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■オープニング本文 【このシナリオは原則、玄武寮専用シナリオです。 一年生、二年生含め、玄武寮に所属している方々の参加が対象です。 ただしリプレイ中において卒業式の日のみ、新入生及び卒業する寮生の友人や父母など外部の付き添い参加が可能です。 付き添い参加者は誰の付き添いかプレイング明記が必要です。】 此処は五行の首都、結陣。 ここの陰陽四寮は国営の教育施設である。 陰陽四寮出身の陰陽師で名を馳せた者はかなり多い。 かの五行王の架茂 天禅(iz0021)も陰陽四寮「玄武」の出身である。 一方で厳しい規律と入寮試験、高額な学費などから、通える者は限られていた。 寮は四つ。 火行を司る、四神が朱雀を奉る寮。朱雀寮。 水行を司る、四神が玄武を奉る寮。玄武寮。 金行を司る、四神が白虎を奉る寮。白虎寮。 木行を司る、四神が青龍を奉る寮。青龍寮。 そして玄武寮の寮長こと蘆屋 東雲(iz0218)は『三年生の卒業式』の準備をしていた。 暫く休職していた彼女に代わり、玄武寮副寮長且つ封陣院分室長、狩野柚子平(iz0216)が卒業論文や卒業試験を担当した。余りにも困難と噂の試験を突破した有能な学生が11名現れたからだ。 「皆さん、お久しぶりです」 玄武寮の寮長は朗らかに話しかけた。 「今日皆さんをお呼びしたのは理由は沢山あります。 まず玄武寮から11名が卒業します。 心からお祝いを申し上げます。 明日の卒業式では、五行王様が直々に卒業証書を手渡されます。陰陽師としての装いをして玄武寮へきてくださいね。卒業式の後は、新しい寮生や在寮生とのパーティーがあります。新しく学び舎に入る方々に、励ましの声をかけてあげてください」 王が直々に卒業を祝う。 と聞いて、卒業資格を持つ者達は肩が震えた。 「二点目は、術開発の成果についてです。 知っての通り、主席の『複目符(仮)』がギルドへの提供対象術となりました。上層で会議の末、術式の安定化と各種の制限を設け、一般へ公開されます。しかし他にも優れた術は沢山ある。 そこでかねてからの約束通り、皆さんの投票で最期の枠を決定します」 術開発に勤しんだ者達が導き出した成果を出し合い、その結果に投票する。 投票権利は、玄武寮の所属者全員。 そのうち最も実用化への推薦が多かった術が、実用化されるというものだ。 実用化の投票対象となる術は、四つ。 まず『侵蝕符(仮)』といい、 場に漂う瘴気を、アヤカシにも有害な性質に変化させて濃縮し、肉体を持つ敵の体内器官に送り込む。送り込まれた対象は、急激に毒侵食されるという。 次は『瘴気の檻(仮)』といい、 黒い靄状の瘴気を縦横直径3mほどの半球型に形成し、物理的な壁を持って敵を囲んでしまうという。 次は『瘴気計測(仮)』といい、 瘴気のエキスパートである陰陽師が、ド・マリニーなど測量道具なしに瘴気を感知したり瘴気の濃度を大まかに測る為の術だ。 最後の『陰陽転化(仮)/旧名:陰陽回帰(仮)』は、アヤカシから受けた、瘴気から構成される攻撃術を式神を介することで元の瘴気に分解し、術者の生命力に転換するという。 尚、残念ながら『金剛呪符(仮)』など幾つかの術は、開発研究が実用段階に至らなかった。 「術候補の相談は本日午後から致しましょう。 術開発者は、ちゃんと成果を示してあげてくださいね。 最期の一点は、今後の進路についてです」 玄武寮を巣立つ。 それは陰陽師研究者の腕の指標である。 国家が実力と頭脳を認めた研究者となれば、民間への就職は引く手あまた。 五行国家最高の書庫を管理する知望院や、研究者達が集う封陣院への就職も珍しいことではなかった。 「既に民間への就職が決まっている方、或いは、開拓者に戻って専業になる方もいらっしゃると思います。私からお伝えしたい話は、国家機関への就職試験を受験をされる方についてです。各種規則の書かれた紙をお渡ししますので、受験日に会場へ行ってください」 そんな話をしていた所で昼時を告げる鐘が鳴った。 |
