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■オープニング本文 【★重要★この依頼は【明希】【華凛】【到真】【礼文】【真白】【スパシーバ】【仁】【和】の年中8人と【桔梗】【のぞみ】【のの】【春見】の年少4人の合計12人に関与するシナリオです。】 ●開拓者達の秘密 生成姫の子供を抹殺したい者が存在する。 その事実を教えられたのは、子供達の成長を見守り、護ってきた開拓者たちと……開拓者になって数ヶ月のアルド、結葉、灯心の三人だけだ。暗殺を密告してきた協力者、その暗殺を委託されながらも、子供達の味方をすると決めたシノビ達の助力もあって、襲撃の対応は水面下で行われ続けていた。 幼い子供達には知らされることなく。 せめて。 心から楽しみにしていた穏やかな白原祭を享受できるように。 ●白原祭 ここは五行東方、白螺鈿。 五行国家有数の穀倉地帯として成長した街だ。 白原祭の季節になると、星の数の白い花が白原川を埋め尽くす。 弔いと、生者の汚れを洗う花だ。 壮大な川と対照的に、街の大通りは賑わい続ける。 威勢のいい掛け声と花笠太鼓の勇壮な祭の音色。 夏の花で華やかに彩られた山車を先頭に、艶やかな衣装と純白の花をあしらった花笠を手にした踊り手が、白螺鈿の大通りを舞台に群舞を繰り広げていく。いかに美しく華やかに飾るかが、この大行列の重要なところでもある。 この花車の大行列。 孤児院の子供達も1日だけ参戦が決まっていた。 ●子供達 「……できた!」 恵音は花笠を自慢げに天井へ翳す。 買って貰った裁縫箱で縫い物を覚えてから、できることが増えた。お目付役の羽妖精が「僕のは?」と手元を覗き込む。恵音は「順番」と言って笑う。笠に造花を縫いつけるのは難しくはない。しかし全員分となると結構な数になる。勿論、花笠を作る作業を、結葉やエミカやイリス達も手伝った。 「こっちもでーきた! 花が垂れ下がって、しだれ桜みたいで可愛いでしょ」 「結葉って……工夫が得意ね」 「恵音みたいに綺麗には縫えないけどね」 桔梗やのぞみ、春見やのの。 年少組が花車作りや絵付けの合間に、気分転換で作ったリボンや飾りを年長が仕上げに使う。 イリスとエミカは姉達の真似をしながら頑張っていた。 「私、裁縫見てると去年の七夕を思い出すよ」 イリスが不器用ながら作りあげた花笠を被った。 エミカが「……そう?」と言いつつ記憶の糸を手繰る。 「……自由市で手作りのコサージュとか髪飾り、作って売ったんだっけ」 自然と笑みがこぼれる。商売のやり方を習う片手間に姉妹で手芸品を作った。鮮やかな布の端切れ。針を殆ど使わない簡単な細工物。手芸品が買われた時の達成感。 たった一年、されど一年。 エミカ達が思い出すのは、辛い修行より楽しい思い出になっていた。 「旭もやりたーい」 スカートの裾を翻して走り込み、姉妹の和に入る旭。 楽しそうに手伝う旭は元気いっぱいだが、恵音は別な事が気になっていた。 「ねぇ、旭。明希は?」 「ふぇ? お部屋でお手玉縫ってた。花車に飾るって」 「そう」 最近、明希の様子がおかしい。 弟妹をさけていて口数が少ない。今のお手伝いは一人でできることばかり選ぶ。そして暗がりで膝を抱えて一人泣いている。 華凛もおかしい。 花車作りなど体を動かす手伝いはしているが、むっつり押し黙っている。 二人が大喧嘩した事を知らない姉妹は『何かあったらしい』事は理解できたものの、声のかけ方もわからず、そのままにしていた。 「……どうしたのかしら」 「さあ。でも恵音、今はきけないわよ」 「そう、ね。花車と花笠を仕上げなきゃいけないし、お祭りが終わってから考えてみる?」 「賛成」 使命優先の性質が微妙に染みついている恵音達は、一旦放置を決めた。 子供達の花車が、大通りを闊歩するまで後数日に迫っていた。 一方、アルドと灯心は木槌や釘を握っていた。 花車が完成に近づくつれて、屋根を足したり、骨組みを強化しなければならない。 大人達は教えてくれるし助けてくれるが、アルド達には子供なりの意地があった。 「次、板な」 黙々と指示を出すアルド。 実は赤波組という、白螺鈿の町中でも派手な花車を作る町内の人から助言をもらい、それらを図面に書き起こした灯心は横から小うるさい指示を飛ばす。 二人を支えるのが、構造物に強い関心がある星頼で、指定の花を渡しているのが花の管理に詳しいスパシーバだ。お手伝いをしているうちに礼文の大作を創り出そうとする精神に火がついたのか、兄たちに「こっちの方が絶対に格好いいよ」と茶々を入れる。 「喉、渇いたな。休憩するぞ」 「僕元気だよ」 「休憩しないとダメだ。到真は? いつもは……」 言われなくてもお茶を運んでくるのに。 飲料に並々ならぬ情熱を傾ける少年の姿がなかった。 それもそのはず。 冷茶の薬缶を抱えた到真は、陰殻西瓜を持った真白と一緒に、和や仁に捕まっていた。 「里の前にすんでたところ?」 「覚えてるの?」 「うん、覚えてたっていうより、思い出したっていうか。覚えてる橋に行けば……行けそうな気がする」 故郷の記憶を持つ到真。 話を聞いた三人は顔を見合わせた。 「そこにおかあさんが?」 「わかんないよ。でも試験で倒したおかあさんとおとうさんは、本物じゃなかったと僕は思ってる。だから確かめたいんだ」 「そっか」 暫く沈黙した後。 