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■オープニング本文 【このシナリオは玄武寮の卒業生専用シナリオです。但し立食パーティーのみ、封陣院と知望院所属者をサポート参加可能とします。】 五行の首都、結陣。 ここの陰陽四寮は国営の教育施設である。 陰陽四寮出身の陰陽師で、世に名を馳せた者は多い。 かの五行王の架茂 天禅(iz0021)も陰陽四寮「玄武」の出身だ。一方で厳しい規律と入寮試験、高額な学費などから、通える者は限られていた。 寮は四つ。 火行を司る、四神が朱雀を奉る寮。朱雀寮。 水行を司る、四神が玄武を奉る寮。玄武寮。 金行を司る、四神が白虎を奉る寮。白虎寮。 木行を司る、四神が青龍を奉る寮。青龍寮。 そして玄武寮から今年、卒業生が11名現れた。 玄武寮を巣立つ。 それは陰陽師研究者の腕の指標である。 三年間の厳しい学業を経て成果を出した学生達の進路は様々で、国家が実力と頭脳を認めた研究者となれば、民間への就職は引く手あまた。五行国家最高の書庫を管理する知望院や、研究者達が集う封陣院への就職も珍しいことではない。 玄武寮を卒業した者達も、進路相談の際、各種資料を渡されている。 『既に民間への就職が決まっている方、或いは、開拓者に戻って専業になる方もいらっしゃると思います。ただ国家機関への就職試験を受験をされる方は各種規則の書かれた紙をお渡ししますので、受験日に会場へ行ってください』 かくして。 受験者達は会場に集った。 物々しい雰囲気で身なりを但し、極秘の筆記試験と面談を終える頃には、心身が疲れはてた。自信がある者は少なく、どちらかといえば……審査に落ちたのでは、と憂鬱な気分に浸る者達の方が多かった。 待つこと数日。 審査を突破した者達に、採用通知と開拓業の兼業規定の書類、立食パーティーの案内が送られてきた。 「ひさしぶりー!」 「お久しぶりです。おめでとう!」 「なんだか……寮を卒業した気がしないわ」 玄武寮の卒業生たちは、立食会場ではち合わせていた。 支給された礼服に身を包んでいる以上は、国家機関の所属員であることを疑いようはない。しかし一ヶ月前後での再会で、そう容姿が変わるものではない。 「でも周囲を見ると……学生気分は吹き飛びますね」 知望院と封陣院の職員達が集っている。 新しく採用された新人職員の祝い……の名の下でタダ酒とごちそうを頂けるのが楽しいと見える。新人達は抱負という軽いスピーチをする事になっているが、果たして何人がちゃんと耳を傾けてくれるやら。 「こんばんは」 ぽん、と肩を叩いてきたのは見覚えのある顔だった。 「柚子平さん!」 封陣院の東方分室長、狩野柚子平だ。 「馬子にも衣装ですねぇ……なんにせよ、採用試験の合格おめでとうございます。知望院の所属者は仕事先であう程度にしろ、封陣院の所属者の方とは同僚ですね」 「上司なんでは?」 「配属希望先が東区ならそうなるでしょうが、他区ならそうとはかぎりません。開拓業兼業で、神楽の都の黄龍寮に住むなら、一時転属の派遣陰陽師ですから尚更。しかし私も追い抜かれないように気をつけないといけませんね」 そんな話をしている時に、呼ぶ声が聞こえた。 「新しい職員の方は、演説をお願いします」 ※ ※ ※ ●陰陽寮卒業生の五行国における進路規定について ※全寮共通 【就職手順】希望調査→担当者に連絡→試験実施・適正確認→合格なら部門へ就職 【配布称号】「知望院研究員補」/「封陣院研究員補」 【対応】開拓者ギルドが譲歩する 【詳細】五行国からの申し入れにより、命令服従についての対立が発生した場合、五行国の側に立つ事を認めるという国家間の誓約書が存在する。 【規定1:召喚の義務】 所定の手続きに従って役所勤務が可能になった開拓者は、神楽の都において五行国が定める陰陽師宿舎『黄龍寮』へ居住するか、常時本国と連絡がつくよう備えなければならない。 