【太古ノ書】消えた神器
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/04/02 09:13



■オープニング本文

 時に、お前は夕餉を食べたかい?

 ならば思い出してみるといい。
 皿の上にあるのは、植物や獣だったもの。
 人よりも遙かに劣るが、賢明に生きていた命の残骸。
 お前たちが食べる為だと、理不尽に手に掛けた生物だったものさ。
 食べるために狩り、生きるために喰らう。不動の真理に善悪を問うは無粋。
 幸いなりし声ある者よ、共に声ある妾が問うてやろう。

 命が平等なんて‥‥どの口が語るんだい?



 手料理は、美味の一言に尽きる。
 昆布に煮干し、椎茸に追い鰹。他に使うのは塩と醤油。手間暇をかけたお吸い物に、緑鮮やかな三つ葉と薄切り人参を使った季節感漂う兎が一枚。魚の塩焼きは紅葉色の大根おろしが添えられ、すりつぶした胡麻に山菜の和え物はさっぱりと品がよい。
「ご馳走様でした」
「さて、笠は必要か? 路銀がないなら貸してやるぞ?」
 陰陽師の御彩霧雨は、満面の笑顔で財布を差し出す。
「親切装って帰そうとしてますね?」
 同じ陰陽師の柚子平が懐をまさぐる。

 取り出したのは太古の陰陽師の活躍を記した、一冊の文献と玉飾りだ。
 倉の取り壊しに伴い、壁から発掘されたという。
 玉飾りの紐が挟まっていた箇所の記述。
 それが『生成(なまなり)禍をなすこと』という伝説だ。
 今や能や歌舞伎でしか聞く機会がないが、生成とは女の怨霊や生きたまま鬼になった女を示す。
 文献内容を要約するとこうだ。

 美女に取り憑いた生成という鬼の怪物と七日七晩戦ったが倒すことが出来ず、鳥が渡る東の地に封じた。封印を強固とする為に、その地に社を築き、偉大なる天女を祭り、宮司の一族に封印に用いた三種の神器を与え、脈々と土地を守るよう命じた。

「眉唾話ではないと来れば、話は変わってきます」

 五行の首都、結陣の東方に聳える渡鳥金山。
 その山麓に『鬼灯』という里がある。
 一般的には交易の要として周知され、銘酒『鬼灯酒』で知名度を上げている。
 染め物『五彩友禅』の商いでも有名だ。
 黒鬼面を仮面に掲げる卯城家と、赤鬼面を家紋に掲げる境城家。
 二大地主が里を統括し、両家共に『迎火衆』という山岳救助集団を抱えており、彩陣や白螺鈿へ旅する者の『山渡り』を補助している。
 しかし一歩、里へ入ると鬼にまつわる伝承や風習に驚かされる。
 里の者達が口にする『鬼』はアヤカシではない。

 山で死んだ者。
 非業の死を遂げた者。
 飢えて彷徨う先祖の霊。
 或いは、存在を抹消された生きた人間‥‥など。
 里において色々な意味を内包し、それに由来する地名や役職名も数多い。

 そんな独自の土着信仰から派生した年越し祭に『鬼灯祭』がある。
 里人は未練のある死者の魂を『鬼』と呼び、飢えた死者の魂がいつか里へ戻ってくる、と語る。
 哀れな死者を弔う祭なのだが、見所の一つに舞がある。
「鬼灯祭に参加した際、二十年に一度の面白い舞と唄も聞けましたよ」
 柚子平は諳んじた。


「かくてー‥‥
 追われし神は、奥津城に宿りぬ。

 禍なるかな、天つ申し子。
 人よ、鬼子よ、赤子をかくせ。
 孫も、曾孫も、玄孫も愛し子。

 厄災なるかな、天つ導き。
 玄姪孫、来孫、これに会わず。
 昆孫、仍孫、これを忘れ。

 知らぬ雲孫、ついに招きぬ。

 おお、くだりし神よ。いにしえの叡智よ。
 奥津城より蘇り、今宵、来よ。我がもとへ。
 我、汝に誓願す。我、盟約を守りし者なり。愛し子に御栄えの加護を与えん」


 最近になって。
 鬼灯に『守り神・真朱』と称した強力なアヤカシが脈々と里に取り憑き、鬼灯祭を通して害を成していることが開拓者達の手によって判明した。願望を陰湿な方法で叶える代わりに、生け贄を求める習性があったという。開拓者達は力を合わせてアヤカシを倒した。