「行こう! 協力すれば、きっと見つかるよ!」 和が雄々しく言って拳を握った。 仁は頷きながら「ぼくも手伝う」と言い出す。 「ほんと?」 「覚えてるなら行けるかも。旅行終わったら帰るんだし、その前にこっそり探そう」 が。 真白は「えー」と異議を唱える。 「ぼく、お姉さんに『外に出る時は、一人になってはいけない。広い街だから、迷子になってしまう』って言われたよ。こっそりとか、怒られる……かな。怒られる。うん。怒られるよ。やっぱだめだよ〜」 「う……」 仁が呻いた。 同じように厳重注意されていたからだ。 しかし和は違った。 「人助けの協力は、最期までやり抜く! それが男なんだよ!」 教えを都合の良いようにねじ曲げている。 未知なる探検への好奇心と、無駄な使命感が勝ってるようだ。 「……みんなで怒られる?」 「自分で考えて行動したよ! って言えば褒めてくれると思う」 誰かの為に行動して自己判断を下す事は美談だ。 かといって。 自分勝手に決まり事を破る事は別である。 微妙な分別が備わっていない。 四人は、斜め上の判断をした。 行列の時に場所を探し、屋台巡りの時に抜け出そう。 そして他の皆の迷惑にならないようにこっそり、到真のおとうさんとおかあさんの家を探そう。 ……っと。 「到真のために!」 「おー!」 当然、その秘密会議を数名の開拓者が物陰で立ち聞きしていた。 「全く……」 「どうします?」 「怒るべきか、褒めるべきか、止めるべきか」 「まるで目が離せないねぇ」 幼い決意はダダ漏れであった。 |
■参加者一覧 / 礼野 真夢紀(ia1144) / 弖志峰 直羽(ia1884) / フェルル=グライフ(ia4572) / 郁磨(ia9365) / ニノン(ia9578) / 尾花 紫乃(ia9951) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / グリムバルド(ib0608) / ネネ(ib0892) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 蓮 神音(ib2662) / ウルシュテッド(ib5445) / ニッツァ(ib6625) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 刃兼(ib7876) / ゼス=R=御凪(ib8732) / 戸仁元 和名(ib9394) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / 白雪 沙羅(ic0498) |
■リプレイ本文 祭日和の中、台所に立ったネネ(ib0892)は花車大行列で食べるお弁当作りを手伝っていた。小さな子供達は、総菜のおこぼれを食べようと物陰から台所を見ている。 『嫌いな物をちょっとずつでも食べれるように工夫しないと!』 嫌いな野菜を濃く味付けたり、甘くしたり、見た目にも華やかに刻み込む。 「ののー、これなんだ」 「さくらー!」 正解、と口に放り込む。 もはや総菜と言うより砂糖漬けの人参。おやつだ。 しかし。 台所でそわそわしている年少の中に春見がいない。 春見は居間にいた。 「春見ちゃん、かけたー?」 蓮 神音(ib2662)が手元を覗き込むと、春見は絵を描いていた。 「えーと、春見ちゃん、絵は上手だけど、頼んだお手紙は?」 「かいたー!」 かけてない。 元々識字率ゼロで、今だ兄姉に本を読んで貰っている年少組に手紙を書かせるという事自体が難しい試みであった。ろくに字がかけない春見に文字を真似させようとしたが徒労におわる。蓮は手紙を書かせる事を諦め、春見の書いた絵に文字を書き加えた。 『春見ちゃんが描いた絵です。花車も子供達が頑張って飾りました。見に来てください。神音』 来てくれるかは賭けだった。 一方、リオーレ・アズィーズ(ib7038)達と相談したフェンリエッタ(ib0018)は困り顔で一方向を見た。 『参ったわね。相談どころか、全然夜の事を話してくれないなんて』 相談なり愚痴なり、何かしらのとっかかりがあれば幾らでも助言のしようがあった。 けれど華凛はだんまりを決め込んでいた。 泣いていた理由を尋ねても『怖い夢を見た』等と今更な嘘を言い張って話に触れようともしない。 水を向けると居なくなるのだ。 『元々、自分の事を進んで話す子じゃなかったものね。……かといって、今更一部始終をきいてたのよ、なんて言っても意固地にさせるだけよね、きっと。どうしようかしら』 諭す言葉や仲直りの方法は幾らでも思いつく。 なのに、偽りを押し通す華凛の頑固さを取り払う手段はお手上げ状態。 解決に辿り着くまでの道のりを遠く感じた。フェンリエッタは溜息を零して「ちょっと出かけてくるわ」と上級羽妖精ラズワルドに告げた。 「お出かけ?」 「旅の栞の支払い。すぐ戻るわ。ついでに私も事情を聞き出せる様に作戦を練り直しね」 苦笑いして屋敷を出た。 華凛と喧嘩した明希は、薄暗い部屋で黙々と内職に精を出していた。 アズィーズと白雪 沙羅(ic0498)が「あーき?」とひょっこり顔を出す。明希はびくん、と体を震わせつつ、ごしごし袖で顔を擦って「もう少しでおわるよ!」と元気な声を返す。涙と鼻水で汚れた服や、それを押し隠そうと無理に明るく振る舞う様が胸に傷む。 