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■オープニング本文 紅葉舞う神楽の都。 秋色の大通りには、恒例となったもふら様の隊列が歩いていた。 実り豊かな果実の並木に心奪われつつ、もふら様が荷車を引いている。 覆われた幕で、何が積まれているかは分からない。 もっふ、もっふ、と懸命に荷を運ぶもふら様たちは、一つの建物に吸い込まれていく。 搬入口、と書かれた裏口だ。 そして建物の正面入口には、淡色の衣をまとった幅広い年代の男女が列を成していた。 頭の禿げた素敵なオジサマが、人々に向かって大声を張り上げる。 「これより、サークル参加者様の入場を開始いたします。皆様、お足元にお気を付けて、ゆっくりとご入場ください。尚、一般参加者様の入場開始予定時刻は、一時間後となっております」 誘導係員たちが掲げる看板には、 『カタケット〜満月の陣〜』 という謎めいた文字が記されていた。 今回は『冥越と大アヤカシさぁくるが熱い』ともっぱらの噂である。 そして尤も彼らの心を騒がせているのは『夜の宴』である。 + + + アヤカシと開拓者。 神楽の都では見慣れた存在も、世界的な人口と比較すれば大した数とは言えず、世間一般の人々にとっては、アヤカシ被害に差し迫らない限りは、あまり縁のない人物たちと言える。 とはいえ。 世の中には奇特な事を考える人種が存在するもので、開拓者ギルドで公開されている報告書を娯楽として閲覧し、世界各地を飛び回る名だたる開拓者や見たこともないアヤカシに対して、妄想の限りを尽くす若者たちが近年、大勢現れた。 開拓者ギルドに登録する開拓者の数。 およそ2万人。 神楽の都が総人口100万人と言われる事を考えると、僅か2パーセントに過ぎず、世界各国で活躍する活動的な開拓者に条件を絞れば、その数は更に減少する。 開拓者とは、アヤカシから人々を救う存在である。 そして腕の立つ開拓者は重宝される。 英雄たちの名は人から人へと伝えられ、妄想癖のある人々の関心を集める結果になった。 彼らはお気に入りの開拓者を選んでは、一方的に歪んだ情熱を滾らせ、同性であろうと異性であろうと無関係に恋模様を捏造し、物語或いは姿絵を描き、春画も裸足で逃げ出すような代物をこの世に誕生させた。 人はそれを『萌え』と呼ぶ。 さらには相棒と呼ばれる動物や機械を擬人化してみたり、人類の宿敵でああるはずのアヤカシとの切ない恋や絶望一色の話を作ったりと、本人たちが知らない或いは黙認しているのをいい事にやりたい放題である。 その妄想に歯止めなど、ない。 妄想は妄想を呼び、彼らに魂の友を見いださせ、分野と呼ばれる物が確立される頃になると「伴侶なんていらない、萌本さえあればいい」そう言わしめるほどの魔性を放っていた。 やがて生活用品や雑貨の取り扱いを開始し、有名開拓者の仮装をして変身願望を満たす仮装麗人(コスプレ◎ヤー)なども現れ、僅か数年で一大市場を確立するに至る。 業界人にとって、開拓者や相棒は、いわば憧れと尊敬の的。秘匿されるべき性癖のはけ口といえよう。 四季の訪れと共に行われる自由市は『開拓業自費出版絵巻本販売所(絵巻マーケット)』と呼ばれ、業界人からは親しみを込めて『開拓ケット』(カタケット)と呼ばれた。 年々増加する入場者の対応を、薄給で雇われる開拓者たちが客寄せがてら世話する光景も、珍しいものではなくなってきていた。 + + + 例年ならば八月真っ直中に行われる催しも、少しずつ変化を見せている。 元々は恐るべき猛暑によりバタバタと倒れる来場者を警戒した運営側が、少しずつ開催時期をズラしたことが発端だったが、今や次第に増す来場者の収容を気にする余り、開催場所は町はずれに移行しつつあった。 場所の移行に伴い、会場設営や救護所の手伝い、モデル仕事に騙される本物の開拓者も相変わらずだ。 勿論売り手や買い手の味を占めている者達も右に同じ。 「秋よ! 憩いの時が来た!」 読書の秋! 煩悩の秋! 「輝ける実りの季節に栄えあれ!」 ある者は、一般人に混じって、入場者の大行列に並んだ。 ある者は、急いでもふら様のいる搬入口へ走り、売り物の数々を取りに行った。 ある者は、急いで手荷物預かり所へ走り、衣装を受け取る。 そして事情を知らない不運な者は、別の仕事を申し込まれ、気がついたら赤絨毯の雛壇にいた。 有名人ともなれば遠くに己の複製彫刻を見つけただろう。 いかに場所が変わろうと。 そこはカタケット住民の聖地。 開拓者たちを愛し、相棒を愛してやまない、情熱に満ちた人々の夢の国。 世の中ではアヤカシは脅威として知られている。 しかし此処は開拓者本拠地。 神楽の都は他国に比べて、安全は保証済みと言っても過言ではない。 しからば萌えずにはいられない。 さらに田圃が望めて、どんなに騒いでも近隣住民に迷惑がかからない。 人目を一切気にしない。 となると暴走するのが世の常だ。 「俺の右腕に触れると火傷するぜ!」 「私の魂が、生まれ変わりを探しているの!」 「俺が! 選ばれし者だ!」 開拓者になりきる余り、現実と妄想の区別が怪しい方々は……飾り立てた言葉を常日頃から発するようになり、最近では『開拓病』という呼称がついている。本当の病ではなく心理的な現象を示す。年頃にありがちな自己愛と妄想に満ちた発言に陶酔する様だ。