 里には平穏が戻ったかに思われた。

 だが開拓者達は、地主達すら知らない秘密の地下道の果てに、意味深な祠を発見したというのである。祠には生成封印に使ったと思しき三種の神器の痕跡があったが、既に失われていた。
 何者かが持ち出したらしい。
 また倒した祟り神・真朱は、生成の存在を知っている風な物言いをしたという。

 これにより、生成実在は現実味を帯びたものとなった。


「ギルドで面白い依頼が見つかりましてね」
 依頼書には『里の宝、三種の神器が何者かに盗まれたので奪還して欲しい』とあった。
 依頼主は、鬼灯の地主。
 赤鬼面を家紋に掲げる境城家。
 奇しくも、依頼書に描かれた神器の絵にある玉は、柚子平の持つ壁から発掘された玉と同じだった。
「盗んだのか?」
「違います。冷静に考えれば、一方が本物で一方が偽物でしょう。壁の中に鏡や剣はありませんでした」

 霧雨は依頼書を眺めた。

 曰く。
 鬼灯祭最終日の深夜、舞姫の住む宮に侵入者の形跡有り。
 足跡からして十名以上。金品は根こそぎ奪われ、三種の神器もその中に含まれる。
 残されていたのは、大量の血痕と白髪。白髪は舞姫養育係の老婆と思われるが、老婆は消息不明。独自調査の結果、舞姫は鬼灯祭開始直後、流行病に倒れ療養していた所を夜盗に襲撃され、神器と共に浚われたものと推測される。
 証言した目付役の男も、刀傷が響いて看病の甲斐なく、数日前に病死した。
「ちなみに祭の最初は若い舞姫だったんですが、最終日に神器を持って踊ってたのは老婆だったんですよねぇ。失踪した老婆が病欠の舞姫代理だと思うんですが」
「最終日に誰かが神器を持ち去ったってか。けど、こんなに日が空いたんじゃ‥‥」
 柚子平の口元に、意味深な笑みが浮かぶ。
「実はこの神器、『鬼灯祭の夜に奪われてはいない』んですよね」
「は?」
「鬼灯をアヤカシから救った開拓者が、参考の為にごく最近に借りて返していました。しかも太古の品の模造品だそうで。他にもまぁ色々ありますが、夜盗の所為にして地主が取り戻したい神器‥‥気になりませんか?」
「盗み主不明でどう動く」
「足は掴んできました。白螺鈿の闇市で競売があり、神器が掲載されています。奪回のため潜入捜査、神器を発見次第、回収。ということになりますね」
「俺に何をしろと?」
「この奪還依頼を受けた方に、経緯を説明して伝説調査も頼みました。で、私は私用で動けないので、代わりに同伴してください」
「オィ」

 昨年末、鬼灯から白螺鈿間に道が開通した。
 そこから白螺鈿へ渡る。
 町の中央地区に『真珠』と名の付く酒場があり、「黒真珠をひとつ」と頼むと酒と一緒に、地下会場への地図が書かされた敷き紙が差し出される。会場は毎週変化し、盗賊団の足を掴むのは難しいが、一定の失せ物は確実に出て来るという。
「今回は深夜二時に、工事中の建物の地下です」
「酒場から押さえて、盗賊吐かせたらいいんじゃないか?」
「昔それをやってトカゲの尻尾切りをされたそうで。立ち入り捜査を許可する代わりに酒場はあえて泳がせておくように、との白螺鈿地主からの要求だとか」
 めんどくさいもんだな、と霧雨は呟いた。