【規定2:兼業者の義務】 開拓者業を継続する役人は本国(五行国)での常勤義務が免除されるが、アヤカシや各国護大に関する研究・論文・調査結果などの定期報告を行う事で、少額給与と身分保障が継続される。 ただし給与の支払いは開拓者業を終了してからとし、それまでは国で積み立てておくものとする。 【規定3:職権の制限】 開拓者の身分は万国共通だが、五行国役人の身分は特別な任務、或いは規定の手形を所有しない限り、原則国外では無効となる。また兼業者の条件を満たす限り、役人資格は五行国内で無期限保持される。 【規定4:国益の優先】 五行国公的機関役人の身分を持つ開拓者は、有事の際には『開拓者ギルド』ではなく『五行国』への帰還・協力を行わねばならない。 【規定5:権利と昇進】 五行国公的機関役人の身分を持つ開拓者は、開拓者業を営む間は『派遣陰陽師』として最低限の給与と身分が保証される。ただし本業の役人業務は一時転属の扱いとなる為、開拓業を継続する限り、本国で昇進の対象には選出されない。 【規定6:本職への復帰】 五行国役人の身分を持つ開拓者にとって、本職は『母国業務』であり『開拓者業』はあくまで副職である。よって所属部門における昇進、及び新たな研究への参加を希望する者は、開拓者業を休業後、本国へ帰国して本職に従事し、相応の実績を積む必要がある。 【他】これら規定は、開拓者ギルドと五行国が双方の合意を持って施行されているものである。 |
■参加者一覧
露草(ia1350)
17歳・女・陰
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
八嶋 双伍(ia2195)
23歳・男・陰
ゼタル・マグスレード(ia9253)
26歳・男・陰
ネネ(ib0892)
15歳・女・陰
寿々丸(ib3788)
10歳・男・陰
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰
十河 緋雨(ib6688)
24歳・女・陰
シャンピニオン(ib7037)
14歳・女・陰
リオーレ・アズィーズ(ib7038)
22歳・女・陰 |
■リプレイ本文 演説は知望院から始まった。 順番を待つ露草(ia1350)は演説の原稿を握りしめ、緊張しきっていた。膝に乗せた天妖の衣通姫を執拗にナデナデしている。 「そういえばいつきちゃん、知望院の食堂はどんな感じなんでしょう。食堂がなければ玄武寮の食堂に……いくしか」 余計な事に気を配っていると司会に呼ばれた。歩き方が変だ。右足と右手が揃っている。 「こんにちは、知望院に籍をおくことになりました、露草です。若輩者ではありますが、学んできたすべてを、こちらの中で発揮できるように頑張りたいと思います」 隣で天妖衣通姫が心配そうに見守る。 「卒業論文では、術の組み合わせ……と申しましても融合させてという物を作れないかを主題にしたものを提出しました。完全に新しい物を作る、というわけではなく、既存の物を組み合わせてという形のため、これを完成させるには知望院で働いた方が、と思った次第です。ところで私の相棒の衣通姫ですが、整理整頓においては右に出る者がいません! 一言言っていただければ、お手伝いにまわしますので、私以上にかわいがってやってください! よろしくお願いします!」 ぽかーん、と口を開けた天妖衣通姫が我に返り、ぴょこんと皆様に向けて頭を下げた。 次に壇上へ上がったのは十河 緋雨(ib6688)だ。 「十河ヒサメです」 手元に原稿などなく凛々しい表情で会場を見渡す。 「古代人の出現により、世界情勢も緊迫してきた現在、瘴気やアヤカシのエキスパートたる陰陽師に求められることは多岐にわたり、かつ早急に対応せねばならない事もあるいと思います」 あるい? うっかり噛んだ。ごほん、と咳払い一つして誤魔化す。 「封陣院、知望院それぞれが、もてる力を尽くして世界の神秘を解き明かして緊迫した状況を改善する一助となれれば幸いと思います。