彼らはある種近寄りがたいものがあったが、そんなところにまで目をつけて商売を始める運営も運営に違いない。 奇しくも。 九月といえば十五夜がある満月の美しい月だ。 運営はカタケットの開催を『夕方から』とした。 夕方から夜まではいつもの催しを楽しみ、食後は巨大な焚き火を囲んで、仮装ダンスパーティーとしたのである。そして司会には飾り立てた言動でお馴染みのジルベリア人、憂汰さんが選ばれた。彼女は建物の上から入場前の一般客に語りかける。 「選ばれし、諸君! 私の声が聞こえるか!」 フォァァァ! 「今宵は満月! 魔力と練力が高まる夜だ!」 フォァァァ! 一般人の皆様は盛り上がっているが、満月に力が増すとか、そんな事実はない。 要は楽しければいいのである。 「それでは愛しき魔性の夜に再びまみえよう!」 ばさぁ、と漆黒の外套を翻す。 本日は夜通しでバカ騒ぎが確定となった。 「皆様。大変長らくお待たせいたしました。 只今より『開拓ケット〜満月の陣〜』を開催致します! 深夜9時から屋外会場で焚き火が行われます。どうぞ夜通しお楽しみ下さい! アヤカシに紛した吟遊詩人の楽団もお招きしております!」 |
■参加者一覧 / 北條 黯羽(ia0072) / 鈴梅雛(ia0116) / 音羽 翡翠(ia0227) / 真亡・雫(ia0432) / 柚乃(ia0638) / 相川・勝一(ia0675) / 酒々井 統真(ia0893) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 九竜・鋼介(ia2192) / ニノン(ia9578) / リーディア(ia9818) / フェンリエッタ(ib0018) / 雪切・透夜(ib0135) / ヘスティア・V・D(ib0161) / 明王院 千覚(ib0351) / 鹿角 結(ib3119) / ウルシュテッド(ib5445) / ユウキ=アルセイフ(ib6332) / 神座亜紀(ib6736) / 八条 高菜(ib7059) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 何 静花(ib9584) / 黒曜 焔(ib9754) / 音野寄 朔(ib9892) / 宮坂義乃(ib9942) / ジャミール・ライル(ic0451) / サライ・バトゥール(ic1447) |
■リプレイ本文 誰よりも先に会場へ入るのは運搬のもふらと事務員だ。 「もふ毛でより暑いだろうに……ああ、もふらさまたち頑張って……」 黒曜 焔(ib9754)は搬入口の受付作業を終えて、疲れ気味のもふらさまを見た。 「思えば……もふら様の行列を追いかけて迷いこんだ一昨年」 「へぇ」 「友人の売り子を務めた去年。もふら様萌えが嵩じてさぁくる参加を始めた今年初め。もでるにされた今年春……私はとうとう気づいてしまった! 事務局で! 搬入や搬送のバイトをすれば! 私の心を奪ったあのもふもふ行列と! 触れ合えることに!」 同事務員の酒々井 統真(ia0893)は「順番に道を踏み外してるな」と冷静に声を投げるが、話は右耳から左耳へ聞き流す。 「やっぱり絵に描いた餅より本物の餅ということなのだよ! そうだよなぁ、おまんじゅうちゃん!」 もふらのおまんじゅうちゃんは差し入れを遠慮なく食べたのか、口元の毛がべちゃべちゃしている。 全く隠す風もなく「もふ! お餅は美味しいもふ!」と主張する。 「おまんじゅうちゃんは今日頑張ったからね、もっと何か食べるかい?」 「今の内に休ませとけー、次はさぁくる入場だ」 次の仕事は山積みだ。 「くしゅっ」 「かぜー?」 露草(ia1350)はさぁくる『じんよーもえ』で荷ほどきをしていた。 「いえ。でも……陽が落ちるとすっかり秋ですね。ですが秋が来た、つまり夏の間縫い続けていた衣装の出番ですよ! さぁいつきちゃん! 更衣室で十二単に着替えるのです!」 天妖衣通姫は「分かったの」とアレンジされた十二単のミニドレスとショールを持って遠ざかる。 露草は衣通姫に渡した品と同じドレス以外にも天女風のドレスを引っ張り出す。 「今回は変わってるね」 事務員の天妖雪白だ。 やはり相棒系の服飾さぁくるは貴重なのだ。 「いらっしゃいませー、んもぉお勧めが沢山ですよ! 順番に出しますね!」 露草はドーリア式やイオニア式ドレスだけでなくキラキラと煌めくアル=カマル風の上着にロングスカートをあわせ、金糸や銀糸に水晶玉を織り込んだヴェールまで披露した。 「それぞれ衣装に合わせたネックレスや髪飾りも準備済みです!」 「相変わらず凄いな、ドレス。どうやってつくるの」 「それは秘密です」 「どっかできいたような。ま、着てみてもいいかな。着替えたいんだけど」 「今、今骨組み立てて小部屋をつくります!」 多忙極まる。 天妖雪白が更衣室に入った頃、愛しい子が戻ってきた。 「只今戻ったなの〜」 「いつきちゃん、似合ってます! 傾国の美貌に相応しい極彩はやはりいつきちゃんでこそ……は! いつきちゃん、月に帰ったりしませんよね?! いなくなりませんよね!?」 創作の疲れだろうか。露草は天妖が儚く見えていた。 メイド衣装でさぁくる『向日葵』に戻ってきた上級からくりヴァイスは足を止めた。 「解せぬ」 「あ、おかえり。丁度飾り付けが終わったところ」 雪切・透夜(ib0135)がぺったりと壁に貼ったのは、ヴァイスが月夜に銃で狩猟をしている姿だ。 