「明希、華凛ちゃんと喧嘩したんですか?」 白雪がズバッと直球で切り込んだ。 一瞬の沈黙。 その末に、明希が頷く。 ここ数日堪えてきた涙がぼろぼろ溢れる。 「……明希、嫌な子なの。華凛に嫌なことしちゃった。華凛が、明希は自分勝手だってみんなに言いふらすって、言ったぁあぁああ!」 泣きながら、ずびー、と鼻をかむ。 綺麗に作っていた折り紙が、ぐしゃぐしゃになってまた泣いた。 張りつめていた弦が切れるように喚く明希を、アズィーズは抱きしめた。 「ごめんなさい」 アズィーズの呟きに「ふ?」と声を返す。 「私達の伝えたかった『思いやり』とは、自分を抑えて他の子に負の感情を見せない、物陰でこっそりと泣く……なんて事ではなかったのですよ」 「でも、あ、明希、お姉さんになった、よ」 おねえさん。 聞き分けの良い子、を誉め讃えてきた事で……利点と欠点が生まれた。 アズィーズは囁く。 「お姉さんでも。私達の前で泣いたっていい、我儘言ったっていい、そんな事で私達も他の子供達も明希を嫌いになったりしない。私達の自慢の娘よ」 白雪が手拭いで明希の顔を拭う。 「……私達は貴方に『思いやり』を教えましたけど、それは『自分の心を無視して人を優先する』事じゃないんです。明希自身の気持ちも大事にしてあげて欲しいの」 「明希の?」 「そう。自分がどうしたいのか……自分の気持ちにも耳を傾けて欲しい。そういう意味では『思いやり』を押し付けるばかりで、私達も明希の気持ち大事にしてなかったですね。ごめんなさい」 明希は「よくわかんない」と俯く。 しゃっくりあげる。 途切れ途切れに話す。 「みんなに思いやりすると嬉しいの。楽しい。 でも明希が明希に思いやりするってなに? 明希の気持ちを大事にって何? 明希のしたいこと、大事にしても意味ないよ。良いことなんにもない。 華凛は怒ったもん。嫌な子だっていったもん。みんな怒って苦しいの。 明希の気持ちなんていらないよ。 心なんてつらいだけなの」 完全に凹んでいる。 滅入った明希を見て、白雪は話を変えた。 「明希。花蝋燭を流しに行きましょうか。行列の後で」 「なんで?」 「1年の汚れを吸って、清めてくれるそうですよ。汚れって言うのは、痛い気持ちとか、心の中の悪いものとか、良くない色々の事です。蓮の花に綺麗にしてもらうんです。私達ももっと明希の声が聞けるように反省を流します。明希も嫌だった事を流して、仲直りしに行きましょう?」 「明希、綺麗になる? 嫌な子じゃなくなるの?」 希望の光を見た明希の顔に、アズィーズは微笑みかけた。 「ええ。だから明希、花蝋燭と一緒にもやもやしたものを川へ流したら、笑顔を見せて。私達も一緒にこれからの事を考えるから。きっと仲直りできます」 明希は浅く頷いた。 夏の星空のように豪奢に輝く、金箔銀箔がちりばめられた豪華な浴衣。 恵音は先日買って貰った浴衣に袖を通し、銀の手鏡を覗きこんで寒椿の柘植櫛を髪に通す。前髪を星屑のヘアピンでとめた。後ろ髪を結い上げるのは養母のアルーシュ・リトナ(ib0119)で、仕上げに枝垂桜の簪を差し込む。 「はい。完成。とても綺麗よ」 「……やった! 花笠、とってくるわ」 「そうね。最後の踊りの練習をしましょう。恵音、久々に笛はどう?」 恵音は少し迷ってから「練習すればなんとか」と呟く。 羽妖精の思音が傍に浮かび「僕も踊り覚えるよ」と言って貝殻を翳した。 「そうね。そうだ恵音。お母さん、昼間は少し居ない時があるから皆の事、宜しくね?」 恵音が「うん」と頷いて笛と花笠を取りに行く。 花笠を置いてある部屋には、既に着飾った結葉が道具の点検をしていた。 「恵音、綺麗!」 「おかあさんに……買って貰ったの。結葉も……見たことない浴衣ね」 紫陽花の浴衣、絽彩の夏帯を止める兎の帯紐と帯飾り。 「大人っぽくてイイでしょ」 「うん」 「直羽おにいさまに貰ったの。下駄もあるんだから」 きゃいきゃい賑やかなのはいいことだ。 花笠を取りに来た妹たちは『いいなぁ』と言わんばかりに二人を見上げた。 やはり年長は憧れの的なのだろう。 礼野 真夢紀(ia1144)も猫又小雪に「ののちゃんから離れちゃだめよ」と命じておく。 活発な子供は目が離せない。 猫又は「はーい」と言いながら花笠を掲げてくるくる回るののに寄り添う。 「ののちゃん、一緒にぱれーどいこ!」 「いくー、こゆきちゃんもお揃いー」 花笠を自慢げにみせあって笑う。 「ののちゃん。疲れたら早く言うのよ。お祭りは長いんだから、小雪といっしょに、花車で休ませてもらおうね」 「おひるねー?」 「ちゃんとしたお昼寝は、お昼ご飯のお好み焼きを食べてから。縁日で遊んで、お屋敷へ帰ってからね」 縁日という単語に、ののの瞳は輝いた。 「えんにち、いつー?」 礼野は「おわってからね」ともう一度告げた。 「はぁい」 「おったおった、姫さんら気合い入っとるなぁ」 現れたのはニッツァ(ib6625)と籠を持ったスパシーバだ。 「シーバがな、みんなに髪飾りこしらえてん。さ、シーバ。みんなに配ろか。姫さん等はめいっぱいめかし込んだえぇねん」 姉妹達は「ありがとう!」と言って手作りの髪飾りを一つずつ受け取っていく。 毎晩少しずつ作ったスパシーバも「作って良かった」と満足げだ。 「えかったなぁ、シーバ。ほな、支度のできた姫さんらから花車んとこいくでー」 ばたばたと花車へ急ぐ。 