんと守るから』
 心配しないで待っていて。


●星頼

 ウルシュテッド(ib5445)は養子を連れて隠れ家に来ていた。
 自分の養父が戦いの中に身を置く事を理解していた星頼は、戦に行くこと自体は何も反対しなかったが、天狗との共闘や雲の下へいくことの意味に『なんで?』という意味がついてまわった。子供というのは時に驚くほど聡く、際どい質問をする事がある。
「天狗の大将は今の世界で喧嘩したいらしい。雲の下の横槍が面白くないから先に片そうって訳だ。人を餌と言う輩と共闘など不愉快だが、理屈は明快だ」
「でも喧嘩ってよくない気がするよ」
「そうだな。でも俺もお前を浚った古代人の仲間を捨て置けない」
 また浚われるかもしれないという想像が少しは脳裏をよぎったろうか。星頼は身をこわばらせた。ウルシュテッドは様子を見ながらゆっくり話す。
「星頼。ナマナリは人を『家畜』と言った。食べる為に養うという意味だ。それは幸せや生も死も他人が選び与えるもの。そんなのは、俺は嫌だ。人でないものになるなど」
 ウルシュテッドは懐から鍵を取り出す。
「ここで親子で悩んだり笑い合ったりするのがいい。だから戦わねば。俺達の幸せを守りたいんだ」
 ちゃり、と隠れ家の鍵を星頼に託す。
「家族皆でこれからを作る大切な場所の鍵だ。俺の宝物と思い出が詰まってる。戦が終わるまで守ってくれるかい?」
「ぼくが? でもそんなにずっと守ってられるかな」
「はは、大丈夫。可愛い息子が応援してくれれば、父さんは無敵だ」
 すぐに帰るよ、と言って膝の上にのせた。


●未来

 珍しく休暇を取ったローゼリア(ib5674)は、未来と一緒に過ごしていた。
 しかし未来は機嫌が良くない。雲の下というと誘拐されそうになった事しか思い出せないし、アヤカシは敵対する者だという新しい思想を受け入れている途中だったからだ。
「私達はアヤカシを信じてはいませんの。互いの敵が同じだった、というだけですわ」
 自分達は勝たなくてはならない。
 そして生きて帰ってこなくてはならない。
「未来……貴女に名付けた意味。輝ける明日とそこにある幸福を貴女と私、それに他の大切な人と笑って生きられる様に……この手で勝ち取ってきますわ」
「お仕事ばっかり。またひとりになっちゃう」
 未来の言葉をきいてローゼリアが顔を覗き込む。
「愛してますわ、未来。貴女を決して一人にはしない。だから、信じて下さいな。貴女は笑ってる方が可愛いですわよ」
 ローゼリアは未来を連れて家を出た。
 不在の間、孤児院で養ってもらう為だ。
 兄弟姉妹と一緒なら寂しさも少ないと願いたい。


●恵音

 アヤカシと開拓者は相容れぬ者。だからどちらに味方するか決めねばならない。
 選択を迫られた時、恵音はどちらにも味方すべきだと考え、結局のところ戦線離脱した。どちらかしか選べないなら、どちらも選ばなければいいという結論を弾き出したのだ。
 アルーシュ・リトナ(ib0119)は恵音の決断を責めなかった。
 いつでも道を選び直せる、何を選んでも母親になると決めたからだ。
「明日から出かけるけれど、思音とお留守番をお願いしますね。風をひかないように。困ったら誰かを頼ってもいい。思音、恵音を宜しくね」
 羽妖精は「任せてよ!」と元気だったが、縫い物をする恵音は元気がない。
「おかあさん、本当に行くの?」
「そうね。泣く人が少ない様に。一人でも多くの人が生きて行ける様に。私達が戦うの偶々、力を持っているから、行かなければならないの」
 リトナは「恵音」と静かに声をかけて、隣に座った。
「今でも『おかあさま』は正しかったと思う?」
「……ちょっと、だけ」
 きっと。
 恵音が今の迷いを抱えたまま開拓者であったら、或いは、あの告白の夜に押さえ込めずに逃がしていたら、きっと戦っていた。そんな想像がよぎった。
「確かに開拓者は正しい事だけをしているとは言えない。きっと、あの天狗たちとも……雲の下の戦いだけでは終らないでしょうね。全部上手く言ったとしても、今度はお互いに戦う。でも、だからって誰もが殺したりして良い訳じゃない。そんな事をして欲しくないから、今見える事から考えて積み重ねていく」
「見えるところ?」
「ええそう。勿論誰かの恨みも買う。それが力を行使した対価なの。最善の選択をしたと思っても悪いことは起こるわ。全員を救えないのは悲しい、苦しい。でもね、それでも貴女が待っていてくれるから頑張れる。それも人なのよ」
 恵音に「戻ったら沢山話しましょうね」と静かに告げた。