さらに手元を見ると、ヒラヒラのエプロンを着て栗を剥く姿まで書かれている。 徹底的なからくり推し。 「流石にもう慣れた。そう思っていた。思っていたが……我のことも本に描かれるのは流石に慣れぬ」 じっとりとした視線に雪切は涼しい顔。 「一番身近なからくりだしね。その分、しっかり描いてるよ」 「…………物好きめ」 「でも色々描いた方が売り上げもいいんですよ。からくりの第二流行も近い気がします」 ほら、と新作のからくり画集を見せつける。 月見酒や紅葉狩り、栗拾い。秋祭りに浴衣やドレス。 華やかな商品にヴァイスの気力が萎える。 まるごとふらもを着込んだリーディア(ia9818)と、もふらの陣羽織および一反もふらマフラーで着飾った明王院 千覚(ib0351)も新作にはぬかりない。 いつまでも頬をよせていたい、ふらものぬいぐるみ。 もふらとふらものマフラーや人形付き根付け。 「見栄えも大事ですよね」 明王院は卓上にやぎの額縁を置いてお品書きをはめ込み、もふらの縫いぐるみにすぺぇす番号の札をつけて統一感を演出し、衣類には手洗いが簡単の札までつけた。 「一反ふらも退治の経験がこんなところで生きるとは」 人生何が起こるかわからない。 兎も角、飾りが終わればさぁくる『藍柱石』の完成だ。 「さ、ぽち。しあげです」 明王院は又鬼犬にもふらの袋帯を巻いた。 「リーディアさん。見本品の提出と七輪を取りに行ってきますね」 「いってらっしゃい」 リーディアはもっふりと手袋を頬に当てて悩み込む。 「そろそろ家族にも明かすべきかしら。この活動……いいえ、まだ子供にはとても。さ、アクアさん、売り子を御願いします。私は買い物に」 いない。 「あ、あら? アクアさん? アクアさーん? 迷子でしょうか」 手元に『昼食を仕入れてきます』の書き置きを見つけてリーディアは胸をなで下ろした。 一方、からくりのアクアマリンは柱の影から様子を見ていた。 『騙されてくださった! これで特別席へ行けます!』 もちろん昼食は調達するが、アクアマリンが離脱した本当の理由は別にあった。 「奥様方には言えない」 今回、等身大木像を出品しているだなんて! 遡ること数ヶ月前。 アクアマリンは羽妖精専門の木彫家に弟子入りした。黒髪を切りそろえた彫刻家は名を寿々(すず)と言い、同人絵巻業界でお馴染み『黄薔薇のマリィ』絵師の侍女を務めている。週に一度ほど工房へ通い詰め、創りあげたのは神霊アルテナ像。 「此処にいましたか」 「これは先生」 「いえ、お義姉さまに比べれば私は先生と言うほどでは……そうではなく、じき一般入場です。その前に作品を見に行きませんか」 「参ります」 「仕上げは上手くいきました?」 「我ながら神秘的に仕上がったと思います。水面を鏡にして髪を梳く、希儀の神霊アルテナ様の湯上り艶姿をこの手で作り出し……」 アクアマリンの情熱が止まらない。 さぁくる『碧日和』を整えていた音野寄 朔(ib9892)は新刊の炎龍総受け絵巻を積み上げ、十五夜にちなんだウサミミフードの相棒衣装にペアルックの品まで用意し、目玉商品を飾り付ける。 そこへリーディアが挨拶にきた。 「お隣ですね。本日は宜しくお願いします」 「こちらこそよろしく御願いするわ」 「これキラキラしてるんですね。さわってもいいですか?」 「ええどうぞ」 「ではお言葉に甘えて」 リーディアがもふもふな指先でちょいちょい簪をつつく。 「それはね。光の加減で色が変わる貝殻を使った簪よ。隣は猫の目を模した石の首飾りなの。今夜は赤き夕陽に誘われた者達が、煌々と昇る焔の夜会に集うのよ。その辺は神秘的な装飾品にしておかないとって思ってて……ふふ、失礼」 「えっと……?」 会話がすれ違いつつ、新作の交換をしてお互いの席に戻った。 隣で様子を見ていた猫又の霰が身震い一つ。 「サク、やっぱり頭がおかしくな」 「何か言ったかしら」 「な、なんでもないわよ!」 ぐりん、と体を反らした猫又霰を病んだ眼差しが見つめる。 『ふふふ、ここらでは一番の看板猫ね。霰は今日も可愛いわ。魔性の夜だもの、うちの子のためにあるようなものだわ、うふふふふふふ』 「さ、サクー」 「なにー?」 「買い物はいくの」 必死に話題を逸らす猫又の言葉に「あ、そうね。午後から出かけましょうか」と音野寄が呟いた。 やがて司会の大声が響き渡る。 「只今より、一般入場を開始いたします。走らないでください」 危険な夜会が始まった。 入場門に立った神座亜紀(ib6736)は会場を見渡した。 「これが噂に聞く開拓ケットか」 「熱気というか鬼気迫る物を感じます。お嬢様」 隣で上級からくりの雪那が震えている。帰りましょうよ、と暗に訴える雪那を無視してぶらぶらと歩き回る。観察を開始してまもなく神座は、自分に似た絵姿を発見して 絵巻を手に取った。なんだか大昔の活躍が物語になっている。 「ちょっと照れくさいな。雪那、見てよこれ。ボクがのってるよ。雪那?」 何度も呼ばれたからくりが我に返る。 「は、はい?」 「それはどんな本?」 「みみみ見てはいけません!」 『そ、某とお嬢様があのような破廉恥な行為を!?』 絵巻を戻したからくりは、主人の手をひっつかんで走り出した。強制連行された神座は「人の欲望とは恐ろしい」と呟く声を聞いた。 