それでは、玄武寮で得た経験と絆を糧に、更なる飛躍を願って終わりとさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました」 拍手を背に十河は席に戻り、内心少し落ち込んだ。 初めが肝心だというのに凡ミスである。 同じ卒業生の演説を聞いていたシャンピニオン(ib7037)は俯いた。 最近、急激に世界の常識が変化しているのは周知の事実だ。 『護大やアヤカシの事、旧世界の事……今まで僕達が知り様もなかった事実が明るみになっていくけど、それでも全てを把握した訳じゃない。世界は、謎に満ちてる』 そう言う意味では、陰陽師は世界の真理から近い場所にいる気がする。 壇上に立ったシャンピニオンは真剣な表情で語り出す。 「知望院に所属する事になりました。シャンピニオンです。玄武寮では、魔の森と生物の生育の関係や、生育環境による瘴気への耐性獲得の可能性について、研究してました! 古代人と呼称される存在から、瘴気に満ちた旧世界についてや、護大に関する情報など、今まで謎に満ちていた様々な事柄が少しずつ明らかにされているものの、未だ確証を以って語られる事は少なく、まだまだ更なる研究が望まれます。ボクは、ボクの考えの正しさの証明と、瘴気や魔の森の正体を追及し、後世に残る研究を成し遂げるのが目標です! 宜しくご指導お願いしますっ」 澱みのない演説を、からくりのフェンネルが客席から眩しそうに見上げていた。 「今のお姿、父上様がご覧になればお喜びになるでしょう」 シャンピニオンは希望に輝いていた。 同僚の演説をききながら出番を待つリオーレ・アズィーズ(ib7038)は上機嫌だった。 『ふふふ、わーい、夢の書物に囲まれた生活ですよ。しかも、老後の保証付き。そう、私はこの生活を夢見て玄武寮に入ったのです。頑張りますよー』 食べていた甘味の皿を一旦置き、演説原稿を持って壇上に向かう。 「はじめまして皆様。リオーレ・アズィーズと申します。書物には知識が詰まっています。それは、ある人物の半生を掛けた研究であり、ある開拓者が血みどろの戦いの果てに知ったアヤカシの生態であり、とある地方に奇跡的に残っていた口伝であり、大規模作戦の末にもたらされた世界についての真実だったりします」 まだ見ぬ書物に思いをはせるアズィーズ。 「どれも千金の価値を持つ知識ですが、結果書物として膨大になりすぎ散逸、もしくは残っていても、何処にその記述が有るか分からない、という事が多々あります。私は、色々な書物に散らばって残っている知識を系統ごとに一つの書物に再編集、またどの知識はどの書物に記述されている、という索引機能を持った目録の製作を行い、知識の保全と集積、利用の便利化を行いと思っています」 正に知望院に望ましい目標であった。 続く演説は封陣院だ。 まず最初は玄武寮の主席という事もあり、妙な注目を集めている。 御樹青嵐(ia1669)は感慨深そうに階段を上る。 『色々とありましたが……また新たな研鑽の場に出会える事ができた以上、どのような立場になっても常に自己を高めていく努力は積み重ねて行きたいものです』 目下の問題は演説である。 「新しく封陣院の職員となりました。御樹青嵐と申します。私が封陣院にて成し遂げたいこと。それはひとえに探究です。智の深遠へと踏み込み、それを実もしくは術としての体系として明らかにしていく。それは時として危険を伴いあるいは、その結果において多くの悲劇を招くこともあるでしょう。それでも、私は……私たちはその深淵に迫り、暴き白日の下に晒すことに躊躇うものはいないのだと思います。何故なら人の英知はそれらをきっと使いこなせると信じているからです。私は多くの人に支えられここにいます。ならばその恩を返したいと思います」 続く八嶋 双伍(ia2195)は『周囲に見知った顔があるので緊張しないのが救いですね』と思いつつ、新しい環境への不安を沈め、壇上へ上がっていく。 「八嶋 双伍です。学生時代は魔の森がアヤカシに与える影響について研究していました。