●結葉

 誤魔化す事のできない問題に直面していると、酒々井 統真(ia0893)は思った。
「大アヤカシと一時的といえ共闘するのは、確かに生成姫との戦いと矛盾してる」
 頭が茹だる。
 今まで散々修羅場をくぐり抜けてきたし、知恵の働く強敵とも渡り合ってきた。
 しかし今回の問題は、心理的にクるものがある。
『あー、自分も完全に納得出来てねぇことを子供に納得させるってな……きついな』
 これがあれか、親の悩みか? 等と自問自答する酒々井だが、開拓者として、さらには結葉という特殊な経歴を持つ開拓者の後見人になった以上は、どうしても付きまとう問題だった。そしてそれは弖志峰 直羽(ia1884)も同じである。
 弖志峰は、まず結葉の想いを聞きたいと思っていた。
「結葉。やはりお母様は正しかったと……開拓者のした事は悪であったと、思うかい?」
「わかんないわ」
 結葉は報告書の写しを荷の中から持ち出した。
 年代が古い。
「灯心たちと手分けして読んでるの。おかあさまのやっていたこと。お兄様たちが頑張ってきたこと。人間の世界で沢山悲しいことがあったのも、やっと分かってきた。でも新しい報告書を読んでいると、おかあさまが全部悪かったのかなって思うことも増えたの。おかあさまはただ困った人を助けただけで、人が人を売ったり、自分だけ欲張ろうとしたり、自業自得じゃない! って思って、おかあさまが悪いだけにされていて腹が立つ事もあったわ。でもおかあさまの正しい事は誰かの悲しみに成ってる事があって、お兄様たちが助けようとした人の事も間違ってなくて、みんな正しいのよ。何が悪いか、わかんないわ」
 顔を覆った結葉に、弖志峰はゆっくりと話す。
「読み始めたんだね。俺達は信念の為に戦い、最善と思える選択をしてきた。誰の目からみても正しいとは限らない。何も後悔をしなかったと言えば嘘だ。でも俺は信じた事を貫きたい。それが選択の責任だから」
 隣の酒々井が机の報告書を爪で叩く。
「前に『何が正しいか、まだ誰も答えを出せてない』って言ったよな? 結果的にこうなって、ギルドの、人の正しさは揺らいでるのかもしれねぇ。けど、俺は生成姫を倒しても進んだ道を、いや、これまで開拓者としてやってきた道を嘘にしない為に、進んだ道のけじめをつける為に、戦いに行く」
「けじめ……直羽お兄様も?」
「そうだね。結葉が感じたように、生成姫は間違ってなかったかもしれない。そういう考え方があるのも否定はしないよ。でも、俺はやはり誰かに運命を委ね生きるのは嫌だ。そして誰かの犠牲の上に立つ笑顔は、俺には意味のない事だから……だから別の方法を探しに行く」
 弖志峰が重ねて尋ねる。
「結葉。雲の下の世界で、君は何を知りたい?」
「しりたい、こと」
「目的が漠然としてるのはよくない。というか、俺としては本当は結葉には戦って欲しくないけれど……無理には止めない」
 酒々井は湯飲みを置いた。
「結葉がどうするかについては、俺は何も言わねぇ。ただ『正しいと信じ、進み続けられる道』の為に行動してくれ。後悔した時には取り返しがつかない物事も世の中にはある」
 弖志峰は「俺達から話す事はこのくらいかな」と呟く。
「結葉。これだけ今ここで約束してくれないか?」
「何を?」
「また必ず生きて会おうって約束。俺が願う事は、結葉の大切な夢が叶って幸せになる未来だから。強いお婿さん、探すんだろう?」
 弖志峰の言葉に「うん」と結葉は頷いた。