「テッド、そなたを男と見込んで頼みがある」 愛しのニノン・サジュマン(ia9578)に呼び捨てにされたウルシュテッド(ib5445)は「なんだいニノン」と問い返す。サジュマンはぴらーりと一枚の広告を見せた。 「壁さぁくるの新刊、賞金首あんそろじー『SKK48』を命に代えても手に入れてもらいたい! 限定百部なのじゃ! じゃが、わしは精神年齢は今のまま体だけ子供になった藤原殿の絵巻を買いに行かねばならぬのでな! デュフフ、頼んだぞー!」 「って、ニノン!? 待っ……」 返事なんて聞かない。 不気味に笑いながら去っていくサジュマンを為す術もなく見送るウルシュテッドが、己に課された買い物が大量であることに気づいた。 思い出すのは本日不在のフェンリエッタ(ib0018)の笑顔。 『叔父様、どうしても仕事が外せないの。ウルニノ本とニノウル本の島買いしてきて!』 『よりによって島買いを……本人に頼むなよ』 島買い。 それ即ち、島と呼ばれる机の端から端まで本を買う『簡単なお仕事』である。 重量を考えてはいけない。 『先に読んでも良いから』 『そういう問題じゃ』 『でもほら本人が読むとなれば検閲になるんじゃないかしら。次から過激な内容は自重してくれるかも! これは叔父様達の為でもあるのよ!』 言葉は不思議だ。かもしれないと思わせた方が勝ちなのだ。一理あると頷いてしまったウルシュテッドの横顔を見上げ『ないな』とフェンリエッタが思った事は誰も知らない。 ともかく家族と恋人の買い物を架されたウルシュテッドは限定の文字に我に返った。 「フェンのは兎も角ニノンの本は限定百部だと!? 失敗したら……」 約束の証を突っ返されるシーンが脳裏に浮かぶ。 「いいや……いいや! 必ず君の期待に応えてみせる、俺達の幸せの為に!」 脆すぎて心配になる幸せである。 場所は一体何処だと彷徨う男を「あっちだよ」と連れて行くのは天妖ウィナフレッドだ。 さぁくる『瑞穂の国の人だもの』では、音羽 翡翠(ia0227)と上級からくりのしらさぎが売り子をしていた。しらさぎは新刊『開拓メシ』を買いに来た者達に自慢を続ける。 「みてみて、マユキとお揃いなの」 浴衣を着せて髪をアップにした。何故そこまで、と訪ねた音羽に誰かさんは言った。 『やっぱり少しは運営に協力した方が良いかと思って。似合ってるでしょ』 『うん、似合ってるわ。似合ってるけど、何か、向こうの』 『あ、マリィ先生に差し入れないと。後お願い』 『えー!?』 音羽達を残し、礼野 真夢紀(ia1144)は狩りに出た。 残ったのは楽しそうなしらさぎと陰鬱な音羽だ。視線を逸らすと、ある特定の区画から望遠鏡で此方を見ている大きいオトモダチが沢山見える。 見てる。 こっちを見てる。 もっというと無防備なしらさぎを舐めるように見ているのを肌で感じる。 「えり? もっとよこにくつろげるの? すそ?」 よそ見をしてる間に来客有り。 「きゃー! しらさぎちゃんダメ! 浴衣はくつろげないの! 警備員さんこっちです!」 巡回中の北條 黯羽(ia0072)に不埒者と謎の差し入れを引き渡す。慌てて『申し訳ありませんが贈物は知己以外受けとっておりません』の看板を出した。 心労がたえない。 北條は不届き者を黙々と狩っていた。 問題児の腕を締め上げて事務局まで連れて行き、男性陣に引き渡すまでが北條の仕事。 「開始間もないのに何人も連行するとはマナーがなってねェさね。俺は捕縛するだけ、おう」 目の前を自分の格好そっくりの人間が通り過ぎていく。 『あー、不思議な感じさね』 「短期の仕事と聞いちゃいたし、どう言う場所なのか分かっちゃいるンだが、また随分と業の深いトコに迷い込んだみてェさね」 そして炎龍寒月は撮影会場から全く動かない。 放っておこう。 放置を決め込んだ北條は、治安維持の巡回中に知り合いを発見することになる。 ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)のさぁくる『rouge et noir』では、相も変わらずからくりD・Dが黙々とネックレスを作っている。穴の開いた水晶玉なぞ数珠屋で腐るほど手に入るので、それらを簪やブローチ等に加工するのだ。何の変哲もない水晶玉が、磨き抜かれたセンスで葡萄細工に早変わり。或いは月の雫のように煌めくのだから不思議だ。 「D・D〜、冬物の受付票どこだー?」 「右印の小箱の中」 「お〜? あったあった。へー、レース編みのデザインで毛糸とは面白いな」 「相棒用と人間用で別だから、受注の時に間違えないでね、マスター」 「へーい」 ヴォルフは我に返った。じっとさぁくるを眺める。 ずらりとならぶ装飾品。対して自分の販売物は男の娘絵巻と雪切総受け絵巻と『黯羽×ヴォルフ×黯羽』絵巻全三品。どっちの量が多いかと問われれば一目瞭然。 「……俺、さぁくる乗っ取られてるよな」 ぴたりと手を止めたからくりD・Dは「何か言った? マスター」と微笑んでくる。 「なんでもない」 「ヘス、売れてるかい?」 警備員の北條黯羽がヴォルフに声をかける。更に売り物の表紙に自分がいる事に気づき苦笑を零した。 珠玉の百合とか書いてあるけれど意味がよく分からない。 「へー、今回は栗のおやつ料理なのね」 礼野から貰った差し入れの林檎パイを囓りながら、黄薔薇マリィ先生は新刊『開拓メシ』を読んでいた。隣では既刊『夏の野外食と夏バテ対策』を熟読する白髪のメイド。 