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■オープニング本文 【★注意★この依頼はシノビ経歴保持者専用の依頼です。またPVPではありません。よく内容を確認してください。】 ●裏世界の依頼 『開拓者となった時点で、原則氏族の縛りから解き放たれる。』 それは開拓者の権利である。 志体持ちは晴れて神楽の都に居を構え、新しい人生を歩んでいく。 しかし。 時々そうでない者達がいる。 自ら望んで氏族に属する者。氏族の密命を受けて開拓者の権利を活用する者。意図や経緯は様々だが、外部からの干渉を維持する者は存在する。その最たる例がシノビと言えた。彼らは氏族よって方針は様々だが、有事の際には故郷や組織に呼び戻され、その腕を振るうことがある。 主な仕事は暗殺だ。 「……あれ? 文?」 神楽の都に住んでいる開拓者のシノビ達の元へ、ある伝令が届いていた。 故郷の氏族、或いは、所属する組織から。 また何か裏の仕事を頼んできたのか、と呆れ顔で文面に目を通す。 依頼内容はとても簡単だった。 『生成姫が育てた子どもを暗殺せよ』 ●消えぬ怨恨 老人の一人が書類の束を投げ捨てた。 「これではまるで普通の子供ではないか!」 別の老人は渋面をつくる。 生成姫の子の追跡調査面談において、思っていた成果を彼らは得ることができなかった。 一年と少し前。五行では戦があった。 アヤカシと人間の衝突などさして珍しいものではないが、アヤカシの軍勢と戦うことで被害が出るのは、もっぱら戦地になった住民達と一般兵である。優れた術や格闘術で敵を屠り、生還する開拓者に被害は少ない。一方で、身を守る術に乏しい者、食料の供給を担う運び手、名も知られぬ末端の者達は、人知れず散っていく。 彼ら老人達の息子や孫もそうして死んだ。 人に殺されるならまだ恨む先がある。けれどアヤカシに殺されれば恨む先など跡形もない。 開拓者がアヤカシの討伐を成し遂げるからだ。長年煮え湯を飲まされてきた人類にとって、開拓者が大アヤカシや上級アヤカシを屠れるようになってきた事は歓迎すべき活躍であった。無力な自分たちに代わり無念を晴らしてくれる。重傷を負いながら生還する開拓者を人々は熱狂的に迎えた。心の底から感謝もした。 めでたしめでたし…… とならないのが、人の心の難儀な面だ。 優れた賢君の手腕で人々の生活は立ち直っていく。 生活に余裕が出てきた者達は、言いようのない寂しさを胸に抱えた。 憎悪や悲哀は簡単に消えはしない。 愛する子を失う親の哀しみは、喪失を味わった者にしか分からない。 何故、自分は生きているのか。 できるなら自分が代わりになりたかった。 何故、家族は若くして死なねば成らなかったのか……等と持てあました時間で、答えのでない問いを繰り返す。 そして意識の底に眠っていた怒りは復讐心となり、矛先を探す。 復讐心が向かう先は大アヤカシが育てた『生成姫の子』だ。 『我らの家族は殺されたのに。 何故、殺されるべき敵の子供は庇護され、愛され、新しい人生を生きるのだ? ゆるせない』 生成姫の子供の成り立ちを教えられ、子供達が被害者であると頭では分かっていても。 暴走する感情に呑まれてしまう者もまた人であると言える。 「そう激怒する事もなかろう」 目尻をつり上げる同僚を見て、面談を行った老人は肩を竦めた。 「面白いか面白くないかと言えば……面白くない話ではある。が、声を荒げるだけ無意味なことだ。化け物を出し抜いた狩野が、年の割に抜け目がない事は事実であるし、アレにとって儂らは政敵。獣すら敵に隙を見せぬもの。儂らは負けた。事実を認めねば対策も立てられん。頭を冷やせ」 騒いでいた老人は押し黙った。 「まだ負けてなどいない。儂は必ず仇討ちを成し遂げる! 