●灯心

 灯心も二人の後見人から説明を受けていた。
 紅雅(ib4326)は順番に説明する。
 天狗が協力者になった事。正直信用した訳ではない事。それでも『利害の一致』で共に共同戦線を張る……敵対する者が同じならばそれが可能であるという政治の取引などを。
 横で会話を聞く御樹青嵐(ia1669)が悩み込む。
『難しい問題ですが……気持ちと向き合うためにも話さねば。正しさは揺らぐことが多いもの。何が正しいのか、ではなく、今何をすべきかだけでも伝えられるとよいのですが』
「ですから灯心……正直に言えば、戦地へいくのは考えなおして欲しいと思っています」
 御樹は「私も灯心さんが戦場に立つ事は避けて欲しいと感じています」と言い添えた。
 二人の反対。
「理由は教えて貰えますか?」
 灯心は正面から御樹を見据えた。
「いいですよ。客観的に見て、開拓者の中でもそれなりの力を持っている私でも……生還できるか分からない場だからです。まだ駆け出しの灯心さんが立つのは只々心配ですから」
 力不足。戦力外。或いは足枷になる事を通知された。
 それは言葉を選びながらも厳しい発言だった。灯心は机の下で拳を握った。腹が立つのではない。告げられた事が事実である事を理解しているからだ。
「僕が……弱いから」
 御樹は肩を落とす。
「しかし初陣を決めるのは灯心さんです。もし自分の意志で立つ事を決意したなら、それは止められません。精々お互いに生きて帰る事だけ約束するくらいになってしまいますね」
『戦に行きたいと望めば、止められない』
 紅雅もそう思っていた。
「貴方は、誰かの物ではありません。貴方の人生、命、全ては貴方だけの物です。貴方が決めたことを、阻害する権利はありません。技量は未熟とはいえ、あなたも開拓者の一人ですから。ただ……」
 紅雅は俯いたままの顔を覗き込んだ。
「灯心、何が正しいか、ではなく……どうしたいか、聞いても良いですか?」
「え?」
「貴方は……此処で死にたいですか? それとも、誰かを殺したいのですか? 戦に行けば、常にどちらかをしなければならない。戦場は遊ぶ場所でも安全に学ぶ場所でもありません。研究する場所でもない。あなたがしたい事は、本当に戦の場で得られるのですか?」
 目から鱗の言葉だった。
 暫く考え込んで、灯心は告げた。
「ボク、今回はいかないことにします。まだ勉強も始めたばかりだし、見極めるだけの目がないと思うから。でも戦の間の仕事は読むし、直接調べたいと思ったら、もう一度行くか行かないか考えます」
 完全に安心とはいえないが「最初の戦いには参加しない」と言った。


●アルド

 ところでアルド達は案外軽い空気の中にあった。
 グリムバルド(ib0608)が悩み込む。
「さて、正直どうしてこうなったか俺もよく分からん」
「わかんないのに、そんな大事なことが勝手に決まるのか」
「決めるのは偉い人の事が多いからな。それが組織に所属するという事だ。納得できなくても決定に従う。そういう所は、昔のアルドの兄貴とか姉貴とかも同じだと思うぜ。決めるのは全部、おかあさまで、言われたことをやるだけだったんだろう?」
「ああ、そうか。変わらないのか」
 考えてもみなかったと、アルドは天井を仰ぐ。
「けど生成姫の所とは違うこともあるぜ。納得できないなら、戦になんて行かなくて良いんだ。辞退の権利はある」
 そこで无(ib1198)は、天荒黒蝕と生成姫と差違について話し始めた。
「これは私見だが……例えば人を食う、助けるなどの行為が同じでも……生成姫は人を強制的に被支配物つまりは家畜と定義したのに対し、天荒黒蝕は仮初めでも人を対等に扱った、この差もあると考えているよ。物事は常に公平、平等ではない。納得や自由が絡む話、悪意の度合いもある。たった一つの決定でも様々な要因が絡むんです」
 アルドは悩み込んだ。
 少し難しかったかも知れない。グリムバルドは肩を回しながら続けた。
「どのみち知らない間に共闘が決まっていた。決定は覆らないから、大勢が戦いに行く。俺も状況が分からんが、アヤカシを率いている形になっていたとしても……決して仲良くなったわけでは無いという事だけは言えるな」
 一時的な休戦とは、得てして不安定なものだ。
「師匠の昔話に出る話で、敵の敵は味方って言葉がある。けど危機が去ったら、また戦うんだろうぜ。だから彼奴らは仲間とは言えない。仕事上のつき合いみたいなもんだ。けど誰が敵でも仲間でも、皆、泥を被ってでも大事なものを守るために戦いに行くけどな」
 无も頷く。玉狐天ナイも顔を出した。
「私達は下の世界へ行きます。根源を知るために。人の未来を守るだけでなく歴代の大アヤカシの意図や、世界、瘴気、精霊力等の根源を求めに」
「灯心も知りたがってた」
「アルドはどうなんです? 我々は君の意志を尊重します。だから戦に来るというなら異は唱えません。ただしこれは必ず生還し再会する事が条件です。君を待っている家族の事を忘れてはいけない」
 アルドは「戦への参加は、もう少し考えてみる」と答えた。