「やっぱり旬物がいいと思って。ところでいつもの黒髪の侍女さんじゃないんですね」 「寿々なら彫刻の弟子に会いに行くって言ってたから。この子は今日だけよ」 彫刻ときいて、ぴくりと礼野の肩が震える。 「それは、どんな?」 「羽妖精。綺麗なものに憧れてた子だから、それ以外作ってるのみたことないわね」 礼野は「そうですか」とホッと胸をなで下ろした。 入場口で鈴梅雛(ia0116)と分かれたからくりの瑠璃は、主人のじゃんるを目指して歩きだした。 まるで走馬燈の如く思い出す遠い日の記憶、 『あの日、主様に連れられて、ここを訪れて以来、私の中で何かが目覚めました』 「そう、きっとこれが、からくりの覚醒カッコカリ」 たぶん違う。 しかしツッコミ役は不在である。 がさり、と左手が持ち出したのは、小銭がじゃらじゃら入った蝦蟇口財布。 ここ最近、主人が仕事でいない時を狙って小銭稼ぎに精を出してきた。 苦行が報われる時がきた。 「こんにちは。新刊全種一部ずつください。こちらの差し入れは、主様御用達のお饅頭です。参考にどうぞ」 手に入れた戦利品をみてうちふるえる。 「嗚呼、主様。やはり主様が一番です」 自由奔放な相棒は他にもいる。 「ちょっとくぅちゃん!?」 上級提灯南瓜のクトゥルーは、膨らんだ蝦蟇口財布を持って買い物に出かけた。 水を得た魚と表現すべきだろうか。 待ちわびた祭を前に、主人の待ったなど聞かない。 買い漁る為、一秒すら惜しい。 途方に暮れた柚乃(ia0638)は肩を落として更衣室に向かう。 なんだかんだいって主人にも保護者以外の目的があった。 上級人妖瑠璃は九竜・鋼介(ia2192)の仮装をし、さぁくる『駄洒落サムライ』の売り子をしていた。 もはや馴染みの出稼ぎだが今回は衣装に加えて愛刀三本の模型まで突いている。 付属品としてハリセンがあるのは第六感でも冴え渡ったのだろうか。 「よくここまで精巧に拵えるものじゃのぅ」 さぁくる主の情熱と執念を感じる。 小銭をちゃりちゃり整理して、人の波が途絶えた所で新刊を手に取る。 絵巻には『クリュウさんが何を言っているのか分からない件』と記されていた。 その頃、九竜鋼介はハリセン二本を持って仮装会場を監視していた。 「開拓病……ねぇ。一部の人らがああいう言動をするのであって全ての開拓者がそういう訳ではない……はずだよな。あれ?」 九竜の目の前を天荒黒蝕姿の柚乃が通り過ぎていく。 有名開拓者すら仮装するのが現代の実情。 良識発言に自信が持てない。 純粋無垢だった……あの頃には帰れない。 「あー、いかがですカー」 宮坂 玄人(ib9942)は片言で声を発する。 「もう! 玄人様、もっと明るく言わなければ売れませんわ!」 ぷりぷり怒っているのは上級からくり桜花。 さぁくる『ぎじんか!』の主に他ならない。 此処で扱うのは宮坂玄人総受け絵巻であった。攻めはもっぱら擬人化された相棒たち。 『何が悲しくて……自分総受けの絵巻を、自分で売らねばならないんだ!』 これはいじめか。 進撃の逆襲か。 顔を覆って裸足で逃げ出したい衝動をぐっと我慢する。 相棒を野放しにしたら、桜花が何を販売し出すか分からないからだ。 主人を売り物にしている現実を理解しているのだろうか。理解しているが真の意味で理解はしていない気がする。 「もう、こうなったらとっておきを出すしかありませんわ!」 上級からくりは割れ物注意の小包を取り出した。 「なんだそれ……俺の根付け!? いつの間に……こんな物」 「表情だけでも五種類あるんです! 今年の秋も萌えて参ります!」 聞いてない。 宮坂の問いを無視した桜花は嬉々として飾りだした。 こうした相棒たちの情熱と煩悩は留まる所を知らない。 「遅くなっちゃったわ。さ、急がなきゃ」 サライ(ic1447)総受け絵巻を作った羽妖精レオナールは、すぺぇすに新刊を置く。 配置を手伝っていたサライは主題を見てコチーンと体を硬直させる。 『支給品にされた僕たち〜鬼畜なイケメン開拓者様にお願い〜』 「……ナニコレ」 ぎぎぎ、と頭が相棒を見やる。 「新刊に決まってるじゃない! 所有物になったサライきゅんと暁きゅんの二人が、お互いに庇い合い、慰め合いやがて真の愛が芽生える王道切ない系ロマンス! ショタ同士最高! 因みに……」 「荷は運んだから僕帰るね」 「そうはいかないわ! 売り子やって?」 身の危険を感じて逃亡を試みたサライを、羽妖精は全力で止めた。 十分後。悶絶していたサライが夜春を使い、涙目で客を惑わしていた。 「僕を……買って下さい」 時々『僕(の本)を』という単語が抜けるので……いかがわしく聞こえる。 風邪をこじらせる、という表現がある。 ここから転じて「※※病をこじらせたな」という言葉が業界では飛び交う。 それはからかいだったり自虐であったりするのだが、全くこじらせている現実に気づかない者もいる事がある。その最たる例が、スカーフで耳を隠して変装中の鹿角 結(ib3119)だ。 鹿角は某区画で島買いを実行していた。 当然目立った。 「あ、あの……?」 正体モロバレの不審者はピカーッと無知な一般人の後光を放つ。 「お気になさらなくて大丈夫です。弟分の活躍を知るというか、世間的な評価を知る為ですから。お代はお支払いします」 ちゃき、と財布を見せた。 さぁくる主は英断を下した。 