この封陣院でも同じく魔の森についての研究を続けていきたいと思います。まだまだ未熟者ですが、この国の為陰陽術の発展の為、努力していく所存です。どうぞ宜しくお願い致します」 柔和な微笑みで可もなく不可もない演説を行う。 出番が迫るゼタル・マグスレード(ia9253)は、原稿を握って念仏の如く何かを唱えていた。御樹が友に近づく。 「……演説はとにかく堂々と滑舌よくはっきり主張を行い気を抜かず……」 「ゼタルさん? 出番ですよ?」 「あ、ああ、すまない。いってくる」 マグスレードは肩に力が入ったまま階段を上がる。誰も聞いていないかも知れない不安と、例え聞いていなくても自分の意志を伝えねばという使命感、そして困難な研究を後押しして貰うためにも人脈作りを此処で! 等々色々考えすぎていた。 「名はゼタル・マグスレード。僕は封陣院にて、成し遂げたい事が二つある」 びし、と指を二本立てて目立つように自己主張。 「一つは、現存の陰陽術をより深く解明し、新たな術を世に送り出すこと。実用化している術にも、術式を突き詰めれば未だ謎の多いものも多くある。玄武寮在籍中、結界呪符を強化した術を開発途中だったが、これの完成を目指したい」 マグスレードは指を折る。 「今一つは、先の研究を通じて、人が護るべきものを護り、後世に希望ある未来を繋ぐ為、陰陽術の更なる発展と展望を示す事。瘴気は生物にとって生命を脅かす危険なもの。その扱いを制する術は陰陽術にあると信じている。陰陽術の可能性を突き詰めていきたい」 寿々丸(ib3788)も激しく緊張しているのか、耳に落ち着きがない。 「き、緊張しまするなぁ……」 「緊張しても仕方がなかろう? どんと構えておれ」 人妖嘉珱丸の発言に「そうは申されましても」と耳がへんにょり垂れる。書いてきた原稿を何度も読んで頭に叩き込んだ。願わくば失敗しませんように、と祈りながら壇上へ。 「封陣院に入る事になりました、寿々丸と申しまする。このような会を開いていただき、有難うございまする。今日この日を迎えられた事を嬉しく思います」 滑り出しは好調だ。 「封陣院に入りまして、寿々は変わらず術開発を続けたいと思っておりまする。そして、少しでも寿々の好きな人達が幸せに暮らせる世の中にしたく思いまするぞ。それに、寿々の一番の目標は『瘴気』について調べる事でございまする! この世界のどこから瘴気が生まれ、そしてその生まれる理由は何なのか……アヤカシが生まれる理由が何なのか……寿々は、ずっとずっとそれを知りたいと思っておりまする!」 拳を握りしめて興奮気味に語っていた事に気づき、寿々丸は咳払いで誤魔化した。 「慣れぬ事にご迷惑をおかけするやもしれませぬが、どうぞご指導を宜しくお願い申し上げまする」 深々とお辞儀して降りていく。 続くのはネネ(ib0892)だ。 数分前まで同級生を見つけて「きゃー!」とか楽しそうにしていたネネだったが、演説の順番が迫るにつれて、かっちんこっちんになっていた。食事の味もよく分からない。 『開拓者としては仕事をしてきたけれど、改めて就職となると右も左もわかりません!』 そんなネネを面白そうに見ているのが仙猫うるるだ。ひどい。 ネネが壇上に上がる。 「はじめまして! ええとその、人妖師志望のネネです! よろしくおねがいします! いえその、人妖オンリーではなくて、人妖技術の応用での新技術開発を目指しています! いつか、新種を開発できるようにがんばります!」 ぼしゅー、と頭から気合いが抜けていく。 心理的に限界だ。 「というわけで、よろしくおねがいします。いやもう、猫の目から見ても不束者だしねぇ」 そんなネネの傍らに現れた仙猫うるるは、どっしりと構えていた。ネネが猫を抱えて走り去る。 『演説は軽くした方がいいかしら』 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は就職に胸をなで下ろしつつ、同期の演説を聞きながら悩んでいた。同じ職員達に顔を覚えて貰うには、どうするべきか。 