花車の前にイリスとエミカ達がいた。 纏めた髪に蓮の切り花を飾り付けてもらう。 「ケイ兄さん、どお?」 「よし、可愛い」 ケイウス=アルカーム(ib7387)が満足げに姉妹を眺め、鏡を持ってきて見せる。 「ゼスも飾ろう、エミカとイリスとお揃いだよ!」 ゼス=M=ヘロージオ(ib8732) は「いや、別に」とひけ腰だったが、姉妹の視線に逆らえない。暫く葛藤していたが「好きにしろ」と言い放った。 これ幸いと好きにされる。 「……ケイウスも飾るな?」 反撃の開始だ。 「え、俺も? いや俺は男だし」 「おそろいがいいのだろう? 祭なのだから気にするな。ケイウスも長髪は暑かろう」 じりじり追いつめられる。 最終的に髪が綺麗に整えられて、花が差し込まれた。 後方で何人か笑っている。 「ねぇゼス、やっぱ俺、浮いてない? 大丈夫!?」 ぶふー、と誰か吹き出した。 しかしヘロージオは涼しい顔。 「祭なのだから浮いてる位が丁度良かろう。よかったな、目立てるぞ」 「ゼス〜!」 「おーい、すまないが終わったらこっちを手伝ってくれ」 二週間に渡って総出で作った花車。 既に花車の前では、ウルシュテッド(ib5445)やニノン・サジュマン(ia9578)が星頼や礼文を連れて微調整をしていた。 「花が足りてよかった」 サジュマンは礼文の頭に手拭い、肩に襷を巻いてやる。 「うむ、格好良いぞ。そういえば礼文はどの辺りを作ったのじゃ?」 「後ろだよ。にぃさんと工夫して、前ばっかり目立たないようにしたんだ」 先日のことだ。 『通り過ぎて木枠が見えたら寂しいから』 観客に配慮した礼文の頭をサジュマンが撫でる。 「一生懸命やったのじゃな。さて、本番じゃぞ。普通に着飾るのも良いが、折角だから楽しく暢気にいこうではないか。これから頬に朱墨で金平糖を描くのじゃが、礼文は何がよい? 好きなものを描いてやろう」 頬に希望通りの絵を描く。 落書き中のサジュマンを見て、ウルシュテッドが首を捻る。 「あれは……同人絵巻で鍛えた腕が冴えるのかな」 「礼文ずるいよ。ぼくもー!」 星頼が走っていく。子供に囲まれた愛する人の浴衣姿に、ウルシュテッドは切実に撮影機が欲しくなった。花車作りをする子供の様子を見ていた時もつくづく思った事だ。 『星頼たちも一ヶ月で逞しくなったかな……写真に残せないのが残念だ。でもニノンの言うとおり、似顔絵師に子らの今を残して貰おうかな。縁日の場所は覚えていることだし』 やがて子供達が次々に現れて花車を囲む。 ウルシュテッドは、ある事を思いついた。 「夏祭り2年目とは思えない大作だ、頑張ったな……名前をつけるなら皆はどうする?」 すると題名付けは大論争に発展した。おかあさま号だとか、とこよのもり号だとか、まつり号だとか、どうしようもない提案が多い。しかも希望が揃わない。誰もが頑張った分、思い入れが強いのだろう。 最終的に喧嘩を避けるため『なかよし』号と名付けられた。 燦々と輝く太陽の光が眩しい。 大通りには沢山の人が集まり花車が列を為していた。 白原祭では皆が蓮の花を一輪、飾っている。勿論、旅行客や旅人も例に漏れず、連れの家畜や相棒にも蓮を飾った。こうすることで誰もが祭の一員になれる。 「準備はできた? これから人数を数えるわね。ひぃ、ふぅ、みぃ……」 流水金魚の浴衣を着て桜華の下駄を履いたフェンリエッタは、遅れてきた華凛に「お気に入りの簪は持ってきた?」と問いかけた。帯に挿していた螺鈿蒔絵簪綾雲を漆黒の髪に挿しこむ。 「お弁当もってきました」 ネネがお弁当をつみこむ。きっと歩き回ると重箱など空っぽになるだろう。 「それと、おやつのスルメです」 紙袋をどん、と置いたのは无(ib1198)だ。 地元の赤波組を招いた時に教えて貰った道中のお供だ。子供も大人も、焙ってカラカラの鯣の足を囓りながら道を練り歩く。歯の運動と塩分の補給などにいいらしい。 「なかよし号しゅっぱーつ!」 荷車に繋いだ紅白の荒縄をひいていく。 フェルル=グライフ(ia4572)は普段の格好で、のぞみの手を引く。 『うん。子供たち皆が頑張って準備したんだし、楽しみにもしてただろうし、祭りの時間は一緒に楽しみます!』 物々しい腕輪キニェルの円盤部分も、綺麗に向日葵を飾り付けた。上級迅鷹サンは花車の手すりに止まっている。グライフはのぞみの傍らから「ほらあれ」と指さした。 「のぞみちゃんが飾った花。こーんなに綺麗な花車になったんだよ、みんなも綺麗ってほめてくれてる。よかったね」 「あい、のぞみの花車きれいにできたー」 一方、ニッツァは足下の猫又ウェヌスを一瞥する。 「ウェヌ、花車の上からよう見ておけよ」 猫又はしなやかな跳躍で花車の上へのぼった。 屋根一面に蓮を飾った社型の花車は、柱骨に真紅に燃える鶏頭の花を飾り付けていた。桔梗、紫陽花、芙蓉、向日葵、空木、無数の花々で美しく飾られ、白螺鈿の大通りから小道を通ると、夏の花が路を彩る。 「おお。人じゃ!」 先頭を行くサジュマンが人の通りを知らせながら声をあげた。 「さあ皆の衆、かけ声じゃ。わっしょーい!」 「わーっしょーい」 「礼文も腹から声を出さねばのぅ。どっちが大声を出せるか競争じゃ。わっしょーい!」 「わ、しょーい!」 ところで小さな子供は疲れるのが早い。 だから春見たちは交代で花車に上がった。 