「売れません」 「え、でも売り物ですよね」 「売れません。何故ならいかがわしい猥褻画が沢山あって恥ずかしいからです。おかえりください!」 狙いのものを売ってもらえなかった。 鹿角は残念そうに引き下がりつつ、全く諦めていなかった。 『……くぅ、バレたのが失策でしたでしょうか。こうなったら売り子が変わった頃に再び挑戦です! 統真攻めで僕受けの禁断絵巻なんて見逃せません! 早く読みたいです!』 失恋以降抑圧されていた何かが花咲いたのだろうか。 鹿角のブラコンは斜め上の進化を遂げていた。 事務局で働く者は見本誌の確認も行う都合上、会場内の配置を大体覚えている。 鹿角の姿を発見し『いったいドコの区画を歩いているのか』を一発で悟った事務員の酒々井統真は死んだ魚の如き眼差しになった。 「……何だろうな」 後方で手当をしているケイウス=アルカーム(ib7387)が「どうかしたー?」と暢気な声を投げてくる。 酒々井は天井を見上げる。 「これまでも何度も見てる光景なんだが『これ絶対結葉には見せられねぇ世界だ』と思う気持ちが先に来るのはあれか、これが親の気持ちか」 多分違う。 いや親心かも知れないが複雑だ。アルカームは笑った。 「えーそう? なんか出店でてるし、お祭りっぽいし、エミカに留守番させないで一緒につれてくればよかったなぁなんて思ってるんだけど。皆楽しそうだよね」 驚愕の発言に振り返る。酒々井は悟った。 ダメだ。 こいつは詳しいことを知らない。早く……俺が何とかしないと! 酒々井の心配をよそに、アルカームは黙々と仕事をする。 「おーしまい。徹夜自慢なんかしちゃだめだよ。注意力が落ちて、こうして怪我した訳なんだし。睡眠はとらなきゃ! 今日は早く休んでね」 「は、はい! ケイウス様ぁ!」 ヒラヒラ手を振って見送る。 「ケイウス様ぁーだって。衣装は良くできてたけど、なんだか恥ずかしいな。丁寧な人っていうより何かこう、崇められてるような変な感じで落ち着かないかも」 「……あながち間違ってはいないな」 照れるアルカームに対して、戻ってきた九竜達は悟りを開いた僧侶の如き不動の眼を向ける。 「そうなの?」 「まぁ、たぶん」 「ここって開拓者の活躍を元にした本を売ってる催しなんだってね。知らないところで、みんなの憧れる話とか希望の象徴になってるのかな」 ええ。 みんなの乱れる話と煩悩の象徴になっています。 「例えば、祭の手伝いとか、人助けの術とか、アヤカシ退治から始まる伝説とか」 例えば、一夜の過ちとか、人助けからの歪んだ恋とか、アヤカシ退治から始まる悲恋とか。 会話が脳内で変換されていく。 アレとかコレとかソレが出てきたら随分鍛えられている。 「……どうしたの」 軽く絶望する酒々井や九竜。 行動の意味がわからないアルカームは首を傾げつつ、見本誌の山を見た。 『うさぎ飴……なんで表紙が俺? しかも隣はエミカ!? え? 独身男の子育てロマンスって』 これは見てはいけない気がする。 アルカームは不自然に目を反らした。そして脳内から存在を消し去ろうと努力した。 後方で酒々井が肩を回す。 「まあ、あんまり考えるな。承知の上の連中が楽しむ分には此処はそういう場だけども、仮装で外へ出てくとか、褒められたもんじゃない絵巻だとかを見える状態のまま会場外へ行く、とかがいないか目を光らせとけばいいさ」 木像については隠す事も困難なのでノーコメントだ。 「……お、俺ちょっと巡回してくるよ! あと御願い」 アルカームが腕章と会場地図を掴んで走り出した。 不安が膨らむだけの旅路へ獲物が解き放たれていく。 しかし誰も止めない。 無事を祈るくらいだ。 残る怪我人はユウキ=アルセイフ(ib6332)に後を引き継ぐ。 「治療はこんなところかな……あとは、桜?」 「何ー?」 羽妖精は見知らぬ筆箱に名札をつけていた。館内では忘れ物も多く、それらは全て事務局に集められる。黙々と仕事をする桜をアルセイフが撫でた。 「次の交代で甘味所に行きませんか」 「行く!」 混沌とした会場の中で、事務局だけが平穏に包まれていた。 しかし事務局の隣にはモデルの舞台がある。 例えば音羽の空龍黒疾風が像の如く動かない。一種のオブジェだ。 そんな龍を背景にしているのが…… 「わー。あっちに可愛いのがある。あとで観に行きたいな」 無表情の上級人妖刻無の隣には、ひきつった笑顔を浮かべる真亡・雫(ia0432)がいた。 『何かおかしいと思ったんだ……でも、この時期にこの催しがあるなんて誰が考える?』 否、考えるわけがない。 壇上で少し視線を逸らすと色めいた光景が飛び込んでくる。 「こ、こんな感じでしょうか」 男性陣の熱い視線を浴びているのは薄手の浴衣一枚な八条 高菜(ib7059)だ。 「あん、こんな格好がいいんですか? ひとづま?」 妙に色っぽいのは夜春のせいだが、一般人にそんな違いなど分かるはずもない。 過激な要求にすら応える八条は……下着を着ていなかった。 「ひゃー!」 まるで乙女の如き悲鳴をあげたのは同じ舞台上の真亡だ。 人妖が余計なものを見ないように首を固定する。 「マスター?」 「あっちを見てはだめです!」 八条はというと、浴衣がぴちぴち過ぎてそれどころでなかった。更に思わずお触りしたくなる男性陣の手をぺちんと叩いて「お触りは……時と場所を弁えて」などと囁いている。 当然巡回中の北條達が一線を越えた暴走気味の男子を拘束して連れ去っていた。 