『ホッとしたと思ったらスピーチだなんてねぇ。さて』 悩んだ末、ヴェルトは颯爽と壇上に歩いていく。 「リーゼロッテ・ヴェルトと申します」 薔薇のように赤い唇が凛とした声で語る。 「栄えある封陣院の一員となれたこと、大変光栄に思っています。ご指導の程、宜しくお願いいたします」 一礼して去っていく。 長文が多い中、ヴェルトの簡潔さは人目を引いた。 最期に緋那岐(ib5664)が歩いていく。 からくりの菊浬はもふらのぬいぐるみを抱きしめながら様子を見守っていた。 壇上に立って深呼吸一つ。 「俺は稀代の人妖師になってやるぜー!」 自信に満ちあふれた決意宣言が凄い。 礼儀なんて何処かに捨ててきた緋那岐の瞼の裏に浮かぶ白いかんばせ。 『ヒナギ』 「人妖創造は命を扱う。それが瘴気より生み出される存在だとしても。一つ間違えれば、アヤカシになっちまう。そうなれば討伐されるのが現状だ。だからこそ命の重みを忘れず、そして軽んじてはいけない」 最初の宣言とは裏腹に、緋那岐の演説は真面目だった。 ずっと昔の会話が脳裏をよぎる。 『ヒナギは陰陽師だったわね。人妖を作る予定はある?』 『あー。今それについて考えててな』 『そう。だったら一つお願いがあるの。もし、万が一失敗してアヤカシが生まれてしまって……例えそれに知性があったとしても、すぐに始末して』 もう、この世のどこにもいない存在が残した言葉。 遠い約束。 進路を悩んでいた緋那岐の分岐点。 人妖師はこの世には何人か存在するが、緋那岐は新たな道を切り開くのかも知れない。 演説が終わった後、ネネは「緊張しました」と椅子に崩れた。仙猫が足下を彷徨く。 「だらしないわねぇ」 「うう……猫はメンタル超強いっていう話ですけど、ほんと、みたいですね」 「皆さん、良い演説でしたよ」 狩野柚子平が迎える。 耳が垂れていた寿々丸は背筋を正し、柚子平を見上げた。 「副寮長……違いまするな、狩野殿。これからもどうぞ宜しくお願い致しまする!」 教師と学生ではない。 共に働く仲間なのだ。柚子平が時計を見た。 「さて、私はこの辺で失礼します。宴を楽しんでください。また明日にでも」 マグスレードは「また明日」と言いつつ、残っている職員達を見渡した。 「封陣院に就職した同期も多いようだな。個人主義も居るかと思ったが」 近くで肉を摘んでいたネネは何かを言いかけて口ごもり、顔色が青くなる。 『あああ、あんなことを聞いてしまったら、封陣院に行くしかないじゃありませんか! 私には面倒を見たい子がいるんです!』 人妖目当てに殺される研究者もいる、と聞いた話を思い出して震え上がる。 「俺も結構迷いながら考えたんだけどさ。国家機関に所属するか、独自研究でいくか」 緋那岐は肩を竦める。 「けど利用できるもんはしてやろうじゃんって気になった。下手な意地の末、碌な研究ができずに道を踏み外す……なんて未来はごめんだね。基礎は徹底して叩き込む。知識はとことん吸収する。技術は惜しまず盗む! 困った時は……まぁ、誰かに頼るって」 「つまり……各自の理由は様々だが『安心』が大きいか」 食事を再開した十河は「だとおもいますよ〜」と声を投げる。 「玄武寮の副寮長だったゆっぴーが封陣院ということもありますし、封陣院を希望する人が多いと予想してましたが、概ね予想通りですねぃ。だから何が変わるという訳でもないですけど〜、おっと、そういえば寝かせた蕎麦生地がそろそろです」 いそいそと会場から消えていく。 「俺も色々作ったんだった。ちょっと取ってくる!」 緋那岐が席を外す。 「じゃ、私は先輩方に挨拶回りしてくるわ。繋がりって大事だもの」 ヴェルトは上級羽妖精のギンコをひっつかんで顔を寄せる。 「いい? わかってるでしょうけど行儀よくするのよ。私の人生が決まるのよ」 「ご心配なく! ご主人さまに恥は掻かせませんから! なんなら幸運の粉でも!」 「ええ、本当にお願いね。でもご挨拶に術は不要よ」 小声で念を押す。 既に御樹と八嶋も人脈作りに忙しい。 