■参加者一覧 / 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 八嶋 双伍(ia2195) / ゼタル・マグスレード(ia9253) / フェンリエッタ(ib0018) / ネネ(ib0892) / 朱華(ib1944) / 寿々丸(ib3788) / 紅雅(ib4326) / 緋姫(ib4327) / リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386) / 緋那岐(ib5664) / 十河 緋雨(ib6688) / シャンピニオン(ib7037) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / セレネー・アルジェント(ib7040) |
■リプレイ本文 ●術投票 寮長の話の後で、術研究の成果発表が行われた。 一般へ提供される二つ目の術が投票で選ばれる為、自然と発表者の解説にも熱が入る。 八嶋 双伍(ia2195)は『侵蝕符』について。 寿々丸(ib3788)は『瘴気の檻』について。 十河 緋雨(ib6688)は『瘴気計測』について。 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は『陰陽転化』について。 発表が終わると、寮長が投票用の紙を三枚ずつ玄武寮の寮生たちに配っていく。 「いずれも素晴らしい技術ですが、世に広めるべきと思う術に投票を行ってください。総数は発表しますが、誰が投票したかは発表しません。では順番に教卓の前へ出て」 まず露草(ia1350)が投票用紙を箱に入れていく。 次に御樹青嵐(ia1669)が三枚。 『さて、どうしましょうか。陰陽師の術の本質は補助的なものに現れると思いますし……それを体現する術を支持しますか』 次は八嶋が3票。開発者であっても投票権利は等しくある。 名簿に従い、ゼタル・マグスレード(ia9253)、ネネ(ib0892)、寿々丸、ヴェルト、緋那岐(ib5664)、十河、シャンピニオン(ib7037)、リオーレ・アズィーズ(ib7038)、セレネー・アルジェント(ib7040)の順で投票を行った。 寮長は黙々と集計を行う。 そして誰が何の術に投票したかを知っている寮長が微笑む。 「いずれの術も、誰かの支持を得た。四人はそれを誇りに思ってくださいね」 長年に渡る孤独な研究の日々が創りあげた成果を賞賛する人がいる。 何一つとして、仲間に認められなかった術はない。 どれも実用化されるべきだという意志。 それが投票に現れた。 「では発表します。 まず白票3票。陰陽転化3票。侵蝕符5票。瘴気計測5票。瘴気の檻18票」 寮長は提出されていた術式書の一つに大きな判子を押した。 「寿々丸さん、あなたの『瘴気の檻』を第二案として承認します。おめでとう」 18票。 それは数多くの学友が努力を見ていたという証明。 「……あ、ありがとう、ございまする!」 共に学び、共に成長し、共に競い合った。仲間の努力を讃えて皆が拍手を贈った。 「では解散。進路相談がある方は部屋へどうぞ。卒業式の日は寝坊しないでくださいね」 軽やかな笑い声が響くと同時に、鐘が鳴った。 ●進路相談 授業の後、寮長室にはひっきりなしに人が来た。 十河や露草も知望院の受験資料を受け取って帰っていく。 そしてアルジェントは寮長の前で泣き崩れていた。 「蘆屋さん、申し訳ありません」 「惜しかったですね。貴女の実力なら、卒論次第で上位も狙えたでしょうに」 アルジェントは今回、卒業を逃した。 