金など幾らでもあるんだ!」 不可解な発言を残して出ていった。 残された老人は、懐から他界した家族の姿絵を取り出した。 「アレを殺したところで……儂らの気休めにしかならんのにな。人の心は厄介だ」 自嘲気味に笑った。 ●仲間に味方した反逆者たち 五行の要人から仕事の依頼があった。 そんな書きだしから、暗殺の依頼書は始まっていた。 将来、絶対に有害となる。しかし彼らは子どもの姿をした魔物にすぎない。無垢な笑顔で周りを欺いている。だから子供の旅行中に速やかに片づけて欲しい……というのが依頼主の主張と要望であるらしい。依頼を引き受けた担当者が、それを鵜呑みにしたのか共感したのかまでは分からない。 しかし既に多額の前金が支払われているという。 こちらへ仕事を回してきたのは、子どもの周りには手練れの開拓者が多いからだ。 「手に負えない仕事ばかり回してくれるなよ……」 生成姫が育てた子ども。 今は、再教育が行われていると聞く。 開拓者の多くは救出された『生成姫の子』の話を、大なり小なり知っていた。直接、再教育に手を貸していないにしても、救出や誘拐の奪還で手助けした者もいるし、仲の良い友人が我が子自慢を繰り広げる様を見聞きしている者もいる。 だから裏が分かる。 「金を積んで、私怨の暗殺か」 それが悪いとは言わない。この世ではままある事だ。 だが気に入らない。 シノビの誇りが仕事の受諾を拒否した。 結果、彼らは……知っている者の処へ足を運びにいくことになる。 「子ども達の暗殺ぅ!?」 「樹里ちゃん、声大きいよ」 生成姫の子の監督者は狩野柚子平という人物であるが、その人妖樹里はギルドの仕事を頻繁に手伝っている。小遣い稼ぎらしい。あるシノビは人妖樹里に経緯を説明した。 「あんの、くそ爺ッ!」 「まあまあ。それでね、ひとつ提案があるんだ。私もこの仕事は気に入らない。だから密偵をやろうと思う。どれだけのシノビに暗殺依頼がいったのか、彼らにどんな能力者がいるのか、襲撃日はいつなのか。依頼主は誰なのか。色々調べてくるから、逆に雇ってくれ……って狩野さんに言ってくれないかな」 「それは勿論……けど、いいの? それって氏族を裏切る事にならない?」 暗殺仕事をこなさなければ氏族の恥。 依頼人を売れば、氏族と絶縁ですまないかもしれない。 けれどシノビは肩を竦めた。 「今だ干渉される事に飽き飽きしてたから、いいのさ」 開拓者達が助けた子が殺されるのも、しのびない。 あるシノビ達に、生成姫の子を暗殺する依頼が届いた。 けれど彼らは、己の誇りや仲間の幸せを選択した。 他の全てを捨てる覚悟で。 これは密偵になった者達の……闇の記録である。 |
■参加者一覧
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
千代田清顕(ia9802)
28歳・男・シ
羽流矢(ib0428)
19歳・男・シ
煉谷 耀(ib3229)
33歳・男・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
綺月 緋影(ic1073)
23歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●白螺鈿の里で 五行国東方の里、白螺鈿。 今、ここは白原祭で賑わいを見せており、祭囃子があちらこちらから響いてくる。 「ここか」 酒場の前にたった羽流矢(ib0428)は忍犬銀河を見下ろし「行くか」と呟くと階段を下りていく。 既に多くのシノビが入店しており、一見、祭に浮かれる一般人とさして変わらぬ格好の者がいる。羽流矢は一人一人を巡って挨拶がてら名前を聞いていく。 無論、その場限りの偽名や名乗らない者もいたのだけれど。 