■参加者一覧
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
神咲 六花(ia8361
17歳・男・陰
煌夜(ia9065
24歳・女・志
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
萌月 鈴音(ib0395
12歳・女・サ
天霧 那流(ib0755
20歳・女・志
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
蒔司(ib3233
33歳・男・シ
アル・アレティーノ(ib5404
25歳・女・砲
ローゼリア(ib5674
15歳・女・砲


■リプレイ本文

 相談を終えた煌夜(ia9065)は頬を掻く。
「鬼灯の町は祭の時に一度来たけれど、後ろでそんなきな臭いことになってたなんて」
 一連の話を聞いていると伝説のアヤカシに意味深な祠、伝承の数々に興味を引かれた。だからこそ興味本位ではなく、熱心に事件の経緯や詳細を関係者に聞きこんだ。
 それでも瞼を閉じれば思い出す。
 賑やかな観衆。溢れる人々。
 鬼灯祭の熱気を思い出すと、実感が湧かない。
「ひとまず境城家に行って色々確認しないと。偽物掴まされないようにしないといけないし、他の盗品も出てきたら入手したいしね」
 ジークリンデ(ib0258)が熱心にメモを取りながら語る。
「偽の神器を知るであろう境城家が、盗賊に盗まれたことにし奪還の依頼を出したことから、本物が必要な事態が起こりつつあるのではないかと考えます。本当は壁の件で柚子平さんから色々聞きたかったのですが‥‥」
「あー、あいつはしょっちゅういなくなるから」
 御彩・霧雨(iz0164)がそう言うと、覚えのある者も首を縦に振った。
 石動 神音(ib2662)が深い溜息を吐いた。
「柚子平さんの依頼も受けるのはかまわないけど、また何か隠したりしてないかな?」
 隠し事の多い男だというのは嫌と言うほど理解していた。過去の経験からか、猫又のくれおぱとらを境城家に行く人達に預け「みんなのゆーことちゃんと聞くんだよ!」というと、頼もしい朋友の返事が返ってくる。
「盗賊団か。‥‥天奈が関わってる、という事もありそうかな」
 一人呟く神咲 六花(ia8361)、先日まで此処一帯で頭を悩ませていただけあって、者の考え方は慎重になっていた。
 各々の呟きに混じって。
「色々裏がありそうだねーこの依頼」
「何やら、色々裏がありそうな依頼やのぅ」
 淡々と呟くアル・アレティーノ(ib5404)と蒔司(ib3233)が肌で何かを感じ取る。
 同じような思いを浮かべたのは何人いたか。古から色々な因縁が渦巻くこの地で何かがおこると、大抵は嬉しくない事態に遭遇する。余り面倒なことにならないで欲しいとアレティーノ達は心の底から願っていた。実際どうなるかは蓋をあけてみないと分からない。
「見知らぬ土地の伝説や神話大系に興味はあるけど、ね。‥‥神器の奪還よりも、まず真偽が大切かな。偽者とわかればそのまま流しちゃって、その先を見極めることも出来るんだし。噂の赤い鬼面のお屋敷にいかないとだめよね」
「鬼か。鬼なぁ‥‥鬼ちゅうもんは、憤怒や執着の象徴みたいなもんやな」
 地主の家紋が鬼だと知り、複雑そうな表情をした蒔司は「誰も傷つけずに叶えられる願いなぞ、無いと思うわ」と呟いた。
「そうだ。私も境城に立ち寄るわ」
 天霧 那流(ib0755)がにっこりと微笑む。
「この前、追い返してくれたお礼をしてあげないとね。聞くだけ聞いたら追いつくわ」
 釈然としないものを沢山抱えた天霧は、静かに怒っていた。
 萌月 鈴音(ib0395)が不安そうに俯いた。
「境城の方は‥‥何を隠しているのでしょう」
 気になりはしたが、時間がおしい。萌月は境城家に立ち寄らず、白螺鈿へ向かうという。
 二手に分かれることになるようだ。
「ここの土地、って。あそこの鬼面被って地下に潜るとアヤカシが襲って来ないんだったっけー。不可解よね。天姫伝説かー、ナマナリとかあたしにはイマイチわかんないけど、関係あるなら調べないわけにはいかない、か。情報集めつつ、その辺の伝説に関することが聞ければいいんだけど。やっぱ真偽のほども、そこに関係してるのかなー」
 一人、猛烈に悩みまくるアレティーノ。
 考えても答えが出ない。
「まーともかく。捜して神器が本物だと断定できたなら奪還に踏み切ればいいし、偽物ならなんでそれが流れたかも調べたほうがいいね。理由はあるはずだから」
 ですね、とローゼリア(ib5674)が頷く。
「生成という言葉に些か興味を覚えますが、ます見えるものから対処していきましょう」
 長期戦を覚悟したローゼリアは境城家の門を叩く。
「ギルドより参りました。私、砲術師のローゼリア・ヴァイスと申しますの。よしなに」
 まずは先入観を持たずに依頼人から話を聞くべし。