しかし。 暴走しているのは男性だけでない。 「んー、浴衣ってなーんか、変な感じ。脱いじゃ駄目?」 着慣れない浴衣の帯に手をかけるジャミール・ライル(ic0451)を見ている女達は黄色い悲鳴をあげている。ダメと言われても少しくつろげたりする悪戯精神は、視線が合った女の子に笑顔で手を振る余裕ぶり。 因みに婚姻届偽造印を見せられると。 「コンイン? あー、ごめんね、俺ほら、字とか書けねぇから。でもさ、俺達が出会えたのは運命かもしれないよねー、あ、代わりっちゃなんだけどさ、このあと暇? みんなで一緒にご飯行かない? 着替えは誰かに手伝って貰おっかなー」 見事なまでの返しでナンパに移行する。 真亡は我に返った。 「な、なにやってるんですか」 ライルは至極普通の顔で「え、ごはんのおねだり?」と返す。 「そっち、ふく、ふくー! ここは公共の場ですよ!」 「よくわかんねぇけど、別にいいんじゃね? 減るもんじゃないしさあ。それに俺、締め付けられるの嫌いだもんー。あ、そこのおねーさんも美人だね、ごはんいくー?」 真亡は顔を覆った。 自分が唯一の常識人に見える。 この見世物にされた状況から誰も助けてくれそうにない。 近くの人々に話しかけようものなら巻き込まれる未来しかみえない。 つらい。 「マスター、泣いてるの?」 「泣いてないよ」 泣きたい。 上級人妖刻無は「ふーん」と言いつつ、次回訪問してみたいさぁくるをメモしていた。 時々気になる商品を持っている人物に何処のお店で買えるのか質問していたが、ここぞとばかりに頼み事をされる。 「マスター。少し肩を出して欲しいんだって、ぬぐよー」 「え、ちょ、だめだって!」 浴衣を剥ごうとする刻無と抵抗する真亡の攻防戦が始まった。 「くくく、何やらあちらは盛り上がってるの。いい事じゃ」 不気味に笑う上級人妖桔梗。 その時、相川・勝一(ia0675)が目を離した。視界に見えるのは桔梗の顔で「やっと目を覚ましたか」と呆れている。寝ぼけた頭で「今何時ー?」と尋ねた。 寒い。 ひんやりとした風が首筋を投げる。見下ろすと乱れた浴衣。周囲の群衆。一瞬の沈黙。 「ぎゃー!?」 「おお、覚醒した」 「桔梗! またこの展開ですかー!? この格好……超スースーするんですけど! 装備は何処!? はわ、何も見えてませんよね!? わたたた。ご、ごめんなさいですー!?」 半狂乱の相川をにんまり顔で眺めて空へ飛び上がる。 「さぁくるに戻らねばならんからのー、時間まで稼ぐが良いぞ!」 「さぁくる!?」 「さて、新しい勝一本は売れるかのぉ。酒の足しになればよいがの〜」 「桔梗ォォォ!」 一方、反対側では木像の競売が始まっていた。 しかし真っ先に礼野が現れて浴衣しらさぎ像を破壊する。 術のパフォーマンスを済ませた礼野が、木片を集めて焚き火に放りこんでいた。 焚書ならぬ焚像である。 「気を取り直して参りましょう! 次の像は……」 同時刻、天河 ふしぎ(ia1037)は半泣きでウロウロしていた。 「全くもう、見つけたらお仕置きなんだぞ! わーん、どこなんだ〜」 夕飯は不要じゃ、という置き手紙が自宅にあった。 何処かへ出かけたのだろうか? 最初は天河はまるで心配していなかったが、上級人妖はとんでもないものを残していた。 開拓ケットの入場券ガイドだ。 『ひ、ひみつー!?』 恐ろしい場所だと何度も言い聞かせたのに全く懲りてないらしい。 焦る余り、何人もの仮装麗人を捕まえてしまったが、彼らに構っている場合ではない。 「ひみつ、一体何処に……」 「こっちじゃー!」 想定外の声に周囲を見回す。 すると木像の競売で指を立てて「司会、妾を見よ!」と訴えている上級人妖がいた。 空飛ぶ人妖の足を掴んで群衆の中に屈み込む。 「な、なにしてるんだ!」 「ふしぎ兄!? ふ、ふしぎ兄の立体像、妾が買うのじゃ、買うまで帰らないのじゃ」 完全に開き直った人妖に「だっ、駄目なんだからな! 帰るんだぞ!」と顔を赤くして怒る天河がいた。 口論している間に競り落とされる悲しみ。 木像は次々と入れ替わる。 遠巻きに半脱ぎ割烹着な自分の木像を発見した御樹青嵐(ia1669)は「新じゃんるですね」と頷いた。 もう『どうにでもなぁれ』という心境だ。 巡回中のアルカームも当然、自分の木像を発見してしまい凍りついていた。 浴衣一枚で眠りこけている半裸の自分もおかしいが、その膝に養女(木像)がいるのはどういうことだ。 「あの、ケイウス様? いつもあんな感じで寝てるんです?」 「ひ、人違いだよ! そ、その……えぇと、まだ仕事中だった! ごめんねっ!」 見なかった事にして逃亡するのが精一杯だった。 時は刻々と過ぎていく。 「よし、自由よー!」 礼野とさぁくる売り子を交代した音羽が心の癒しを求めてほのぼの相棒区画を目指す。 隣の区画では黒眼鏡をつけたヴォルフが「月は出ているか」等と言いながら買い物をしていた。 買っているのは自分ジャンルの絵巻だ。 業が深い。 「音野寄ちゃーん、まったねー」 「はいはい……ジャミールさん、夜の寒さに凍えてるかと思ったら元気だったわねー。差し入れいらなかったかしら」 知り合いに菓子を差し入れた音野寄は、猫又霰を腕に抱えて相棒区画に現れた。 『とりあえず良さそうなのは片っ端から買い漁るべきよね』 「うちの子に似合うものあるかしら」 「是非みてってくださいー!」 