忍犬風巻を連れた珠々(ia5322)は階段を下りてきて店内を見回す。 一言も発しない。 ただ店員も含めて警戒をしておく。共通の話を切り出す者や話を仕切ろうとする者にはとくに注意をむけるつもりだ。 綺月 緋影(ic1073)もひっそりと酒場に入ってくる。 『仕事にがっつくフリはするとしても、無理はしねえようにしねぇと。……生きて帰って、きちんとあいつと話をしないとなんねえからな』 酒場にいた九法 慧介(ia2194)は周囲の会話に気を配りながら、酒を注文したが、一滴ものまずに時を待つ。今回、危険を承知でここへ来たのは義弟や友人の為だった。 先に潜入していた煉谷 耀(ib3229)はそうした様子を眺めていた。 想定できた状態ではある。能力は元より個人情報を他人に晒さぬ者の方が多いだろう。 『不審者がいれば……と思ったが、考えても見れば全員不審者か』 此処に集うのは暗殺を請け負った者だけだから。 『やっぱ警戒はされるよねぇ、開拓者で成功してたり、それなりに動いてるあたしとか』 リィムナ・ピサレット(ib5201)は刺さるような視線を無視してモモを摘んでいた。 『抱いてる疑念はあれかなー、さしずめ裏切るのか、とか。まぁ後で尾行されるのは頭に入れておこうかな』 安い装備に身を包んだ千代田清顕(ia9802)が、カウンターの男に怒鳴りつけていた。 「おい。どれだけ待たせるんだ。相手は大アヤカシを倒すような奴らがついてるんだぞ。ちゃんと向こう以上の数を用意してるんだろうな」 「まぁまぁ揃うまで待ちましょうや」 やがてカウンターの店員が一人、また一人と消え、最後に一人が残った。 ●暗殺会議 若者から老人まで、現れた者は様々だった。 全部で二十二人居る。 祭に紛れてここへ来たからか、装備から氏族を探るのは難しいようだ。 カウンターの男が「お待ちしてました」と揉み手で語りだした。 「はじめまして。今回の仕事で皆様のお手伝いをさせて頂く者です。軽く調べはしてあるんで、なんなりとお訊ね下さい」 九法が早速問う。 「子供とやらは沢山居るみたいだけど、担当は各自一人だけで良いのかな」 「子供は二十一人です。傍の開拓者は居ずっぱりが数名、多い時は三十名くらいですね」 標的以外も含めて50人越えは相当に難しい仕事だ。 人数を聞いた羽流矢は「多いな」と呟いた。 「同じ時期にそれぞれ始末した方が良いだろう」 離れた椅子の千代田は「同感だな。全員をほぼ同時に襲撃しないと、後になるほど成功率が下がる。宿を襲うべきだ」と主張する。若手は「何故だ? 一人を狙おう」と言うのに対し、場数を踏んでいると思しき数名は一掃に同調する。 羽流矢は説明がてら振り返った。 「時間があけば相手も対策を打つ。対象一人につきシノビ一人を当てられないか」 名簿を持った男は「そのつもりで皆さんに集まってもらったんで」と笑みを向ける。 ふいに煉谷が警告を促す。 「この中でどれほどが開拓者の力を正確に理解している」 若者が「子供の傍にいる開拓者の調べはついている」と主張した。 「何を知っている? 名か? 職か? 戦歴か? 技か? 戦術か? いずれにせよ話にならん」 「なんだと」 「やつらを出し抜くは至難ぞ。それでできるのはお前の死体だ。開拓者相手と知ってやってくるのは、録な調査もできぬ三下か、余程の手練れか、依頼主に頼まれた縁故の類など問題外だな。数合わせなんぞ他の足枷にしかならん」 煉谷の挑発にざわめく。 「付け込むべきはその甘さよ。子供を殺さず盾にすれば、動けぬどころか、こちらの意のままに動かせる者もいるだろう。全員とはいわんがな」 観察をしていて、殆ど口を挟まなかった珠々が動いた。 「先刻そこの方が喚いてましたが敵は強敵。実際問題として力で押すなら挟み撃ちできる程度の人数は用意できるんですか?」 