 結局の所、境城家の所へ顔を出すのは、煌夜、ジークリンデ、天霧、蒔司、ローゼリアの五人。
 時間が惜しいとして真っ先に白螺鈿へ向かったのは、神咲、萌月、石動、アレッティーノの四人だった。


 鬼灯と白螺鈿を結ぶ道は、整備されていた。
 以前よりも活気に満ちあふれており、かつて救い出した人々もいた。
 それぞれが休憩所や屋台を営んだりしている。
 新しい暮らしに幸せな気持ちになりながら、萌月はふと、見知った顔が人混みにいたような気がした。
「‥‥柚子‥‥平、さん? まって‥‥!」
 小声が人のざわめきにかき消える。
 幾度も出会ったあの男は、一体何をしているのか。
 見失った道の向こうを眺めて座り込んだ。


 境城家にやっていた煌夜達は、依頼を受けた開拓者であることを説明すると、難なく屋敷へ入ることが出来た。
 門番と他愛もない話に興じた隙に、足にまとわりつかせていた猫又のくれおぱとらを放つ。猫又には、深夜の屋敷内を偵察してもらわなければならない。
 一方、天霧は一瞬、奇妙な寒気を覚えて首を傾げた。
 視線を感じる。
「ああ! 天霧さん、お会いしたかったです! 心から!」
 甲高い声の主は、境城家迎火衆の若頭こと山彦だ。
 足早に近づき、両手を握りしめる。
 なにやら「貴方の瞳が忘れられなかった」とか唐突にもほどがある戯言の数々が、右から左の耳へ流れていく。
 そしてそのまま「少しだけ甘味処に付き合って欲しい」といい、強引に連れ出した。
 天霧失踪。
 ぽかんとする煌夜達は、仕方がないので四人で面会した。
 もしこの時。
 尋ねた開拓者達が『お久しぶりです』と挨拶していたら、きっと違う問題がおきていたのだろうが、ほぼ『はじめまして』という状態で面会に望んだことは、幸運に繋がった。
 そうとは知らず、天霧不在を詫びる者達。
 対面した境城家の当主は、警戒することもなくからからと笑う。
「ははは、あれも男故。後で山彦にはきつく言っておきましょう。して質問とは?」
 蒔司が頭を垂れながら、神器の詳細な特徴や正確な形状を尋ね、改めて確認した。
「神器とは、伝承によれば笛と剣、勾玉であるようだが相違ないか」
「本来は、そうだな」
 意味深な相づちに蒔司が眉をひそめる。
「間違っていると?」
「そうではない。鬼灯の伝説にある神器は確かにその三つだ。が、今日我々が『神器』と称するのは『鏡と剣と勾玉』の三つ。詳しくは知らないのだが、大昔に先祖が作り直した際、笛が鏡にとって変わったらしい。笛もあるが三種の神器とは呼ばれない。時代の流れというのかな」
 闇市流出の噂を話、もし神器が見つかれば可能な限り奪還を‥‥その際、少々の荒事となっても背に腹は代えられないとの話だった。よって力業が無理だと分かった場合については、金を積むという。
 煌夜はあることに気づいた。
「そうだ。舞姫さんも攫われたらしいけれど、彼女の救出の依頼はしなくていいの? 代替わりをしたと聞いたし、新しい舞姫さんもいると思うんだけど」
 曰く、舞姫に関しては『可能ならば』という返事が返ってきた。
 現場の血痕の量からして、老婆か舞姫、どちらかは絶望的だろうと覚悟を決めており、次代の為にもせめて神器を‥‥という結論になったのだそうだ。
 抑も舞姫には身寄りが無く、代替わりの為、前任者への里の関心は薄いという。
 ジークリンデが不明の老婆の衣類を借りたいと言い、ローゼリアや蒔司も現場の立ち入りを願い出て「何もありませんがどうぞ」という許可をもらってから屋敷を出た。
「話を聞く限り、事件を全部強盗のせいにしたがってるみたいね」
 仲間内で聞いた事実との違いに、煌夜は胸騒ぎを覚えた。
 ローゼリアが囁く。
「ひとまず目撃者がいないか等を現場に赴いて確認しておきましょう。‥‥そういえば天霧さんはどちらにいかれたんでしょうか」
 一方。
 下手な芝居で天霧を屋敷外へ引きずり出した山彦は、物陰で周囲を警戒して告げた。
「お仲間が注意を引きつけてくださり助かりました。誰かに知らせなければと思っていました。恐れながらご内密にお願いしたき事が‥‥アレは姿形こそ変わりましませぬが、我らの知る御当主ではありません」
「どういう、こと?」
 驚くべき告白に、天霧は目を剥いた。