本人曰く、病で倒れて実家療養を続けていて、年明け頃から学業に専念できなかったという。 「卒論……なんということでしょう。気付いたら終ってました……治った頃には色々過ぎてました。ああ最上級生でしたのに」 「もう一年がんばれそうですか?」 その問いかけにアルジェントは立ち上がる。 「私は、許して頂けるのでしたらこのまま。留年で玄武寮でもう一回頑張ってみようと思っております。そして、来年こそは!」 「その心意気やよし、だな」 第三者の声が響いた。人妖のイサナだった。資料を届けに来たらしい。 「寮長、新寮生の一覧だ。確認して欲しい」 「はい。分かりました」 資料を受け取った寮長がアルジェントに向き直る。 「病は致し方のないもの。留年しても卒業資格を満たすまで3年間の在籍猶予があります。来年に向かって頑張ってください。学舎で過ごす時間が一年増えたと思えばよいのですよ。今年卒業する内、青龍寮からの移籍組も人より一年多く学んでいます。納得のいく研究成果を出してください。時々後輩の面倒も見ていただけると、とても助かりますけど」 「はい! 皆様宜しくお願い致します」 決意を新たにしたアルジェントと入れ替わりで、シャンピニオンとアズィーズがやってきた。寮長は「順番に伺いますよ。なんでしょう」と柔らかく微笑みかける。どこかの副寮長とは大きな違いだ。 シャンピニオンが、元気良く片手をあげた。 「質問があります!」 「はい。なんでしょう」 「えっと、魔の森や瘴気についての研究って、知望院と封陣院どちらが向いてるんだろう……って思って。詳しい違いを教えてください!」 寮長が棚から二つの案内を持ち出す。 「まず『知望院』はアヤカシ発生から今日に至るまで、国内各地の奇怪な出来事やアヤカシと陰陽師にまつわる情報が記録されています。陰陽師の先人達が戦って来ては蓄えたアヤカシに関する文書や巻物、書簡が保管されている施設と言え、その量は莫大なものです。知識は財産であり、非常に限られた身分の者しか出入りが許されていません。 過去に起きたアヤカシの事件、魔の森の拡大変遷、存在したアヤカシの記録、未解明のまま調査が中断された資料や禁書。そういった歴史的なものを調べたり、集めたり、管理する仕事に就くのであれば知望院が最適です」 「じゃあ封陣院は?」 「封陣院は結陣に本部、国内各地に分室を設け、現場の最前線に近い場所でアヤカシに関する研究をしています。 知望院にある文献等を職務に用いる権利を有していますが、主な仕事は常に新しい情報を仕入れつつ、様々な方向からアヤカシの研究を進めている事の方が多いでしょうね。アヤカシの解析や陰陽術の発展に心血を注ぎます。 ですから危険はつきものですね。 術の暴走、アヤカシの脱走、魔の森で行方不明になった方。そういった事故死や殉職者も珍しい話ではないと伺っています。ある特定種や地域のアヤカシ研究に特化して第一人者となったり、安定した新術を開発して名声を得たり、本当に様々です」 「……どっちが、いいんだろう」 シャンピニオンは小難しい話に悩み混む。寮長は苦笑いを零す。 「望む研究の仕方によりますね。魔の森や瘴気に関する過去の膨大な報告書から共通点や未解決事件を探っていくなら知望院でしょうし、魔の森や瘴気の現物に触れて新たな理論や研究を行うなら封陣院です」 シャンピニオンは両方の受験資料を受け取り「数日間悩んでから適切な方を受験するね」と話す。 寮長は「それがいいでしょうね」と微笑みつつ、隣のアズィーズを見やる。 「お待たせしましたね。ご用件は?」 「いえ。私は本に囲まれて暮らす為に玄武寮に入ったのですから、もちろん知望院に就職希望なのですが……雇用条件諸々を副寮長に尋ねたら『存じません』と追い出されまして」 「あらまぁ」 「そっかー、副寮長って封陣院の人だもんね」 別の組織の労働環境など知るはずもない。