現在、シノビと思しき者は二十一名いる。 子供に接している開拓者は平均して二十名から三十名。数の上では劣勢だ。 羽流矢も「その案の方が安全だな」と同意を示す。 「夜使い一人につき二人が良い。俺は決行までには行ける……どうだ?」 しかしカウンターの情報屋は渋い顔。 「あー、増員。増員ですかぁ、組織や氏族内で都合される場合はかまわないんですが、とりあえず預かってる成功報酬の割り当てから考えて一人につき子供一人が妥当、という判断なんですが」 千代田が机に拳を叩きつける。 「依頼人にもっと出させればいいだろう。金を惜しんで人数抑えてるんじゃ、話にならない。百戦錬磨の開拓者相手で、普通の仕事じゃないんだ。相場より多く見積もるべきだろう、それとも金も都合できない輩の仕事を持ってきたのか」 『五行のさる要人としか聞いていないが、……裏道で目的達成しようとするあたり政治には直接関与出来ない人物か?』 怒鳴られた情報屋が首を傾ける。 「……こちらの仕事としては暗殺を請け負った皆さんの援助と支払いの委任だけなんで、実力と労働に見合う仕事かどうかは仲介者から前金受け取る段階で決めてほしいんですけどね。自分は一人も仕留められません、って言ってるようなもんですぜ? 危険度が高いのはこちらも理解はしてますが」 依頼の仲介者を通して追加報酬を渡さない辺り、足がつきにくくしているようだ。 「報酬なんてどうでもいい」 立ち上がった綺月は我に返ったような素振りをして「いや、どうでもよくはねぇんだけどよ」と小声で言い繕いつつ「確実に成功させる方を優先してぇな。信用問題は後々の取引に響く」と訴えた。 綺月は笑顔でカウンターの情報屋にすり寄る。 「前金もだけどよ。後払いの成功報酬あるだろ? 今回の依頼主、結構な金持ちなのか? 仕事は頻繁にくれるんだろうか? 必ず成功させっから、売り込んでくれねぇかな。仕事は多い方がいい。こういう派手な仕事が多いなら、是非にお近づきになりたいんだよ」 人脈クレ、を訴える。 男は「今回初めて依頼されたんで、なんとも」と言いつつ「仕事が終わったら報告する手筈なんで、良い人材が居る程度の事は言えますよ」と耳打ちする。 「会うのか?」 「んな危険な真似しやせん。俺は鳥一羽を預かってるんで、お屋敷まで飛ばすんでさぁ。交渉無用の片道切符です」 直接会う事はないという。 綺月は耳や尻尾を動かさないように頑張った。 襲撃後、情報屋が預かっている鳥を入手できれば、依頼元を割り出せる可能性が高い。 しらばっくれる可能性もあるが、最近は神楽の都で写真なる撮影道具も出回っている。 依頼主を割り出す方法はある。 「担当の狩野といったら結構なお偉いさんだけど、手を出して大丈夫なのかな」 九法の不安を呷る声が響く。 「バレない自信は此処にいる皆にあると思うけど、あっちにもこういう事やりそうな心当たり位あるんじゃない? 大丈夫?」 「足がつかないようにするのが皆さんの仕事のうちですぜ。他に質問はありやせんか」 珠々は「希望する方法は?」と問いかけた。 「特別殺しの指定は……あー『楽に死なせるな』つーご希望はありやすね。即死より、ぎゃあぎゃあ泣き喚かせて痛めつけて死なせる拷問じみた残虐な方法が理想ですけど、気づかれて暗殺失敗とか元も子もねぇんで、殺し優先でいいと思いますぜ」 珠々は『……苦しんで死んだご家族持ち、でしょうか』と推測を組み立てる。 九法は溜息を零す。 「目立つやり方が理想だが、実際にはこっそりやれって所かな? いつにするー?」 「決行に適当な日の見当は?」 珠々の問いかけに対して祭の日程を読み上げる情報屋。 子供も開拓者も疲れ切っている頃を狙おうと意見する者も現れ出す。 千代田は「新月は警戒されるから繊月の夜にしたい」と茶々を挟む。 