「さぁ、春見ちゃん! 手を振って。一緒にいるから大丈夫だよ」 フィン・ファルスト(ib0979)が「わっしょーい」と声を投げると「わしょーい」と言いながら春見が手を振る。春見の前では上級人妖ロガエスが仁王立ちになって目を光らせていた。襲撃を警戒して厳しい表情だが、どうにも微笑ましく見える。更に人妖カナン達が踊っている。 「今日もー、一日ー、がんばろーお!」 「おー!」 この上なく楽しそうだ。 道沿いには年輩も多かったが、皆、好意的な表情を浮かべている分、春見が隠れたりすることもない。 通り過ぎる景色の一部になっているようだ。 弖志峰は群衆の中に見つけた人妖に「樹里ちゃーん」と声を投げて手を振った。 グライフが花笠を被ったり脱いだりする、落ち着かないのぞみを見て微笑む。 「踊りたい?」 「うんー!」 「それじゃ一緒に踊ってみよっか」 指さした先は、正面からすれ違う別の花車の踊り子たち。 「あれ、きれい。旭も踊るー!」 と言い出した娘の顔を見て『やっぱりな』という顔になる刃兼(ib7876)は襷で袖を捲った。 最近、娘の行動が読めるようになってきた気がする。 仙猫キクイチに「旭の傍にいるんだぞ」と念を押して、桴(ばち)を受け取った。 「ハガネはー? 踊らないの?」 花車の横から声を投げる旭に「俺が太鼓を打つから、合わせて踊るといい」と答える。 「旭もやるー!」 一度花車から降りたのに、再び登ってこようとする。 「ん? 踊らないのか?」 「踊るー! 踊って叩くよ!」 「踊りながら太鼓は打てないから順番、だな。一曲踊ったら戻ってくるといい。折角のハレの日だ、威勢よく行こうか」 「はーい!」 どん、どん、どん。 太鼓が鳴らされる。恵音が笛を奏でて踊りの合図となった。 「よし、花笠音頭を踊ろう!」 弖志峰 直羽(ia1884)はからくりの刺刀に綱を頼み、花車から結葉達を下ろす。 「早く早く! 折角のお祭りだ、楽しまないなんて損だよ!」 花笠を持って踊る年長組と年少達。 けれど年中の数名は戸惑い顔。 「まだちゃんと、覚えてない」 「上手に、なんて気にしなくていいよ。楽しく踊れば皆楽しくなるんだよー」 ばっさばっさと結葉の隣で花弁をふらせる。 「ハッパラハスヲミナモニナガセ!」 しかし踊らない子も勿論いた。 踊らないと言うより、他の事が楽しいのだ。 「ぼく、ここにいたい。花笠で踊らないとダメ?」 星頼は花車から見る景色が楽しいらしい。ウルシュテッドは「かまわないよ」と告げた。 「そこからの景色、よく見ておいで」 楽しく過ごすのが一番だ。 花車で街を一周して屋敷に戻ってくると、刃兼は旭を着替えさせた。 「新しい浴衣を着ようか」 「うー? これ旭のなのー?」 金魚の浴衣を着せて貰った旭の帯に、紫陽花の花手鞠の髪飾りを帯に飾る。 「浴衣は長屋の姉さん達からの餞別だ。紫陽花は俺から」 紫陽花の花言葉は『元気な女性』だという。これを贈ると決めた時から、娘に合っていると刃兼は考えた。仕上げは元々持っていた砂漠の薔薇の髪飾り。 「ハガネー、センベツってなに?」 「ん? おくりもの、かな。遠くに行く人にあげるもの、か」 最近『あれなに』『これなに』と質問される事が増えた。どちらかといえば物を示して『あれなに』は、疑問と言うより『あれほしい』に近いところがある。 子供の小狡さと言えなくもないが……そういう時期なのかも知れない。 「旭、縁日では手を繋いでゆっくり歩こうな」 娘と二人。憩いの時間だ。 ウルシュテッドとサジュマンは星頼と礼文を連れて広場にいた。 番傘の影に置かれた長椅子に四人で腰掛けている。 「礼文、動いちゃダメだよ」 「星頼、あつーい……」 じーりじーり。 太陽の日差しが肌を焼く。流石は昼間だ。 露店でご褒美のお菓子や食べ物を買って貰った後、似顔絵屋で顔を書いて貰うことにした。全員乗り気なのはよかったが、大人二人に子供二人、更に相棒も含めた大作は、想像以上に時間がかかっていた。飽きるのが早い子供達をサジュマンが励ます。 「もうちょっとじゃから頑張ろう」 「うぅ」 「仕上がったら好きな氷菓子を買ってやろう。食べ物以外でも良いが、そなたら何がよい?」 「ぼく、果物が持ってあるのがいいなー。礼文は?」 「氷の入った葛きりの黒蜜がいい……」 行きたいところや食べたいものの話をしていると、時が過ぎるのを早く感じる。 「完成しました」 仕上がった絵をみて、全員が目を見張った。 それぞれが腕に抱えているお菓子や、蓮の花も描かれていた。 「すごい。上手。でもこれ、どうするの?」 似顔絵を丁寧に丸めて筒に納めたサジュマンは「無論、飾るのじゃ」と微笑む。 「子供はすぐに成長するからの。星頼も礼文も、あと数年でわしよりも背が高くなるぞ。じゃからな、この夏の顔を残しておきたいと、ふと思ったのじゃ」 緻密な絵は遠い日の楽しい思い出を呼び覚ます。 ウルシュテッドは愛する人の心遣いに目を細めて口元に笑みを浮かべた。 四人の映った絵は、まるで親子そのものだ。 「約束通りご褒美だ。屋台の氷菓子を満喫しよう」 「テッド殿、一番美味い店を頼む」 「はは、仰せのままに」 全員で手を繋いで道を行く。 華凛と明希の大喧嘩をきいた无は、祭の間に頭を悩ませていた。 『ふむ、素直になれなかったか。どうしますかね、ナイ』 玉狐天ナイも悩み顔。