しかしアズィーズは「大事な事ですのに!」と拳を握る。 「もしもですよ。仕事に掛かりきりで滅多に家に帰れない……となると珍しく家に帰ったら娘に『お姉ちゃん、だれー?』なんて言われたりしたら、この世の地獄ですーっ!」 わあぁあぁ、と大騒ぎするアズィーズを見て、寮長の目が点になる。 「け、結婚してらしたの?」 「いえ。もうじき養女を迎えるので、給与と労働時間と休日は大事です。先ほどの説明を聞いて益々知望院しかないと思いました。あの子を残して死ぬわけにはいきません」 きりり、と凛々しい表情で姿勢を正す。 切々と語るアズィーズに、寮長は知望院の受験資料を渡した。 一方、副寮長の所にも進路相談の者達は集っていた。 「寿々は、まだまだ勉強したいでする。できる事なら、封陣院で術研究を続行したいのでするが……寿々でも、大丈夫でございましょうか?」 「欲するところが明確なあなたには封陣陣が向いていますよ」 副寮長は寿々丸に封陣院の受験資料を渡す。 同じように研究を望むマグスレードも封陣院を受験するという。 「在寮中は実用に至らなかった金剛呪符の研究継続と実用化に向けての開発を行っていきたいと考えている。試験も近いようだし、ここが正念場だと考えている」 同席の八嶋も頷きつつ、封陣院の就職試験に挑む事を副寮長に伝えた。 「研究も捗りそうですし、面白い事も沢山ありそうです。後は研究以外に夢が一つ……その為にも知識と技術を研鑽したく思います」 「教員として皆さんの合格を祈ります」 「試験官ではないんですか?」 柚子平は肩を竦める。 「そんな権限ありませんよ。何しろ、私は下っ端の分室長なもので」 よく言う、と何名かが胸中で呆れた。 そこへヴェルトが現れた。 「貴女も封陣院へ受験を?」 「まあね。正直な話、娘もいるし、知望院も迷ったけど、……危険な環境なんて開拓業で散々遭遇しているし、この前はナマナリの城に放り込まれたし、今更だと気づいたわ。あれこれ考えた結果が……封陣院、かしらね。自分の手で実際に調べる方が性に合ってるわ」 肩を竦めたヴェルトが受験資料を受け取る。 「おじゃまします。副寮長にご相談が」 ネネが扉から顔を出した。 「なんでしょう」 「実は『人妖技術を使っての乗用相棒』研究の為には、どこに就職すべきか悩んでて……できれば人妖の研究にあたるところに弟子入りできればいいんですが……良いところが、どこかありませんでしょうか。国の研究機関の方が適切なら、そちらにぜひ!」 「瘴気から構成する人妖やジライヤの第三類を創り出したい訳ですね」 玄武寮に所属して三年。 ネネは望む研究の発端を掴むことはできなかった。柚子平が悩む。 「人妖師というのは、実際余り数がいません。しかし国家機関に所属していない者でも技術者が居るのは事実です。火焔の人妖イサナを生み出した亡き陰陽師イサナ、例が悪いですが賞金首の神村などが最たる例といえますね。ところが個人研究者は色々問題が」 室内の寮生達が顔を見合わせる。 今まで耳にしたことのない話だ。 「というと?」 「第一に資材調達が難しい。莫大な費用がかかる。一度の失敗が許されない。この辺を個人で賄うのは難しく、研究資金欲しさに裏仕事に手を出して破滅する研究者もいるんです。研究に没頭する余り食べることも難しい者もいますから、弟子を抱えようとする者は少ない上、運良く師事しても雑用ばかりで学べない、等ですね。でもこれはまだマシな方です」 柚子平の口から『まだマシ』という表現が出て、不吉なものを感じる。 「もっと待遇が悪い、とか?」 「殺されます」 寮生達が「は?」と耳を疑った。 「皆さんは開拓者の籍がありますから、大勢の稀少相棒を見て感覚が麻痺しているかもしれませんが……世界的に見て人妖の数は極端に少ないのです。今だ里で奪い合う例はあり、市場に出回った人妖が高嶺で競り落とされたり、誘拐にあう事もあります。