「襲撃終了後ですけど、適当な屋敷を隠れ蓑に逃げ込みたい。避けるべき場所は? また望ましい場所は?」 珠々が色々と尋ねた。男は町中を網羅しており、潜伏に適した場所なども教えてくれる。 「あーもう、めんどくさーい」 急にピサレットが立ち上がった。 「どうせなら開拓者も殺ろう! で、あたしが一番強いよね? 首魁やらせて! 絶対成功する様に作戦立てるから。まずは全員の名前と能力教えて!」 一瞬。 水を打ったように静かになった。 が「巫山戯るな!」「小娘は下がってろ!」と口々に騒ぎ出した。見るからに若い者もいたが、年輩の人物もいる。 『さーて、苛々も頃合いだろうし、他に依頼元と繋がってそうなのはどいつだろ』 複数の里のシノビがいる。 中には弱小里の里長もいるだろう。 「あたしが誰かもわかんない自尊心だけの田舎もんはひっこんでなよ。あたしなら上級アヤカシと渡り合った開拓者だって瞬殺できる自信はあるけど、おたくじゃねー」 「出任せを並べるな!」 「じゃあ試す?」 ぶあ、と殺気が酒場に満ちていく。 それは一瞬の勝負だった。 微動だにしないピサレット。いつのまにか二人がピサレットの後方に立っている。派手な血飛沫があがり、ピサレットは膝をついた。急所はさけてあったが、全身にぱっくりと刀の傷がある。 「分かっただろう小娘、格の違いが。この任務を遂行するには儂のような指導者が……」 「……どっちが?」 血に染まったピサレットは不敵に笑った。 二人の男が絶叫をあげて地に崩れた。一人は絶命、もう一人は瀕死。 死に至る呪いだ。 ピサレットは歩み寄り「へぇ、生きてるなんて凄いね」と笑いかけた。 「ごめんねー、今日は小技の準備してなかったんだ。あたしの怪我なんて後で回復術やればすぐに治るし、小娘だと思ったのが運のつきだね。実力証明はこんなところでどお?」 壮絶な現場をみて恐れる若手と、全く微動だにしない人相不明の者達。 ただ一人。 情報屋が「何やってんですかぁあぁ!」と騒いでいた。 「ここにいる全員が仕事仲間ですよ! 内輪モメはやめてくださいよぉ!」 ピサレットは「あたしに負けた時点で結果は見えてるし、良くあることでしょ」と涼しい顔。更に千代田が「別に大した問題じゃないだろ。そこの死んだ御仁は仕切りたかったようだし、違う氏族からの命令は聞きたくないからな」と追い打ちをかける。 情報屋は頬を掻く。 「まぁ、完遂できるならいいっすけど。そっちの遺体と重傷者はこっちで処理しやす」 その後、ピサレットが再び主張すると、戦歴の浅さを主張していた綺月が、名前と能力を伝え、更に珠々が続いたことで、己の実力がピサレットより下と認識した若手がぽつりぽつりと自己申告に来た。 もっとも。 惨劇を見ても全く揺るがないシノビもいて「奥義を盗まれては困る」だとか「我々は我々のやり方でやる」といいはる者もいた。 その後。 大まかな襲撃日時と担当を決めた後、一同は解散した。 ●反逆者たちの晩餐 後日、判明した情報を一覧に仕上げ、七名は開拓者ギルドに戻っていた。 「樹里さーん、こっちです」 珠々が人混みの中で彷徨う人妖に手を振った。 人妖樹里は大きな包みを抱えている。 資料を確認した樹里は「やっぱ一筋縄じゃいかないね」と言いつつもにんまりと笑った。 「みんなお疲れさま。これはユズに渡しておくね。で、こっちが謝礼金。確認して」 「ひぃふぅみぃ……、はい、充分な額です」 珠々達の確認が済むと、樹里は「ありがとう」と言い残して去っていった。 「大丈夫でしょうか」 珠々がジッと背中を見た。 酒場の騒ぎで数名ほど戦闘不能にしたとはいえ、暗殺者はまだ残っている。忍犬たちが情報屋の匂いを追ってみたが、噂の鳥は発見できなかった。隠している可能性が高い。 