大泣きしながら理由をうち明けた明希に対して、華凛は殻に籠もってしまって、喧嘩を内々の話として扱っているという。頑なになっているところをどうこうしようがない為、无は華凛を縁日へ連れ出して気を紛らわせることにした。 「華凛、何か見たいものはある」 「お面が欲しい」 装飾の少ないのっぺりした面を買うと、装着したまま歩き出した。 「どうでした、祭は」 「ん」 表情がわからない。隠すために面が欲しかったのかも知れない。 「楽しくなかったですか?」 「楽しかった、けど」 「けど?」 「もうすぐ、おわっちゃう。お祭り、終わらなければいいのに」 ずっとずっと。 楽しい時間が続けばいいのに。 桔梗と食べ物をはんぶんこにするのは尾花 紫乃(ia9951)だ。 年長組や年中組は、素早い動きでどこかにいってしまうが、小さい子はそうもいかない。 迷子にならないよう手をつないで、子供の歩幅でゆっくり歩く。 「桔梗さん、あついから気をつけてね。ふーふーして」 「ふーっ!」 ぼたぼた餡が垂れる。 汚れてもいい格好だが、目が離せない。 それでも好きな物を頬張り、両手にお菓子を握りしめる姿は微笑ましい。 お昼寝の為に家へ帰る時、最期に飴細工屋さんによって、一輪の桔梗を買った。 「これは花車作りを頑張ったご褒美。とっても上手にできていましたよ」 「おはなさんー!」 お揃いの飴の桔梗を一緒に食べる。 口にほおりこむと芋菓子の風味がした。 年少や年中の子供が大きなお菓子の袋に惹かれるのに対して、結葉達は小さな細工菓子などに心惹かれる事が多かった。 量より見た目。 繊細で優美な餡菓子などを眺めては「どうやって作るのかしら……」と、結葉は本気で悩んでいる。料理を嗜む分、自分で作りたいのかもしれない。 「結葉、食べる? お祭りだから買ってあげるよ」 「食べる! あの華みたいなのと、鳥みたいなのと、ちっちゃい箱のがいい!」 「よし、全部買っちゃおう。お祭りのご褒美だよ!」 弖志峰の財布は緩み過ぎだった。 幼いののの隣に立つ礼野は、もふら飴や飴細工の猫を持たせたりするものの、決して金魚やひよこ売りの傍には連れていかない。 「ひよこさんー」 「だーめ。生き物を飼う時はまず一緒にくらしてる家族に相談してからね」 「猫茶屋さんにもってくー」 「猫茶屋さんが預かってくれるのは猫さんだけ。さ、ののちゃん。お屋敷に戻ってお昼寝しようね」 小さな子は学ぶべき事が沢山ある。 今は難しくても、少しずつ学べばいい。 幼いのぞみを連れたグライフも、お昼寝をさせる為に戻ってきた。 のぞみは冷えた果実飲料やもふら飴、砂糖で煮詰めた芋菓子を腕に抱えてご満悦だ。 グライフが余分に持ってるお菓子は、ある目的があってとっておいた品だ。 「のぞみちゃんも寝たし、華凛ちゃんが戻ってくれば……」 「ただいま戻りました」 「……ただいま」 「あ、帰ってきた。華凛ちゃん、あのね、御願いがあるの。いい?」 グライフは籠を華凛に渡した。 沢山の焼き菓子が詰まっていた。 「これはね。お姉ちゃんから頑張った皆へのご褒美。でもお姉ちゃん、これからお買い物があるの。だから代わりに皆へ渡してきてくれる?」 一瞬、戸惑った華凛が「分かった」と言って籠を受け取った。 全員に届けなくてはいけない。 つまり喧嘩相手とも話し合うことになる。 『さて、と。声をかける切っ掛けにはなるだろうけど……上手くいきますように』 導く仲間に後を託す。 その頃、スパシーバと共に飴細工屋の前に立ったニッツァは、少し考え込んでいた。 「へい、らっしゃい」 「にいさん。ちょっと相談なんやけど、自分で作らせてもらてもええやろか?」 「ははは、兄さんがかい?」 「俺やのうて、でけたら子供に一緒にさせてやりたいんや。不格好でもええねん、思い出は特別なもんやし、滅多にここのは買えんさかい。できんかなぁ? なんなら2本ずつ買うさかい」 「行列してるんでねぇ」 「無理やろか」 「この小さい飴のならかまいませんぜ」 串に刺した梅の実ほどの飴の固まりが、鋏で切ったり抓ったりするだけで動物の形になっていく。一本ずつ大きな飴絵を買う事を条件に、ニッツァとスパシーバは飴作りを見学させてもらった。 「ちょい、ちょい、ちょい、と。まあ、こんなもんでさぁ」 スパシーバは「飴屋さん、凄い」と魅入っている。 「冷えると固くなっちまうから速さが命だなぁ、ま、初めてやるなら蛇かな。やってみな」 するとニッツァもスパシーバも緑の蛇ならぬツチノコが出来上がった。 「難しいけど面白いね」 ニッツァは「せやなぁ」と言いつつ頭を撫で「兄さんありがとな」と巨大な飴菓子を買った。 黄金色に輝く雄々しい龍の線画と桃色の蓮の仏像画だ。 いいお値段だが、素晴らしい。 「……家まで折らないで持って帰れるかな」 「見せるん?」 「僕ひとりじゃ食べきれないから、大きいのは仁や和とも分けようと思う」 食べるのがもったいない。 芸術的な飴細工を眺めてニッツァは仲間の顔を思い出す。 『仁とか和も一緒に回れたらよかったけど、郁さんらどこいったんやろ』 縁日に入ってから姿がない。 「約束したことは憶えているな?」 紫ノ眼 恋(ic0281)の低い声に、真白は肩を奮わせる。 「うち、到真君が行きたい言うてたとこ調べといたんやけど……もしかして忘れてたん?」 戸仁元 和名(ib9394)がしょんぼり肩を落とす。とても悲しそうな声に、到真はオロオロしていた。