何の後ろ盾もない研究者は、良い標的になりうる。人妖作りを依頼されるならまだしも、苦労して創りあげた人妖目当ての輩に襲われ、最悪殺される事も珍しい話ではありません」 一同は絶句した。 「ですから目に見える特殊な物を作るなら、封陣院に就職するのが一番ですね。国から提供される資材を湯水の如く使っても経費で落ちますし、生活にも困りません」 なんだか生々しい話を聞いた気がする。 「こら、ユズ! 教え子を怖がらせてどうするのよ!」 人妖樹里が主人を叱りつけた。 ぷりぷり怒る愛らしい人妖を創りあげたのは目の前の人物だ。が、例えば彼に弟子入りすると恐るべき無茶ぶりの用件が飛んでくる気がする。 ネネは色々悩みつつ、受験資料を受け取った。 一方、その頃。 緋那岐は上級からくり菊浬と渡り廊下から庭を眺めていた。 進路調査で、就職の希望は出さなかった。 「卒業っていっても、俺の場合ギリだしな……卒業論文すら出してなかったし」 かろうじて卒業、という立場故に気を入れ直す。 そんな緋那岐にも夢があった。 「人妖創造……それが俺の研究したい、進みたい道だ。その為にはどうすればいいのか」 国家機関に所属する道も、個人的に研究を続ける道もあるらしい。 『どっちが向いてんのかな』 深い溜息を零した緋那岐は、廊下に寝転がった。 この寮ともじきに別れだ。 ●卒業式 晴れやかな朝だった。 玄武寮には教員や職員が着飾り、在寮生が準備を整え、正装の卒業生達を迎える。 やがて現れたのは細身に神経質そうな面立ちをした男。 五行国の王、架茂天禅であった。 開会の挨拶に始まり、眠くなるような長い時間を経て、五行王は壇上にあがった。 玄武寮の寮長、蘆屋東雲が傍らに立つ。 「今から名前を読み上げます。順に前へ」 「御樹青嵐」 「はい」 御樹は主席という事も踏まえて品位を落とさぬような振る舞いを心がけていた。来場者、来賓の方々、教職員。行く先々で一礼しつつ、卒業証書を受け取っていく。 「露草」 「はい」 「八嶋双伍」 「はい」 「ゼタル・マグスレード」 「はい」 青と白を基調にした礼装は人目を引く。誇りを胸に淀みない足取りで前へ進んでいく。 「ネネ」 「はい」 背筋をただして証書を受け取る。 「寿々丸」 「はい!」 緊張して落ち尽きなく耳を動かす。 「リーゼロッテ・ヴェルト」 「はい」 「緋那岐」 「はい。……あ、普通なのか」 言葉なく絶叫する寮長と、眉を跳ね上げる五行王。緋那岐は笑った。 「クリスマスに足袋くれたし。だから卒業証書も足袋かと」 寮長から小声で「早く席へ」と促され、呑気に歩いていく。 「……申し」 「よい。次を」 促された寮長が名前を呼ぶ。 「十河緋雨」 「はい」 「シャンピニオン」 「ふぁい!」 立ち上がった少女は己が発した返事に顔を赤くして階段を上っていく。 十一名への卒業証書が手渡されると、架茂天禅は沈黙を破って語りだした。 「今日、十一名の卒業生が陰陽寮という学舎を巣立つ」 浪々とした声が響く。 「長く休寮状態にあった玄武寮の正門が再び開かれて三年。我が巣立った玄武寮から優秀な研究者が羽ばたく事を誇りに思う。汝らは国が認めた研究者の雛だ。国の為に、とは言わぬ。世の為、人の為、そして後世の為に知恵と力を行使し、今後も良く励んでくれる事を期待している。以上だ」 短い激励の言葉の後、新玄武寮生の入寮式が行われた。 「大兄様!」 控え室に顔を出した寿々丸は、紅雅(ib4326)と朱華(ib1944)に頭を撫でられ、緋姫(ib4327)に抱きしめられた。 「こちらですよ」 「三年間、お疲れさん。よく頑張ったな」 「寿々、本当におめでとう。よく頑張ったわね」 「……卒業出来るとは思いませなんだ。これも、支えてくださった、大兄様や姉様達のおかげでありまするぞ」 感慨深げに卒業証書を眺める寿々丸を、紅雅は嬉しそうに見ていた。 「生きている限り、学ぶ事は多くあります。