煉谷は「平気だろう」と声を投げる。 「不確定要素はあれど戦歴でひけおとる事はない。二十一名中、我々七人を抜いて十四人」 「あ、ごめん」 そこでピサレットが「夜の術で巻けなかった奴、倒しちゃった」と告げた。 珠々が「追っ手ですか」と呟く。 「集合班の所へは来ませんでしたが……処分は何人?」 「あたしは派手にやりすぎたし、手柄を丸ごと取られると思ったみたい。えーと。三人追ってきて、二人巻いたけど、一人はやむなく呪いで。後で追加報告しておく」 「先日の騒ぎで抹殺が二人、ろくに動けない瀕死が1人。つまり脅威は11人。そのうち能力が分かっているのは8名。不安要素は3人ですね。護る戦いは至難ですが、開拓者から見て充分かと」 「確かに」 九法が肩を竦め、千代田が「さて」と言って腰を上げた。 「折角の機会だし、みんなで何か食べるか。少し話したいこともあるしさ、野次馬根性で」 渡された報酬を虚空に放り投げつつ「夏の旬は鱧かな」と呟いて羽流矢を見る。 綺月は「のった! どうせなら酒の美味い店がいいなぁ」と立ち上がる。 「あたしも午後は暇だし、ご飯たべるなら一緒にいこっかな」 ピサレットは背伸び一つして部屋を出た。 広い個室。 目の前に並ぶのは夏の懐石だ。 なめらかな豆腐、根野菜とレンコンのお浸し、湯葉の刺身、鯛のお造り、鱧の磯辺焼きに夏野菜の天麩羅、鱧の湯引き、鯛の刺身、鳥そぼろ餡の揚げ餅、生麩田楽の柚子とヨモギ…… 「問うに語らず、語るに落ちる、というそうですから。それにしてもなんておいしい」 珠々は幸福に浸っていた。 夏野菜に人参がない。ある意味、奇跡のお膳だった。 七人の話題は『金を出して暗殺を頼んできた老人』のことについてだ。 羽流矢は黙々と湯豆腐用のゴマを擂る。 「正直なところ俺は、例の子供達とは接点は無い。噂話を聞く程度だが……合戦で世話になった人が養母になっていたからな。恩人の子供を殺すわけにはいかないさ」 縁が無かったら、襲っていたかもしれない。 そんな想像も脳裏をよぎった。 「で。ごまが擂れたが誰かいるか」 珠々が「頂きます」と双眸を光らせる。 「にしても子供を皆殺しにしたいとか、過激なおじいさんですよね」 「恩讐に囚われた老人か」 煉谷は柚子の薫る冷茶を呷る。 椀を持った九法は頬を掻いた。 「今回の暗殺依頼は、まぁ、まあ仕方が無い、のかな。どこにでもある類だし。共感は今の俺には全く出来ないけれど。俺も……を喪ったら、こんな風になるのかな、って少し考えたくらいで」 そこで九法は別の問題を思い出した。 「これで楼港の皆とご近所付き合いし辛くなっちゃうかな……」 珠々が「皆さん、大丈夫なんですか、今回の件」と身を案じる。 組織や氏族に対する裏切りへの制裁も懸念される仕事だ。 鱧の卵とじを口一杯に食べていたピサレットが「へーきだよー」と気楽な声を発した。 「あたしは元々シノビじゃないし、技を学ぶ為に小さな組織に入ったんだけどね。……あ、そっちのおたま頂戴」 「どうぞ。右の豆腐が食べ頃です」 「ありがとー。で、門下に入ったからって手駒と思われるのは不愉快千万! 大体お願いするなら『さん』付けろっての。リィちゃんにお使い、とか巫山戯てると思わない?」 「……あー、なるほど」 一方。 九法は深刻な顔で唸っていたが、やがて「いや、性格は承知してるはずだし」と呟く。 「大体、俺にこの仕事を回した辺り、あまりやる気無いな。うん」 珠々が「そうなんですか?」と首を傾げる。 「言うなれば『一番の腕利き用意しろって言われたんで用意しました』ぐらいだなアレ」 暗殺仕事を回してきた者の顔が九法の脳裏に浮かぶ。 「氏族出身じゃないから、いつでも尻尾は切れるしねぇ。楼港の皆も、案外『やると思った』とか言われて普通に接してくれるかも。平気だよ」 「そうですか。