 天霧達が不穏な空気の中にいる頃、白螺鈿を目指した者達はというと。
「そだ。霧雨さん、もー体の方は大丈夫?」
 石動の心配そうな声に「なんとかなー」という声を発したものの、神咲達が霧雨の天敵のもとへ向かうと聞いて、また後でといったっきり、霧雨は何処かへ消えた。
 霧雨の天敵。
 それは鬼灯の里が境城家、次期当主和輝と天奈兄妹だ。
「力になると約束したからね。何か手伝えることはないかと思って顔を出したよ」
 兄の和輝は神咲達を快く出迎えたが、妹の天奈は眉一つ動かさなかった。
 萌月が神器盗難と境城家の話を聞かせると、初めて聞いたとばかりに顔を見合わせた。
「神器の事とか‥‥境城家は‥‥色々と隠している事が‥‥あるみたいです。何か‥‥ご存じありませんか‥‥?」
 おずおずと尋ねた萌月を見下ろし、和輝が唸る。
「おじさんは里の歴史より、里の政や改革、新時代の発展に興味が傾く人だから、あんまりピンとこないな。そもそも君達の方が、僕らより境城家に詳しい気がする」
「そうかもしれないけどね」
 肩をすくめた神咲に、和輝が唸る。
「そうだなぁ‥‥五日と開かずに来た便りが、少し前からぷっつりと届かなくなったかな。眠れないと言っていたし、ご病気でもされたのかと思って心配していたところさ」
 和輝曰く。
 境城家の当主は、和輝達をよく気にかけてくれたらしい。困ったことが合ったら相談しろ、と、遠く離れていても文を使い、これまでの穴を埋めるように振る舞っていたそうだが、少し前からぷっつりと途切れた。その前の手紙の文脈からして、余りにも不自然な終わり方で、体を壊したのではと気になっていたらしい。
 一方、石動が天奈に対して薬草図鑑を広げ「記憶喪失に効く薬草ってないかなー?」と個人的に尋ねると『治す薬は知らないけれど、意識を混濁させる作用を持つものはあるわ』という返事があった。
 効くと言うより、効いている間に理性が持たない、という意味だろう。
 様子を遠巻きに眺めて、神咲が和輝に耳打ちする。
「ほんとに、大丈夫かい? 和輝」
「大丈夫、とは?」
「柚子平が『ナマナリの器』と口にしてたね。鬼灯の舞姫『真朱』がナマナリの器に過ぎない存在だったとすれば、舞姫無き今、次に狙われるのは天奈かもしれない」
 和輝は以前、唯一の肉親を失いたくないが為に、開拓者達に助けを求めた。
「鬼灯の守り神・真朱を祀っていた本殿は焼けた。天城家は焼き払われた。卯城も境城も、伝っている話が少しずつ違う。天城家側の話を伝え聞いているとすれば、和輝。君か天奈しか残っていないんだ」
 神咲の追求に和輝は「すまない」とうなだれた。
「俺は殆ど何も知らない。何か知っているとすれば、亡き母に溺愛された天奈だけだ」
 そういって見た方向には、頑なに心を開かない妹の後ろ姿がある。
「天城家の天姫伝説を改めて聞きたい?」
「うん。卯城の当主さんに提案した学舎の為に、伝承を集めてるんだよー」
 天奈は複雑な表情で押し黙った。
 鬼灯二大地主の一人、卯城家当主。
 天奈が幼少から長年に渡って憎んできた相手の一人だ。
 しかし最近になって名付け親だと知り、その憎悪すらアヤカシの暗躍によって植え付けられた可能性を示され、どう対応をとっていいのか決めかねているらしい。
 染みついた生理的嫌悪感を拭うのは、一筋縄ではいかないものだ。
「うーん‥‥気が向いたらでいいから。次の子供達の為に、いつか教えて欲しいんだよー」
 歪んだ言い伝えやねじ曲げられた事実故に、翻弄され苦しんできた和輝と天奈。
 乗り越えなければならない壁は沢山あった。
 ふと石動が萌月の顔を一瞥し、肩を掴んでひきよせた。
「言おーか迷ったけど、鈴音ちゃんが山で徳志さんの遺体を発見したんだけど、突然目を開けて獣のよーに逃げ去ったんだよ‥‥真朱はもういないのに」
 当時を振り返った萌月はきゅ、と天奈の袖を掴んだ。
「‥‥あの、もしも何かあったら、直ぐに報せて欲しいんです‥‥卯城の歌の、鬼の美丈夫に重なる所が有ります。天奈さん‥‥くれぐれも注意してください」
 天奈は動揺していた。
 死んだ婚約者に対する驚きと言うより、何かを知っている。
「‥‥向かう先に、心当たりがあるなら探して来ようか?」
 神咲の質問に唇を噛みしめた天奈はたった一言「神器がいるわ」と答えた。
 神咲は去り際に猫又のリデルを預かって欲しいと置いた。実際は監視させるためだった。