それでも、此処まで成果を上げた事、とても嬉しく思いますよ。卒業、おめでとう」 「寿々はたくさん頑張ったものね。その結果が出た事が、とっても嬉しいわ」 「はい。あ、灯心殿は、灯心殿はどちらでございますか」 尻尾を振って後輩の姿を探す。 一方、アルドと灯心をフェンリエッタ(ib0018)が祝福していた。 「アルド、灯心、入寮おめでとう。準備期間も短かったでしょうに。とても頑張ったのね」 「頑張ったのは灯心だ。俺は教わっただけだ」 「過去問題のお浚いしてただけだよ」 今の心境を聞くと「早く研究したい」という返事がかえってきた。 「そう。腕っ節、知識、技術、言葉、お金……心持ち次第で薬にも毒にもなる力。あれば役に立つし選択肢が増える。力そのものに善悪はないとも言うわね。だから力を使うべき時と場、目的と方法を考え判断する必要がある。用いる人の心も問われるの」 フェンリエッタは「これから三年。存分に学び、楽しんでいらっしゃい」と励ます。 頷く二人。 「よろしい。ほら、灯心を向こうで呼んでるわ」 「行ってくる」 小柄な背を見送ったフェンリエッタは『魔除けの瞳』をアルドに贈った。 「灯心殿。入寮おめでとうございまする」 「ありがとう。あと、卒業おめでとう」 寿々丸は急に背筋を伸ばして胸を張った。 「今日から灯心殿は、寿々の後輩になりまするな。学ぶというのは、いっぱい苦しい事や難しい事もありまするが……それも、全て勉強でございまするよ」 緋姫は「今日からお兄さんだものね」と茶化す。 横で見ていた紅雅は「灯心、改めて入寮おめでとうございます」と微笑む。 「此処では、貴方やアルド君の知らない知識も多くあるでしょう……その全てが貴方達の力となります。ここでの時間はとてもかけがえない貴重なものです。焦る事なく、じっくりゆっくりと己を磨いてください。貴方達の進む道に、多くの実りがありますように」 緋姫も「入寮おめでとう。いっぱいお勉強しましょうね?」と首を傾ける。 灯心の視線が一人に注がれる。だれ? という顔で見ているのは朱華だ。 紅雅と寿々丸が朱華を紹介すると、朱華は静かに手を差し出した。 「初めまして、か。入寮、おめでとう。俺は筆よりも刀を振るう方が性に合ってるが……ま、頑張れよ? 寿々も先輩にいる事だし、何かあれば聞けば良い」 「うん」 「ただ、あんまり頭でっかちにはなるなよ? 外の世界も見れば良い。本だけじゃ分からない事も、あるしな。それと……」 朱華が灯心に何かを耳打ちする。 三人の姿を眺める紅雅と緋姫は、どこか複雑そうな顔で佇んでいた。 新入生ソラの周囲には、人だかりができていた。 「この玄武寮で思い出深い事が沢山ありましたが……一番はやはり君と、君のお師匠様に会った事でしょうか。入寮おめでとうございます、ソラ君」 八嶋は懐から陰陽刀小狐丸を取り出した。 「色々迷ったのですが、これは入寮祝いに。この小狐丸が少しでも助けになればと思います。君の3年間も実り多きものでありますように。困った事があれば、いつでも遠慮なく言ってくださいね、卒業しても度々書庫などに出入りすると思いますし」 「ありがとうございます」 「八嶋さんの仰るとおり、遠慮はいりません」 隣のアズィーズも狩衣雪兎を贈った。 「こちらは入れ違いで入学なさるソラ様に。玄武寮生活に幸ありますように」 「ありがとうございます。……ぼく、なかなか覚えられなくて、入寮に一年以上かかっちゃいましたけど、なんとか毎年進級して行けたらなって思います。頑張ります」 控えめに微笑むソラにネネが胸を打たれた。 「ソラさん。お勉強、がんばってくださいね! また何かあれば、ご相談に乗ります……その、できる限りで!」 拳を握りしめて力説する。 「ほ〜ほ〜、ソラくんが玄武寮ですか〜?」 十河が顔を出す。 「私みたいにかる〜い感じでも大丈夫ですので、のびのびとやってくださいな。