そして郁磨(ia9365)はしゃがみこんで、双子を見ていた。 「和、仁。俺達は二人の味方だから、ちゃんと話してほしいな」 じっと待った。 端的に言うと、秘密会議の通り、子供達は四人で脱走を試みた。 脇の路地へ入ったところで呼び止めて現在に至る。 理由を知ってはいるけれど、苛烈に怒って問いつめて白状させることと自発的に告白を促すことで子供への影響は異なる。 最初に動いたのは真白だ。 「ぼくは……恋お姉さん達に怒られるって、言ったんだ」 「分かっていて抜け出したのか?」 「だ、ダメだって止めたけど、ぼくの話きかないし、和が怒られないって……」 「人のせいにしてはいけない」 紫ノ眼は断言した。 「怒られると分かっていて止められなかったならまだしも、結局、約束を破って誰にも相談せずに一緒に飛び出したら同罪なんだよ、真白」 涙目の真白が押し黙る。 すると和は「僕たちは考えて行動したんだ!」と胸を張って言い始めた。 「和、どういうこと?」 「到真が生まれた家を覚えてるっていったんだ。だから皆の邪魔にならないようにこっそりいって、すぐに戻るつもりだったんだ! ぼくたちは悪いことはしてないよ!」 堂々と言い切る潔さに唖然とする一同。 郁磨は「それは到真に頼まれたの?」と静かに尋ねると「頼まれては、ないけど」と言い淀む。 紫ノ眼は借りてきた猫のような四人を見て溜息を零す。 「心意気は汲むよ。ただひとつ、何故相談しなかった? あたし達がそれを行くなと言うと思ったか? 迷惑になるなんて誰が教えた。急にいなくなったら心配するだろう。約束を守らないことは、あたし達を信じていないということでもある。違うだろう?」 遂に真白が泣きだした。 まるで連鎖するように子供達の口がへの字に曲がる。 顔を上げた到真が「みんなは悪くないんだ。ぼくがおとうさんとおかあさんの話をしたからだよ」と言い訳のような形で庇い始めた。 戸仁元は到真たちの顔をぐるりとみて「ええか」と静かに話す。 「誰かを想って行動するのはええことやけど……約束は破ったらあかんよ。次からはちゃんと相談してな?」 「……真白。仲間を助けようとした、その心は立派だ。けど行く時は大人も一緒に、だよ」 約束しただろう、と問いかける。 黙っていた郁磨は四人の子供に努めて柔らかく語りかける。 「約束ってね、お互いを守る為にあるんだよ。だからもう一度、約束して。もう二度と、俺達に寂しい思いさせないって」 ごめんなさい、を口にする子供達にもう一度約束をさせる。 指切りをして、間違いを諭した。 誰かの為に動くことは美徳だけれど、約束を一方的に破ることはいけない事だと再認識させる。 罰として郁磨は林檎飴を和と仁でひとつとし、紫ノ眼は玉蜀黍の小さい半身を真白に買い与え、戸仁元は調べ物のことをうち明けた。 そして四人で夜の小道を歩き出す。 紫ノ眼は「真白」と少年を見た。 「仲間想いは真白の美徳だ。いつか、真白も両親に会ってみたいと言っていたな。その時が来たら、その時も……今度こそちゃんと相談してな」 「うん」 ふいに前方を歩く戸仁元が「こっちやと思います」と皆を誘導した。 長いこと樹里に調べて貰っていた資料を頼りに、道を進む。 「到真くん、何か思い出す?」 「ううん。でも、なんか」 ぼうっとしながら周囲を見る。砂利の小道、粗末な長屋、古井戸や商店の脇をくぐり抜けて。やがて竹網の馬や箒などが飾ってある店が見えた。 「到真くん?」 ぐん、と戸仁元の手を引いた。商店の脇から更に細い道へ入る。天井の抜けた小さな平屋の前で止まった。薄暗いが、太陽が差し込んで囲炉裏が見える。 「迷いましたかぁ? ここらじゃみない顔だけど」 箒を持った老女がいた。首を傾げている。 思い切って戸仁元が尋ねた。 「すみません。開拓者なんですが、あの、このお家っていつから廃屋なんでしょうか」 「随分前のことですよ。無理心中やら神隠しがあってから誰も住んでません」 「無理心中?」 「ええ。夫婦が住んでたんですが、ここのお父さん、お酒が入るとえらく荒れる人でね。毎日大喧嘩してたのが有名で、ある日、消えちゃったんですよ。まずお母さんと子供がね。トウカちゃん、いや、トオマツくん? ああ思い出せない。お父さんは『出ていったー』なんて言ってたんですけど、お母さんの方は天涯孤独で実家なんてない人でしたから。川から子供と身でも投げたんじゃないか? って話になって。いえ、ホントの所はわからないんですけどね。一週間位したら、今度はお父さんまでいなくなっちゃって」 「家族で失踪?」 「きっと新しい女でもこさえたんじゃないか、なんて噂も出ましたけど、家の中は綺麗なまんまで、お金や着替えなんかもそのままでね。お父さんの妹さんが金になりそうなもん持っていって、がらくたはそのままなんですわ」 「……旦那さんの妹さん、どこにいらっしゃるか分かりますやろか?」 「裏の白い壁のお家ですよ」 戸仁元は老女にお礼を言って到真を振り返る。 「到真くん。もうじき陽が落ちるから、一度帰ろう。家はどこかにいかへんから」 玄関に転がっていた欠けた茶碗。 がらくたを拾い上げた到真は「うん」と頷いた。 ネネとののの足下には仙猫うるるがまとわりついていた。異様にすりすり体をこすりつけてくるのは、無言の主張だろうか。二人は蝋燭に火をつけて、立ち上る熱気を手で仰ぎながら引き寄せる。