 天霧は山彦の告白に、目を白黒させていた。
「では、前に見せてくれた神器の模造品を闇に流したのは、あなたなの?」
「はい。ですから、そちらで回収して、どうにかできませんか」
「どうにかって」
「分かりません。何が起こっているのか。せめてもの時間稼ぎに、と裏に流したのです。俺は眠るのが怖い。そのまま一生、目が覚めない気がして。次の日には『俺ではなくなっている』気がして。毎夜、眠るのが怖くてたまらない」
 曰く。
 徐々に『悪夢を見た』という屋敷の者が何人も『おかしい』のだという。
 前日までの話を覚えていなかったり、会話が通じなかったり。姿形はそのままに、中身がそっくりそのまま入れ替わっているような。そしてついに、当主にまでも異変が起きた。ただし、常に傍にいる者にしかわからない些細な変化だとか。
 以前、ここへ来た開拓者が神器の模造品を借りた後、神器は確かに返却された。
 しばらく山彦が偶然、神器を預かっていたらしい。
 実は鬼灯祭の夜に舞姫が出奔し、養育係の婆から相談を受けていた。山彦は老婆と舞姫の厳しい処罰を思い、舞姫制度の改革を考え始めた。そんな矢先、舞姫の屋敷前で奇妙な悲鳴を聞いた。駆けつけたが遅かった。
 漂う猛烈な血の匂い。
 月光に照らされた黒い血だまり、そして地に降りそそぐ紫の霧。
 話を聞いていて、天霧には一つ思い当たることがあった。
 開拓者ならば誰でも知る常識。
『‥‥アヤカシは生物を食べるが排泄はしない。食後は紫色の瘴気が大地に‥‥』
 幻覚かと戸惑った山彦が瞬きをしても現実は変わらない。
 慌てて逃げた山彦が当主に相談を試みたが、連日魘されると言っていた当主は虚ろな目をして一方的に話しかけてきた。
『‥‥なあ山彦よ。鬼灯祭のあと、神器はどう保管していたのだったか。最近、物覚えが悪くなってな。そろそろ修繕に出すべきだと思うのだが、誰が持っているか知らないか?』
 問われるほんの数日前に、当主本人から預かった。
 強烈な違和感を感じた山彦は、咄嗟に嘘をついてとぼけた。
 だが当主は、嘘に頷いた。
『そうだった。夜盗が入って財宝も神器も舞姫も浚われたのだったな。気が動転していたようだ。山彦。舞姫は諦めるとしても、あの神器だけは我が手に取りかえさねばいかん』
 手元の神器を渡してはならぬ気がした。
 山彦は、苦渋の決断で神器を手放したという。
「今の当主は、偽物だというの?」
「わかりません。ただ俺もいつまで正気でいられるか。お願いです、天霧殿。この先、我々が変わってしまっても、どうか里を見捨てないで頂きたい!」
 山彦は、震えながら懇願した。