あと、ソラくんには玄武寮新聞部の部長に任命します! せっかくなので職員の皆さんにインタビュウしちゃいますよ。善は急げです〜」 十河がソラの手を掴む。そこへヴェルトが現れた。 「元気なのはいいけど時間よ」 「リーゼロッテさん?」 「祝宴の支度ができたそうよ。呼びに来たわ。行きましょ」 卒業生にとっては最期の宴の席だ。 歩き出した八嶋は、見慣れた教室と廊下を一瞥する。 「あっという間の卒業ですね。大変な事もありましたが、実り多き3年間でした」 ネネは「そうですよ」と身を乗り出した。 「皆さん卒業おめでとうございますー!」 感動にうち震えながら 「これで私たちも一人前ということなんですね! 思えば魔の森の研究は毎回かなり危険なつり橋わたりだったような気がします……生き残れて良かった!」 ヴェルトが唸る。 「確かに……立て続けに無茶をさせられた最終学年だったわ」 魔の森の真っ直中で暮らし、単身で魔の森へ入り、アヤカシの群れを相手に研究を進め、大アヤカシの元居城に潜入を要求されて。更には卒業論文と術開発。過労で倒れた者も居た気がする。 ここ数ヶ月を思い出した露草の表情が悟りを開いている。 「ふぅ……長く苦しくも楽しい修業期間でした」 同じ学舎で過ごした仲間を振り返る。 「私やゼタルさん、青嵐さんは青龍寮からの移籍組で。他の人たちより1年多くここに席を置いたことは、回り道ではなくて、ひととせの分、知識を積み重ねられたこと、だと思います。同窓の皆さんに、感謝を」 染みいるような感謝の言葉が胸を打つ。 「ふぅ……卒業かぁ」 ヴェルトは渡された卒業証書の入った筒の感触を確かめる。 「終えてみると、あっけないものね」 上級羽妖精のギンコは「ご卒業おめでとうございます!」と祝福を述べつつはしゃいでいる。 改めて卒業という現実を認識した十河は「ふ〜ま〜明日には明日の風が吹くですよ」と独り言を呟いていた。何度か授業を自主休講した事を悔いているらしい。 シャンピニオンはからくりのフェンネルに対して興奮気味に話していた。 「みてよ、フェンネル! 本物! 無事卒業できて嬉しい!」 「それはようございました。真におめでとうございます」 「ありがと、フェンネル。ほんとはね、まだ寮生でいたいなあ……って思えるくらいには、楽しかったんだよ。色々不十分な事も多かったけど、やりたい事も見つかった。後は……」 『とと様に逢えたら、自慢できるくらいに……もっと頑張らなくちゃ』 露草が扉に手をかける。 「さて、ご飯ですよ、ごはんー! 私は食べる人です」 ●祝宴 祝宴会場ではアルジェントが待ちかまえていた。 「皆様、ご卒業おめでとうございます! 卒業生の皆様に卒業おめでとう、という事で散らし寿司でカラフルなケーキを作ってみました。イクラやエビ、貝やしらすの海鮮を使い豪華にしあげております」 「わぁー、おいしそー!」 シャンピニオンが巨大ちらし寿司に駆け寄る。アズィーズは「体調はもう大丈夫なのですか」とアルジェントを気遣う。 「おかげさまで。今年には間に合いませんでしたが、来年には追いついて見せますわ。のんびりは禁物です。なにはともあれ。 皆様の今後のご発展ご活躍を祈念しております。本当におめでとうございます!」 元気な友人の姿を見て安心したアズィーズも、隠して置いた手料理を持ち出す。 「このピロシキは……入学した年の月見の宴で作った物なのですよ。皆さんや寮長方は勿論、来賓の皆様や五行王様にもご賞味いただきたく」 「頂こう」 ピロシキを囓る五行王というのは滅多に見られない光景である。 朝から全く何も食べていない者もいて、暫し美食に舌鼓を売った。 「卒業生の皆さん、集まってください」 司会の指示で集まった卒業生達は、主席の御樹から順番に新入生への言葉を頼まれた。 唐突な企画に無難な助言が多くなる。 そんな中でヴェルトはひと味違った。 