露草が猫又用の首輪やヴェールを差し出す。 「おじゃましまーす」 天荒黒蝕姿の柚乃が新作を見に来た。 神秘と浪漫が詰まった作風がたまらないらしい。 「きれい。どれも素敵です」 「ありがとうございます! ゆっくりみてってください」 「それで、あの……胸のボリュームとか隠せそうなドレス……ありませんか」 ぼしょぼしょと乙女の悩みを囁くと、露草は「このドレスは中のパットが外せて、体のラインが……」と密な相談に乗った。 ざくざく売り上げた露草は額の汗を拭って「ふぅ、いい仕事をしました」と呟く。 事務員として巡回中の黒曜が、さぁくる『藍柱石』に出没していた。 「ここはまさにもふらの楽園!」 まるごとふらもを着込んだリーディアがここぞとばかりにお勧めを見せる。 「もふら毛を使ったもふもふグッズ、お一ついかがです? これからの季節にはふらも顔フードなんか素敵ですよ。千覚さんの新作にもふら毛を使った手編みの一反もふらマフラーもありますし、洗い易さもふまえた安心設計なのです」 「これから寒くなるし、普段使いにいいね。貰おうかな」 「ありがとうございます。もふ風呂敷でお包みしますね」 まるごとを着込んでいても綺麗に包む。 「みつけたー、こんにちは。もふらさまが沢山ですね!」 更に天荒黒蝕姿の柚乃がもふら商品に興味津々。雑談の後、一通り買っていった。 開拓者には一つの到達点というものがあるらしい。 数多く仕事をすれば、同時に知名度が上がるのだ。 「あれは同族! 趣味も合いそうな予感!」 普段、鏡も見ない何 静花(ib9584)は、自分と全く同じ格好をしている一般人を見つけては走り寄って声をかけ、角が偽物だったり、肌が化粧だったり、つまるところ同じ修羅でなく仮装麗人と知るや意気消沈して人混みに消えるという謎行動を繰り返していた。 「あー……今度こそ同族だと思ったのに。雷花っぽい格好の人もいるし、本人はどこだ」 からくりとはぐれて、地の底まで落ち込む。 「なんか買い物してれば会うかな……あ、うさぎ」 迷い込んだ催しが一体何なのか、彼女が気づく日はいつだろう。 しかし。 気づかないならばそれも幸せのカタチ。 何故なら時々、行き着くところまで行き着いてしまった人がいる。 「美しき月の元でのカタケとは乙なものです」 御樹青嵐は自慢の黒髪を紫陽花を模した銀の簪で纏め、獣耳カチューシャを被り、更には月の乙女が着ているような華麗な着物を半裸で纏って像の如く立っていた。 『競うべきは月も恥じらう美しさ、炎に負けぬ情熱……負けられません、この戦い!』 時々動くので周囲の人がビクゥッと身を震わせる。 「なにやってんのかしら」 狐の面を被った妖狐姿の胡蝶(ia1199)は串焼きを囓りながら遠巻きに様子を眺めていた。触らぬ神に祟りなしとはよく言うが、近寄ると巻き添えになりそうなので一定の距離を保ち続けている。不思議な事に全身装備で顔も隠すと周囲に存在がばれない。 胡蝶は気づいた。 この会場で自由気ままに歩き回るには、いっそ目立つくらいが丁度良いことに! 「名札の番号が分かる運営側に『毎回ご苦労様です』とか言われてしまったけど、フツーの人達に見破られないのは便利だわ。焚き火を囲んだ夜会自体は悪くないわね」 「そこの妖狐さまぁ、よろしければご一緒にダンスの姿勢で」 「いいわよ。ちょっと待ってね」 いなり寿司を口に放り込み、渾身の白い尻尾を踏まれないように持ち上げて移動し、写生会に参加する。目立っているのに目立たない。身元が全く分からない。 胡蝶は自分が順応している事に気づきつつあった。 サジュマンは戦利品を見ていた。 この日の為に一週間前から夜型生活を続けてきたのだ。 「デュフフ、月光で読む絵巻は格別じゃの。亞久留を失った神村菱儀が亞久留そっくりの人妖を作り愛でる話など、切なすぎて鼻血が出そうじゃ!」 「楽しそうでなによりだよ」 疲れ顔のウルシュテッドの肩から顔を出した天妖ウィナフレッドは「あんたも馴染んできたよね。愛のなせる技ってヤツ?」と茶々をいれる。ぺちん、とデコピンを食らった。 「おお、あんそろじー! 賞金首あんそろじーではないか!」 サジュマン双眸を輝かせて手を伸ばす。悪戯心芽生えた男はひょいと本を高く掲げた。 「命を懸けた分の報酬が欲しいな。ニノン、君を特別な女と見込んで」 「何の報酬がいいのじゃ」 ウルシュテッドの唇がサジュマンの頬を掠める。 「満月の夜は狼にご用心ってね。どうぞ。お待ちかねの一冊だ」 「狼殿の働き天晴であった。次も頼む」 ぺら、と買い物一覧を渡された男は「それでこそ俺の嫁だ」と返した。 二人の様子を眺めて肩を竦めた天妖ウィナフレッドは身を翻した。 「ウィナ先に帰る。荷物よろしくね、夜遊びは程々にしなよー」 大人の夜遊び。というと色んな物事が思い浮かぶが、二人の場合は…… 「夜遊びだってさ。じゃあ……今夜は君の家で、体だけ子供になった何某殿はどうするのかきいてみようかな。じっくりと」 精一杯の口説き文句は、 「知りたいか! ならば厳選幼年しりぃず全冊を貸してやろう、遠慮は要らぬ、皺の濃い方や毛髪の濃い青年期も捨てがたいが尻の……どうしたテッド、泣くほど嬉しいのか、わしも嬉しいぞ!」 賢者の贈り物を全力で投げ返される結果になった。 これも愛の形だと思いたい。 煩悩滾る秋の風。 混沌に満ちた月夜の夜会は、恙なく過ぎていった。 |