 白螺鈿の闇市に早々に潜入したアレティーノ達の調査の成果で、神器の居所は掴んだ。
 しかし手に入ったのは刀だけ。
 蒔司曰く、神器は骨董品として単一で流れたことが分かった。
 そして鏡は既に競売にかけられて富豪の手に渡り、盗むか交渉するかの必要が出ているという。
 刀の方はジークリンデを含めた複数が穏便に競り落とすことに決めた。
 盗賊の一味に関しては、将来的なものを見据えて捕らえるといったことは、しないことになった。
 この闇市や競売は、それはそれで問題なのだが、今回ばかりは神器奪還を優先した。
 穏便に競り落とした神器の『刀』を大事そうに抱え、長いローブの下に隠したローゼリア。
 その周囲を全員で固めて、天城兄妹の元へ向かう間、神咲が険しい顔をしていた。
「いけません‥‥でしたか?」
 神器を天奈に見てもらおう、と言い出したのは萌月だった。
 そうじゃないよ、と神咲が首を振る。
「ほら、ここの地主は彩陣から決別した如彩家だろう? 卯城の御当主にもらった紹介状で次期当主候補四人に接触してみたんだけど‥‥その一人がね、少し柚子平に似てたんだ」
「‥‥血縁者、だと?」
「断定は出来ないかな。他に兄弟はいない、といわれたし」
 世の中には同じ顔が三人いるというし、などと雑談をしながら兄妹の元へ向かった。
 が。
 相変わらず天奈は非協力的だった。
 しかし刀から一切、視線を逸らさない。足下に猫又がすりついている。
「‥‥返す前に、何か‥‥見分ける特徴など有るなら、教えて貰えませんか‥‥?」
 萌月の懇願。
 天奈は刀に手を触れたまま、顔を上げた。
「‥‥霧雨様、そこに隠れておいでですね」
 ヒィ! と小さな声がした。
 ただならぬ空気に、ローゼリア達一部の者が首を傾げる。
「私は慈善事業は致しませんの。意味はおわかりですね」
 観念して扉の影から現れた霧雨の顔を、高速で流れる汗。
「なになに? どういうこと?」
 アレティーノの声に、神咲達が相づちを打つ。
「あーうん、えっと。話長くなるから割愛するけど、天奈は里をおわれた先祖の地位を回復する為に鬼灯で大騒ぎしててさ。その方法の一つが、彩陣次期地主の霧雨との結婚。前に誘拐されて毒薬漬けにされたことがあって‥‥ね」
「わー、熱烈。目的の為には手段を選ばないってわけねー」
 外野の話を無視して、天奈は毅然とした態度で開拓者達に言葉を続けた。


 私と取引をしませんか、と。