新入生に何の言葉を贈るべきか考えて、ふとあることを思い出した。 『そうだった。三年前は』 「では次はヴェルトさんから」 「新一年生。望む先を見据えて努力する事を忘れないで。努力すれば必ず認められる……なんて言うつもりはないけど、少なくとも努力も無しに上に行ける、なんてことはないんだから。入寮試験が補欠合格だった私からの助言よ」 ぱちん、と片目を瞑って見せた。 続くマグスレードは一歩前に進む。 「目指すものを胸に持っていれば、それが道標になる。目標に辿り着く道は一つではない、迷いを恐れずに進んで欲しい」 「次は緋那岐さ……あら?」 「待たせたな!」 割烹着姿の緋那岐が台所から現れた。 「今日の主役は卒業生だけじゃないぜ! 新入生諸君!」 緋那岐と袴姿の上級からくり菊浬が、大量のひんやりお菓子を運び出す。 「少年よ、大志を抱けー! 今日は食べ放題だ!」 まだ幼い寮生などが蟻のようにささかる。 一方、主席である御樹は後輩への贈る言葉や一通りの挨拶を終えると、なぜか歓待される側でなく、歓待する側になった。台所で料理をしている方が落ち着くらしい。 御樹は学友の様子を眺めた。 『主席の座は頂きましたが……これも共に学んできた方々のお力添えあってのこと。皆さまに感謝を示すには、やはり手料理ははずせませんね』 そして昨晩から仕込んでいたと思しき料理を並べていると、灯心たちが手伝いに来た。 他の新寮生は不思議そうな顔で様子をみている。 「灯心さん。何か困ったことがあれば私に相談してくださいね」 灯心が浅く頷く。 賑やかな祝宴会場を見ていた王は「よく務めてくれた」と呟き寮長を見た。 「恐れ入ります」 五行王の隣に座る寮長が微笑んでいる。 卒業生が贈る言葉を終えたシャンピニオンは、お世話になった人へ挨拶巡りを始めた。 そして寮長の所へ来ると両手を取って真剣な眼差しを向けた。 「寮長!」 驚く寮長を見て小声で囁く。 「寮長の恋路の応援団は卒業しても続けます!」 「寮長」 現れたマグスレードは「ぜひ一献」と寮長の盃に酒を注ぐ。 「ありがとう。寂しくなりますね」 「三年間、ご指導ご鞭撻ありがとうございました。卒業後もたゆまぬ努力を続ける事を誓います」 露草も挨拶に顔を出す。 「三年間、ありがとうございました。明日からは玄武寮を離れることになりますが、これからも研究のために頑張ろうかと」 「皆さんの研究が形になることを祈っていますわ」 「ありがとうございます。 ああ。 それにしても玄武寮のおいしいご飯ともこれでお別れ……はっ! 研究員として出入りすれば、お昼時なら食べて行っても大丈夫かもしれません! ですよね?」 食欲に忠実な問いかけに「違いないですね」と笑い声が返される。 その頃、天妖衣通姫は花束を持って、食堂のおばちゃんのところにいた。 「まぁ、どうしたんだい。主役は向こうで忙しそうだよ」 「これ。おばちゃんのおかげで、そつろんができたからっていってたのー」 主人の感謝のしるし。花束を渡した天妖が微笑んだ。 ヴェルトは寮長の前で一礼した。 「寮長、3年間お世話になりました」 そして傍らを通った人妖の方を向く。 「イサナも。ソラの事、ちゃんと見ていてあげなさいよ」 「そうだな。肝に銘じる」 「玄武寮のみなさーん。写真記念撮影を行います。どうぞ集まって」 「……写真撮影?」 「最近、神楽の都で流行っているものですよ」 「りょーちょー、この撮影が終わりましたら卒業生ひとりひとりへお言葉をお願いします〜、新聞部最後の仕事をさせてください〜」 皆が五行王や教員を囲んで並んでいく。 卒業生と新入生。 学び舎を巣立つ者たちと、新たに芽吹いた研究者の種。 多くの者の姿が一枚の写真に焼きつけられる。 玄武寮で多くを学んだ彼らは、これからも前へ進み続けるだろう。 新しい毎日。様々な研究。この世にある謎の解明。 探し求める答えに向かって。 |