「……皆、凄いな」 様子を見ていたからくり蓬莱が、マグスレードの手を引いて中庭に出た。 「急にどうした?」 「最初から張り切りすぎると、息切れしてしまいますよ?」 マグスレードは肩の力を抜いた。 「まず一歩を記そう、周りはライバルが多い、と色々考えてしまった。だが……逆に気心の知れた仲間が共に働く職場は心強い。不安がないと言えば嘘になるし、より生々しい人間関係やしがらみにも縛られる事もあるだろうが……研究は成果を成してこそ、だな」 御樹と八嶋は精力的に他の職員へ挨拶していた。最初の印象は大切だが、彼らには何よりも不安なことがあった。 そう。 今後の扱いである。 「ああやはり」 「ええもちろん」 御樹と八嶋が物陰でヒソヒソ語り合う。 「私も柚子平さんとはなにか今後とも御縁有るような予感がひしひしと致します……」 「覚悟は大事ですよね」 「やはり覚悟は決めておきますか。いや勿論そこに配属されると決まったわけじゃないですが、上司にすると頼りがいあるけど胃が痛くなる人っていますよね」 同意を求める御樹。八嶋の微笑みには影が滲む。 「胃が痛くなる無茶振りは聞かなくても大体分かりそうな気もしますが、今から把握して心の準備をしておきましょう。そうすればきっと乗り越えられます。その為には、同期の皆さんや、先輩達に話を聞いて、普段はどんな仕事をしているかとか、無茶振りの種類とかを聞き出し……」 話を聞いていたヴェルトは「あんた達、どこの死地にいくのよ」と突っ込みを入れた。 その時、十河が手打ち蕎麦をもってきた。 「皆様、手打ち蕎麦がゆであがりました〜。是非ご賞味下さい〜」 布海苔という海藻をつなぎに使った薫り高い蕎麦である。 「まだまだぁ! 秋の味覚はここからだ!」 更に現れた緋那岐は手料理を披露した。 秋の味覚をふんだんに取り入れた、『緋那岐スペシャル・ザ・秋』は、さつま芋や栗の羊羹、南瓜のカステラや濃厚なプリン、更に柚子茶も準備済み。 人妖緋嵐がせっせと配膳をはじめた。 蕎麦や菓子を渡され、緊張から解放された露草と天妖衣通姫たちも食事に食いつく。寿々丸も馴染みの味に幸せそうだ。 ふと十河は「そういえば、ゆっぴーに古代人についての見解とか、いつ結婚するのかなどを聞き損ねましたが、それ以上に黄龍寮って何か聞き忘れました〜」と呟いた。 「あら。ちゃんと配られた職員規約を読まれなかったんですか?」 蕎麦を受け取るアズィーズが「載ってましたよ」と告げた。 「へ? ありました?」 「はい『規定1』に。神楽の都にある五行国指定宿舎の事ですよ。私は黄龍寮へは入らず、市井で生活にしました。研究専念の引きこもり生活も心惹かれますが、世情が落ち着いて平穏に暮らせる目途がつくまでは、一先ずは開拓者と兼業です。失礼」 アズィーズはからくりベルクートと共に先輩とのお喋りに戻る。 「明日から職場ですね」 ネネは新相棒開発を目指して頑張ろうと決意を新たにする。 シャンピニオンは「そうだね」と言いつつ、物思いに耽る。 『世界は、謎に満ちてる。後世が今より素敵な世界であるように、僕達は今できる事を精一杯しなきゃ! その為の、魔の森や瘴気の研究がしたくてここに来たんだ』 職場でも、共に切磋琢磨できる仲間との出会いを期待したい。 八嶋はというと窓に映る自分の正装を見た。 『明日から仕事ですか……一生かかると言われた研究の、まだ始めの一歩を踏み出したばかりです。先輩方や同期の皆に負けないよう、精一杯頑張りましょう』 「忙しくなりますね」 御樹が頷く。 「ええ、何にせよ、やりたい事について譲る気はありません。明日からの試練、堂々と受けて立ちましょう」 情熱に燃える御樹を眺めつつ、ヴェルトが「受難確定なの?」と問いかける。 寿々丸も真剣な顔。 「卒業をしても、まだまだ望むものは高く、進む道は果てしないものでございまするな」 十河が頷く。 「これからは五行の公人としてがんばらなくてはですね〜。おっと、外のオブジェに置いたごりあてを解体して帰らないと……」 明日から、新しい日々が始まる。 |