あまい香りがした。 「いい匂いがするね」 「うんー! うるるちゃんも匂いするー?」 一眠りして目覚めたののは元気に川辺へ歩いていく。皆の真似をしながらそっと水に花蝋燭を置いた。ネネは様子を見守りながら『清めてください、どうか』と祈りを捧げた。 同じように尾花と桔梗も川へ流していた。まだ眠い桔梗を抱き上げて夕日を見上げる。 「すいこまれていくようですね」 到真と戸仁元も花を流しに来ていたが、少年の表情には喜びも悲しみもなかった。 ただじっと、持ってきた欠けた茶碗を見ている。 『到真くん。やっぱり気になるやろね』 あまり、色好い話は聞けない予感はしていた。けれど。 『どんな結末であっても、うちは最後まで見届けよう……せやけど、少しでも……幸せに続く結末でありますように』 无は仮面を被ったままの華凛を白原川へ連れてきて、謂われのお浚いをした。 華凛は何も話そうとしない。 ならば、それ相応の示し方があると无は考えた。蓮の切り花を手に持つ。 「では華凛。最近の自分を思い浮かべてみませんか?」 「最近?」 「そうです。この川流しの由来を信じて、もっと自分をよりよくする為に、自分の行いを振り返ってみてください。思い出した難しいことや、もやもやした悪い気持ちがあったら、私と一緒に川へ流しましょう」 ぽん、と花を投げた。そして華凛を促す。 「こうすると心がすっとして、単純だけど大切なもの、色々な答えが見えるかもね。勿論、前の自分が間違っていないと思ったなら前のままでも良い。急に上手くやろうとすると失敗するなんて良くありますし、苦いものも良い思い出に成る時がくるさ」 華凛は蓮を投げた。そして熱心に何かを祈る。 「華凛」 声は横からした。 明希だ。後ろにアズィーズと白雪もいた。 「……あ、明希ね、花に嫌なのを吸ってもらって流したの。綺麗になったよ」 仮面の華凛は黙ったままだ。 明希は蓮の模様の櫛を差し出した。 「華凛にお土産。明希とお揃いなの。仲直りのしるし。……ごめんね、明希、華凛が嫌な気持ちになるってわかんなくて、自分のことばっか言っちゃった。でももう言わないよ。一緒に面倒みるし、か、華凛が嫌なら明希いなくなるけど、喧嘩したままは嫌なの」 ぷい、と顔を背けた華凛に、明希がどん底まで落ち込んだ。 櫛を差し出した両手が震えている。 「明希のそういうとこ、やっぱり嫌い」 「……え!?」 「なんであたしに聞くの? あたしが出てけって言ったら出ていくの? あたしのこと悪者にしたいの? ……行きたいなら、行きたいって……言えばいいのよ。あたしが決める事じゃないもん」 華凛は櫛を手に取った。 「あたし、絶対謝らない。明希のそういうとこ失礼だもん。でも仲直りはしたげてもいいよ。……フェルルお姉さんから、明希の分のお菓子あずかってるよ、一緒にとりにいく? 一緒に来ないなら、あたしが二人分食べる」 「う……うん、いく。一緒に行く!」 大喧嘩は、明希が先に折れた事で終止符を打った。 勿論。 全てがきれいな形で済んだ訳ではなかった。 けれど、高慢な華凛も……少しずつ変わっていくだろう。 自我や本質は、一朝一夕でかわるものではない。 手をつないだ二人の後を、大人達も追いかける。遠巻きに様子をみていたフェンリエッタもほっと一安心。 同じく様子を見ていた娘にリトナが尋ねた。 「二人のこと気になる?」 「……うん。でも手を繋いでるから……いいの」 恵音がリトナの手を握る。 「恵音。また兄弟姉妹で何かあったら、何か出来る事はないか考えてみるのはどうかしら」 「関係ないのに?」 「そうね。でも自分だったらどうしてほしいか考えてみて。そっとして欲しい時もあるかもしれないし、誰かに寄り添ってほしい時もあるかもしれないもの」 『思えば、……私も恵音も試行錯誤ですよね』 リトナは、そういって笑った。 明希と華凛たちの会話を、エミカとイリスを連れたヘロージオ達もきいていた。 「仲直りして……よかった」 「ねー、どうきいていいかも分からなかったし」 姉妹の会話を聞いていたヘロージオはイリス達に考えさせる。 「そういう時は、共に祭りを楽しむにはどうすれば良いか考えるといい。伝えるだけでいいんだ、待っている、一緒に祭を楽しもう、とな。機会を設けるんだ。無理に聞き出すのは余り良くない。干渉されたくない者もいるからな。十人十色という諺もある」 アルカームは「俺もゼスに賛成」と手を挙げる。 「直接の関係がないなら、無理に聞き出さないほうがいいかな。でも上手い言葉が見つからなくても、気持ちを伝えるのは大事だと思うよ。何が切っ掛けになるか分からないし、エミカ達も喧嘩をしたら気持ちを抱え込みすぎないようにしないとね」 「ふーん?」 ぴんと来ない顔の姉妹に「清めの儀式をしようか」とヘロージオが花蝋燭を配った。 いずれも自分で絵付けをした力作だ。 「何を穢れとするかにもよるが、少なくとも……イリスと暮らせるようになった事は幸せだな。これからがもっと良い人生となるといいと思う」 微笑むヘロージオに娘の微笑みが返される。 「俺も祈りを乗せようかな。汚れは蓮花に清めてもらって、花蝋燭は願いをこめて」 アルカームは両方投げ込んだ。 「子供達もゼスも、みんなが元気で過ごせますように! また来年も祭にこようね!」 うん、と力強く頷く。 四人で手を繋いで、輝ける水面を見ていた。 |