皆さんは?」 煉谷は「里から追っ手はかかるかもしれぬ」と穏やかではない発言をした。 「抜けの身でまた目立つ動きをしたのだ。熾烈を極める可能性が無いとは言えぬ……だが、 自らの有り様を見失う位ならば、それで構わぬ」 揺るぎのない覚悟の背中だ。 黙って食べていた羽流矢が「俺も、いつか、とは思っていた」と呟く。 『……俺は裏切りを疑われた捨て駒でしかない。それでもあの里に居たのは……いくばかの恩と刷り込まれた犬根性の名残か』 自嘲気味に笑う羽流矢の顔を、千代田が覗き込む。 「羽流矢さん、あそこを出る気になったのかい」 「ああ。清顕さんを襲ったのは誇りだが、今回は ね。そろそろ潮時、ってとこかな」 羽流矢を励ますように、千代田が背を叩く。 命の奪い合いをした相手と鱧を食べながら盃を交わしているのだから人生は不思議だ。 「みんな強いな」 綺月がしみじみと呟いた。 「俺もこれからはそう生きないといけねぇし、元気付けられてる感じがするぜ」 吟醸酒を楽しむ綺月を見て、同じ獣人のシノビ同士、煉谷も興をひかれたらしい。 酌をしながら顔色を窺う。 「……無粋な事を聞くかもしれんが、何かあったのか?」 綺月は漆塗りの盃を回しながら酒を見つめる。水面に映るのは、傷を負った自分の額だ。 「んー? いや、大した事じゃねぇよ。今、シノビの組織に所属してるんだけどさ……まあ、色々あって抜けようかと思っててな」 「抜け忍になるか、同じだな」 「はは。そんなとこだ。……俺さ。昔、一族を壊滅させられてんだ。俺の里を支配してた貴族にさ、すげえどうでもいい罪着せられて。だから、こういうおエライさんが金積んで、年端もいかねえ子供始末しよう……ってのが気に入らねえ。抜けるには頃合いさ」 「頃合いか」 「そ、頃合い」 綺月は酒を飲み干して再び箸を持つ。 「なによりさ。一緒に生きたい奴が出来たんだわ。裏から足洗って、他のことは全部捨てて、そいつと生きるのも悪かねえかなって。……そろそろ、そっちもケジメつけてえし」 綺月たち二人の会話を聞いていた千代田が「へぇ、興味深いね」と微笑む。 「俺にもそういう大切な人がいるから、気持ちが分かる気がする」 「清顕だっけ。あんたも抜け忍になるのか?」 鱧を咀嚼する綺月に「それは難しいな」と千代田が苦笑いひとつ。 「俺は隠れ里の長だから。今回の暗殺依頼も元々、俺が興味を持ちそうだと部下がこの仕事を回してきたのさ。今年になって父の後を継いだばかりだし、里のことは捨てられないな。ただ一時『捨ててもいい』と思える女性に出会ったのは確かだ。彼女は俺の灯火だよ」 瞼を閉じれば思い出す。 二人で過ごした遠い日々を。 「色々片づけて求婚したんだけど、色好い返事がもらえなくてね。鼬ごっこの最中かな」 綺月が「あんたみたいな人が入れ込むつーと、相当な美人だな」と囃し立てる。 「そういう綺月さんの想い人も、相当な美女とみるけど。当たりだろう?」 千代田の切り返しに、今度は綺月が微妙な笑い声を発した。 「ははは、は、美女……美……」 「別に自慢してくれてもかまわないけど」 「いや、なんつーか、うん、……美人、そうだな、浴衣は似合うおと……なんでもない」 酔いが吹き飛んだ綺月が明後日の方向を見ている。 謎めいた空気を漂わせていた。 千代田は「まあともかく」と刺身に箸をのばす。 「今回の件は、良い転機になった人が多いってことかな。謀に巻き込まれ、人々の命や生活が失われる様を長い間見てきた。それがシノビの道だとすれば違う道を切り拓くまで。開拓者とはそういうものだろう」 同感だ、と口々に呟く。 ある者は信用を失い、ある者は里を追われ、またある者は決意を固めた。 それでも誰一人として後悔はない。 七人は誇りを胸に、新しい毎日を歩んでいく。 |